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春審議委員記者会見要旨(6月3日)
2004年6月4日
日本銀行
―平成16年6月3日(木)
青森県金融経済懇談会終了後
午後2時から約30分間
【問】
本日の金融経済懇談会において、当地の経済についてどのような話や意見があったのかお伺いしたい。
【答】
本日は、三村青森県知事、佐々木青森市長をはじめとして、12名の方々に出席頂き、金融経済懇談会を開催した。私からは、日本銀行の金融政策などについて40分ほどお話しした後、ご出席の皆様から、県内景気の実態、そうした状況を踏まえてどのような努力をなさっているのか、さらには政府・日本銀行へのご意見やご要望を承り、全体で2時間の会合となった。
まず、青森県内の景気の認識としては、景気回復のテンポは全国に比べ緩やかであり、回復の実感に乏しいという感じであったかと思う。その背景としては、青森県のGDPに占める製造業のウエイトが低い(全国の約20%に比べて、約8%)ことが、今回の製造業主導の景気回復の中で、そのテンポが遅い一つの理由となっている。また、その結果として特に雇用情勢は、全国の有効求人倍率が0.77倍であるのに対し、青森県の場合は0.33倍となっており、22ヶ月連続して全国最低になったと伺った。
そうした中で、知事、市長からは、財政再建と地域活性化という二つの重要な課題に積極的に取り組んでいるが、厳しい情勢にあるというご認識を伺った。特に、三位一体の改革に関しては、方向性については理解できるが、進め方に関しては、地域の実態への配慮が欲しいというご意見であった。この間、市町村合併についての計画や話し合いが進められているが、財政難の中での市町村合併はなかなか難しいといったお話もあった。
商工会議所からは、会議所と地域金融機関が協力し、中小企業支援策を整備していくというお話があった。商工会議所が主導し各地で進められている市街地再開発については、財政的な課題が多く民間だけで進めるには難しい状況にあるが、非常に厳しい中で努力しているという発言があった。
そうした中で、前向きな取り組みとして「攻めの農林水産業」や「構造改革特区」の積極的活用といったお話があり、新幹線の八戸駅開業効果の持続、さらには、新青森駅早期延伸への期待が非常に強いといったことも伺った。また、ソウル・青森便の2分の1以上が外国人旅客という状況となっており、その増発を希望しているとか、ハバロフスク便についても、今後のロシアの発展に従って重要度を増すといった発言もあった。
このほか、日本銀行に対しても何点か要望があった。具体的には、急激な金利変動は景気回復の懸念材料となるので十分配慮し、今後の株価や為替の動きについても十分注意を払って欲しい、また地域経済を支えている地域金融機関に対するサポートもしっかりやって貰いたい、といったご要望を頂いた。
つぎに青森県経済に対する印象について述べたい。これからお話することが本日の会合で話題となった訳ではないが、私は昨日から青森県に参り、10名程度の企業経営者の方々とお会いする機会を頂いた。それらの方々は、勝ち組みというか、順調な経営をしておられる方々が多かったということもあって、これで全体を判断することはできないと思うが、非常に積極的かつ前向きに経営革新を進めている状況を伺い、大変心強い印象を持った。
いくつか例を挙げると、まず中国に進出している電機メーカーの話で、日本からの進出に当り、中国では契約履行や知的財産権の保護について難しいところがあるが、巧みなビジネスプランを構築し成功している話を伺った。また同社の光触媒技術を応用した空気清浄機が、SARS対策に有効であるということで、中国政府から認証を得ていることも伺った。
別の電機メーカーでは、果物の表面から糖度を測る技術を産官学共同で開発し、将来的には人間の血糖値測定などについても応用できるよう商品化する、といった話もあった。
また、伝統ある醸造会社において、東京都心にアンテナショップ的な料理店を出店し、海外進出も視野に入れて顧客のニーズを把握し、商品開発に励んでいるといった例もあった。
小売でも顧客のニーズに対応し、かつてない規模の超大型店舗を出店する、といった積極的な店舗展開を行っている例もあった。
さらに、「ゼロ・エミッション」や「地産地消」といったコンセプトのもと、屋台村という形で、若手料理店経営者の人材開発を行いながら、事業としても成功している例があった。
最後に、これは直接伺った話ではないが、ある温泉街では温泉旅館が地域で協調し、施設の共同利用やイベントの共同開催を進め、集客増に繋げているという話も耳にした。昨日来、青森県内各地でそうした話を伺い、大変心強く思った次第である。
【問】
春委員は金融経済懇談会の席上、「日本経済は回復しつつあると言うものの、中央と地方、大企業と中小企業、製造業と非製造業という較差は依然として大きく、回復の実感に乏しいという声も多く聞かれます。」との趣旨の発言をしているが、この点について出席者からどのような意見、要望が出されたのか。また、委員はどのような考えをお持ちか伺いたい。
【答】
私も、事前にある程度予測していたことではあるが、中央と地方では、双方ともに景気が上向いてきているという点では同じであるが、やはり較差は存在しており、縮小しているという状態にはない。特に青森県では、景気を牽引している製造業の比率が低いうえに、雇用情勢が悪いことなどから、出席された方々の景気に対する認識が厳しいことを改めて感じた。
そうした中にあって、三位一体改革の影響や道路、新幹線といった社会的インフラの整備について、これまで他の地域では、費用の負担がそれ程重くなく進められてきたにも拘わらず、現在検討されている案件については、国の財政難を背景として地元負担が大きくなっているという面の難しさについてお話があった。また、市街地再開発は、なかなか民間ベースでは進まないので、何らかの公的な支援が望ましいという話もあり、そういう意味では、青森県は、中央と地方との較差が比較的強く感じられている地域だと思った。
【問】
春委員は金融経済懇談会の席上、「デフレ脱出の時期はできるだけ早く来ることを期待しているが、2005年度以降となる可能性が大きい。」といった趣旨の発言をしているが、これは国内全般のことを指したものだと思う。地方にもこのような効果が波及するとすれば、青森県におけるデフレ脱出の時期は何年度以降になると見込んでいるのか。
【答】
デフレ脱出あるいはデフレ克服を認識し、金融政策について、継続もしくは変更を考えるといった場面では、やはり全国ベースの指標をもとに判断をしていくことになるかと思う。ご質問は、本格的な景気回復を地方の方々が本当に実感するという意味での見込みはどうか、という趣旨であると思うが、正直なところ、青森県の場合は状況としては厳しいと考えている。
ただ、緩やかとはいいながら、「青森県の景気は全体の回復に併せて緩やかながら回復している」ことも事実である。先程いくつかの心強い事例を挙げたが、そうした民間企業活動の活発化を受けて、雇用や所得の改善、さらには個人消費の持ち直しといったつながりが出てきて、青森県についても全国のペースにあまり遅れることなく、景気が回復していくことが望ましいと考えている。
【問】
当地のデフレ脱出時期のタイミングは、2005年度より若干遅れるといったタイムラグがあるのか。
【答】
繰り返しになるが、「金融政策そのものを転換する一つの目安である消費者物価が安定して0%を上回る時期」という意味で申し上げている訳であり、その時期は2004年度になるというのは難しく、2005年度以降になるのではないかと思っている。足許景気は回復しており、持続性も高いと考えられるが、先行きも緩やかな回復にならざるを得ないとみており、それだけに、できるだけ早い時期にデフレを克服していくことが期待される。
【問】
春委員は、以前から「条件付のインフレ目標には賛成である」という言い方をされている。極端なインフレターゲットとは明確に区別したうえ、達成のための有効な手段が示されるという二つの条件がそろえば、何らかの形でインフレターゲットを設定することはむしろ望ましいのではないかという趣旨であったと認識している。現在の景気状況等に鑑みて、この考え方がどのように変化しているのか伺いたい。例えばインフレ参照値といった考え方と比較するとどのようなものになり、また、その導入時期を想定するとすれば、量的緩和の状況下であるのか、それとも量的緩和を脱し平時に戻る前の状況であるのか、あるいは平時に戻ってから後の状況なのか、その時期について教えて欲しい。
【答】
ただ今のご質問の中にあったように、私は以前からこうした場で、「インフレ目標については条件付で賛成ではあるが、今はその条件を満たしているとはいえない」と申し上げてきた。基本的にはこうした考え方が大きく変わっているということはない。インフレ参照値は将来の選択肢の一つであると思うが、現時点でインフレ参照値を設定し、それが直ちに現在の量的緩和継続の3条件の変更を意味するということであれば、賛成できない。従って、当面は現行の「消費者物価が安定的に前年比0%以上になるまで」というコミットメントを継続していきたいと思う。
現在はデフレ克服を最優先に量的緩和を行っている、いわば非常時であると考えている。いずれインフレ、デフレのリスクを両睨みにして金利を目標にするという、いわば平時に戻ることが必要である。平時の金融政策にソフト・ランディングを図るプロセスの段階で、望ましいインフレ率を提示するということは、一つの選択肢として考えられる。その場合の水準として、何人かの審議委員が言及しているように、消費者物価上昇率で+1%ないし+2%という水準は、あり得る一つの考え方であると思う。
ただ、インフレ参照値という形で中央銀行が望ましいインフレ率を示すということは、確かに金融政策の透明性を増すという意味では効果があると思うが、米国や英国における例などを考えると、本当に市場の安定性を増す効果が同時に期待できるのか疑問もある。この点についてはもう少し見極める必要があるのではないかと考えている。
出口政策とよく言われるが、出口政策のプロセスというのは、一つには日本銀行当座預金残高を通常時の水準に戻していくということ、もう一つは、政策金利をゼロ金利からプラスの金利に転換していくというプロセスである。実際にこの二つのプロセスをどう組み合わせていくのか、そのタイミングはいつか、それがどのようなスピードで展開していくのか、こうしたことはその時点における情勢に応じて、判断、決定されることであり、現時点でこれを示すのは難しいと思う。
ただ、私自身の考え方としては、市場金利の不安定な動きを回避することが、この判断をするうえで最も重要なことであると思う。具体的には、第1に、プロセス開始のタイミングが早すぎることなく、かつそのプロセスのスピードが緩やかであること、第2に、その時々の日銀の情勢判断や考え方について、情報発信をきちんとしていくこと、第3に、現在の短期金融市場、いわゆるコール市場が規模を縮小しているので、短期金融市場の機能回復のテンポにも配慮することが重要なのではないか、と考えている。
【問】
春委員は「いずれインフレ、デフレ両睨みの平時に戻ることが必要である」と発言されたが、これはつまりインフレ参照値的なものは平時に戻った際に導入されるということか。
【答】
平時に戻った時の、あるいは戻る段階での、一つの選択肢という位置付けだと思う。
【問】
先日、岩田副総裁が一部通信社とのインタビューで、安定的に消費者物価指数が0%を上回るという条件を考えたときに、1%前後ののりしろが必要ではないかということを発言していたが、この点について春委員はどのように考えているのか。
岩田副総裁の発言は、「デフレを克服しても、なお早すぎるリスクを重視したい」という趣旨であったかと思うが、平時に戻った場合には、1~2%の消費者物価の上昇は、望ましいインフレ率の一つであると発言していた。デフレから脱却しても、ゆっくりと量的緩和解除のタイミングを図り、金利の引き上げもゆっくりやるということであれば、逆に1~2%の消費者物価の上昇では収まらないというリスクもあると思うが、この点について春委員はどのように考えているのか。2%を超えてもいい、あるいは3%でもいいと考えているのか、ご意見を伺いたい。
【答】
難しい質問であるが、日銀が現在示している3条件の中にはのりしろ的な考え方が相当に含まれていると思う。消費者物価の上昇が1ヶ月だけではなく、数ヶ月続く、また、元へ戻らないということを審議委員の大勢が認識する、さらには、景気や物価の状況をみて、総合判断を行うということの中には、とにかく0%を僅かでも超えたら政策を転換するということではなく、ある程度の幅や時期といった面でののりしろが含まれていると認識している。
ただ、それが1%なのかどうなのかということと、数字を今この時点で申し上げることがいいかどうか、という二つの問題があると思う。私は今申し上げたように、現在、日銀のコミットメントが既に出ているので、これを「明日からは0%でなくて1%」という形で修正することは適切ではないと思う。のりしろは必要であるし、事実上こういう考え方が入っているが、今0%を1%に変えることには賛成できない。
二つめの質問は、抽象的ではあるが、金融政策の転換時期はやはり早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけないと思う。従って、「どちらかといえば早すぎるリスクを重視する」ということは、多少遅くなるリスクはある程度覚悟をしたうえで慎重に判断していくということである。1%ないし2%が一つの考え方であり、これが3%ではいけないのかという点については、今明確に申し上げることはできないが、いずれにしてもその時点で考えうる望ましい幅、上に行くリスクというのをその時点で考えながら、政策転換を決定しなければならない。そこでは、我々としては、どちらかといえば届かないで元に戻ってしまうことの方を避けなければならず、ある程度上回るリスクは多少甘んじてもとらなければいけない。抽象的な言い方ではあるが、そういうつもりでいる。
【問】
「ある程度上回るリスクをとらなくてはならない」というのは、想定されている望ましいインフレ率を上回るということか。
【答】
その通り。ただ、それが1~2%なのかどうかということは、政策を転換する時点で、明らかにするとすればするということではないか。
【問】
春委員は金融経済懇談会で「金融機関の経営健全化が進んでいる」といった趣旨の発言をしているが、これは地方の金融機関を含めてこうした状況にあると判断しているのか。金融経済懇談会の席上で、県内の金融機関の方々と何らかの情報交換をされたのであれば、それらを含めて見解を教えて欲しい。
【答】
不良債権の処理、あるいは新しい収益の確保、その両方を含めて金融機関経営の健全化は全体的に進んでいると思う。ただ、大手の金融機関の方が不良債権の処理スピードが早く、一歩先行した形で進んでいると思う。そういった意味では、メガバンクと地域金融機関では若干の温度差があるとみている。こうした中で、地域の金融機関もそれぞれ努力されており、経営が改善する方向に進んでいると認識している。
もっとも、全く課題が無くなったかと言えば、そうではなく、これからも不良債権の処理や収益力の確保に向けた努力を、メガバンクを含め各行庫で続けていくことが大切だと思う。
以上