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総裁記者会見要旨(10月15日)
2003年10月16日
日本銀行
―平成15年10月15日(水)
午後3時から約50分
【問】
まず、景気認識について伺いたい。10月1日公表の短観で業況判断指数がかなり上向いたことなどがあり、景気は底離れした──表現は分かれるが──といった認識が広がってきた。一方で、円高の影響や中小企業、非製造業の景況感の回復がまだ遅れているという懸念も残っているが、昨日公表された金融経済月報の内容も踏まえて、改めて景気の現状認識についてご説明頂きたい。
【答】
経済情勢については、金融経済月報で詳しく皆様方にご報告申し上げている。その内容を要約すれば、最近のいろいろな経済指標、短観、あるいは個別の情報を我々が収集して分析してみた結果、やはり緩やかな景気回復への基盤が整いつつあるということになると思う。
輸出環境が好転しているし、企業の業況感も改善している。その背景としては、企業収益がかなりしっかりしてきているといったことがポイントだと思う。大企業・製造業から良い動きが始まっていて、非製造業との間のギャップ、それからご指摘のあった中堅・中小企業とのギャップ──これは依然として残っていると思うが──についても、短観が出る前は、むしろ広がるかもしれないと思っていたけれども、幸い、非製造業あるいは中堅・中小企業も──遅れはとっているが──、どちらかと言うと良い方向に動いていることが明らかになった。この点も、今般我々が情勢判断を少し上方修正する1つの材料になっている。
それから円高の影響については、我々もまだ十分明確な判断には至っていないが、以前に比べると多くの企業で、為替相場の変動に対して強い体質を築く努力が進んできていることも事実だろうと思う。しかし、日本経済を捉えた時には、円相場の行き過ぎが景気の回復にとって、かなりの障害となりかねないという点は変わりがないと思うので、我々としては引き続き注意深く見守っていきたいと考えている。
経済の回復への基盤は整いつつあると申し上げたけれども、引き続き過剰債務あるいは過剰雇用の圧力が尾を引いている部門も少なくない。一言で言えば、せっかく出始めた景気回復の芽というものを大事に育てていく必要があるということが、我々の情勢判断の最も重要な結論であると思う。
【問】
少し重複するかもしれないが、為替相場について伺いたい。G7後円高が進んでおり、産業界、マーケットには105円なり、それ以上に円高が進むのではないのかといった観測もある。
一方で、ブッシュ米大統領の訪日という少し政治的なイベントも控えているが、そういった動向も勘案した上で、最近の為替相場についてはどういう見解をお持ちになっておられるか。
【答】
為替相場の動きについては──私も刻々と注意を払い続けているところだが──、まだ不安定な要素を含んでいると捉えている。それでもここしばらくの動きを通して見てみると、少し落ち着く方向の雰囲気も出てきているのではないかと思う。東京の為替市場だけではなくて、海外の為替市場とのつながりをずっと見ていると、為替相場が自律的に少し元に戻るという動きも窺われるようになった。そういう意味で、為替市場自身が、落ち着く方向を探り始めている気配がようやく出てきているのではないかと思う。しかし市場はまだ非常に神経質な展開で、各国の責任者の発言、あるいはその発言を巡る報道振りなどに、かなり過敏に反応して動いている部分もあると思う。我々はこれを慎重にウォッチしていきたいと思っている。
ブッシュ大統領が来日されてどうなるかということについても、ややそこに焦点を絞った観測が多過ぎるように私は思っている。産業界の方々の動向を窺うと、やはり以前に比べると、米国の産業界も日本の産業界も、輸出と同時に、海外にかなり大きな投資を行い、グローバルな事業展開の網の目をどんどん広げている。こうした中で為替については、米国でも日本でも、あるいは欧州でも、以前に比べてどちらかというと安定した動きということを一層希望している企業家が多いのではないか、と私は推測している。従って円高一方あるいはドル安一方といったように、一方向の動きが望ましいという感じでの政治的な話し合いが行われるということはないのではないか、と私は想像している。
【問】
物価動向について伺いたい。全国の消費者物価指数前年比はずっとマイナスが続いているが、8月の全国CPIは−0.1%までマイナス幅が縮小してきている。これに対し、岩田副総裁は「実勢としてはまだ0.5%ぐらいのマイナス」とご発言されているかと思う。そういった見方もある一方で、コアの部分については、下落圧力がかなり緩んできているのではないかという見方があるのも確かである。そうした点も踏まえて、物価の情勢、動向をどのように見ておられるのか伺いたい。
【答】
ご指摘の通り、消費者物価指数——より厳密に言うと全国の消費者物価指数で、生鮮食品を除くベース——については、8月は前年比−0.1%で、この限りでは、ゼロ%まであと一歩というところまできているのは事実である。ただこの背景を見てみると、今年度は医療費負担やたばこ税の引き上げといった制度変更による要因が入っている。特殊要因と言うのかどうかは別として、制度変更に伴う要因が入っており、それが前年比をゼロ%に近づける方向で作用していることは事実である。従って、そうした要因を除いた実勢としての消費者物価指数の動きは、それほどゼロ%に急接近しているわけではない。おそらく、最近の経済全体の動きをみると、需給ギャップが極めて僅かながらも、少しずつ縮小してきている可能性がある。従って、物価指数の前年比も、実勢として少しずつマイナス幅を縮小してきているであろうとは思われるが、表面的に示されるほど顕著な縮小でないことは明らかである。−0.5%というところに実勢があるのかどうかについては、明確に確認されているわけではないが、我々としては、消費者物価指数の実勢というものは、水面との比較で言えば、まだかなり低いところで動いているとみている。ひと頃よりは少し良い方向に動きつつあるのだろうが、まだ低いところで動いていて、実勢がゼロ%に近づくまでには、引き続き相当の時間的な距離があるだろうとみている。
【問】
金融システム関係について伺いたい。このところ大手金融機関が9月期および来年3月期の業績について上方修正する動きが出てきている。一部では潮目が少し変わっているのではないかというような声もある。一方では、量的緩和が継続中であるほか、ペイオフもまだ凍結されたままであるということも事実である。こうした中で、現在の金融システムをどのように評価されているのか、再来年4月のペイオフ全面解禁の見通し等も含めてお考えを伺いたい。
【答】
少し明るい空気も出ているのかというご質問であるが、文学的に表現しても仕方がないが、そこまでは多分至っていないのではないか。ずっと長く続いてきた重苦しい雰囲気が少し和らぎ始めている。私の印象としてはその程度である。
実際の動きとしては、過去長年にわたる努力の積み重ねの上に、昨年の秋以降、不良債権の経済価値の評価をより厳格化するとともに、引当を強化する、それから償却も促進する、その結果として、不良債権の残高が大手行でみるとかなり減るというところまできた。加えて、企業再生と言うか、産業と金融の一体的処理というものも、掛け声だけでなく現実の努力として始まっている。このところ、そういった金融システムの健全性回復に向けた動きが少し加速されてきているのは事実であると思う。これはやはりグッド・ニュースだと思う。
ただ、ご指摘の通り、2005年4月にペイオフの完全解禁という最後のハードルを控えており、残された僅か2年弱という時間を考えると、こうした健全性回復に向けた良い動きはもっと加速していかなければならない。しかも、個々の金融機関自身の自主的な努力というものが、人々の目により強く映るかたちで、このプロセスが加速されていかなければならない。できる限り自力で、楽々と最後のハードルを越えて欲しいと感じている。最後の最後まで、当局の後押しで何とか肩に担がれて飛び越えるというのでは、本当にハードルを越えたことにはならない。これからが大事であると思っている。
【問】
為替について伺いたい。米国のブッシュ大統領がフジテレビのインタビューに応じた際、「為替について米国は『強いドル』という政策を採っている。一方で、為替相場については、政府の財政政策や通貨政策、またそれぞれの経済情勢などを基準にして、マーケットが決めるものである」ということを、今度の首脳会談の席上で小泉総理に伝えると発言している。この発言についてのご所見をお願いしたい。
【答】
正確にブッシュ大統領がどう発言されたのか、私も十分確認していない。報道ベースでは承知している。その報道ベースで伝えられている言葉を私なりに解釈すると、まず「市場が決めるもの」という点は、G7の声明でも明確に謳われている通り、経済のファンダメンタルズに沿ったかたちで、市場においてスムーズに相場が形成されるべきだということを、おそらく言っておられるのであろう。従って、そういう意味ではこの点は当然のことを指摘しておられる。それから、「強いドル」という点は、米国大統領としての強い政治姿勢を示しておられる。つまり、為替相場についての原理原則と、米国の政治姿勢の2つを表明されたものであろうと理解している。
【問】
今の質問と関連するが、ブッシュ政権の最近の為替に関する動きを見ていると、大統領選を意識したかなり政治的な色彩が強いという印象を持つ。しかも、政権の発言がマーケットに及ぼす影響について、悪い言葉で言うと、軽視しているような印象を抱いている市場関係者も多いのではないかと思う。ブッシュ政権の動き自体が、為替マーケットに対してリスクになっているような印象も受けるが、総裁は率直にどういうご見解をお持ちであるのか伺いたい。
【答】
ブッシュ大統領に限らず各国の首脳は、経済的、社会的、政治的な戦略を全て頭に入れた上で、発言しておられるということは疑いを入れない。ただ、ブッシュ大統領の発言の裏にある頭の中の戦略の構成割合がどうなっているのかということについて、誰も明確にはわからない。しかしながら、マーケットというものは、それをも読み取る力があるのではないかと私は思う。マーケット自身はいろいろなものを自らの網の目でふるいにかけて、最終的にはファンダメンタルズを探し求めて適正な相場形成にたどり着く。根底のところでマーケットはそういう力を持っているものである。そういう意味で、市場に対する私の信認は非常に厚いと言える。
【問】
為替に関連して、少し前に、仮に介入資金を調達する外為特会の借入枠が天井に達した場合、外為特会の保有する外債などの外貨建て資産を日銀が購入することで円資金を供給できるのではないか、という議論が市場の一部にあったようである。このような議論について、総裁はどのようにお考えか。
【答】
一部にそのような報道があったということは、私も伺っているが、現実には、私どもは財務省から、今、ご質問にあったような話は全く聞いていない。
従って、そのような話を聞いていない以上、現段階ではこれにコメントを加えるということは差し控えさせて頂きたいと思う。
【問】
法律上それほど難しいことではないという議論もある。財務省からそういったリクエストがなかったにせよ、仮にあった場合には、制度的には日銀として可能だとお考えか。それとも、不可能だとお考えか。
【答】
私どものほうでは、今、一切そうしたことを行う考えはない。
ただ、かなり以前に何回かそういう例があったとは私も聞いているが、現在そういった方向に私の頭は一切向いていない。
【問】
先程「ペイオフ全面解禁に向けて金融機関自身の努力をこれから加速させていく必要がある」と話されていたが、全面解禁を確実に行うためには、例えば、どのようなことが行われなければならないとお考えか。また、金融システムに関連して、先日、公的資金が入っているりそな銀行が1兆7,600億円という巨額の赤字の見通しを発表した。こうしたりそな銀行の取り組みについての総裁の評価、それから他の金融機関にこれがどのような影響を及ぼすのか、総裁のお考えを伺いたい。
【答】
ペイオフの完全解禁に向けて、残り2年弱の期間、それぞれの金融機関が自主的な努力をさらに強めてもらいたいと申し上げた。
その努力の中身は、既に金融機関がかなりステップを踏まれてきていること──不良債権の評価の厳格化、引当の強化、償却促進、そして問題企業の再生といったこと──であるが、さらに言えば、金融機関自身が将来の収益向上に向けてビジネス・モデルを再点検して、必要な刷新をそれに施すことが付け加わってくるだろうと思う。
りそな銀行のことをおっしゃったが、同行の動きは、先般の政府による資本注入という措置を受けて、経営判断として今私が申し上げた内容全てを一気呵成に進めようという努力の現れだと思っている。りそな銀行の場合には、あのような特別の措置を受けているので、早く信認を回復する──将来の収益性を確保していく道を短縮することによって、マーケット側からの信認を確保する──必要がある。そして、公的資金を受けた責任を早く果たしていく必要がある。そのための行為だと理解している。
従って、これから他の全ての金融機関が──これらはりそな銀行と経営内容が全く違っているとは思うが──なすべき行動のパターンのモデルを、りそな銀行が圧縮して見せてくれていると言えないこともない。この種のことを、2年弱という期間内で──できるだけ前倒しに──、それぞれの銀行の実情にマッチした姿で着実にやっていくということが非常に大事だと思う。
【問】
先週、日銀は量的緩和政策継続のコミットメントの明確化ということを打ち出されたが、8月以来マーケットにおいてみられた量的緩和政策の解除時期に関する憶測や誤解については、現在全て払拭されたと総裁はご覧になっているのか。また、10年国債の利回りは、週明けから今朝方にかけて、一時1.5%台をつける局面もあったが、足許の債券市場にはそうした誤解に基づく動きはなく、ある意味で純粋なマーケットの動きに戻ったと評価されているのか。
【答】
私どもの金融政策の基本姿勢についてのご理解は、完全であるかどうかはわからないが、その後一段と深まった──私どもとしては相当ご理解頂いている状況になった──と思っている。
しかしながら、市場にとって、政府の債務残高の累積ということは、常に事実として意識から外せないことである。これは、マーケットがリスク・プレミアムの要因を内蔵しているということである。従って、折りに触れてこのリスク・プレミアムが顕現化するという危険な要素を、ずっとマーケットが抱えているということは事実だと思う。マーケットが外からの様々な要因に反応する時に、プラスアルファで、このリスク・プレミアム要因が強く刺激されるということは今後ともあり得るだろう。
従って、今後とも、我々としては、政策スタンスは常に明確にし、必要な政策をきちんと採っていくと同時に、刻々と変わるマーケットの地合いをきちんと掌握し続けながら動いていかなくてはいけないと思う。
先週末から今日までの長期金利の動きをみると、特に週明けに超長期でまた少し上がっているが、これについて私は、基本的にはここ2日間の株価の強い動きと絡んだ動きだと思っている。ずっと将来の日本経済の姿を、より好ましい方向で市場が捉えようとしている動きだと思う。
一方、イールドカーブの手前のほう──オーバーナイトよりは長い数か月程度のところ──をみると、明らかに非常に落ち着いてきている。そういう意味では、日本銀行の政策スタンスに対する信認は、冒頭に申し上げた通り、より深く浸透してきていると考えている。
【問】
景気判断を上方修正しつつ、金融緩和政策の強化を図った今回の決定は異例のものであったかと思う。ご説明の中で、「回復の芽を育てていくという考え方が1つある」ということが示されてはいるが、これまでも景気の回復期においては、常に回復の芽を育てようという姿勢、考え方はもちろんあったかと思う。なぜ今回は、このような異例の組み合わせとなる必要があったのかについて、ご説明頂きたい。
【答】
過去の政策と対比して論ずるということは私の立場ではできないと思うが、現在の状況に即して申し上げれば、仮に経済がデフレと言われる状況に陥っていなくて、多少循環的な──景気が深いところに陥って、ようやく立ち上がっていくというような──局面であれば、情勢判断を上方修正しつつ緩和をさらに強めるという政策は──現在の政策委員会のメンバーであっても──やはり採らないであろうと思う。しかし、今の日本経済の局面は、単に循環的な景気のサイクルが深いところから高いところに上がったということだけではなく、やはり構造問題から脱却しつつある、──特に民間企業、民間金融部門が──自らの構造問題を処理しながら経済全体の前進する力を少しずつ回復しつつあるという状況である。このため、経済指標で見て経済が少し上向いてきた、循環的に良い動きが出てきたと言っても、まだ構造問題の重しというものをずっと引きずりながら進んでいくということになる。従って、好ましい循環がこれから少しずつ強まっていく可能性があるとしたら、そうした可能性をバックアップしながら、構造問題からの脱却の努力も容易にし、好循環というもののリズムをより良いものに整えていくということが政策の役割ではないか──金融政策だけの役割ではないとは思うが──、金融政策の面からもできるだけバックアップしていく責任があるのではないか、と考えたのである。つまり、普通の循環的な景気回復の局面とは違った側面を今の日本経済は持っているので、そうした部分に着目した政策だと理解して頂きたいと思う。
【問】
先程、りそな銀行の取り組みについて、「他の銀行に対してモデルを圧縮して見せているのではないか」というご見解を示された。しかしながら、他の銀行は、りそな銀行の査定基準の厳格化、繰り延べ税金資産の圧縮といった措置は異常だといった反応を示しているのであるが、実は、そうした他行の反応こそが異常だということであるのか。
【答】
私は、決してりそな銀行と同じことをやるべきだと申し上げたわけではない。りそな銀行については、その経営内容、財務内容等を踏まえ、現在の経営陣の──これから先行きどんな銀行にするかという──戦略、経営思想が反映された結果、あのような一連の手立てが講じられたわけである。それぞれの銀行は、自らの銀行の現在の財務状況とか経営内容、これから一体どういう銀行にしていくのかという経営指針、そうした枠組みをまず築いた上で、具体的にどのような手立てが必要かを考えるに当たって、りそな銀行が実施したいろいろな手立てを自分の銀行の状況に合うように仕立て直さなければならない。自分の銀行にぴったり合うような仕立て直しをしながら1つの洋服を作っていく。その洋服がチャーミングな姿に見えるかどうかということが、市場の信認を得られるかどうかにつながる。借りものの衣装で、同じ姿をしても決して信認を得られないと思う。従って、他の銀行がやったから横串で同じことをやれ、と言うような評論家とか政策当局者がいるとしたら、それは極めて無責任な発言である。そこにこそ、経営者の自主的な判断、自分自身のデザインというものが必要になると思う。
【問】
ということは、りそな銀行以外の銀行については、経営者のビジョンというか、銀行の将来あるべき姿がまだ明確に描ききれていないという認識でおられるのか。
【答】
銀行によって随分差があるので、そのように断ずることは適当ではないと思う。この場では、銀行によって非常に差があるとしか申し上げようがないと思う。差があるが、ペイオフ完全解禁を完全に自力で乗り越えるためには、さらなる努力が必要という点では、いずれの銀行も同様なのではないか。りそな銀行の場合でも、あれだけ大きな衣替えをして、実際に走り出すのはこれからである。経営そのものの動態的なメカニズム──あの洋服を着てどのように走るか──はこれから見せていく話である。走る姿として、個々の銀行を確認できるのはすべてこれからだと思う。従って、今、銀行の努力が足りるとか、足りないとか言ってみても始まらない。「これからしっかり走って下さい」と言うのが一番適切なのではないかと思う。
【問】
今回金融緩和を決定された後の議長会見の中で総裁は、「具体的に為替相場は直接意識していない。しかし、いわゆる金融緩和策は理論的には円安の方向に影響を及ぼす力がある」とおっしゃった。しかし、今回金融緩和策が決定された直後、マーケットの反応はむしろ円高の方向に動いていたと思うが、こうしたマーケットの反応について総裁はどのように捉えておられるのか伺いたい。
【答】
相場は上にも下にもいろいろなファクターに反応して動いているのであって、私どもは、先週の措置が直接為替相場の動きに影響を与えたとは思っていない。
先週の会見の時に、為替相場を特に強調して申し上げなかったのは事実である。我々の金融政策は為替だけを見て判断するものではないわけで、市場の動きはすべて見ているし、それらがすべて実体経済にどういう影響を及ぼすかということを考えながら政策判断をしているという意味で、特定のマーケット指標だけにとらわれて判断するということはないからである。今後ともそういう判断はないと承知して頂きたい。
【問】
量的緩和策における上限設定の意味合いについてであるが、今回は2兆円引き上げられたが、なぜ2兆円なのかという質問について、先週の会見の時には特に明瞭なお答えがなかったかと思う。仮に機動的な対応が必要だということであれば、あえて上限を設けなくても良いのではないかとも思う。当座預金残高目標が30兆円を超える局面において、例えば2兆円の幅がどういう意味を持つのか、あるいは、上限設定の意味合いがどこにあるのか、について総裁のご見解を伺いたい。
【答】
先週の会見でも申し上げたが、32兆円という数字は算術的な根拠を持っているわけではない。従って、32兆円という数字をあまり神経質にお考えになられても、それは無駄だ。もう少し肩の力を抜いて自然に考えてもらいたい。流動性供給の枠というものを与えている以上──単一の数字を挙げている場合にはピン・ポイントの目標になるが──、本来、その枠の範囲内で機動的、弾力的に調節を行うというのが極めて自然な姿だ。
前回も申し上げたが、経済が沈んでいくというパーセプション(認識)の中で、様々なマーケットの変動の可能性そのものも沈み込んでしまい、凪のようなマーケットになりがちだという状況は、少なくとも変わった。
経済が立ち上がってくると、先程から皆さんが言っておられる通り、長期金利が動くだろう。それはリスク・プレミアム要因が潜んでいるからだ。為替も動くだろう。これは累積的な経常収支の黒字が嵩んでいるからだ。そういうことをご説明申し上げているわけで、そうしたリスク・プレミアムが顕現化しやすいマーケットの状況に変わった。景気が良い方向に動き始めたということは、マーケットのほうから言えばそういうことだ。
従って、市場の調節については、ピン・ポイントではなくて、やはり幅をもって対応をする必要がある。しかし、現実には、枠の上限一杯に流動性を供給しているのであるから、その枠に幅を持たせようとすれば、上に広げるしかないだろう。そうすると、現在の上限を中点にして幅を広げれば、自然と32兆円という数字が出るのであって、それ以上に高度な計算根拠とか、何か別の角度から枠を算出したということではない。我々は極めて自然体に判断をしたし、これを受け止めるほうも、この点についてはもう少し気楽に受け止めて頂きたい。
【問】
先程おっしゃったように、「循環的な動きだけではなく構造的な問題もあるので、今までとは違う、より市場に優しい、いろいろな政策を採っていく」というご指摘自体は、非常に良くわかる。ということは、今の量的緩和のご説明に沿って考えると、今後も景気が順調に回復して行く場合、情勢判断を上方修正しつつ、量的緩和を拡大していくということも論理的にはありうると考えて良いのか。
【答】
今のご質問を伺って、今回の金融政策の透明性強化に関するご説明がまだ十分ご理解頂けていないのではないかという印象を受けた。「情勢判断を上方修正した、下方修正した」というような言い振りで、皆様方に我々の経済に対する認識を申し上げるのは、今回が最後である。「今回が最後」ということは明確にご認識頂きたい。次回以降は、展望レポートでお示しする標準シナリオに対して、経済が上振れ、または、下振れの動きを示している、あるいは、標準シナリオ通りに動いている、さらには、もし上振れているとしたらどういう要素で、下振れているとしたらどういう要素でということを、きちんと申し上げて、それに相応しい政策対応をしていく、というかたちに説明の仕方が変わってくる。従って、「上方修正、下方修正」というような判断は「今回が最後」ということである。
【問】
では、展望レポートで示した標準シナリオに比べて上振れていても、量的緩和の拡大がありうるのか、という質問に変えさせて頂く。そういう場合は如何か。
【答】
標準シナリオから上振れていくという場合にも、これはいろいろ幅があると思う。まず、標準シナリオそのものが、デフレ脱却の可能性というものをある合理的な時間的距離の中に置いているのかどうか。もし置いているとすれば、その標準シナリオはかなり理想的なものということになる。その場合には、上振れた際の緩和というものはあり得ないということになると思う。標準シナリオそのものがまだデフレ脱却に対してある道のりを残している場合には、その標準シナリオから上振れた際の判断が非常に微妙になってくる。さらにサポートが必要なのか、上振れた結果として理想の姿に近づいているからサポートは必要ないのか、その辺は判断が分かれてくるところだと思う。
【問】
展望レポートで示す標準シナリオに対して、「上振れしているか、下振れしているか。それに沿った政策対応をしていく」ということについては、前回の決定会合の議論の中で、総裁が「こういうかたちで政策運営を行う」というようなことを皆さんにお示しになったのか。そうした運営方法については、決定会合においてどのようなコンセンサスが得られているのか、お伺いしたい。
【答】
私が示したのではなく、政策委員会のメンバー間で透明性の強化について議論していく中で、このような方法を採ることになったものである。
【問】
先週の金融政策決定会合の決定について、総裁は「金融緩和とは位置付けていない」という説明をされたという話も伝わっている。それとの関連で言えば、発表文についても、従来の金融緩和時には「金融調節方針の変更について」というタイトルであったのだが、今回は、単に「金融政策決定会合における決定について」となっており、注意深く言葉を選んでいるかのような印象も受けた。今回の措置は金融緩和と位置付けておられるのかどうか、確認させて頂きたい。
【答】
タイトルについては、私の認識にもない程度のことである。タイトルは「決定会合の決定事項について」というようなものになっていると思うが、それは調節方針のことだけではなくて、国債買現先オペの期間延長とか、今申し上げた透明性の強化とか、いろいろな内容を含んでいるので、それを全部総合してそういう標題になっているものと思う。
それから、「緩和」か「緩和ではない」かという定義論争にあまり入っても仕方がないと思うが、この前の発表文で明確に申し上げたのは、「景気のダウンサイドリスクに対応する」という今までの意味の緩和とは違うということだ。「緩和ではない」という乱暴なことを申し上げたつもりは全くないが、より厳密に言えば、「今までのような景気のダウンサイドリスクに対応した措置ではない」という意味では緩和ではない。しかし、出始めた景気回復の芽をしっかりサポートしていく——つまり市場に、あるいは経済により優しい政策を採っていく——という意味で、それを緩和と言うか言わないか、それは定義の問題だと思う。
【問】
一点確認だが、先程、「景気認識についての上方修正、下方修正という表現は今回が最後である」というお話があった。先日の資料には、3か月毎の中間評価で、標準シナリオ対比の上振れ、下振れという評価を行っていくという説明があったが、今後は、1、7月以外の月次の基本的見解についても、標準シナリオ対比の表現で示していくという理解で良いのか。
【答】
基本的には、そう理解して頂いて良いと思う。ただし、シナリオに対して上振れているか下振れているかということを毎月判断することはおそらく無理だと思う。経済指標は不規則に上下動を繰り返すし、やはり3か月ぐらいの幅を持って判断しないと、上振れか下振れかということはなかなか判断し難いということはある。しかし、頭の中の構成としては、「毎月は従来通り」であり、「3か月毎には新しいやり方でやる」ということではないと思う。常に新しい判断基準で物を考えているけれども、毎月毎月、上振れている、あるいは下振れているという判断をする自信は、多分持てないだろうということだと思う。
以上