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篠塚審議委員記者会見(2月4日)要旨

平成12年2月4日・長野県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2000年2月8日
日本銀行

―午後1時30分から30分
於:日本銀行松本支店

【問】

インフレ・ターゲティングについてお伺いしたい。自民党の金融問題調査会がこの問題について検討を開始するようであるし、また、最近の金融政策決定会合の議事要旨等をみても様々な議論がなされているが、審議委員自身のインフレ・ターゲティング論に対する見解如何。

【答】

私自身は、インフレ・ターゲティングと言われているものの中には、二つの異なった考え方があるのではないかと思っている。

  1. 一つは、目標とするインフレ率をある程度高目に定め、あらゆる政策手段を動員してその達成を図るというものである。しかしながら、この考え方では、インフレ率を高めることが唯一の政策目標となってしまい、中央銀行の目的が物価安定である中、とても採りうる政策手段にはならないと思う。そしてへたをすると、これは「調整インフレ論」に通じる訳であり、このようなタイプのインフレ・ターゲティング論は私の念頭には全くない。

  2. もう一つの考え方は、中央銀行の物価安定に対する強い姿勢を示すことに主眼を置いて、中長期的な政策目標としてある一定のレンジのインフレ率を予め示すというものである。このタイプのインフレ・ターゲティング論では、ある方向に向けて中長期的な政策目標を掲げることになるため、金融政策が非常にアカウンタブルなものになると同時に、透明性も向上するように思う。実際に一部の海外の中央銀行ではこのようなタイプのインフレ・ターゲティングを採用している例もある。

しかし、このタイプのインフレ・ターゲティングにもいくつか問題があると考えている。一つは、目標とする物価を何にするかという技術的な問題がある。例えば、消費者物価にしても、生鮮食品を除く物価にするかとか、卸売物価でも国内卸売物価だけにするとか、どういう指標を使うのかという問題をまずクリアーしなくてはならない。もう一つは、それがクリアーできたとしても実際に中央銀行がそれをどの程度の精度でコントロールできるかどうかといった問題がある。

そのほかに、現在、インフレ・ターゲティングを採用している国では、インフレ率を抑制するために、すなわち、高いインフレ率から低いインフレ率にもっていくためにインフレ・ターゲティングが採用されており、しかもインフレ率抑制に成功している国でもそれがインフレ・ターゲティングを採ったことにより成功したのかどうかもはっきりしていないという問題もある。翻って我が国が今置かれている状況は、デフレ懸念が払拭されていないというものであり、今までどこの国も、戦後では、デフレ局面から脱するためにインフレ・ターゲティングを採った例はない。

結論としては、中長期的に金融政策としてある目標の物価水準をおいて、そこに向かって我々は金融政策を採っているのだということを市場に説明するということ、また、人々に向かって、今こういうことをやっているのだということを透明にすることは非常に大事なことであると思う一方、先ほど懸念材料として挙げた二つの点、すなわち、どういう指標を使うのかの問題とコントローラビリティの問題を解決する必要があると思う。また、デフレ局面から脱出する手段としてもインフレ・ターゲティングが有効なものなのかどうか等々についても、きっちり検討すべきであると考えている。

【問】

県内の景気は持ち直しつつあると言われたが、県内景気の良い面について、具体的にお聞かせ願いたい。

【答】

長野県は情報通信関連のような分野が非常に強く、また、輸出も強い。県内景気の好調は各種データからも裏付けられており、例えば、情報通信関連企業の好調を映じて、生産活動の動きが全国に比べて数歩先に動いているし、有効求人倍率、それから残業時間の増加率等も全国よりも非常に大きな伸びを示しているといったところに現れている。

【問】

最近の長期金利の推移をみると、今週に入ってから少し上昇してきているとはいえ、大体1.6%から1.8%で比較的低位安定していると思う。委員は、このレベルというのは現在における日本の景気の現状を反映したものだと思うか、それとも、当面ゼロ金利を継続するという期待をあまりにも取り込み過ぎた結果だと思うか。

【答】

このところ長期金利は比較的安定しているけれども、この長期金利の水準に対する見方は色々あると思う。

基本的にはゼロ金利政策を1年近く採ってきたことから、市場の中で流動性の面では安心感が行き渡っているという面がある。また、民間の資金需要が弱く、貯蓄超過の下で運用先がなくて困っているという状況でもある。

このように長期金利は現在のところ比較的落ち着いている訳であるが、長期金利がいったいどういう要因で変化するかについては、大きく2つ考えられると思う。一つは、景気の先行きに対して市場から強い期待が起きて、それに強気に反応する場合と、二つ目は、基本的には将来の財政運営などに対する懸念があって、国債に対するリスクプレミアムが高くなる結果金利が上昇する場合である。

では足許の長期金利の幾分の上昇はどうなのかということになると、国債に対するリスクプレミアムの問題というよりは、どちらかと言うと景気の改善を反映した結果ではないかと思う。月を追う毎に明るめの指標が出てきているし、それから、設備投資そのものはまだ出てきてはいないが、IT革命関連の動きが着実にみられ始めていることからして、景気に対する先行きの見方が少しずつ改善してきているのではないかと思う。そうであるならば、この長期金利の推移について自然体でみておくべきではないか。

長期金利は、長い目でみると、将来の経済活動水準と整合的な水準に収斂されていくものであると思う。もしも日本経済全体に対する期待感の高まりがあり、そして海外からも、日本の金融システムの不安がなくなり、これからは日本の景気がゆっくりと回復して行くだろうというふうにみられているならば、短期的な変動はあったとしても、やはり長期的な経済の活動水準に整合するようなかたちで長期金利が推移して行くのではないかと思う。そういう意味では少し長い目で注意深く長期金利を見て行きたいと考えている。

【問】

日銀の政策としてはゼロ金利を継続することを決定しているが、篠塚委員が地方に来られて個人的見解としてゼロ金利解除論を述べられたのは、言わば多数決で決まった政策に対する批判ということで捉えてよいのか。

【答】

ご承知のことと思うけれども、日本銀行の金融政策決定会合で当面の金融政策が決められている。ここでは9人の政策委員がそれぞれ一人一票の決定権を持ち多数決で決めている。したがって、今、ゼロ金利政策を継続しているのは、9人の中の多数決の結果であると捉えていただきたい。多数決であれば少数意見や反対意見は当然有りうるし、また現在の少数意見がどこかの時点で多数意見となることも有りうる訳である。

現在の金融政策決定会合での議論の内容については、議事要旨に書かれているとおり私自身はゼロ金利継続に反対している。また、そういう私自身の考え方については、色々な機会を通じて、それはやはり透明性の目的からであるが、しっかりと皆さんにご説明したいと思っている。そうしたことを続けていけば、仮にどこかの時点でゼロ金利を解除することになった場合に、ある日突然全員の意見が変わったのではなくて、なるほどこういう意見がもともとあって、委員会全体の見方が少しづつ変わってきたのだという説明になるのではないかと思う。

新日銀法になってから、日本銀行は独立性と透明性という理念の下に運営されている。今回私がこの長野県に来させてもらって、日本銀行が今採っている政策はこういうものであるということを説明させて頂いているのも、政策の透明性を高めるためということである。その中で、自分自身の意見も説明させて頂いているが、これは、議事要旨などのペーパーだけではなかなか分かり難いので、直接話法でご説明することによってご理解を頂くというようなことをやっている訳であり、今、政策決定会合で日本銀行の採っていることに、反対だ、反対だということを言うためではない。

【問】

ゼロ金利政策解除の際には市場にショックを与えないように政策の方針を説明していくべきだというお話があったが、具体的にどういう方法が考えられるのか、また、ゼロ金利政策解除の前には日本銀行から何らかのシグナルが発せられると考えてよいか。

【答】

金融経済懇談会でも、出席された皆さんから「ゼロ金利政策を解除する時には、市場にショックを与えないような方法について十分検討して欲しい」との意見が寄せられた。

ショックを和らげる一つの方法は、私のような少数意見をきちんと世の中に説明していくことだと思う。私は「ゼロ金利を解除し、オーバーナイト金利を1年前の0.25%水準に戻す」という提案をしているが、だからといって、次から次に金利を引き上げるというような事を言っている訳ではない。ゼロから解除するとは言ってもたかだか0.25%の水準であり、しかも0.25%ということはまだまだ超金融緩和と言って良いのではないかと思う。

ショックを和らげるというのは、こういう説明を丁寧にしていくということである。また、ゼロ金利を解除すべきか否かについては、政策委員会の9人のメンバーが常に丁丁発止の議論をしており、それを議事要旨の中にきっちりと書き込んでいる。こうしたことを通じてある程度のシグナルが発せられていくことになると思う。

【問】

午前中の金融経済懇談会には、長野県の地元金融機関の代表者が参加されていたと伺った。長野県の金融機関は、バブルの頃でも比較的健全経営を貫いてきたとよく言われているが、これについての感想をお聞かせ願いたい。

【答】

長野県内の金融機関は、バブルの頃でも、いろんなかたちで土地投機に走ったりといったような動きが少なかったというようなお話を頂き、私自身、非常に安心したところである。現在、長野県の景気は、製造業を中心としながら全国より先駆けて上向いているが、その要因の一つは実体経済のベースとなる金融の土台が安定していたことにあるのではないかと受け止めた次第である。

以上