ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 2004年 > 総裁記者会見要旨 (10月29日)
総裁記者会見要旨(10月29日)
2004年11月1日
日本銀行
―2004年10月29日(金)
午後3時半から約55分
【問】
本日の金融政策決定会合の結果について、また、本日公表の「経済・物価情勢の展望」の判断を踏まえて、日銀としての物価・景気の見通し、ならびに政策運営スタンスについて伺いたい。
【答】
本日の金融政策決定会合では、次回決定会合までの金融調節の方針として、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。日本銀行としては、消費者物価に基づく明確な約束に沿って、引き続き金融緩和政策をしっかりと継続していく方針を確認した。
また同時に、いわゆる「展望レポート」を決定・公表した。ポイントは、まず第1に、日本の景気は回復を続け、次第に持続性のある成長軌道に移行していくであろうとの判断である。海外経済は──しばしば申し上げている通り、内外経済が一体となって動く時代となっているにもかかわらず、この辺を分けて言わざるを得ないのは難しいところであるが──、これまでのやや高めの成長から幾分減速しつつも拡大を続けるとみられる。それと一体となった日本経済の動きは、輸出や生産の基調的な増勢が続き、企業収益も幅広い業種で改善を続けると予想される。この間、過剰設備・過剰債務などの構造的な調整圧力も和らいできていることもあって、設備投資は今後も増加を続けるとみられる。企業の人件費抑制姿勢は引き続き根強いものの、企業収益の増加や雇用過剰感の緩和が続くもとで、雇用者所得は増加に転じ、個人消費も緩やかに増加していくと見込まれる。
物価の先行きについては、国内企業物価は、原油価格の上昇や素材の需給の引き締まりなどを反映して、今年度中は上昇を続けるが、2005年度は、原油価格の一段の高騰等がないという前提に立てば、上昇テンポは少し緩やかなものになっていくと予想される。
一方、消費者物価は、景気が回復を続けるもとで需給ギャップは改善を続けるものの、企業部門における生産性の向上や人件費の抑制から、当面上昇しにくい状況がなお続くと見込まれる。こうしたもとで、消費者物価指数の前年比は、今年度中は引き続き小幅のマイナスで推移するとみられる。また、2005年度については、小幅のプラスに転じると予想される。
なお、これら経済全体についての上振れ・下振れ要因としては、引き続き4つの要因が挙げられる。1つ目は原油価格やIT関連需要の動きを含めた海外経済の動向、2つ目は国内民間需要の動向、3つ目は国内金融・為替市場の動向、4つ目は不良債権処理や金融システムの問題である。
このうち原油価格は、既往最高値圏で推移しており、今後さらに上昇を続ける場合には、企業収益の圧迫や家計の実質購買力の低下等を通じて経済の下振れ要因となる可能性がある。また、IT関連財の生産・在庫調整については、今のところ、基本的には軽度なものにとどまる——少なくとも、過去のこうした経験に比べれば軽度なものにとどまる——とみているが、需要が予想以上に下振れた場合には、調整が深まる可能性もなお残している。
今回の展望レポートでは、2005年度の消費者物価指数の前年比がごく小幅ながらプラスに転じる見通しとなったことも踏まえ、今後の金融政策運営について、基本的な考え方をレポートの末尾で示すこととした。また、その際に重要となる日本銀行としての情報発信のあり方についても、併せて若干の記述をした。
すなわち、今回の見通しのもとで、2005年度内に現在の金融政策の枠組みを変更する時期を迎えるか否かはまだ明らかではない。そうしたもとにあって、今後の金融政策運営の基本的な考え方としては、先行きの経済物価情勢次第であるわけだが、経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって、生産性の向上を基本的な背景として物価が反応しにくい状況が続いていくのであれば、余裕をもって対応を進められる可能性が高い、と考えている。
また、今後の金融政策運営に当たっては、日本銀行の金融経済情勢の判断や金融政策運営の基本的な考え方について、適切な情報発信を行っていくことが一層重要となる。この点、具体的な内容や方法については、さらに工夫を重ね、市場参加者が金融政策の先行きを予測する上で参考になる基本的な判断材料を適切に提供していきたいと考えている。
【問】
総裁は、10月22日に開かれた財政制度等審議会で、財政再建路線を支持する考えを示すとともに、財政再建に当たってのポイントとして、経済活性化との両立など4原則を示された。日銀は、金融政策を実行する立場から、こうした財政再建の推進にどのような貢献ができるとお考えか伺いたい。
【答】
財政制度等審議会から要請があり、意見表明をする機会を頂いた。これからかなり長期にわたってよりダイナミックな日本経済をきちんと作り上げていくことを考えた場合に、やはり財政面の規律を高めていくことが、非常に重要な課題になる。同じく、よりダイナミックな経済の姿を実現していく中で、日本銀行の金融政策がより適切に運営され、より強く効果を発揮していくためにも、財政規律の強化は欠かせない前提になると考えた。せっかく頂戴した機会でもあり、少し長い視野に立って私どもの考え方を申し述べた。
財政再建は、これから長い時間がかかるプロセスである。従って、長い時間をかける覚悟と、着実にやり遂げる決意がいる。そうした意味では「継続性」が非常に大事である。それと、長い道程を国民の一人ひとりが正しく理解し、自分たちの生活のリズムの中にも取り入れながら、これをこなし実行していくということになると、長期的な方向性を国民や市場に信頼できるかたちで政府が示していく「透明性」が重要である。これらを非常に重要な柱として申し上げた。
その上で、具体的な方策としては、歳入・歳出両面での思い切った見直しと併せて、民間経済主体の活力を引き出し、中長期的な経済の潜在力を高めていくことが不可欠であると申し上げた。こうした取り組みを、経済が持続的な発展の軌道に復帰するのを確かめながら、その後も、経済がよりダイナミックな鼓動を発信することを確認しながら、一歩一歩着実に進めていくという姿勢が大事であると強調した。
このように、財政再建の道程において、民間経済主体が活力を持って経済活動を行っていくためには、マクロ的な経済環境の安定を維持することが極めて重要な課題となる。日本銀行としてはこの面で最大の貢献ができる。すなわち、金融経済情勢を的確に見極めながら、適切な金融政策運営を行うことを通じて、物価の安定と経済の持続的な発展を図っていくということを申し上げた。
加えて、財政資金の安定的な調達という観点からは、国債の保有主体の多様化をはじめ、流動性の高い効率的な市場の整備を一段と進めることが重要であることも申し上げた。国債の決済インフラの整備等を通じて、この面では日本銀行もかねてより最大限の貢献をしようと努力をしているが、今後なお一層こうした市場整備の面で努力を傾注していきたいと申し上げた。
【問】
展望レポートの中の金融政策の先行きに関する部分で、「余裕をもって対応を進められる可能性が高い」という表現があるが、これはどのように理解すれば良いか。
【答】
まずその前段で「2005年度内に現在の金融政策の枠組みを変更する時期を迎えるか否かは明らかではない」と述べている。2005年度内か、あるいはそれより少し後になるか、いずれにせよ変更の時期を迎えることになるだろうけれども、そういう場合の今後の金融政策運営については、言うまでもなく、先行きの経済物価情勢に依存する。従って、極めてオープンであるが、展望レポートで述べている一種の標準的な見通し──いわゆるメインシナリオ──では、経済もゆっくり持続可能な成長過程に移っていく中で、物価面は、生産性の向上を基本的な背景としてそれほど急激に反応するという状況でないかたちで推移していくとしている。このように経済がメインシナリオ通りにいくとすれば、2005年度内であれ、2005年度を過ぎてからであれ、枠組みを変更するような場合にも、それほど慌てないで余裕をもって対応を進められる可能性が高い、ということを申し上げている。
【問】
そうすると当面ではなく、2005年度、2006年度などを含んだ中期的にも量的緩和の枠組みが続くということか。
【答】
そういうことを言っているわけではない。どのような時点で──2005年度内かあるいはちょっと過ぎてからか良くわからないが──現在の緩和の枠組みを変更し、どのようなペースで、例えば流動性の吸収を図るとか金利主体のレジームに移っていくとかについて、適切に判断していこうということである。適切に判断していく場合に、今の標準シナリオ通りに経済・物価が推移していくとすれば、息せき切って対応するというよりは十分余裕をもって判断しながらできるのではないか、ということを申し上げているのである。
その後に、「もとより、日本銀行としては、今後の情勢変化に応じて適切かつ機動的に対応するとともに、金融経済情勢に関する判断や金融政策運営に関する基本的な考え方を丁寧に説明していく方針である」という箇所がある。これは、我々が今申し上げた標準的シナリオ一本だけを考え、他の可能性を一切排除しているというわけではない。標準シナリオ以外のシナリオというものの可能性が見えてくるような場合──これが「今後の情勢変化」ということである──には、それはそれで必ずしも余裕をもって対応を進められる場合だけではないということがある。従って、金融経済情勢に関する判断とか政策運営に関する基本的な考え方は、その都度丁寧に説明していく必要があるし、急に人々を驚かすということではなくて、十分予見性をもって、具体的な説明の内容や方法に工夫を重ねていく、という趣旨がその後の文章に繋がっている。
【問】
今回の展望レポートでは、CPIの中央値が0.1%ということで、半数の委員がプラスを予想されたわけであるが、これは「安定的にゼロ%以上」という状況ではないということなのか。
【答】
昨年10月に安定的にゼロ%以上というものを因数分解して3つの要素に分けた。すなわち、(1)現実のCPIの前年比変化率が基調的にゼロ%以上になること、(2)再びデフレに戻らないという意味で先行きのCPIの前年比変化率見通しがゼロ%を超えていること、(3)経済物価情勢をさらに広く判断する、ということである。今回、政策委員の多数のCPI見通しが若干のプラスになったが、CPIが安定的にゼロ%以上になったという判断にはまだ繋がらないということだと思っている。
【問】
例えばCPIの上昇率が0.1%や0.2%である場合に、「安定的にゼロ%以上」という判断をすることはありうるのか。
【答】
(1)現実のCPIが基調的にプラスだとその数字をもって認定できること、(2)改めてマイナスに落ち込んでくるリスクがまずないと見通せること、それから、(3)経済情勢をもう少し広く見ようということで経済がなお内在的に脆弱性を含んでいないか、ということを一通り点検する。これらが全部満たされれば、その時点で条件を満たしたという判断に至ると思う。
【問】
例えばCPIの伸び率が1%なければならないとか、2%なければならないといったレベルは関係ないということか。
【答】
そういう数字的に固定的な判断基準は持っていない。
【問】
今年7月の総裁の講演の中で、「米国と比べれば日本の場合には過剰流動性の吸収と金利の引き上げということが必要だ」ということを言われたかと思うが、過剰流動性の吸収と金利の引き上げに関して一緒にされるというお話をしていなかったかと思う。総裁が考えられている今の量的緩和というのはゼロ金利と一緒のものなのか、それとも違ったもので考えていらっしゃるのか。これは、流動性の吸収と金利の引き上げが同時に行われなければならないか、別々でも構わないかということと関係するかと思う。その点についてイメージでも構わないので伺いたい。
【答】
ご質問の趣旨をもし私が正しく理解しているとすれば、米国は量的緩和政策をとっているわけではないので、金融政策を急いで変更するか、あるいは余裕をもって変更するか、いずれにしても金利を中心に物事を判断していけば良い。日本銀行の場合には量的緩和政策をとっている。過剰流動性というおっしゃり方が適当かどうかという問題はあるが、いずれにせよ政策目的をもってたくさんの流動性を市場に供給している。より正確に言えば、所要準備額をはるかに上回る流動性を供給している。
もしも今の政策の枠組みを変更するということになると、流動性を吸収していく、つまり所要準備に対して非常にたくさん供給している流動性を吸収していかなければならない。その場合、先行きの金利について、そのレベルを次第に念頭に置きながらやっていくことになるのではないか、ということを一般論として申し上げた覚えがある。つまり量と金利というのは別々でないといつも申し上げている通り、量の調整を始めるとマーケットは先行きの金利感をいろいろ修正しながら金融調節の意味合いを受け取ろうとするであろう。政策を行なうほうも、政策を受け取りマーケットでマーケット・コンディションズを造るほうも、量と金利についてある種の立体構造を持って、共に行動し始めるわけである。
従って、量と金利を一体的に考えながら、しかも、現在と将来にわたるダイナミックな構造の中でそれを考えながらやっていかなければならない。市場のほうもその作業をやっていかなければならない。そこは単純に金利水準だけというよりは、より幅の広いものの考え方、市場の受け取り方の中での対話が必要になる。そういうような趣旨のことを一般論として申し上げたと思う。その点は今も同じである。
【問】
先程の質問に出た「余裕をもって対応を進められる可能性が高いと考えられる」というのが、まだ今一つ正しく理解しているかどうか自信がないのでお聞きしたい。この「余裕をもって対応を進められる可能性が高い」という箇所の「余裕をもって」は、「ゆっくり」ということと同じなのかどうか。また、2005年度内はやるかどうかわからないとここで書いているわけだが、「2005年度内にやる」ということと「余裕をもって対応を進められるという可能性が高い」ということは、お互いに矛盾しないのかどうかというところをお聞きしたい。
【答】
矛盾なく整合的にご説明しているつもりである。
2005年度内にやる場合にはゆっくりと、と書いているわけではない。2005年度内に枠組み修正のタイミングが訪れるかどうか、まだ今回の展望レポートだけでは我々も読み取れないし、皆さんもそこまでは読み取れないような展望レポートになっている。物価についての我々のマジョリティーの見方が、中央値でみて0.1%とごくわずかなプラスということになっている。実は非常に読みにくい生産性の上昇がいつまでどのようなペースで続くか、企業のほうの賃金の調整努力というのが今後どのような強さでどのような時間的な長さで続けられるのかということは、この0.1%というような非常に微細な幅で正確に読み取ることはなかなか難しい。そういうことなので、物価が基調的にゼロ%以上だというふうにきちんと判断できるタイミングが、確実に2005年度内に来るとはなかなか言えないし、年度を過ぎたらすぐに来るかというとそれもなかなか言えない。そういう意味では、生産性、賃金調整の経路というものがどういうふうに続くかということの読みにくさと、政策変更のタイミングの予測の難しさということとは表裏一体になっている。
それから同時に、今までの成長率が少しペースダウンしながらも、より持続的な景気回復パスに動いていく、その中で消費者物価はいずれ若干プラスの世界に入っていくけれども、生産性の向上と賃金レベルの調整、合わせてユニット・レーバー・コストの低下という要素が働き続ける、というのが標準シナリオである。これは要するに時期がいつ来るかわからないという問題だけでなく、その時期がいつ来ようと、その前であろうと後であろうと、物価に関しては、今申し上げたユニット・レーバー・コストの低下という面から、常に経済の回復に反応しにくい、もっと簡単に言うと物価がなかなか上昇しにくい、少し上昇しても目立った上昇というまでにはなかなかいきにくい。そのような回復を標準的なシナリオとして想定しているということなので、仮にタイミングが訪れてもそんなに慌てて対応するというよりは、どのような時点でどのようなペースでということを慎重に正確に判断するゆとりを持ちながら、我々は政策対応ができると考えている。
やはり、年度内であるかどうかわからないという点と、おそらく余裕をもって対応できるだろうという点の両方の背後に、生産性の要素、賃金調整の要素、合わせてユニット・レーバー・コストの帰趨というファクターが横たわっている。従って、両者の説明は整合的であると思っている。
【問】
もう一つお聞きしたいが、2005年度内に仮にそういうタイミングが来たとしても、それは余裕をもって対応を進められるということであるのか。
【答】
仮に来たとしても、標準シナリオ通り経済が動いているならばそういうことである。
【問】
新紙幣発行の準備状況について伺いたい。また新券発行が金融政策にも影響が出てくるのではないか──例えばタンス預金の関係とかで──といった見方があるが、総裁の見解を伺いたい。
【答】
今の段階で準備と聞かれるとドキッとするが、11月1日というのは来週の月曜日のことであり、今準備ができていないとはとても言える状況でない。十分準備はできている。一万円券も五千円券も千円券も新しい銀行券について相当程度ストックができており、各支店への配備も終わっている。11月1日は、早朝から清々と発行開始することができると思っている。まだ、週末の2日間余裕があるので、本・支店とも万全の体制を既に整えているが、万全の上にも万全の体制を整えて臨みたいと思っている。
最新の偽造防止技術を搭載した日本銀行券という触れ込みであり、円滑に流通して、広く国民の皆さんに安心してこの銀行券を使って欲しいという願いを込めて、11月1日から発行したいと思っている。
金融政策との関係は、大変読みが難しいことであり、金融不安が長く続いた状況のもとで、おっしゃる通り、銀行券のかたちである程度の個人が所有している部分はあると思う。これは、このまま持ち続ける方と、新しい銀行券が発行された機会にその一部を新券にしたい、あるいは、一部はお話のようなタンス預金でなく預金に戻したいとか、いろいろなことを考える方がおられるであろう。最終的に銀行券の動きがどのようになるのか予測できないが、我々も広報活動していることもあり、新券はより安心して使って頂けるはずのもので、新券に対する人気は比較的高いと思っている。従って、新銀行券に対する需要はかなり高いのではないかと思っている。金融市場局にとっては、そういう意味では、金融調節の負担が多少増すかもしれないと思っている。
【問】
今回の展望レポートの消費者物価指数の2005年度の予測が小幅ながらプラスになったということは、量的緩和政策解除の3つの条件のうちの2つ目を満たすものでは必ずしもないという理解でいいのか。
【答】
安定的にCPIの前年比変化率がゼロ%以上と言えるためには、現実のCPIが基調的にゼロ%以上、そして将来の見通しがゼロ%を超える、さらに経済の情勢が心配されるような脆弱性をそれほど含んでいない、といった3つの条件が満たされなければ満たしたとは言わないわけで、一つひとつを満たした、満たさないといった感覚ではない。これは1つのことを3つに因数分解したものに過ぎない。従って、条件は満たしていないということである。
【問】
今日発表された展望レポートでは、来年度については再びデフレに陥るという懸念を持っているという認識でよいのか。
【答】
物価が継続的に下落する状況をデフレと定義すれば、以前からデフレであり、今もわずかなデフレであるし、これから先、安定的に消費者物価の前年比変化率が、プラスになるというかゼロ%以上になるまではデフレが続いているという認識である。ただ、それが終わる時期が2005年度内に来る可能性もあるし、確実に来るともまだ言えない、さらにその後になるかもしれない。つまり、デフレが終わる時期は近づいてはいるが、まだ明確ではない。そのように理解して頂きたい。
【問】
市場参加者に対する具体的な説明等を工夫していくとのことであるが、もし具体的なイメージが今あれば教えて頂きたい。今の3条件等に加えて、今後、どのような工夫の余地があるのかについて、現段階でのアイデアを伺いたい。
【答】
別にそう突飛なことを今の段階で考えているわけではない。経済が停滞を続け物価もずっとマイナスといった先行きの展望が開けない時期と違って、今回の展望レポートのように、先行き明るい方向性が少しずつ見えてきたというレポートを出したからには、このシナリオ通り刻々と経済が推移しているかどうか。どこかで変調──より良い方向とより好ましくない方向と常にリスクというものは上振れ、下振れ両方あるが──を来していないか。今日お示しした標準的シナリオを軸に、より良い方向に行っているのか、シナリオ通り行っているのか、あるいは、どうもシナリオとは違う方向に行っているのか。それから、経済と物価との関係で、先程からもしつこく申し上げているように、生産性の動向や賃金の調整の状況といった、事前には非常に読みにくい要素──米国の連銀も今この辺の読みに一番苦労しているわけであるが──について、我々の予測の範囲に何かが入ってきたかどうか。この範囲に入ってきたことが標準シナリオに対して影響のあるものかどうか。
こうしたことを、金融政策決定会合後の記者会見の機会であるとか、あるいは、3か月毎に行う中間レビューといったものにより、持てる材料をできるだけ解りやすく差し上げていきたい。基本的にはそれを念頭に置いている。
表現形態やコミュニケーションの仕方について特別の道具立てが要るかどうかは、どのような材料を説明しなくてはならないかによってその都度考えていくが、今申し上げたように、普通に考えていくと、毎月、それから特に3か月毎の中間レビューの時に、今回お示しした標準シナリオ、その方向性とその背景にある生産性の動き、賃金調整の動きを、経済のスピードと経済の動くメカニズムの両面から、なるべくきめ細かい情報を提供したいというのが主眼である。
【問】
財政制度等審議会において総裁は「財政健全化は大事だ」と言われ、「マクロ経済環境の安定を維持するのが重要でそれに日銀として貢献していく」と言われたが、例えば定率減税の廃止ということは短期的には経済の下押し圧力になると思うが、そういうところは日銀が量的緩和を続けることで景気の下支えをやっていくということと受け取って良いのか。となると今まで言われている3条件にプラスして4条件目として、財政健全化をある程度サポートするために時間軸を延ばすという解釈も成り立つと思うが、その点について伺いたい。
【答】
今のご質問に対しては、そういう足し算引き算という観念は、私どもは一切持っていないということである。
財政審で私が強調して申し上げたのは、長い目でみて財政規律を高めていく。そのことが国民の将来の経済生活にきちんと生活のリズムとして取り入れられていく。逆に言えば、政府に対する信認をより高めながら、財政規律が自然に確立していくような方向を目指すべきだ。それは、短期的に歳出のカットをするか、今おっしゃったような税制の面に何か手を施すか、あるいは社会保障制度について様々な改革を施すかという場合に、現実の経済にどの程度負担を与えるか与えないかというのではなく、将来の経済の姿について国民がどのようなイメージを持てるのか、そのことの重ね合わせのうえに、国民の正しい理解を得ながらやって頂きたいということを申し上げているわけである。
つまり、将来に対する国民の期待の安定化ということが常に伴っていなければ、財政の健全化という意味で計算上辻褄が合っていても、国民に理解されないし、経済に対しても悪い影響を与える。従って、金融政策の面からみれば、財政が経済にある負担をかけるからといって、その部分を金融政策で相殺する方法というものはない。将来に対する国民のイメージが悪ければ、相殺する方法はない。標準的なシナリオ通りの経済が仮に実現していく、物価がプラスになって、その後も標準的な経済のシナリオ通りこれを延ばしていくためには、将来に対する期待の安定化がなされて、経済と物価の実勢に見合った長期金利が形成されていかなくてはならない。市場の中に累積している国債発行残高が、国民が将来の経済をみる眼の不安を映し出す鏡になった場合には、いくら日本銀行が適切な金融政策の運営を図ろうとしても、正しい市場金利の形成はできない。そのことを申し上げたつもりである。
目先、経済に負担がかかるから金融政策でこれをオフセットしようとしても、何事も実現しない。将来に対するイメージ、照準が合っていなければ、何事も実現しない。日本銀行は、そういう足し引き計算による金融政策を行うつもりは全くない。
【問】
外国為替市場で若干ドル売りというか円高が進んでいるが、これに対する認識と、今後の経済への影響について見方を伺いたい。
【答】
外国為替市場に目立った大きな動きがあるかどうか、達観して言えば、市場はまだ落ち着いた範囲内の動きを示していると見ている。米国経済については、少しずつスピード調整しながら巡航速度というか、潜在成長力を少し上回るような拡大パスに軟着陸していく過程を進みつつあると見ている。その場合に、巡航速度に向かっていくと言っても、従来の早いスピードから見れば少し減速するという要素や、先行き必ずしも十分読みきれない原油価格の動き、あるいはIT関連の調整の動きが絡まっているので、青空の中をグライダーがすーっと降りるほど透明性を持っていない。いくつもの雲の中を突き進んでいかなければならないので、市場がいくらか不確実性を感じた場合に、為替市場も若干の不安定要素を示すという局面もありうるということだと思う。
為替の経済面への影響については、先程の展望レポートでも、大きく変動する場合には一つのリスクファクターだと書いているが、現在、特に具体的にリスクが顕現化しつつあるとは考えていない。
【問】
コアCPIの中には米価格も入っている。昨年の9・10月頃から不作の影響で米価が上がり、今年は豊作ではないかとも言われていたが、度重なる台風や地震で毎年の平均に比べると不作になりそうだという報道もある。つまり、米の価格は悲惨な災害の結果として上がるわけで、喜ぶ人はあまり多くないと思う。そうしたものにコアCPIの指数が0.1~0.4%ポイント動かされる可能性があるという意味で、この政策の枠組みにそもそも欠陥があるのではないかと感じるが、どうお考えか。
【答】
物価指数というものは非常に多くの品目が含まれているので、その一つひとつを取り上げて、頭の先から足の先まで純粋に経済要因的に理解できる部分だけを取り出すということは、いくらコストをかけても実現できない。もしそれをするのであれば、それは理想の物価指数を追い求める思想になると思う。現実には、どこの国でも、最大限努力はするけれども、やはり不純物──言葉が適切かどうかわからないが──を含んだ物価指数を受け入れながら、後は洞察力を持って、正しい経済的な要素を読み取る能力を皆で鍛え上げながら、情勢判断を正しく行っているのが実情ではないかと思う。
日本の場合、今回の展望レポートで、私どもは、コアCPIの2005年度見通しの中央値として0.1%という数字を出している。金融政策について、ある特定の経済指標で0.1%ポイントを問題にするなどといったことは歴史上なかなかないことなのだが、私どもが0.1%か0.2%かというところに皆さんの目を一生懸命縛りつけるレポートばかり出しているので、どうしてもそういう物価指数の細かい要素が問題視されがちになるのだと思う。確かに、問題でないとは言わないし、我々も問題にしてはいるが、そういう純粋経済的な要因以外の天候要因その他の偶然の要因によって左右される要素が混在してくるということは避けられない。従って、そういうものがどの程度混在しているかということをできるだけ正確に計測しながら、正しい判断をしていかなければならないということに尽きると思う。
米の価格についても、単純に昨年の反動で値段が下がるというものではなくて、作柄の度合いが違うし、最近のように台風や地震が来ると、またそれによって不規則な影響を受けると思うが、それらもできるだけ正確に測定しながら物価を判断していかなければならない。我々は、0.1%になったから良い、0.2%になったから良いという言い方はしておらず、少なくとも安定的にゼロ%以上というふうに申し上げているのは、経済的な要素と経済外的な要素で動いている部分とをできる限り頭の中で噛み砕きながら、判断の中に取り入れていこうということである。
【問】
中国人民銀行が9年ぶりの利上げをしたが、これについての評価と、中国の景気減速と日本の外需の関係をどう見ているのか伺いたい。
【答】
昨日、中国が金利引上げという手段で経済の調整措置をワンステップ進めたということは、足許の景気過熱あるいは投資過熱と言われている中国経済を円滑に調整するために、適切な手が一つ付け加えられたという意味で、私は望ましいことだと思っている。のみならず、より長期的に見て、中国の経済の仕組みや政策運営の仕組みは、市場メカニズムをより良く活用する方向に進むべきだと、中国の政策当局者ご自身がお考えのことなので、そうした長い目で見た方向性にも沿っている。そういう意味では、将来に向かって重要な第一歩が踏み出されたと言えるかもしれない。当面の観点からも、長期的な観点からも、私は歓迎したいし、市場メカニズムに適切に依存しながらの経済政策のほうが、ソフトランディングに結びつきやすいのではないかと思っている。
【問】
先程の財政の話に戻るが、先日の財政制度等審議会では歳出・歳入の一体改革について理解するというご発言があったが、この言葉は、定率減税の廃止から消費税の増税まで、いわゆる増税を伴う財政再建について説明する場合に使われることが多いが、この点についてどうお考えか。
【答】
私は、当面の定率減税をどうするとか、あるいは消費税をどうするか、といった具体論に踏み込んだつもりは一切ない。それよりも、これから10年、あるいはそれ以上かけて実現していかなければならないプライマリー・バランスの回復、あるいはプライマリー・サープラスの実現のプロセス、その10年以上かかる長いパスというものを考えた場合、今の日本の財政のバランスの悪さを踏まえると、単なる歳出カット、あるいは単なる増税というようなことでできるのだろうかという大きな疑問を持っている。やはり長い目でみれば、今すぐ何から着手するというのは別にして、歳出・歳入両面の改革、更に言えば、社会保障制度の抜本的な見直しというように、これは相当スコープの広い問題ではないだろうか、と素人ながら問題指摘をさせて頂いたわけである。財政制度等審議会のメンバーは財政のエキスパートの方ばかりで、私以上にはるかに知識を持っておられる方なので、私からは細かい具体的なことを申し上げるつもりはなかったし、事実そういったことを申し上げていない。10年以上の長期設計の中での大きな構図というものは、どうしてもそうならざるを得ないのではないかということを申し上げた。
以上