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中原審議委員記者会見要旨(5月12日)

平成16年5月12日・秋田県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2004年5月13日
日本銀行

——平成16年5月12日(水)
午後3時から約30分間
於:秋田ビューホテル

【問】

本日開催された金融経済懇談会の意見交換を踏まえ、当地の経済についてどのようにお感じになられたかお伺いしたい。

【答】

本日は、当地の金融経済界の方々に大変お忙しい中をお集まり頂き、色々参考になる貴重なお話を伺うことができた。

日本銀行の金融政策という観点からは、デフレから本当に脱却できるのか、脱却の時期はいつになるのか、消費者物価はどうなるのか、といったご意見を沢山頂戴した。また、今後の金融行政、金融機関の不良債権問題についても、大変参考になるご意見、ご発言を頂いた。

日本経済が緩やかに回復し、前向きの循環が強まっている中で、大企業は良くなっているが、中小企業はなかなか大変だとか、都市部は回復が進んでいるが、地方経済はなかなかキャッチアップしていないということが言われてきた。もっとも、主要経済指標をみると、ここにきて回復の裾野が広がっているほか、前向きな循環が少しずつ強まってきており、本日の金融経済懇談会でのお話によっても、こうした動きを確認することができたように思う。

特に明るい話としては、機械関係あるいは電子部品関係が非常に忙しく、土・日曜日も休まず働いても、なかなか注文に応じられないほど活況を呈しているといったお話を頂戴した。また、秋田県は観光が一つの大きな資源となっているが、これに追い風が吹き始めており、ゴールデンウィークも角館の桜祭りや乳頭温泉郷には観光客が沢山入ったというお話も伺った。さらに金融面では、大銀行も含めた銀行業界全体の貸出が横ばいの中で、県内の信用金庫の貸出は少しずつ増えてきているとのことであり、信用金庫業界の方々が地方の中小企業をしっかりとサポートしていこうとする姿勢を心強く感じた。それから、スーパーマーケットについては、実は本日午前中に見学させて頂いた訳であるが、確かに値段が下がっているほか、来店客の購入単価も上昇していないという厳しい状況にある一方で、本年入り後の売上はやや底固くなってきているというお話も伺った。ただ、消費税の総額表示の問題がなかなか大変であり、今後どのような影響が出てくるのかもう少しみていきたいとのことであった。

こうした明るいお話を頂戴した反面、やはり地方として厳しいという話もあった。建設業界は、公共工事の減少でなかなか厳しい状況がまだ続いているということである。公共投資というのはそれだけで悪いという風潮があるのは非常におかしく、地方の災害対策の問題や社会インフラの問題から考えれば必要なものはやっていくべきであるというご意見は、私も全くそのとおりであると思う。こうした中で、わが国の財政赤字は一体どうなるのか、どういう筋道でこの赤字のバランスを図っていくのかといった大局的な立場でのご質問やご意見も頂いた。こうした問題は、単に秋田県だけの問題というより、日本全体の大きな問題として今後とも考えていかなければいけないと感じた。このほか、秋田県のやや厳しいお話としては、人口が減少している問題、高齢化が進んでいる問題、それから先程観光は追い風と申し上げたが、──これは新幹線「こまち」効果もあると思うが──その中で秋田県を通過していく観光客が増える一方で宿泊してお金を落としていく客はなかなか増えていかないという問題、さらに家計所得の面でも、タクシー運転手の収入が全国平均に比べ少ないというお話も頂戴した。

全体の感想としては、日本の経済全体が回復している中、秋田県経済も少しずつ良い影響が出てきていると思った反面、日本の抱えている財政の問題等々、大きな構造問題が秋田県経済にもなお色濃く影を残しているということを感じた。今後、こうした問題についてさらに勉強させて頂き、必要ならば意見を申し上げるといった形で今日の懇談会の結果を活かして参りたい。

【問】

4点お伺いしたい。1つ目は金融経済懇談会における挨拶要旨の中で中原審議委員は、「中央銀行が望ましいとみているインフレ上昇率を示すことによって、期待を安定させ、過度の短期的な振れを抑えることができると思われる」と述べておられるが、この場合の「インフレ上昇率」とは全国CPIのコアのことを指しているのかということ。2つ目は量的緩和解除後もゼロ金利の状態を続けるのか、それとも引き締めを行うまでの間としてゼロ金利の状況にするという考えなのかということ。3つ目は「2004年度末にかけてわが国の景気がピークアウトし、成長に若干の減速感が出てくる可能性は否定できない」と述べられており、その理由として雇用、外需、素材高、年金・税制等を挙げているが、このうち年金・税制は公的年金課税と所得控除の縮小・廃止、厚生年金の保険料率の引き上げを指しているのかということ。4つ目は最近、株価が下落し、為替も大きく変動したが、それはなぜかということを教えて頂きたい。

【答】

  1. 1点目の望ましいインフレ率を明示すべきということは、私が審議委員に就任以来3年越しで言っていることである。環境の変化もあり就任時の主張とは多少異なるところがあるが、本日私が申し上げたのは、日銀が今コミットしている生鮮食料品を除くCPIについて、日銀として望ましいCPI上昇率を明示すべきであり、個人的には1%~2%が適当ではないかと思うということである。こうした私の考え方は、インフレ参照値という言葉でよくリファーされているが、参照値というものがどういうものを指すのかと言えば、欧州中央銀行でマネーサプライの増加率に参照値を設定している例があるものの、CPIに参照値を設けている中央銀行の例は具体的に存じていない。ただ、私の考え方がインフレ目標とは違うのは確かである。インフレ目標というのはインフレの数字を掲げて、それに向けて政策を傾斜的に行うものであるが、──これは、一定期限内にあらゆる政策を動員しつつその期間内に目標のインフレ率を達成するというものであると思うが──やはり私は金融政策の自由度、機動性は確保しておく必要があり、最後は金融政策というのは総合判断によるところが大きく、厳格かつ非常に厳重な意味でのインフレ目標というのは適当ではないと思う。政策のアンカーとして、中長期的に達成する目標として望ましいインフレ率を示していくのが適当だと私は申し上げてきた。

  2. 2点目の量的緩和解除後にゼロ金利状態を続けるということについては、これまでは政策の透明性確保という趣旨で望ましいインフレ率を明示すべきであると言ってきた訳だが、ここにきて出口の議論が非常に盛んに行われる流れになってきている。本日の挨拶の中でも申し上げたとおり、現在の量的緩和から次のレジームに移る段階においては、いくつかの問題がある。例えば、1つ目はコミットメントの明確化ということで色々条件をつけた訳だが、その条件が達成されたかどうかの検証を十分行わなければならないこと。2つ目は、現在供給している流動性をどのように、どういう方法で吸収していくのかということ。3つ目は、量的緩和の出口においては、当然ながら市場が非常にボラタイルになって中長期金利が不安定になり、それをどうやって防いでいくかという問題がある。この点について市場のオーバーシュートを防ぎ、期待を安定させていくという意味で日銀はどのくらいのCPI上昇率が望ましいと考えているのかということを具体的にイメージで伝えておくことは、私は効果があるだろうと思って、本日の挨拶の中でも申し上げている訳である。また、ゼロ金利をどう考えているかという点については、私は量的緩和の解除にあたっては、市場のボラティリティができるだけ高くならないように市場とのコミュニケーションを十分にとりながら、ソフトランディングを図るべきであると思う。そういう意味においては、量的緩和の状態からいずれ出れば金利の世界に戻る訳であるが、ポジティブな金利水準の世界に戻る前に、ゼロ金利の状況を一旦挟むことがソフトランディングとして適当ではないかと思っている。その過程で望ましいインフレ率を明示することによって、ある種の時間軸効果をもたらすことができる。具体的に言えば、日銀は最低でも1%のインフレ率が望ましいと思っているということが市場に認知されれば、当然ながら中長期的にはそれに向けて政策運営がなされ、政策発動が行われるということであるので、その間、例えばCPIが0.5%、あるいは0.7%の時に、急に日銀が引き締めに走って金利を引き上げることはしないであろうという市場の期待を生むことになる訳であり、──これがある種の時間軸といっても良いと思うが——そういう効果を与えるために下限1%から上限2%程度を望ましいインフレ率として示し、併せて量的緩和の出口でゼロ金利政策を一旦採ることが、経済あるいは市場に不安定感を与えずに、量的緩和からソフトランディングしつつ脱出することができるのではないかということを申し上げているのである。当然ながら、ここで申し上げているのは、一つの考えであり、他にも色々な考え方、方法があるだろう。そういうものについては、引き続き十分検討していく必要があると思っている。

  3. 3点目の2004年度末にかけてわが国の景気がピークアウトし、成長に若干の減速感が出てくる可能性は否定できないと申し上げた点であるが、私は景気の後退というところまで考えている訳ではないので、ピークアウトという言葉の使い方は適当でなかったかもしれない。現在、3%の成長が続いている訳であるが、2004年度については展望レポートの中でも示しているとおり、3%を超える成長が恐らく今の状況では可能であろうと思っている。勿論、色々なイベントリスク、中東のリスクやイラクのリスク、あるいはテロ等の問題もあるが──これらはなかなか予知しがたいところであるが──米国や中国の経済、日本の経済の今の強さ、これらから判断して3%を超える成長になるだろうと予測している。国際機関の予測も大体これに近いところに最近収斂してきており、昨日発表されたOECDの予測もこれも近いところにある。ただ、色々な経済の下振れ要因を考えていくと、本年後半からやや成長の減速感がでてくる可能性は否定できないと思っている。減速感が多少出ても、プラスの成長を続けている限りにおいては──スピード感にもよるが──大きな問題はないと思う。しかし、減速の幅が何らかの理由で3%からいきなり1%への減速ということになると、皮膚感覚的にはかなり不況感も出かねず──中央銀行というのは基本的には心配性である──、私も基本的には2004年度は3%以上の成長というように見込んでいるが、2005年度を展望した時には、もう少し注意しながら今後の経済の流れをみていきたいと思っている訳である。なお、年金・税制問題について申し上げたのは、万一景気が停滞局面に入る、あるいは腰折れするというような時に、金融政策の面では量的緩和の延長線上で考えていかざるを得ないと思うが、デフレ脱却が最後の正念場にかかっているので、ここで金融政策に加えて、もう少し総合的な政策対応も考えていく必要があるのではないかということである。そういう意味で今後出てくるであろう国民負担の増加が消費に与える影響については、懸念しているということを申し上げた訳である。年金制度の改正──これはまだ決まった訳ではないが——の影響がどこでどのように消費に出てくるのか、あるいは税制改正——これは、配偶者特別控除の廃止といった具体的な問題を申し上げている訳ではないが──など一連の家計負担の増加というものが今後消費に与えるかもしれない影響についてちょっと心配しているということを申し上げた次第である。

  4. 4点目の株価と為替の質問について、日経平均株価は一昨日500円下がったが、昨日、今日と2日続けて上がっているのでひとまず安心している。株価について私は、基本的に日本のファンダメンタルズが大きく変わったということはないと思っている。これはマーケットの話なので確定的なことは申し上げられないが、一部の海外ヘッジファンドのキャリー・トレードのポジション解消とか、米国の金利の上昇を展望して一旦ポジションをクローズする動きが出てきているのだろうと考えている。株価の動向については、影響するところも大きい訳であるため、引き続き十分に注視していく必要があると思うが、経済の基礎的な条件が大きく変わってきたというようには今のところ理解していない。それから、為替については、米国の金利上昇を市場が織込み始めると同時に、昨日の円相場は対ドルで113円台後半までいったが、今日は112円台に戻っている。この辺のところは、市場の通常の中での動きであると思っているが、市場の感覚的に言えば、米国の双子の赤字の問題から、米国の金利あるいは日米の成長格差のような議論にやや市場のフォーカスが変わってきた感じがあり、こういう中での動きだと思う。昨日から今日にかけて円高が進んだが、これは恐らく輸出のカバーがかなり出てきているという動きではないかと思う。今のところ為替の動きについては、大きく実体経済に影響を与えるような水準に動いているという印象は持っていない。

【問】

インフレ率は1%~2%が望ましいとしているが、日銀がこのような数字を公式に出せば、当然1%~2%になるまで今の枠組みを動かさないのではないかという見方が強まってくると思う。中原委員は、インフレ率が1%になるまで量的緩和を維持すべきとお考えなのか、あるいは、量的緩和ではなくゼロ金利を維持すべき──先程、「ゼロ金利の状況を一旦挟むことが、日銀が急な金利引上げをしないであろうという市場の期待、ある種の時間軸効果を持つ」という趣旨のご発言をされている──とお考えなのか。

次に、仮にインフレ率が1%になるまでゼロ金利を維持するとすれば、実質金利がマイナス1%になるまで続けるということであり、景気に強い刺激効果を与えることになるが、その際インフレ率を上限の2%に抑えられるのか。あるいはインフレ率が2%を超えて3%となることも許容できるのか。

最後に、仮にインフレ率が3%まで上昇した場合、そこで慌てて金融を引き締めれば、長期金利の安定化と矛盾する可能性も出てくるのではないか。以上3点をお伺いしたい。

【答】

望ましいインフレ率あるいは目標とすべきインフレ率が1%~2%というのは、色々なところで議論されており、3月の決定会合の議事要旨の中でも「例えば消費者物価上昇率について1%以上を目指すべきではないか」という意見も出ていた。しかし、昨年10月に現在のようなコミットメントの明確化が最終的に決定されて、現在の状況を考えると、一部に量的緩和解除のコミットメントの「ゼロ%」を「1%」まで引き上げるべきではないかという議論もあるが、あの段階で「ゼロ%」以上安定的にという明確化を行い、かつ当時に比べてもよりデフレ解消への道筋がはっきりし始めている現在、今の「ゼロ%」以上安定的にというコミットメントを「1%」に設定し直すことが、実効性のあるものだという積極的な議論は出来ないと思う。私は一つの量的緩和の出口の考え方として「ゼロ金利を挟む」ということを申し上げている訳で、これが絶対であると申し上げるつもりはないが、「ゼロ金利を挟み1%という下限目標を示すことによって時間軸効果を与える」ということは、1%程度に達するまではゼロ金利政策を基本的には続けるというのが前提になる。ただ、現在のコミットメントもそうだが、総合的な判断が最後には必要になってくる。それは、CPIが1%になった時の構成要因、特殊要因、あるいはその他の要因等も勘案したうえで判断していくという話である。繰り返しになるが、ゼロ金利を挟むというのは一つの考え方であるということである。

また、1%~2%という望ましいインフレ率を明示することによって、むしろインフレが3%程度までオーバーシュートするのを許すことになるのではないかというご意見だが、もともと今の時間軸効果というのは非常に明確に足もとのCPI、今後のCPIについて極めて厳格なコミットをしている訳である。そういう意味では、いわゆるビハインド・ザ・カーブのリスクというのは、デフレ脱却を考えるうえでどうしても残る部分である。

長期金利の問題については、金利のボラティリティを抑えるという趣旨で、市場との対話あるいはオペのスタンス等を通じて、日銀がどういうことを考えているのかをマーケットに十分コミュニケートしているという努力のうえで解決していくものであろうと思う。

何度も申し上げるが、1%~2%というのは望ましいインフレ率として明示する訳であるから、これが2%を超えた場合に直ちに強力な引き締めを始めるとか、あるいは1%に到達するまでは目茶苦茶な緩和を続けるとか、そういう乱暴な話をしている訳ではなく、もう少しソフトなターゲットとして運営されるべきであるし、当然ながら金融政策というのは、電車のブレーキ、自動車のブレーキとは違い、インフレ率が2%に達した途端にピタリと止められるものではない。そこには慣性モーメントが働く訳で、多少のオーバーシュートが出るリスクは残ると思う。これが3%なら許容できるのか、あるいは4%なら許容できるのかは、今の状況では何も申し上げる訳にはいかないが、あくまで望ましいのは1%~2%ということを示すということである。

【問】

景気回復やデフレ脱却の道筋がみえてくる中で、為替・株式・債券相場が先々の物価とか景気の動きを反映しながら形成されていくのが望ましいと思う。米国でも長期金利のハンドリングの難しさを感じているかと思うが、潜在成長率やインフレ率が上がってくれば、長期金利が上昇することもある。そのような中で、ボラティリティが高くなる、あるいはオーバーシュートすることが景気回復の基盤がまだ脆弱な中で起こったような場合には、それなりの措置または対応をしなければならないと思うが、中原委員の見解を伺いたい。

【答】

私は、基本としては景気が回復を始め、前向きな循環が始まった段階で、その景気実態をある程度反映した形での金利の上昇は認めていくべきだろうと思う。問題は、非常にボラティリティが高くなる、あるいはオーバーシュートするという実体経済を反映しないようなマーケットの状況が生じた場合にどうするかということだと思うが、私はまず基本的にそういう状況が長続きするとは思わない。勿論、一時的に金融システムに動揺が生じることはあり得るかもしれないが、これは、そういうことがないように金融政策以外の分野の政策も発動しつつ対応する話であり、特に中期ゾーンの金利のボラティリティが非常に高まるような場合には、日銀としては市場との対話、あるいはオペのスタンス・手法等を通じて、日銀としての考え方を市場に伝えるという形でこれを抑えていくような努力をすべきだと思っている。ただ、長期金利の上昇を日銀が直接的に需給に関与して抑えること──金融政策の市場への介入──は好ましいことではないと理解している。

【問】

挨拶要旨の中に「量的緩和政策の終了にあたっては、長国買入についても考え方を整理しなければならない」とあるが、銀行券発行残高の上限を外すことも選択肢の一つとして検討しているのか。

【答】

量的緩和の手段としては、通常は短期のインストルメンツを使い、それでも不可能な場合に長期国債も使うことになっている。つまり、長期国債の買入は量的緩和の達成の一つの手段として行っている訳である。従って、量的緩和から別のレジームに移るということになれば、長期国債の買い切りの位置づけも、そこで改めて考えていかざるを得ないという程度のいわば当然のことを申し上げたまでである。

以上