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総裁記者会見要旨(7月13日)

2004年7月14日
日本銀行

―平成16年7月13日(火)
午後3時20分から約35分

【問】

本日の政策決定会合の内容について総裁からご説明頂きたい。

【答】

本日の決定会合の結果について、2つご報告がある。

1つ目は、当面の金融調節であるが、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。

2つ目は、4月に発表した「展望レポート」で示した経済・物価見通しの「中間評価」を行なった。中間評価の中身については、第1に、日本の景気は、4月の展望レポートで示した「2004年度見通し」に比べて上振れて推移する、第2に、物価面では、国内企業物価は、4月の見通しに比べて上振れて推移する、第3に、消費者物価は、概ね4月の見通しに沿って小幅の下落基調が続く、との評価を行った。

若干付け加えると、景気面では、引き続き海外経済が予想以上に順調な成長を続けている状況のもとで、国内経済をみると輸出が堅調に増加しているほか、内需面でも、設備投資が、短観の結果にも表れているとおり強めの動きとなっている。また、家計部門では、生産活動などからの好影響が雇用面にも及んでおり、先行きの個人消費は緩やかに回復していくとみられる。

物価面では、国内企業物価は、原油価格など内外商品市況の上昇や景気回復を反映した需給環境の改善から、4月時点の見通しに比べて上振れて推移する──現実の数字も比較的高めの数字が出ている──と予想される。

一方、消費者物価については、概ね4月の見通しに沿って、小幅の下落基調が続くと申し上げた。これは、マクロの需給環境が改善してはいるが、なお緩和した状況が続いていることや、川上段階から川下段階に行くに従って企業部門の生産性の上昇や単位当たり労働コストの低下——簡単に言えば人件費の抑制姿勢——によってかなりの程度吸収されると見込まれる──国内企業物価上昇の影響はこれから注意深くみていかなければならない点であるが──ことが背景にある。

こうした状況にあるので、日本銀行としては、引き続き消費者物価に基づく明確なコミットメントに沿って、量的緩和政策をしっかり継続していく方針である。この点を改めて本日の金融政策決定会合で確認した。

なお、本日の金融政策決定会合と直接関係はないが、本年11月から偽造に対する抵抗力を強化した新しいデザインの銀行券の発行を開始する予定であり、現在これに向けて鋭意準備を進めている状況である。その点について一言触れさせて頂きたい。

新しい日本銀行券の発行に関して、昨日、その概要を簡単に取りまとめたパンフレットを作成し、皆様を含めて広く配布させて頂いたので、是非お読み頂ければと思う。

1つ大事な点は、新しい銀行券の発行後も、現在の銀行券——新券が発行された後は旧券になる——は引き続き完全に有効であるということである。この点は、前もって世間で多少の誤解があるような気がしており、私どもにとっては心配事である。新しい銀行券と全く同様に旧券も使用できるので、この点はくれぐれも誤解のないようにお願いしたい。

旧券同様、新券についても、国民の皆様に親しまれ、広く流通することを期待しているが、旧券は無効となるのではなく、引き続き全く同様に通用するということである。

【問】

昨日発表された企業物価指数は1.4%と非常に高い伸びであり、その内訳をみても素原材料だけではなく、中間財あるいは一部の最終財にも物価上昇が波及してきているかと思う。企業物価から消費者物価への波及について、また今年度の消費者物価が小幅下落に止まる根拠について改めてご説明頂きたい。

【答】

景気の動向が4月の展望レポートに比べて上振れするという好ましい動きをしている一方、物価の中で最終段階の物価——特に消費者物価指数の段階——については、概ね4月の見通し通りに引き続き基調的に小幅の下落を続ける、という意味では、景気と川下の物価との動きの間にギャップが少し広がったような感じのご報告をさせて頂いた。その中間にある企業物価指数は、我々の予想よりも少し強めに推移している。これは景気に引き寄せられてそうなっている面が強いが、企業物価の中身を分解しても——今お尋ねの中にもあったが、川上、川中、そして川下とみると——、川中まではかなり波及している。しかし、川下への波及は、全く波及がないと申し上げているわけではもちろんないが、かなり限定的なものに止まっている。そして、消費者物価指数については、波及は限定的なものであり、先行きも当面限定的に止まるであろうと申し上げた。

私どもがみているところでは、やはり企業段階の構造改革が、私どもの想像以上に着実に進展していることが大きな背景になっていると思う。特に製造業を中心に、バブル以前の投資の姿とはかなり変わって、最近はイノベーションを背景として、ROI(総資本利益率)とかROE(株主資本利益率)とか言われるように投資効率の良いところに的を絞って投資が行われるようになった。生産性が上がりやすい投資行動というものが次第に根付いてきている。一方で、単位当たり労働コストを、かなり恒常的に引き下げていくような経営体制──ビジネスモデル──の確立にも努めている。製造業と非製造業との間では、それぞれに対応が少し違っている点もあるが、押し並べて言えば、そうした意味での民間部門のリストラ、あるいはもっと前向きな言葉で言えば新しいビジネスモデルの構築、いわば構造改革が予想以上に着実に進んでいる。その結果として、企業活動が活発になっても、生産性の上昇や、あるいは単位当たり労働コストを下げることなどにより、コスト上昇圧力を吸収しやすいビジネス構造を築いてきている。経済全体としても、そのことが明確に出てきているということだと思う。

米国をはじめ他の先進国においても、多かれ少なかれグローバル化の中での企業経営、あるいはマクロとしての経済の動きで共通の特色がみられる面もある。日本の企業の場合にも、バブル期の後始末をきちんとしていくという延長線上で、そうした強い特色を根底に築きながら、前向きの新しいビジネスモデルの構築が進められている。そのことをマクロでみると、景気の回復の力が増してきても、物価上昇に結び付くまでの時間的距離はかつてに比べ長くなっているというかたちで現れているのだと思う。従って、景気については見通しを上振れさせているが、最終段階の物価については、基本的に前回の見通しを維持している。この間のギャップが広がっていることの説明の一番基本的な点は今申し上げたところである。

【問】

このところマネーの伸び率が、景気回復にも拘わらずなかなか伸びてこないという印象があるが、これについて、総裁の見解如何。

【答】

マネーの動きについても、これまで何回かお話しした記憶があるが、今、申し上げた企業のリストラ、あるいは企業のビジネスモデルの変革ということと非常に深く絡み、従来と違ったマネーの出方が現れていると思っている。

マネーサプライや銀行貸出の動向という点を具体的にみていけばそのことがわかるが、ご指摘の通り、現在でも銀行貸出は減少を続けている。企業部門の構造調整の影響自体はなお続いているようにみえる。しかし、このこと自身は確かに従来とパターンは違っているが、必ずしも悪い現象ではなく、企業や銀行の取り組みは、日本経済にとって必要不可欠な1つの過程を示しており、貸出やマネーサプライの動きが鈍いということは、それをもって直ちに日本経済の再生やデフレ克服を妨げるものではないと考えている。

ただ、こうした動きがいつまでも続くのかと言えば、そうではないだろうと思っている。基本的にそのような構造調整の影響がなお続いていると申し上げたが、そうした中にあっても、最近の動きを仔細にみると、景気回復や銀行の融資姿勢の緩和を受け、貸出のマイナス幅は縮小傾向を辿っている。そうした貸出の動きを反映し、昨年秋以降、M2+CDつまりマネーサプライは、僅かながらではあるが、徐々に伸びを高める傾向が窺われるようになってきていると思う。

従って、貸出やマネーサプライがずっと同じ調子で低迷しているということではなくて、かなり時間的なラグを伴っているが、これからは次第に貸出の減り方がさらに縮まり、いずれはプラスになり、マネーサプライのプラスの勢いが徐々に増していく傾向が既に感じられる。実際に、今、私が申し上げたようになるかどうかという点も含め、さらにこうした点は、注意深くみてまいりたいと思っている。

【問】

一昨日行われた参院選の結果について、自民党は目標の議席に届かず、単独では民主党を下回った。いろいろな要因があると思うが、今回の選挙結果についてはどのような民意が反映したものとお考えか。また、これから先、今回の選挙結果によって、いわゆる総理が進めると言われている構造改革が、あまりスピードが出ないのではないかという意見もある。今後、内閣はどのように政策推進していくべきか、今までの路線を多少変えたほうが良いのではないかという声もあるが、その点についてどのようにお考えか。

【答】

選挙結果そのものについては、私の立場から具体的なコメントをすることは差し控えさせて頂きたい。

選挙結果を客観的に眺めた場合に、自民党にとってある程度厳しい結果が出ているのは、事実であると思う。同時に、小泉内閣が過去進めてきた、あるいは現在の与党政権が進めている構造改革努力そのものに対して、国民がある程度積極的な支援を与え続けているということも窺い知れるような内容であったのではないかと思う。国民としては、微妙なストライクゾーンを狙った結果なのではないかと、客観的にそうみえるのではないかと私は思っている。

私どもの仕事との関係で言えば、景気の回復、あるいはデフレからの脱却、さらには、将来に向かってよりダイナミックな日本経済の建設といういずれの視点からみても、引き続き、日本経済全体──民間部門だけではなく、公的部門も含めて──の構造改革をさらに加速度的にやっていくことが、そうした将来のパスにつながるということは非常に明確である。

小泉内閣がこれから政治的にどのような立場に立たれるのかということに関係なく、経済政策の観点からみれば、従来の構造改革の努力にさらに力こぶを入れて欲しいと期待したいところである。

【問】

日銀はCPIを金融政策の指針として掲げているわけであるが、先程、景気とCPIの関係でギャップが広がっているとのことであった。ということは、経済の実態に対して反応度が鈍い指標を日銀は指針として掲げているということか。

【答】

デフレ脱却ということに最重点の目標を置いて金融政策のフレームワークを築いている。景気と物価の対比では、物価は今のお言葉を借りれば一番ラグを伴っており、短期的には動きの鈍いところに焦点を当てて──あるいはそこをターゲットとして──政策をやっているというのは事実であるが、それは、デフレ脱却ということを最優先の課題と見据えて金融政策のフレームワークを決めているからである。そのことにリスクがあるかどうかについては、金融政策の柔軟性をその1点に多少縛り付けているという点で、日本銀行はある程度リスクをとっているということを、かねてより明確に申し上げている。しかし、デフレ脱却のためには、日本銀行はそれだけリスクをとる価値があるとも同時に判断しているわけである。この通過点だけはどうしても通過しないと、その後の真にダイナミックな日本経済の建設の道に通じないということである。そういう意味で、気持ちの上ではこの通過点を早く脱却したい。しかし、焦りすぎると通過点を通過し損なう心配もあるので、その微妙な結節点をここに求めている。我々は願わくば、結果的にここに過大なリスクを取ることなく、将来ある時点で通過したいが、それまで必要な時間的距離はたっぷり保ちながら、我々は我慢して政策をやっていくという構図になっていると思う。

【問】

先程、新札の発行に関してパンフレットをご紹介頂いたが、その中で新札の発行に合わせて旧札が使えなくなるという誤った情報が広がっているということである。その背景に巨額に積み上がった国債の残高——財政赤字——というものがあり、それに対する不安が国民の間に間違った情報を流布させる原因になっているのではないかと考えられる。日本銀行券の信用を担保する総裁の立場として、その問題について国民に対して改めてどのように説明されるのかということについて伺いたい。また、先月の国会の委員会で、国債の残高と財政規律の問題について、日銀は政府との間で議論を積極的に行う用意があるという発言があったが、具体的にどのようなことを意味し、どのような場で、どのように展開していくのか、今お話頂けることがあれば頂戴したい。

【答】

国民心理を全部ここで解明してみせるほどの自信はないが、現在の銀行券——つまり11月以降で言えば旧銀行券——の効力と国債の発行残高とを直結させて通貨に対する信認の崩れというものが目先強まっているかどうかということになると、私はそこのところは少し疑問に思っている。むしろ「旧券から新券に変われば旧券は効力が無くなるのか」という極めて単純な疑問とか、あるいは最近の例で言うと、欧州でのユーロへの通貨切り替えにおいて、古い各国の通貨は別に直ちに無効になったわけではないが、今は中央銀行に持っていかなければ替えてもらえないというふうに、ある意味で古い通貨を持っておられる方は不便な状況になっている。私自身も昔のドイツマルクとかフランスフランをまだ持っているが、欧州に行くと中央銀行に持っていかないと替えてくれないという状況になっている。そんなことを日本の方々もいろいろ経験しておられ、古い銀行券から新しい銀行券に変わると急に何か不便が起こるのではないかという感覚をお持ちかなと思う。そういったことは一切無いのだということをまず申し上げたわけである。同時に、日本で政府の債務が累増していると将来にわたって通貨の信認が損なわれるのではないかとの心配は、目先の銀行券の改刷というよりはもう少し時間的尺度を将来に長く伸ばした心配ということではないかと思う。

私はかねてより——国会でもそうだが、この席でも——今後、時間の経過とともにより強く財政規律という点に国民の皆様の目が向き、マーケットの視点もそこに定まっていく。そこのところは政府がきちんとした——これは長い時間的尺度で良いのであるが——対応を示していってもらうことが、将来の日本経済のためには絶対不可欠なことだと申し上げてきた。将来の日本経済は、先程も申し上げたように国際競争力をしっかり備えたダイナミックな経済、すなわち、民間部門の競争力、イノベーションの力の構築ということを存分に発揮させるような経済になっていくということである。政府が過剰な債務を負っているということは、往々にして民間の需要と競合してこれらの民間の活力を妨げることになるので、そういうことがないように政府の債務あるいは非効率な支出を削減していくという努力を強めていってもらう必要がある。ただ、その問題が、今、直ちに通貨の決定的な不信認にまで高まっているというふうには私は考えていない。

【問】

先程、川下の消費者物価の動きにはタイムラグが若干生じるのではないかという話があり、中間評価でも小幅なマイナスが続くという基調を示されている。しかし、一方で、消費の現場ではかなり高級な物が売れているといった兆候が見られているが、こうした兆候をどのようにご覧になるか。

【答】

今回の景気回復局面では、日本における過去のパターンと少し異なる姿で、所得はようやく下げ止まってきているという段階だが、それに先がけて消費性向が上がる、貯蓄性向が下がるというかたちで個人消費の回復が始まっている。その中に、いまおっしゃったように高額商品・サービスへの支出ということも見られ始めていることは私どもも聞かされている。そのこと自身が直ちに問題になるということはないと思っており、経済全体のバランスの中でこれを理解していく必要があると思う。所得の回復よりも先行して個人消費の回復が始まっているということが、これからのダイナミックな日本経済にとって普通の姿になっていくのか、あるいは今回は何か特殊で、場合によって不健全な姿があるのかどうか、よく考えなければならないが、現在のところ、日本の消費者の消費行動、資産保有行動、資産への投資行動などに、諸外国に比べて特に不健全だという感じは持っていない。

【問】

先程、何としてでもデフレ克服が必要だとおっしゃっていたが、景気の実態は非常に良いし、短観も非常に良い数字が出ている。デフレと言ってもCPI変化率はマイナス0.1%程度の状況で推移しているのだが、「デフレを克服しなければならない」とそこまで強く言うほどの問題を抱えているとお考えか。

【答】

その甘いささやきには決して乗らない。やはり、将来のことを深く考えると、物価がマイナスに陥って国民の皆様が苦しい状況を再度経験しなければならないという不幸な状況をもう見たくないという気持ちが非常に強い。私どもの金融政策の約束の仕方は、あまりにもバーの高いところに縛りを設けて、そこにいくまでは目をつむるというほどに大きな賭けをしているわけではない。鉄棒で言えば、地面すれすれの非常に低いところにバーを設けて、そこにしがみついているとは言えると思うが、それぐらいの賭けは我々に許してもらえると思う。将来再びデフレに陥って、せっかく出始めた新しい展望を根こそぎ摘み取ってしまうようなことにならないように、多少の賭けをすることはお許しいただきたいし、我々は甘いささやきにはそれまでは応えない。こういう姿勢で臨みたいということである。

【問】

現在、景気が良くなっていながら物価がなかなか上がってこない原因の1つに労働コストが抑えられている面がある。その結果、企業の生産性が上がり、物価がなかなか上がらないという状況だと思う。生産性がある程度継続的に上昇し、将来的にも景気が良いながら物価がそれ程上がらないという状況が長期的になった場合、それはそれで国民生活には非常に良いことである。そうであれば、そういう状況を眺めて、物価が上がってこない限りはずっと超低金利を続けるということも考え方としては十分にありうると思うが如何か。

【答】

米国も少し前まで振り返ってみると、景気が立ち上がり、そして米国のPPI(生産者物価指数)──日本で言う国内企業物価──が上がり、消費者物価の上昇に結びつくまで随分ラグがあった。これは世界的にも共通の現象であるが、米国の例を見ていても、景気が立ち上がり中間段階の物価が上がればいずれは最終段階の物価も上がっていく。生産性が上がっていて、賃金の抑制効果が効いている時期というのも、その期間が長引いても、結果的にはいずれ賃金の上昇に結びつく。米国では最近、ユニット・レーバー・コストが既に上がり始めている。その時間的な相関関係に少し伸縮性が出てきている点は従来と違うが、経済全体の基本的なメカニズムまで変わっているわけではないということは、一応米国の例でも言えると思う。日本の場合は新しい経験であるのでこれから実際にどう出てくるのかみていく必要があると思うが、日本の場合にも基本的な経済のメカニズムまで変わったわけではないと思っている。我々は粘り強くCPI変化率が安定的にゼロ%以上になるまでは、今の枠組みを続けると言っているが、半永久的にこれを続けるつもりはないし、物価が多少マイナスでも景気が長続きすればそれでハッピーではないかという甘いささやきに対しても、我々はそれをお受けしないという感じになると思う。

以上