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田谷審議委員記者会見要旨(11月7日)
2002年11月8日
日本銀行
―平成14年11月7日(木)
函館市における金融経済懇談会終了後
午後2時から約40分
【問】
今日、函館の経済関係者から色々と最近の情勢を伺ったと思うが、その率直な印象をお話し頂きたい。
【答】
まず、函館とその周辺地域において消費が全般的に低調であるという話があった。前年比でかなりマイナスが続いている状況であり、これは大型小売店販売額などに現われているということである。業種的には、卸・小売が厳しく、やはり雇用情勢がなかなか好転しないことが影響しており、例えば、有効求人倍率が0.4倍台と低水準にとどまっているという話があった。
第二点として、やはり公共投資が減少してきている影響が道南地域全体に現われているという話もあった。平成10年、11年のピーク比で建設業の売上高は3~4割減少しているということである。これは、全体の6~7割を占める官公需の減少が大きい。業界としては、港湾や:港、高速道路といったインフラ整備についての建設促進を要望しているとのことであった。
第三点として、地場の水産加工業界に関連して幾つか話を伺った。イカがその最たるものだが、イカの原料高──これは近海真イカの漁獲量が減っていることや、アルゼンチンからの輸入も大幅に減少したことを反映している──の一方、製品価格が低下している結果、収益的に厳しい状況の先もあると伺った。中国との競合ということも話題に出たが、製品の差別化を図っていけば、対応は可能ではないかという話もあった。
こうした中で、明るいスポットとして観光客が増加しているとの話があった。ただ、客単価が下がっているようなので、売上的には厳しい先も一部あるようだ。このところ冬場の観光客誘致に成功しているという事例も伺った。例えば、年末に行っている「クリスマスファンタジー」というイベントや、台湾からのチャーター便がこれ以上増やせないくらい増えてきているということで、この業界は明るいスポットの代表例として伺った。それと一つ付け加えると、函館の不動産取得に関する動きが出てきたという幾つかの事例も伺った。その関連で税制を見直して、土地流動化を図ってもらえれば、函館だけでなくもっと広い地域で潜在需要の発掘ができるのではないかという意見も頂いた。
最後に要望として三点ほど伺った。第一点目は、国債発行の30兆円枠に拘らずに5兆円程度の補正予算を組んでもらえないかということ。第二点目は、不良債権処理の加速に関連して、大企業と中小企業では同じ取扱いをしないでもらいたいということ、これは異口同音に承った。最後に、日銀に対する要望として、日銀はもっと一般の人がわかる言葉で自分達のやっていることをPRしなくてはいけないとのお話も承った。この点については、同僚その他に伝えて、改善できるところは改善していきたいと思っている。以上である。
【問】
三点お聞きしたい。一点目は、9月17日、18日の政策決定会合の議事録の中で、外債購入について触れている箇所があったが、これについて田谷審議委員の考えを教えて頂きたい。二点目は、今のわかり易い言葉ということに関係があるかもしれないが、先程の挨拶の中で、金融政策で株式を購入することは余程の異常時でもない限り避けるべきだとのことであるが、異常時というのは具体的にどのようなことを指しているのか。世間では十分異常時であると思っている方がいると思うので。三点目は、挨拶の中で、買い切りの増額が金利上昇のエクスキューズに使われてしまうかもしれない、という表現があったが、これについてもう少し平たく説明して頂きたい。
【答】
第一点目の外債購入については、以前も自分の考えを申し上げたことがあったが、依然として変わってはいない。外債購入が日本銀行としてできないものであるとは思わないが、今現在、センシブルなポリシーであるとは思っていない。例えば、不良債権処理を加速し、その一つの結果として、経済状況が厳しくなり、そしてデフレ圧力が高まるというような場合、円が為替市場において下落することもあり得るとは考えている。その場合は、円安そのものは受け入れていくことはできるのではないかと思っている。ただ、積極的に今現在のような状況の中で、外債を買う一つの狙いに円相場を下落させるということが入っているとすれば、それは全般的な情勢の中で──私が全般的と申し上げるのは国内経済、金融情勢とともに海外情勢を含めて考えている──センシブルなポリシーではないと思っている。
第二点目について、異常時とは何かとのご質問だが、私にとって金融政策の手段として、或いは日銀信用を供給する手段として株を買うということは、相当先の先の先にあるオプションであると思っている。例えば、現在も行っている短期インストゥルメントだけで日銀信用を供給することが難しいということが予めわかっている場合には、長期国債の買い入れを増やすことによって、自分達の目標とする当座預金残高を実現しようとしている訳である。従って、長期国債を買うというのは自分達が今行っている範囲内にあるが、それと同じベースで、同じ目的のために株を買って流動性を供給するというオプションは、今現在必要ではないし、また望ましいとも思っていない。やはり株式市場というのは、市場経済の心臓部である。ある時、私はこういう風に表現したことがあるが、株価が大きく下落しているというのは、言ってみれば温度が低くなっていることであって、株を仮にある主体──日銀のような主体──が人為的に引き上げるということは、温度計の計器を変えてしまうことではないかと思う。本来のご質問に戻って、異常時とは何かと問われれば、今現在、色々な問題がテーマになっている。不良債権処理の加速や或いは海外経済の不安定性など色々なことがあるが、そういうものが全て下振れ要因となって、私が想定する範囲を超えて経済が落ち込んでいくというようなケースをイメージしているが、そういう場合ですら株を金融政策の手段として使うのはかなり難しいというのが私の今の考えである。
第三点の長期国債を買うことは、先程来申し上げているように、我々の目標とする中央銀行信用を供給するうえで必要となるであろうと思うからこそ行う訳だが、それが債券相場の状況によっては、長期国債を日銀が買い増すということ自体が一つのエクスキューズになって、相場が崩れるということはあり得ると思う。従って、その時々の債券相場の状況をみながら、我々は仮にオペ手段として長期国債の買い増しが必要であるとしても、相当慎重にやっていかなくてはいけないと思っている。かつても債券相場が時として加熱気味になったことがあったが、そういう時に長期国債の買い増しということをアナウンスしたりすると、それが一つのきっかけになって相場が大きく崩れたりすることもあり得たし、今後もあり得ると思う。そういう相場動向に敏感でなくてはいけないと私は思う。
【問】
最後の部分は財政規律の問題を指しているのか。
【答】
それだけではないと思う。金融政策決定会合について色々な思惑が高まって、そして実際にその思惑に近い決定がなされても、それが却って想定以下のものであるとか、或いは想定どおりであるとか、理屈はその時々で違うと思うが、それが一つのきっかけになって相場が崩れるということはあり得ると思う、そういうことを申し上げている。
【問】
今日、地元の経済界の方々と意見交換をされたということだが、地方の実情をみて、中央においてどのような施策で反映できるか、日銀の施策の中で活かしていける面はどういう点か、お考えになったことがあれば教えて頂きたい。
【答】
一つは、要望の第二点目で申し上げた中小企業対策というか、中小企業金融について、特段の配慮をしていただけないものか、ということだと思う。しかし、私どもは、なかなか特定の分野、或いは特定のグループの企業に対して何か特定の緩和策をとることは事実上難しいことはご理解いただけると思う。しかし、少なくとも不良債権処理加速に関連した議論に我々も入っている訳であり、そうした要望が函館だけでなく他からも色々と承っていることを念頭において、色々な機会を捉えて話し合いに参加したいと思っている。具体的に、なかなかこの場で、こういうふうにしたいと申し上げられないが、少なくとも中小企業に特段の配慮をしてもらわないと困るというご意見は、どこでも強いものがあるので、活かせる場面があれば活かしていきたいと考えている。
【問】
先程、センシブルなという表現を使われたが、なかなか新聞でセンシブルといっても読者はわからないし、エクスキューズといっても直訳すると「言い訳」になってしまうので、主婦でもわかる言葉で言い直して頂きたい。
【答】
早速、批判を受けてしまったが、エクスキューズと言えば、「言い訳」というより「きっかけ」に近いと思う。センシブルと言うのは、「適切な」、或いは「適当な」という言葉ではないか。要するに、やるべき政策であるかどうか、ということである。
【問】
奥田日本経団連会長がインフレ・ターゲットを導入すべきとの姿勢を示しているが、インフレ・ターゲットの導入について、再度委員の考えを伺いたい。もう一点は、不良債権処理の加速に伴い相当のインパクトもあり得るとの見解を示しているが、具体的な数字的なイメージとか、どのような中小企業がその対象になるのかといった点について、もう少し具体的に言及して頂きたい。
【答】
インフレ・ターゲット論については、ここ暫く、意見は変えていない。一言で言うと、ある一定期間内に、ある一定の物価変化率を実現する手段を私どもは持っていないということである。例えば金利を引下げる余地がかなりあり、そうすることが必要である状況下では、ひょっとするとインフレ・ターゲットの考え方、フレームワークは有効であるかもしれない。しかし、仮に非伝統的手段を使ったとしても、その効果は確実ではない。従って、その効果が必ずしも確実ではない手段しか持たない状況の中で、いついつまでにこういった物価状況を実現するという約束をすることは難しいと思うし、仮に約束することによって期待を変化させろといわれても、そういう手段しか持たない日本銀行が約束した場合、なかなか信用してもらえないと思う。この件に関しては、こういうことを主張されている方々とも色々と議論をしてきたが、なるほどと思うような意見はなかなか聞かれていない。従って、インフレ・ターゲットを実現しろと言われても、実現するための手段を持っていない状況では非常に難しいと言わざるを得ない。
不良債権処理を加速した場合、大きなインパクトがあるかもしれないとの点に関し、具体的に数字がないかということだが、これは私だけではなく、どなたに聞いてもなかなか具体的な数字で答えられる人は少ないと思う。なぜかと言うと、仮に不良債権処理が加速されて、資産査定の厳格化が行われ、引当の強化が行われ、自己資本の拡充が行われたとしても、問題はその先である。RCCにどのくらいの債権が売却され、今度新たに創設される産業再生機構にどの程度の債権が売却されるのか、しかも売却された資産がどの程度の期間で処理されるのか全く見えていない。そのうえ、先日のデフレ対策では必ずしも具体策がはっきりと示されていない問題として、減税がどのくらいの規模でどのような分野に行われるのか、雇用のセーフティーネットがどうなるのか、そして中小企業対策とは具体的にどうなるのか、これら全ての問題にかかってくると思う。従って、現時点でどのくらいのインパクトがあるのか残念ながら申し上げられない。今申し上げられるのは、そうした問題が今後どれくらいのスピード感を持って進行していくのか、緊張感を持って事態の展開を見守っているということである。
【問】
冒頭挨拶の中で、当座預金残高目標について、当面レンジの真ん中を目指すことにして、その後市場の動向をみながら、レンジの高いところを目指すことが必要か検討することになるとの話があった。何か二段階で引上げるような印象だが、当面レンジの真ん中を目指し、次にレンジの高いところを目指す時の金融経済情勢の条件等があれば教えて頂きたい。もう一つは、非伝統的手段に関して、これまでも100%否定することはないとのスタンスで話されていたが、ニュアンスとして以前よりも強く否定しているような印象を受けたが、何か考えが変わったのかという点について伺いたい。
【答】
先ず第二点目の方から申し上げると、非伝統的手段に対してなったということはない。今現在、一般的に話題になっている手段について、その手段の使用が適切であるかどうかについての意見、考え方は殆ど変わっていない。
それから、第一点目について、取り敢えず15兆円から20兆円の真ん中を目指し、状況によってはレンジの上を狙うと申し上げた。まず最初に、なぜ真ん中を狙うということを、政策決定会合直後に示したかというと、やはりアカウンタビリティーの問題である。従来は、10兆円から15兆円と言いながら、金融政策決定会合の中で、委員間の合意としてはレンジの上の方を狙うと決めていた。そしてそれを執行部に指示していた。また、それを議事要旨に書き込んでいた訳である。ただ、議事要旨は公表までに1か月の期間があるほか、今まで10兆円から15兆円というレンジを掲げていながら一番上の方を狙ってきたので、今度は当然ながら20兆円を狙うと考える人もいるかと思った。そこで、はっきり当面は真ん中を狙うと表明した方がアカウンタビリティーの観点から望ましいと判断した訳である。
また、どういうものを見て、それを決めるかということに関しては、やはりこれは一般的に金融経済情勢をみながら、そしてマネーマーケットの状況をみながらとしか申し上げられない。確かに、30日の決定会合後のマネーマーケットの金利の動きをみると下がってきた。しかし、10月前半の水準に戻ったかというと必ずしもそうではないという気がしている。従って、そうした状況が今後どうなるのかをみていなければならない。そして、そもそも17兆円から18兆円という水準はどのくらいの容易度で実現できるのか、やってみなければわからないという状況もあった。実際、10兆円から15兆円というレンジを決めた時も、本当にこうしたレンジが安定的に実現できるのか危惧したこともあった。現在、たまたま幾つかの理由から17兆円に達した訳だが、それが今後どの程度安定的に供給できるのか見極めなければいけない。もう一回纏めると、どのくらいの安定度で目標とする当座預金残高が実現できるのか、そしてその間の金融経済情勢の推移はどうなのか、そしてマネーマーケットの状況はどうなのか、ということをみて決めていくこととなる。
【問】
挨拶要旨の中に、「政府が大規模減税を行い、その財源として国債を増発し、その国債を日銀が買うということを繰り返せば、マネーサプライは増えインフレになることは考えられるが、それは財政のマネタイゼイションで、日銀単独でできることではない」と記載されているが、読み方を変えると、財政を出して日銀が国債を買えばインフレ・ターゲットを実現することができるかもしれない、ということを言っているのか。つまりこの文章には、田谷審議委員によるセンシブルかどうかとの判断はされていないが、委員の考え、スタンスを伺いたい。もう一つ、先程の国債の買い切り増額について、流動性供給のために必要な場合でも、相当慎重に行っていく必要があるということだが、もう一方で市場の期待に対してアナウンスすることがきっかけとなって相場が崩れることもあり得るとのことであった。逆に、これは政府が、例えば塩川大臣が買い切り額を増やして欲しいと言った場合に、市場が期待を高めて、その時に日銀がやらなければ相場下落のきっかけになる可能性もある。そういう時には、言い値どおりに買い切り額を増やすことになるのか。
【答】
まず二点目については、直接的にはお答えできない。マーケットには千差万別のケースがあると思う。やはり、これだけ長期国債の買い切りを増やしてきたので、需給面からも価格にひょっとすると影響を及ぼすということも考えなければいけない。そういう中で、マーケットがどういうことを考え、今どういうステージにマーケットがあるかということを考えながら、マーケットとの対話の中で考えていかなければならないと思う。直接的にあるサイドからある要望があって、それに応えなければ相場が崩れるかもしれない時には、その相場を崩さない方が良いのかどうかという判断が個別に必要となるので、具体的にはお答えできない。要するに、マーケットがどういう状態にあるかによっては、これだけ増やしてきた状況下では、ただ機械的に増やすというのは問題も出てくると言いたかったのである。
第一点目については、理屈から言ってこういうことだと申し上げた。日銀はお金を刷ればいいじゃないか、もっと増刷して物価の変化率をプラスに持っていけるのではないか、と良く言われる。確かに日本銀行は財務省印刷局が印刷した紙幣をいくらでも買ってこれるが、ではどうやって配れるのか、日銀が独自の判断で紙幣を国民の皆さんに配ることはできないと思う。仮にできるとすれば、財政政策としての可能性だが、そういうことを繰り返せば、財源確保のために国債増発となり、その国債を日本銀行が制限なく買えば、理屈のうえではインフレになっていく可能性は高い。ただ、こうした政策が良いかどうか、望まれるかどうかという価値判断は、ここでは全く含んでいない。私は、日銀が独自の判断において大量の国債を買ったり、或いは大量の紙幣を分配したりすることは難しいと思う。
【問】
今の最後の点について、独自の判断ではできないとのことだが、仮に政府が現在の30兆円枠という財政政策を転換して、減税なり公共投資なり、それなりの規模の財政出動をやると決めた時はそれが所与になる訳で、所与になった時には日銀の判断によって色々な政策があり得る。その時のお考え、センシブルかどうかというご判断を伺いたい。
【答】
恐らく記者の方が想定されている規模と、私が想定している規模とは、相当乖離があると思う。仮に記者の方が想定されているよりも若干前向きの財政出動があったとして、それを所与として我々が資金供給を高めた場合でも、私が述べたようなインフレにはならないと思う。ここでは、理屈のうえで極端な国債増発のケースを考えてみて、その国債を日銀が繰り返し買えば物価変動率はプラスになるということを言いたかっただけである。
【問】
仮にオペにより外債を購入するとした場合、その理由に円安誘導が入っていれば、国内金融経済情勢や海外経済情勢の中で適当な政策ではないとのことであるが、これは要するに一国の金融政策の変更によって、世界中の経済が動揺してしまうというのが、果たして良いのかという趣旨か。
【答】
通常の場合であれば、自国の金利を引き下げることは、自国通貨の下落にも繋がり得る訳である。そういうことを否定しているのではなく、直接的に外債を購入し、しかもその目的が円相場の低下を目指したものであるとすれば、今現在の状況では適当な政策ではないということを言っている。仮に不良債権処理を相当程度加速して、それに対応するマクロ、ミクロの政策が不十分であって、そうした状況に対応して為替市場が円安という評価をした場合、必ずしも円安となった状況を否定して逆転させなくてはいけないということでもないと思う。ご承知のように、為替の安定化の目的のために為替市場に介入するのは財務省の権限である。それ以外の目的で外債を購入することは、法的には日本銀行はできる訳であるが、現状そういったオペ手段として外債を使う必要性はないと考えているので、現在のところは適当な施策ではないと申し上げた。
以上