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総裁記者会見要旨(9月17日)

2003年9月18日
日本銀行

―平成15年9月17日(水)
午後3時から約45分

【問】

最近の景気認識について伺いたい。4~6月の実質成長率が年率3.9%に上方修正され、景気に対して明るい見方が少しずつ広がってきているようにもみえるが、総裁は足許の景気動向をどのように評価しているのか。

【答】

日本銀行の経済情勢に対する見方は、既に金融経済月報のかたちで皆様にご報告申し上げているが、私自身もその内容に沿ったかたちで経済の判断をしている。

この春から少なくともごく最近に至るまで、経済はほぼ横這いで推移しているという判断であるが、先行きに向かって少しずつ明るい兆しが出てきている。私どもは経済の動きについて引き続き慎重な判断を下すという姿勢を崩していないが、やはり先行きについては少しずつ明るい展望が描けるようになってきていると考えている。

実際、GDP、その他私どもが普段ウォッチしている経済指標をみていると、足許に至るまで輸出あるいは生産といったような経済を引っ張っていく指標は、引き続きほぼ横這い圏内で推移してきている。そうしたもとで、企業業績の回復を背景として、企業の設備投資は既に緩やかに回復過程に入っていると判断される。これは内需の面で良い材料である。それから、外需の面では米国を中心に海外経済の回復が徐々に明らかになってきている。従って、総じて輸出環境などに改善の兆しがみられる。ただ、全体としては横這い圏内の動きを続けている。金融経済月報で申し上げた判断と、私の判断は同じということである。

先行きについてもう少し申し上げると、海外経済については、米国の成長率が高まり、東アジア経済も全体としては成長軌道に戻ってきているとの見方が次第に確かになっている。従って、ごく最近まで国内の輸出、生産はほぼ横這い状態できていると申し上げたが、この先は次第に増加基調に復し、前向きな循環——つまり生産の増加、所得の増加、そして支出ないし投資の増加——が働き始めることが、ほぼ間違いないと言えるところまできているといった判断である。

そういったわけで、私どもの情勢判断は全体として若干上方修正しているということである。しかし、先行きについて全くリスクがないわけではなくて、米国経済について言えば、生産性は上がり続けているが、なかなか雇用面に良い影響が及ばない状況で目下のところは推移している。雇用面にどういった良い影響が及ぶかという点では不透明感が残っているし、国内をみても、企業の過剰債務の圧縮や人件費削減など構造調整圧力が根強い。特に、非製造業においてそれがより目立つという状況であるので、先程申し上げた好循環が始まることがほぼ確実であるとしても、内需の自律的な回復力が急速に高まることは展望しにくいという意味である。

従って、私どもは先行きについて次第に明るくみてはいるが、引き続き慎重にウォッチしていかなければならない。この姿勢に変わりはない。

【問】

最近の長期金利の上昇に対する対応を伺いたい。一部には、日銀による長期国債買入れ増額や時間軸政策の強化を期待したり、その必要性を指摘する声もある一方、デフレ脱却というか出口政策を睨んだシナリオを日銀が早く示したほうが良いのではないか、と考えている論者もいるように思う。こうした見解に対して、総裁のお考えを改めて伺いたい。

【答】

夏場以降少し目立つようになってきた長期金利上昇の動きだが、日本経済について少しずつ明るい兆しが窺われ、それに伴い今年前半までにみられた非常に悲観的な見方が修正されてきた。そして今の時点から将来に向かうと少しずつ明るい展望がほのかに見えてくることを投影した動きだということが、基本的な長期金利の説明材料だと思う。実際、株価の上昇、そしてそれに伴って長期金利の上昇が現れてきていることからも、今私が申し上げたような情景が裏付けられると思う。

このように、長期金利は基本的に経済の先行きに対する市場の見方を反映して形成されるものであるということは、今回の動きの中にもはっきり出ていると思う。しかし、長期金利の動きはともすればオーバーシュートというか、経済の実態を離れて動くリスクというものが常にある。そういう意味では、引き続き注意深くみていかなければいけない。

しかし同時に、金利そのものは、一時ややボラタイルな動きをしたとしても、均衡値を求めて常に市場の中で均衡回復の動きを自律的に示してくるというメカニズムを持っていることも事実である。ここ数日、特に昨日、今日辺りの動きをみていると、株価が上がっている一方で、長期金利はむしろ落ち着く方向に向かっている。今日も10年債の利回りでみて1.4%台だと思うが、そういったように均衡回復の動きというものも常にあり、市場は健全に動いていると判断している。

金融政策運営との関係で言えば、市場あるいは一般の皆様方に対する私どもの金融政策上のコミットメント——何回も繰り返し申し上げて非常に気が引けるが、「消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ以上となるまで量的緩和を続ける」というコミットメント——は、いささかも揺るぎがないということであり、このことを市場できちんと理解して頂くことが、市場の金利安定化メカニズムをより強固にする絆になるだろうと考えているし、そのことについて私どもは確信がある。

【問】

近年、3月期末あるいは9月中間期末になると、金融システムに対する不安がささやかれてきた。この9月は株価が上昇していることもあるのだろうが、やや安心感のようなものが金融機関あるいは市場の中に広がりつつあるようである。こうした状況は、金融システムそのものが安定化してきた証左とみて良いのか、総裁のお考えを伺いたい。

【答】

金融システムを健全化していく道のりにおいて、非常に重い課題を抱え続けているため、ここしばらくの間に問題が一挙に解消される方向に向かっているとは言えない。そういう意味では、全体としては依然厳しい状況にあるという基本的な判断に変わりはない。

しかし、確かに今回は、これまでの期末あるいは中間期末のように、金融システム不安がささやかれ、それがまた実際にいろいろ難しい問題を現実に引き起こすという事態はなくて済んでいる。従って、従来の期末あるいは中間期末に比べて何がしかの前進、つまり金融システムが次第に健全化の方向に向かっているということだけは事実だと思っている。歩みが速いか遅いかということを別にすれば、やはり前進しているということを反映していると思う。

より具体的に言うと、特に、昨年の秋以来、金融機関をはじめとした関係者の方々の間において、不良債権問題の克服を加速するために、不良債権の経済価値の把握とそれに基づいた引当の強化、あるいは償却の促進が行われてきているし、さらには、企業の再生への取り組み強化がかなり広範囲に行われるようになってきている。また、金融機関自身の収益力を強化する様々な努力が始まっている。それから、株価変動リスクの軽減の面でもかなり前進がみられた。このようなことが、金融システム全体としては次第に健全化の方向に進んでいるということの具体的な裏付けになっていると思う。

しかし、今後を考えると、平成17年(2005年)4月に予定されているペイオフの完全解禁に向けて、さらなる努力が必要な状況である。金融システムの健全化を徹底的に推し進めるべく努力を強めていかなければならない局面にある。昨年の秋以来前進がみられるからと言って、手綱を緩めるわけにはいかないと思っている。

さらにあえて付言するならば、これまでの金融システム健全化努力というのは当局主導型という色彩からどうしても免れなかった。問題の重さ、深さから言って、やむを得なかった面があると思うが、ペイオフ完全解禁という最後のハードルを越えるということを目指して、これから前進するに当たっては、金融機関の自主的努力がより前面に出てこなければ、本物のハードル越えということにはならないと私は考えている。

【問】

金融機関の株価リスクの軽減に関連して、昨日、日銀が銀行保有株式の買取り期間の1年延長を決めたが、この議論を行った政策委員会での主要な論点と、賛否がどのようなものであったのか伺いたい。

【答】

金融機関保有株式の日銀による買入れ措置というものは、昨年の秋に始めた時点から期限は1年間、ただし1年後の状況に照らして、さらに1年間は延長し得るという枠組みで今日まできた。

確か前回か前々回の記者会見の場で、「1年経てば止めるというのが大原則で、できたらその方向で最後の詰めをしたい」と私は申し上げた。最近時点に至るまで、金融機関の株式保有状況や、日本銀行の買入れ措置に対する金融機関側の利用ニーズなどにつき、金融機関から正確な聞き取り調査を進めた。その結果をみて改めて検討したところ、当初からの枠組みである「一度だけ延長できる」という部分を採用するのが適当だとの判断に至ったわけである。

政策委員会でその点を議論して、結果としては、全員一致で1年間の期間延長が適当との判断に至った。反対意見はなかった。

【問】

総裁は阪神タイガースを非常にご熱心に応援されてきたかと思う。今般、優勝して、その経済効果などについてもいろいろ試算がなされているほか、関西には、今回のタイガースの優勝が何がしかの心理的な良い影響を経済にも与えて欲しい、与えてくれるのではないか、というような期待があるかと思う。総裁のご感想なり、今後の景気に与える影響への期待があれば伺いたい。

【答】

私は冷静に経済効果を計算しているというわけではない。ただ、やはり成せば成るというか、人間は不可能なことに挑戦する。その実現可能性ということを強く人々の心に訴えたという効果は、非常に大きいというふうに判断している。

【問】

先程も言及された金融政策のコミットメントの話について改めてお聞きしたい。コミットメントの中で、消費者物価の伸び率が安定的にゼロ%以上になるまでは量的緩和政策は解除しないということを約束されている。一方で、この消費者物価指数の数字が、今後10月以降、ある種の特殊要因によってゼロ%近辺まで近づく可能性があるという指摘がされている。そうなると、あえて日銀が「安定的にゼロ%以上」ということを入れたことの重みが増すと思う。そこで、この「安定的に」という言葉を入れたことの意味をより具体的に──例えば、「1か月とか2か月位であれば、ゼロ%ないしはゼロ%以上の数字が出ても解除しない」ということであるということなのか──、改めて説明して頂きたい。

【答】

具体的にこれをどう表現すれば良いか非常に難しいけれども、一言で言えば、「簡単にマイナスの物価の世界に逆戻りしないと判断できるようになるまでは」ということだと思う。従って、表面的に消費者物価指数の前年比上昇率がプラスになり、それが数か月続いたとしても、今おっしゃったような明確な特殊要因でそうなっており、その特殊要因が剥落すればまた元のマイナスの世界に戻る可能性があるということであれば、これは安定的にとはおそらく言えないだろうと思う。政策委員会できちんと判断しなければいけないことであるから、私の判断だけではいけないのだろうが、私が判断すればそういうことになると思う。

【問】

先程の質問とも若干重なるところがあるのだが、総裁は熱心な阪神ファンであると存じ上げている。そして今日ちょうど株価が1万1千円を超えた。総裁が就任なさって半年間、ある意味では総裁にとって周囲の雰囲気がかなり良くなったのではないかと思うが、その辺についてのご感想を、阪神タイガースの優勝も含めてお聞きかせ頂きたい。

【答】

今日、終値で1万1千円台で終わったかどうか確認していない。出て来る直前には1万1千円を心持ち割っていたかと思うが、いずれにせよ1万1千円前後まで今日は株価が上がったということで——米国をはじめ、海外の株価も上がっているということと連動している部分も少なくないと思うが——、やはり日本経済自体の先行きが着実に良くなってきているとマーケットにおいても認識されているということが、大きな裏付けだろうというふうに思っている。

私が着任した3月時点から比較すると、何と言っても不透明感がかなり払拭されているということがナンバーワンの理由だと思うし、不透明感が消えて網膜にはっきり映るようになった経済の姿が、やはり横這いとは言っても、この先については坂道を少し上がる方向がだんだん見えてきている。これが非常に強く株価に反映しているのではないかと思う。

しかし、私どもの仕事は「それで良かった」というほど気楽な仕事ではないので、せっかく、本当に経済の歩みが少し上向きになってくるのだとすれば、それを本当に持続可能なパスにつなげていかなければいけない。本当にこれからより難しい仕事が待ち受けているというふうに思っている。従って、気持ちを緩めないで、今度こそは経済を確実に持続可能な回復パスに乗せていくという、より重い仕事に取りかかっていかなければいけないと思っている。

【問】

「出口論」について、審議委員の中には今は「出口論」を議論する時ではないというふうな意見があったと思うが、景気回復の兆しが見られる中で、福井総裁としてはどうお考えか。

【答】

これは今に限らず、どういう経済の局面にあっても——金融緩和を進めている時であっても、逆に金融の引き締めを進めている時であっても——、非常に至近距離の判断だけで、我々は金融政策を自信を持って進める、あるいは責任を持って進めるということはできない。従って、少なくとも頭の中のキャパシティ(容量)に余裕がある限り、できるだけ将来の方へ向かって距離を伸ばしながら経済を見る。そして、経済を見る構図を、一種の遠近法というか、手前から遠くに至るまで立体的に捉えて常に判断する。立体的に経済の構図を捉えれば、政策対応の枠組みについても、手前は濃厚に描くけれども将来の方は極めてイメージ的に持ち始める、といったことはいつでもやっていることである。

今は量的緩和をかなり思い切って進めているわけで、この思い切って進めている姿を「消費者物価指数が安定的にプラスの状況になるまでは続ける」として、ここまではデッサンというか絵描きが終わっている。また、終わったからあとは何も考えないということでは我々は無責任になるわけで、その先についてもある種のイメージを持とうという努力はいつもやっている。しかし、それを具体的な政策プログラムとして議論するということとは別の話であり、それぞれが頭の中で、経済を見る構図として、一種の遠近法で、一番遠いところまで——一番遠いところはイメージになるけれども——つなぎあわせながら判断する努力をしている。およそこんなことだろうというふうに思う。

従って、仮に金融政策決定会合とか政策委員会の場等で、ずっと先のイメージについて意見交換があったからと言って、それを手前に引き寄せて、至近距離で具体的に政策のプログラムを練るような議論が始まっている、というふうに理解しないで頂きたいということである。

【問】

今は、「出口論」を金融政策決定会合等で議論する時期ではないということか。

【答】

金融政策決定会合の議論については一切制約はない。何を言って良く、何を言ってはいけない、こういうことに限るということは一切ない。どこの中央銀行においても議論は全くフリーで、先々まで議論しても良いわけであるが、今申し上げた通り、先々の議論になればなるほど、その人のイメージになってくる。その人が、今現在の経済判断──これは今の政策形成につながる具体的な議論だが──をどれくらいしっかり持っているかということを説明するためには、先々まで自分のイメージを説明しないと他の人を説得できない可能性がある。だからそういう意味では、随分遠い距離のことを発言される方が出てくるわけだが、これは極めて自然なことではないかと私は思う。

そうした議論の交錯の中で、毎回の金融政策決定会合では、結局、最後の結論として「次回の金融政策決定会合までの金融政策はどうするか」という結晶玉を作っていく際に、その結晶の中に入らなかった将来のビジョンというものが固まらないまま次に持ち越されていくわけだが、そうでなければ、次の議論に良い結晶が出てこない。こういうふうな仕組みになっているのではないかと思っている。

【問】

今の議論に関連するのだが、8月の中旬に長期金利が跳ね上がった1つの理由として、議事要旨を読んだ市場関係者が量的緩和の解除が近いのではないかというふうに判断したことがあるとも言われており、今のご説明は「誤解して欲しくない」ということなのではないかと思う。今後、例えば議事要旨に関して、「出口政策」の議論が出た時の公表の仕方を改めて工夫するとか、そういうようなことは考えていらっしゃるのか。

【答】

議事要旨というものは、結局、金融政策決定会合でいかに自由闊達に議論が行われたかということと同時に、議論が行われただけでは駄目で、いかにこの結論が導き出されたかというプロセスが明確に描かれていないと、透明性向上の道具にはならないし、マーケットあるいは国民の皆様方とのコミュニケーションの材料にもならない、ということである。従って、行われた議論をできるだけ忠実に反映すると同時に、この結論に至ったプロセスというものが明確にわかるように、議事要旨というものを作っていかなければいけない。そのためには、毎回それを発表して市場との対話の道具として利用した後、本当に良い材料であったかどうかという反省をいつも加えながら工夫をしていく必要がある、ということはおっしゃるとおりだと思う。しかし、我々は、あまりにそれを工夫し過ぎるということはしない。1つは自由な議論を絶対制約しない。もう1つは、議事要旨をマニピュレート(意図的に歪曲)しない。この2つの原則は貫くということである。

【問】

それに関連してなのだが、8月中旬の議事要旨が材料視されたということについては、改めてどのように感じていらっしゃるのか。

【答】

どの部分が本当に材料視されたかということも、なかなか正確には把握しにくい。この部分と聞かされてはいるが、本当にその部分だったかということは、率直にいって検証できない感じもしている。そういった部分部分に拘っていると、今後とも部分部分の適正・不適正という議論が繰り返し出てくるだろう。外国の中央銀行でもこうしたことはいつも起こっており、ひどい場合にはポジション・トークの材料にさえ使われるということもある。そういうリスクは十分覚悟しながら、我々としては全体として、先程申し上げたとおり、結論を出すに至った議論のプロセスはできるだけオープンに、しかし、できるだけ結論に至るプロセスが立体的にわかるように毎回工夫をしていく。この正攻法しかないのであって、その途中で、ある文章あるいはある表現というものが、様々なリスクを含んでいるということについては、ある程度避けて通れない面があると思っている。

【問】

先般の金融政策決定会合では一応現状維持ということであったが、全員一致ではなかった。どのようなかたちで全員一致にならなかったのか、できる範囲で説明して頂きたい。

【答】

少数意見は1票である。全部で9票であるので8対1ということである。

中身については、まさか金融を引き締めろという意見であったわけではなく、より緩和的な対応ができないかということである。それ以上のところは議事要旨が公表されてからご覧頂きたいと思う。

【問】

3月20日にご就任されたので今月の20日でちょうど就任後半年になる。一里塚というよりも半里塚ぐらいと認識されているかとも思うが、この間日銀総裁に就任されて、どのような思いでこの半年間過ごしてこられたのか、改めてご感想をお伺いしたい。また、できればこの半年間を振り返って、100点満点中何点ぐらいにお考えなのかお伺いしたい。

【答】

点数については、学生時代以来あまり良い成績を採ったことがないので、きっと今でも皆さんに点数を頂くとそんな良い点ではないのではないかと思っている。これは率直にそう思っている。

心掛けとしては、自分には絶対できないのであるが、肩の力を抜くということを一生懸命心掛けている。なかなかできず、スポーツをやる時でも肩の力が抜けなくて困っている。とにかく、「肩の力を抜く」、「なるべく速く走る」、「基本に忠実に」という3つを心掛けている。

【問】

週末にG7でドバイに行かれると思うが、人民元を含む為替問題が議論の1つになるとの観測も出ている。塩川大臣が欠席されるということで総裁の役割もより大きくなると思うが、基本的にどのようなスタンスで会議に臨まれるのかという点をお聞きしたい。

【答】

ドバイの一連の国際会議について、アジェンダを前もって私の立場で申し上げるわけにはいかない。この点はお許し頂きたいと思う。かつまた、実際に議論が始まってどういうことが主たるテーマになるか、この部分も予断を持って臨むわけにはいかないと思っている。私自身は、日本経済、同時に世界経済にとってせっかく将来に向かっての良い方向性が出てきている時であるので、やはり持続的回復と言うか、持続可能な成長軌道あるいは回復軌道にきちんと乗せることに焦点を当てて、皆が上手く議論できれば非常に実りのある会議になるのではないかという意識を持っている。飛行機に乗って心変わりをしない限りは、基本的にそうしたスタンスで私自身は会議に臨みたいと思っている。

【問】

日米から出ている人民元の話であるが、日銀は中国の人民銀行とも活発に交流されているようであるが、この問題に関する総裁のご見解をお伺いしたい。

【答】

中国人民銀行と日本銀行とは、中国が開放体制に移って以降、いろいろなレベルで非常に緊密な関係を築いてきていて、今それがますます上乗せされる方向に入っていると思っている。私自身もその努力をさらに強めていきたい。報道されてしまったように、日程は決まっていないが私はやはり中国を訪問したいと思っている。しかし、やはり中国という大きな国、それから日本という経済的に世界の動きをリードしなければいけない立場、その一角にある日本であるから、あまり細かな部分的な話ではなく、経済全般、あるいは世界経済全般にわたる基本的な認識の擦り合わせということが、やはり常に基本になければならないと思う。

今の中国人民銀行の総裁は、漢字で書けば「周小川」という行長先生であるが、米国で勉強された方で英語も非常にご堪能であるし、それこそ本当に自分で物の考え方をきちんと構築して話をされる方である。従って英語で話す限りは通訳はいらないという方であるし、本当にフリーに意見交換ができる。私自身もそれは非常にありがたいと思っている。おっしゃった人民元の問題についても、単に為替相場制度というだけでなく、資本移動の規制のあり方とか、あるいは中国国内の金融システムの健全化、現状における回復度合いとかいろいろ総合的に判断して、将来の構図というものを考え続けておられる方だと私は思っている。そういう大きな構図に基づいて、WTOに加盟した後の、つまり市場経済の中により深く入った後の中国にとって、金融・為替政策のあり方が整合的かどうかということを真剣に考えておられると私は思うので、その方向性に沿って我々も一緒に議論していきたい。そして、もし良い方向性であれば、それを少しでも加速していくという方向で、お互いに見解をシェアできれば非常に良いという考え方で、現に望んでいるし、これからも望んでいきたい。

日本の過去のいろいろな経験からしても、一方が他方にある種のドクトリン(主義)を押し付けるというやり方ではなく、やはり相互理解という前提に立ち、お互いの立場を尊重しながら、それでもそのやり方で速く前進するということが一番望ましいのではないか、というふうに私は思っている。

【問】

人民元の切り上げについては、中国に進出している国内企業からすれば、ある意味で「痛し痒し」のような部分もあるという声が出てきている。立場的にコメント頂けるかどうか難しい面はあるが、仮に切り上げについての功罪という点については、総裁ご自身としてどのようにお考えか。

【答】

私自身だけではなく、おそらく私の話している中国人民銀行の方でも、為替相場が経済の実態に合っているかどうかをきちんと見定めるための前提条件として、貿易取引、資本取引、その他諸条件が整ったうえで、為替相場が市場の中で改めてテストを受けるということでなければ、本当の実勢はわからないと思っておられる節がある。私自身はそう思う。

従って、その時の経済の実勢に為替相場を晒してみようという時に、単純に貿易収支の黒字であるとか、赤字であるとか、黒字が増え続けているとか、むしろ減っているとか、そういうマクロの結果だけではなくて、以前に比べれば取引がずっと複雑になっている──輸出をやっている人が、同時に、向こうで工場を作って、現地のマーケットで投資収益を回収しようというビジネスを並行してやっているとか──といったことなどを全部勘案して、経済の実態と為替相場とが合っているかどうかということになるのだと思う。

だから、1人ひとりの声を聞いて、私には都合が良い、都合が悪いという声を全部集計すれば実態に合うのかどうか、私にはわからないが、為替市場が最終的に反応するものは、結局それらが総合された声ということになるのではないかと思う。その前提としては、やはり相当程度、貿易・資本取引の自由化が進み、税制その他でディストーション(歪み)がないというところまでもっていかないと、テストした結果が却って歪んだ答えになるリスクもあると思う。

【問】

CPIがゼロに近づくのではないかとの声がエコノミストから出ている。また、総裁の景況感も非常にポジティブというか前向きな感じに私自身は受け止めたが、「デフレは終息しつつあるのではないか」との声が早くも出ていることについて、総裁はどのようにお考えか。

【答】

私は、そんなにポジティブに申し上げたつもりはない。非常に慎重にみていく。なぜならば、我々の本来の仕事はこれからであり、これから本当に持続的な回復のパスに乗せていかなければならない。製造業を中心に、取りあえずこれだけ良い光が出始めてはいるが、非製造業、中堅・中小企業にまで良い影響を及ぼしていかなければ、本当に持続可能な回復パスには乗っていかないと私は思っているし、そこまでいかなければ、物価についてもなかなかデフレ脱却ということに確信を持てるようにはならないのではないか。物価の問題については、それほど重い問題だというふうに私は思っている。従って、今、消費者物価指数がマイナス0.4%だったのが、0.3とか0.2、あるいはひょっとして特殊要因で0%すれすれに行くということは、あまり基本的な判断につながらないかもしれないと思っている。

【問】

株価に関連して1点伺いたい。現在、株価は1万1千円前後まで戻ってきている。欧米と違って日本では資産効果は多少小さいと言われているが、年末に向けて株価がこうした堅調な動きを示したときに、家計部門、企業部門への資産効果をどのように考えれば良いか。

【答】

今までは資産価格の下落によるダメージが大きすぎたのだろうと思う。従って、株価の回復は、資産価格下落のダメージをある程度取り戻すということであって、これが経済全体に対してすぐに非常にポジティブな要因になるかというと、なかなかそこまで行かないのではないか。そのくらいに、この点の効果については、今のところあまり過大評価をしていない。しかし、今後とも株価の着実な回復という1つのバロメーターに狂いがないように、これから実体経済そのものが少し幅を広げながら前進していく過程に入らなければいけない、というふうに思っている。

【問】

総裁の訪中の時期などの見通しについて、現時点で教えて頂けることがあれば、お伺いしたい。

【答】

一番問題なのは、私があまりに忙しすぎて、周行長先生の都合に合う日程をなかなかこちらからオファーできない状況にあることだ。先方もなるべく早く歓迎したいと言っているのだが、実際に日程がなかなか合わない。私もなるべく早くとは思っているのだが。

【問】

年内には行けそうな感じか。

【答】

年内を過ぎたら「なるべく早く」ということにはならないから、私も少し焦っている。

以上