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篠塚審議委員記者会見要旨(9月7日)
平成12年9月7日・愛媛県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨
2000年9月8日
日本銀行
―平成12年9月7日(木)
午後2時から約30分間
於 松山全日空ホテル(松山)
(はじめに)
先程懇談会で私にとって非常に有意義な話を伺ったので簡単にほんの僅かではあるが、感想を述べたい。
まず、マクロ的に見た景気の回復感については、程度の差はあったが感じているという話を承った。例えば、紙の需要が昨年末頃から上向いて、目先もプラスの方向にあるというような話であった。しかし他方で、中小企業の中では、まだなかなか厳しい経営環境に晒されている先が少なくないという声もあった。こうした中で、日本銀行の政策運営に関しても、そういう点にもきちんと目配りしてほしいという声を頂戴した。
ただ、そうした中でも、それぞれの分野、立場で、いつまでも国に助けてもらうということではなくて、自助努力によって従来と違う新しいルートを開拓しようとするなど、前向きな気概や気持ちを聞くことができ、私自身、心強く思った。私は、地元のいずれの分野でも活気が増すように願っているが、業種、企業規模によって、様々に状況が異なり、今しばらくは我慢して頑張っていただきたいというような気持ちを持った。
当地において、私自身が期待しているのは、例えば観光産業である。当地の気候、風土等は、良好な環境状況にあるため、愛媛県という土地の魅力──温泉地であるとか、瀬戸内海岸、それから新しい橋が架けられているなど、様々な観光資源としての魅力──が高まってきているわけであるので、それを一層高めるように各企業の経営努力とともに県民が一緒になって魅力的な地場産業として育成していくことを期待している。いままでの日本の産業は、どちらかというと物を作って、箱を作ってと、それが本当に産業の目標みたいにしていたが、長い不況を経て、少しずつソフトというか、心を癒す環境を自分達で作っていかなければということになってきているように思う。そこに住む人達が、その地域の天然資源に手を加え人々に楽しんでもらうという心掛けが大切であり、これが新しい産業を作る土壌になると思う。そういう意味では、この愛媛というのは、良い自然環境に恵まれていて、これにソフトをどんどん注ぎ込んでいくと、一層の発展が期待できるものと思う。
もう一つ、私自身が個人的に面白く、興味深く感じた話の中に、愛媛県の人口が減っていることを危惧するお話があり、これに関連して、広告のことについて言及された方がいた。若者は物を買ってくれるという期待があるため、若者をターゲットとした番組には広告が付く。高齢者はお金を持っているけど、消費の方には向いてくれない。そうすると、若者が減る一方で高齢者が増えていく地域では、広告が増えない。そういうことだけで文化なども、どんどん変わってくるわけであるが、それでいいんだろうかというような指摘があった。東京にいると、景気が前向きになっているときに、逸早く動きが出る広告の指標を先行指標にしてみているわけであるが、単純にマクロの統計から景気が回復すれば広告が出てくるということではないということである。日本経済が先行きに抱えている少子化、高齢化の問題について、一つの新たな視点などをいただいた。
以上簡単ではあるが、今日の懇談会での私の印象である。
【問】
本日の(愛媛経済同友会主催の)講演の中で、今後の金融政策運営について、「日本経済の歯車が前向きに回り始め、需給バランスが緩やかに改善していく可能性が高まっているという情勢判断を裏付けるものが少なくない」というような話があったが、審議委員は、ゼロ金利政策解除後の景気をどのようにみており、ゼロ金利政策解除直後と現時点で、どの程度変わっているのか。また、長期金利上昇の原因および景気に与える影響について、どのように捉えているか。
【答】
8月11日にゼロ金利を解除した後の金融資本市場の動向については、総じて安定していると思う。株式市場、また、その後の長期金利の状況なども安定していたかと思う。この間、為替は若干円高に動き始めていたが、その限りで言えば、私どもがゼロ金利を解除した時の判断である経済のファンダメンタルズがしっかりとしてきているということにある程度呼応しているように思う。最近、ここ1週間程度の動きとしては、株式市場が若干下がり、或いは長期金利が上昇し2%に近い水準となっているということはあるが、そういった動きはゼロ金利解除そのものに起因するものではなく、むしろ9月の中間決算に向けて様々な調整が行われているひとつの過程による面もあろうかと思う。基本的には、経済のファンダメンタルズに応じて株式市場も期待で動くし、また、国債の金利にしても基本的には(成長率や物価に対する)期待とリスクプレミアムの両方で変動する。私自身は、足許若干(金融資本市場は)変動はしているが、新しい日本経済の足腰を確認できるようなデータが出てくれば——例えばGDPの4−6月期のQEなどがそのようになれば——、先行き、調整の動きも落ち着いていくのではないかというように見ている。
長期金利をどうみるかということについては、毎回同じ事しか言えないが、先程申し上げたように、期待成長率、期待インフレ率、或いはリスクプレミアムを(金融資本市場が)どのように捉えるかという要因により決定されるものと思う。現在はまだ調整局面であるが、金融資本市場の参加者達が「景気の足腰はしっかりしてきている」というように思うことが次々と出てくれば、変動は起こり得るように思う。
また、足許の景気は、ファンダメンタルズはしっかりしてきているし、それを一段下げるような材料は見当たらないと思っている。
【問】
ゼロ金利解除後、まだそんなに時間は経っていないが、景気はむしろ前向きに進んでいると思われるか。
【答】
ゼロ金利を解除した後も、さして大きな変化はないと思っている。足許みられる(金融資本市場で一部みられる)もたつき感は、先程申し上げたように、時期的に中間決算を控えた動きも何がしか影響しているという見方をしている。もし、そういう要因がなかったら、もう少し落ち着いた動きになっていたかとも思うが、それは分からない。
【問】
先程「変動は起こり得るように思う」と言われたが、これは、ファンダメンタルズが改善する過程でそれにより長期金利が上昇するという局面がこれからみられるということか。
【答】
新しい材料が出ることによって、金融資本市場が強気の見方をしたりすれば、長期金利の変動は有り得ると思う。私どもは、金融経済月報等でその時々の情勢判断を示している。一方で、市場は様々な自分達の行動のための情報を集めている。その市場の判断に間違った情報が入り込まないよう、私どもは、できるだけしっかりとした情報を提供していきたいと思っている。
【問】
本日の(愛媛経済同友会主催の)講演で、労働需要に関して、需給のミスマッチが最も影響しており、そのための今後の対策として、「企業、労働者双方の自発性がより発揮し易いような雇用環境を構築することが喫緊の政策課題である」との考えを示された点について、もう少し具体的にご説明頂きたい。
【答】
講演では、たまたまIT関連の事例を取り上げたが、これから先行き伸びる産業としては、やはり日本は高齢化社会であり、例えば、介護分野とか福祉分野でも、しっかりした計画に基づいてビジネスが入ってくれば、産業として伸びていく可能性が高い。介護、福祉分野は、おそらくIT関連等のソフト分野よりも必要とされる分野で、そこでは様々な訓練、技術というものが必要とされると思う。これから先行き伸びる分野に関して、そこに入っていく労働者の熟練技術や教育が不足している。それをどのようにしてトレーニングするか、自分だけでやれるのか、公的な訓練のための仕組みが必要なのかといった問題がある。他方、労働の需要側にとっても、新しい知識や技術を有する人を必要とするが、自分達の力だけでやれるのか、公的な仕組みが必要なのか(という問題がある)。これまであった助成金のようなものではなく、もっと新しいアイディアで雇用を開発することも必要であろう。新しいところへ人を移動させるための仕組みが必要であるならば、それを公的な労働雇用政策の中で、再構築していく必要がある。やはり、労働の需要と供給の両面から、新しい雇用を移動させるための、また、新しい雇用を創り出すための努力をお互いにしていかなければならないし、自分からこういうものが欲しいというような声を出していかなければ、いつもお仕着せの労働サービスしか受けられない訳である。この点を申し上げた次第である。
【問】
愛媛県内の地価は8年連続で下落している。経済指標の中で地価は重要な指標であると思うが、デフレ懸念が払拭されているという判断をしている根拠をもう少し詳しく伺いたい。また、経済指標の中での地価の位置付けをどのようにみているか。
【答】
まず、私がデフレ懸念の払拭が展望できると判断した時、資産価格そのものは、判断の重要な指標としてはみていない。ただ、まったく無視している訳ではない。資産価格には、株価、国債、為替、地価等がある。そして、私たちは、バブルの過程でその影響を見逃した苦い経験もある。だから、資産価格については注意深く、丁寧にみている。ただ、みてはいるが、それがどの水準に行ったら満足できるのかと言えば、それは分からない。地価は下げ止まればいいとは思うが、資産価格の水準そのものについて言及することはできない。それを申し上げたうえで、デフレ懸念の払拭が展望できると言った時、「地価がどんどん下がっているじゃないか」、その指標があるのにそう言っていいのかと言われた場合、私どもは、やはりデフレ懸念の定義そのものが、需要の弱さから、次々に価格が下がり、また生産も下がり、そしてスパイラル的に下がっていく状況を定義としている。従って、資産価格の下落傾向が続いている点をとらえて、デフレ懸念が払拭されていないとは判断していない。
なお、地価がどこまで下がれば適正な価格かというのは、実際には理論値では計算できると思うが、それが適正値といえるのか分らない。
【問】
公定歩合が0.5%に引き下げられ、かなり長い期間据え置かれたままになっている。また、かなり形骸化しているという言われ方が最近目立ってきているが、公定歩合の位置付けについて、委員のお考えをお聞かせ願いたい。
【答】
確かに公定歩合はアナウンスメント効果ということであるし、特融の時とか、ペナルティー金利(の場合の基準金利)との意味合いもある。ただ、いずれ何らかの形で公定歩合の持つ意味については検討するべき時が必要だと思っている。この点、政策委員会の中できちんと議論した訳ではないが、何らかの問題意識を持つ委員も何人かいるかと思う。ただ、ご承知のように、この私共が審議委員になってから2年半近く経ち、とにかく優先して検討しなければならない大きな課題が数多くあった。従って、まだ、私自身にも答えはないが、今のところ、さしたる不便はないと思っている。
【問】
まず、8月11日ゼロ金利解除の段階で、海外経済等の外部環境に大きな変化がなければ、今後も設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高いという判断をしたと思うが、その中に、おそらく補正予算で10兆円といった大規模な財政の出動がなくてもある意味で、緩やかに回復していくという見通しを日銀はしていたと思う。最近になって、補正予算が大きな規模になる気配もあり、こうした中で、長期金利が上昇するということも考えられ、そういった財政の要因が金融政策に色々と影響を及ぼしていくことになると思う。いつまでも、財政を膨らましていこうとする考えに対して、委員のお考えをお聞かせ願いたい。
また、委員は他の委員よりも早い時期から企業の設備投資中心に景気が回復し、それが家計にいずれ繋がっていくという見方をしていたと思う。デフレ懸念払拭という一つの基準がなくなったことで、市場は非常に先行きの金融政策を不安視している訳だが、委員御自身は、どういうところに着目して、先行きの金融政策、あるいは景気というのをみようとしているのか、出来れば具体的に教えて頂きたい。
【答】
最初の質問については、私たちは重要な判断を行う時には、リスク要因——アップサイド、ダウンサイド両面をみてのリスク分析——を勘案しながら決めなければならないが、一口にリスクといっても、自分たちの知識や情報により十分に予測し得る要因とできない要因がある。例えば、アメリカ経済がどうなるか、大地震が来たらどうするかなど、不測の事態は幾つも想定できると思う。でも、私たちはその地震が、いつくる、そのマグニチュードがどのくらいだということも予測できない。ただ、できないといって、政策判断をそのまま停止することもできない。それで、自分たちがコントロールできない要因については変わらないだろうという前提をおくことになる。そういう意味で、ご指摘の財政についても、私たちの判断の範囲を超えているということになる。
次に、私自身は比較的早くから設備投資の動きに着目していた。設備投資の動きに着目するもっと前は、素材産業における価格交渉力などに着目していた。設備投資の動きが着実に前向きになるのではないかと思った段階からかなり強気の見方をしてきた。しかし、ご承知のように設備投資がどんどん積み上がってくることが分かっても、これまで多額の有利子負債を抱えている先は、低金利の中で、借入金の返済を図り、自己資本、内部留保を高めてきているので、資金を借りるということはないだろうと思う。また、多額の借金を抱えた先では、まず、そこをきちんとしてからやっていくことを考えるだろうし、すぐ雇用者を増やすとか、賃金を上げるということはせず、むしろリストラを推進し、収益の好転を図るという状況にある。このため、雇用・所得環境への波及はなかなか時間がかかるとみている。しかし、様々な統計——本日発表された法人企業統計の設備投資の伸びや、過剰雇用感の縮小など——をみていると、これから先も企業(主として大手の企業)が、ずっと雇用を増やさず、賃金も上げずに、生産を増加させ、利潤だけ上げるということは続かないと思う。いつまでかは分からないが、やはり企業というのは生産し、それを買ってもらわなくてはならないので、そのために雇用・所得環境——順番は一番最後になると思うが——に移っていくと思う。そういう意味で、私自身が一番関心を持ってみている指標は、常用雇用が増えてくるのか、いつ増えてくるのか、という点である。今、雇用が増えているのは、どちらかというとパートタイマーという非正規雇用である。また、同時に賃金が上がってくるのかにも注目している。今は、ご承知のようにコスト切り下げの動きが強く、賃金が上がるというような状況ではないが、価格下落の状況が止まり、そして緩やかに景気が回復してくれば、と考えると、いつになるか分からないが、私としては、賃金の動きに注目している。
以上