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総裁記者会見要旨(2月18日)

2003年2月19日
日本銀行

―平成15年2月18日(火)
午後4時から約60分

【問】

景気の見通しについてであるが、イラク情勢の緊迫化など国際情勢の不透明感が高まる中で、輸出・生産が再び増加に転じていくという景気回復シナリオの見直しを余儀なくされるとの懸念も聞かれる。こうした点も踏まえ、現在の日銀の景気見通しについて伺いたい。

【答】

景気については、「先行き不透明感が強い中で、横這いの動きを続けている」として、前月と幾分表現を変えたが、判断は据え置いた。

これは、純輸出や生産が横這い圏内の動きを続ける中で、国内需要面で、設備投資がほぼ下げ止まる──これから良くなっていくのかもしれないが── 一方で、個人消費がまだ弱めの動きを続けるなど、前月から目立った変化がみられていないと判断したためである。

景気の先行きについては、海外経済の緩やかな回復を前提とすれば、いずれは輸出の増勢が強まり、生産が増加基調に戻っていき、前向きの循環が働き始めると一応展望できると思う。また、企業収益などをみると、特に製造業の収益は足許かなり良くなりつつあるようにみられる。

ただ、イラク情勢などもあり、海外経済の下振れリスクについて引き続き注意を要することは事実である。また、国内では、不良債権処理が、株価の動向や企業金融、ひいては実体経済にどのような影響を及ぼすかについても注視する必要があると思っている。

【問】

最近、マネタリーベースの前年比の伸び率が1割台に落ちている。マネーサプライの伸び率も2%台に低下している。こうした状況を踏まえ、追加的な資金供給の必要性を指摘する声もあるが、総裁はその必要性についてどのようにお考えか。

【答】

経済情勢の判断は、只今申し述べた通りである。

金融面をみると、潤沢な資金供給のもとで、市場金利は広範にほぼゼロまで低下している。期末を控えているわけだが、去年の今頃に比べると市場は非常に落ち着いている。これは私どもが、非常に早くから資金の供給を十分にやっていることも効いているのだと思う。例えば、3か月のユーロ円先物金利などをみても、去年は、この時期からかなり上がってきているのが、今はむしろ下がっているぐらいである──3月越えで0.1%ぐらいが付いている。このような状況をみても、市場の流動性懸念はほぼ払拭されてきていると思う。

こうした状況を踏まえ、当面は、現在の調節方針のもとで潤沢な資金供給を続けるとともに、必要に応じて「なお書き」の対応をとる。「なお書き」については、「当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、15~20兆円程度という目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」と書き変えた。これは、年度末、あるいは、米国の情勢その他をみて、こうした「なお書き」を活用することも起こり得ると判断したからである。

ただ、このような潤沢な流動性供給の効果が、企業等にまでなかなか波及していかないということが、一番の問題であると思う。銀行も債権の流動化や私募債の引受といった手法も含めて、もっと工夫をこらしつつ、いわゆる信用仲介という銀行本来の機能を活発化していく── 一生懸命にやっておられるとは思うが──ことが重要である。資金需要が高まって貸出が増えていくような環境が、まだ民間企業等の中にできていないということが響いているように思う。

これから大事なことは、こういった民間需要を伸ばしていくためにも、規制緩和や税制改革を通じて日本経済が持っている本当の力を引き出していくことであると思う。前向きの経済活動が起こってくれば、現在やっている金融緩和は、今まで供給した資金で、そうした動きを力強く後押しすることになるはずだと思っている。

日本銀行は、経済の本格的な回復とデフレ克服のために、今後とも中央銀行としてなし得る最大限の努力を払ってまいりたいと思っている。

【問】

次期日銀総裁の要件としてデフレ克服に積極的であることが挙げられているが、そういった中でのデフレ克服策として、政府が財政出動に踏み切る一方、日銀が長国買い切りオペを増額するというかたちでの政策協定を結んではどうか、という意見もある。総裁は、財政出動と長国買い切りオペ増額をセットにした政策協定の締結についてどのようにお考えか。

【答】

次期総裁人事に関連する問題ではないと思うので、その点についてのコメントは差し控える。

日本銀行は、財政政策の影響も含め、経済・物価情勢を総合的に勘案しつつ、その時々において、自らもっとも適切と考える政策を、機動的・弾力的に実施してきたところである。

日本銀行としては、今後とも、そのような考え方のもとで、政策に誤りのないようにしながら自主性を発揮して政策を決め、金融調節を続けていきたい。

なお、政府と日本銀行の関係については、今までも申してきたように、日銀法4条に、政府の経済政策の基本方針と私どもの経済政策の進め方が整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にして、十分な意思疎通を図らなければならない、とある。こういった整合的という言葉が示しているように、政策面では私どもは自主性を発揮していくつもりだが、基本方針については、政府の考え方・基本方針と整合性を保つようにして──今であればデフレ克服に向けて──、中央銀行として最大限の努力を行ってまいりたい。

政策協定とかアコードとかいろいろな言葉が使われているが、中央銀行と政府との関係は変わることなく、私どもとしては今申し上げたようなことを常に頭において、政策を決めていきたい。

【問】

日銀による銀行保有株買取りは順調に進んでいるようだが、「3月危機」を回避して金融システムの安定を維持するため、このスキームの買取り枠を更に拡大してはどうかとも言われている。日銀としては、銀行保有株買取り枠の拡大を検討するつもりはないのか。

【答】

銀行保有株の買入れは国会でも、そもそもやるべきでないという野党の声もあるし、与党の中でもいろいろ意見はあると思うが、概して比較的スムーズに進んでおり、銀行には非常に歓迎されているのではないかと思っている。

というのは、彼らは期末になればなるほど、自分たちの自己資本が株安によって圧縮されていくのは非常に痛いわけである。そういった中で、日本銀行が銀行の要請に応じて、一定の条件のもとで──銀行の持っている保有株を減らしていく方針のもとで──、保有株の買取りを進めてきた。数字をご覧になっても分かるように、かなり順調に進んできていると思っている。

私はまだこれをもっと増やせという声を直接聞いてはいないが、一応2兆円という限度を決め、当面は本年の9月末までとしている。こうした限度を決めるに当ってもずいぶんいろいろなことを考えた上で決めたわけである。

例えば金融機関の株式の保有状況は、大手行で昨年の9月末では、自己資本の中心になる部分──TierI──を約6兆円上回っていたこと──それから4~5か月経っているから減っていると思うが──や、政府の銀行等保有株式取得機構も買入上限額を2兆円としていること。さらには、金融機関による市場売却の可能性や、日本銀行の財務の健全性を確保しながら、今の非常事態で銀行の保有株を減らしていくことを何とか実現したいと思ってやったことである。十分いろいろな情勢を勘案して限度を決めたわけであり、この限度を守っていきたいと考えているし、これを拡大することは全く考えていない。

【問】

地方の経済に密接に関わりのある地域金融機関の関係についてお尋ねする。現在、金融審議会の作業部会では、地域金融機関に対しても、大手行と同様の資産査定の厳格化あるいは不良債権の最終処理加速を求めるべきか、それとも主要行とは別の基準を設けるべきか、こうした議論が行われている。総裁は、地域金融機関に対しても、大手行と同様の対応を求めていくことが望ましいとお考えか。あるいは別のお考えをお持ちか伺いたい。

【答】

地域金融機関の不良債権処理については、昨年の10月に公表された「金融再生プログラム」というものの中で、「主要行とは異なる特性を有するリレーションシップバンキングのあり方を多面的な尺度から検討していきたい」ということが書かれており、現在、金融審議会でその具体的な方法等が議論されている。審議会では、地域金融機関の特殊性というものが何処にあるのかといったような点から掘り下げて議論が行われていると聞いている。私どもとしては、こうした議論の動向を引き続き強い関心をもって見守ってまいりたいと考えている。

【問】

金融政策決定会合のたびに、財務省から国債買い切り額の増額と上限の撤廃ということが繰り返し要求されている。これについて、マーケットでも、日銀が政府の国債管理政策に完全に組み込まれるものであるという懸念がある一方で、日銀は国債管理政策に片足を突っ込んでおり、早晩組み込まれるという冷めた見方もあるかと思うが、こうした財務省側の要求に対して、総裁の今のお考えを伺いたい。

【答】

2、3回前の会見で、中央銀行のバランスシートをお見せしたことがあったと思う。それをご覧になれば分かるが、日本銀行の最近の資産・負債総額はそれぞれ約125兆円である。4年前の1998年度には80兆円程度であったから、毎年10兆円ずつ増えて約1.5倍になった計算だ。これを名目GDP比でみれば、4年前に15%程度であったのが、最近は25%程度になっている。ECB(欧州中央銀行)では12%程度、FRBでは7%程度であり、日本銀行は世界の中央銀行の中で突出して資金を出している。これを資産サイドでみると、最大を占めるのが国債で、125兆円のうち83兆6千億円。これに続いて、買入手形が27兆円、買現先勘定が8兆円である。この3つが大きいが、国債が83兆円──長期国債が約58兆円、短期国債が約26兆円──と突出している。負債サイドでは、こうした日銀の資金供給を反映して、発行銀行券が68兆円、金融機関の日銀当座預金が約20兆円となっている。その他に売現先勘定が17兆円、政府預金が13兆円ある。このようにみれば、必要な資産、流動性は十分に供給していると言ってよいのではないかと思う。

日銀の「引当金勘定」と「資本金」と「準備金」の合計は5兆1千億円あり、発行銀行券との対比で8%近くある。しかし、国債が値下がりし、1%金利が上がるだけで約1兆円の損が出る──これは国会で問われてお答えしたら、皆さんお書きになっていたが──といったようなことを考えると、あまり集中して国債を増やしていくということは、財務の健全性の建前からもやや偏る。また、今これを増やしていく必要はないという判断から、先般の金融政策決定会合で据え置きを決めたわけである。しかし、その代わり、先程申し上げたように、何か起こったときには、「なお書き」の中で書いたように「上記目標に関わらず、一層潤沢な資金供給を行う」ということにしたわけで、今後の情勢をよく見てまいりたいというふうに思っている。

お金は出せば、それは必ず経済のプラスになるというものではないわけであるから、よく情勢をみながら、その辺の判断は私どもにまかせて頂きたいと思う。

【問】

前回の会見で民間大手金融機関の資本調達について前向きな良い動きが出てきたというようにおっしゃっているが——トータルでいうと2兆円を超える規模ということだが——、昨年の秋に竹中プランとかいろいろ騒がれた時に、場合によってはもっと大きな金額がキャピタルとして必要なのではないかと、公的資金注入論議が沸くたびに語られていた。今回2兆円の自力調達で3月危機は遠のいたとも言われているが、大手銀行を巡る資本不足の問題等はこれで何とか切り抜けられたのか、あるいは今後も課題が残るのか、総裁の任期であった5年間のプルーデンス政策を顧みて、今何合目頃まできているかということも含めて伺いたい。

【答】

自己資本を増やさなければいけないというのは——自己資本といっても税効果分がそこへ入ってきていることのほか、政府の公的資本の注入といったものが加わって9%や10%になってきているわけであるが——、やはり自分たちで自助努力をして資本金を増やしていくということをやっていかないといけないということである。それがどうしてもできないのであれば、公的資金の注入ということになると思うが、現在、いろいろなかたちで各行が資本の強化を試みようとして動き始めている。

例えば、外資を入れるとか取引先やその他企業に株を買ってもらうとか、あるいは市場で資本を調達するといったようなことがこれから行われていくだろうと思うが、まずこうしたことをしたうえで、それでもどうしても資本が足りないということになれば、公的資金の再注入も必要になるかもしれない。もっとも——自分たちでやれることをやるのは、私は非常に良い方向だと思っているが——、そのやり方についてはウォッチし、あまりおかしなことがないようにしなければならないと思うが、それは金融庁も非常に気にしていると思っている。これからの動きを注目していきたいと思っている。

景気が少しずつでも良くなるようであれば借入れに対する需要も出てくるだろうし、銀行の不良債権もあまり増えないで済む。経済が上向きに転じていくまでの苦しい時期に、自己資本をなるべく自助努力で増やしていって将来の発展に備えていくということが——大銀行等の再編というか統合が一応落ち着いて——、今、始まったとみている。

【問】

速水総裁はこれまでことある度に——年末とか年度末が多かったと思うが——、公的資金を早期に注入すべきだとかなり言ってこられた。当面そのように強調する時期は遠のいたということなのか。

【答】

これは不良債権がどれくらいのスピードで減っていくかということだと思う。14年3月期に27.6兆円であった大銀行の不良債権は、9月期には24.6兆円まで減ったということであるが——もう少し減るだろうと思っていたが——、減り方が少なかった。やはり新しい不良債権が増えているのだと思う。

今後これがどのように変化していくのかについては、産業再生機構等ができて不良債権を買ってくれるようになってくるといったような動きもみられ始めているため、そういうものと一緒になって不良債権の残高がもう少し早いスピードで減っていくことができれば良いと思う。いずれにしても自己資本というものを十分持っていないと、銀行が株を保有しているということは——ここへきて株価は比較的落ち着いてきたから、3月期末までこの調子でいってくれたら非常に良いと思うが——、最初に申し上げたように、やはり非常に不安なことだと思う。

株価が急に下がり出したりするということは十分起こり得るため、そういうときに備えて自己資本を大きくしておくということは、絶対に必要なことだと思う。

【問】

今週末にパリで開かれるG7で、財務省の方では、デフレについて話をしたい意向であると聞いているが、総裁はそれについてどのようにお答えになるのか。また、速水総裁はおそらくこれが最後のG7になると思うが、総決算のような話をその場でされるのか。

【答】

金融の話は、日本の経済情勢を話す時にお話ししたいと思っている。

いずれにしても、G7、G7とずいぶんお騒ぎになるが、1日の会議である。その中で世界的な経済問題をいろいろ、エマージングの国々のことや、現在先進国もデフレ状態になってきていること、あるいは今の地政学上の不安定化の問題とか、そういうものを全部議論するわけであるから、皆日本のことばかり話をしてくれるわけではない。おそらく日本については、これまでよりずっと関心が薄くなるのではないかと思う。これまでは日本だけが「デフレだ、デフレだ」と言って、ずいぶん騒がれたが、他の国も大体皆同じ方向に動き始めている。日本が先輩みたいなかたちになるのかもしれないが、そういったこれからのG7の議論については、私の立場から今、コメントするのはこれぐらいにさせて頂く。

【問】

デフレの先輩として、G7の場でリーダーシップをとられるということはないのか。

【答】

リーダーシップをとらせてくれるかどうか知らないが。日本の物価下落というのは、世界的なディスインフレ傾向の影響を受けている面もあるが、やはり、日本の場合は民間の経済活動がなかなか高まらずにかなりの需給ギャップが存在した、という面の非常に大きな影響を受けていたと思う。特にバブルの後、土地あるいは株の値下がりが激しかったとか、金融機関がそれによって不良債権を非常にたくさん持ったといったようなことは、今回の日本のデフレの一つの特色ではなかったかと思う。そういうことについては、私どもはかなり苦労もしてきたし、まだ全部直ったわけではないが、こういうものを少しずつ良くしていくことが必要なのである。やはり、私は「改革なくして成長なし」という言葉は正しいと思う。昨日の諮問会議でもいろいろ話が出たが、規制の緩和、それから税制の改革、この二つのことは非常に大事だと思う。その他に、医療関係とか、弱者への配慮とか、そういったものを考え直してやっていく必要があると思う。しかし、やはり一番問題なのは、規制が緩和・撤廃されないで、政府サイドの規制が残っているのと同時に、業界が一つになって他のものを入れさせないといったような、自由な競争を阻害するやり方がずっと続いていた点であると思う。そのことが、日本の輸出力を伸ばしたり、日本経済を大きくしたりした時期があったわけであるが、ここまでグローバライズし、東西南北が一つのマーケットになろうとしている時に、いまだにこうしたやり方を続けていれば、やはり取り残されるのは明らかだと思う。そういう意味でも早く規制の緩和・撤廃、いろいろな面での自由化を進めていかないといけないというふうに思っている。

そういうことは、先進諸国の中で、むしろ日本は遅れていたと言わざるを得ないし、90年代以降、いろいろ資金を出しても成長が始まっていかないということの一つの理由になっている。日本は、製造業だけでなく、サービス産業においてもそういった規制が、先進諸国に比べて厳しい国であったと言わざるを得ないと思っている。小泉総理ももう2年、そのことを言い続けておられのであるが、いざやろうと思うとなかなか実行に移せないという面を私も諮問会議でずいぶんみてきた。民間需要を引き出すことによって経済を伸ばし、デフレを脱却していくということを今後も続けていくべきだというふうに思っている。

【問】

最近、竹中金融・経財担当相が、ETFについて「絶対儲かる」という発言をして、これが国会等で問題となっている。政府・与党の一部に、「日銀にETFを購入させたらどうか」という声もある中で、政府当局の影響力を持った人がこの種の発言をしたことについて、総裁はどのようにお考えになっているか。

【答】

銀行保有株の買入れというのは、株価を上げるために行ったのではない。これは、金融機関は株を持つべきではない、減らしていくべきだ、そのお手伝いをしようと思ったし、また、このままでは期末には必ず問題が出てくるというふうに思ったから、9月18日に発表して、11月の終わりから買入れを開始した。買入れはかなり進んできている。先程申し上げた日本銀行の125兆円ある資産の中で5千億円とか6千億円とかであれば、そんなに大きくないではないかとおっしゃるかもしれないが、やはりリスクのある資産というものはそう多く持つべきではないと思っている。購入した銀行保有株についても、今は買って持っているが、5年以上経ったときに、情勢をみて手放していくことを条件にして買っているわけである。その他の株式を買うつもりは全くない。

【問】

G7に関する質問の続きだが、総裁にとって、大きな国際会議は恐らくこれが最後になるかと思うが、これまでを改めて振り返って──世界における日本の立場はこの5年間でどう変わってきたとか──、一言お願いしたい。

【答】

日本はG7の1か国であるが、私が理事、外国局長をしていた頃はG5だった。1973年に、日本はG5に入ってこいということで迎えられた。1971年に金・ドル本位の固定相場制がなくなり、1ドル360円が一旦は308円になり、固定相場が無理だということで1973年からはフロートになった。その時に、今でも覚えているが、これからどういう金融・為替情勢を作っていくかという話が出て、その頃から日本もG5に入って議論することとなった。

日本経済は伸び続け、国際収支の黒字を継続し、円は強い通貨になっていった。今でこそ1ドル120円だが、1ドル360円から30年間で──フロートの中でいろいろ波があったにしても──、購買力が3倍にまで上がっている通貨というのは他にない。家計の預貯金や金融資産が大きく、対外純資産も外貨準備を含めて1兆何千億ドルという黒字であるなどの背景があって、円が強くなっているわけである。円が強いということは、内外で円を使ったり持ったりしている国々に評価されているということだ。また同時に、例えばGDPなど、何を計算するにしても、国際的比較というのはドル換算で行うのが普通であり、そういう時に円の強さというものが大きな力になっている。日本は、敗戦後、経済面では何といっても「無」から這い出して、これだけ大きな経済力のある国になっている。国際通貨制度をどうするか、どう育てていくかということを議論するG5にも、日本を無視できないということで「入ってこい」と言われた。

G5は全く秘密のうちに開かれていた。今のように、「何月何日にどこで開かれる」といって、新聞の方々が皆来られるということは絶対になかった。だから、むしろ本当に自由な議論ができた。BISでは、中央銀行の総裁方が集まられて、お供をつけないで議論をし合うが、そういうところから人間的にも信頼し合うようになる。お互いに意見を言い合い、アドバイスし合って、「我々の経験はこうだから」ということを聞くような場所があるということは、私は中央銀行としては非常に幸せなことではないかと思う。ちょうどクロケット氏も日本に来ておられるが──彼はイングランド銀行出身で、今度BISの総支配人をお辞めになるが──、ああいう会議こそ、本当に役に立つ会議だ。

プレスの方たちに、「何を議論した、何があった、誰が何と言った」ということをいろいろ聞かれても、1日の会議でそんなに新しいことができるものでもない。ただ、皆がG7などで定期的に集まることによってお互いに知り合うということは、非常に大きなプラスだと思う。世銀・IMFが中心になって、世界的な問題をいろいろ議論した案を持ってきて、それを皆で議論し合うが──その中にはできるものも、できないものもあり、一つのことを決めるのにも大変な議論が行われるが──、そういうことは有益だと思う。皆さんは、日本がどう見られたか、どう言われたか、ということばかりに関心をお持ちになっているようだが、G7の中味というのは、各国経済について1時間か1時間半、皆で話し合うだけで、あとはそういう議論をしている。そこのところは良くご理解頂きたいと思う。世界がこのように変化しているときに、世界的な問題について──困っている国々をどうしていくかとか、実情はこうなんだとか、あるいはこういうことをやってみたらどうかとか──、IMFや世銀などの国際機関が中心になって議論する機会としては貴重だと思う。最初に会議ができたときの経緯からみれば、そういったものだと思う。

【問】

デフレの話についてお聞きしたい。G7でどのようなデフレの議論がされるかわからないが、中国の今の人件費を含めたコスト競争力の強さは、裏返すとデフレの輸出という格好で、日本だけではなく、米欧にデフレの輸出が浸透し、世界的にデフレが定着する可能性をもつ。もちろんデフレ脱却は大きな課題だと思うが、ある程度デフレを容認しないといけないような状況にあるのか、あるいはマイルドなインフレを容認し、それに見合った政策を採っていくのか。あくまでもデフレ脱却のため、プラスのCPIに持っていくために必死になってG7が政策協調すべきと考えるのか。そこはどのようなご判断か。またG7でどのように受け止めるべきだと考えているのか。

【答】

世界的な不況というのは、十何年ぶりか二十何年ぶりか知らないが、経済の大きな循環として波があるのは自然なことだと思う。1920年代、30年代にそういったデフレがあったが、戦争が起こって、軍備を作ったりしたということも、私はデフレ回避のために、直接、間接に影響力があったと思う。その後、大きな流れとして、ベルリンの壁がなくなって東西南北が一つの市場になって、エマージングの国も次々と近代化しつつ新しい産業を興していき、一つの市場で先進国も発展途上国も一緒に競争するといったようなことが起こってきたのは自然だと思う。

そうした流れの中で、人口の多い、賃金の安い国で同じモノができるのであれば──または部品を作ってもらってそれを使って安く売るということができるのであれば──、やはり競争には強くなるだろう。その結果、全体としてオーバー・プロダクションといったことが発生することは、十分起こりうることだと私は思う。

大きな波としては、世界的な不況は十分起こりうることだと思う。グローバリーゼーションの中で、東西の壁がなくなり、南北とも近代化していってサプライが増えていくといったこと、その結果として、世界的なオーバー・プロダクションを生み、需給ギャップが生まれることは、自然な一つの循環だと思う。

90年代は、ベルリンの壁の崩壊後、それまで軍需品などの生産に力を入れていて、本当の意味で経済の競争がなかった先進諸国が構造改革に踏み切り、自由競争を展開して、その中で生き残れる民間企業は生き残り、駄目なものは新しい生産性の高いものに変わっていきなさいということをやったのである。米、英はまさに90年代の構造改革で立ち直った。それまでは、米国は双子の赤字で、ドルも弱かったし、財政も赤字が多かった。英国もサッチャーが改革をやって立ち直って、あれだけの強い経済力のある国に変わった。ECはECで、欧州は一緒にならなければならないという動きが、ずいぶん前から──第二次大戦が終わった直後から──あった。私は50年代の終わりと70年代の初めに欧州に二度居たので、欧州の動きは良く知っている。70年代初めの頃から、"Snake in the Tunnel"と言って、トンネルの中の蛇のように為替の変動が自由な下でも、各国間で特定の交換レートをもち、その中で蛇がトンネルから出ないようにしようという案を作って育ててきた。それが今の通貨ユーロに繋がってきた。ずいぶん時間をかけて、そういう変革を踏まえながら、経済で先行き一体化することを考えてきた。

日本は戦後の復興、成長を一生懸命続け、平和が続いて、世界第二位の経済大国になったが、こうして国境がなくなりグローバライズされていけば、やはり政府が補助をしたり、外から入ってくるのを止めて日本だけでやろうとしてもそれはできないので、構造改革を始めているわけである。私はなるだけ早く改革を実らせていくべきだと思うし、そうすれば、いろいろな面で競争力も出てくるはずである。日本は元々生産性が高いし、労働力も非常に強い国だから、そういうものをうまく使って、生産性を高めて世界に売れる製品を売っていく、必要なものは買っていくといったことを始めるのが、今やろうとしていることであり、是非成功させていきたいと思う。これは、政治というものが先に立つものであり、今の小泉政権の考え方は間違っていないと思っている。

【問】

後継人事の話を聞きたい。一つは日銀総裁に求められる資質は何が一番重要かという点。もう一つは、時期の問題で、既に任期は1か月近くになっているが、このままいくと新総裁は、「来月やってくれ」とか「2週間後にやってくれ」、「10日後にやってくれ」という話になるとの危惧もある。速水総裁の就任までの期間が短かったのは仕方ないと思うが、今回は交代時期が決まっているのであるし、日銀総裁の任務の重みとして、余りにも準備期間が短いという気がする。その辺、時期についての要望があれば教えて欲しい。

【答】

1年位前であれば、そういうことをお話するが、今、もうここまできて、総裁はどのような人が良いかとか、総裁人事についてのコメントはするべきではないと思う。

【問】

時期についてはどうか。

【答】

それは何も言えない。私どもが決めるわけではないのだから。

以上