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須田審議委員記者会見要旨(12月2日)
2002年12月3日
日本銀行
―平成14年12月2日(月)
福島県金融経済懇談会終了後
午後4時から約40分間
ホテル辰巳屋(福島県福島市)
【問】
本日の金融経済懇談会を通じて福島県の金融経済情勢についてどのような感想を持ったか。
【答】
まず全体的な印象を申し上げる。本日の懇談会ではご出席の皆様方から当地の実情に即しつつ、わが国経済全体にも共通するような有益なご意見を伺った。また、私もできるだけ率直に自分の考え方を申し上げた。懇談会は予定した2時間を超え、活発な意見交換ができたと思っている。少なくとも私にとっては学ぶことが多かった。
懇談会の話題について幾つかご紹介する。まず、多くの方々から、「地域経済はかなり厳しい状況にある」といったご指摘があった。デフレ圧力の強まり、また、それに関連して地価下落の影響などに関するご意見が目立った。私は、最初に、「企業金融を考える」というテーマでお話しさせて頂いたが、「企業金融を考える前に、まずは地域経済の立て直しを考えるべきである」といったお叱りも受けた。
また、中小企業からみた金融機関の貸出態度について、ごく最近、「厳しい」とみる企業が増加している背景について、「金融機関の融資姿勢の問題というよりも、むしろ借り手企業の業況が一段と厳しさを増していることを示唆している」、「特に、中央に比べて、地方経済の疲弊はここにきて一段と顕著である」などといったご指摘があった。
金融再生プログラムについて、「大手行が対象であるが、地域金融機関も何がしかの影響を受けざるを得ないのではないか」と懸念する声が聞かれたほか、地域金融機関における金融検査マニュアルの適用のあり方についてもかなり厳しいご意見が示された。
【問】
第1に、(金融経済懇談会における)挨拶の中で売掛債権の証券化についてかなり詳しく述べている。前々回の決定会合で企業金融の円滑化のための取組みを検討することを明らかにしているが、この売掛債権の証券化を金融調節において活用することがその柱となるのか。
第2に、その場合、現在、中小企業の売掛債権は日本銀行の適格性を満たさないものが多いといわれている。そこで、須田委員も指摘していたような公的信用補完が付けられればオペ対象としての適格性を満たすようになり得るのか。日本銀行では、中小企業庁などとの間で色々と協議しているという話を聞いているが、そのあたりの見通しはいかがか。
第3に、公的信用補完が付かない場合であっても、日本銀行が適格基準自体を緩和する可能性もあり得るのか。現在、中小企業の売掛債権の証券化商品には銀行が保証しているケースが多いといわれているが、日本銀行では、金融機関が保証している債務はオペ適格資産の対象外としていると記憶している。そのあたりの取扱いを見直す考えはあるのか。
【答】
まず、現時点では、企業金融の円滑確保に関する検討状況を申し上げる訳にはいかない。
本日お話しした売掛債権を裏付けとした証券化商品については、既に、金融調節上、適格担保として認めている。したがって、そうした商品があれば、(担保として利用)できる。
そもそも量的緩和政策は「企業金融の円滑確保」という観点からも少なからず貢献している。日本銀行は、金融機関などの資金繰り不安を起点とするこのような悪循環を何としても回避するという強い意思を持って金融政策を運営している。日本銀行が金融システムの安定確保に努めていることについては、一見すると金融機関の資金繰りをサポートしているだけのようにみえるかも知れないが、金融機関の資金繰りの安定は企業金融の円滑確保のための必要不可欠な大前提である。10月末の決定会合で「企業金融の円滑確保」の検討を表明したこともあり、その内容に注目が集まることは致し方ないが、既に、昨年3月以降の量的緩和という政策運営そのものが企業金融の円滑化に極めて大きく貢献していることを、まずはご理解頂きたい。
そのうえで、内外株価や金融システム面を巡る情勢の変化が、今後企業金融面に及ぼす影響については、十分注意してみていく必要がある。不良債権処理の加速が実体経済に対してどのような影響を及ぼすか、という点については、具体的な処理策や、その間のセーフティネットの整備状況などにより大きく左右される。その際、短期的には、企業金融全般の引き締まりに結び付くとリスクがあることを頭に置く必要がある。そして、今、そうしたリスクが顕現化する可能性を抑え込むために中央銀行としてどのような方策を採ることができるのかということを検討しているが、現時点では具体的に申し上げる訳にはいかない。
【問】
只今の質問に対する回答にも関連するが、一般論として、「挨拶要旨」の5頁にある「そうしたリスクが顕現化する可能性をできるだけ抑え込む」ことについて、適格基準の引下げはそれに資すると考えているか。
【答】
具体的な内容についての回答は差し控えさせて頂きたい。
ただ、現状の量的緩和を行なっている過程において、仮にプラスの効果が、例えば資産価格に出てくれば、——つい最近、ホームページに掲載した名古屋大学での講義のところでも書いたが、——クレジット・チャネルを通じて、信用リスクに対しても何がしかの影響が及ぶと考えられる。しかし、今のところ、その影響はみられない。私は、金融政策が直接的に信用リスクに対して影響を及ぼすことは有り得ず、あくまでも流動性供給の間接的な波及効果しか考えられないのではないか、と思う。
【問】
11月29日から始まった株式の買取りについては、「株価対策ではない」との話であったが、先日、情報公開制度で請求した通常会合での議事内容をみると、重大な決定であるにもかかわらず、深い議論がなされたように感じられなかった。深い議論もなく、これまで否定してきた株式買取りという、重大な、ある意味で奇策に踏み切ってしまったことについて、須田委員はどのように考えているか。また、公開された議事録の中で、須田委員は、「積極的にやって頂きたい」とまで発言している。株式買取りについての考え方を改めて聞かせて頂きたい。
【答】
この問題は、元々、「不良債権問題について、日本銀行として、どのようなことが言えるだろうか」という問題意識から出発している。従来、「日本銀行は、金融政策をやっているが、不良債権問題に関しては何もやっていないのではないか」という声をよく耳にした。しかし、日本銀行では、不良債権問題についてどのような見解を取り纏めることができるのか、という点を以前から勉強していた。その検討過程で、金融機関が保有する株式の買取りが浮上してきた。株式の買取りがある日突然出てきた訳ではない。私自身は、こうした案が出てきた時、その内容はすぐに分かった。その意味では、私自身は、公表の順序が逆であったかも知れない、つまり、先に「不良債権問題についての基本的考え方」を示し、その中の一つの具体的な対応策として株式の買取りを出していれば良かったのではないか、とは思っている。
「基本的な考え方」にも書いてあるとおり、不良債権の新規発生はこれから先も暫くは高い水準で続くとみられる。今後も構造調整に伴って不良債権が出てくる一方、銀行の経営体力はかなり落ちている。これから先を見通すと、毎年発生する信用コストに見合うだけの収益力が得られるのか。万一バッファーが十分ではないような状況でショックが起こった場合、どのようにして対応できるのだろうか。その場合には信用収縮が起こるのではないか。そういうことをずっと考えていた。そこで、金融機関が抱えているリスクの一部でも取り除くことができれば、そうした信用収縮を起点とする悪循環を避けることができるのではないか。そのようなことを考えていたので、私は積極的にサポートすると発言した次第である。
【問】
ご説明が今一つ良く分からない。これまで日本銀行は株式の買取りを否定してきた。それだけに、一般国民としてみれば、今回の措置は唐突に感じた訳である。私は議事録をみた限りでしか分からないし、大分黒塗り部分があったのでその部分にそうした議論があったのかも知れないが、何となく、深い議論、きちんとした議論が政策委員会においてなされていたのだろうか、といった疑問は残る。その点はいかがか。
【答】
私自身としては、かなり、きちっと議論したと思っている。色々な問題点も含めて議論できたと思っている。
【問】
具体的には。
【答】
皆さんが言われていることは全て含まれている。例えば、これがどの程度利用されるのか。実際に日本銀行が買うと決めた場合、きちんと認可されるのか。また、多くの人から、「日本銀行のバランスシートは大丈夫か」といった批判も聞かれたが、そうしたことも検討した。また、金融政策との整合性はどうか、PKOと受け止められるのではないか、などという点も。
そのうえで、あくまでも私自身の気持ちであるが、自分でも何らかのリスクを取らないと責任を持って意見を言えないのではないか、と考えた。不良債権問題についてはこれだけの問題があり、だからこそ日本銀行としても非常の手段に踏み切る、それほど大変な問題である、ということを示したかった。
【問】
今、中央で議論が進んでいる不良債権処理が地方にどのように影響を及ぼしてくるのか。また、地域金融機関の役割をどのように考えているのか。
【答】
今、議論している不良債権処理という問題がどのようになっていくかはまだよく見えないところもあるが、中央と地方は無関係ではない。地方は別の扱いをするとか、地域金融機関は大手銀行と違うという観点も必要であるとは思うが、今行われていることが地域金融機関に全く跳ね返ることがないかというと、そういうことではないだろうと思っている。但し、現時点では、いつ、どういうことになるかは分からない。
それから、地域に密着している金融機関には、地元で取れる情報をもとにして、密接にコミュニケーションをとりながら経営すれば必ず存在意義はあると思っている。本日の懇談会でも申し上げたが、今までのような担保だけに依存した貸出ではなく、貸出そのものからどれだけ収益が上がるのかという考え方を取り入れて、地域密着の経営をすることが必要であり、そのようにしていけばこれからも採算を確保しながら地域経済のためにやっていけると思っている。
【問】
2日付けのフィナンシャルタイムズに財務省の黒田財務官と河合副財務官の署名入りの寄稿文が出ている。その中で、「日本について1年以内に1%、その後2年以内に2~3%というふうにインフレ目標を設けるべきである。そのための手段として、長期国債、あるいはその他の金融商品を購入することで、ベースマネーをコンスタントに増やしていく必要がある」と主張している。一般論でも結構だが、このような方法でベースマネーの伸びを高めていくことによって、インフレ・ターゲティングが実現できると考えているか。また、今年9月の政策決定会合の議事要旨をみると、「オペ対象の資産が不足する場合には、国債をどんどん買い増すよりも、むしろ外債などを購入するべきだ」と一人の委員が発言したと書かれている。外債購入は、インフレ・ターゲティングを実現するために必要な手段であると考えているか。
【答】
その記事はまだ読んでいないので、それに対するコメントは差し控えさせて頂く。そもそも論として申し上げれば、インフレ・ターゲティングは金融政策の透明性を高めるためのものであって、それは手段・メカニズムの裏付けがなければ達成できるものではない。仮に、現時点で手段やメカニズムの裏付けを伴わないままインフレ・ターゲティングを採用しても、インフレ予想を高めるとは考え難い。その場合には政策全体に対する信認を損なうだけに終わる可能性がある。他方、「インフレ・ターゲティングの採用は直ちに債券売りをもたらす」、「そういうことをやれば、債券市場は売りだ」という声が市場で聞かれる。そうやって債券売りをもたらし、まず長期金利が上昇する可能性がある。今、不良債権処理を加速させようとしている時期に、仮に長期金利が上昇すれば、多額のキャピタルロスが発生するし、企業の資金調達コストも高めるため、経済全体としてはハードランディング・シナリオになるのではないかと懸念している。
したがって、現在の状況の下でインフレ・ターゲティングを採用すれば、政策の信認低下とか、市場への悪影響とか、経済の回復や金融システム問題の克服にとって、むしろ弊害が大きいように思う。金融政策の透明性確保の観点からどのような政策運営のスタイルが望ましいかについては、インフレ・ターゲティングにかかわらず常に考えている。ただし、今日の経済・物価情勢の下でインフレ・ターゲティングについて議論するとすれば、目標インフレ率を設定することの是非ではなく、むしろデフレを克服するためにどういう政策手段を講じることが日銀法の理念である国民経済の健全な発展に資することになるかということではないかと思う。つまり、まず始めにインフレ・ターゲティングありきではない、ということをきちんと理解して頂きたい。
それから、外債購入に関するご質問であるが、議論したり検討するうえでは、まず円滑に資金を供給するうえでそれが必要な状況にあるのかどうか、また、日銀法上、政府の為替介入政策との関係をどのように整理するのか、などが論点になると思っている。こうした論点から議論を深めていくことが必要であると考えている。
【問】
只今の質問に関連して、デフレを克服するために何ができるかという論点から話し合うべきということであるが、その上で、同僚の植田審議委員などは、「例えば、政府の財政支出との関連で政府と日銀との間のアコードが考えられる」という趣旨のことをインタビューで答えている。政府とのアコードについて、どのように考えているのか。また、財務省の黒田財務官、あるいは政策決定会合に出席した財務省の代表者などから、「国債をもっと買うべきではないか」という要請が出ているが、それについてのご意見はいかがか。
【答】
皆さんがおっしゃるアコードが具体的に何を意味しているのか、という点がよく分からない。ただ、日本経済を活性化させ、デフレを脱却できる状況を実現することが必要であるという認識は日本銀行と政府の間で共有できていると思う。私は、今、言葉だけが走り過ぎていて、具体的に何を言いたいのかが分からないまま様々な議論が広がっていくことに懸念を持っている。仮にこういうことを議論するのであれば、具体的に何を望むのかということが大切である。金融政策でここまで量的緩和をやってきて、かつ財政も国債残高がこれだけ積み上がっている状況のもとで、日本経済をどうやって良くしていこうと考えるのか。不良債権処理もあるだろうし、構造改革も取り組んでいかなければならない。そうした時に、「日銀は日銀で、政府は政府で」というような状況であるとは思わない。そうした意味で、日本経済を立て直していくために何ができるのかということについて、政府との間で話し合っていくことをもってアコードというのであれば、それは既にできているし、今後も重要であると思う。
また、国債の買切りは、金融調節を円滑に行うために必要かという観点から決めている。現在、当座預金残高の目標の上限である20兆円の近くで推移しているが、資金を円滑に供給する手段に困っている訳ではない。現段階で考える限りは、長期国債の買入れ増額が必要であるとは認識していない。
【問】
昨年9月のテロ事件の後の会合において量的緩和を拡大した時、正確な文言は忘れたが、その主旨は、緊急避難的に量的緩和を拡大するということだったと記憶している。その後、段階的に当座預金の残高目標を引き上げてきた。先日、20兆円に引き上げた時も、「銀行株とかの株価下落の影響が短期金融市場における金利上昇を懸念して」というような文言だったと思う。結局、この間の当座預金残高の目標の積み上げは、市場の動向に対応して一方的に積み上げてきたことになるのではないか。要するに、「片道切符」、「青天井」だったような感じもする。これをどこかで止める時、あるいは政策を転換する時のメルクマールは何か。
【答】
「昔はこれしか出せないと言っていたのに、今はこんなに出しているではないか」とよく言われる。今の資金需要というのは、金融システム不安に起因するものもあるし、機能が低下している短期金融市場の役割を代替している面もある。そうやって資金需要がどんどん増えてきて、それに伴って供給量も増えている。ただ、これがいつまでも同じように出せるだろうか。まず金融システム不安がなくなれば、金融機関は必要以上に積まないだろう。また、短期国債の金利が上がれば、資金を運用に回すので、その時も当預残高が減っていくだろう。当然のことであるが、景気が良くなったら、無利子の当座預金に積んだままにはしない。確かに、景気が良くなっても、今の量的緩和のフレームワーク自体は、当分、つまり消費者物価が安定的に対前年比でゼロ以上となるまでは続けると約束している。しかし、そのことと当座預金残高の目標額引上げを直接結び付けることは適当ではないと思っている。
それから、先ほど、ベースマネーをどんどん増やすことはいかがか、という話があった。それを続けると何が起こるのか。結局、金融機関は当預をどんどん積むことになる。他方、金融機関は、ある程度、資産を減らそうとしている。無利子の当座預金をどんどん増やしていくというシナリオは、不良債権処理の問題も考えると、金融機関が収益を上げることに繋がっていくのだろうか。そういうことも、今、疑問に思っている。
【問】
これもご存知ないかも知れないが、週末に毎日新聞のインターネットのニュースにおいて、塩川財務相が、1日、仙台市の講演で、「日本の現在の実力からみると円は高すぎるのではないか。世界の水準で計算したら1ドル150~160円ぐらいが良い筈である」と述べた、と伝えられた。この水準の是非はともかくとして、財務省の方から円安誘導、口先誘導的な言動が増えているが、円安・為替水準と日本のデフレとの関係についてどのようにみているか。
【答】
日本の均衡為替レートがいくらかということは分からない。まず、「今一番手っ取り早く物価の下落を押し止めるのは為替が大幅に円安になることである」ということは確かであると思う。しかし、それはコントロールできないことである。もう一つ認識すべきことは、物価にプラスの影響を与え続けるためには円安がずっと続かなくてはいけない、ということである。たとえ1ドルが一旦160円になっても、そこで止まるとしたら、その効果は一時的なものでしかない。その効果が抜けてしまうと物価の上昇率も落ちてしまうことになる。
それから、確かに物価が下がることはいけないし、どうにかしなければいけないと思っているが、やはり日本売りのような円安は絶対避けなければならない。結果としてマネーが増えて円安になる——金融緩和をしていれば、通常の教科書的に議論すれば円安となる——ということはあり得るので、そこで起こった円安はそのまま受け入れれば良いと思っている。しかし、急激な円安を望む、ないしはそれが望ましいと考えることは怖いことである。円安が続くということは、国内の金融資産に魅力がないということである。当然、円が下がる分だけ、国際的な金利裁定が働けば、国内の金利は上がることになる。そういう問題も起こる。やはり為替レートはマーケットに任せるのが一番良いことであると思う。
以上