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田谷審議委員記者会見要旨(1月29日)

2004年1月30日
日本銀行

―平成16年1月29日(木)
京都市における金融経済懇談会終了後
午後2時から約30分間

【問】

本日の金融経済懇談会を終えての率直な感想と、その中で特に印象に残った話題等があればお聞かせいただきたい。

【答】

京都・滋賀の経済界の方々は、国際的かつ全国的な観点から経済の問題を捉えておられること、また、大変活発な議論がなされたこと、がまずもっての感想であり、当地経済人のバイタリティーを強く感じた次第である。懇談会で出された主要な意見・話題は以下の6点。

  1. まず、第1は、「そもそもデフレはそれほど悪いものではないのではないか」との意見が複数の方から出たことである。消費者にとってみれば、現状程度のデフレは問題にするには当らないというのが主な理由であった。さらにデフレの背景に世界的な競争があるのであれば、日本銀行がデフレの脱却を目的に掲げる必要はないのではといった声まで聞かれたところである。私からは、デフレ脱却を我々の政策目標にしているということについて鏤々説明申し上げた。

  2. 2点目は、「超低金利の持続が実体経済に弊害をもたらしているのではないか」との意見であった。すなわち、低金利の下では財産所得は殆ど増えないが、それが消費低迷の要因になっているのではないか、との指摘があった。また、「低金利であるから設備投資が増えているという訳でもなく、むしろゾンビ企業を延命させているだけなのではないか」といった意見も聞かれた。しかし、私からは、家計、企業、そして政府まで含めた経済全体について考えると、デフレ脱却が見通せるまでは超低金利政策を転換することは難しいのではないかとお答えした。

  3. 3点目は、大企業や中小企業は、直接金融市場および間接金融市場からそれなりに資金調達ができるが、中堅企業については、直接市場からの資金調達が難しいとの指摘があった。そうした問題を是正する工夫をもう少し考えて頂きたいとのご意見があった。また、その関連で、手形を使った調達手段をより一段と利用し易くするよう税制の改正を行うべきとの意見も頂戴した。

  4. 4点目は、「円高は、今のところそれ程大きな悪影響を及ぼしていない」との私の見解に対して、「その悪影響について、もっと厳しく認識する必要があるのではないか」といった意見が聞かれたことである。「現在の景気の前向きな循環は、輸出増を起点に始まっているので、円高の影響についてはさらに精査して欲しい」ということであった。

  5. 5点目は、個人消費についてである。若年層や高齢者の消費性向はそれなりに高くなってきているが、その間の中高年層の消費性向は低迷したままである。これに関して、「中高年層は、教育費等の負担が重いほか、年金などの将来的な不安感の高まりを厳しく感じていることによるものであろう」との意見が出された。「日本銀行総裁が将来不安を除くよう、もう少し前向きな発言をすることも効果があるのではないか」といったアドバイスも頂いた。

  6. 6点目は、世界的な素材・原材料価格上昇の影響に関してである。すなわち、現在の素材・原材料価格の上昇が次第に伝播し、川下の最終財の価格がやがて上昇するのではないか、との意見が二、三の方から聞かれた。その一方で、企業の価格戦略が然程大きく変化するとは考え難く、また消費者の大半は低価格志向を続けていることなどから、最終財価格が上昇することはあるまいとの異なった意見もあった。

【問】

本日配布された挨拶要旨をみると、日銀当預残高目標を引上げる際の判断に関し、いくつかの観点に言及しておられる。その上で、こうした観点に照らし、「決定の時点で効果があると判断すれば、引上げることになりますし、ほとんどないと判断されれば現状を維持することが適当ということになるかもしれません。日銀当預残高目標の引上げが、これらの観点からの効果の有無と独立に、期待への働きかけを通じて『時間軸効果』を強めるかどうかについては議論が分かれますが、個人的には疑問に思っています」と述べられている。これは、審議委員の持論であると考えていいのか。また、講演ではこれをそのまま説明されたのか。さらに、その説明に対する反応はどうであったか。

【答】

ご指摘のように、私の持論である。本日は、概ねそのまま申し上げたが、懇談会の出席者の多くは金融界の方でなかったこともあって、特段ご意見はなかった。

【問】

1月20日の金融政策決定会合で、日銀当預残高目標レンジの引上げが決定されたが、これに対してどのように考えているか。

【答】

まだ議事要旨が発表される前の段階であり、賛否について明らかにすることは差し控えたい。ただ、事実として、私は昨年5月の日銀当預残高目標レンジの引上げおよび同10月の同残高目標レンジの上限引上げには反対した。その主たる理由は、本日お配りした要旨に3点を挙げて示した通り、はっきりした効果が見込めないと考えているためである。もう一つ大事な点として申し上げれば、期待に働きかけるといったことにも個人的には疑問を持っているということである。

1月20日の金融政策決定会合後の反応を新聞等でみると、企業トップや内外政府関係者からは、「しっかりと金融緩和しているとのスタンスを示した」として積極的に評価する声が聞かれた。しかし、その一方で「当預残高目標引上げの動機、背景にある考え方についてなかなか分らない」と疑問を呈する向きもある。

【問】

審議委員はどう考えられたのか。

【答】

先程申し上げたように、賛否については申し上げることはできない。議事要旨の発表を待っていただきたい。

【問】

それでは現時点でどのように考えているのか。

【答】

要旨に書いている通りであるが、まず、第1は、短期金融市場はかなりの緩和状態が続いているということである。外国為替市場への介入に伴い資金偏在から金融市場が逼迫するのではないかとの声もあるが、実態からみれば、そうしたことはないと思う。日銀の吸収オペの応札倍率が高い状態が続いていることからもそうしたことが裏付けられるのではないか。

第2点は、ポートフォリオ・リバランス効果が一部にあったことは事実と思うが、こうした効果が顕現化し続けるというのは、疑問ではなかろうかということ。既に短国レートをみても0.01%以下となっているし、ダブルA格社債の対国債スプレッドも0.1%台以下になっている。仮にこうした点に影響が及ぶとしてもかなり限定的であろう。

第3点は、金融市場の安定化効果についてであるが、第一線準備である日銀当預残高が増えることは、それなりの安定化効果はあろう。しかし、現時点において、そういうものを持つ需要が一段と強まっているとは言えないのではないか。

【問】

本日の金融経済懇談会の中で、円売り介入に対する要望や意見は出たのか。

【答】

先程申し上げた通り、「円高の影響をさらに深刻に受止めるべきではないか」といった意見はあった。ただ、出席者の中からも、「円高局面という側面よりドル安局面であって、なかなか対応が難しいのではないか」といった意見も出ていた。為替相場に関するコメントは、G7直前ということでもあり、これ以上は差し控えさせていただく。

【問】

京都の地域経済について、ローカルな話題はなかったか。

【答】

こうした金融経済懇談会というのは、各審議委員が年2回程度日本各地にお邪魔し開催しているが、どこでも開催地のローカルな話題が出る。地元中小企業をどう立て直すか、地場産業の振興をどうしたらよいかといったことが多い。当地では、国際的視野に立った話や日本経済全体の立場に立った話題は出たが、地域経済に限っての話題というものは殆ど出なかった。ただ、中央と地方、製造業と非製造業、大企業と中小企業、それぞれの間での格差が拡大しているといった現象があり、そうしたことに関連しての話題は当然あった。こうした格差の最も基本的な切り口は、やはり、製造業と非製造業との差異であろう。つい先日開かれた日銀の支店長会議でも、非製造業、その中でも、建設、小売、さらに付け加えれば地元温泉旅館の経営が苦しいといった話が多くの支店長から聞かれた。私は京都や滋賀の現状を詳しく知っている訳ではないが、その他の地域で典型的にみられるこうした建設、小売、温泉旅館とかの分野での問題は比較的少ないのかも知れない。当地区でもそれなりに苦しい産業・業界というのはあろうが、今日は、特に具体的な話は出なかった。

【問】

再度、確認しておきたいが、円売り介入を疑問視する声は全くなかったか。

【答】

今日の会合ではなかった。

【問】

むしろ逆に積極的に介入して欲しいとの要望はなかったか。

【答】

それもなかった。

【問】

先程の挨拶要旨で、「日本銀行が行う政策について、市場参加者などの正しい理解を得ることは、政策の信頼を確保するため不可欠」だと記されているが、1月20日の決定について、市場参加者等の正しい理解が得られたかどうかについてお聞きしたい。先程色々な評価があると審議委員はおっしゃったが、色々な評価ではなく正しい理解が得られたと考えているのか。

もう一点は、挨拶要旨の中で、当預残高目標引上げが「決定の時点で効果があると判断すれば引上げるし、ほとんどないと判断されれば現状維持とすることが適当」と記されている点についてである。

先程のコメントからすると、適当ではなかったとお考えのように理解できるが、そういう状況で1月20日に追加緩和を行った。市場参加者等の正しい理解が得られてないとするならば、デメリットとしてはどういうことが考えられるか。副作用、デメリット、今後起こり得ることに対するリスクということを含めて聞きたい。

【答】

ある政策を採った後、様々な憶測、解釈——その中には誤解もあると思うが——そういうものが出るということ自体、そう望ましい状況ではないと思う。その点では、我々日本銀行としても、そういった様々な解釈が出てくるような状態というものをなるべく是正していく努力が必要である。

それでは、どういうデメリットがあるのかというと、ご承知のように主要な政策ルートである短期金利がほぼゼロの状態になってしまっている状況の下では、やはり期待というものに働きかけることが、政策が実体経済に影響するルートとして大事なものになる。私どもが量的緩和をいつまで続けるかという条件をあれだけ明確化したのも、そういった将来の短期金利の期待に対して働きかけることによって長期金利を安定化させようとしているためである。マーケット関係者——さらにもっと広い対象を含むのかも知れないが——日銀以外の方々との意思疎通がスムーズに行われていないと、政策を実施しても、期待は意図するようにはなかなか動かないということになりかねない。

出口論は時期尚早かも知れないが、将来に亘って、我々が色々なことをやっていくプロセスでマーケットが安定して推移していく一つの条件は、我々とマーケットとの信頼関係があることだと思う。したがって、市場参加者等の正しい理解を得るように努め、デメリットを最小化する努力が必要だと思う。

【問】

1月20日の日銀当預残高引き上げの決定については正しい理解が得られているのか。

【答】

既に間接的に答えたと思っているが、ある行動を採った後、誤解を含む様々な解釈が出て来るということ自体まだ我々のコミュニケーションが不十分であるということを示しているのではないか。我々としては、もう少し市場とのコミュニケーションを図っていく必要があると思っている。

【問】

市場の理解が得られていないということのデメリットは何か。

【答】

今、具体的に申し上げることは難しいが、例えば、金融緩和継続に対する条件をさらに変えていくような場合、その解釈について、我々の意図するところと違う解釈が出てくる可能性がある。そうした誤った解釈がマーケットにネガティブ・インパクトを与える可能性もある。また、我々が、景気の現状判断とか物価見通しを公表しても、必ずしも額面通りに受けとってもらえなくなるような可能性もあろう。

【問】

1月20日の決定については、市場関係者から正しい理解を得られなかったというように感じておられるのか。

【答】

そういう側面もあるのではないか。個人的にはマネーサプライやマネタリーベースのコントロールのためにやったものではないと思っているが、そういう解釈をする人もいるし、為替相場対策だと理解している人もいる。量的緩和効果について誤った解釈もある。このように解釈の幅がかなり広いということは、我々の努力が今少し足りないのかなと思う。

【問】

なぜ、誤った解釈が市場で起こるのか。

【答】

我々の努力不足が原因と思う。

【問】

努力不足ということではなく、審議委員は1月20日の当預残高引上げが適当ではなかったとの立場をとっておられるものと理解している。そうであれば、「1月20日の決定は間違いであった」と言えるのではないか。

【答】

私の口から、1月20日の決定が間違いであったと申し上げることは出来ない。仮に皆さんがそう解釈するというのであれば、私は「ああ、そうですか」と言うだけである。

【問】

京都経済について、審議委員がこちらに来られる前に持っていた印象と、今日の懇談会を通じての感想についてお伺いしたい。

【答】

わが国の輸出の展望に関しては、世界のIT関連財需要がどのようになるのかがポイントであるが、先行きはそれなりに強いと思っている。そういったIT関連財需要に対して、素早く対応している企業が当地にはかなり多いと感じた。そういうことも含め、景気の先行きに対して楽観的になれるようなエピソードについても色々とお聞きすることができ、当地は日本全国の中でも特別なエリアであるとの印象を強く持った。国際的な動きに対してタイムラグを置かずに動いている企業が多く、また本社をこの地域に置いている企業が多いことも感慨深かった。当地での輸出や生産の伸びは、全国ベースに比べてそれほど高い訳ではない。ただ、各社の受注の伸びにはかなり高いものがあり、海外での生産動向等をも対象にした連結ベースの企業収益の伸びでみて初めて当地企業の強さが分る。

【問】

冒頭に「日銀の政策としてデフレ脱却を目標にする必要はない」との声が地元経済界から出たとのお話があったが、どうしてこういう意見が出たと思われるか。また、その意見に対してどのように考えているか。

【答】

これは、「日本銀行だけでデフレ脱却というのは難しいのではないか」という趣旨の意見だと思う。「デフレに対応して日本銀行もいろいろやっているようだが、消費者の視点からみれば、デフレはそんなに悪いものとは言えまい」ということで、あまり他の地域では聞かれない意見であった。 ただ、当地でも、雇用・所得の増加にはなかなか結びついていかない。全国も同様の問題に悩んでいる。消費が伸びなければ、非製造業の業況改善は難しい。そういう観点からすると、「デフレはそんなに大きな問題ではない」とおっしゃる方がおられたが、やはりデフレというのは企業にとって大きな問題だと思う。とくに非製造業には過去の債務が相当残っており、バランスシート上の資産価値に対して債務がかなり大きい状態になっている。これが是正されていかないと非製造業分野の雇用・所得環境は改善していかない。法律上、日本銀行の目標というのは物価の安定であり、デフレ脱却を目指すのは自明であると思うが、今申し上げたように、雇用・所得を増やして自律的な景気拡大メカニズムを完結させるためには、デフレから脱却することがやはり大事だと思う。

以上