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中原審議委員記者会見要旨(3月13日)

平成12年3月13日・岡山市における金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2000年3月14日
日本銀行

──平成12年3月13日(月)
午後3時30分から約40分

【問】

本日の金融経済懇談会の印象はどうであったか。また、席上具体的にどのような意見、要望が出たか紹介していただきたい。

【答】

本日、岡山に参り、金融経済懇談会に出席したが、席上、私の方から約20分にわたり、景気の現状、分析と見通し、量的緩和の必要性、物価安定目標──世の中ではインフレーション・ターゲティングと言われているもの──について説明した。その後、いただいた質問、意見は多々あったが、まとめて申し上げると、「岡山地方の景気は厳しく、回復感は全くない。輸出は良いが、国内はどうも芳しくない」というものであった。また、こうした状況を背景に、ゼロ金利の解除について、「(日本銀行は)デフレ懸念が払拭されていないと言っているが、個人的にはどのような展望を持っているのか」という質問が出された。本日の懇談会は、私の個人的な意見を述べさせていただく場であって、日本銀行のオフィシャルなスタンスを申し上げる場ではないとお断りしたが、日本銀行のスタンスについても申し上げた。

  1. そうした中で、一番真剣な質問は、「どのような兆しを、また、どこを実際にみていれば、ゼロ金利の解除がわかるのか」といった質問であった。また、それに関連して、「政策判断と言っても、東京と地方では違う。東京は良くなっているようであるが、地方は必ずしもそうではない。したがって、政策判断の時期を慎重に行って欲しい」という意見が出された。

  2. また、設備投資に関して、「いったい設備投資は期待できるのか、どうか」という質問があった。その方の話は、「金融機関全体の貸出を名目GDPで割ると、だいたい100%という比率がずっと続いており、このような負債を非常に高いレベルで背負っている中で、設備投資が本当に起こるのであろうか」ということであった。

  3. それから、3番目に出された意見、質問は、物価安定目標──いわゆるインフレーション・ターゲティング──の話であるが、その方は、「自分は昔のこともよく知っているが、インフレよりはデフレの方が恐い。そして、物価の安定という場合には、どのような範囲内で行うのか、あるいは、どのような伸び率で行うのか」といったものであった。

  4. それから、4番目として、経済統計についての意見があった。その方は、「どうも経済統計の発表が遅いのではないか。また、内容についても、修正があったり、あるいは、オーバーシュートしたりして、いまひとつ信頼できない。この点について、どのような手を打ったら良いのか、意見を聞かせて欲しい」とのことであった。

  5. それから、中小企業の立場から、「まだまだリストラは必要と思っているが、もしこれが首切りになると大変なことになるため、早く景気を立て直して、ゼロ金利政策もやめて、財政も健全な姿に戻して欲しい。そのためには、デノミなどは如何なものか」といった意見も出された。加えて、「その点で申し上げると、外形標準課税には中小企業としては反対であるが、どのように思われるか」との付言があった。

  6. もう一つ最後に出された意見は、金融機関の方から、「本日うかがった話は(自分で言うのもおかしいが)非常に筋が通っていたが、これ以上の金融緩和を行った場合にどうなるのか。自分のところは金がジャブジャブ余っているが、いったい貸出に結びつくのか」といったものであった。

以上申し上げた通り、「ゼロ金利の解除とは、いったいどのような兆しをみせた時に行うのか」、あるいは、「(ゼロ金利の解除を)行う際には慎重に行って欲しい」ということ、それから、「景気が思うように回復していない」という話が2つの大きな流れであった。

【問】

昨年10−12月期のGDPが2期連続のマイナス成長となった点について、東証の前場にもある程度影響が出ていたと思うが、前期比−1.4%という数字についての見解如何。また、これは一時的な要因が重なった結果であるのか、長期的なスパンからみた景気回復はまだまだであることを示しているものなのか。

【答】

いろんな方がいろんなことを言っているようだが、本日の東証の大引けは前日比−560円の19,189.93円であり、マーケットは前場から後場にかけて大きく反応した。前場の引けが前日比−298円で、大引けが同−560円という状況であった。私の見方は、ひとことで言えば、日本経済の現在の実態が表れているのではないかと思っている。とくに個人消費が前期比−1.6%と、大きな落ち込みになっている訳であるが、いずれにしても、昨年10−12月の段階では、いわゆる公需から民需へのバトンタッチは、とくに家計までは及んでいないということではないだろうか。また、この中でひとつ気になる点は、GDPデフレータが前年同期比−1.5%と、非常に大きな数字として出ていることである。昨年1年間のGDPデフレータをみると、1−3月期が前年同期比−0.7%、4−6月期は同−0.6%と少し戻ったが、7−9月期は同−0.8%、10−12月期が同−1.5%となっており、GDPデフレータのマイナスが非常に気掛かりである。

【問】

インフレーション・ターゲティングの導入に対する個人的な見解如何。また、ゼロ金利政策の解除に関して反対であるのか。

【答】

ゼロ金利政策を解除する場合には、一般論として、ある日突然に行うことは具合いが悪いと考えている。ゼロ金利政策の一番の問題点は、個人的には、継続するか、終了させるか、つまり、1かゼロの世界しかないことであると思っている。したがって、その場合、なるべくマーケットに与えるショックを減らすためにはどうしたら良いか、ということで、余程前もってサインというか、シグナルを出した方が良いのではないか。日本銀行の公式的な立場は、例えば、設備投資、あるいは、個人消費の自律的な回復に目処が立った段階と言っているが、それは個人的には非常にわかりにくいと思っている。結局、日本銀行の立場では、結論は何になるかというと、政策委員会の総合判断であり、政策委員会議事要旨や政策委員会月報を良く読んで下さいと言うことであるが、個人的には、何か具体的なシグナル、できれば具体的な数字で示すことができればと考えている。

それからゼロ金利政策をいま解除したらどうかという点については、ゼロ金利はすぐには解除できないと前から思っているが、いつ解除するか、ということになると、ひとつは消費者物価指数を考えることが挙げられる。個人的には、例えば、2年くらい先の消費者物価指数で除く生鮮食品を0.5~2.0%くらいにまで引上げることを提案しているが、消費者物価指数がそのレンジに入ってくる状態がゼロ金利解除の条件として挙げられる。また、個人的にもうひとつ提案していることは、さらに量的な緩和を活かして、現在7%程度のマネタリーベースを本年の秋口くらいまでに10%程度に増加させることである。その際にオーバーナイト金利をターゲットとすることは必ずしも考えず、量の方をターゲットとする。その場合、量を増やすと、当面は金利、例えば、イールドカーブ全体が下がってくると考えられるが、いずれ時間が経つ(どの程度かわからないが)と、効果が出てきて、今後は自然にオーバーナイト金利も上がってくるのではないかと思っている。これもひとつのシグナルになるのではないか。

【問】

本日公表された11月10日~12月のQEは非常に厳しい結果であったが、景気の現状についてどのような見方をしているのか。

【答】

昨年の秋から申し上げていることだが、景気は昨年の4・5月に底入れしたとみている。しかし、その後の回復が非常に緩慢であり、かつ数量的に非常に弱々しいと思っている。したがって、本年の第2四半期、第3四半期までは、景気動向指数からみた回復は継続するであろうが、QEの10−12月期の計数をみる限り公需から民需への移行が上手くいっていないことから、おそらく本年の1~3月の機械受注は一服感が出てくるとみている。それから、IT投資は非常に重要な独立投資であるが、その効果とは、いわゆるオールド・ジャパンとかオールド・インダストリーと言われる、既存の産業にIT投資が行き渡り、同産業の生産性が向上することだと考えている。しかも、その効果が出てくるのは、3ないし5年後ではないかとみている。

しかし、こうしているうちに、建設業の雇用調整が始まってきており、確か11月以降の3か月間で約60万人の雇用が減少していることや、新卒者の内定率が低下している点も非常に気掛かりである。したがって、私は、経済はすんなりと回復することにはならないのではないかと懸念している。

【問】

先程の景気動向指数の回復が継続するのではないかというのは、今年の7−9月期までのことか。また、現在でも物価目標付きのマネタリーベース・ターゲティングは必要だということか。

【答】

私はますます必要になっているのではないかと思っている。私が量的緩和は必要と言っている背景──政策委員会等の場において何回も説明していることだが──としては、一つは、既にゼロ金利にしているため、やることがなく、構造改革を待つだけだと言っているが果たしてそれで良いのか。私は、それはウエイト・アンド・シーではないかと思っている。一番重要なことは、財政政策と金融政策がシンクロナイズすること、しかも、財政が出ているうちに金融をもっと緩和し、相乗効果を働かせることが必要だと思っている。

量的緩和することにより何が起こるかと言えば、昨年2月のゼロ金利政策からも分かるとおり、3月末から株価が上昇したほか、Y2Kもそうであるが、概して株価の上昇や為替に良い影響があると思っている。また、量的緩和を行なっても、現状GDPギャップが大きいもとでは、インフレの懸念はないと言っても良いと思っている。

そうした中で、現在は、マネタリーベースが年率7%程度の伸びとなっているが、これを10%程度まで伸ばしたらどうかと思っており、その10%程度というのが量的緩和の歯止めになる。このうえに、2年後の消費者物価指数(除く生鮮食品)の目標を0.5%から2.0%に設定してはどうかということである。

ここで、なぜ物価安定目標と言うかといえば、私は企業に居たこともあり、企業経営においては目標が必要である。また、何事にも目標と手段があり、企業経営の目標としては、昔流で言えば企業利潤の最大化、現在では株式時価総額の極大化である。一方、手段は具体的であり、こういった抽象的なことを言うのではない。目標については、1年先の利潤は一体いくらなのか、3年先の長期計画はいくらなのか、といったことを考える。中央銀行の場合にも全く一緒であり、目標は物価の安定で、日本銀行法の第二条により定められているが、その具体的な水準は何も書いていない。一方、手段は100%日本銀行の裁量に任されている。私がこれまで主張してきたのは、日本銀行法第二条の物価の安定を、具体的に数字で示したらどうか、ということであり、これにより、日本銀行のアカウンタビリティー、さらにはコーポレート・ガバナンスが高まると思っている。あるいは、日本銀行は民間金融機関に対して自己査定と言っているのだから、自分自身も率先して自己査定を行ない、その際の基準には、できれば2年後の物価の目標を掲げてはどうかと思っている。その基準が難しいというのであれば、物価の見通し、あるいはGDPの見通しなどを出してはどうか、というのが私の主張である。その場合に、そのインフレーション・ターゲティング、あるいは物価安定というのが、量的な緩和のもう一つの歯止めになると思っている。

また、日本銀行が独立することにより問題となるのは、政治との間合いである。日本銀行が、このようなインフレーション・ターゲティングを目標として自発的に設定するということは、私は政治の介入を防止する効果的な手段となると確信している。そして、その目標はどのように与えられるかというと、バンク・オブ・イングランドの場合には政府が与えている。また、国によっては中央銀行が自発的に設定する、あるいは中央銀行と政府が協議したうえで政府が決定することもある。いずれにしても、目標がある方が、透明性が高まるほか、政治の介入も防ぐことができると、私は確信している。現在、目に見えるようなかたちでインフレーション・ターゲティングが無いのは、先進国では恐らく日本とアメリカのフェデラル・リザーブだけではないかと考えている。

【問】

先日発表された、金融政策決定会合の議事要旨の中で、原油価格の上昇を懸念していた審議委員──それは恐らく中原委員だと思うが──に対し、そうした懸念をすることと、量的緩和というのがインフレに繋がりかねないのではないかという質問があったと思うが、その件に関する整合性についてどのように考えるのか。

【答】

原油価格は非常に上昇しており、これまで私も警戒論を言ってきた訳であるが、現時点では、先進国の中では日本が原油価格の上昇の影響度合いが最も少ない。こうした中、他方GDPギャップも大きいことから、現状、量的緩和を行なうことは有効ではないかと考えている。ただし、原油価格が40~50ドルに上昇した場合には、話は別であるが、現時点では、量的緩和は依然として有効であると考えている。

【問】

先日総裁が、物価の安定に関して日本銀行内部で議論を進めることを発表したが、これに対する委員の意見如何。

【答】

インフレーション・ターゲティングについては、以前から金融政策決定会合の場において議論してきている訳なので、おそらく、機が熟してきたのではないかと思っている。先週金曜日の記者会見で総裁がコメントしたとおり、4点の問題意識を持って夏頃までに一定の結論に到達したい旨発表したと認識している。私としては、日本銀行が物価安定の最後の拠所であり、日本銀行の最大の責任が物価の安定なので、それは物価の安定といった抽象的な表現ではなく、もう少し掘り下げて、先程の4つの角度から検討するというのは非常に意義があるほか、時宜を得ているのではないか。

【問】

先日の総裁記者会見の中で、委員の言っている数値目標に対しては、慎重な見方をしていたが、これに対してはどのような考えか。

【答】

数値目標に対してはいろいろな立場があると思う。例えば、間違ったシグナルを出したとか、目標を達成できなかった場合に困るとか、政府の経済政策との整合性がどうなるか、といった困る点があると思う。しかし、私は新日本銀行法で独立性を確保したので、本当の意味でのトランスパレンシー(透明性)、アカウンタビリティー(説明責任)が求められている。そのためには、何等かのかたちで最低でも見通しは出さざるを得ないのではないかと確信しているし、できれば、いずれ、目標を出すことにもなると思う。また、民間流で言えば目標も出せないようでは困るではないか、といったお叱りもあり得ると思っている。私は日本銀行が検討したうえ、数値目標の設定に踏切ると確信している。

【問】

金融経済懇談会において、東京と地方との景気状態には違いがあることから、政策判断の際には留意して欲しい旨の意見があったとのことであるが、これに対してどのように答えたのか。

【答】

おっしゃることはもっともなので、オーバーオールに良く注意していきたい旨答えた。また、もう1点お話ししたのは、できれば、抽象的な言い回しでデフレ懸念が払拭されるまでとか、インフレでもデフレでもない状態とか、あるいは総合判断によるとか、あるいは現在のゼロ金利は、インフレーション・ターゲティングを行なっているとか、あるいは現在のゼロ金利はある意味では量的な緩和を行なっているとか、聞いていて訳の分からない表現──私も聞いていて訳がわからないが──ではなく、もう少しハッキリ幾つかのシグナルを──できればこういう項目を見なさいという様な──出していけたら良いのではないかと思っている。こうした意味で、物価は非常に役立つと思っている。

【問】

先程、物価目標に関して、検討して踏切ると確信しているとのコメントがあったが、これは、物価見通しの公表を夏までに検討するということか。

【答】

私は、何等かの数値目標を夏までに設定することに踏切ると思っている。夏までに一定の結論を出す訳なので、やはり、目標値か予測値かは、現時点では分からないが──検討結果によるが──、私は、一定の数値は出すのではないかと──希望的な観測かも知れないが──思っている。

【問】

数値目標に関して、委員は消費者物価指数が核になってくると考えているのか。

【答】

私はそう思っている。しかし、できればイギリスのバンク・オブ・イングランドが行なっている、インフレーション・レポートの中に出ているCPI・GDPについて、確率分布を付けたファンチャート的なもので、目で見ても分かるようなかたちで出せたら良いのではないかと思っている。

以上