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田谷審議委員記者会見要旨(5月29日)
2003年5月30日
日本銀行
——―平成15年5月29日(木)
午後2時から約40分間
於 高知新阪急ホテル
【問】
先程まで行われていた金融経済懇談会を終えての印象等を伺いたい。
【答】
まとめると3点になる。1点目は地元経済に関連するもの、2点目は全体の経済に関連するもの、3点目は金融に絡む論点についてである。
1点目の地元経済に関連した点では、多くの方から東京との格差が非常に大きいことについて、色々な実例を引きながら話があった。例えば、生活保護を受けている人の比率——これは高知市の場合だそうだが——はここ2年でかなり上昇して、現在では1,000人当たり26.1人にのぼっているとのことである。やはり目立つのは消費の減退であって、その背景には、社会保障にかかわる将来への不安があるということであった。また、高知市の場合、大型小売店の撤退、あるいは進出が様々な問題を引き起こしており、そういう問題に対応するのが難しいという話があった。高知の場合、特にサービス部門のウェイトがかなり高いということで、この地域の活性化にはやはり観光振興だろうということだが、観光は日本全体でみるとゼロサムゲームに近いところもあるので、プラスサムにつながる持続的な努力をしていかなければならないという話があった。その一つの具体例として、オランダのフラワーショーでグランプリを獲った『グロリオサ』という花の輸出を手掛けているという話を聞かせて頂いた。
2点目は全体の経済に関連した点である。景気が悪いというのは、需要に対して供給が過大である、あるいは供給に対して需要が不足しているということであるが、これに関連しては、先ず需要喚起という点では日本銀行も今までにない政策を採って積極的だという声を頂いた。その一方で、財政、税制、金融を一体的に発動しないと、なかなか意味のある需要対策が出来ないという話もあった。供給サイドについては、雇用の調整も絡んでくるので、この分野は政治の決断と調整がどうしても必要になってくるとの指摘が異口同音にあった。
最後の金融に絡む問題点では、中小企業金融について間接金融の役割が重要ではないかという話があった。地域の中小企業に密着して、経営問題が生ずれば経営指導あるいは相談をもっとやっていく中で、間接金融の果たす役割が重要であるという話があった。私どもが現在検討しているABS買い入れについては、その効果が本当の中小企業あるいは零細企業にまではなかなか届かないのではないか、そのあたりの事情をもう少し考えて頂きたいとの話もあった。それから、金融に絡む話として、土地担保金融がまだ一般的なわけであるが、これだけ地価が下がってくると担保不足問題が起こってくる。その点では、土地担保金融からの脱却を金融界ももう少し真剣に検討してもらえないか、例えば、経営者の資質などをみてお金を貸してもらえないだろうか、という話が聞かれた。金融機関サイドからは、これはどこでお尋ねしても同じような声が出てくるわけだが、やはり資金需要がないということであって、金融機関サイドはなるべく需要があればそれに応える姿勢は持っているし、それだけの力もあるとの話であった。
以上が懇談会で出たポイントである。
【問】
挨拶要旨の中にあった前回、前々回の追加緩和に関しての件であるが、これをみると田谷委員は「なお書き」対応を主張されたように受け止められる。20日の決定会合に関しては反対票を投票されたということなのか。
【答】
決定会合の議事要旨が出るまでは、私がどういうことを発言したか、どういう投票行動をしたか、については申し上げられない。ただ、挨拶要旨に書いたとおり、前回同様、足許のマネーマーケットがかなり落ち着いている状況下で、予防的に当座預金残高目標を引き上げることには難しい点があるのではないかと思う。そういう理由で当座預金残高目標を引き上げ続けた場合、マーケットは何をみて日本銀行の行動を予想したらいいのか非常に分かりにくくなるのではないかと思う。直接的な答えではないが、私はそのように考えている。
【問】
先程の3点のポイントについてであるが、これは他の地域を回られた時でも大体同じようなことを感じたのか、それとも、高知の特徴が特にあったのか教えて頂きたい。
【答】
土地担保金融からの脱却に関しては、随分長い間議論されてきていることだが、実際に経済界の方から、具体例を挙げて「こういうやり方から脱却して頂きたい」と言われたのは初めてである。また、資金需要がないという話は、——そんなにたくさんの地域を回っているわけではないが——どこに行っても聞かれることである。だから、日本銀行が金融緩和径路をいくら強化しても、なかなかその効果も需要がない限り出ないとよく言われる。だが、我々に出来ることをやっていこうという趣旨から一連の措置を実施してきたし、これからもやっていこうと思う。資金需要がないということは、各地共通の話である。また、ABSについては、つい最近構想を公表したばかりなので、この件に対して地方に出かけて行ってコメントを頂いたのは初めてである。地域金融機関による中小企業金融一般については、大手銀行とは少し違う面があるのではないか——最近ではよく「リレーションシップバンキング」という言葉で鋭意検討もされてきているが——といった点も各地共通の話題であると思う。
【問】
因みに、これまで、こういった会合に何ヵ所くらい回ったのか。
【答】
1年にだいたい2、3度、私ども各委員は地方に出掛けて色々な声を聞かせて頂いており、都合6回目くらいではないか。任期5年のうちで私は3年半経ったところであるので、概ね順調に回れていると思う。
【問】
当座預金残高目標の引き上げについて、予防的ということを言い続けると、日銀の行動に対する市場関係者の予想がしにくくなるという意見には共感を覚える。一方で、挨拶要旨の中で「そもそも量的緩和レジームは少々の金利の振れは容認するはず」とある。これは2001年3月の量的緩和の出発点ではこういう考え方もあったと思う。ただ、これまで実際に繰り返し行われてきた量的緩和の結果をみると、殆どそういった金利の振れすらも容認しないようなかたちで金利を押しつぶしてきたのがこれまでの量的緩和の実際ではなかったのか。
日銀の行動に対して市場関係者の予想がしにくくなるというのはおっしゃるとおりであるが、一方で市場関係者が的確に予想することの目的や狙いは、金融緩和の尺度がはっきりしていないとそもそも成り立たない話ではないかと思う。
金融緩和の尺度としては、金融システム不安が起これば、金利の振れが生じて上昇して、それを抑えるために当座預金残高目標の引き上げを繰り返してきたわけである。それを予防的に行うということにはどういう意味があるのかという疑問に私も共感する。引き上げたところを出発点にさらに金融システム不安が生じれば、また引き上げるということを繰り返してきたわけで、引き上げれば引き上げるほど、金融緩和が強まったと言えるのかどうか。金融緩和の尺度はこの量的緩和の中で一体どこにあるのか。仮に、この尺度がないとすれば、金融緩和をやっているのかどうか、判断できないわけで、金融政策として適切に対応しているのか、という疑問も生じると思う。この2点についてお伺いしたい。
【答】
第1点のそもそも金利の変動をある程度容認するレジームであったはずであると私がいったことに対する質問については、それは程度の問題であろうと思う。例えば、1,000分の1刻みの0.001%にピタッとはりついていた状態が一方にあって、もう一方で、0.01%ぐらいまでといった——具体的な数字はその時々で異なるが——少しくらいの金利の変動は容認するはずだったし、してきたと思っている。それ以上の市場の不安定性に対して私どもは当座預金残高の引き上げで対応してきたということであると思う。従って、尺度ということでいえば、マネーマーケットにおける市場金利の変動の程度で当座預金残高の変更を考えるということであるから、今回の場合、そういう変動が私の目から見ると、それほどなかったという判断があったし、そのようにマーケットでも受け止められていたのではないかと思う。
それではラチェット効果のように当座預金残高がどんどん膨れていくけれども、それが緩和効果の度合いを示すものではないのではないか、という質問であるが、そもそも量的緩和が狙っていたものは、2つあると思う。1つは、足許の金融市場の安定化を図ることにあった。それはそれなりに実現してきたと思うし、究極的には経済の安定化にも有効であったと思う。
ただ、第2点のポートフォリオ・リバランス効果と言われる部分については、量的緩和を進めれば進めるほど、何らかの効果が出てくるはずであると考えられる。では、実際にどの程度の効果があったかと言うと、私はそれなりにクレジット・スプレッドを縮小してきた効果はあったと思うし、今でもあるのではないかと思っている。しかし、それが日本のような間接金融中心の経済の下では、私どもが期待するほどの経済に対する大きな効果は及ぼしてこなかったということではないかと思う。
【問】
程度はともかくとして、少しくらいの金利の変動は容認するはずだったし、容認してきたとのことだが、今回はそれほどではなかった、つまり量的緩和の尺度は結局のところ、金利変動だったということになるのか。
【答】
これは、そもそも論になるが、量的金融緩和というレジームを採用した時、ある一定の目標値は決めるが、市場の不安定性があった場合にはこの限りではないと但し書きをつけていた。では、但し書きがどういう時に、どういう基準で発動されるのかというと、金融市場の不安定性というのは、典型的には金利の動きによって判断されるわけであるから、そういうものを初めからある程度持っているレジームと理解して頂ければよいと思う。当初、政策を採用した時のステートメントには、「主たる操作目標を日銀当座預金残高にする」というような言い方をしている。なぜ「主として」としたかと言うと、完全なる量的レジームではないというところにあったと、個人的には思っている。
【問】
だとすると、2つ効果があって、ポートフォリオ・リバランス効果については全否定はしないが、今のところ期待できるほどの影響はなかった。もう一方で、量的緩和を巡って様々な弊害なるものが言われているが、仮に弊害なるものがこれ以上やると大きくなるという判断、あるいはこのままだと大きくなるという判断があった場合には、金利というものをより重視する金融調節に戻るということも論理的にはありうるのか。田谷委員は挨拶要旨の中で「論理」ということを言われているので、やはりいろんな意味で「論理」がなければ、それこそ市場自体が日銀の行動を一層読めなくなるわけで、論理的にはそういうことがありうるのか。
【答】
2番目の量的緩和の効果に関するポートフォリオ・リバランス効果については、私は「あった」と言っているが、なかなか期待どおりの規模では起こらなかったということである。従って、それを主たる根拠として、金融市場の不安定性というものがないにもかかわらず、当座預金残高目標をどんどん引き上げていくことが景気対策であるというのは理屈からいって弱いのではないかということである。
【問】
それでは、金融政策というものはマクロの経済政策としては、ある種、何をやっても効果がないというところまで言えるのか。
【答】
私どもは、金融市場の安定確保をこれからも続けていくと言っている。挨拶要旨の中で、「論理的に弱い」とあるが、色々な条件を付けている。例えば、「クレジット・スプレッドがかなり縮小してきているような状況下での景気下振れリスクなどに対して」というふうに条件を付けているわけである。いつも量的緩和が手段として弱いと言い切っているわけではない。
繰り返しになるが、最近の状況下で、金融市場が不安定化していない環境があった場合、必ずしも当座預金残高目標を引き上げるということがなかなか正当化しにくい状況にあるということだろうと思う。
これは余談だが、アメリカのように直接金融市場が大きくて、社債・CPが銀行貸出に対して1.5倍あるような経済において、例えば量的緩和がクレジット・スプレッドを縮小させる効果を持っているとすると、それはそれでかなり効果のある景気対策にもなりうると思う。
【問】
現在、CPIが安定的に0%以上になるまで量的緩和を続けるというコミットメントがあるが、現在の量的緩和政策の中で政策転換する場合のメルクマールになるのは、コミットメントそのものなのか。あるいは別にあるのか。例えば現在の当座預金残高目標を引き下げたことを、引き締めと受け取るのか。今まで一方的に当座預金残高が青天井のように積み上がってきた中で何をもって政策転換のメルクマールとして考えればよいのか。
【答】
まず、少なくとも、最近のような超金融緩和スタンスをCPIの前年比が安定的に0%を超えるまで続けるということがコミットメントである。実際にそうなってきた場合、その時はどうするのかという質問だと思うが、その時は量的緩和レジームの中で残高目標を引き下げるのか、あるいはそれを維持したままで何らかの方策を採用するのかは全く分からない。しかし、自然に考えれば、当座預金残高を所要準備に近付けていかない限り、短期金利は上がっていかないはずである。理屈の上で考えると、当座預金残高目標を引き下げていくということが一つの引き締めのルートだと思う。そして、その時の経済など色々な状況によるが、望ましい物価変化率というものを何パーセント程度、あるいは何パーセント程度以下、さらにはあるレンジの物価変化率で示すという必要性も出てくると思う。従って、インフレ参照値に対する、今現在の私のスタンスとしては、それについて今何かをいうことがプラスのメリットを持つかということに対しては懐疑的であるということだ。
【問】
今日の金融経済懇談会で出た話として、田谷委員がまとめられた中の地域金融の機能という点について質問したい。四国の地銀・第二地銀8行のうち6行が赤字決算となる状況であり、なかなかリスクを取って、土地担保金融から脱却できない状況にある。今回、高知に来てこういった地元の声を聞かれた成果を、どういうふうに持ち帰り、日銀の金融政策の中で活かすのか。
【答】
例えば、昨年10月に「不良債権問題の基本的な考え方」という文書を公表したが、これは我々がどういうふうに不良債権問題を考えているのか、どういうふうな方式でこの問題を解決の方向に持っていけば良いのかということを議論したペーパーである。それは、それなりにインパクトがあったと思うし、その後の金融再生プログラムやその他一連の動きにも影響したと思う。それと同時に、先程お話したとおり、大手銀行と地方の銀行の役割、あるいは経営の在り方には違うところがあるのではないかという議論も実際に行われている。こうした一連のプロセスの中で、我々が地方で経験したことや聞いてきた声は、役立てる、有効に使うという努力はしているつもりである。
先程、高知で出た話題はどこででも聞かれる同じ話か、それとも違うのかという質問があったが、地域金融機関の場合、大手銀行と同じように資産の査定をし、引当あるいは償却を機械的・非弾力的に行っていくことは本当に難しいと、どこの地域に行っても聞くし、それが実態であろうと思っている。
【問】
昨日、地元の企業をいくつか回ったそうだが、高知に来る前の印象と、来てからの実際の印象で、高知も頑張っているなと思われるところがあればお伺いしたい。
【答】
実際に企業を回った印象としては、かなり元気で利益を上げられているところもあると思う。今の株式市場はかなり低迷しているし、調子もよくないが、そういう中でも、バブル期を含めた期間で見ても高値を更新している銘柄が結構ある。そういう中にあって、このところ中・小型株の調子がよい。それと直ぐに結び付けるわけにはいかないが、高知において、実際の例としてそういう2、3の企業に行かせてもらうと、すごく気持ちが明るくなる。良いところばかり見ずに他も見なさいとの声があるかも知れないが、実際に、はりまや橋のデパート跡も見たし、東京のオフィスでペーパーをみているだけでは分からない点が随分あると思った。どちらの印象かという結論であるが、かなり強いプラスの印象を持っている。去年の末にも函館に行ったが、かなりユニークな会社があって、元気付けられたところである。
どんな分野でも、特にモノ作りの分野に関しては、中国との競争がどこに行っても問題になる。そういう中にあっても、ある程度の期間、競争力を持ち続けられるように皆さん考えているなという印象がある。今日現在、中国が競争相手でないとしても、常にそこを頭に入れて考えているということをどこに行っても気づくし、昨日行った企業でもそれが印象に残った。
【問】
はりまや橋のデパート跡地の話が出たが、高知の顔に位置する場所にも拘らず、なかなか跡地利用が決まらない。こういった事象は全国どこにでもあると思うが、それについてどのように思われるか。
【答】
先日、アメリカ連邦準備理事会のグリーンスパン議長が日本経済について話をした時、日本経済の問題は参入退出が充分な規模、スピードで行われていないことであると言われた。このことについては、誰もが分かっていることであり、総論は賛成なのだが、各論になると殆どすべて問題ありとなってしまう。ここは意見の分かれるところではあるが、もう少し自由活発に行っていけばよいではないかという意見と、進出も退出も一企業の都合で後先考えずにやってしまうと困るという意見もあるであろう。しかし、私が一日二日見て回っただけでは対応策は分からない。ただ、各論に関しては難しいということである。
【問】
りそな問題に絡んでだが、りそな銀行がああいう風になったが、金融市場も日本銀行の追加緩和のおかげで落ち着いてはいるが、繰延税金資産といった問題は銀行共通の問題であり、今後、9月の中間決算や来年度決算に向けて同様の問題が起こらないとも限らないと思う。そういう中で、金融市場の安定を確保するために、繰延税金資産等の不透明な状況を回避するために必要な対策があるのかどうか伺いたい。
【答】
結局、繰延税金資産の計上の在り方が問題となっているが、それは銀行と監査法人の間で話し合って頂く以外に方法はない。ただ、繰延税金資産を計上する場合、ポイントは将来の回収可能性について見通しがはっきりしているということである。その回収可能性については、それぞれの金融機関がどのくらいしっかりした独自のビジネスモデルをもって、収益計画を立てられるかがポイントだと思う。
明日、りそな銀行から公的資金注入に対する申請が行われる予定であるが、それと同時に経営健全化計画が提出されると思う。その際、やはり問題になるのは将来の収益計画であり、注入した公的資金が返ってくるかということが大事なことである。そのためには、それなりに利益を上げてもらう必要がある。つまり、計画通りに利益を上げるためには、その金融機関にとって合理的と言えないような制約がついてはいけない。そうした観点から、りそな銀行に関する問題、推移を見ていこうと思うが、結局ポイントになるのは、将来収益の見通しの妥当性だと思う。
以上