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植田審議委員記者会見要旨(2月25日)
平成12年2月25日・千葉県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨
2000年2月28日
日本銀行
―平成12年2月25日(金)
午後 5時20分から約35分
【問】
本日の金融経済懇談会の出席者からはどのような質問や要望が出されたのか。
【答】
出席者の方々からのご質問・ご意見は極めて多岐に渡り、かつ極めて高度な内容で答えに詰まってしまうようなものもたくさん頂いた。論点を幾つかご紹介すると、まず、経済の構造的側面に関するものとして、国も地方も大幅な財政赤字を抱えており、きちんとした財政再建路線を採ることが必要と思われるが、足許の景気との関連では、それでよいのか、あるいは財政再建路線をきっぱり採っていくとすれば、どういう方法が有り得るのか、といったご質問があった。また、別の方からは、日本経済は、金融政策だけでは対応できないような構造的な問題を非常に多く抱えている。ここ数年、それを規制緩和という手段で是正しようとする動きが続いてきたが、ここに来てその動きがやや弱まってきている、あるいは、それを遅らせようとする動きが出ていることが懸念される、とのご意見も頂いた。
金融政策に関するご意見としては、1つは、日銀は現在、デフレ懸念の払拭が展望できる情勢になるまでゼロ金利を持続する、というスタンスを採っているが、それでは、日銀は一体いつ頃から深刻なデフレ懸念を意識していたのか、という厳しく難しいご質問を頂いた。2つ目は、ゼロ金利政策を1年以上続けているが、それに伴う副作用についてどう認識しているのかというご質問を頂いた。3つ目として、ゼロ金利の解除について、解除する場合には、単に金融市場だけではなく、資金の借り手に与える影響もきちんと認識したうえで行ってほしいとのご要望があった。最後に、私の方からインフレーション・ターゲティングについてご説明したことに関して、そういう場合に前提となるのは、物価がきちんと計測できる、あるいはきちんとした物価指数があることだが、最近の流通業における動きを見ていると、いろいろな変化あるいは技術進歩等がある。現存する物価指数がそれを十分捉えているかどうかという問題について日銀はどう認識しているのか、というご質問も頂いた。
以上が主なものであるが、いずれも極めて重要な問題であり、議論させて頂いた。
【問】
ゼロ金利政策を1年以上続けていることの副作用に関する質問には、どのように答えたのか。
【答】
ゼロ金利政策の副作用としてはいろいろなものがあり得るが、1つは広い意味でのモラルハザードが起こっているのではないかということがある。短期金利がほぼゼロ近辺まで低下し、長期金利についてもかなり低いレベルまで低下している状態が長引く中で、人々の金利コスト意識や、金利が変動するという意識が薄れていってしまう、違う言い方をすると、短期金融市場では、いつでもほぼゼロの金利で資金が調達できるが、それに慣れ過ぎてしまい、金利が上がり始めた時に、きちんとした対応ができるのかどうかということが1つのコストであると思う。
さらに、これもモラルハザードの一環であるが、場合によっては、中長期的にはマーケットから退出して頂いた方が良いような部分が、低金利ゆえに生き残ってしまい、それが、もっと成長してほしい部分にマイナスの影響を与えるとか、長期的に構造転換を遅らせてしまうようなことがあるかもしれないということも、コストの1つだと思う。
また、短期金利がほぼゼロという中で、短期金融市場の資金仲介機能が低下し、将来に問題を残すかどうかということも、1つの潜在的なコストかと思う。
しかしながら、このように、ゼロ金利政策のコストはゼロではないが、だからといって、今ゼロ金利政策をやめた方がよいという程大きなものであるというところまではいかないのではないか、というのが私の評価である。
【問】
今後の景気動向との関連で、先ほど委員はスピーチの中で、民需については明るい兆しが少しずつ出てきているが、しばらく事態を見守りたいという趣旨のことを言われていたが、自民党の一部には2000年度予算の補正についても必要ではないかとの議論がある。委員も年後半には財政資金が落ちてくる可能性がある点について触れられていたが、補正予算が必要か否かについて、委員はどうお考えか。
【答】
これについては、一義的には、政府、財政当局が決めるべきことだと思うが、敢えて申し上げれば、結局のところ補正予算が必要か否かを判断すべき時期になった時に、国内民需にどれ位の力強さが戻っているかということとの相体で判断すべきことというふうに思う。更に、中長期的な財政の姿に対する懸念をどれ位織り込んで考えるか、ということもあるかと思う。
【問】
このところ原油市況が大きく上昇しているが、大きな財政赤字とゼロ金利政策という組み合わせの中で、物価の潜在的な上昇圧力があるのか。また、原油を始め商品市況が上昇局面にあることと、日銀がゼロ金利政策を採っていることには、何か因果関係はあるのか。
【答】
まず、後段のご質問からお答えすると、ゼロ金利政策を採っているがゆえに原油あるいは商品市況全般に上昇圧力が掛かっているということは殆どないと思う。そのようなことが起こるためには、日本経済がゼロ金利政策の結果力強い成長をして、それが原油等の商品に対する需要を増大させるということが起こらないといけないが、日本経済は、取り敢えずまだそこまではいっていないからである。
他方、前段の、原油価格上昇の背景及びその日本の物価への影響については、当然のことながら、昨年来、非常に注意深くウォッチしてきたし、今後も物価、インフレ動向を見ていく際の非常に重要な判断材料の1つとして注視していくつもりである。
では、そういう動きの背景に何があるかといえば、これは、日本はまだ弱々しい景気回復であるが、日本以外の地域、特に米国や東アジア、最近ではユーロランドといった世界の多くの地域で、かなり力強い景気の回復あるいは景気好調が持続していることがあると思われる。例えば米国では、生産性が上昇しているため、国内の普通の製造業の製品については景気回復の中でも物価上昇が目立っていないが、生産性を上昇させるのがそう簡単ではない一次産品については、やはり景気回復の影響を受けて、価格に上昇圧力がかかり始めているということではないかと思う。
【問】
日銀がゼロ金利政策を採っていることで、投機筋が日本で資金調達をして商品に投機しているような流れはないのか。
【答】
それに対してイエス・ノーを申し上げる材料を私は持ち合わせていない。但し、仮に日本の金利が今と違うレベルにあったとしても、それはせいぜい数%の、ゼロ%なのか1%なのかという程度の違いであると思う。それに対して、商品の価格が上がる場合には、10%、20%は簡単に上がる訳であり、いずれにせよ、日本の低金利がなかったとしても、世界全体で商品に対する需要が強いということがもしあれば、投機は発生すると思う。
【問】
過去2回の金利政策の変更はかなりサプライズで、外野からみると唐突な印象があったが、次の利上げに関しては市場に織り込ませるようなことが出来るのか──例えば米国の場合はFOMCで次の3月に利上げする旨表明しているので、市場が「やるだろう」と思っている──そういう形で、どんぴしゃりというかはともかく、「いついつ利上げがあるでしょう」とノーサプライズで出来るのか、自信のほどを伺いたい。
また、先ほどのスピーチの中で、「民需の回復過程は、賃金や利払い費の抑制による利潤の回復→設備投資の回復→マクロ経済の回復→消費の回復、というステップを踏む」と言われたが、この中で足許はどこにあって、このサイクルのどの辺までくるとゼロ金利を解除できるのか、どの辺までいくと確信が得られればゼロ金利を解除するのか。
【答】
まず前段のご質問、例えば最近の米国の利上げのように、次の決定会合で利上げがあるということをきちんと市場に織り込んでもらえるような操作を出来るか、あるいはそれを我々が意図しているかということであるが、明確な答えはない。ただ、大規模な混乱は避けたいという気持ちは強く持っている。そのために出来ることとして、先程も申し上げ、また一方で何度もご批判を頂く訳でもあるが、単純に金利はゼロであるというだけでなく、デフレ懸念の払拭が展望できるまで、という条件を明らかにしているということがまず第一。その前提となる我々の経済に対する見方は、かなり気を付けて、毎月発表する金融経済月報に要約して明らかにしているつもりである。昨年後半にも徐々に経済に対する見方を上方修正したということを、これを見て頂いた方には読み取って頂けたかと思う。その上で、例えば厳密にX年Y月に金利を上げるあるいはゼロ金利を解除するというタイミングを、X年Y月マイナス1ヶ月の時点で市場に知らせる必要があるのか、あるいは数ヶ月くらいは前後があってもいいのか、というのは今後詰めて考えていきたい思う。
それから後段のご質問、すなわち私が想定した民需の回復過程の中で今がどの辺にあるのかという点であるが、利潤の回復に関しては、99年度についてはかなりはっきりと見えてきた。設備投資の回復についてもマイナスの成長率からプラスに転じるであろうという点は、設備投資そのもののデータでは確認できないが、先行指標から見る限り、絶対ではないがかなりの確率で確認出来つつあると思う。しかし先ほど申し上げた通り、プラスの成長率に転じた後、そのプラスがどのくらいのプラスであり、どのくらい更に持続するのか、従ってその後のマクロ経済の回復、更に消費の回復にどう繋がっていくのかというところはまだ不透明であると思う。そしてこの回復プロセスの中でどの辺までいけばゼロ金利解除の条件が揃うかという点については、取り敢えず私としてはノーコメントとしたいと思うが、速水総裁の表現は、「消費、設備投資の自律的回復の展望がみえるまで」となっていたかと思う。
【問】
先週公表された議事要旨に関して伺いたいが、この中である委員が議論を取りまとめる形で、今年の金融政策運営は複線で考えていきたいと発言していた。一つは景気回復が持続した場合、もう一つはデフレ懸念がもう一度強まった場合、この両方の対応ということだと思うが、これだけみると今年の政策変更はゼロ金利の解除ともう一段の緩和とでフィフティー・フィフティーのようにも思える。これについての委員のお考えと、もう一回デフレ懸念が強まった場合に、量的緩和の可能性があるとみるべきなのかどうか伺いたい。
【答】
複線か単線かと問われれば、やはり広い意味で複線であると答えざるを得ないと思う。その上で右に行く確率と左に行く確率がそれぞれどのくらいかと問われればノーコメントだが、その前提となる足許の景気判断としては、先ほど申し上げた通り「徐々に好転しつつある」というのが少なくとも私の判断である。また悪い目が出た場合に、何が出来るのかあるいは出来ないのか、ということについての一つのヒントなり、私の考え方のベースとなるようなものは今日先ほどお話ししたつもりだが、それはそれとして、日頃から出来れば副作用の少ない手段で何か出来ることがあるのかどうか考え続けている、あるいは副作用が大きい手段の中でも相対的に副作用が小さいもので採れる手段があるのかどうか、絶対にあるとも何がそうかとも言えないが、これについてはその時になって考えるのではなく常日頃から考えているとは申し上げられるかと思う。
【問】
先ほどの原油との関連で、為替についてであるが、年初の円高から今は円安傾向に来ている訳であるが、これが更に円安になった場合、日本経済に与えるメリットとデメリットではどちらが大きいとお考えか。
【答】
それについては即答を避けたいと思う。ただ、メリットとしては、円安による純輸出刺激効果ということが一番大きいかと思う。デメリットとしては、石油価格が上昇するような中ではダブルで(物価上昇に)効いてくるというのが一つあるし、既に昨年来外国の投資家が日本の様々な金融資産を大量に保有しており、その少なくともかなりの部分は為替ヘッジされていない。そういう中で、急速な円安が仮に起こるとすると、その保有している資産の外国通貨建ての価値が目減りするということから、日本の資産に対する投資意欲にマイナスの影響を与える、という面もあると思う。
【問】
最近の日本の株価についてであるが、昨年から日本の株価は3、4割上昇しており、個人投資家のマネーも大分流入しているようである。アメリカの場合は、株価の上昇は個人消費を推進する一つのドライビング・フォースになっていると思うが、日本の昨年来の株価上昇をどのようにみているか。実体経済に比べて今の株価は行き過ぎているとみているのか、それとも株の上昇は個人消費の先行きにとってポジティブな材料としてみることができるのか。
【答】
経済のファンダメンタルズに比べて、ここまでの株価上昇が行き過ぎなのかどうかという点については、私はお答えできない。それはマーケットが決めるものであって、通常はファンダメンタルズに合って上下するものである。しかし、時と場合によってはファンダメンタルズからずれて動くということも当然あるし、そういう話は日本の株についてよりも米国の株価についてここ数年来何度も議論されてきたポイントであるが、議論の結果どうであったかというと、結論は後になってみないとわからないということだったと思う。
その上で、株価上昇の要因ということで言えば、一つはゼロ金利政策を挙げることができる。金利がゼロに張り付いている、その中で長期金利も下がっている、ということは当然株価押し上げ要因である。また、企業部門の収益をみると、マクロ要因として、日本経済回復期待がやはり昨年来非常に根強くあった、ということ。それからミクロ要因として少なくとも二つ。企業のリストラを評価して、リストラをきちんとしている、あるいはリストラ策をきちんと表明した企業の株が買われる、ということ。それからIT関連の世界的な技術進歩に乗るような動きをしている企業が買われる、というミクロの動きも、これは全体ではなく一部の企業ではあるが、株価押し上げ要因だと思う。
次に株価上昇の経済への影響であるが、アメリカでは株価上昇の消費への影響が非常に大きい訳であるが、日本では家計の株式保有割合がアメリカに比べて圧倒的に低いことから、このチャネルはアメリカほどには大きくないと思う。しかし、統計的にきちんと確認するのは難しいし、きちんとしたデータが未だ出ていない部分もあり言い切るのはやや危険であるが、昨年の消費と家計の所得のデータが全部揃ったとして比べたとすると、家計の所得が減った割には消費は下がっていないということがどこかの時点で確認できるような気がする。そうだとすると、その一つの要因として株価上昇があったということは、証明は難しいにせよ、言えるような気がする。
それから、株価上昇のもう一つの潜在的なプラス面としては、よりたくさん株式を持っている日本の主体は金融機関と借り手である企業であり、その保有株式の価値が上昇するということは、彼らのバランスシートを改善するという効果を持つ。ここまでの不況の一つの大きなポイントは、貸し手、借り手のバランスシートが悪くなったということによって、金融仲介能力が落ちたということにある。従って、彼らのバランスシートが改善するということは、金融仲介能力の、少なくとも一層の落ち込みを防ぐし、場合によっては回復に徐々にプラスの影響を及ぼしてくる。株価の上昇がかなり長期間続くということがだんだん確認されてくるにつれて、そういう効果がより強く出てくることを期待している。
【問】
日本の財政赤字について、非常に深刻に受け止めている人と、民間も含めれば貯蓄の方が多いのだからいいじゃないかなどと、比較的楽観的な意見とに分かれているが、この点委員はどう考えているか。
【答】
難しい問題ではあるが、長期的にみてそこそこ抜き差しならない状況に来ているということは確かかと思う。ただ、すぐもう放っておいたら財政が破綻してしまうということではないし、もう数回の景気対策を全く取る余地が無いということでもないと思う。ただ一方で、いずれにせよどこかの時点で抜本的な財政再建策を講じないと、中長期では、深刻な問題が発生するという事態に来ているのも確かかと思う。難しいのは、短期的に経済の回復がまだ弱々しい中での財政からの刺激策の必要性と、今申し上げた中長期の財政再建策の必要性との調和というか、どこで刺激策から再建策へバトンタッチするかといったタイミングの選択だと思う。
以上