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須田審議委員記者会見要旨(7月3日)

2003年7月4日
日本銀行

——―平成15年7月3日(木)
午後1時30分から約30分間
於 日本銀行大分支店

【問】

まず、本日の金融経済懇談会でどのようなお話しがでたのかお伺いしたい。

【答】

今回は、支店長の植村さんとも相談し、基本的に、広報的な部分と広くお話しを伺う部分を分けてみた。広報的な部分は、昨日の大分大学における講義と、この記者会見である。皆様のお力をお借りすることになるので、宜しくお願いしたい。また、広くお話しを伺う部分としては、金融経済懇談会のほか、広瀬知事、大分県商工会議所連合会の安藤会長、大分銀行と豊和銀行の両頭取方と、それぞれ面談させて頂いた。このほかに、昨日は、湯布院でエコツーリズムやグリーンツーリズムなどに取り組んでいる方々とも懇談させて頂いた。全体として駆け足であったが、大分県経済の豊かな表情を身近に感じることができたと思う。

今回の金融経済懇談会は、忌憚のない、率直な懇談の場とさせて頂くために、全てオフレコとさせて頂いた。したがって、懇談の中身を具体的に申し上げることは差し控えたい。

そこで、全体を通じて印象に残ったことなどを少しお話ししたい。大分県は、古来、「豊の国(とよのくに)」と呼ばれているが、その豊かな多様性を垣間見たように思う。すなわち、当地においても、国や県下自治体の財政事情などを背景に公共工事が減少しているなど、いわゆる構造調整の圧力が強まっていること、また、個人消費関連で、価格競争が激しいことなど、厳しいお話しも伺った。他方、こうした経営環境の下にあっても、創意工夫を凝らし、消費者のニーズをつかもう、それを掘り起こそう、そして、勝ち抜いていこう、という取り組みについて、非常に興味深いお話しを幾つも伺った。例えば、観光関連では、「温泉と言う天の恵みに付加価値、知恵を加えて、『発展のseeds(種)』を生み出したい」とか、半導体業界では、「明るさが出つつある」、「日本のメーカーが世界的に復権しつつある」とか、皆様の気合、エネルギーをひしひしと感じた。

こうした中で、特に金融面に関連して、企業がお金を借りて将来の成長の芽を育てる、投資するといった動きが活発化しない点──これは大分県だけの問題ではなく全国的な問題であるが──についても、いろいろと議論があった。中には、「貸し渋りではなく、借り渋りである」との指摘もあった。企業が前向きな投資を活発化させずに躊躇する要因は何かという点については、私は長期的な成長期待を引き上げることが最も重要な鍵を握ると思っており、昨日の大分大学における講義の中でもそのように申し上げたが、本日の懇談会でもそれぞれのお立場から興味深いお話しを伺った。

また、これに関連して、「担保となる土地をあまり持たない若い会社が、投資に必要な資金調達を円滑にできるような新しい金融仲介モデルを早期に確立して欲しい、そのためには金融機関が企業を見る目──担保価値ではなく企業価値をみる目──を養って欲しい、そして、そのもとになる企業価値の評価について、貸し手と借り手が共有できるような方法を確立して欲しい」といった指摘があり、とても印象に残った。こうしたご指摘を待つまでもなく、企業が安心して投資できるような環境を整備していくことが最重要課題であると認識している。日本銀行も、こうした問題意識をもって、様々な形で知恵を出し、また行動していきたい。金融機関としても、当然のことながらこうした問題意識をもっているので、金融機関の方々などとも協力して、また、今回のように企業経営者の方の声も伺いながら、私どもも努力し続けたい。

それから、本日の金融経済懇談会の話題ということではないが、サービス業については、高齢化、ライフスタイルの多様化、女性の社会進出などを背景に、医療、福祉、教育、娯楽、家事支援など各種のサービスに対する需要が増大する可能性が高いと思っている。この点、大分は、この恵まれた自然を活かして、日本中の人々に、さらには東アジアをはじめ海外の人々に対して、人に優しい場所、癒しの場所を提供できると思う。そして、そうしたニーズは今後とも益々強まっていくのではないか。そうなれば、大分県内外の人々の交流が活発化する可能性が大きい。そのためには、旅館、ホテルなど観光業界の方々だけが頑張るということではなく、人を迎える街全体が、そして当地の人々の心構えというものが、かなり重要なポイントになるように思う。

以上、少し長くなったが、今回の訪問の印象をお話しさせて頂いた。私は、皆様にお会いして、当地の豊かな可能性を実感することができた。「元気を頂いた」と思っている。次は、仕事ではなく、家族と寛ぐために訪れたいと思う。

【問】

当地は倒産が相変わらず続いており、特に建設関係や老舗といわれる企業の倒産が目立っている。雇用の場がなくなっていくことが問題となっている。日銀としては、金融面で地方の資金の循環がうまくいかず、ひいては雇用の創出にも影響が出るということについてどのようにお考えか。また、どのように対処していこうとしているのか。ご意見を伺いたい。

【答】

直接にお答えになるかどうかは分からないが、ご質問の趣旨は、「金融緩和の効果が十分に現れないのは何故か、いわば金融のパイプが目詰まりしているのは何故か」ということであると受け止め、その点に関する私自身の見方を申し上げたい。

わが国では、1990年代以降、金融仲介機能の低下が指摘され続けているが、この背景を、不良債権の増加という側面のみに限定することは適当ではない、と思う。

もともと、日本の金融機関の融資は、特に中小企業に対しては、不動産担保に依存する面がすごく強かった。しかし、地価の上昇トレンドが失われたこと、また、先ほども申し上げたが、IT関連など物的担保が乏しい企業の収益機会が増加してきたことなどから、こうした伝統的な金融手法が機能しにくくなってきたという面も大きいように思う。この間、多種多様な投資主体によってリスクをシェアし合う直接金融の機能も、十分育ってきたとは言い難い。

このように、わが国の金融仲介機能の低下の背景には、不良債権問題だけではなく、不動産担保融資に替わる金融仲介モデルの確立が遅れたことを指摘できる。これが、1990年代以降の長期にわたる設備投資の低迷——企業のリスクテイク行動が長期にわたり制約されてきたこと——の重要な原因の一つであったと思う。言い換えれば、今後、金融機関には、不良債権問題から早期に脱却することはもとより、有望な企業や事業を発掘し、かつ、そのリスクを適切に管理する能力を強化することが強く期待されている。それが、金融機関自身の収益力を高めていくためにも不可欠である。

私は、今後のわが国の金融の仕組みや金融システムの改革の方向性として、企業が自らの信用力などに見合う対価を負担すれば、必要な資金を円滑に調達できる金融システム——価格メカニズムを通じて、資金の出し手と取り手が結び付けられる金融システム——を実現することが極めて重要である、と考えている。

今後、銀行貸出については、適正なプライシングによる新規の融資が成り立ちやすくなるような環境の整備に努めるとともに、中小企業向け貸付の流通市場を育てること、また、新たなルートとして資産担保証券市場を育てることなどが重要な課題になる、と考えている。

【問】

株式市場が非常に活況を呈している中で、長期金利が急激に上がっている。今日は1%台に乗せたということで、債券相場の行方が気になるところだと思うが、この急ピッチな金利上昇の問題への対処について、お考えをお伺いしたい。

【答】

長期金利の動きについては、注意深くみているが、それについてのコメントは一切差し控えたい。

【問】

只今の質問に近いのだが、長期金利が上がれば銀行の含み損が出る可能性が高くなる。こうした可能性について、日銀は危機感をお持ちであるか。その認識と対応の必要性について伺いたい。

【答】

金融機関は、多様な資産を持っている。その中のどれか一つの資産を取り上げて、それをどうこうしているのではなく、統合的なリスク管理という考え方で経営していると認識している。したがって、様々な資産の市場価格のリスクを全体で評価していると思う。それをどうするかとういうことは、金融機関自らがまずはきちんと管理することであると思っている。

【問】

  1. 2点質問したい。まず、長期金利について、一つ一つの細かい相場の動きにはコメントしないということだと思うが、一般論で結構なので、長期金利や株価の動きが景気に与える影響という点から今の情勢をどうお考えになっているかをお聞きしたい。

  2. 次に、最近、福井総裁は、「政府・日銀が一体となった国債管理政策が将来的には必要である」との認識を示されているが、それについて須田委員は今の時点でどのようにお考えになっているのかお聞かせ頂きたい。

【答】

  1. まず、資産価格の変化が景気にどのような影響を与えるかについては、当然のことながら、そのような観点から一生懸命みている。ただし、それを見極めるにはもう少し様子を見る必要があると思っている。

  2. 次に、福井総裁のご発言であるが、将来、景気回復が期待できる状況となり、長期金利が上昇局面を迎えることとなった場合の影響について、勉強しておくことの重要性について、一般論としておっしゃったものであると私自身は認識している。現在、何か具体的に検討しているということではないが、私自身、今後、十分勉強していきたいと考えている。

【問】

須田委員は、大分大学での講義テキストの中で、インフレーション・ターゲティングあるいは物価水準ターゲティングについて述べられたくだりの最後の方で、「最終のゴールについてはまだ明示しておらず、その点では現行の政策はインフレーション・ターゲティングと異なる。将来いずれかの時点で、それがインフレーション・ターゲティングというスタイルになるかどうかはともかくとして、最終的にどのようなインフレ率を目指すのか、国民と共有するのが望ましい」という趣旨の発言をされているが、これは具体的にどういう形で共有できるとお考えなのか。また、将来どのような状況になれば、それが必要不可欠に、あるいはそれがあることが望ましくなるのか、もう少し具体的にお聞かせ頂きたい。

【答】

この点に関しては、昨日の講義に関する今朝の一部報道を読み、私も少し違和感を持ったところがある。昨日の講演をもって私を物価安定目標派と位置付ける向きもあるが、そういうことではない。

物価安定数値目標——物価安定の数値の定義——のメリットとしては、一般的に、日本銀行が達成しようとしている物価の安定がどの程度の物価上昇率であるのかが明確化するという意味で、透明性の向上につながる可能性がある。

しかし、数値の定義は、望ましい物価安定の状態を数値で表しているに過ぎず、金融政策の対応との間に明示的なリンクがある訳ではない。また、達成時期をコミットしている訳でもない。仮に、金融政策だけで物価上昇を実現する明確なメカニズムがない状況で導入する場合には、政策の透明性が向上する効果はかなり限定的だと思っている。

そこで、物価安定を数値化したうえで、物価の将来の見通しがこの数値なり範囲を下回る時には金融政策を変更し——政策対応と明示的にリンクさせ——、さらにそれを達成する期限まで定めようということになると、物価目標の達成が常に最優先となり、持続的な経済成長の実現を念頭に金融政策を柔軟に運営することが難しくなるリスクがある。

現時点で、物価安定数値目標に対して、私が前向きであるということではない。ただ、私は、いつかデフレから脱却していくときに、どういうインフレ率を目指すのかということはどうしても必要になると思っている。これは、期待インフレ率を安定させるためにどうするべきか、という論点である。その時にどういうインフレ率が望ましいのかということを日銀だけで決めることができるだろうか、と思っている。国民の中には、インフレについて様々な考え方があるが、それでも、国民全体が「この程度のインフレ率であれば許容できますよ」というものを皆で議論しつつ、合意を得ていくことができるのではないか、と思う。そういう意味で、「共有したい」と申し上げた。私は、現時点における政策運営と直接結び付かないように述べたつもりであったが、なお言葉足らずの面があったのかも知れないと少し反省している。

【問】

もし長期金利が上昇を続けて、金融機関の含み損の可能性が大きくなったら、日本銀行が現在銀行から株を買っているように、銀行から国債を買うということは考えられるか。

【答】

申し訳ないが、「もしも」という仮定の質問についての回答は控えさせて頂く。

【問】

県内経済についてお話しを伺いたい。全国的な傾向だとは思うが、県内でも倒産が多い。しかし、その一方で、ダイハツ工業が中津市に進出したり、東芝が半導体工場を造ったり、全国的にみると大分は結構元気ではないかとの印象もあるが、その点について、どのようにお考えか。また、さらに発展していくためには大分にとってどういうことが必要かについてご意見をお聞かせ頂きたい。

【答】

大分に昨日来たばかりでもあり、最後の部分の「どうすればよいのか」ということに関してはコメントを差し控えたい。

ただ、大分県を含めて、日本の中でいろいろな面で二極化が進んでいると感じている。大分でも、構造不況の部分がある一方、次々と新しく工場が──しかも最新鋭の部分が──集まっているという話も聞いている。マクロというのは平均であるが、平均をみているだけでは日本経済に何が起こっているのかを把握することは難しい。日本の景気に関しては、横這い圏内で推移しており、設備投資も予想よりもなかなか立ち上がらないと思いながらみているが、ここから上振れていく可能性があるとしたら、情報関連で設備投資が出てくる可能性はその一つであると考えている。先日発表した短観をみてもそのように感じた。今回も、最初にも申し上げたように、IT関連で結構元気の良い話を聞かせて頂き、特に印象に残った。こうした中で、二極化の部分をどう解決したら良いのかは非常に難しい問題である。私も、そのことを頭に入れながら、マクロ政策ではあるが、金融政策の運営に当たりたいと思っている。

【問】

  1. 2点質問したい。まず、大分大学の講義テキストで、設備投資が活発にならないことについて、「企業は、名目金利がゼロであり、財政面から景気を刺激する余力も乏しいとすれば、デフレが解消に向かうメカニズムは想定し難いと考えている可能性があり、そのこと自体が設備投資その他の中期的な成長期待を低下させている背景の一つではないか」という趣旨の指摘をなさっている。それと関連して、同じく講義テキストで、「金融政策と財政政策の協調により、政府が減税のための国債を発行して日銀が国債を買い取るという一部の学者からの提案について、ゼロ金利という状況を考えると、現在のような財政事情のもとで財政政策の発動が必要か否か、そしてそれが有効か、という観点からこの場合は考えるべきテーマである」という趣旨のことを述べられている。こうしたことを述べたうえで、「現在の極めて緩和的な金融環境を確保し続けることによって構造調整をサポートしていくとしても、野心的な政策手段に踏み込むとしても、コストとベネフィットの比較考量について国民の理解を広く得ていくことが重要である」と指摘されている。日銀は議会主義の枠組みの中で行動するというお考えであるとは思うが、須田委員としては、現在思い切った減税を行うかたちでの財政出動が必要であるとお考えか。あるいは、現在の緩和政策を続けながら、いわゆる「ダラダラ調整」を続ける方がある種望ましいとお考えか。そのあたりのお考えを伺いたい。

  2. 次に、量的緩和の評価として、講義テキストでは、「景気刺激効果ははっきりしない」ということを述べている。それにもかかわらず、日銀は、4月、5月と当座預金残高目標を引き上げている。効果がはっきりしない中での量的緩和の継続ということになるが、それ自体が、須田委員が何度も強調されている国民の理解とか、国民に対する説明責任という意味で、十分に責務を果たしていないことにはならないのか。また、緩和度合いをどういう尺度で測ることができるのかということ自体が非常に分かりにくというのが現状だと思う。須田委員は、当座預金残高目標の引き上げについて一度(政策決定会合で)反対票を投じられたこともあるが、こうした点を踏まえてお考えを聞かせて頂きたい。

【答】

  1. まず、減税については、マクロ政策という側面と、所得分配政策、資源の再配分といった側面がある。すなわち、トータルの税収を一定として税金の内訳をどうするかという側面と、トータルの税収を減らすという側面がある。あくまでも個人的な見解であるが、トータルの税収を減らす格好での減税というのは、多額の財政赤字を抱えており、それが注目されている現状では、難しいと思っている。税金のとり方に関しては色々な考え方があり得ると思っており、その意味で、あるところでは減税になり、あるところでは増税になるという格好もあり得るのではないか。いずれにしても、実際にできるかできないかという問題とそれが効果があるかという問題を区別する必要がある。現在の財政状況におけるマクロの減税が経済に本当に有効であるかという点について、私自身は積極的に評価していない。

  2. 次に、緩和の度合いをどうやって測るかという点は非常に悩ましいところである。今は、色々な指標を含めて、全体として緩和している状態ということを如何に維持するかということになる。様々な指標——例えば、当座預金残高という量ばかりではなく、金利もクレジット・スプレッドもある——を全体的に評価していくしかないと思っている。

最後に、当座預金残高目標の引き上げについて、ご指摘のとおり、私は、5月の決定会合で反対した。そのあたりの考え方について申し上げたい。5月の決定会合では、りそな銀行の問題や為替相場の不安定化を始めとする景気の先行き不確実性の高まりへの対応が焦点であった。まず、りそな銀行の問題については、必要に応じて一層豊富な資金を供給し、市場の安定確保に万全を期すことは当然のことながら必要であるが、当時、幸いにして短期金融市場が不安定化していなかったことを踏まえると、「なお書き」で弾力的に対応することが適当である、と考えた。また、会合では、米国のいわゆる「双子の赤字」への懸念や、米国通貨当局がドル安政策に転じているのではないかといった市場の思惑からドル安が進み、これが日本の輸出に悪影響を及ぼすリスクが指摘されたと記憶している。しかし、為替相場が不安定化するリスクについて、私自身は、既に4月30日の決定会合において、米国の双子の赤字拡大やその持続可能性を巡る思惑がドル相場に影響を及ぼす可能性を警戒していた。そして、5月の時点では、為替相場を巡るリスクは、私の中では既に想定していた範囲内であり、さらに厳しくみなければならないとは考えなかった。

なお、当然のことではあるが、当座預金残高の目標については、その時々における金融経済情勢の判断などに基づき、柔軟に考える、という基本的な考え方には、いささかも変わりはない。

以上