ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 2004年 > 武藤副総裁記者会見要旨 ( 6月18日)

武藤副総裁記者会見要旨(6月18日)

2004年6月21日
日本銀行

―平成16年6月18日(金)
石川県金融経済懇談会終了後
午後1時30分から約40分間

【問】

 副総裁は、昭和57年から59年にかけての2年間、石川県商工労働部長、総務部長を歴任されているが、当時の状況や本日の金融経済懇談会での意見交換などを踏まえ、石川県経済の状況についてどのように感じられたか。

【答】

 本日の金融経済懇談会には、各界を代表する方々にご出席頂いたが、皆様方からは、当地の経済状況等について、ここで全てを紹介できないほど数々のご意見を頂戴した。

 そのうちの主要な点を挙げると、1つ目は、石川県の経済情勢の報告に関するものであった。例えば、卸・小売業の売上げや消費の状況、中小企業の景況感、観光業や建設業の実態等をお伺いしたが、総論として申し上げれば、このところ当地の景気は良い方向に向っているというのが大勢のご意見であった。もっとも、中小零細企業と大企業の間や、首都圏と地方との間に格差があるのではないかとか、こうした中小零細企業の実態や地域間の格差を十分配慮したうえで政策を運営して欲しいとのご意見を頂戴した。日本銀行としても、地域間の格差、企業間の格差、大企業と中小企業間の格差、さらに製造業と非製造業の間の格差があることは十分認識しているほか、地域の実情をお伺いするためにこうした懇談会を催した訳であるので、今後、様々な格差がどのように解消されていくか、引き続き注視していきたい旨申し上げた。

 2つ目は、金融機関の皆様から、量的緩和政策が今後どうなるのか、長期金利の動向をどのようにみているのか、という質問があった。この点については、冒頭の挨拶でかなり詳しく申し上げたつもりであるが、改めて同様の内容を繰り返しご説明した。

 この他には、私は20年前に石川県庁に勤務した経験があるので、多少、こうした話題も出た。当時、私は、様々な経験をしたし、その後の20年の間に石川県の経済が色々な意味で高度化し、発展してきたことは大変感慨深いということを申し上げた。この点、やや詳しく述べると、まず、20年前に勤務した当時は石油ショックの影響が残っており、商工労働部長として繊維関係の方々と苦労をともにした。また、当時、繊維、機械という当地の2大産業は、比較的景気に対して感応度が高い、すなわち、好況時は良いが不況期にはその波を被るという脆弱な構造となっていたため、何とか当地経済を高度化していきたいと考えた。そして、知事以下、一致した考え方の下、先端産業の企業誘致に積極的に取り組んだ。その後、相当な数の県外企業が当地に立地し、それに伴い雇用やその企業が支払う賃金や税金など、相当な波及効果があったと思う。勿論、地場の企業の方々も大変な努力を重ねてこられた結果、石川県の産業構造はこの20年間で大きく変貌したと認識している。

 こうしたなかで、当地の経済は、足許、電気機械や一般機械を中心に鉱工業生産は増勢を辿っているほか、当時私が居た頃大変な苦境にあった繊維産業についても、高付加価値製品への特化や事業の選択と集中を推進した結果、低迷時期を脱し、底固い状態にある。

 このほか、懇談会の席上でも多少意見がでたが、私は、中国との関係が北陸全体の経済をこれから考えていくうえでの1つの鍵になるのではないかと思っている。中国は生産基地であるとともに、今や膨大な需要の創造が行われている消費基地といった面が強く、この中国の旺盛な活力を今後どのように活かし、相互依存関係をどのように深めつつ中長期的に共生し発展していくか、ということが重要な課題と考えている。

 いずれにしても、石川県には集積された産業基盤が間違いなく存在する訳であるし、温泉地等の風光明媚な観光資源もある。そして何よりも勤勉・堅実な県民性——このことは2年間の当地での生活において私自身が肌で感じたことである——がある。こうした様々な利点を活かしながら、石川県経済が発展を遂げていくことを期待したい。

【問】

 石川県をはじめとして北陸の一世帯当たり貯蓄額は全国比多く、ペイオフ全面解禁への関心が高いと思われるが、地域金融機関のペイオフ全面解禁への対応に懸念はないか。ペイオフ全面解禁まで1年を切ったが、地域金融機関の対応は、大手行と比べ遅れていることはないか。

【答】

 個々の金融機関についてのコメントは差し控えるが、我が国全体の観点から地域金融機関の状況についてみると、既にご承知の通り、15年度決算は多くの先で当期純利益が黒字となっているほか、自己資本比率もほぼ全ての先で所要の水準を超えている。また、不良債権比率も全体としてみれば低下している。昨年の段階では、不良債権比率の低下がそれほど進捗していないとの感があったが、今年度決算ではかなりの進捗をみたとの印象がある。このように地域金融機関の経営内容は少しずつ改善しつつある。この背景には、日本の景気情勢が好転していることによる面もあるが、同時に、地域金融機関の経営者や従業員の皆様のこれまでの様々な努力の結果であることも事実だと思う。

 石川県および北陸地区の金融機関の経営状況についても、総じて全体の姿と同様の状況にあると認識している。ただ、ペイオフの全面解禁を控えているなかにあっては、さらに収益性を高め、経営体力をつけ、経営の健全化を進めていかなくてはならないことは当然のことであり、預金者や市場からの信認を獲得することが重要である。金融機関においては、努力を続けていると理解しているが、さらにこうした取組みを継続することにより、ペイオフ全面解禁のハードルを越えることが出来るものと期待している。

【問】

 副総裁は、今年2月の一部新聞とのインタビューで「個人的には平成17年度に消費者物価の伸び率が安定的にプラスになる事態が来ることを期待している」と発言したが、量的緩和政策の解除についても、同様に17年度中に行われることを期待しているという趣旨か。

【答】

 消費者物価指数の今後の見通しについては、今年4月の「展望レポート」において、今年度は前年比マイナス0.2%の見通しと、僅かではあるがマイナスの領域に止まるとみており、この点については現時点でも変化はない。

 17年度はどうかと言えば、本年10月の「展望レポート」で政策委員の見通しを示すこととなっており、現時点において我々として幾らになるかといったことを申し上げるだけの準備はない。

 確かに、以前、個人的な見解と断ったうえで、17年度に消費者物価指数が前年比プラスになることを期待していると申し上げたが、これはまさに「期待」であって、デフレ脱却がなかなか難しいという現状判断の下で、17年度については何とか良い結果が出てこないものか、それに向けてあらゆる政策を打っていく必要がある、という意味で申し上げたものである。そういう意味で、17年度の消費者物価指数等の見通しについて正式に我々が示すのは10月を待つというのが現時点で言えることである。

【問】

 足許、長期金利が上昇している。この背景として副総裁は、日本を含めた世界的な景気回復や、ディスインフレーション傾向の変化といった点を指摘されたが、量的緩和政策の解除時期に対する見方、つまり時間軸に対する見方の変化という面もあると思う。つまり、量的緩和政策が2~4年も続くといった従来の見方から、景気が良くなってくれば、今年度かどうかはともかく、比較的早く解除されるであろうという見方もその背景にあると思う。

 こうしたなかで、長期金利の上昇について、財政面では、国債利払い費の増加やそれに見合う税収が確保できないなどの観点からの懸念もある。こうした観点から、量的緩和政策が例えば来年度といった比較的早い時期に解除されるとすると、それは少し早すぎるのではないかといった財政当局の懸念もあると思うが、そうした懸念に対してどうお考えか。

【答】

 長期金利は、昨日、一時的に1.94%に上昇し、今日は1.8%台に戻したようであるが、このところ多少上昇傾向にあることは事実である。これは、世界経済全体が好調であり、ひところ懸念されたディスインフレーション傾向に対する見方も変化しつつあることに加えて、日本経済も、私どもの判断として「緩やかな回復」から「緩やか」がとれるなど、より良い方向の循環が始まったことによるものと認識している。

 長期金利については、中長期的に考えれば、マーケットが経済情勢、物価情勢、中央銀行の政策スタンス等を織込んだうえで形成していくものであるが、短期的にみると、マーケットは様々な思惑によって動くというのも事実だと思っている。日本銀行としては、今後、長期金利の動向が、実体経済にどういう影響があるのかということを含めて、しっかりと注意深くみていく必要があると考えている。

 財政面からいえば、長期金利が上昇すれば、当然、国債利払い負担が増えるということである。その際、その背後に景気全体が上向いているという事情があり、かつそのことと整合性がとれたものであるとすれば税収の増加がある訳だが、その規模が如何ほどのものなのか、金利負担をcompensate(埋め合わせ)するものかどうかということについて、現時点では私は具体的によく知らない。しかしながら、理論的には、単なる利払い負担の面だけでなく、収入面を含め、あるいはそのほか経済の好影響による財政負担の減少もある筈であり、そういう面も含めて考えていくべきものと思う。

 また、同時に、財政も長期金利というマーケットの状況から様々な評価を受けるのは当然であり、経済活動の一環として色々な評価を受けるのはある意味自然なことである。従って、財政もマーケットの状況を良く考えながら、運営されていくべきものであると思う。

 量的緩和政策の変更との関係で、財政の立場からどう考えるかとの趣旨の質問であるが、あくまでも我々は金融政策の立場である。従って、繰り返し申し上げている通り、昨年の10月に様々な検討を加えて決定した「3つの柱」——いずれも重みのあるものである——を中心とする量的緩和政策の「約束」を踏まえ、今後の消費者物価の動向をみながら、政策運営を行っていく立場にあると考えている。そのうえで、今年度は少なくともコアの消費者物価指数が前年比マイナス0.2%と僅かではあるがマイナスの領域に止まる見通しにあること、すなわち、簡単に言えば、デフレ脱却の目処が必ずしも立っていないということであるから、現時点では、この「約束」にしたがって、きっちりと現在の量的緩和政策を継続していくということが我々の立場である。

【問】

 景気回復につれて「インフレ参照値」導入の議論が再び取り沙汰されているが、副総裁はどのようにお考えか。

【答】

 「インフレ参照値」という概念については、言葉自体は最近良く聞くが、それがどういうものなのかということについては論者によって色々な考え方があり、私自身、何をもってインフレ参照値というのかについて必ずしもはっきりとした答えを持っている訳ではない。ただ、インフレ参照値を、何らかのかたちで物価の見通しを政策運営の参考にするものという広い意味で捉えるならば、今後、「出口政策」——この概念自体も多義的であるが、量的緩和政策を変更して通常の金利政策に戻るプロセスをイメージするならば——に関する様々な議論のどこかの段階で、そういう論点が出てきて、それを議論するという可能性を今の時点で頭から否定するということまで申し上げるつもりはない。透明性ある政策展開が必要であろうから、それがどのようなものなのかということについて、いずれ考えていかなくてはならないと思う。しかしながら、現時点においては、消費者物価との関係で3点の約束を示したうえで量的緩和政策を継続するという枠組みは透明性のある政策であり、現時点でこれを変えなくてはならない必然性はなく、しっかり継続していくことが大事である。従って、現時点においてインフレ参照値について何か議論しなくてはならない状況だとは全く思っていない。

【問】

 長期金利の上昇に伴い国債利払い費の増加が懸念されるなか、日銀による長期国債買いオペの増額が再び議論される可能性があると思うが、副総裁はどのようにお考えか。

【答】

 先程の金利上昇あるいは財政負担という観点から国債買いオペが論じられるという様な状況に今あるとは思っていない。国債買いオペをどのようにするかというのは、日本銀行としての考え方として、短期、中期、長期、バランスのとれたやり方をしていくということから出てきているものであって、財政負担、国債の金利負担が増えたからどうのこうのと、そういう様な文脈で国債の買いオペが語られるということは、少なくとも現時点では全くないと私は思っている。

【問】

 足許の長期金利の水準感について、副総裁はどのようにお考えか。

【答】

 金利の日々の動きについて中央銀行が直接コメントすること——このことは水準を論ずることと同義である——が、マーケットとの対話方法として適切とは考えていない。マーケットは、中長期的な景況感や物価の状況、中央銀行の政策スタンス等を自ら咀嚼して、先行きの金利感を形成していくものである。中央銀行としては、適切な金利形成が行われているかどうかという点について、実体経済との関係も含めて注意深くみていく立場にある訳だが、金利水準そのものが適切であるかどうかについて直接的に言及するのは、マーケットとの望ましい対話の方法ではないと私自身は思っている。

【問】

 副総裁は本日の講演の中で、「量的緩和解除の条件として、基準となる消費者物価の前年比についてゼロ%より高い水準に引き上げて、これを続けていくとするならば、市場はゼロ金利が長く続くとみて、経済は過熱し、物価上昇率は高まり長期金利が跳ね上がる可能性がある」と指摘された。

 この点について、出口政策との絡みとなるが、物価が少しづつ上昇してくるかもしれないことで、量的緩和政策の解除は今まで考えていた以上に早いかもしれないと市場では思い始めている。ただ、量的緩和政策を解除後、ゼロ金利政策を長くつづけるとの考え方も、新たに台頭し始めている。

 量的緩和政策の出口を論じる時期ではないと副総裁はおっしゃられるが、市場自体は量的緩和政策がいつ解除されて、ゼロ金利政策がいつ解除されるかを見込んで、それを考えながら時間軸を形成して、今の金利水準、先々の金利水準を形成する訳であり、非常に重大な問題である。今からそれをなるべくはっきりさせたほうが、市場の期待形成には望ましいのではないか。量的緩和政策解除後も、ゼロ金利がかなりの期間続くのではないかとの市場の見方についてどうお考えか伺いたい。

【答】

 量的緩和政策に関する約束のうち、第1項目の消費者物価指数の前年比についてゼロ%より高い水準に改めたらどうか、との考え方があるのかもしれない。しかしながら、今の枠組みというのは、マーケットや人々に安定的な状況、混乱のない状態を透明性のあるかたちで示すという一方で、やり方によっては政策の弾力性や機動性を欠くという面があって、結局、「表」と「裏」、「プラス」と「マイナス」の両面をもった政策であろう思っている。したがって、この両者のバランスをどのようにとるのかということを考えると、今の「3つの柱」に基づく「約束」が適切だということである。この点については、昨年10月に重々検討した上で、決断したことであり、今でもこの考え方は適切であると考えている。

 従って、この枠組みの中にあって、消費者物価の見通しは、今年度も僅かとはいえ依然前年比マイナスの領域に止まる見込みにある訳であり、両者を考え合わせて、量的緩和政策をきっちりと続けていくと申し上げているのであって、私は、現時点で、マーケットの状況に十分対応出来ていると考えている。

以上