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総裁記者会見要旨 (8月15日)
2000年 8月16日
日本銀行
―平成12年 8月15日(火)
午後 3時から約55分
【問】
8月11日にゼロ金利を解除した訳だが、景気の現状認識と展望について改めて伺いたい。その上で、週明け以降の金融市場の動きを総裁はどう評価しているか。
【答】
ゼロ金利政策を解除して、まだ市場は2日しか経っていないけれども、ご覧のように非常に落ち着いていることは確かだし、今回の措置は、総じて冷静に受け止められているのではないかと思っている。
ただ、ご承知のように、今日は、積みの終りの日で明日から新しい月に変わる訳だが、今後とも市場の動向については、経済に与える影響をよく見ながら、丹念に点検していきたいと思っているし、変化するかしないか分からないが、じっくり見ながら考えていきたいというのが私の気持ちである。
金融市場局長などの話を聞くと、市場は昨日からすごく活気を帯びて、かかってくる電話も声高になってきているというから、コール市場は非常に活発になってきたということだけは確かなようである。
まだ色々なことを申し上げるのは早いが、お聞きになりたいことは多分、これから金融政策をどうしていくのかということではないかと思う。経済の現状は、民間需要の自律回復への道筋が拓けて、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢に至ったという段階である。従って、金融緩和スタンスを継続するということで、物価の安定を確保しながら、引き続き景気回復を支援していく方針であることには変わりない。
資金は吸収しているが、コールレートは大体今日は0.2%ちょっとの所で、0.25%になるのは、明日以降になるだろうと思うが、新しい金融市場の調節方針の下で、コールレートの誘導水準自体は、平均的にみて0.25%前後ということで、依然として極めて低い水準である。それと整合的な資金供給を適切に実施していきたいというふうに思っている。
なお、ここで先般の金融政策決定会合に関連して、ひとこと申し上げたい。決定会合の進行にかかる情報とか金融経済月報の内容などが事前に一部で報道されたという事実があった。
金融政策決定会合に関する情報の取扱いについては、日頃から細心の注意を払っている。決定案件の公表方法とか会合前後の対外接触に関しても、厳格なルールを設けている。それにもかかわらず、今回のような事態が起きたということは、まことに遺憾である。
本行としては、金融政策運営に対する信認を確保するためにも、今後とも、関係者における厳正な情報管理に努めてまいりたいということだけ一つ付け加えさせて頂く。
【問】
総裁はかねてから夏場までに「物価の安定」の考え方に対する総括的取りまとめを行いたいと述べてこられたが、今の検討状況はどうなっているのか。またレポートも2点ほど出ているかと思うが、全体的な公表の取りまとめ時期についてはどうか。
【答】
「物価の安定」については、初めは夏前にと思っていた。現在、さまざまな論点について議論が進んでいる。また、その前提となる調査・分析の成果の一部は、既にいくつか論文の形式で公表されている。出来れば夏頃までにと言ったが、多少複雑かつ多岐に亘る問題であり、時期は少し遅れるが、検討状況を見ながら弾力的に取りまとめの時期を考えていきたいと思っている。そう遠くない時期には公表するつもりである。
【問】
この秋とか、多少目途のようなものはないか。
【答】
それはどうか、あまり安請け合いすると後で怒られるが。今一所懸命やっているから、そんなに遅くならないと思う。確かに、何度も申し上げているが、今ご承知のように、CPIなどが下がってきている中には、技術改革とか、輸入価格が円高の関係もあって、安い製品がどんどん入ってきている(影響もある)。あとはやはりサービス関連その他の規制の緩和、撤廃もあったし、そういうものが構造を変えていって、流通の構造改革が行われている。皆さんも日々感じていることだと思うが、特に若い人たちの買い物に行く場所が変わってきているということも確かだと思うし、安くなっているということも確かだと思う。そういうものがどれ位あって、私どもが心配してきた需給ギャップが、まだどれ位残っているのか、あるいはもうなくなったのか、そういうことを私としては、「物価の安定」という今度の調査で、もう少しはっきりすることができればよいと思っている。
【問】
日債銀が9月1日に譲渡が決まりそうな流れになっている訳だが、先の国会審議では長銀も含めて、資産の判定にやや甘い所があって、そごうのような例を起こしたという批判もある。更にその他業種で同じようなことが繰り返され、これが金融システム不安につながるという指摘もある訳だが、その点に関して総裁はどのような意見を持っているか。
【答】
そごう問題というのは、突如ああいう民事再生法の適用に切り替えるというようなことが7月に起こり、──私どももちょっとあれはびっくりした訳だが──株価にも影響を与えたということで、また同じようなことが起こるのではないかと懸念されているかもしれないが、金融再生委員会では、金融再生法の枠組みの下で、旧長銀・日債銀の資産については、その保有資産として適否を予め公表した基準に基づいて判断しているというふうに承知している。このことについて、良いとか悪いとかいうことを私どもからコメントすることは差し控えたいと思う。
いずれにしても各金融機関においては、個別貸出先の経営内容等を踏まえた所要の対応をなさっていると思う。また、経済の回復傾向を踏まえると、日本経済全体としては、個別企業破綻の影響をこなすだけの素地が整ってきているものというふうに考えられる。
従って、個別企業の問題が直ちに金融システム不安の再燃に繋がる事態は想定しにくいが、今後とも、情勢の推移を引き続き注意深く見守っていくということしかないように思っている。
【問】
先程情報管理の話をされたが、その背景には、いち早く知りたいという国民の要望があってのことだと私どもは考えている。先週の国会での審議の中で、総裁がデフレ懸念の払拭は展望できたと発言された後の久保議員とのやりとりの中で、議事要旨の公表の時期を早めること、あるいは公表の仕方について検討する余地がある、検討していくと総裁は確かおっしゃられたが、この辺についてどうお考えなのか。具体的に公表時期を早める方策等を個人的にお考えになっているのかといったところを伺いたい。
【答】
久保亘委員とのやりとりで、7月の金融政策決定会合で私がどちらに入れたかというご質問があったので、それは後日議事要旨が出るまでは申し上げる訳にはいかないという話をし、どうしてそんなに時間をかけるのかというようなご質問があったと思う。それに対して、私どももその辺のところは、2年経ってみて、もう少し透明性という意味で早く出せるものがあるのではないか、というようなことを含めて、申し上げた。
今年の3月8日の決定会合で、丁度新法施行後2年になるということで、透明性の向上という観点から、運営方法の点検を行うことになった。透明性という面では、日本銀行は議事要旨、金融経済月報の公表とか、記者会見等を通じて、諸外国と比べてもかなり進んでいると自負している。ただ、運営方法をもう一工夫することでさらに透明性を向上させる余地はないかどうか、その辺を点検しているところである。
今の見直しの作業の中で、議事要旨の公表の仕方は一つの論点になるだろうと思う。現在、具体的な結論はまだ得ていないが、委員方のご意見や、事務的なフィージビリティ──できることとできないことがある訳であるから──その辺のところも良く踏まえて、検討していくことになっている。
【問】
二つほど伺いたい。一つは、今度のゼロ金利政策解除後のマーケットの大きな関心事は、次の利上げ局面というのはどういう局面かということだと思う。先程もおっしゃったが、もう少し具体的に、例えば、次回、もし金融政策変更がある場合は、具体的にどういうメルクマールでやられるのか、そこを伺いたい。もう一つは、マーケットとの対話の絡みであるが、先々週の山口副総裁の講演の時点というのは、マーケットは白けた中でも関心を持っていた。ところが、我々の感じでは副総裁のメッセージは──あの講演は講演なりに意味があったと思うが──マーケットはもう少しゼロ金利解除について踏込んだ判断が出てくるのかと思っていたが、意外に出てこなかった。それで週明けの参議院予算委員会で、先程もお話にもあったように、総裁は、デフレ懸念の払拭は展望できたとおっしゃった。総裁としては、あそこでやはりマーケットの雰囲気を変えたいという感じで、踏込んだ景気判断をされたのか。また、その結果、政策委員会としては、執行部、とりわけ総裁の独断専行ではないか、つまり我々の審議の前に状況を早くも作ってはないか、といった執行部批判が出かねないと思うが、あの時点ではどうお考えだったのか。マーケットとの対話の絡みで、なにかあるメッセージを送ることで状況を変えたいとお考えになったのか、そのふたつを伺いたい。
【答】
山口副総裁の講演は、非常に緻密に分析されて、確か7つの項目でメリット・デメリットを細かく説明しておられたと思うので、その時点でそういう分析は非常に有意義だったと思う。
それと、私が久保先生に対して、先程も申したように、「どちらに入れたのか」という質問に対してお答えはできないと申し上げ、最後に「それでは個人的に自分の考えでどの位デフレ懸念が払拭したと思っているのか」とのご質問があったと思う。それに対して、全く個人的な意見として、実体経済の面から感じを言わさせて頂ければ、最近出てきた色々な数字を見てデフレ懸念の払拭はほぼ終わったのではないか、というようなことを答えたと思う。
しかし、その後で、「これは私自身が最近思っている感じであって、決定会合において議論して決めるべきことである」ということはかなり強く申し上げたつもりである。そのように付け加えて申し上げたことは抜きにして、こう言ったということだけが、走るようになってしまったのである。
ゼロ金利の下で、デフレ懸念の払拭という解除の基準をお示ししたのは、金利の引下げ余地がないというギリギリの状況の下で、人々の期待形成に強力に働きかけて、金融緩和効果を十分に浸透させることを狙ったものである。今回の措置によって、そうしたギリギリの状態からはひとまず脱出した訳で、ゼロ金利政策時のような特殊な手当てを講じる必要はなくなっていると判断している。
勿論、今後とも金融政策運営の考え方やその背景となる情勢判断については、金融経済月報や議事要旨等を通じて、解り易く説明し広く理解を得る努力を重ねていく必要があると思っている。
あの時に私が久保先生のご質問に答えたのは、特に財政と金融には違いがあり、財政というのは──これは雑談になってしまうが──、政府が国造りのために予算を決めて、その資金を調達するためには、納税義務というのがあって、税金を取りたてて、それで賄っていく。私が習った財政学では、強制収奪経済だという表現を、先生は使っておられた。もし調達が足りなければ歳出をカットするか、あるいは国債を出して、次の世代に負担を申し送るしかない訳である。
これに対して金融というのは、貸し手が借り手に対して信用の供与をするのであって、信用の供与ということはリスクがある訳であるから、そのリスクをカバーするために金利を取るのは当然である。たとえ翌日物無担保コール市場であっても、相当大きな金額の貸し借りが行われている訳で、それを金利なしで貸すようなことをしていれば、金融市場というのはバイタリティーを失ってしまう。
そういう意味で、もっと大きな流れの中で、金融政策がもっと弾力的に動いていかないと、効果を持たないという違いがある。そういう意味からも、いつまでもゼロ金利というのを続けていく訳にはいかない、ということを申し上げたつもりである。
【問】
今後、どういったメルクマールで、金融政策決定会合において政策変更をされていくのか。総裁個人として、どう考えているのか。
【答】
まだ(先般の決定から)2日しか経っていないので、明日16日からの市場(動向)を日々注目して見ていく。今度の決定が、どういう効果を、市場、一般産業界、金融界、あるいは長期金利、株価に与えていくかということを見た上で決めることで、今ここで何とも申し上げられない。
ただ、アメリカの例で、グリーンスパン議長が94年2月に、1年半振りぐらいに──ちょうど景気が悪くてまだ物価が下がっている。公定歩合も3%、FFも3%(の時期)──色々議論があったと思うが、そこをグリーンスパン議長が説得されたのだと思うが、FFを3%から3.25%に引き上げた。そこで彼が使った言葉は、"a less accommodative stance"という「金融緩和を弱めるのだ」と、「引き締めではないのだ」と、そういうステートメントを出している。そういうアメリカの例も、私は非常に注目させられた。結局それが最初のきっかけになって、景気がどんどん良くなっていったというのが、アメリカの過去6年の実状である。
【問】
総裁の判断としては、引き続き金融緩和基調は維持するということであるので、次は0.5%なのかどうかは分からないが、ずっと暫くは緩和基調を維持しながら状況を見て、もう少しグリップを緩めることなのか。
【答】
それは、まだこれからの話だから、まだ分らない。ただ、0.25%というのが歴史の中で、かなり低い金利であることは、チャートをご覧になれば分かる。それは、全体の流れを見て決めることであって、今回、産業界からのご意見も色々新聞を通じて拝見したが、金利の引き下げでなくて、金利を引き上げるということは、いつも言うことだが、借り手──企業と政府は借り手──にとっては、いかなる時でも、腹が痛むことであることは明らかである。私も日銀に34年いた。それから産業界に行った。財界の4団体のひとつ、同友会のリーダーを4年近くやって、各産業の人達とも随分会う機会があり、豊かな経験を持たせてもらったが、誰でも皆、産業界は金利は安い方がいいというに決まっている。表立って聞いたら、産業界の人は、特に代表をしている人は、まだ早いとか、上げる必要がないというのは当り前のことであろう。やはり、建前としては、そう言わざるを得ない立場にあり、私も産業界にいた時は、そう言わざるを得なかったケースがあったように思う。
しかし、経済全体を見て、金融全体の動き、内外の動きを見てやらなければならないと判断するのは、中央銀行の仕事である。日本は、1,360兆円という家計の貯蓄がある訳で、400兆円位の住宅借入、その他個人商店の借入とかを差し引くと1,000兆円位ある。若い人達、まだ働いて稼いでいる人達はいいが、年金生活者などは、やはり貯蓄を取り崩して食べるか、利回りを期待して消費に使っていく。その預貯金の金利が10年ずっと下がってきた訳である。ここへきて、わずかではあっても、底を打ったようなかたちで少し明かりが見えてきたと──銀行が預金金利の引き上げを発表をしているが──それは非常に明るいニュースになっている。私もこの年になって、仲間はほとんど引退しているが、いろんな人達から激励や手紙、FAXを頂いている。今度の決定について、思ったより、多くの人達から決断は非常に多とするというFAXや手紙を頂き、ああいう人達は、あまり口には出していないけれど、やはりこのことを悩んでいたのだと感じた。やはり異例な低さであることは誰が見ても明らかであるので、それをなるべく早く、できる時にあるべき姿に戻していくということは大切なことだと思うし、これが今後もうまくいってくれればいいと思っているが、それがいつできるか、今の段階では何とも言えない。
【問】
山口副総裁などは、経済の体力、体温に合せた金利の微調整が必要であると講演などで言っているが、総裁自身、今の金利水準というのは、日本の今の経済の体力に見合っていると考えているか。
【答】
それは、今回上げて、これがどういうふうに実体経済に響き、金融市場にも響いていくかということを、よくよく見た上で判断すべきことで、今ここでは何とも申し上げられない。
【問】
4月の会見で総裁は、年金の運用利回りを早く正常な姿に戻すことが必要であると、これは私の本心でもあると確かおっしゃっていると思うが、この考えについて、今はどうか。
【答】
方向としては年金の(金利が)低いことは、他の国と比べてもそうだろう。だけど、できないからここまで抑えてきているわけである。それから、保険でも苦しい思いをしてきたに違いないと思う、運用については。それは、債権者と債務者というか、貸し手と借り手のうち、借り手の方は声を大きくして、もう上げるのかという声を出すのは自然、当然だと思う。私も、長い間、日銀総裁の側で色々仕事をやらせてもらってきたが、いかなる引き上げの時でもそういう声が出る。それでやはり遅くなってきたということがあった訳で、その辺の調整を、預貯金を持っている人の立場、あるいは債務者(の立場)——これは主として企業と国、政府の国債と思うが——(を考えて)どうやって、どの時点で調節していくのかというのが、日銀法にも書いてある中央銀行の任務であり責任である。それは日本銀行が判断して決めるしかない。世間の関係者の声だけで出来るものではないし、両方の声をよく聞いた上で、どの時点で、どれだけ動かすことが良いかを決めるのが私どもの仕事である。
【問】
先程、情報管理について「関係者の厳正な情報管理に努めてまいりたい」との話があった。関係者のなかには政府も入っていると思うが、具体的にはどのようなことを検討されているのか。
【答】
日本銀行として何らかの調査をやる予定であるが、既に動いているか、動いていないのか、その辺は知らない。調査結果が分かれば、もちろん公表するだろう。政府、決定会合関係者に対しても、本件について確認を求めることが必要だと思うし、厳正な情報管理について改めてお願いする予定である。
【問】
本日は終戦記念日だが、総裁の終戦にまつわる思い出を伺いたい。
【答】
私も先程12時にテレビを見て、終戦記念日の戦没者の追悼・黙とうをしながら、1945年8月15日のことを思い出していた。その前に8月15日というのは終戦記念日であると同時に、もう一つ私にとっては非常に大きな思い出の日である。皆さんご存知ないかもしれないが、ニクソンショックの日である。この日、私はちょうどロンドン駐在参事をしており──1971年8月15日だが──これは日曜日で、ニクソンが金ドル本位をやめ、金の輸出を禁止すると。これは要するにブレトンウッズ体制、金本位制をやめるということであり、私どもにとっては非常に大きな、びっくりするようなことで、円は切上げられるだろうとあの頃言っていたが・・・。8月15日にこういうことが起きてフロート制になるわけだが、いっぺんにするのではなく、12月に1回また308円というのが決まって──360円、308円となって──一年あまりたって本格的なフロートになってしまうのだが・・・。ニクソンショックの方は、「海図なき航海」という本を84年に書いた。その当時ロンドンにいる時のいろいろな裏話等を書いて、もう絶版になっているかもしれないが、古本屋に行けばあるかもしれません(笑)。
それから終戦記念日については、財界人の文芸紙で“ほほづゑ”という雑誌が出ており、これは年に4回出るのだが、ちょうどこの前2000年の夏号が出て、「私の青春時代」というものを書いてくれと依頼を受けた。ごく短いものだったが、写真を付けて「戦争体験と環境激変」という私の青春時代、戦争前後の話を思い出しながら書いた。私は大正生まれで1925年の生まれである。神戸で生まれ、父が銀行家だった。7人兄弟で、下から2人目、兄が2人いて、戦前は比較的のんびり暮らさせてもらった。1942年に一橋大の予科に入り、初めて家を離れて寮生活をやらせてもらった。戦争は始まっていたが、小平の森の中で、かなりこの世から離れたかたちで物を読んだり、思索をしたり、友達と語り合ったり、あるいは運動部に入って、弓道部で自分との戦いを一生懸命やったりしている間に戦争が激しくなってきた。大学一年の時、1945年に、私も甲種合格で召集を受けた。ちょうど5月25日は東京が大空襲で、私の家にもずいぶん焼夷弾が落ちたが、たまたま私がいたものだから火を消すことができた。それで水を被って若干風邪を引き、熱があるところに召集令状が来て、名古屋の守山というところで、砲兵隊に入隊した。守山から少し山の中へ入ったところで、教育隊から教育を受けていたが、入ったばかりなので馬の世話などをやらされており、当時は小学校に宿泊していたが、そこで昼、天皇陛下のお言葉を聞いた。(私は)幸い海外に行かないで実戦は空襲を経験しただけで、助かったが、私の兄が──これも銀行員だったが──主計中尉だったと思うが、結局病気になって1943年に戦病死してしまった。そんなこともあって、家は残ったが、終戦になって私が大学のキャンパスに帰ってきたら、大学の中はコペルニクス的な転回で、色々な動きが活発になってくる。家の中では長兄が死に、次の兄も、海軍の技術将校だったのだが、終戦の翌年に父と一週間違いで亡くなった。やはり、戦後の精神的な痛手もあっただろうし、食べるものもなく、非常に苦しい生活であったのだと思う。結局、男手は私ひとりが残り、母と妹とどうやって生活していくかということで、結局、少しでも早く大学を出て稼がなければならないということで、1947年10月に大学を出て日銀に入った。そういうことで、入った頃は本当に1か月500円で生活するなど、非常に苦しい時期であった。
そういう経験を経て、今になって何を思うかと問われると、やはり2つのことを今日も考えていた。1つはやはり平和、戦争は2度と起こすべきでないということ、これは私はいつも強く感じている。(戦争を)経験しているだけに、戦争の辛さというものを、若い人達にもよく伝えていきたいという気持ちが1つである。もう1つは、その後、私はロンドン、ニューヨーク、ロンドンと3回家族を連れて海外勤務をやったのであるが、そこで感じたこと、日本とちょっと違うなと思ったことは、やはりドイツやイタリアも英国や米国と戦争して負けた訳であるが、日本の場合は、戦った国に対して毎年頭を下げて悪かったということを謝ることになっている。向こうはやはり自分が悪かったのだという気持ちで自ら悔い改めて、そのことによって相手の許しを請う、相手もそういうことで許していくというようなことがある。ちょっと日本の置かれている環境と違うなという感じを非常に受けた。これは宗教の違いだろうと思うので、そう簡単に変える訳にもいかないが。日本も戦争が終わって55年経って、やはり近隣の諸国あるいは戦った国と本当に親しくしていかなければいけないということを特に強く感じる訳である。かつて日本が相手国に対して色々なことをやったのは確かなのであるが、そういうことを超えて、意識の上でも、経済の上でも、政治の上でも、社会の上でも戦った国や近隣国と親しくしていく必要があるなということを、8月15日にいつも感じる。皆様にはあまり参考にならないかもしれないが、私どもの世代というのはそういう世代であったということである。
【問】
日銀総裁として大きな仕事をされたので、これをひとつの区切りとされる、つまり、ゼロ金利解除という大きな政策を転換され自分の責任が全うされたので区切りをつけたいとの見方もあるようだが。
また、ゼロ金利解除で日米の金利差が縮まって円高方向に動くのかとみていたが、円安に動いている。これはマーケットが日本経済の先行きの弱さをみているのか、その辺はどう受け止められているのか。
【答】
この前にも同じ質問を受けたが、この件はノーコメントだし、私の任期はまだ半分過ぎたところなので、なんとも申し上げられない。
円がどっちに動いていくのかというのは、今はほとんど動いていないというのと同じではないか。むしろ、私はアメリカが非常に強いということが、ああいうかたちで、ユーロについても円についても出てきていると思う。(米国の)ソフトランディングが上手く行ってくれれば、私どもは大歓迎であるし、それはそれでよろしいと思う。そんなに円が安くなる理由はないと思う。
以上