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総裁記者会見要旨(10月31日)
2003年11月4日
日本銀行
―平成15年10月31日(金)
午後3時半から約50分
【総裁】
決定会合後、当日中に記者会見を行う方式に変更して、今日が初めての会見であるので、よろしくお願いしたい。決定会合の結果と、展望レポートについては、既にご覧頂いたと思うので、私のほうからは申し上げることはない。
【問】
本日公表された「経済・物価の将来展望とリスク評価」をみると、実体経済に関しては「来年度を通じて回復が続く」、また物価に関しては「今年度、来年度ともに小幅な下落が続く」という表現になっているが、そのような判断に至った経緯等も含め、景気の認識を伺いたい。
【答】
いろいろな議論があったが、私どもの経済に対する見方は、まだ決して楽観的にはなっていない。英語で言うと、"cautious optimism"という言葉があるらしいが、我々も、多少先行きの展望が開けつつあると判断する一方で、今後とも慎重な目でフォローしていくつもりである。
前回の決定会合の後、我々の情勢判断としては、「緩やかな景気回復の基盤が整いつつある」と申し上げた。本日の決定会合における議論は、その点を再確認しながら、その延長線上で議論を将来に──やや長い目で来年に向けて──広げたということである。足許の動きは、前回の判断の延長線上で、さらに少しずつ良い要素が付加されながら推移してきている。
輸出、生産の増加を基点として好循環が始まることは、ほぼ確実だと前回申し上げたが、輸出に続いて、生産のほうも明確に増加が始まったので、延長線上とは言いながら、より良い要素を加味しつつ、その点を確認したということである。海外経済は、ご承知の通り、我々の予想よりも今のところ高めの成長を示すという動きになっている。これも望ましい方向への追加的な動きということであるが、それらの材料を来年度にも織り込んだ結果、展望レポートでお示しした通り、来年度を通じて回復が続くという見通しが、多少大胆ではあるが、立てられたということである。
しかし、中身をよくご覧になればおわかりのように、回復テンポはそんなに加速するとはみていない。来年度を通じて回復は続くけれども、そのテンポは緩やかなものにとどまる可能性が高いというのが、今の政策委員の大勢見通しとなっている。
従って、大勢見通しにあるような予想成長率の下では、GDPギャップの縮まり方が、それ程目覚しいものにはならないのではないかと思われる。それを基本的な背景として、物価の見通しについては、幾ばくか需給ギャップが縮まるとしても、消費者物価指数の前年比変化率が明確にプラスの世界まで押し上げられるところまでは行かないのではないか、というのが現時点における大勢の判断である。
海外経済の動きは──日本もそうであるが──、世界のIT需要の回復といったことに強く支えられている。日本経済について言えば、それに加えて、これまでも申し上げているが、企業のリストラ努力の成果が、損益分岐点の低下を通じて収益体質の改善につながってきている、という要因が背後にある。ただ、先行きについては、なお様々なリスク要因が残っている。
従って、従来のように悲観一色ではないが、決して手放しの楽観はしないで慎重に先行きをフォローしていこう、という判断に立ち至ったわけである。
【問】
今回から会見形式が変わった──これまでは現状維持の当日は会見がなかった──わけであるが、本日の政策決定会合では現状維持──当座預金残高目標は27~32兆円程度──を全会一致で決定している。その趣旨について伺えることがあれば、お願いしたい。
【答】
前回の情勢判断以降、実体経済は、只今申し述べたような、展望レポートの見通し──シナリオと言っても良い──に素直につながってきている。従って、政策変更を促すような要因は、実体経済面の判断からは出てこない。
また、金融資本市場の動向についても、総じて落ち着いて推移していると思っている。先々、長期金利がどのように動くかとか、為替相場の変動が実体経済にどのような影響を及ぼしてくるか、といったことを見定めていく時間的余裕は十分持っている。
さらに、前回の政策決定会合では、流動性供給の上限を引き上げて、今後の経済の推移を十分ウォッチしながら、あるいは市場の動向も見極めながら、より機動的に市場調節ができる体制を整えている。こうしたことから、今回は全員一致で、次回の決定会合まで、現状の調節方針を維持することが適当だという判断に至った。
【問】
昨年竹中金融担当大臣が就任され、「金融再生プログラム」などが打ち出されてからちょうど1年がたった。この間、金融改革の取り組みについては、どのような進捗があったのか、またどのような課題が残っているかについて伺いたい。
【答】
昨年秋以降の動きとしては、金融庁のほうからは「金融再生プログラム」が、また日本銀行のほうからは「不良債権問題の基本的な考え方」が打ち出された。それらについては、金融機関をはじめとする関係者の間で、不良債権問題の克服に向けてより積極的に取り組むとの方向性について、共通の認識が深まったという点が非常に意義深かったと思っている。実際に、不良債権の経済価値のより適切な把握と、それに基づく引当の強化が明確なかたちで進められている。特に、大手の銀行であればあるほどそうだと言える。また、産業・金融一体での企業再生等の取り組みが、現実に進められるようになった。さらに、株価変動リスクの軽減についても、かなりの前進が見られるようになった。加えて、将来の金融機関の収益力強化という点については、まだまだこれから先の課題ではあるけれども、明らかに金融機関の目がそちらの方向にも向けられようとしている。そういう重要な変化があったと思っている。そういう意味では、金融システムの現状を評価すると、なお厳しいと言わざるをえないけれども、取り組みの成果は徐々に現れ始めている。これからは、再来年4月のペイオフ完全解禁を目指して、いかなるかたちで努力を加速していくかという点に、次第に焦点が絞られてきている。そういう意味で、後ろばかり振り向いていないで、これから前向きに仕事ができるという前進があった、と思う。
【問】
今しがたも言及されたように、総裁は、産業・金融の一体的な再生を強く支持され、その重要性を強調されていると思う。他方で、5月に発足した産業再生機構を巡ってはいろいろなことが起きており、うまくいっていないようにも見受けられる。そのことについては、金融機関の引当が少ないからではないかとか、逆に再生機構に柔軟性がないからではないかといった声もあるが、産業再生機構の活動の状況について、総裁はどのような評価、見方をされているのか。
【答】
産業再生については、個々の民間金融機関において、かなり前向きかつ具体的な動きが出始めているという点を、我々は評価している。それと同時に、今おっしゃった産業再生機構の活動についても、本格的に始まっているということを、我々は前向きに評価している。もちろん、こうした産業再生機構の仕事──個々の金融機関からみると、長年大事に取引関係を保ってきた個々の企業について、産業再生機構を通じて再生させるという仕事──には、その最初の局面において、いろいろな技術的な問題も含めて、調整を要する事項がいくらかあるはずで、そのことは避けられないと思う。少なくとも私が見ている限り、産業再生機構の指導者の方々は、この問題に対しては、一貫して相当前向きな姿勢で臨んでおられる。個々の金融機関との間で調整を要する問題についても、相当エネルギーを注いで調整作業を進めながら、全体としての問題処理を円滑に進める過程に徐々に入ってきていると思う。私は、産業再生機構の首脳の方々の姿勢を評価している。
【問】
展望レポートでは、需給ギャップが小幅ながら縮小するものの、物価については小幅な下落が続くという見通しになっている。ただ、景気が良くなってもなかなか物価に跳ねてこない背景には、需給ギャップ以外にもいろいろな要因があるという見方もある。世界的なデフレ傾向とかIT化とか、いろいろな物価下押し圧力があると思うが、総裁は、需給ギャップ以外のデフレ圧力についてはどのようにお考えか。
【答】
物価に対する下方圧力としての要因が、以前に比べて増しているかどうかという観点からみると、世界経済全体としてのディスインフレーションの進行という言葉で表現されるように、世界経済に共通の現象が多々あるように思う。例えば、経済のグローバル化の中で、企業間競争が厳しくなる一方だということは、企業の価格設定政策そのものを従来の姿とは相当異なるものに変えてきていると思う。また、引き続き日本と周辺アジア諸国間との労働力コストを始め、諸コストの差というものが存在し続けており、コスト構造の差から来る価格への下方圧力というものもあると思う。
しかし、これらは個々の企業のリストラとか、あるいは新しいイノベーションの中で解決されていく部分も非常に多く、マクロ経済の面からみると、需給ギャップの存在がどのように解消していくかということが、物価問題を考える場合の一番のベースになる。従って、展望レポートの見通し作成に当たっては、物価についても多面的な分析・検討を加えているが、一番ベーシックなところは、やはり需給ギャップの評価というものになっていくと思う。
【問】
展望レポートの中にGDPデフレーターについての記述がある。以前よりあった議論だと思うが、ここでGDPデフレーターについて言及された意味合いと、GDPデフレーターについては、今後どのような視点から分析していくのが適当とお考えか、ということについて伺いたい。
【答】
イノベーションの進展が早ければ早いほど、現在のデフレーターの算出方法を前提とすると、GDPデフレーターの下落幅は大きくなる。従って、逆算して実質GDPでみると、その数値を強く押し上げる効果が出る。こうしたことを前提に、正しく情勢判断をしていこうということである。デフレーターの下落幅が大きく算出されることが統計的におかしい、という指摘ではない。そこは誤解のないようにぜひお願いしたい。
多くの先進国でも、現行の手法でデフレーターを算出している以上、こういう傾向が出るということは共通の認識になっており、そのことを十分念頭に置いて実質的な経済の情勢判断を行うという姿勢をとっている。我々の姿勢もそのレベルに揃えながら、判断していこうということである。一昔前のGDPと物価との関係を念頭に置いて、GDPがこれぐらいの水準になれば物価の上昇圧力も相当強くなるのではないか——その場合の物価とはCPIのことだが——と考えるのではなく、そうした関係は修正しながら判断していかなければならないということである。
今回の展望レポートでも、GDPについての政策委員の大勢見通しは、ある意味で少し高めの数字が出ている。しかし、CPIの前年比は依然として若干のマイナスである。そこに違和感を持たれるとしても、その違和感はデフレーターの要因をきちんと理解して頂ければ解消するはずである、というのがその趣旨である。従って、大変技術的な問題を述べているようだが、イノベーションが非常に早く進んでいく中での経済の認識——そうしたある意味での頭の切り替えを図りながら経済を見始めているのは先進国に共通である——に関することであるので、ぜひこの点はご理解頂きたい。繰り返しになるが、日本のデフレーターの算出方法がおかしいということを言っているわけでは決してない。
【問】
本日公表された展望レポートと、前回の金融政策決定会合で決定された量的緩和政策継続のコミットメントとの関係で伺いたい。
先程総裁もおっしゃったように、展望レポートでは、消費者物価指数について、2003、2004年度ともに前年比マイナスという大勢見通しが示された。一方、前回決定されたコミットメントでは、消費者物価指数の見通しが、前年比でマイナスにならないことが量的緩和政策を解除する条件であるということを明確にされている。マイナスの見通しが示されている場合、よほど大きく外的要因が変化しない限りは、基本的に次の中間見直しまでは、量的緩和政策が堅持されているという認識で良いのか。
【答】
ある時点まで政策変更は行わないといったことを、責任を持って答えることはできない。物価については、長期にわたって、小幅とは言え、なおマイナスの前年比を示すというのが、政策委員の大勢見通しである一方、政策委員の先行きの物価見通しがゼロ%以上になることが、量的緩和政策の解除にとっての必要条件の1つであると申し上げた。その限りにおいては、当然この見通しが変わらない限り、今後長期にわたって今の緩和政策が堅持されることになるだろう。ここまでは言えるが、いつまで政策変更を行わないか、という質問に対しては一切答えられない。
【問】
展望レポートで示された見通しが変わるまでは、なかなか量的緩和政策を解除できないだろうということであるが、今後3か月に1回行われるレビュー(見直し)以外で、見通しが変わるというケースはありえないのか。
【答】
前回の会見でも申し上げたが、お示ししている標準的なシナリオから上振れしたか下振れしたかについて、日々あるいは月々、明確に判断できるかと言うと、そこまでは難しいだろう。もっとも、概ね3か月という刻みを設ければ、ある程度自信を持って上振れ、下振れの判断ができるのではないかと思う。しかしそうかと言って、我々が毎月の判断を避けるというわけではないので、毎月の記者会見で我々の判断を申し上げる。すなわち、上振れた、下振れたと明確に申し上げないにしても、それぞれの指標の出方を我々はどういうふうに評価しているのか、個別の現象を我々はどういうふうに評価しているのか、あるいは市場がどういう動きを読み取ろうとしているのか、といったコメントは申し上げる。それらをある程度の期間を置いて眺めてみると、上振れか下振れかという判断につながっていく、ということだと思う。
【問】
デフレの関係だが、今回示された大勢見通しがそのまま実現すると、CPIコアの来年度の前年比もマイナスということになる。もちろん今後の経済の動きにもよると思うが、これが実現すると物価は7年連続での下落ということになると思うが、その点について総裁はどのようにお考えか。
【答】
やはり民間部門を中心に、克服すべき構造的課題が非常に多いのだと思う。構造的課題と言っても、必ずしも後ろ向きのものばかりではないわけで、これからの時代に向かって新しい付加価値創造の能力をしっかり身に付けていく、という前向きの面での構造的課題というものも、引き続き非常に大きいということだと思う。しかし、この点については十分希望を持って、これから前進しうるわけで、民間企業と金融機関が希望を持って前進する努力を、我々は全面的にサポートしていきたいと思う。今、私が示した見通しはあくまでも標準的なシナリオだが、我々としてはこの標準シナリオというものが将来さらに明るい方向で改訂されていくように、希望を持って努力していきたい。
【問】
2つ伺いたい。1つは本日の「経済・物価の将来展望とリスク評価」の3ページ目、「デフレ克服の展望と金融政策運営」の中に、量的緩和に対する評価として、「実体経済に対してしっかりとした下支え効果を発揮している」という文言がある。この箇所に関して、4月の展望レポートには、確か「実体経済を十分刺激するには至っていない」といった表現があったかと記憶している。そうした表現が今回なくなっているということは、現時点では、実体経済に対して十分な刺激効果があったと評価しているということなのか。
もう1つは、財務省の為替介入について、外為特会の為券発行には上限があるということで、上限に近づくようなおそれがある場合には、財務省が日銀に対して外貨建て債券を売却することを要請するかもしれないとの報道もみられる。実際にまだそういう要請は行われていないと聞いてはいるが、そのような要請があった場合、日銀としてはどのような対応を行うつもりなのか伺いたい。
【答】
前者については、それ程意図的に大きく表現を変えたつもりはない。また、前回時点でも実体経済に対して全く無力だと思っていたわけではない。実体経済のデフレ・スパイラルへの落ち込みを防止する力は十分あったということを、展望レポートか別の資料で繰り返し指摘している。そういう意味では、景気の下支え効果というものを、かなり明確に持っていたということが、我々の一貫した判断だと思っている。
それから、外為資金の関係のお尋ねについては、私どもに政府のほうからの要請はまだ──まだというとおかしいが──ない。あった場合にどう対応するのかと問われれば、「検討しない」とお答えをするわけにもいかない。要請があれば当然検討するが、今日までのところ、そういう具体的な要請は──検討の要請も含めて──ない。
【問】
前回の会見で「円相場だけを見て金融政策を決定するわけではない」とおっしゃったが、日銀当座預金の積み上がり自体に円安効果があるとお考えか、お聞かせ頂きたい。
【答】
繰り返し申し上げているが、円相場だけを目の敵にしてモグラ叩きのような金融政策を採る考えは一切ない。従来も採っていないし、今後もない。為替相場だけではなくて、その他の金融指標の変化というものが実体経済にどういう影響を及ぼすかという検討を経て、我々の情勢判断としてまとまってくるわけで、そうした情勢判断を基に金融政策をやっていく。これは一貫した姿勢であり、今後とも変わらないと思って頂いて良い。
私は、量的緩和政策——短期金融市場に流動性を多額に供給している金融政策——について、金利が機能していた時の金利低下と同じように——その程度が全く同じかどうかはわからないが——、流動性の供給を増やせば、一般論として為替相場を自国通貨安の方向——円で言えば円安の方向——に導く要素を持っていると思う。ただ、これはあくまで一般論であり、かつ理屈の上での話だと思う。実際には、一生懸命円相場だけに狙いを定めて、流動性の供給量を調節するという考えは一切ない。
【問】
消費者物価指数の前年比の見通しは、確かにマイナスではあるが、もうかなりゼロに近い状況になっている。こうした中で、これまでデフレ・スパイラルを食い止めると言って積み上げてきた日銀当座預金残高を維持しながら、金融政策を運営することは適当なのかどうか。例えば、量的緩和の枠組みは残しつつ、その中で当座預金残高を減らすといったことはありえるのか。
【答】
我々は、以前からお約束している通り、消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで——それについて、前回、さらに細かい定義をしたわけであるが、あの定義通りになるまで——、しかも実質的にも緩和を修正することが適当だという判断に至るまで、政策の基本的な枠組みを修正するつもりはない。
大規模な量的緩和により、金融市場等の機能に副作用が現れているということは、十分承知している。しかし、それらについては、中央銀行として、デフレ脱却までは取らざるをえないリスクと認識している。
【問】
展望レポートにおける消費者物価指数の見通しについて伺いたい。これまで年に2回大勢見通しが発表されてきたわけであるが、今後、3か月毎に中間評価を行う中で、標準シナリオと実際の経済情勢の乖離が大きかった場合には、その段階で消費者物価指数の大勢見通しが変更をされるということもありうるのか。
【答】
我々がこれからどういう経験をしていくか読めないところもあるが——もちろん、3か月毎に、シナリオがどういう方向に振れつつあるかということは明確に申し上げるが——、その都度おっしゃるように数字を塗り替えるというか、新しい数字を示しながらやっていくというような考え方は、今のところ視野に入れていない。
【問】
そうすると、今回展望レポートで示された見通しは、少なくとも半年間は変更しないということなのか。
【答】
見通しを基に「上振れているか下振れているか」と申し上げていくわけであるから、皆さんそれぞれにあるイメージを持って頂けるのではないかと思う。しかし、その度毎に何%といった数字で示すことが有益かどうかは、利害・得失が伴う問題だと思う。私どもは、現時点では、そのように細かく数字で追いかけることは、必ずしも適当ではないと判断している。
【問】
3か月毎に、展望レポートの標準シナリオに比べて、上振れているか下振れているかをチェックしていくということであるが、そのチェックと金融政策との関連についてお聞きしたい。例えば、「標準シナリオ」に比べ上振れていた場合は、基本的に金融緩和は必要ないという判断になってくるのか。
【答】
日本銀行が一番避けたいのは、金融政策の判断について機械的な理解をされることである。つまり、我々が「上振れ」という言葉を使ったら、オートマティックに政策の修正に結びつく──「下振れ」の場合も同様であるが──と理解されるようであれば、そうしたリスクを避けるために我々はいろいろ考えなければいけない。そこは、もう少し素直に我々の話を今後聞いて頂きたいところである。
「上振れた」と言っても、一体どういう要因で経済が上振れしているのか、その上振れがどういうふうに持続していくのか、物価との関係ではそれはどういうふうに理解できるのか。やはり、そこのところは毎回同じ「上振れ」という言葉を使っても中身が違ってくるわけで、政策判断に結びつく場合も、結びつかない場合もあると思う。「下振れ」の場合も全く同様だと思う。我々はデフレ脱却ということを目指しているわけなので、上振れたらすぐ引き締めかというと、そう単純にはいかないのではないか。デフレ脱却への距離感を十分短くするような、しかし予期せざるリスクが伴わないかたちで、「上振れ」が続くということが、ある意味で我々の目指すところである。せっかくの良いシナリオが、「もうすぐ引き締めだ」と捉えられることによって阻害されることにでもなれば、また違ったリスク要因が生じるのではないかと思う。従って、その都度丁寧にご説明申し上げるので、ぜひ丁寧に理解して頂きたい。
【問】
米国経済が予想以上に好調な成長を示しているが、今後、米国の経済成長が日本に与える影響をどう見ているのか。また、こうした米国の成長が続けば、見通しの上振れ要因になってくるとお考えか。
【答】
昨日公表された米国の成長率は多分、減税によってかなり押し上げられた数字ではないかという気もしている──それだけではないかもしれないが──。従って、もう少しならしてみて、これから米国経済が安定的にどれくらいのペースで成長していくのかということを適切に織り込みながら、日本経済についても安定的な回復の軌道を見出していく必要があると思っている。昨日公表された数字が、米国の今後の経済成長のペースだとは考えにくいので、米国の今後の安定的な成長ペースがどれほどかということを見出す努力を、米国自身もなさるであろうし、世界各国も行っていると思う。我々も、そこを見出す努力を強めていきたいと思っている。
【問】
大規模介入で外貨資産が積み上がっている現状、および、外為特会などの外貨資産運用のあり方について、総裁はどのようにお考えか。
【答】
外貨準備が積み上がっていること自体、私どもの金融政策ないしは金融調節にマイナスの影響をもたらしているということはない。外貨準備の積み上がりのあるなしに拘わらず、金融調節の効果は意図した通り発揮されていると思っている。
外貨準備そのものの運用については、ほとんど全てが外為特会それ自身の運用であるので、その運用の適否について、私どものほうからコメントすることは差し控えたいと思う。
【問】
展望レポートの基本的見解の最後のところに、「金融政策の波及メカニズムを強化し」とある。日銀が資産担保証券の買取り等を実施して半年弱経つが、その評価について一言伺いたい。
【答】
日本銀行自身の資産担保証券の買入れ額はまだ少額にとどまっているが、日本銀行が買入れ措置を講ずるということ自体が、市場関係者に対して、市場作りへの意識をより強く持って頂くためのきっかけを与えることになっている点は大変心強く思っている。たまたま日本銀行の買入れ額が少なくなっていることについては、同時に株価が著しく上昇し、ある意味で資産流動化の必要性が金融機関においてある程度薄らいでいるということ、あるいは、日本銀行が買入れるということがきっかけになって、そうした商品が組成されたときに、日本銀行が買うまでに市中で先に消化されるという現象が起こったりしていることも背景になっている。
従って、我々としては、日本銀行の買入れ額が少ないということについて、今のところそれほど否定的な感じをもっていない。のみならず、これから「証券化市場フォーラム」というものをマーケットの中で立ち上げて、マーケットの長期的な発展のために皆でさらに知恵を出そうとしている。こうした気運が盛り上がっていることも、我々がこのような措置に着手した一つの大きな効果である。こういう貴重な作業が始まろうとしているわけで、資産担保証券に限らず、そこから、日本の金融資本市場を今後良くしていくためのいろいろな材料が飛び出してくることを実は期待している。そうした材料を活かしながら、市場の発展を実現していきたいと思っている。我々の資産担保証券買入れ措置について、どういった点を修正すれば、我々のオペレーションにとっても、あるいは市場作りのほうにとってもプラスの効果が出るのかに関して、新しい意見がそのフォーラムで出てくれば、我々としてはそれを積極的に採り入れていきたい。言い換えれば、我々のオペのやり方について、前向きな意見があれば、必要に応じて修正を施していきたいと思っている。
【問】
今回から標準シナリオとの対比で景気情勢を判断していく方式になるということだが、こうした方式に変えることのメリットと、従前の方式にあった問題点について、改めて総裁から伺いたい。
【答】
従前の方式に、非常に大きな問題点があったから変えるということではない。従前の方式──言ってみれば、ごく常識的な、普通の方法だと思っているが──よりも、我々が見通しを発表して、それとの対比で経済がどう動いているか説明する方式のほうが、より厳密に我々の情勢判断をお伝えすることができる。なぜならば、標準的な見通し自体が、我々の判断の下で組み立てられているわけで、それとの対比での変化ということになれば、実際の経済の動きはどういう要因で動いており、どこが想定と違っているのか、ということをより正確に申し上げられる可能性が強いからだ。
従って、過去の動きに比べて「少し良くなった、悪くなった」という今までの方式は、確かに自然な枠組みなのだが、「それでは一体経済はどこに行くのか」という部分について、これから我々が始める枠組みのほうが説明能力がより高いのではないかと思っている。多くの非常に難しい作業を伴うので、申し上げているほど理想的に、初めからきちんといくかどうかについては自信はないが、そこは我々が努力して良いものにしていきたい。
繰り返し申し上げるが、金融政策運営の透明性の向上とは、我々が情勢判断を打ち出すに至る「物の考え方」をきちんと理解して頂くということだし、状況が変わったと申し上げたときにも、日本銀行はどのように判断して状況が変わったと考えたのかということを、きちんと理解して頂くということだ。政策変更を伴う場合もあるし、伴わない場合もあるが、伴った場合には、「なぜ伴ったか」ということが、従来よりもより明確に理解して頂けるようになるのではないかと期待している。
【問】
金融政策と金融システムの関係で1点伺いたい。展望レポートの中でも、金融システムのことがリスク要因として挙げられている。現状の金融政策がCPIにコミットしていることは承知しているが、仮にCPIに関する条件が満たされて、量的緩和政策を解除した場合の金融システムへの影響をどう考えているのか。換言すれば、日銀が考えるCPIの安定した状況というものは、その前提として金融システムの健全化、安定化が達成されている──実体経済に資金を流すという観点から、金融システムの健全化、安定化は重要であると思うが──状況であると理解して良いか。
【答】
お尋ねの通り、景気の足腰が強くなり、金融システムの健全性もさらに急速に高まるといった両々相俟つような状況になれば、一番理想的なコースを辿るということになると思う。しかし、必ずそうなるかということについては、本当に今後の努力次第だと思う。金融システムのほうは、少しずつ健全化の方向に向けて努力が加速されつつあるというのが現状認識であるが、もっと加速されていくべきだということを、もう既に何回も申し上げており、今日も申し上げた。
景気の持続的な回復パスに上手くつながっていくということと、金融システムの健全化がさらに進むということ、この両輪を狙いながら我々が行動を続けていくということだけは確かだ。しかし、本当に理想通りに、両輪が常に両々相俟って走るかどうかはわからない。そこでお互いにダメージを与え合うようであれば、リスク・ファクターとならざるを得ないという意味で、金融システムの問題も、リスク・ファクターの一つとして引き続き展望レポートに掲げている状況である。
以上