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藤原副総裁記者会見要旨(7月7日)

 ——道東地区金融経済懇談会終了後

1999年 7月 9日
日本銀行

―平成11年7月7日(水)
午前11時45分から30分程度 
於釧路全日空ホテル(芙蓉の間)

【問】

本日の金融経済懇談会を終えての感想は如何か、また、席上、どのような話がでたのかお聞かせ願いたい。

【答】

道東地区の各界を代表する方々から、各分野に亘る詳しいお話を伺った。懇談会を終えて、私が得た印象を一言で申し上げると、当地の景況のレベル感は全国ベ−スの景気感より高いということである。特に、公共投資による下支えがかなり行き渡っており、また、住宅投資も持ち直している。こうした点については、私共の釧路支店が取り纏めている道東地区の短観の結果にも現れており、道東管内の業況判断D.I.を全国と比較すると、管内の業況判断のレベルは全国よりも高くなっている。こうした背景を私なりに整理すると、やはり北海道経済は公共投資への依存度が高いことから、公共投資の景気下支え効果がかなり浸透していること、また、現在の不況はバブル崩壊が尾を引いている訳であるが、当地区の場合、そもそも、バブルの影響が全国に比べて少なかったということが背景にあるのではないかとの印象を持った。

【問】

一昨年拓銀が破綻して北海道経済に大きな影響がでた訳であるが、最近では持直しているように窺われる。この点、どのように判断されているかお聞かせ頂きたい。

【答】

金融経済懇談会の席上、拓銀破綻の影響が金融面のみならず、経済各般に亘り非常に深刻であったという話を伺った。しかし、災い転じて福となすではないが、言わばこうしたことがあったからこそ、当地の企業は全国に先駆けてリストラ等の対策を真剣に講じ、拓銀破綻以降の金融面の動揺から逸早く脱することができたのではないかとの印象を受けた。

【問】

金融危機を先取りして逸早く危機を脱したとのことであるが、金融経済懇談会の席上で具体的な話はでたのか。

【答】

拓銀破綻の影響は様々な分野に現れたが、その対策を肌理細かく講じてきたことから、1年後には予定通り営業譲渡が行われた訳である。この間、様々な業態の金融機関の間で協議・調整があり、——勿論政府も日本銀行もその協議に参加した訳であるが——そういった具体的な話し合いの中で、一つ一つの問題を着実に解決していったということが、少なくとも北海道における金融システムの安定や経済全般に好影響を及ぼし、回復への努力に繋がっていったと言えるのではないか。

【問】

6/30日の国会において、速水総裁が景気認識として「下げ止まりがはっきりと判断できる」との見方を示したうえで、「次の一手を打つ時期を間違えないようにしたい」旨言われたが、マ−ケットではこの発言を受けて日銀の判断が一歩前進したと解釈する場面があった。ここで改めて、1~3月のGDPと今回の短観を受けても、日銀の景気判断に変化がないのか確認したい。

【答】

景気情勢に関する日本銀行の現状判断は、「足許の景気は下げ止まっているものの、回復へのはっきりとした動きはみられていない」というものであるのはご承知のとおりである。今回の短観においては、正にそうした私共の判断が改めて確認できたと考えている。すなわち、業況判断、需給判断、資金繰り判断は全般的に改善している。判断というのは企業経営者のマインドであるが、マインドというのは景気の「気」であり、確かにそうした「感じ」のうえではサイコロジカルに明るさがでてきている。一方で、実際の企業の経営計画等の計数をみると、設備投資や雇用面では未だ本格的な回復を示唆するような動きは現れていない。要すれば、景況感は改善しているものの、経済の実態が伴っていないという、 企業心理と経済の実態とになお乖離がみられる状況となっている。また、大企業と中小企業とを比較してみると、両者の間には温度差が窺われるところであるが、この両者の温度差が縮小することにより本格的な回復というのが展望できるものと考えている。

なお、経済企画庁では「景気は下げ止まって横這い」という表現を使っており、一方、私共では「景気は下げ止まっているが、回復へのはっきりとした動きはみられていない」と判断しているが、両者はほぼ同様の評価を下しているということであり、今回の短観の結果はそれを裏付けるものとなった。私共の景気判断を確認する材料がこれで出揃ったと言えるのではないか。

【問】

景況感に関して、大企業と中小企業の間では温度差があり、その温度差が縮まったところで本格的な回復が展望できるとのことであるが、中小企業の景況感が大企業並みに改善した場合には、景気判断を変更する大きな判断材料になると受止めて良いのか。

【答】

そうした点も重要な判断材料の一つであると考えている。ただし、私が「差」があると言ったのは、大企業と中小企業との「温度差」だけではなく、マインドと実態との間の差が縮まることも重要であるという「2つの差」について申し上げた訳である。こうした考え方の背景としては、過去の景気回復のパターンと今回の景気の状況というのがかなり異なっているといったことが挙げられる。すなわち、戦後一貫して繰り返してきた景気循環では、ボトムに達してから上昇する際には、中小企業の設備投資が牽引役となって回復していくといったパタ−ンが多かったが、今回は様相を異にしており、中小企業とくに非製造業——従来の景気回復の牽引役というか水先案内人というべきであるが——の設備投資があらゆる要素の中で最も遅れている訳である。従って、その中小企業・非製造業の設備投資そのものが変わってきたのではないかという疑いを持つこともできるが、そういうことも含めて、どういう分野が景気の足を一番引っ張っているのかということの検証と、どこからその問題が解きほぐれていくかという見極めが肝要ではないかと考えている。

【問】

先日、鹿児島において、植田審議委員がKrugman教授の考え——少々景気が回復しても金利を上げないと宣言するだけで良い——に近いとの発言を行ったが、これは政策委員会の総意と考えて良いのか。

【答】

私なりの表現——総裁の記者会見の表現と言っても良いが——で説明すると、私共としてはデフレ懸念の払拭が展望されるまで、つまり、経済の自律的回復の見極めがはっきりと付くまでは、現在の潤沢な資金供給を行うといった金融政策のスタンスを変更するつもりはないと考えている。

【問】

デフレ懸念が払拭できる状況とは、どういった状況を指すのか。

【答】

デフレ懸念が払拭できる状況——それは何時か、何を持って判断するのかという質問であると思うが、例えば物価が何%上昇するまでとか、こういう景気指標がでればというような、数字の目標をシングルアウトして判断材料とすることはできないと思う。やはり、景気情勢全般、物価動向全般を見極めて総合的に判断すべきものであると思う。

【問】

景気情勢全般をみて判断するとのことであるが、物価に関して月報では、卸売物価は下落テンポが鈍化している旨表現されている。また、企業のマインド面も短観をみる限りにおいては上向いてきている。この他に足りないものは何か。

【答】

ご承知のとおり、GDPの60%程度を個人消費が占めており、次に大きなウエイトを占めるのは設備投資である。しかしながら、設備投資は今回の短観ではあまり明るい方向を示していない。また、個人消費について一部の商品の販売が好調といった話がエピソ−ドとして聞かれているが、個人消費全体として盛り上がるという兆しは残念ながら未だ読み取れない。この2つの大きなコンポ−ネントを十分見極める必要があると考えている。

【問】

金融経済懇談会で、地元経済界からの要望事項等があれば教えて頂きたい。また、公共投資のカンフル剤もいつか切れると思われるが、その反落を危惧する声があったのであれば、それについてどのような考えを持っているかお聞きしたい。

【答】

ご質問のとおりの話があった。すなわち、公共投資による下支え効果が剥落した場合、由々しい問題になるので何とかして欲しいといったような話を伺ったが、——別に縄張りを意識する訳ではないが——これは政府の政策の範疇であるので、私から直接お答えするという訳にはいかない。ただ、これまでの間に相当額の公共投資を中心とした景気対策が打ち出されており、一方で、金融政策もゼロ金利というように打てる手は打っている状況にある。現在、それらの効果を見極めている段階であり、政府においては、更なる公共投資が必要かどうかといったことについては、景気の動向を十分見極めつつ判断する意向であると聞いている。なお、私共では、公共投資の在り方といった点に関して、今後は中身も見直していく必要があるのではないかと、常に申し上げているところである。

【問】

公共投資というカンフル剤を打っている間は、ゼロ金利政策を維持するのか。

【答】

公共投資と関連付けてゼロ金利政策を採っているということではない。金融政策は金融政策として、経済情勢や物価動向を見極めながら、短期金利の調節を通じて行っているものであり、公共投資と結び付けて考えている訳ではない。

【問】

金融機関の再編の動きが地方でも活発になりつつあると思うが、この点についてどのように認識しているのか。

【答】

金融機関の問題は、換言すれば不良債権をどのように処理するのかという問題であるが、これをどういう枠組みで対応するかということで、その一環として公的資金の注入という政策が採られた訳である。公的資金の注入については、現在までのところ、主に大手銀行に適用された訳であるが、今後、そうした動きがその第2ラウンドともいえるような地域金融機関に及んでくる可能性がある。金融機関の経営問題というのは、結局のところ不良債権の処理問題に尽きる訳であるが、金融監督庁からこうあるべきだという意見を言われる前に、不良債権額や自己資本を自主的にディスクロ−ズするとともに、改善策を示し、不良債権の引き当て、償却を行う——できれば、不良債権をバランスシ−トから切り離す——といった作業を行い、そうした作業を行う過程で、単独で生き残るのか、それとも提携・合併を図るのか、公的なヘルプが必要か、といった金融機関の自主的な判断が求められている。私共としては、そうした動きが一つ一つ具体化され、地域の実情に応じて対応が進むことを期待している。

【問】

ペイオフ解禁後も何らかのセ−フティ−ネットが必要と思うが、所謂モラルハザ−ドとの関係ではどのように考えているのか。

【答】

今後どういう方向を目指すべきかを考えるに際し、モラルハザードとの関連もあり、安易にペイオフ解禁延期を視野に入れるということは、適当ではないと思う。社会的、経済的コストを最小限に止めることができるようなシステムを考えていくことが肝要ではないか。昨日開催された金融審議会でペイオフに関する論点がピックアップされるなど、中間的な整理がされた訳であるが、私共としては、幅広い議論が行われ、少しでも早く成案が得られるよう期待している。また、日本銀行としてもそうした検討作業に積極的に貢献していきたいと考えている。

【問】

時事通信社から日本銀行に入ってみて、外から見ていた日銀と中から見た日銀といった面で何か感想があれば伺いたい。

【答】

1年3か月程前までは、皆さんと同じ新聞記者であった訳で、その頃は経済政策、金融政策を私なりに論評し、時には批判を行ってきたという立場であったが、現在はバッシングを含めて攻撃を受ける立場にある。私事であるが、先般「攻守ところを変えて」という本を出版した。この場を借りて宣伝するつもりはないが、そこにも書いているように、勿論、外から見ていた日銀と内部に入っての日銀というものには、違う点が多々ある。外からみて問題だと思っていたことも随分あったが、丁度私が日本銀行に入行した頃、ご承知のとおり色々な問題が表面化し、それを改革しようという時期に当たっていたために、既に日銀の中でも、内部改革がかなり進んでいたというのが実態である。また、私が入行してから1週間後——昨年の4月から——新しい日本銀行法というのが施行されるといった、外からの法改正といった動きもあった訳である。

比喩は適当ではないかも知れないが、佐渡で朱鷺が生まれたが、朱鷺が生まれる時に卵の外から親鳥が嘴でコンコンと叩いて、中の雛に呼び掛ける、中の雛は丁度嘴ができたばかりであるが、今度は内側からコツコツと叩いて、親鳥に殻を開けてと呼びかける。あの朱鷺の卵というのは、外からの合図と中からの催促とが相俟って、殻が割れるとのことである。それを「そつ啄の機」と言うようであるが、嘴をコンコンと外と中から叩くことによって、一挙に機が熟すというように、日本銀行の改革も外からの改革と、中からの自己改革の気運が期せずして一致し、変わるべくして変わったというように考えている。そして現在、日本銀行は21世紀に向けての新しい歩みを始めつつあるというように考えている。

以上