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総裁記者会見要旨(4月10日)
2003年4月11日
日本銀行
―平成15年4月10日(木)
午後3時から約50分
【問】
先日発表された3月短観の評価について、イラク戦争による世界経済への影響などによる不透明感の高まりから、景気の停滞感が強まっているような内容だという見方もある。また、先日、フセイン政権が事実上崩壊したという報道もされているが、このような状況を踏まえて、改めて日銀の景気認識を伺いたい。
【答】
2日前の会見でも申し上げたし、金融経済月報の中でも書かせて頂いているが、景気の現状というか足許の動きについては、確かに一部に持ち直しの動きもみられる──設備投資関連にそれが認められると思う──が、イラク情勢を含め、先行き不透明感が必ずしも薄まっていない──むしろ強まっているかもしれない──中で、全体として横這いの動きを続けている、というのが私どもの基本認識である。イラク戦争は、少なくとも現在までの動きでみる限り、短期シナリオという枠内で動いているようにもみえるが、今後戦争が終結して、経済にどのような影響が及んでくるのかという点を考えた場合でも、不透明な要素はなお多いというふうに思われる。
米国や欧州の経済指標をみると、足許は、むしろ弱い指標が出てきている。イラク戦争の影響が出ているのか、あるいは米国、欧州について、それぞれファンダメンタルズというか、より固有の事情が作用しているのか、これからよく見極めていかなければならない点も多いと思っている。
国内のほうは、確かに企業部門をみると、少なくとも経常利益のベースでは収益は改善傾向を続けているし、その一部を反映して設備投資も持ち直し始めている。ただ、世界全体として不透明感がなお強いので、企業の景況感は、収益が上がってもあまり改善していない、ほぼ横這いだという状況である。
短観については、私どもは景況感が特に悪くなったとはみていない。概ね横這いで推移しているとみている。従って、先行きを引き続き注意深く見守ってまいりたいと考えている。
【問】
今伺った景気認識を踏まえて、日銀としての当面の金融政策運営スタンスをお聞きしたい。
【答】
先月以来、ずっと戦争の状況などを注意深くみてまいった。まず第一に金融資本市場にどのような影響が出てくるかということにも大変関心を持って見守ってきたところだが、相当思い切って潤沢な資金供給を行い、おそらくその効果もあって、今日までのところ、日本の金融市場は比較的落ち着いた状況で推移してきている。特に金融市場のほうではそういうことが言えると思う。年度末も、格別の波乱なく終えることができたということである。
今後とも、日本銀行としては、引き続き潤沢な資金供給を行うことを基本に対処したい。金融市場の安定に万全を期すということが一番力点を置くところだが、同時に、この先デフレ脱却へ向けて一層努力するということで、金融緩和の波及メカニズムを強化することにもさらに努力をしていきたい。
こうした基本的な考え方の中で、一昨日発表した通り、日本銀行は、中堅・中小企業関連の資産を主たる裏付けとする資産担保証券について、市場を拡大しながら、時限的措置として金融調節上の買入れ対象に加えていくことを積極的に検討するという決定をしたところである。これも私どもの大きな考え方の中の一環として位置付けられるものである。
【問】
大手行が赤字決算、業績修正を相次いで発表しており、銀行セクターではこのところ株価下落が続いている。こういった状況で、金融システム不安に対する懸念が依然として根強いと思う。総裁は、金融システムの現状についてどのように評価されているのか伺いたい。
【答】
金融システムに対する市場の見方は、今おっしゃった通り、不良債権問題、あるいは株式含み損などの問題を背景にしているので、引き続き厳しい状況である。私どもも、市場と同様に、この問題については厳しく見続けている。
しかし、昨年来の動きを振り返ってみると、不良債権の経済価値の適切な把握や、それに基づく処理の加速、さらに産業・金融一体となった対応の重要性などが改めて認識され、現在、関係者が力を合わせて、この問題の早期解決に一層力を入れて取り組んでいるところである。
こうした努力が、今後実を結んでいって欲しいと切に願っているわけだが、そのためにも、金融機関自身が、不良債権の早期処理、保有株式の価格変動リスクの軽減のための努力を一段と進めていくことが非常に大切である。それに加えて、金融機関が自らの収益力の強化などの最も重要な経営課題に、これからはしっかりと取り組んで欲しいし、それが非常に必要なことだと思う。特に大手の金融機関については、大型の増資を実施した後であるので、資金を提供した投資家の期待にしっかり応えていく義務を負っていると思う。
日本銀行としても、日常の接触、あるいは考査、モニタリングを通じて金融機関の対応を促すとともに、必要なアドバイスも差し上げていきたいと思っている。広く言えば、今後とも政府と連携しつつ、中央銀行の立場から金融システムの信認の確保に向けてさらに努力を傾けていきたいと考えている。
【問】
総裁は、以前から公的資金の予防的注入に前向きな発言をされてきたが、今伺った金融システムの現状評価や、赤字決算、株価の下落傾向などを踏まえ、公的資金の枠組みの整備の必要性について、現時点でどのようにお考えか。
【答】
日本銀行の立場からこの問題を考えると、とにかく一刻も早く、またなるべく多くの金融機関が、金融市場に戻ってきて──戻ってきてという言葉が適当かどうかわからないが──、リスク・テイク能力をしっかり発揮してもらいたい。そうでなければ、金融政策の効果は十分に上がらないと考えている。そのためには、やはり必要な資本を十分に充実させた上で、前向きの経営体制に入っていくことが必要なのだと思う。
もちろん、金融機関の資本が不良債権処理によって仮に毀損されたとしても、将来の収益力の向上などについて、投資家が十分に信認を置くということであれば、当該金融機関にとって必要かつ十分な資本を市場調達することができるはずである。
しかし、すべての金融機関にそれを一度に期待することは、必ずしも現実的でない。何らかの事情で十分な市場調達が困難あるいはできないとか、金融システムを全体として見渡した時に安定確保のために必要な場合には、今後とも公的資本の注入も重要な選択肢の1つになるのではないかと考えている。
もちろん、現在の預金保険法でも、危機対応としての公的資金注入の仕組みが整備されている。しかし、金融機関が、なるべく早期にその期待される機能を発揮していくためには、危機に至る前の段階で資本を十分整えることが必要で、そのために公的資本を注入できるような道も考えていく必要があると思う。これは私の率直な感じである。
【問】
総裁は明日からG7に行かれるが、イラクの問題を含めていろいろ議論になる可能性があると思う。この問題について、戦争が終わりつつある状況を踏まえて、日本は具体的にどのような役割を果たすべきか。また、マクロ経済運営について、どのように対処していくべきか。かなり重いテーマについての議論になるかと思うが、総裁ご自身は、こういった問題についてどのように考え、発言されるのか。
【答】
G7に出席するのは、私は初めての経験であるので、きっと戸惑うことも多いのかなと思う。現時点では、イラク情勢を中心に世界経済全体を不透明感が取り巻いているが、さはさりながら、経済の実態が今後どのようなことになるのであろうか、という点について、できる限り各国の認識を揃えていくといったことがやはり出発点になるのではないか。
不透明だからわかりにくいというだけではなくて、そうした追加的なショック要因からくる様々なインパクトと、各国の経済がもともと持っているファンダメンタルズとしての問題点とをきちんと見分けながら、真の問題が何かということについて、できる限り皆の認識を一致させる努力をすることがやはり出発点になる。そうでなければ、その後の政策対応の議論についても、正しい方向性が確認しにくいのではないかと思っている。
【問】
例えば、日本について言えば、かねがね金融問題を含めて非常に脆弱な体質であると総裁も言われていた。ショック要因が改めて生じると──特に日本経済はそのような要因に弱いとなると──、政策対応を含めて、いろいろ必要な道というものを探らなくてはならないということもありうると思う。こうした点を踏まえて、総裁は、これまでの政策あるいは今後の政策のスタンスについて、G7でどのように説明されるおつもりか。
【答】
日本経済については、塩川財務大臣と私との間に基本的な認識の相違はないと思っている。従って、経済の現状、そして日本経済が引き続き持っている脆弱な点ということについては、大臣も私も正確に認識していることを各国の方にお伝えすると同時に、我々が現在進めつつある政策体系の全体が、そこに焦点を当てて進められているということを、きちんと説明しなければいけないと思う。特に、金融政策については、私が責任を持って説明をさせて頂きたいと考えている。
ただ、日本経済だけが大きな問題を持っていて、他の国に大きな問題がないかと言えば、私は必ずしもそうではないと思っている。特に、最近の状況をみていると、米国経済についても少し弱い指標が出てきているし、欧州経済についても同様のことが言える。アジアは、中国を中心に、目下のところ順調な国が多いが、もし欧米諸国の経済が少し変調していくということであれば、その影響は必ず及んでくる。また、アジアにはもうひとつ、全く掴みどころのない新型の肺炎の影響という新しい不可測な要因も出てきているが、世界経済全体としての問題点だということを、皆でシェアする必要があると考えている。従って、他国の経済の問題点についても、率直な意見交換をしたいと思っている。
【問】
昨日発表されたIMFのレポートの中で、日本に関する部分について、「日銀は中期的にはインフレーション・ターゲットを設けたらどうか」というくだりがあったかと思うが、インフレーション・ターゲットの導入についてどうお考えか。もう一点は、今日も株価は日経平均が8,000円割れの状況だが、3月期決算が出揃ってくる5月までに、日銀が銀行からの株買取りのペースを一段と加速する可能性があるかどうか、その二点について教えて頂きたい。
【答】
少し異なる2つのご質問を受けたわけであるが、IMFはワールド・エコノミック・アウトルックにおいて、世界経済見通しの数字を少し下方修正している。日本についても下方修正しているが、世界全般に下方修正している。特に、欧州の中でもドイツについて下方修正が大きいかなという状況である。それぞれの状況に対応した政策のあり方が、真剣に議論されるのだろうというふうに思う。
日本の場合について、インフレ・ターゲットということが各国共通の議論になるかどうか私には全くわからないが、日本銀行としては、インフレ・ターゲットという主張の中に秘められた1つの重要な要素、つまり政策の透明性向上という点は十分自覚しているわけで、既に前回の政策決定会合でも最初の議論が始まっている。政策の透明性向上のためには、これからも議論のレベルをさらに高めて、実際に我々の政策プロセスの透明度がさらに上がるような工夫を出していきたいと思っているので、そういう議論に対しても我々は十分対応できるというふうに考えている。
それから、株価が今日も8,000円を割っているかと思うが、市場に詳しい方に聞くと、短期決戦シナリオ通りに戦争が終わりそうだということを織り込んだ後の株式市場の動きというものは世界共通で、昨夜の米国においても全くその通りに株価が動いた。織り込み済みの部分を抜きにして考えると、この先本当に米国経済はどうなのかということで少し株価が下がった。その後、今日は、日本を含めた世界中の株価が影響を受けて動いたということだと思うので、まさに今週末のG7での議論の対象となる世界経済そのものの反映というふうに思われる。従って、日本だけの特別の対応ということを今すぐ考えるよりは、まずG7でよく議論するということのほうが大事かなと思っている。
【問】
株の買取りペースを意図的に速めるといったお考えはないということか。
【答】
日銀による銀行保有株式買入れについては、我々は枠を広げて、言ってみればキャッチャー・ミットを大きくして、構えているようなものであり、必要があれば銀行がどんどん投げ込んで下されば良い。銀行経営から株価変動リスクを切り離して欲しいというのが私どもの願いでもあるわけなので、キャッチャー・ミットを大きくして構えて待っているということである。
【問】
いわゆる不良債権問題という「目詰まり」について、日銀としては考査などを通じて解決を促していくということであるが、金融政策の効果がなかなか波及していかないという現状を目の当たりにして、「目詰まり」に危機感の強い日銀として、もっと強くその部分の解決を促していくための方法、あるいはお考えというものはあるのか。
【答】
日本銀行独自でということに限らないで、少し幅を広く考えると、いわゆる「金融と産業の一体的処理」と非常に長い間言われてきたが、産業再生機構というものがいよいよこれから機能発揮の段階を迎える。金融機関が抱えている問題企業の処理が、企業再生というかたちで上手く処理されていくとすれば、金融機関だけが苦しんできた問題の処理が、産業の面からも促進されていくということである。我々は産業再生のために特別の知恵を持っているわけではないが、産業再生機構の業務開始にとどまらず、産業の再生に絡む民間のノウハウというものもだんだん広がって、かつ蓄積もされてきている。そうしたことが上手く動員されながら、産業・金融両面のアプローチによる同時解決というかたちで──もし我々が必要な知恵を持っていればそこにお貸しすることができるし、あるいはいろいろとご相談があれば、我々もそれに積極的に対応しながら──、不良債権問題の処理を促していくことができるのではないかと思う。今までよりはそういう戦線が少し広がったし、これを積極的に活用していくことは大事だというふうに考えている。
【問】
先般発表された資産担保証券の買入れや、その前に発表された銀行保有株の買取りは、結局、政府が財政政策等でやるべきことを日銀が肩代わりしてやっているのではないかという指摘があるが、これについてどうお考えか。
【答】
日本銀行が、自己資本をよく眺めながらリスクを取ってやらなければいけない問題だということ──政府と日本銀行の役割の接点の、微妙なところで仕事をせざるをえなくなっているということ──は事実だと思う。しかし、実際に我々が手を染めているところは、あくまで市場を中心に考えていることをよくお考え頂きたいというふうに思う。例えば株式の問題にしても、市場の中で、持ち合い解消という動き──日本の金融資本市場の将来の姿につながる動きであるが──が経過的に金融システムにショックを及ぼす、あるいは金融政策の波及過程の障害になるということであれば、広い意味で市場の問題として、できる限り手を貸すということが、我々自身の政策目的達成のためにも必要ということである。資産担保証券の買入れについても、前回ご説明申し上げたように、日本の将来の金融資本市場の姿──銀行貸出市場と広い意味の市場金融、これとの相互乗り入れの世界──を広げていくであろうと思う。市場作りというのは、政府の仕事というよりはまず日本銀行の仕事だと認識しているので、そこのところで日本銀行がどこまで手をお貸しすることができるかという捉え方をしている。私どもは、常に限界をはっきり認識しながらやっていくということを、明確に申し上げたいと思う。
【問】
資産担保証券のようにリスクがある商品を買っていくことになると、日銀の財務の健全性等はどうするのかという話になるが、例えば引当をすることになると、今の法律でいうと政省令等の改正が必要になってくるのではないかと思う。そういったことも視野に入れてお考えなのか。
【答】
我々としては、なるべく、そういう法令上の改正措置を伴わない範囲内で運用していくという第一義的な責任を持つというふうに思っている。一足飛びにそこまで視野においてものを考えるということではないと思う。
【問】
会計制度について伺いたい。現在与党では、議員立法で時価会計の凍結および減損会計の先送りについて検討しているが、とりわけ減損会計の延期については、不良債権処理の先送りになるのではないかという懸念もある。また、国際的な会計基準に照らし合わせても、時価会計の凍結、減損会計の延期がなされた場合、日本経済に対する信認が低下するのではないかという懸念もある。こうした点につき、総裁の見解を伺いたい。
【答】
確かに難しい問題という感じがしないでもない。私もつい最近まで民間にいたが、多くの企業経営者の話を聞いてみると、毎日毎日大変な企業努力をして利益を上げても──少なくとも経常利益の段階では、想定通りあるいはそれ以上の利益を上げても──、市場価格の変動によって、最終利益の段階では全部吹き飛んでしまう。これは大変なことである。こうした状況に対するコンプレイント(不満)というか、企業経営者の問題意識が非常に強いと感じていたことも事実である。
確かに、短期的な市場価格の変動が、企業財務、あるいは金融機関の財務、会計面に大きな影響を及ぼすと、実際に事業をしている方からすれば、間尺に合わない気持ちが生まれるといった問題があることは事実であると私も感じている。
しかし、同時に、時価会計というものはそれほど欠点ばかりではない。本質的には、その時点での企業価値というものを、投資家に対して的確に情報提供するという非常に重要な役割があり、長い目でみれば、この役割は非常に大切である。企業が国内的にも国際的にも、ますます厳しい競争に打ち勝っていかなければならない環境を考慮すると、投資家に的確な情報を提供するのは、企業にとっては生命線とも言える大事なインフラである。従って、時価会計の持つ意義はやはり非常に大きいと考える。
しかしながら、この問題については非常に専門的なレベルの議論が必要である。我が国の場合には、財務会計基準機構というしっかりとした機構があるのだから、専門家の知恵がさらに集積されて、きちんとした結論を出して欲しいと思っている。
【問】
本件は、与党が旗を振って話を進めているような状況にあるが、今のお話は財務会計基準機構ときちんと話し合いをした上で、検討していくべきだということか。
【答】
財務会計基準機構の方とお話申し上げたことはないが、おそらく機構の方も、政界のほうでそういった動きがあれば、きっと無関心でおられるわけがないだろうと想像して、申し上げたわけである。
【問】
先程、物価というか、インフレ目標のところで、「透明性を高める工夫」ということをおっしゃられた。確か日銀は3年前に、今の新日銀法が定める「物価の安定」ということについて、多少定量化する、あるいは数値化することができるかどうか、という検討をされて、それは難しいという結論を暫定的に出していたと思うが、その辺りについて、改めて議論するという意味合いで言われたのか。
【答】
お尋ねの趣旨は、私が着任するよりも前の段階の政策委員会でそのような議論があったではないかというお話か。
【問】
3年前に、新日銀法が日銀の理念として「物価の安定」ということを定め、その「物価の安定」という抽象的な文言を、インフレ率などのもう少し具体的な数字で示してはどうかという検討をされて、一旦はそれは技術的に難しいという結論を下されていた。そういった検討作業を再び行うようなおつもりがあって、物価について「透明性を高める工夫」ということをおっしゃったのか。
【答】
新日銀法は、3年前ではなく、ご承知の通り5年前から施行されている。日銀法の中で、「物価安定目標を数字的に掲げよ」というふうには書いていない。おそらく、おっしゃった趣旨は、3年程前なのか、当時の政策委員会で、仮に数値的に物価安定目標というものを示せないか、あるいはそういう定義ができないか、という議論があったのではないかとのお尋ねかと思う。
私も、以前の議事要旨をかなり読んでいるほうなのだが、すべてを読んでいるかについては自信がない。しかし、私が読んだ限りにおいても確かにそうした議論が前に行われ、必ずしもそういう数値的な目標を外に出そうという結論には達しなかったという記録が残っているように思う。不正確であればお許し頂きたいが、私の記憶の中には残っている。
こういう問題は、今後とも、数字で物価安定目標を示すか、あるいは、何か安定の定義というものを示すか、ということだけに限らない。私が先程申し上げたのは、これから本当に日本銀行がデフレ脱却を確実に果たしていくために、我々が様々なステップを踏んでいく、それが実際どういう効果をもたらしていくか──どういう道筋でそれを実現しようとし、それが実際にはどういうプロセスを経て実現しつつあるか、あるいは実現の過程が困難になりつつあるか──といったことを、より正確に世の中にお伝えしたいというような少し広い意味も込めて申し上げているつもりである。もちろん、前に議論したことで実現しなかったことだからもう二度と取り上げないということではなく、数値的に何か目標なり定義なりというものを掲げることが、やはり全体の透明性向上のために必要かどうか考えてみたい。そこを議論する必要があるということであれば、過去にどういう議論がなされたかに拘らず、改めて取り上げるということもやぶさかではない。
【問】
金融調節の長期金利への影響に関してお伺いしたい。日銀が国債買切りを始めた時は、長期金利も時間軸効果とか物価とか景気の見通しによって下がってきていたと思うが、買切り額の増額により、国債市場における日銀の買い手としての割合が大きくなり、福井総裁の「中央銀行は資産価格に影響を与えるべきではない」という発言に反して、実際には資産価格に影響を与えているような感じがする。日銀がコンスタントに国債を買うことによって、長期金利が実際のファンダメンタルズと比べても下がり過ぎてしまうようなケースが生じているのではないか。
【答】
ご指摘の通り、現在、長期金利はかなり低い水準まで下がっている。今日の水準も0.6%台にまで下がっているということなので、市場関係者の見方ももちろん分かれているが、一部では、「少し低いところまで下がり過ぎているのではないか」、「日本銀行が長期国債を買い過ぎているのではないか」ということをおっしゃる方も確かにいらっしゃる。
私どもがどうみているかということだが、今の長期金利は、広い意味で経済全般の先行きに対して人々がどうみているか、また、どういうところを不透明とみているか、というふうなことを反映した動きではないかと基本的には思っている。ご承知の通り、イラク戦争が始まって以降、日本銀行の市場に対する流動性の追加供給量も非常に大きいわけだから、需給要因から追加的に長期金利を押し下げているという部分も限界的にはあるかもしれないと思っている。しかし、目下のところは、やはり経済の先行きの見通し──日本だけではなく、先程も申し上げた通り、ここのところ米国、欧州の経済指標も少し悪いものが出ているということ──も、市場は敏感に感じ取っているのではないかとみている。
【問】
そうすると、先行き、もう一段当座預金残高の引き上げが必要となり、資金供給手段として国債の買入れを考えるような状況になった場合でも、その時点で長期金利が非常に低い水準であれば、日銀としては国債買入れの増額を行うことが難しいと理解して良いのか。
【答】
従来からも、長期国債の買入れというものは、日本銀行の買いオペレーションの1つの大きな軸になっているが、それだけではなく、短期的な債券についても買入れを行っている。マーケットの地合いに対して、中央銀行である日本銀行のオペレーションが価格形成を歪めることがないかということに関しては、実際、金融市場局のオペレーターは非常に神経を使いながらオペレーションをやってきている。これは従来からもそうであるし、今後ともマーケット・オペレーションの実行に当たっては、オペレーターが市場の感触を探りながら──特にイールド・カーブの長期の部分については我々はなるべく中立的にオペを行いたい、しかし大量に流動性を供給する必要がある時には長期債のオペも行う、という難しさがあるが──、その都度判断していくということになっていくと思う。
【問】
今回、初めて参加されるG7、それから今後のG7において、福井総裁ご自身として強調しておきたいこと、あるいは日本として主張していきたいことがあれば伺いたい。
また、イラク戦争は終結の方向に向かっているが、報復テロの経済に与える影響が懸念されていることについてはどういうご認識か。特にこれからワシントンへ行かれるわけだが、ご自身を含めて不安のようなものはないか。
【答】
テロの問題がどうかと言われても、私にもなかなか答えるのは難しい。もう少し一般的に言うと、私は、イラクでの戦争が終わった後の姿というものは、地球上で様々な価値観の相克がますます厳しくなると思う。グローバル化が進む中で、なおかつ価値観の相克が強まるという複雑な世界になっていくのではないか──この部分はかなり私見であるが──、というふうに思っている。
しかし、どんなに世界中の価値観の相克が強まろうと──今回に限らず、今後G7の場等で世界経済を巡り、議論が行われていくであろうが──、経済というものが、地球経済というかたちで一体的に運営されることの重要性はさらに強まっていくものと思う。政治的、社会的あるいは思想的な価値観の相克が強まっても、経済の運営に関しては、きちんと協調が図られていくような努力の場として、G7の場を引き続き重要視していく必要があるということではないかと思う。
従って、日本の立場から言うと、世界経済に大きなウエイトを占める日本経済が、世界全体の発展にきちんと寄与できるような姿かたちにもっていくように、どこが問題で、どこにどういう手当てをしていて、今どういうプロセスになっているかということを、世界の人々に明確なメッセージを送っていく必要がある。それとの平仄で、各国の経済運営において、インターフェースがきちんと揃っているかどうかについて、我々なりの見方も明確にお伝えしていく必要があるわけで──その点では従来とは変わらないと言えば変わらないのだが──、これからの地球上の経済の運営というものは、厳しい価値観の相克の中にあっても一体であるべきだと思う。この切り口の違いというものをどうやって確立していくか、従来とはまた違った努力がいるのではないかと思っている。
【問】
小泉政権がもう少しで丸2年となる。総裁は、民間におられた頃から、小泉改革というものに対してかなり支持をされていたと理解している。ここへきて、ややもたつき始めているという声もあるし、実績が出せない、改革も上手くいかない、場合によっては景気のほうも危うい、といったような悪い評価も出ていると思う。総裁ご自身、これまでの2年間を含めてご覧になって、はっきり言って政府の運営に合格点を与えられるか。今後、政府はどのような政策を期待されているとお考えか。
【答】
民間にいたときは、小泉内閣を支持するとか、支持しないとか、割と明確に立場を言うことができたと思うが、日本銀行の立場で小泉政権を支持するとかしないとかは、なかなか明確にできない。大変申し訳ないが、そこは申し上げられない。
しかし、小泉内閣の下で、もう実質2年経過して、何も良いことが起こらなかったかというと、私は、かなり実態的な構造変化が進んできていると認識している。民間の努力と政府の努力、そして中央銀行の努力というものは、そう嘘ではなくて、かなり前進してきている部分もある。
産業界では、構造改革の成果が水面上にくっきり浮かび上がったというところまでは未だ来ていないけれども、過剰投資の調整とか、コスト高の調整とかいったものは、大変な苦労をしながら相当進んできているのではないか。その証拠に、最近になって、売上があまり伸びなくても収益が上がるようになっている。その収益のかなりの部分を引き続き過剰投資の調整に回しているけれども、前向きな設備投資にも少しずつ回そうという段階になってきていると思う。
アジア経済全体の中の日本ということを考えても、中国をただ脅威として捉えるという産業界のリーダーは、非常に少なくなってきている。中国と日本との間、あるいはその他のアジア諸国との間の相互依存関係──輸出も増やせば、輸入も増やす──というパイプが太くなっていく新しい経済の仕組みが、民間の努力である程度進んできているという面があると思う。
金融機関のほうも、「努力が足りない」と非難の対象になってはいるが、やはり過去10年以上の時間をかけて、相当多額の不良債権を処理してきた。そして、これからは、民間資金を増資というかたちで集めて、単に不良債権の処理だけではなくて、投資家の期待に応えるように新しい収益性モデルを築かなくてはならないという段階まできているわけである。
構造改革推進という政府の大きな政策体系の下で──日本銀行は市場に対するショックをきちんと封じ込めるというかたちで、それをサポートしてきている──、その成果が着実に出てきているという面もあると私は考えている。
そういう意味では、構造改革推進政策そのものは、私はサポートしていると申し上げて良いと思う。小泉政権を支持しているかどうかは、政治的な問題であるので、ちょっと別だと思う。
【問】
新型の肺炎が経済に与える影響について、先程総裁は「不可測だ」とおっしゃっていたが、この問題に対する現状認識について、もう少し詳しく教えて頂きたい。また、アジアの一国として、G7でこの問題についてどのようなかたちで報告されるのか、先程おっしゃったように世界経済全体の問題としてシェアしていく必要があるのかどうか、その辺りについて伺いたい。
【答】
直接的にはツーリズム、観光事業に対して影響がかなり出始めていると聞いている。
それから、アジア、特に中国は、世界に対していろいろな資材、商品の供給基地になりつつあるわけで、いわば世界のサプライ・チェーンの中枢みたいなものに段々なってきている。そういったところが、新しい病気によってどの程度ダメージを受けるかということは世界経済的な問題だと思う。この点については、なかなか正確な情報を今のところは掴みえないが、そういうリスクにつながりかねない大きな問題であるのかもしれないということは十分認識している。
【問】
G7の関係で一点伺いたい。前回のG7で、塩川財務相は、WTOの加盟国については為替相場を含めて市場はできる限り自由化すべきだ、という議論を主張されたと聞いている。福井総裁としては、自由貿易経済の中で──市場あるいは相場の自由度は各国それぞれ違うと思うが──、市場に関する規制を設けることについて、どういう認識でおられるか。
【答】
WTOに加盟した国は、なるべく市場経済原則に沿った体制を早く整えるべきだし、そうした行動を取るべきだということは正しいと思う。ただ、WTOに加盟したから非常に短時間のうちにすべて実現すべきだ、ということが現実的かという点は、少し別の問題でもある。将来に向かって、ある時間軸の中では、そういう方向性は正しく持ってもらいたいし、WTOに加盟した国はすべてそういう方向性を持つべきだということは正しいと思う。
以上