ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 2000年 > 中原審議委員記者会見要旨(11月22日)平成12年11月22日・富山県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨
中原審議委員記者会見要旨(11月22日)
平成12年11月22日・富山県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨
2000年11月24日
日本銀行
―平成12年11月22日(水)
午後1時30分から約30分
於 名鉄トヤマホテル
【問】
2点おたずねしたい。第1点は、午前中に行われた金融経済懇談会でどのような話題が出たか。第2点は、景気の現状についてどのように評価しているか。
【答】
今日、午前中に富山の経済界の方々と懇談会を行った。出席者の方々から様々なご発言あるいはご意見があったが、全体としては、景気が緩やかに良くなっていく中で、景気の業種等によるばらつき、特に中小企業の厳しさについて触れる方が多かった。また、当地の特性として、配置薬、繊維などの伝統産業、あるいは大企業の下請け先のウェイトが高く、このような業種で構造的な問題を抱えているといった話を頂戴した。
また、景気全体が緩やかに回復している中で、大口電力が全国を大きく上回る伸びを示している、あるいは電子業界で今後のデジタル化の動きに期待しているといったような心強い話も伺った。ただ、その一方で、小売、繊維あるいは配置薬等では生き残りをかけて色々検討を重ねているとのことであった。
全体としては、経営者の生の声を直接伺うことができ、富山に来た甲斐があったと感じた次第である。
私からは、第2の質問にも関係するが、3点ほど申し上げた。
第1点はゼロ金利政策の解除について話をした。本年8月11日の政策決定会合では、私は(ゼロ金利政策の解除に)反対をした訳である。現在でも反対である。やはりゼロ金利政策は解除すべきではなかった。ゼロ金利解除の直後の時点で、私は、以下のような観点からゼロ金利解除に問題があるのではないかと申し上げた。
(ゼロ金利解除は)構造的なデフレ圧力よりはむしろ循環的な回復力に焦点をあてた政策である。結果論的には、金融政策の対象がいわゆるオールドジャパンからITに代表されるニュージャパンに切り替えられたことになるので、構造問題を抱えているオールドジャパンのセクターが苦しくなる、場合によっては切り捨てられることもあるかも知れないと批判した。
現時点でも、依然としてゼロ金利解除は時期尚早であったと判断しているが、それには3つ理由がある。
1つ目は、消費あるいはGDP等から窺われるように需要が弱いということ、生産は強いが需要が弱く、需要が生産についていっていないということである。
2つ目は、需要の弱さを背景として物価の下落傾向に歯止めがかかっていないのではないかということであり、事実、東京都の生鮮を除くCPIは前年同期比で−1%の落ち幅を記録している。
3つ目には、景気に対して先行的な意味合いが強い株価が、その後大きく下がっていることである。
第2にお話したのは、景気の現状と先行きについてであり——これは、先程の(第2の)質問に関係があるが——景気は非常に微妙な局面に差し掛かっていて、需要の弱さに由来する物価下落圧力が非常に強いということを申し上げた。
日本銀行は、(景気の現状について)「わが国の景気は、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している」と判断しており、これについては、概して異論はない。しかし、先行きについての公式見解は、「原油価格・内外資本市場動向とその影響を注視する必要があるが、今後も設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高いとみられる」としているが、私としては必ずしもそれには賛成できない面がある。
まず、景気の循環から言うと、99年の4月が景気の谷であったと判定されているが、——私は早くから4—6月が底であると言ってきた。その後4月が景気の谷だと判定された——それから一年半以上を経過している。今回の景気の回復は極めて量感に乏しいというのが特徴であり、特に需要の弱さというのが非常に気になる。因みに本年の4—6月のGDPを今次景気循環の谷である99年4−6月と比較すると、実質では+1.0%の伸びに止まっているし、名目では逆に−0.9%となっていて、名目GDPの落ち込みが非常に気になる。販売価格の低迷という状態が一向に改善されていないのではないかと思っている。
それから、景気循環の成熟度ということでは、過去4回の景気循環の回復局面の平均的な長さは、大体2年である。そういった平均から考えると、あと半年ぐらいで景気後退局面に入る可能性が高いのではないか。
需要項目ごとにみていくと、一つは設備投資の循環である。90年代の推移を振り返ってみると、93、94年までにバブル期の過剰投資を概ね調整し終えた後、95、96年と回復した訳であるが、その後98年4月に私が日本銀行にきた時に——4月の1日であるが——記者会見があった。その時に私は設備投資が再度調整局面入りすると指摘した。実際にその後かなり深刻な調整が行われたが、それを経て、99年後半から設備投資は回復しつつある。ただし、IT投資の広がりが乏しいという状況をみると、私は設備投資の先行きは相当厳しく見ざるを得ないと考えている。
それと、輸出であるが——これが景気を支えているもう一つの大きな柱であるが——アメリカやアジアの株価や実体経済が不安定な状況になってきているということが窺われている。私は先行き世界経済の減速は必至であると考えている。それから、石油価格の上昇の影響が、特にアジア経済にかなり大きなマイナスになると考えている。
それから、物価の面について、実は日本銀行は物価の先行きについて、7—10月の金融経済月報の基本的見解において、「需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退している」という表現を用いてきた。私はこの大きく後退という点に一貫して反対を唱えてきた。月報は、1対8で可決された訳であるが、反対した理由は3つある。
第1は、GDPあるいはデフレギャップというものが、若干減少しているとはいえ、物価低下圧力が大きく後退するところまで減少したとは言えないのではないか。
第2は、物価はWPIからCPI、それからGDPデフレーターと、最終需要の段階に近づくほど、下落幅が大きくなっている。
第3は、現在の物価を見ても——先程少し申し上げたが——GDPデフレーターの前年同期比が6期連続のマイナスであるほか、東京都の生鮮食料品を除いた消費者物価指数は、−1%と過去最大の下げ幅になっている。このようなことから考えて、かなり大きなデフレ圧力が依然として残っていると判断している。
こうした中において、今週の月曜日に発表された日本銀行の金融経済月報の基本的見解では、私が反対してきた「需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退している」という表現は削除されるに至っている。
私は、このような状況を踏まえて、財政政策の効果が残っているうちに金融緩和により景気を一層刺激して、日本の潜在成長率とみられている実質経済成長率、すなわち+1.5~2.0%を最低1年間程度キープするまで、金融を量的に緩和すべきであり、その間金融政策と財政政策を相互補完的に高めあうように運用すべきであると、主張している次第である。
今日話した第3のテーマは、経済・物価見通しの公表等についてである。これについては、御承知のように、「『物価の安定』についての考え方」を10月13日に発表した。それから、「経済・物価の将来展望とリスク評価」を10月31日に公表した。
こうした金融政策を行ううえで前提となる経済・物価動向について、予測数値を出す、あるいは考え方を公表することの必要性については、私が1年以上前から一貫して主張してきたところである。今回その一部として見通しを発表したことは、大変喜ばしいことであり、私は高く評価している。
しかし、現状のままでは幾つか大きな問題があり、今後、速やかに改善していくことが必要であると考えている。
1つ目は、物価の安定が日本銀行の目的である以上、物価の予測数値のみならず、物価安定目標そのものを数値として設定すべきであるということである。すなわち、主要な先進国をみると、欧州中央銀行—すなわちECB—においては「2%を下回る」という物価安定目標を持っている。また、英国、ニュージーランド等では一歩進めてインフレーションターゲティングを行っている。例えば英国では、大蔵省が2年先の物価目標を2.5%と設定して、それをバンク・オブ・イングランドに与える。バンク・オブ・イングランドでは、その達成にできるだけ努力することになっている。私は、まず日本銀行は、ベンチマークの数字を設定して、自己の業績の評価を行い、コーポレート・ガバナンスを十分に果たすべきと思っている。そのような物価安定目標を設定し、それを達成するインフレーションターゲティングを行うべきであると思っている。このようなインフレーションターゲティングは、インフレの局面でなければ行えないという意見もあるが、私はそうは思っていない。現在のような物価が下落しており、景気後退のリスクが高まっている局面においても、物価安定目標を設置することで確固たる意思表示をすることが重要であると思っている。
2つ目に、経済・物価の見通しの問題点は、現在の計数はボードメンバーが作りレンジを示している訳であるが、予測スタッフを多数擁する日本銀行調査統計局が作成した見通しを政策委員会として審議・決定した上で、2年程度先の見通しまで公表する形にした方が良いと思っている。さらに、内容的には、各需要項目別の伸び率、四半期見通しを示したうえで、可能であれば、バンク・オブ・イングランドのように確率分布まで示したファンチャートを公表し、先行きの経済的なパスをしっかり分かるようにするとなお良いと思っている。
いずれにしても、現在はデフレ局面にある。デフレ局面においては、実質経済成長率も重要ではあるが、名目GDPの伸び率も極めて重要である。98年からみると、各四半期殆ど対前年同期比マイナスである。例えば、98年の(名目)GDPの対前年同期比は、−1.6%、−0.9%、−3.4%、−2.7%ということですべて水面下となっている。99年は、1—3月は−1.0%、4—6月、7—9月についてはようやく水面すれすれ、それぞれ0.0%、0.1%になったが、10—12月は−1.7%。本年に入ると、1—3月が−1.0%、4—6月が−0.9%となっている。したがって、名目GDPで見る限り、前年同期比でまだ水面下にいる訳であり、これではなかなか企業の売上げは増えないし、税収も増えないといったことが考えられる。
【問】
日本銀行の経済、物価の見通しについて、10月31日に各委員の見通しが公表されたが、中原審議委員自身はWPI、CPI、実質経済成長率について、現時点でどのようにみているのか。
【答】
それは、公表しない申し合わせとなっているのでご了承願いたい。
【問】
中原審議委員は、先行きの経済見通しについて、政策委員の中では一番厳しい見方をしているということでよいのか。
【答】
こうした見方の一番大きな要因は、構造的な下押し圧力が十分に解消されていないことである。これは、構造改革やバランスシート調整が行われている中、地価が下がり続けていることや、株価が低迷しているためであると思う。いずれにしても、日本経済が抱えている根本的な問題といったものは、これまで相当な時間をかけてきたが、必ずしも良くはなっていない。
こういった中、望みを託しているのが、景気の循環的なアップスイングである。これも先程申し上げたとおり、今回は設備主導型でやってきた。この設備主導型は、もともと高度成長下の日本のパターンであり、今回はIT主導となっている。このITがなかなか広がりを見せない。そして短期的にいえば、ITというのは中抜きであり、コスト削減となるので、IT投資そのものが持っている上への引き上げの力と、ITの結果出てくるコストカッティングというのが綱引きとなっていると思っている。
それから、一番大きいのは需要がついていっていないことで、99年4−6月の景気の谷の時期のGDPの水準と比べると、景気回復の最初の3四半期は全て水準的にはそれを下回るなど、いわば水面下であり、今4−6月になって実質GDPがやっと表面に出たものである。これは相当慎重に見ていく必要があると私は考えている。
どうも日本経済というのは、アメリカの好景気に乗り損なった感じがしている。95、96年度と順調に伸びていったが、あのまま順調に伸びて行けば良かったが、残念ながら日本はマイナス成長になってしまった。あのまま伸びていれば90年代後半というのはかなり伸びたのではないかと思う。これは、昔話であり今更仕方がない。また、私は現在のアメリカ経済は下に向かっていると思っている。株価も問題含みと考えている。アメリカ経済は、先行き問題含みであり、世界経済に悪影響、特にアジア経済に悪影響を与えると考えている。
それからもちろん、原油価格の高騰も大きな影響があると考えている。原油価格高を考える場合、価格面と所得面がある。所得面を考える場合に分かり易いのが原油・石油製品の輸入金額を名目GDPで割った比率で、これで見るのが一番良いと思う。それによると、日本では、第一次オイルショックのときが4%超、第二次オイルショックのときが6%を超えていた。今年の第2四半期では、天然ガスを除くと0.9%、天然ガスを含めても1.2%となっている。これは、第一次、第二次(オイルショック)に比べて非常に低い。省エネも進み円高でもあり、非常に低い。海外では、アメリカが1.2%であるが、東南アジアが非常に高い。特に、韓国は6.5%程度と日本の第二次オイルショック並みのインパクトである。シンガポールも高く、タイも高い。東南アジア経済が相当揺れると思う。
現在のところをみても、——私は長年石油業界にいたが——石油価格は高止まりして、なかなか下がらないのではないかという見通しにあり、要警戒ではないかと思う。
【問】
1番最初の質問と同様で、繰り返しになるが、今日、生の経営者の声を聞いて、どのような点が政策の中で活かせそうか。
【答】
(企業と金融機関の)2つの面があるが、お金を貸している銀行の方——金融機関——からは「資金需要がなく困っている」との話があった。同時に中小企業向けの貸出については、「中身が劣化しつつあり、また、取引先の大多数が赤字である」との話があった。
以前から考えているが、日本はいずれにせよ構造改革は避けられない。しかしながら、マクロ経済の観点から、ゼロ金利とは言わないが、量的な緩和を進めて行くということが、結果的に、構造改革・変革を助けることになる。つまり、構造改革というのは、せっぱつまってやる場合と企業業績をある程度改善してからやる場合など、様々な場合がある。私はマクロ経済学的にみて、量的な緩和をする必要性があると思っており、(そうした量的な金融緩和の下で)個々の企業がそれぞれの自主性を持って構造改革を進めて頂ければと感じた。
以上