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武富審議委員記者会見要旨(11月19日)
平成11年11月19日(金)・山口県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨
1999年11月22日
日本銀行
——午後2時から30分
於 下関グランドホテル(松寿の間)
【問】
本日は地元経済界の代表の方々と意見交換をされたわけであるが、懇談の内容と審議委員が懇談を通じて感じられた印象をお聞かせ頂きたい。
【答】
地元財界の有力者の皆様とお話して、全員の方からご意見を頂戴したので、それを数分でsum upするのは大変難しいが、大きく分けて3つのお話を頂戴したと思っている。
1つはそれぞれの立場から、足許の景気あるいは経済の構造変化も踏まえて、大変厳しい経営環境にあるというお話をいろんな分野について伺った。それから(第2に)、景気については比較的厳しい環境であるとの認識が多かったと思うが、それだからこそというか、この閉塞感のある中で地元ではいろんなプロジェクトを工夫し、元気の出る山口県ということを目指しているという大変前向きな姿勢も承っている。いろんなプロジェクトが当地では計画あるいは実行されているということである——個別のプロジェクト名は時間(の制約)もあるので(省略する)——。それから3番目は金融政策に絡むところであり、ゼロ金利政策についてもご意見が出たし、為替相場について経営に与える影響というような観点での話も頂戴した。私の全体の印象は、足許の景気が企業経営にとって引続き大変厳しいものであるというふうにこの地域では感じておられるのだなあということである。
【問】
只今の話の中にあった厳しい環境というのは、もう少し具体的にどのようなことであったのか。
【答】
例えば個人消費について言うと、良く言われることであるが、消費者の皆さんは大変節約志向が強いというようなこと。それから、単価が下がってしまっているとか、あるいは量そのものも下がっているというようなことである。抽象的にいえば、個人消費についてはそういうお話だったと思う。ご報告の多くは世の中で良く言われていることではあったが、かなり多岐に亘ってそういう話が出たので、代表例として個人消費だけご紹介してみたわけである。
【問】
政策委員会の中で委員の間でいろんな意見があるようだが、インフレターゲティングの採用についてと、買い切りオペの増額というテーマについて委員のご見解を伺いたい。
【答】
これは、金融政策の真っ正面の大きなテーマである。本来、中央銀行というのは、YES、NOで明解に言った途端から憶測を与えることになるので、あまりどちらの立場だということを申し上げてよいものかどうか若干の迷いがある。
まず国債の買い切りオペ増額の問題から申し上げると、この買い切りオペ増額のご質問を頂くときには、おそらく背景に2つの思想の流れがあって、1つはマネーサプライを増やすべきであり、そのためには国債買い切りオペの増額が1つの有力な手段になるのではないかという考え方、もう1つは、国債需給悪化懸念に端を発した一連の考え方で、結局国債買い切りオペ増額がその1つの対策ではないか、ということである。ご質問がどちらの考えから出ているのか俄かには分からないが、まずマネーサプライとの関連での増額という議論に対しては、私はその必要は全くないと思っている。今のゼロ金利政策の枠組みで、先般も短期国債の買い切りオペの導入とか、レポオペ対象国債の範囲の拡大等を行っており、短期のオペ手段で十分流動性は供給できるわけである。事実、今までも行ってきたわけである。国債買い切りオペ増額によってベースマネーがすぐに増えるということでもないし、ベースマネーといわゆる例えばM2+CDというマネーサプライの間の信用乗数も一定ではなく、所期の効果が挙げられないわけである。だから私はマネーサプライと絡ませた増額という議論については、その必要性が現実にないというふうにお答えしたいと思う。
それから、もう一方の国債需給懸念との絡みでの増額の議論に対しては、今度は「必要論」ではなくて「べき論」から言うと、行うべきではないと申し上げる。その理由については、皆さん十分ご承知と思うので、何度も同じことを繰り返すのも恐縮であるが、これはやはり質的な差があると思う。資産価格に影響をかなり直接的に及ぼすということ、イールドカーブの長い方に直接影響を及ぼすということは、従来の翌日物の無担保コールレートを通じて金融政策の効果を波及させようということと一線を画す、質的な差のある分野に踏み込むということである。資産価格ということになってくると、ことは国債だけではない。他の資産についてはそれではどうなんだというようなことで、それが潜在的に持っている悪影響は大変大きいわけである。したがって、中長期債の買い切りオペ増額ということは、べき論としてあまり行うべきではないと思っているし、それから1点目の方に戻って、今経済が必要としているマネーに対する需要に対して、今の我々の持っている手段で十二分に対応できるから必要もないということになると思う。
インフレターゲティングについては、人によっては今ご質問の出た買い切りオペ増額によるマネーサプライの増大ということを通じて、ある一定の将来の物価目標に近づくべしというご議論がある。そういう意味で先に順序として、マネーサプライと絡むかもしれない国債買い切りオペ増額のところから返答をスタートしたわけである。それで、これはなかなか難しいだろうと思う。闇雲にYES、NOという前に大変難しいと思う。ここは瀬戸内海の入り口なので昔の故事に倣って言うと、波が揺れている、風が吹いてる、そういう所において、弓矢を持って遥か遠くの小さい小さい扇子の真ん中を射抜くような大変難しいことをインフレターゲティングというのは行うことなのだろうと思う。
すでに導入しているイギリスの例でみると、足許の操作目標というのは、ご案内のように2週間物レポ金利であり、そしてターゲットとする最終目標は2年以上先の物価というようなことで、弓の矢を操作目標とすると、ターゲットである向こうの扇の真ん中というのが物価目標なわけである。足許も揺れている、途中足許から2年先までいく間にいろんな外部ショックも起こるし、想定していた通りのパス、道筋で矢が飛んで行かない、レポオペ金利の操作が想定する通りに奇麗に働かない、いろんな問題が起こるわけである。強い横風が吹いてきたらどうするのかというような問題もひとつある。
それから、もっと根幹的に申し上げると、今は大変な構造変化を遂げている時代である。したがって、その中で価格についても、大きな革命が、水準としても体系としても、起こっているわけである。そんなときに、どういう目標が本当に今の経済の抱えている性格と整合的であるものなのかが、相当判断が難しい。したがって、ターゲットを設定することそのものにおいて大いに議論が分かれ得るところだろうと思う。であるから、一概にYESとかNOとか言わないけれども、導入するタイミングというのもある。通常時で、どちらかというとインフレプレッシャーの強い経済であれば、場合によっては——しっかりここのところを書いておいてください——、場合によっては、検討の余地はあるのかもしれないけれども、こういう質が変わるような大きな転換を潜り抜けている経済のときに、それに見合うターゲットとなり得る物価というのは一体何だというのは分かり難い。それから現状はゼロ近辺の水準で物価が動いているわけである。プラスの比較的高いところであればまだしも操作の仕様もあるかもしれないけれども、現状では非常に難しい。そのほか技術的にどういうふうにするかというようなことは、既に日本銀行でいろんな人がいろんな場で世の中に向かって言っていると思うので、私はそこは繰り返さない。
もう一度言うと、大きな構造変化のときに馴染む物価とは一体何だというのは、非常に判断が難しい。タイミングということも、それと絡むけれど考えなければいけない。それから、相当先のところに目標を設定するとして、途中でいろんなことが起こり得るときに、足許の政策について、どういう形でどういうふうに説明し、どういう責任をとるかということは、今行っている総合判断に基づく政策運営と実質は殆ど変わらない。そういう意味で、今何がなんでも急いで導入しなければいけないという必然性はあまりないなあというふうに感じている。
【問】
景気の見方で、先ほど「小じっかり」とか「循環的にみると底入れ圏」という話があったが、今後の見通しで回復はいつぐらいとみているのか。もし見通しが難しいというのであれば、具体的にどういう要因が不安要因としてあるのか教えて頂きたい。
【答】
これもなかなか一言でお答えし難い。曰く言い難いところのある経済そのものになっている。私が、ああでもないこうでもないということではなくて、経済そのものが極めて複雑で、回復へ向けていくルートというのがどういうことになっているのか。いろんなところに活断層が出来てしまって、従来道が繋がっていたのが皆通行止めになるというようなことがいろいろ起こっているわけである。であるから、単純な物の言い方は出来ない。私は、確か「循環的には概ね底打ち圏内」と言ったわけで、大分幅のある評価をしている。冒頭申し上げたように、こちらの財界の方も構造的な厳しさというものを実感として感じ取っておられる。その構造的な問題が重石になっていて、これがなかなか循環的な上昇力というものをうまく伸ばしていかないという感じがあるので、従来的な意味の回復という言葉——回復というのは回復が持続するということと、それにそのすぐ先には拡大という局面に入り得るという、そういう語感を込めて回復という言葉が通常使われているとすると——、今はちょっと回復という言葉は、すぐには当然使えないということだと思う。
着目点は、何といっても国内民間需要で、消費と民間設備投資である。それについては、すでに先ほど挨拶の中で申し上げている通りで、要するに足許よりも先行きを含めてしっかりと定着して上がる状況が続いて、それが面としてもボリュームとしても広がっていくのか、残念ながらそこに確信が持てない。これは私ども政策当局として判断する者も、それから実際に企業経営に携わっておられる方も、おそらく今同じ状況に置かれていると思う。これについては、なかなかズバッとお答えできなくて誠に恐縮であるが、お許し頂きたい。経済そのものが非常に不透明であるということである。
もう1つ重要なのは、善し悪しは別にして、経済主体、これは個人部門であれ企業部門であれ、皆さん先行きに対しての不透明感を持っており、そのことはやはり構造改革についての道筋がなかなか見え難いということがあって、そこから心理的には足許に戻ってきており、したがって、例えば、今10支出できるものを8ぐらいにしておこうとか、先ほど言った節約志向とか、様子見姿勢とかということになるわけである。したがって、先をどう見るかということは、先行き不安感をなくせるようなきちっとした構造改革が官も民もちゃんと出来るかといったことに、ある前提を置かないと明解な答えはし難いわけである。それはべき論としてはできる。であるから、なるべく早く私自身が「回復」という言葉を使えるような状況になって欲しいと、切なる思いを毎日毎日抱いている。
【問】
先ほど委員が言われた景気判断は、今週、日銀が金融経済月報で発表した「下げ止まりから持ち直しに転じつつある」という景気判断に比べて、どういう位置付けにあるのかという点と、あと「為替に引続き注視していきたい」ということを言われたが、現在の為替相場というのは一時期と比べて変動は少ないし、あるレベルでわりと落ち着いた状態にあると思うが、現在の為替相場についてまだ何か懸念するべきことがあるというお考えなのか、という2点について伺いたい。
【答】
全て私どもの関心事というのは、先を見ていろいろ言っているわけで、その事をまず前提に話を聞いて頂きたいと思う。先ほどの景気についてのご質問と同じように、今の「下げ止まりから持ち直しに転じつつある」ということと、「概ね循環的には底打ち圏内入りをしているのではないか」ということと、どこがどう違うのかということは、これは正直に申し上げてお答えし難い。通常は、景気が後退から不況入りして、何とか下げ止まって、底打ちないし底入れをして、持ち直して、回復して、拡大に向って、というふうに、私自身は言葉使いしている。そのどれにも当てはまらない「概ね底打ち圏内」ということを言っているわけで、これは一種の定性判断で、何か数字で示して1ノッチ前なのか先なのかと言われても、これは正直曰く言い難いところがある。
ただ、構造問題というのはしっかりあって、そこに力点を置くとなかなか先行きそう楽観はできない。これは当然の前提としてある。さはさりながら、そのことだけに力点を置き過ぎると、先行きを見誤るかもしれない。先行きというのは、取りあえず短期的には循環的な力が出てくるわけで、そこからみると勿論、まだ移ろいやすいいろんな脆弱な基盤の上に成り立っているけれども、公的需要が下支えをしている。補正予算が組まれるまでの間は少し隙間ができるかもしれないが、大きく言えば公的需要は下支えする。金融政策も必死になって環境を整えている。そこへアメリカも引続き堅調だし、アジアも回復してきた、ヨーロッパも一頃よりは良いということで、海外の所得環境が良くなって日本の輸出がお蔭様で伸びる。それで、グローバルな需要が伸びてくると、素材などの汎用品の国際市況も良くなってくる。したがって、円が少し高くなっても、ある程度結果として円高転嫁できるような値段で売れる。数量が少し前よりは捌ける。これは全部、少し前よりは1ノッチ良くなりましたという程度の話であるが、しかし、それは企業経営あるいは企業収益、先行きに対する姿勢、マインドにプラスに働いてくることは事実で、それで生産が伸びて、出荷がある程度持ち直して、そういう中で残業も増えて所定外所得も増える。そのことは、例えば消費にとって限界的にはプラスに働くというようなところまでは、循環的にみると来ているわけである。その先は、まだ何も一言も断定しないけれども、その限りでは古典的な循環的なところはあるわけで、そこまでは来ている。
ただ、その先持続的拡大かというと、先ほど言った構造の方が少し邪魔をして、3つの過剰というものを一生懸命整理しないといけないわけである。過剰雇用、過剰債務、過剰設備の3つを一生懸命リエンジニアリングすればするほど、そのマイナス面はまだ出る。この構造問題は、中長期の問題であるから、短期の循環的な問題と揉み合いながら今動いているわけである。潮の流れ目が変わったというところまで行かないで、まだ、太い構造調整というマイナスの潮流があって、そこに少し循環的に良い潮流が生まれていて、そこが今せめぎ合っているわけだが、その循環の方について言えば、ある種古典的な回り方まではして、ある一定のところまで、つまり輸出と生産を通じて、雇用と所得のところの一部に好影響を及ぼすというところまで来ている。
為替については、ご質問の趣旨は取りあえず落ち着いているけれども、レベルそのものはどうかというものであったと思うが、レベルについては、残念ながら、私どもはなかなかコメントし難いというのはご理解頂いていると思う。少なくとも、私どもが今後も引続き注視していくという意味は、一方向に急激に相場が、為替であれ、他の相場であれ動いてしまい、結果として事業計画そのものまで修正しなければいけないような、そういう短期間の外部環境の急変というのは、経済に徒らな混乱要因を持ち込むようになるので、もしそれを間接的にであれ、我々の金融政策を通じて少しでも緩和できるのであれば、それを緩和しなければいけないという姿勢で注視していくという意味である。
抽象的で分かり難ければ、もう一度申し上げる。正確に引用して頂きたいと思うので。一方向に相場が急変すると、その影響を受け、先が読み難い。例えば、どんどん円高になるというような心配を企業経営者の皆さんが持てば、事業計画についても、当初の計画よりは下方修正しなければいけないような、実際にそこへ踏み切らなければならないというようなことになると、景気に対してマイナスになるわけで、そういうことのないようにある程度、事業計画通りに、計画達成に向けて整斉と努力できるような、言ってみれば、やや飛ぶけれども、ファンダメンタルズとそうかけ離れない整合的な相場の推移となるようによく注視して——それでは中央銀行としてそれを直接何かできるかというとこれまた難しいところであるが——、間接的に私どもが影響力を及ぼし得る範囲内において、最大限努力をするということである。
【問】
山口県内の景気の現状と先行きについて、委員自身のお考えをもう少し詳しく伺いたい。
【答】
私の理解が間違っていなければ、山口県経済というのは、基礎素材型産業のウエイトが比較的高いと思う。先ほど言ったように、一部の基礎素材の品目において、アジア向けの輸出など、気持ち上向いている分野もあることはあるが、なべて言えばその分野というのは構造変化の中で、そして循環的な景気後退の中で、ご苦労されている分野だと思う。だからその限りにおいて、山口県の平均的な経済の活動状況というのは、おそらく全国平均に比べると、ほんの少しだが——単純にsophisticateしない言葉を使うと——悪い。もう少し良い言葉がないかと思っているが、全国平均まではまだ少し届いていない、そのような状況であろうと思う。ただ、山口きらら博の方も県でご努力されておられるし、いろんな市の方でも、ウォーターフロント等のプロジェクトを行っておられるし、また、魚市場、青果市場など5つの市場を統合しようとか、3市2町の合併というような動きもあって、何とか長い経済的停滞から抜け出そうというご努力をいろんな方面でなさっている。民間企業はリストラ努力であるし、地方公共団体は今言ったようなプロジェクトを通じて、民間の活力を使いながら頑張っていこうということだと思うので、先行きに大いに期待をさせて頂きたいというふうに思っている。
【問】
アジア向け輸出が好調な一部分野とは、具体的には何か。
【答】
例えば今であると、鉄鋼、化学のような素材のところである。要するにアジアのような経済が回復してくると、まず需要が出てくるのが素材品に対する需要である。そういうことの恩恵を日本全体として、素材の一部で輸出が伸びるという形で恩恵を受けているわけである。しかも市況の方も、グローバルな需給で決まる汎用品(commodityというか)であるから、多少円高になってもまあまあの円手取り額で売上げには貢献するという状況があるわけである。これはあまり強調し過ぎるといけないが、ただ限界的には、プラスの要因であるということも、過不足なく私は評価したいと思っている。
以上