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総裁定例記者会見要旨(7月17日)
2003年7月18日
日本銀行
―平成15年7月17日(木)
午後3時から約35分
【問】
当面の景気の動向について、株価の動きや設備投資計画といった面では明るい材料が出始めている一方で、引き続き景気の先行きに対しては慎重な見方も根強い。こうした状況を踏まえて、日本銀行として当面の景気動向をどのようにみているか。
【答】
最近の政策決定会合の判断のベースになった資料(「金融経済月報」)は、既に公表しており、基本的にはその記述の通りである。足許の動きは引き続き「横這い圏内の動きを続けている」と判断できると思う。
ひと頃懸念された様々な不確実性要素は、かなり薄れてきている。特に、イラク戦争は終結しているし、新型肺炎(SARS)の問題も終息の方向に向かっている。内外の経済を巡る不透明感はだいぶ後退してきている。秋口以降、輸出、生産が再び立ち上がって、日本経済は緩やかな回復過程に辿りつき、そこを起点に好循環が生まれるであろう、という私どもが抱いている標準シナリオは崩れていないのではないかと思う。
世界経済全体が連動しているところもあるので、今申し上げたようなシナリオは、今年後半以降に米国を中心とする海外経済の成長率が高まるということを前提とした話ではあるが、日本経済がそうしたパスを通るシナリオは崩れていないと思っている。
とは言え、日本の場合には、過剰雇用や過剰債務の調整圧力がなお根強い。企業の努力でこの調整はかなり進んできているが、まだ道半ばという感じもある。こうしたことが制約要因となって、回復過程に入っても、そのスピードや力強さは限定される可能性が強いと考えられるが、方向性としては、標準シナリオは崩れていないと思っている。
【問】
最近の長期金利の上昇傾向について、市場では、相場の行き過ぎに対する是正の動きといった評価がある。総裁も、塩川大臣との会談で、「少し上がるのはそれほど心配することではない」との認識で一致したとも伝えられているが、改めて、最近の長期金利の動きに対する総裁のご見解を伺いたい。
【答】
1つには、株価が上昇し、それに伴って長期金利が上がるという現象が、海外の市場と日本の市場において、いわば平仄の合うかたちで現れてきているということがあると思う。
加えて、日本においては、金融市場に多額の流動性が供給されている中で、ひと頃国債バブルではないかとのご懸念を多くの方がお持ちになったような現象、つまり「相場の行き過ぎ感」というようなものが幾ばくか存在した。その反動的調整、市場自体の自律的な調整といった面も、日本の市場の動きについては含まれていると判断している。
その点については、先般、塩川大臣との話し合いの中でも、率直に意見交換して、完全に意見の一致をみたところである。
最近の動きをみていると、こうした動きも少し落ち着く方向に向かってきているという感じがある。やはり、市場は自ら新しい均衡点を探るという運動法則を持っていると言われるが、こうしたことが事実をもって感じられるところである。
我々としては、今後、日本経済が良くなることを願っているし、そういう方向で政策的にも努力している。長期金利の今後の動きについては、規則通り動いてくれるか、不規則な動きを伴うか、十分注意してみていかなくてはいけないと思うが、現在の状況については、市場は落ち着く方向に向かっているということだと思っている。
【問】
国債相場の下落が銀行経営に悪影響を及ぼす懸念があるが、その一方では株高が銀行経営に好影響を与える面もあり、これがマイナス要因を相殺するという見方もある。総裁は、株高と債券安が全体として銀行経営に与える影響について、どのように評価されているのか伺いたい。
【答】
債券相場あるいは長期金利が変動することに伴う金融機関経営への影響については、この先、長期金利が本当に上昇の過程に至る時──つまり経済の回復という実態を伴って長期金利が上昇過程に入る時──以降の問題として、私の頭の中には大きな関心事として存在する。
これまでも、市中金融機関におかれては、そのリスク管理について相当な配慮をしてきておられると思うが、将来の市場の変動についてかなり広がりを持ってリスク管理体制を敷かれることが大前提になる話ではないかと思う。
今回の動きについて言えば、たまたま一方で株価の上昇によるプラスの面というものがあり、長期金利によるマイナスの面と比較して、プラスの面のほうが大きい金融機関が多かったのだろうと思う。しかし、長期金利の変動の問題については、株価の状況とは一応切り離して、将来の問題として、金利変動リスクのマネジメントの向上ということをしっかり見据えて経営してもらいたいと思っている。
【問】
日銀の金融政策における長期金利の位置付けについて伺いたい。総裁は、先日の大阪での記者会見でも、日銀としては長期金利の形成に対して直接コミットはしないとのご認識を示されたと思う。しかし、その一方で、「消費者物価上昇率が安定的にゼロ以上になるまでは、量的緩和政策を続ける」としており、いわゆる時間軸効果により長期金利に低下圧力がかかることを期待されているとも思う。実際、6月の日本金融学会での講演で、総裁は、時間軸効果は量的緩和政策を支える三本柱の1つであること、その意味としては、政策の効果を「前借り」することによって、長めの金利に低下圧力がかかることを期待できると述べておられる。
しかし、日銀としては長期金利の形成には直接コミットしないのだとすれば、現在行っている時間軸効果の政策は何のために行っているのか。この2つの関係が市場参加者にわかりにくい面があるので、その辺をもう少し解説して頂きたい。
【答】
私がこの問題について上手に説明しきれなければ、改めて事務局から本当にわかり易い解説をしてもらいたいと思うほどに重要な論点である。
時間軸効果について言えば、おそらく米国の政策も段々それに近づいてきているようにも思う。先般のグリーンスパン議長の議会証言などを拝読していても、「米国経済が満足のいくパフォーマンスを示すまで今の緩和を続ける」とおっしゃっている。時間軸効果をしっかり活かしていこうという政策について──金利の引き下げ余地が米国にはまだ残っている一方、日本には余地がないという差はあるが──、かなり共通の土俵に入ってきているという感じを持っている。
おそらく米国の場合も日本の場合も──日本のほうが先行しているので、日本の場合も米国の場合もと言ったほうが良いのかもしれないが──時間軸効果というものは、緩和を長く続けるとコミットすることによって、将来の緩和を前借りするということであるから、その意図するところは、長期の金利についても下方プレッシャーをかけるということだと思う。従って、長期金利に全く関心がないということではなく、長期金利に強い関心を持ちながら、金融調節を行い続けるということだと思う。しかし、そのことは、長期金利について、ある特定の水準を意識して、意識的に直接コントロールするということとは違う。長期金利について、特定の水準を意識して、そこに誘導し、収め、固定するために、特定のオペレーションを集中的に施すというような考えとは違うということである。
つまり、時間軸効果は長期金利に下方プレッシャーを及ぼすとは言え、イールドカーブの長期部分の形状はあくまで市場に委ねるということであり、イールドカーブそのものを一定のかたちに誘導するという政策とは峻別されるものとして捉えている。
今のご質問は、私どもの悩みを鋭く突いている。時間軸効果でイールドカーブにプレッシャーをかけると、その度合いが強まれば強まるほど、市場機能を壊すリスクが、ショーター・エンド(短期の部分)だけではなく、長期の部分にまで及んでいくという悩みを抱えている。しかし、短期の金利も長期の金利もコントロールする──イールドカーブを完全にコントロールする──ことによって、即座に市場機能を全て封殺することとは、やはりかなり違うのではないかと思う。
【問】
今の点に関連して、長期金利の水準ではなく、その大幅な変動がみられたり、市場の不安定要素が増した時に、日銀はどう関わっていくのか。つまり、先程総裁がおっしゃったように、落ち着く方向を市場は見極めていくだろうが、その間に大きな変動が起こる可能性もあるわけで、そういう場合に日銀はどう対応しようと考えているのか、ということについて伺いたい。
【答】
大きな変動ということにうっかり惑わされるわけにはいかない。経済の上方シフトというかアップトレンドが強まったときに、長期金利が強く反応する。そういう意味で変動幅が大きいということは、極めてアクセプタブル(受け入れられる)である。経済の上向き加減に比較して、市場の中で形成されるリスク・プレミアムに弾みが付き過ぎて、長期金利が不規則に跳ね上がるという問題とは峻別すべきである。だから、問題は、変動幅の大きさではなくて、長期金利が変動する時の動機や性格からみて、人々の期待が乱れてリスク・プレミアムが上乗せされ、金利が乱れた動きをしているのかどうかということだと思う。
その時にどう対応するかについては、なるべくそういうことにならないように、期待の安定化を図るべく、中央銀行としていろいろな政策を考えていかなければいけないと思う。そこで是非誤解しないで頂きたいことは、我々は「長期金利そのものに介入して、相場水準を操作すれば良い」という発想からはおよそ遠いところにいるということである。その点は是非ご理解頂きたいと思う。
期待の安定化ということは大変難しい仕事である。市場に介入すれば良いという考え方を我々は遠ざけている。そこに難しさがあるということである。
【問】
先程、総裁は秋口ぐらいから景気回復に入るというシナリオを崩していないとおっしゃったが、政府は財政再建を貫くという姿勢を変えていない。このままの状態で、追加的な財政刺激なしで、景気が秋口から力強く回復するということは可能なのか。
【答】
秋口といったタイミングや、「力強く」回復するといったその程度については、少し留保が必要である。少なくとも、少し幅はあるかもしれないが、今年の後半というぐらいの意味であるし、また、その場合の回復力は決して強くないだろうとも私は申し上げたわけで、そうした点については留保させて頂きたいと思う。
私どもが想定しているようなモデレート(緩やか)な、しかし着実な景気回復パスを早く見出すということは、国民の一致した念願であるし、我々の当面の政策目的でもある。それは是非実現したい。政府もきっとそう思っているに違いないと思う。しかし、そのために政府が何か追加的な措置を取る必要があるかどうかということは、これから夏場にかけての情勢判断が決め手になるのではないか。今は、しっかりと情勢判断に誤りなきを期すということが重要なのではないかと思う。
それから、財政再建ということもおっしゃったが、財政再建はやはり日本にとっては避けて通れない課題である。将来、健全な経済の姿に到達しなければならないわけで、財政再建という問題抜きに健全な経済の構築はあり得ない。これは避けて通れないが、財政再建を図っていくにしても、財政の中身をどのように考えていくかという、より重要な問題がその中に含まれている。財政の中身あるいは税制との組み合わせ、社会保障制度との組み合わせ、こういったことについて、やはりきちんとした絵を政府のほうで描いていかれる必要がますます強まっているということは事実だと思う。
俗に言う財政による追加刺激──財政再建を一時放棄してでも刺激策が必要──といった短絡的な議論がなるべく出ないかたちでの、より健全な財政政策の構築という次元に早く到達したほうが良いと私は思っている。
【問】
先程、夏場の情勢判断が決め手になると言われていたが、例えば4~6月期のGDPといった経済指標を念頭に置いていらっしゃるのか。
【答】
1つの指標で全部占うことができれば、我々の仕事は非常にやり易いと思う。GDPは重要な指標だが、やはり経済というものは、どういうリズム感を持って動くかということを良く見ていかなければいけないので、海外の動向と日本の経済——特に日本の経済——について、どれくらいエネルギーが感じられるようになるかが重要である。指標に基づく判断抜きには絶対できないことではあるが、しかし、それだけではないと思う。
私が申し上げたのは、不透明感が薄れてきた中では、実態が見えてくるのだから、実態はどうなのか厳しい判断の目が必要になるということである。不透明な時にはどんなに目を凝らしても、雲に遮られて見えないわけなので、見えるようになった時にこそ、実態の判断が問われるという意味である。
【問】
米国経済についてお聞きしたい。米国経済については減税の効果などにより、今年後半はかなり成長するという見方が広まっていると思うのだが、その一方で財政赤字もかなり膨大になっている。米国経済の今後の動向について、総裁のお考えをお伺いしたい。
【答】
減税の効果があることは確かだろうと思うし、グリーンスパン議長のお話の中にもそれは出てくる。そうした効果が加わって、下期以降、米国経済も立ち上がっていくのではないかとおっしゃっており、そうしたシナリオは私も良く理解できるところである。しかし、米国経済の場合にも、やはりこの先のことを考えると、企業の活動がもう少し活発になって、新規の投資がある程度力強く立ち上がってくることが欠かせない要素なのではないかというふうに思う。
米国の場合には、株価が他の国に比べて先頭を切って上がってきているというダイナミズムがあるし、金利もかなり低いところへ下がってきている。そして、為替相場はいろいろな見方があるけれども、以前のある段階に比べればある程度ドル安になっている。このように、企業活動をサポートする金融面の条件はかなり整っているわけなので、企業家がそれに対してどういう反応を示すか、そこが非常に重要な鍵になると思う。そうした反応が少し遅いのではないかという心配が幾らか感じられるが、これからの動き次第ということでもあると思う。
【問】
先般、金融庁は、公的資金を投入した銀行に対して、収益力強化を十分に果たせない先には業務改善命令も辞さないという姿勢を示した。これに対して金融機関のほうは、「不良債権処理をしろと言われ、処理をしてきて赤字になったのに支離滅裂ではないか」と非常に不満があるようであるが、総裁はどのようにご覧になっているか。
【答】
金融庁がどのような措置を計画しておられるのか、私もまだ十分承知していない。ただ、今までの決まりの中に、確か3割ルールというものがある。そういったルールを意識する人は、それに基づき、いろいろな新しい措置が金融庁のほうから出るのではないかとみている、ということであろう。しかし、私には、金融庁がどういう動きをとられるのか、今のところわからない。
それは別にしても、私はこれから金融機関にはもっと収益力を高めていってもらわなければならないと強く思っている者の一人である。金融機関の経営者自身が、次第にそこに焦点を当ててきていると私は思っている。やはり、不良債権を一段と思い切って処理するためにも、さらにはそれを乗り越えて新しい金融サービスを確立していくためにも、収益力が鍵だということは、誰から言われるまでもなく、今や各金融機関の経営者の頭の中に、しっかりとした方向性としてビルト・インされていると思う。私どもは規制機関ではないが、グッド・アドバイスを行うという立場からすれば、収益力をより強化してもらうための良い知恵が私どもにあれば、各金融機関毎に──例えば考査の機会等を通じて──そうした知恵をお貸ししながらやっていきたい。収益力に焦点が当たってきているという点については、私もまったくその通りだと思っている。
【問】
今後収益力を物差しとして、経営健全化計画の目標を3割以上下回った場合には、業務改善命令を出すという方向に進むのだとすれば、こうした措置について総裁はどのようにお考えか。
【答】
金融庁がどういう措置を取られるのかまだわからないので、それを知る前にあまり不用意なコメントはできないが、私は金融機関の経営者の将来を見据えた自主的な努力というものは最大限尊重されなければいけないと思う。長い目でみた今後の金融機関経営のあり方から言って、やはり「経営の自主性の尊重」という精神が失われたら本物にならないという部分がある。金融庁がいかなる措置を取られる場合にも、経営の自主性と矛盾するような措置は取られないのではないかと思う。
【問】
今は現実的な状況ではないが、仮に、今後金融の引き締め局面とか、利上げ調整の局面に入った時に、どのような金融政策が考えられるのかということを伺いたい。
総裁が就任されてから、デフレ脱却のために量的緩和を非常に大胆に進められた──当座預金残高目標を引き上げたりされた──わけだが、反面、このように大胆に行うと、今度は引き締めの段階で──それがどのような局面になるかにもよるが──市場へのメッセージの出し方などが難しくなるだろう。また、市場が過剰反応しないようにどのような政策対応を行うことができるのか、こうしたことが少し気懸かりなのだが、総裁はどのようにお考えか。
【答】
具体的にお答えするにはあまりにも早過ぎるが、今おっしゃった質問の意味は私にもよくわかる。経済の停滞が長引き、緩和が長く続き、緩和の度合いが深まっていればいるほど、折り返し局面での金融政策にはその反動要因がいやというほど降りかかってくる。そうした要因を全て吸収し、マーケットの期待を常に安定させながら、次のゴールに向かっていくということは、大変な難事業だと思っている。
期待にはいろいろな振れ方があるが、どちらに振れるかという問題がある。まずは、日本銀行が金融引き締めを早くやるのではないかということで、景気回復の基盤がしっかり整う前から、マーケットがどんどん先走りしてしまうというリスク。これについては、日本銀行は、消費者物価上昇率が安定的にプラスになるまでは今の緩和を続ける、というコミットメントを既に行っており、このコミットメントが「日銀は先走りするのではないか」というマーケットの予測をかなり封じ込める力があるのではないかと思う。しかし、万全かどうかはわからない。やはり、その時には良く様子をみなければならない。
逆に、日本銀行のコミットメントがマーケットに強く信用された場合には、経済の回復スピードがある程度出てくることに伴い、期待インフレ率が上がっても、現実の消費者物価の上がり方が少しラグを伴っているといった状況では、「日本銀行は一体いつまで緩和を放置しておくのか」という逆の振れが出てくるかもしれない。これを放置しておけば、マーケットが暴れる余地が出てきてしまうわけで、こうした両方の場合について、期待の安定化を図っていかなければならない。そのためには、いろいろな物の考え方を適用して、必要な政策体系を作っていかなければならないと思っている。いずれにせよ、折り返し局面以降は、マーケットの期待の安定化を図るための厳しい戦いが始まる。そのことは今から覚悟している。
【問】
日銀による銀行保有株の買取りについて、段々とペースが落ちてきており、1兆円も増枠する必要はなかったのではないかという見方もあるが、今後、買取り対象の格付けの見直しや、銀行株を買取り対象に含めるなどの措置により、買取り対象株式を拡大するお考えはあるのか。
【答】
銀行保有株の買取り枠と、個別銀行に用意する特融については、なるべく使われないで目的が達成されることが、私どもにとってより望ましい姿であり、枠を完全消化しなければいけないという考え方は微塵もない。従って、条件を修正することは全く考えていない。
【問】
先程、米国経済について質問があったが、先般のグリーンスパン議長の証言と議会への報告の中では、年後半から来年にかけて、4%台を軸とした成長見通しが示されている。米国経済に対して、米国内では楽観的であるのに対して、日銀はやや慎重にみており、少し疑問を持っているのではないかという気もするが如何か。
【答】
連銀のボードメンバーによる来年の経済見通しについておっしゃったのだと思うが、連銀のほうも年内の見通しについては数字を下方修正しているので、私どもの見方とさほど大きな違いがあるわけではないと思っている。来年の見通しについては、まだかなり期待感が含まれていると思うが、私どももそうした数字が実現して欲しいとの期待を持っている。
以上