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春審議委員記者会見要旨(12月4日)

2003年12月5日
日本銀行

―平成15年12月4日(木)
愛媛県金融経済懇談会終了後
午後2時から約30分間

【問】

本日の金融経済懇談会の席上、地元から出された意見のうち、特に関心を持たれたものを伺いたい。

第二に、最近、経済指標が上向きつつある中で、地方ではまだまだ厳しい状況が続いているといわれる点に関連し、地方向けの施策についての委員のお考えを承りたい。

【答】

最初の質問であるが、本日10時から愛媛県の経済界を代表される16名の方々にお集まり頂いて、約2時間懇談させて頂いた。先程、皆様にも要旨をお配りしたが、私からご挨拶申し上げた後、皆さんの意見を伺った。

ある程度予想はしていたが、「GDP統計等からみると景気が回復しつつあるということであるが、実感としてはとてもそういう状況にはない」というご発言が多かったように思う。県内中小企業の多くは下請けというかたちで仕事をしていらっしゃる訳であるが、総体として仕事が少ない。仮に仕事があっても、利益が出ない。建設・土木業、歴史のあるタオル・縫製業、観光業など、それぞれ原因は別であっても、苦しい状況にある。また、一般的に良いとされている海運業も、外航海運が好調の一方、内航海運は不振。あるいは、紙パルプ業界でも、例えば新聞用紙の軽量化という要請に応えるための投資負担が大きく、苦しいというようなご意見があった。

この点、消費あるいは設備投資の不振の原因として、土地価格の継続的な下落を指摘される声が多かった。東京近辺は総じて下げ止まりの状況にあるが、地方では下落が止まらない。皆さん、その点を非常に強く意識されているように感じた。

こうした中で、金融機関の方々は、取引先企業の経営者とのコミュニケーションを通じ、企業再生に努力を払っていらっしゃる。タオル業界にも、自社ブランドの開発やアンテナ・ショップの設置によって新たなマーケティングを始める動きがある。さらに、観光業では、来年3月の大洲・宇和間の道路開通を機に、パビリオンを建てず、かつ一過性ではなく、将来に繋がるかたちでイベントを計画したり、「坂の上の雲」に因んだ街づくりを進めるなど、前向きの努力についても伺った。

中国に関しては、他の地域でも多かれ少なかれ同様の傾向がみられるが、プラス・マイナス両面で大きな影響を受けているように認識した。

政府に対するご要望も幾つか伺った。例えば、「中国との競争上不利に働く日本国内の規制を見直して貰いたい」というご意見、あるいは「雇用対策のための補助金等の制度があるが、その使い勝手が悪い」というご意見などが聞かれた。また、日本銀行に対しては、「金融緩和を続けているにも拘わらず、資金の需要がないということから貸出に回っていかない。今後、中小企業にも資金が十分行き渡るよう金融機関を支援するなど、引続き努力して欲しい」というご意見を伺った。頂いた貴重なご意見ご要望は、私共の今後の活動に活かしていきたい。

二つ目の「中央と地方の格差を前提とした場合、地方向けの施策としてどのようなことが考えられるか」というご質問であるが、ご挨拶の中でも申し上げたとおり、二極化、つまり中央と地方の格差、大企業と中小企業の格差、製造業と非製造業の格差、そういった点が大きな問題である。雇用の70%を占める中小企業あるいは75%を占める非製造業のウェイトが地方では高く、わが国経済の本格的回復には、地方が活性化する必要があると思う。地方向けの金融政策は、直ちには思い浮かばないが、現在、日本銀行が進めている政策波及メカニズムの強化、通貨の流通速度を上げていく、そういった努力を続けることが、結果的に、大企業製造業を中心とする景気回復が次第に非製造業にも及び、雇用や所得の回復を通じて消費を押し上げることに繋がることになろう。こうしたことが基本ではないかと思う。

【問】

金融経済懇談会の中で、「量的緩和政策の解除は、ワンテンポ遅れるくらいのタイミングを考えている」というお話をされたようであるが、これはどのような趣旨か。

【答】

「ワンテンポ遅れる」という感覚的な表現で申し訳ないが、別な表現をすれば、「遅過ぎるリスク」と「早過ぎるリスク」のうち、現在は、「早過ぎるリスク」を重く考えるべきではないかということである。いずれデフレ克服の展望が確認された段階では、出口というか、量的緩和政策の解除が問題となる。勿論、しっかりと状況が整うことが前提になるが、その時期はかなり先のことであろうと考えられる。今、重要なことは、相当の期間に亘って量的緩和を継続するという日本銀行の強い意志をマーケットに十分知って貰うということである。そういう意味で、誤解を生むようなかたちで出口の議論を始めることは適切ではない。

【問】

10月に消費者物価がプラスになったが、デフレを克服したと判断するうえで、それ以外にどのようなメルクマールが考えられるか。

【答】

非常に難しいご質問であるが、先日(10月10日)のコミットメントの明確化で挙げた三項目に尽きる。第一、第二の条件が満たされても、第三項目により、なお緩和策を継続すると判断することはあり得る。将来どういう事態が起こるか分からないということも含め、まさに一呼吸置いてというか、ワンテンポ置いて判断するということになると思う。私の個人的な見解であり、また、これに限ったものではないが、例えば、一般消費者物価だけでなく、資産デフレ——先程申し上げた地価の下落がどうなるかということ——も、一つの判断要素になるのではないかと思っている。

【問】

一部に「足利銀行の一時国有化をきっかけに、今後、地方金融機関の再編が進むのではないか」という見方もあるが、如何お考えか。

また、りそな銀行のケースでは、日銀は特融を決めながら、結局、実際にはこれを実行せずに済んだが、足利銀行に対しては特融は実行されていないという理解でよいか。

【答】

足利銀行については、残念ながら債務超過に陥ったため、栃木県における同行の存在の重要性に鑑み、法律に基づいて3号措置が決定されたことは、やむを得ない措置であった。株主や経営者には厳しい結果となったが、預金者を含め債権者には損失が発生しなかったなど、影響を最小限に止めることができたように思う。懸念されるのは、融資先への影響である。新しく任命される同行の経営者、公的機関が適切な措置を取られるものと思うが、2日には関係省庁連絡会議が開催され、栃木県、日銀もオブザーバーとして参加したところである。

足利銀行以外の銀行についてのご質問であるが、足利銀行は特殊なケースであり、現在のところ、最低自己資本比率を下回る恐れのある金融機関はないと聞いている。ただ、先程来、申し上げているように、地方では地価下落が止まっていないし、デフレも止まっていない。このような状況では、新たに不良債権が発生する可能性もある。金融機関としては、不良債権処理を進めながら収益力の強化を図っていくということが必要で、日本銀行としても考査やモニタリングを通じ支援して参りたい。

りそな銀行は、債務超過ではなく、法律に基づいて1号措置が適用された。足利銀行に対し特融を実行したか否かについては回答できないが、同行の資金繰りに支障があるとは聞いていない。

【問】

  1. 三点お尋ねしたい。一点目は、今日のご挨拶の中で、「10月の消費者物価指数がプラスとなったものの、下落傾向が続く」という認識が示されたが、市場では、再びインフレ目標の導入についての議論が注目され始めている。春委員は、5月の会見で、インフレ目標は、極端なターゲット論と区別でき、かつ、達成のために有効な手段を示すことができる場合には、これを検討すべきではないかという見解を示されたが、現状どうお考えか。

  2. 二番目に、望ましいインフレ率として、具体的にどういうものが考えられるのか。一部には、これを示されている方もいるが、委員ご自身は、何かイメージを持っていらっしゃるか。

  3. 三番目に、円高が徐々に進んでいる中、日銀による外債購入に注目が集まっている。5月の時点では、国債買切りの次に外債購入を検討する、優先順位からいえば、二番目でよいのではないかという考えを示されたが、現在どうお考えか。

【答】

  1. インフレ目標については、条件付き賛成という言い方をしてきたが、現状、その条件が整ったとは言い難い。望ましいインフレ率というものを中央銀行が示すこと自体は、状況によっては、良い効果をもたらす可能性もあり、将来そういう時期が来るかもしれない。状況も変わりつつあるのではないかという感じもするが、コミットメントを明確化した後、すぐにまたインフレ率を示すことについては、疑問がある。

  2. 二つ目のご質問に対しても、同じような回答になるが、「この位のインフレ率」ということは当然考えてもいるし、他の委員と議論もしている。しかし、今は、「安定的にゼロ%を超える」、より具体的には「単月ではなく何ヶ月か続くこと、将来についてもそういう見通しにあること」、現在は、そう申し上げるのが適切ではないか。

  3. 三番目の外債購入であるが、5月には、「金融調節の手段としての外債の購入、株式の購入およびREITの購入をどう考えるか」という質問に対し、「現時点では、金融調節手段が不足している訳ではなく、現状のままでよかろうが、仮に将来必要になった場合に考える優先順位としては、外債の購入を第一とすべきではないか」という趣旨のことを申し上げた。只今お尋ねの外債購入は、「外為会計が国会で認められた枠の上限に近付きつつある中で、日銀が外為会計から外債を購入することについてどう思うか」ということかと思うが、これは、予て総裁からも申し上げているように、まだ、政府・財務省から要請がないため、具体的に検討していない。今後、要請があれば、どういう条件が整えば受けるのか、あるいは受けないのかを、日銀として考えていくことになろう。

【問】

先程、地価下落に関連し、新たな不良債権が発生する可能性について言及されたが、委員としては、地方金融機関の経営体力がなかなか高まらない中で、これからのその在り方について、どのようにお考えか。

【答】

メガバンクについては、明確なルールが示され、それに従って不良債権の処理等が進められていると思うが、地方金融機関については、数が多い。ここで「多い」と申し上げたのは、「多過ぎる」という意味ではなくて、「単に数が多い」ということであるが、経営基盤がしっかりしているところもあれば、そうでないところもあり、程度の差があるにせよ、不良債権処理を進めながら、収益体質を強化して頂かなければならない。その過程で、一概に「数が多過ぎるから、減らさなければいけない」ということは言えない。ご承知のように、金融庁等では新しい公的資金導入案が検討されていると聞いており、その中で、最低の自己資本比率を満たしている金融機関の再編等を促進するための公的資金導入も検討されているようである。報じられているそういった新しい制度の下で、投入先の金融機関から明確な経営目標が提示され、その実行に責任が取られるというかたちで再編が進むのであれば、それは、危機的状況に陥って初めて公的資金を投入するより、小さなコストで金融システムの安定が図られる可能性もあるため、検討を進めて貰いたいと思っている。

【問】

地方金融機関の再編は必要か。

【答】

金融機関には、経営体質を強化し、取引先にしっかりと金融サービスを提供できるようになって頂くことが重要である。そのために再編が有効であれば、再編を進めればよいが、すべて再編が良いとは一概には言えないのではないかと思う。

【問】

10月10日の決定会合において、色々な景気の指標が上向く中で、当座預金残高目標上限を引上げるという一段の緩和策を打出された。今後も、景気回復を示すような統計が出てくる可能性が高いと思うが、可能性としては、そうした中でも、同様に一段の緩和を打出すことがあると考えてよいか。

【答】

今のご質問の前提に、私の理解と違うところがある。10月10日の金融政策決定会合で、27兆円ないし30兆円から、27兆円ないし32兆円へと、上限を2兆円引き上げたが、その目的は金融緩和ではないというのが私の理解である。27兆円から30兆円という幅の中で、実際の残高がほぼ30兆円に近い状況になり、マーケットでニーズがあった時、機動的に資金を供給しても、即日引き揚げてしまわなければいけないというような状況だった。マーケットにニーズがある場合、あるいは財政資金等がある時急に出たり入ったりしたという場合、杓子定規に30兆円に止めておくのではなく、マーケットの状況に応じ、幅を持ちながらも、中心は30兆円前後ということで調節することがよい。そういうことで私は賛成した。

もう一つのご質問は、「先般の目標上限引上げは金融緩和ではなかったとして、先行き景気がよくなった場合であっても、金融緩和をする可能性はあるか」というお尋ねと解釈してお受けしたいと思うが、これは難しいご質問である。金融調節の対象である当座預金残高の目標は、量的緩和をさらに進めることのほか、金融システムの安定を図るために変更することもある。また、「金融政策の目標をGDPで計るか、消費者物価で計るか」という問題にも絡むが、仮にGDPのプラスが続いたとしても、何等かの理由で量的緩和を進める、つまり実際の調節の目標額をさらに上げるということも考えられないではない。仮定の話として申し上げれば、そういうことではないかと認識している。

【問】

前2回の景気回復は比較的短期間に終わり、デフレを克服することができなかったと言われた。このデフレ克服について、現在、楽観はできず、基調的には消費者物価が緩やかな下落を続けていくという見方を示されたが、一方で、必ずしも悲観する必要はないとも言われた。その理由は何か。

【答】

何故悲観する必要がないのかという難しい質問であるが、10月の消費者物価がプラス0.1%となったのは、ご挨拶の要旨にも書いたように特殊事情、一時的要因による訳であって、基調的にはまだマイナスであるとみている。ただし、同時に、現状程度のGDPの成長が続けば、基調的なマイナス幅が徐々に小さくなっていくだろうということも想定される。つまり、例えば現在想定している2%台半ば、あるいは上振れすれば2%台後半から3%といったGDPの成長が数年続くと、それによって徐々に需給ギャップが縮まり、いずれ消費者物価もプラスとなり得ると思う。楽観論、悲観論それぞれあるが、私は、一方的な楽観論にも、一方的な悲観論にも与しない。ただし、展望レポートにもあるように03年、04年とも、コアになる消費者物価指数が緩やかながら前年比マイナスを続けると予想しているので、そういう意味では必ずしも楽観できないということである。

【問】

本日の懇談会の話題に戻るが、愛媛県の経済界を代表される方との懇談で印象に残った意見は、どのようなものであったか、改めて伺いたい。それに関して、日本銀行の現在の政策は、地方経済に効果を及ぼしているのか否か、どのようにお考えか。

【答】

冒頭のご質問にお答えした中で大体申し上げたが、第一に、皆さんが地価の下落を強く意識されていたこと。第二は、中国の影響。これには、プラス・マイナス両面あろうが、どちらかといえばマイナス面を意識されていた方が多かったように思う。第三は、これも、ある程度予想していたが、中央と地方の格差。この点は、実際に地方にお邪魔してみないとなかなか分からないところがある。大きくいって、この三つである。

その中で、日本銀行の金融政策が地方に及んでいるのかどうか、及んでいないとすれば、どうしたらよいのか、必ずしも明確な回答ではないが、量的緩和を粘り強く続けながら、政策の波及メカニズムの強化を図っていく。一方では、金融システムの安定のために金融機関のご努力をサポートしていく。そういうことではないかと考えている。

以上