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総裁記者会見要旨(9月3日)

2003年 9月4日
日本銀行

―平成15年9月3日(水)
午後1時30分から約30分
於 ヒルトン名古屋(名古屋)

【問】

長期金利の動向に関連していくつか質問したい。最近、長期金利が上昇しているが、現状の金利の動きは、経済の実態を反映したものであると言えるか。午前中の懇談会で、「金利の上昇は急ピッチ」とおっしゃっていたが、現在の金利が行き過ぎたものかどうか、見解をお伺いしたい。次に、金利の上昇が地域金融機関に与える影響についてどのように考えておられるのかをお伺いしたい。最後に、金利の変動が国民生活に与える影響について、総裁の見解を教えて頂きたい。

【答】

長期金利が大きく動いているというご質問であるが、金融市場の中で、今一番大きく動いているのは株価、そして長期金利ということだろうと思う。他の金融指標もそれとの関連で少し動いているというふうに思うが、これら全体の動きは、大きく言えば、世界経済、そして日本経済の先行きに対する見方、市場参加者の先行きに対する見方が変わりつつあるということの反映ではないか。株価の上昇ピッチがかなり速い、それにつられて、長期金利の上昇テンポも、ごく最近になってやや加速したということではないかと思う。市場は、金利が大きく動く、あるいは株価が大きく動くというときには、また戻ったりして、地固めをしながら、さらに次の地合いを探っていくというふうな動きを繰り返すので、ごく短期間の動きについて、「全てこういう背景である」と語り尽くすことは難しいと思うが、大きく言えば、今申し上げたとおり、経済の先行きに対する市場参加者の見方を反映しているのだろうと思う。しかし、ごく短い期間で捉えてみると、私自身は、印象としては ── 特に長期金利についての印象としては ── 、ピッチが少し速すぎるのではないかという感じをもっている。ただし、私自身は、「市場の空気に引き摺られると私自身の仕事はできなくなる」、「極めて冷静に判断していきたい」、そういう姿勢で臨んでいる。

それから、金融機関への影響であるが、短期的にどうだということを言ってみても仕方がないと思うが、株価の上昇が先行し、それに伴って長期金利が動いているということである。金融機関全体としてみると、株価上昇に伴うプラスが大きく出ているので、悪い影響が、ネットアウトして強く金融機関に出ているということではないと思う。もちろん個別の金融機関毎にみると、株式と長期債との保有状況のバラツキがあるので、長期金利の上昇に伴う悪い影響が少し勝っている金融機関もあると思うが、差し当たって特に大きな問題が金融市場の中から出てくるということではないと思う。中部地方の金融機関に限ってみても、今私が申し上げたようなことが、だいたいそのまま当てはまるのではないかと思う。

国民生活への影響については、もし、今の市場参加者の経済の先行きに対する見方、つまり、「経済は、ほぼ横這いで推移してきたが、これから先については少し明るい展望が持てる」という市場参加者の見方が正しければ、あるいはそのとおり経済が動けば、それは国民生活にとっては、きっとプラスの面として出てくる。日本経済の場合には、今の状況だと、経済の立ち上がりは、製造業の輸出・生産の増加というところから始まる。それが非製造業、さらには中堅・中小企業に及び、企業収益の増加が個人所得の増加につながって国民生活のプラスが増えるというふうにつながっていくわけなので、国民生活全体について本当にプラスが及んでくるまでには、少しタイムラグがあるかも知れない。長期金利の上昇が、こうした経済の今後の回復パスにとって大きな妨げにならなければ、きっとプラスの影響の方が大きいだろうと考えている。

【問】

先程、講演で、量的緩和策を堅持するという話があったが、長期金利に直接働きかけるような政策、つまり、長期国債の買入増額等についてのお考えを改めてお伺いしたい。

【答】

今のかなり思い切った金融緩和政策の進め方の中には、3つの大きな柱があるということを講演で申し上げたつもりである。ひとつは、大量の流動性をマーケットに供給し続けるということ。2番目は、消費者物価の前年比変化率が安定的にプラスになるまで今の緩和を続けるということ。3番目は、緩和効果が経済の隅々に行き渡るように様々な工夫を凝らしていくということである。

金利全体の安定した状態を保ちながらという点に絡んで言えば、この3つの戦略はいずれも重要なのだが、なかんずく、大量の流動性を供給し続ける、しかも消費者物価の前年比変化率が安定的にプラスになるまで断固続ける、この部分が一番大事な点である。これは、市場参加者の見方のとおり、この先、経済の変化が良い方向に行くだろうという見通しがそのとおりになり、市場参加者だけでなくて誰の目からみても経済が少しずつ良くなってきているということがあっても、我々は、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にプラスになるまで断固今の緩和を続ける、それだけ景気回復の芽を大事に育てていくために日本銀行はかなりリスクを冒しますよという約束であり、これが金利の安定化効果を一番強くもたらすだろうと考えている。

市場に対する流動性の供給の仕方については──これは市場の地合いを見ながら、日本銀行の金融市場局のプロが毎日市場に接しているわけであるが──、先週来、かなり長い期間のお金を大量に供給している。この期末を越えるというだけではなくて、来年の3月の期末も大きく越えるような安定したお金を供給しているということだが、これは、市場の中で、例えば、長期国債をたくさん持っている人が、そのヘッジ手段として、こうしたオペレーションの対象として出てくるとか、あるいは押し目買いをしようとしている人達に資金を供給するといった効果がきっとあるわけで、我々は、こうしたオペレーションは、ボディーブロー的に市場の安定化効果を次第に強く発揮していくだろうと確信している。

【問】

東海地区の経済についてお聞きしたい。愛知万博と中部国際空港に関し、懇談会では、反動不況を懸念されているようなことをおっしゃっていたが、直接的な経済効果としては、具体的にどのようなことが考えられ、また、その効果はどのくらい続くとみているか。

【答】

反動不況が心配されると申し上げたわけではない。東海地方に限らず、今までも各地域で大きなイベントを行った場合、そのイベントを築き上げるために短期的に色々な投資をするとき、それは一時的に景気を盛り上げるが、終わってみればその裏返しの面が出るというのは、多かれ少なかれ避けられないことであり、地元の方々はそうしたことを頭に置きながら行動しておられるだろうと思う。午前中の懇談会では、中部国際空港、また、特に愛知万博は、そういう一時的なイベントで終わるのではなく、将来の夢につながるかたちで、東海地方の方々が、必ずそこから多くの新しい経済展開の芽を引き出して下さるのではないかという、私自身の期待感を申し上げたつもりである。

実際、空港と万博というのはインフラの建設を伴うので、短期的には地元の経済にもかなりのプラスの効果をもたらすことがあると思うが、問題はそれが終わった後、火が消えたようになるのではなく、将来の人々の夢がその中にどれだけ含まれていて、その先の企業行動がその中からヒントを得て新しい芽を汲み取っていけるかどうかである。特に、万博に関しては、環境問題がプロジェクトのはじめから色々なかたちで議論され、しかもそれとの調和を図る工夫も随分なされてきている。環境問題に対して良い方向を見出しながら企業行動につなげることは、短期的な利益だけではなく、長期的にも、日本の企業が技術・知識のイノベーションの領域を広げていく非常に大きな出発点となり得る。一社でも多くの企業がその感覚でこの万博を支え、その後の東海地方の経済を考えていくことになると、きっと、気がつかないうちに、大きな新しいフロンティアが開ける可能性があるのではないか。イベントというのは、将来につながる良い芽の出発点となるというグッド・イグザンプル(好例)を、今回是非つくり上げて欲しい。極めて安直にイベントを引っ張ってくれば良いという風潮が、地域によってはあるわけだが、そういうものではないんだという良い例を是非つくって欲しいと思う。

【問】

日本の長期金利とともに米国でも長期金利が上がっているが、これが本邦の金融機関に与える影響についてどうみておられるか。また、今週の月曜日にスノー米財務長官とランチをご一緒されたと思うが、その場でこういった点についての意見交換はあったのか。

【答】

スノーさんとは、日米を始めとした世界経済全体の現状認識と先行きの展望に関する様々な観測について、お互いどう思うかという一般的な意見交換が中心であった。もちろん、株価や長期金利が変動しているという世界共通、特に日米共通の現象がみられるので、金融面から将来の経済をどうみるかという意見交換も当然行った。あまり意見の不一致はなかったように思う。

経済が良い方向に動くとすれば、金融市場はある意味で活性化していく。それが、金利の変動か株価の変動か、どういうかたちで出るかは分からないが、経済が活性化すると金融市場自身が活発に動くのは、その範囲内ではごく当たり前のことで、これを忌み嫌う理由は全くない。しかし、株価にしろ長期金利にしろ、全体がいつでも整合性の取れたかたちで静々と動くという保証は必ずしもない。市場は市場でそれぞれの市場毎に個性があるし、市場参加者の違いによって色々と思惑の違いも入ってくる。短期的にみると、経済実態の変化と必ずしも合っていない、少し離れた動きをすることもある。政策当局者としては、それに慌てないで冷静に対処していく、必要な手は打っていくという態度が必要である。それは相談してやることではなく、それぞれの国において市場の運営に責任を持っている金融当局者、特に中央銀行がきちっとやっていくことである。日本の株式市場あるいは債券市場の動きについては、我々は冷静にウォッチして判断し、必要な手はきちっと打っていく。それ以上のものでもなければ、それ以下のものでもないと思っている。日本の市場の動きがマネージャブル(制御可能)でないとは一切思っていない。

【問】

先程、長期金利の上昇が大きな妨げにならなければ国民生活に対してもプラスの影響の方が大きいとおっしゃったが、長期金利の上昇が大きな妨げになるケースとはどのようなケースを想定しているのか。長期金利が大きな妨げになるリスクが仮に高まった場合には、中央銀行としてどのような対処をするのか。

また、消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になるまで今の超金融緩和を続けるのが固い約束と強調されており、経済が、市場がみるように良い方向に向かい、少しずつ良くなることがあっても、今の政策を続けるとおっしゃっているが、安定的にゼロ%を上回らない状況において、経済が過熱するとか、水面下で良くなる、あるいはインフレ期待が強まって、今の超金融緩和を続けるリスクの方が上回ったとしても、是が非でも続けるということなのか。経済への悪影響が仮に勝ると判断されても、今の量的緩和を続けるのか。

【答】

長期金利だけが突出して動いているわけではない。株価も急ピッチで動き、それに伴って長期金利もピッチを速めて動いているというのが我々の認識である。これは、全体としてみれば、市場参加者が経済の先行きについて従来よりは多少明るい雰囲気でご覧になり始めていることの反映であるので、その限りにおいて、何か長期金利だけが経済を殺す方向に動いているという判断を、分析から取り出すことには無理があると私は思う。また、ごく一般論的に言っても、金利その他市場商品の価格の特定のものだけが経済全体を殺してしまう、つまり自殺的な動きが市場の中から自動的に出るというのは、本来、市場のメカニズムとしては考え難いことでもある。

ただ、唯一注意しなければいけないのは、日本の場合には、財政収支の悪化がかなり急速に進んで国債の発行残高がかなり分厚く経済の底辺に累積しつつあるということである。今はみられないが、将来、長期金利が不規則な動きを示す度合いが強まるリスクは頭の中に置いておかねばならないと思う。今の長期金利の動きが、そのままの延長線上で日本経済に悪い影響を及ぼすとの判断は持っていない。

消費者物価の前年比上昇率が安定的にプラスになるまで今の緩和政策を続けるというのは──何回申し上げても同じだが──、固い約束であることに変わりはない。「経済が良くなったときにも我慢してそれを続けるのか」という問いに対しても、そのとおりである。それ以上のものでもなければそれ以下でもない、明確な約束である。

「それで本当に心配はないのか」というお尋ねがあったが、物価の状況に関しては、懇談会でも申し上げたとおり、ディスインフレーションの状況を通り越してデフレの状況に入っているのは、主要国の中では日本だけで、物価の形成プロセスが世界的に変わっているという共通の現象プラス日本特有の問題、いわば日本が克服しなければならない構造的な問題がプラスアルファであるが故に、日本に対しては物価低下圧力がより強く掛かっているということである。従って、日本経済が回復過程に入り、多少経済の鼓動が良くなってきたと言っても、多分、外国に比べて余計に持っている構造的な問題の解決が尾を引いている限り、消費者物価の前年比上昇率が安定的にプラスになるということにはなかなかなり難いのだろう。逆に言えば、構造的な問題の処理を行っている間はそれだけコストが掛かるので、経済が過熱して日本銀行の緩和政策と矛盾するという事態に行き着く可能性も比較的小さいのではないかということである。ただ、絶対的にそうだと言えないところに日本銀行は大きなリスクを取っている。

【問】

先程、総裁は講演の中で、経済の実態以外の要因で長期金利が大きく変動するということもあり得る、例えば、米国のモーゲージ証券のようなテクニカルな要因などによってそうした事態があり得るとおっしゃっていたが、実際、現状をみるに、経済の実態以外の要因で長期金利が変動していることはあるのか。例えば、邦銀がリスク管理の要請に基づいて国債の売買をしているようなケースもあると思うが、その辺りについてどうお考えか。

【答】

一般的に言えば、経済実態から少し離れた動きが出た場合には、市場は短期間にまた元に戻ってくるという運動法則があると思う。今のお尋ねで、経済実態から離れた動きが非常に長期に亘って起こり続けるということは、一般論的に言えば非常に稀なケースではないかと思っている。決して楽観的に言っているわけではなく、市場の運動法則からいってそうだろうと思う。経済実態の方向に引き戻す、市場の方向に引き戻す運動法則がマーケットには自然に備わっている、つまり、マーケット参加者からみれば、離れている経済指標に対しては、別の売り仕掛け、買い仕掛けをすれば必ず儲かるという仕組みが普通はビルトインされているわけである。

しかし、短期的に経済の実態から離れる場合の要因は限りなくあるので、「これはどういうことで」というふうにはなかなか言えないとは思う。国債の取引だけではなく──今、米国の場合のモーゲージ証券の取引の例をおっしゃったが──、色々な種類の取引が、先物も含めて行われており、それぞれは一方で買えば一方で売る、直物で買えば先物で売るというふうに、ヘッジを掛けながらやっていく──ノーヘッジでやる場合もあるが──という複雑な取引が総合されて市場が形成されているわけである。従って、国債の取引を考えた場合、国債をたくさん抱えているある市場参加者が、将来に向かっての自分自身の行動を考え直すときに、今すぐ国債を急いで売らなければいけないと思うかもしれないが、国債を売る代わりに別にヘッジ手段があればそれを講じたい、それで国債を暫く持ちながら別のヘッジ手段で国債を持っていることのリスクを消しておきたいとか、色々なことを考えるわけである。そうした場合にヘッジ手段を見出し得ず、この際思い切って国債を売ってしまうということになると、国債だけの値段が突出して変動して、経済実態から離れるということもある。こういったことは、中央銀行としては市場の隅々まで目を配って発見努力をしているわけで、発見した限りは必要な手を打てる。先週来行っている長期の手形のオペレーションは、きっと国債を売りたい人にとっては、国債を売る代わりにそちらのオペに応じていれば、完全なヘッジ手段になっている。我々としては、そういう目配せを多様に行いながら、市場の安定を図る知恵は限りなく持っており、この点はご信頼頂きたいと思う。

【問】

総裁が以前言及された国債管理政策について、その後の研究の進捗状況をお聞かせ頂きたい。

【答】

国債管理政策の主体は政府であって、日本銀行ではない。国債の発行者たる国が、単なる発行者の立場だけではなくて、マクロ経済の責任者という立場を総合しながら、今後の国債発行のあり方、あるいは国債の既往残高についての管理の仕方について、色々新しい知恵を出して欲しいということであり、我々は、金融市場のマネージメントを担当している者として、十分に知恵を出して政府と一緒に物事を考えていきたいということである。同時にこの話は、これから先、長い年月をかけて最終的に日本の財政収支バランスが健全性を回復するまでの非常に長い期間に亘る話である。従って、今日、明日に答えを出すということではなくて、少し時間をかけて将来に亘る良い知恵を出していくことである。今すぐ、こういう答えが出ていると申し上げられるものではない。

【問】

景気の現状判断についてお伺いしたい。午前中の講演の中ではやや明るいトーンの言葉を述べられていたが、横這い圏内を脱出したという認識はあるのか。もし、横這い圏内を脱出していないとしても、8月よりはやや明るめの調子になっているのか、つまり、上方修正のような認識はあるのかということについてお尋ねしたい。

【答】

9月に入って今日でまだ3日目なので、この3日間で8月の時点と情勢判断に変化があったかと言われると、そこまで厳密には答えられないが、もう少し長く振り返ってみて、今はどうかということで申し上げれば、おそらく、それ以前はイラクで戦争中であったり、皆がSARSの心配をしていたり、株価も下がっていたりという現象の中で、経済実態というものを見出しにくい状況にあった。しかし、今は不透明感がかなり薄れて、経済実態がかなり見え易くなったという差が一つあると思う。この不透明感に覆い隠されていた雲の下の経済実態を敢えて推測すれば、多分、今我々が足許見えている、この先少し見えかかっているものに比べれば、この春から夏より以前の段階の経済はもう少し悪かったのではないかと、印象的にはそう思っている。

しかし、我々は、一応、ごく最近のところまでは、概ね経済は横這いであったと考えており、その中で顕微鏡的にどれくらい変わったかということは、今後の経済を考える上で、あまり大きな意味を持たない。ほぼ横這いであったという認識のもとにスタートして、今後の不透明感が消えた後の経済をより正しく認定していった方が良いという立場を取っており、そういう立場でみた場合、足許の状況から将来をみると、少しずつ明るい姿が展望できるのではないか。一挙に明るい展望が開けるのではなくて、あくまで少しずつ、しかし、少しずつであっても、この芽を大事にして、着実な回復過程につなげていくことが大事だと認識している。

以上