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総裁記者会見要旨(2月17日)
2005年2月18日
日本銀行
―2005年2月17日(木)
午後3時半から約55分
【問】
本日の金融政策決定会合の結果および金融経済月報を踏まえた景気認識を伺いたい。また、最近の一部の審議委員の発言にもあるが、当座預金残高目標の下限の柔軟化というか弾力化といった議論についての総裁の所見を伺いたい。
【答】
本日の金融政策決定会合では、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。日本銀行としては、消費者物価指数に基づく明確な約束に従って、金融緩和政策をしっかりと継続していく方針だということである。
背景となる経済物価情勢については、一言で言えば、前回の金融政策決定会合時の情勢判断から大きな変化はないということである。足許の経済の動きは、昨日政府から公表されたGDP統計にも表れている通り、踊り場的な局面が続いている。もっとも、先行きの見通しについては、海外経済が想定通り順調に拡大を続けるもとで、春以降、IT関連材の調整が一巡すると見込まれることから、景気は回復を続け、次第により持続性のある成長軌道へ向かって移行していくと見込んでいる。繰り返し申し上げているが、企業の過剰設備・過剰債務などの構造的な調整圧力が和らぐもとで、好調な企業収益を背景として設備投資が増加を続けている。雇用過剰感の緩和も相まって雇用者所得が増加に向かうと見込まれる。こうした意味で、景気回復の基本的なメカニズムはしっかりと維持されているというのが、私どもの判断である。
もちろん、IT関連需要、原油価格の動向などのように、内外経済への影響が必ずしも明確でない要因が残っているので、その点は引き続き注意深く見ていく必要がある。
なお、物価動向もあまり大きな変化はないが、国内企業物価はこれまでは上昇基調にあったが、昨年末にかけての原油価格の反落などがあり、足許少し弱含んでいる。内外商品市況は振れが大きいので何とも言えないが、当面弱含みないし横這いで推移する可能性が高いと判断している。金融政策との直接の関連の強い消費者物価の前年比は小幅のマイナスになっている。先行きについても、需給環境は引き続き改善方向にあるが、公共料金の引き下げの影響等もあるので、小幅のマイナスで推移するだろうと予想している。これが本日の政策決定の背景となった情勢判断である。
オペレーションとの関連についてもお尋ねがあったが、金融システム不安が後退しているというか、全般的に市場関係者の先行きに対する不透明感が後退していくなかで、金融機関の流動性需要は徐々に減少し始めている。別の言い方をすれば、金融市場において資金余剰感が強まっているということであり、ご指摘の通り、こうしたことを背景にして、短期の資金供給オペレーションの場面において、札割れと言われる現象がしばしば発生している。しかし、重要なことは、私どもの当座預金残高目標はしっかりと維持できているということである。資金需給は季節的にもかなり振幅を示すものであり、毎年のことであるが、目先の3月上旬にかけては資金不足期が来る。資金不足のヤマ場が目の前にあるということだが、私どもはこの3月上旬の資金不足期においても、当座預金残高目標の維持は可能であると考えている。本日の金融政策決定会合でも、この点について点検したが、現在の目標を維持すると決定した背景には、当座預金残高目標の維持は可能だという判断と符節の合うものだということである。資金需給というのは大きく振れる──月々、週間、日々、あるいは日中でも大きく振れる──ものであるので、市場動向は十分見極めていきながら、刻々の変化に即して金融市場調節を適切に行い、30~35兆円程度という当座預金残高目標を維持していく。
【問】
総裁が出席されたG7のコミュニケについての評価を伺いたい。今回のG7コミュニケは世界経済の不均衡の問題に日米欧が結束して取り組むという宣言だと受け取れると思うが、この不均衡の問題が為替市場、金融市場に与えている影響と、今回の声明がそれにどの程度のインパクトを与えることになるのかについて、考えを伺いたい。
【答】
この点は、現地ロンドンでの記者会見の時にも話題になったと思うが、今回のロンドンG7の特徴の一つには、BRICsと言われる諸国が初めて非公式に招かれて会議に参加したということがある。経済のグローバル化というのもここまで来たかという感じがするが、単にそういう市場経済の参加国が多くなったというだけではなくて、世界経済全体として、多くの参加者を含んで大きな循環的メカニズムが形成されていく段階に入ったと言うことを象徴的に表わす出来事、そういうG7だったと思っている。
その中で、いわゆるグローバル・インバランスの問題というものを、先進国だけを取り上げても、あるいはこの新しく市場参加してきた国々すべて含めて考えてみても、大きな問題として抱えているということが確認された。これに対しては、かねてから申し上げている通り、一夜にして手品のごとく問題解決できる方策はない。やはりかねてより確認済みのことであるが、米国について言えば財政健全化、そして欧州および日本については、更なる構造改革に優先的に取り組む、そのことがどうしても必要だということが再確認されたということである。こうした政策が地道にかつ実効をあげるかたちで実行されて行けば、世界経済の不均衡は長期的に緩和される、そして、各国は長期的に持続可能な成長軌道というものを確かにしていける、こうした大きなストーリーが確認されたということが成果であったと思っている。
G7が終わって、米国政府から2009年度──米国の財政年度であるが──における財政赤字半減達成と、それを視野に入れた2006年度の予算教書が公表されたことはご承知の通りである。この予算教書の中にはG7コミュニケの趣旨を大筋踏まえた米国の姿勢というものが示されていると私どもは考えている。
金融・為替市場については、その後比較的落ち着いた動きになっていると思っているが、市場における具体的な動きに対してはコメントしない。今後、日本を含めたG7各国は、各国それぞれの掲げた、あるいは約束した目標を確実に実行していく、そして、そのことがファンダメンタルズに沿った安定的な為替相場の形成に貢献していくと考えられる。
【問】
1点目は、当座預金残高目標の維持に関して30~35兆円程度ということであるが、この「程度」について伺いたい。下限についてであるが、ある日着地点が、例えば28兆円台や29兆円台になったとしても、それは何ら問題がなく、ありうるべきことだと理解して良いのか。
2点目は、「量的金融緩和の枠組みは維持する」という表現があるが、この枠組みというのは口語で言えば「精神」や「考え」あるいは「方針」だと思うが、これは量——つまり当座預金残高——と枠組みというものが同一のものなのか。例えば、20兆円や25兆円でも、どのようにターゲットを置いても良いが、それも量的金融緩和であると言うことが可能であると思う。量と枠組みが同一のものであるのかどうか、伺いたい。
【答】
1点目のご質問について必ずしも明確にご趣旨がわからないが、30~35兆円程度を目標に、現在、流動性の供給活動を毎日行なっているということである。先般も何度か皆様方からご確認があって、30~35兆円程度と言ってもその中で特にどの辺りを中心点として考えながら調節するのかということも時々聞かれているが、要するに30~35兆円程度と言った時には33兆円ぐらいを中心点にしながら、日々、流動性を供給していく。これがこのターゲットの趣旨である。
「上限をはみ出した場合」、「下限をはみ出した場合」というような定義はない。法律の定義ではなく、我々のオペレーション上のターゲットであるため、33兆円ぐらいというのは中心として念頭にあるわけで、しかもその上下に30兆円ないし35兆円という幅を持った目標を置いているということである。一言で言えば、所要準備額は現在6~7兆円として、それをはるかに上回る大幅な流動性の量というものを供給する、その量の大きさということに我々も視点を絞っているし、これを受け取って頂くほうの市場、それから広く一般の国民の皆様にも、当分金利水準ということよりはこの量ということに絞って、我々の金融政策のスタンスや実際の遂行振りを見て頂きたい、そして、その効果の浸透振りにつき我々のほうにメッセージを送って頂きたいということである。従って、「程度」というものに対して法律的にどうというような定義を下すという性格のものではもともとない。オペレーション上の一つの大きな目標と理解して頂きたいと思う。
それから量的緩和の枠組みについて、これは精神規定かとおっしゃったが、それは明らかに違う。先程申し上げた通り、金利水準というものをターゲットにしないで、流動性の量——量というのも33兆円というようにピンポイントにすることは難しいから幅を置いているわけであるが——に政策ターゲットを置いている。これが現在の緩和政策の枠組みである。あらためて申し上げれば、所要準備額をはるかに上回る、市場ニーズの上限あるいはそれ以上の流動性を供給し続ける、これが現在の量的緩和の枠組みとご理解頂きたいと思う。
【問】
現在、証券市場で話題になっている取引について伺いたい。ライブドア・グループがニッポン放送株式を東京証券取引所の時間外取引で大量に買収したことが話題になっている。一般の投資家に公表されないというかたちで企業経営に影響を与えるほどの大量の株式の取得が行なわれたということについては、様々な議論がされていると思う。金融当局では規制の見直しといったことも検討されている模様であるが、総裁のご見解を伺いたい。
【答】
この点は見解というよりは私の理解を申し上げる。言葉が適当かどうかわからないが、企業の支配権の取得を目的とした大量の株式の買い付けの場合には、証券取引法上どうなっているかということは私も理解している。もし間違っている場合は教えて欲しいが、一つは市場内取引で買い付けを行なう、もう一つは、公告等によって条件を明示する公開買い付け——いわゆるテイク・オーバー・ビッド(TOB)——方式によるか、いずれかの方法が義務づけられていると理解している。その趣旨は、上場株を一定規模以上取得する場合には、不透明な取引や特定の株主だけに有利な取引が行われることを排除して、多数の株主に当該株式を売買する機会を平等に与えるという趣旨だと理解している。
ライブドアが今般どういう取引をしたか私も正確に知らないため間違っているといけないと思うが、私が伺っている限りではニッポン放送の株式を公開買い付けではなく、東京証券取引所の時間外取引で取得したと伺っている。しかし、時間外取引であっても東京証券取引所の市場内取引であるということであれば、私の理解する証券取引法には違反していないということになる。東京証券取引所の市場内取引であっても、時間内取引と時間外取引とでどのように異なるのかというところまでいくと、非常に専門的な話で私は判断を加える基準を持っていない。東京証券取引所はこの問題についてどのように判断されておられるか、もしも問題があるとしたらどのようにこれから対処されるのか、東京証券取引所の市場内取引の中のさらに時間内か時間外かという東京証券取引所自身のご判断がまず優先的に出てくるべき問題かと理解している。
いずれにしても透明性確保という点が証券取引法の趣旨として貫かれているわけであるので、その線に沿って東京証券取引所のほうでお考えなのではないかと想像するが、私自身、直接そこのところは確かめていない。
【問】
先程、30~35兆円、中心33兆円という大きなボリュームに政策の目標を置いているのが今の枠組みだとおっしゃったが、たまたま、下回った時あるいは政策判断で引き下げた時のいずれにしても、30~35兆円という目標を資金供給額が下回った時は、それは金融引き締めであると受け止めて良いのか。また、逆に30~35兆円を維持できないと判断した時に、金融引き締めでないとすると長期国債買入れを増額してまでこれを維持するのかどうかを伺いたい。
【答】
私どもはCPIの前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまで基本的に量的緩和の枠組みを維持しながら超緩和を続けるということを約束しているので、30~35兆円という具体的な数字の評価と直接絡んでいないと思う。先程申し上げた通り、所要準備額を大幅に上回る、市場として吸収しうるぎりぎりのところを狙いながら緩和を維持しているということが枠組みだと申し上げたので、びた一文狂ったらすぐ引き締めかという法律的な定義のご質問であれば、私は答えようがないとしか言いようがないと思う。
それが証拠にこれまでも度々この席で申し上げている通り、仮に35兆円なら35兆円あるいは中心33兆円ということをコンスタントに供給し続けている場合でも、経済の回復度合いが高まれば実体的な緩和度合いがさらに強まるということを申し上げた。このように一種の相対性原理のように、経済のコンディションと流動性供給の状況との相対関係で緩和度合いというものを判断していかなければならない。量的緩和の難しさはそこにある。従って、数字が1億円あるいは1千億円狂ったらすぐ緩和か、引き締めかというご質問には答えようがない。その時の経済状況と合わせて我々はきちんと判断していくし、そのことに対する市場の反応は正確に出るであろうと考えている。
【問】
緩和か引き締めかの関係とは別として、現在の政策との対比において、ある日、当座預金残高が例えば29兆5千億円になった時、これは現行の政策の範囲内なのか、それとも範囲外なのか。
【答】
近い将来見通しうる限り、我々はオペレーションを通じて30~35兆円程度の範囲内に収めていけるという判断に立っているわけであるから、収まらないかもしれないということを前提とした議論に対してはお答えのしようがない。
【問】
ライブドアの企業買収に関連して伺いたい。今回の株式取得の手立てはともかく、金融を含め一般的に言って、M&Aというのは今後盛んになっていくと思われるが、これに対する総裁の考えを伺いたい。
【答】
個々の取引についての価値判断抜きにお答えする。
企業の場合でも金融機関の場合でも、グローバル化の中で顧客のニーズにきちんと応えられるビジネスモデルを構築し、ビジネスとしてきちんと収益を上げていくという場合の選択肢というものが非常に多岐に分かれてきているが、その選択肢の有力な1つとしてM&Aが存在し、活用されていくであろうということは想像に難くないと思っている。
【問】
金融政策運営の中で、金融システム不安に対し景気下支えをするなど、これまで様々な理由から当座預金残高目標を引き上げてきたと思う。当座預金残高目標引き上げの理由を金額ごとにそれぞれ明確に区別することは難しいと思うが、先ほどおっしゃっていた現在の金融システムの安定という状況からみると、当座預金残高目標を引き上げていく過程の中での理由のいくつかは、若干クリアされているような気もする。現状とディレクティブを比較して、当座預金残高目標を引き下げることができないような理由というものが何かあるのか。
【答】
先程申し上げた通り、情勢判断は前月に比べてほとんど変わっていない。金融システムのほうは、3月期末を控えて不良債権の処理もさらに進むであろうと思っているが、現在どういうペースになっているか途中では正確にわからない。また、大きな最後のハードルとかねがね申し上げてきたペイオフの完全解禁を目前に控えて、この大きなハードルを越えた後の姿というものは、誰もまだ正確に描けていないわけである。
従って、景気の動きにせよ、金融システムの安定の度合いにせよ、我々が政策を行っていく場合の大きなバックグラウンドについての情勢判断は、まだ大きく今後の課題として残っているわけである。そこを踏まえながら、市場における流動性需要の変化というものをより正確に判断できるようになるわけである。そこのところを正確に判断しながら、政策的判断かあるいは技術的な対応として何か切り分けて処理していくのか、あるいは双方とも当分必要がないのか、現状において早まった判断をするということは我々の責任の範囲内には入っていないということである。
【問】
量的緩和のもとで、いわゆる追加緩和を行うときには、当座預金残高目標を引き上げるという、我々にとっても非常に単純に理解できるかたちで実施され、目標額は現在の30~35兆円程度まできている。これに対して、これからどうするのかという時に、先程総裁は「相対的なものである」という趣旨の説明をされた。今すぐ何かアクションをとるということではないだろうが、この説明に即して言えば、環境と景気の地合いによっては、当座預金残高目標が減ることが必ずしも引き締めではないということにも受け止められるかと思うが、そこのところをもう少しわかりやすく説明して頂きたい。
【答】
今までと、つまり緩和を重ねてきた段階と、将来に向かっての段階とで、私どもは違ったものの言い方をしていない。その点はご理解頂きたい。
例えば、33兆円ならば33兆円という流動性の供給であっても、経済がどんどん悪くなってきてデフレ・スパイラルのリスクが強まるとか、金融不安が強まるとか、経済の動いている角度が下を向いているときには、同じ33兆円でも、今日みている33兆円よりも、坂がさらに下っていく中で、翌日みた33兆円は、緩和の度合いは少なくなっていくわけである。従って、経済の落ち込みを防ごうと思えば、33兆円でじっと我慢していれば不十分だということになるので、さらに供給を加えていくということになる。しかし、今度は逆に経済が上向くということであれば、今日の33兆円よりも明日の33兆円のほうが緩和の度合いが強いということになる。
従って、将来、流動性供給額が減った場合、緩和の度合いがどれぐらい減ったか、あるいは引き締めの度合いがどれぐらい増したのかということは、経済の角度とよく比較しないとわからない話である。これは、三角定規を当てて計測できるような容易なことではない。従って、我々は情勢判断を正確にし、いろいろなオペレーションを通じて市場から逆に頂戴する生きたメッセージとすり合わせながら、きちんと判断していかなければならない。
これは将来の仮定の話である。現在起こっていることは、それ以前の段階のことである。流動性需要は確かに少し減り始めている。その背景については、金融システム不安が不良債権処理の進捗とともに良い方向に動いている。また、経済はソフト・パッチというか踊り場現象の中にはあるものの、人々が経済の先を見た場合の不確定要因というものが1年前に比べると減っているといったことを反映し、人によってはもっと先行きを明るく見て先取りしながら反映している動きが入ってきているかもしれない。しかし、私どもは、総合判断として本当に判断できるのはもう少し先ではないか、経済が踊り場現象の中にあるとき、ペイオフ完全解禁がまだ終わっていないときに、「どういう判断ですか」とお互いに問答しても、これは明確に結論が出ない段階ではないかと思っている。
【問】
量的金融緩和の効果としてよく言われているのが、イールド・カーブのフラット化効果、時間軸効果、ポートフォリオ・リバランス効果などである。当座預金残高に資金を積めば、貸出に潤っていって、資金が経済の活性化につながるという効果も期待されると聞いていた。しかし、景気が回復して金融システム不安が払拭されると、銀行は体力を回復して、ポートフォリオ・リバランスが活発化してくるかと思いきや、むしろもう資金は要らないという札割れが起こっているというのは少しわかりにくい。ポートフォリオ・リバランス効果も含めた量的緩和の効果といったことについて、足許どのようにご覧になっているか。
【答】
私どもは、量的緩和の度合いを強めるというか、当座預金残高目標を大きくするということと、CPIが安定的にゼロ%以上になるまでこれを続けるという時間軸効果というかコミットメント、常にこの組み合わせで政策効果を狙ってきている。従って、コミットメントと組み合わせれば、それだけ将来の緩和を先取りしながら、現実の経済に対する緩和効果を強めることができるという効果を出してきた。実際に、金利がゼロ%以下には下がらないという前提の下では、緩和の先取り現象ということで緩和効果を強めていくというやり方をしてきて、それは非常に実効をあげてきていると思う。
ポートフォリオ・リバランス効果、すなわち流動性を余計に持つとそれを活発に使ってくれるかどうかということについては、学者の世界では、そういうことをクリアにおっしゃっているが、そこのところは、過去に、世界中のどこの中央銀行も経験則は持っていないことである。コミットメントして、流動性の量を多くした場合に、アナウンスメント効果があり、時間軸効果が働いて、緩和が先取りできるというところまでは──これについても経験則はなかったわけであるが──、他の様々な過去の我々の経験の蓄積の中から、ある程度確証を持てるところであったし、現実に我々が考えたのに近いような効果は出してきていると思う。しかし、学者の方がおっしゃるようなポートフォリオ・リバランス効果というものが本当にあるのかどうかというのは、我々もやってみなければわからないことである。政策は実験ではないので、ポートフォリオ・リバランス効果だけであったら、我々は政策に踏み切らなかったと思う。しかし、我々は、アナウンスメント効果と時間軸効果については確信を持ってやり、それはきちんと効果があったし、現在もあり続けている。
ポートフォリオ・リバランス効果に関して言えば、日本のように過剰設備、過剰債務、過剰雇用、不良債権といった後ろ向きの問題を、民間部門の全てのセクターが処理しなければ次に進めないというときに、流動性をいきなり前向きに使えるかということになると確かに疑問があった。仮にそうした動きが一部にあったとしても、我々が統計的に、あるいは事実として認識できるまでのエビデンスとして浮かび上がるほどの効果は今まで見えていないことは事実である。しかし、これがなかったとまで言い切る自信もない。恐らくペイオフ完全解禁後ということになると、人々は流動性をより前向きに使っていくようになるだろうが、これがどのように活用されるのか我々にもわからない。
金融システムが不安だからそれぞれの資金繰りに厚めのバッファーを置こう、そして金融市場の中を通じてお金が回る場合にも、信用度のより低い金融機関に回るのは心配だということで市場の取引が滞るというところについては、我々は「出前持ち」として、本来の日本銀行のオペの役割を超えて資金供給をしてきたという部分がある。そうした部分は必要がなくなっているという取りあえずのメッセージがある程度──完全ではないと思うが──出ている。そうしたところは、私どもは正確に受け止め、そのデータを蓄積しながら、将来のより広い判断の中に吸収していかなければならないと考えている。
【問】
今の話とも関連するが、経済の状況と量の多寡が相対的な関係だとおっしゃる点について伺いたい。もしそうだとすれば、例えば同じ2%の政策金利でも、景気が良いときにはより緩和的であり、景気が悪いときにはより引き締め的であり、ということは十分起こりうると思う。金利のときにも、経済と政策手段は相対的な関係にあると思う。そこで、今までは所要準備に収めてゼロ金利あるいは金利政策であったのが、量的緩和を始めて、量を増やすことを緩和と言ってきた。であるとすれば、如何に政策手段と経済が相対的な関係にあるとはいえ、量を減らすことはやはり引き締めになるのではないか。
その上で、もう1点伺いたいのが、先程「市場が吸収できる、ぎりぎりの水準のところに供給していく」ということが量的緩和であるとおっしゃった。これをそのまま受け止めると、市場がもう受け入れられなくなれば、20兆円でも25兆円でも、今の当座預金残高目標を引き下げるということもありうるというふうに受け取らざるを得ない。そうした場合でも、これは引き締めではないとおっしゃるのかどうかについて伺いたい。
【答】
繰り返し申し上げるが、緩和とか引き締めというのは、アプリオリに、事前的な定義を数字で言えるものではない。ご承知の通り、一定の金利水準なら必ず引き締め、一定の金利水準なら緩和ということはあり得ない。それぞれの、その時の経済の状況によって、その金利水準が緩和的か引き締め的かということは、経済実態に合わせなければわからない。米国のFRBの場合にも、今、中立的な金利に戻そうと言っているけれども、中立的な金利は数字では明示できないと言っている。それと同じことだ。
もう一つのお尋ねの点については、日本銀行は、流動性供給を市場が吸収できる上限ぎりぎり以上に供給しているということを、少し文学的な表現として申し上げたが、要は所要準備額を大幅に上回る、それを極端にまで、ということを別な表現にしたわけである。当面、現在の30~35兆円程度という目標が、到底維持不可能だ──枠組みが崩れるほどに維持不可能だ──、ということは全く予見できないということを繰り返し申し上げている。
【問】
資金供給の手段として、長期国債の買い増しの選択肢はないのかどうか伺いたい。
【答】
当座預金残高目標は維持できると思っているし、現在、長期国債の買入れについては月々1兆2千億円ペースで買い入れを行っているが、この点についても、全く方針の変更はないし、変えるつもりもない。
【問】
偽札、偽500円硬貨などの事件が相次いでいるが、総裁の見解を伺いたい。
【答】
偽札、偽500円硬貨については、通貨当局として極めて遺憾であり、困った問題だと思っている。銀行券については、新券の供給を全面的に開放して、急速に新しい銀行券に入れ替えつつある。
500円硬貨については、精巧な偽造貨がでて、世の中の人々は大変迷惑しておられる。こちらも、偽造貨の特徴点を広くお知らせするとともに、官封──新しい、新品の──500円硬貨の支払いを積極的に増やしていく。つまり流通段階において、お札も硬貨も、新しいものの流通を増やしてクリーン化を図るということで、偽物が流通しにくい環境作りに少しでもお役に立ちたいと思い、今、努力している。
【問】
民間銀行のキャッシュカードの偽物も被害を生んでいて、銀行は対策を出してきているが、こうした状況の中、金融庁も銀行にいろいろ改善策を要請するという動きを考えている。日本銀行としては、現状をどのように受け止め、民間金融機関などへはどのような働きかけを行うのか、考えを伺いたい。
【答】
キャッシュカードそのものについて、最高度の技術を活用しながら、偽造されにくいセキュリティ度の高いカードを作るとか、情報伝達システムの中のネットワークで盗み取りされないように、その面でも十分セキュリティを図るということが大事である。
私どもの金融研究所でも、何人かのスタッフが最先端技術を研究して、その成果を蓄積している。それらを金融機関にオープンにし、十分活用して頂きながら、さらに補強を図っていきたいと思っている。
【問】
政府内で、デフレ脱却のためには、もっとマネーサプライを伸ばさなくてはならないという話があり、日銀にはもっと知恵を絞って欲しいという声もあるやに聞く。以前、総裁は、マネーサプライが伸び悩んでいるのは、構造改革が進んでいる証左だとおっしゃっていた。今、構造改革はかなり進んできていると思うが、マネーサプライは伸び悩み、またベースマネーも伸び悩んできた。このような状況について、総裁の考えを伺いたい。
【答】
マネーサプライの伸び率は、このところ2%程度ということである。このマネーサプライが経済全体の回復を妨げているという水準ではないということは確かである。経済はこれくらいのマネーでも十分活用しきれていない、つまり、流通速度が下がっているという状況である。我々としては、構造改革が進む過程で銀行貸出の返済が進んでいるということは、構造改革の進展を示すバロメーターと言い続けてきているが、その状況は今もなお続いている。これから企業がより前向きな活動を始めれば、通貨の流通速度が上がり始めるだろう。そのときには、銀行貸出が増えて、マネーサプライの増加率もさらに高まっていく。経済は順を追って、前に進んでいくと思っている。
今、日本銀行が、がまん強く緩和を続ける──「札割れ」が起こってもがまん強く続ける──という意味も、ペイオフ完全解禁後も民間部門──企業、金融機関ともに──が、さらなる構造改革を進めて欲しいし、それをバックアップしていきたいということにある。マネーサプライがいずれはさらに増加する方向に行きつく。それは、次のステップに辿り着くということだと思っている。我々も、今のマネーサプライの伸び率が将来行きつく姿として十分だとは必ずしも思っていないが、その背後の動きというものを分析しながら、着実に構造改革が進み、金融機関の姿勢が前向きに変わり、企業も、今はキャッシュフローの範囲内で、全ての活動を賄おうとしているが、おそらく将来はキャッシュフローの範囲を超えて投資をする動きも出てくるだろう。今、この方向性について、狂いがある現象は出ていないと思っている。
【問】
ペイオフの解禁という言葉が先程から出ているが、不良債権問題は解決に向かっていると言われる中で、地銀・信金・信組などの地域金融機関の不良債権問題については今どの段階にあると総裁は考えているか。このことがデフレ脱却にどこまでつながるのかわからないが、これがデフレ脱却に重要な要素となるならば、その点も説明して頂きたい。
【答】
地域金融機関といっても、個々に見るとずいぶん差があるので、本当はまとめて言うのが適当かどうかわからない。仮に便宜上まとめて言えば、地域金融機関では、大手行に比べて不良債権処理のスピードが少し遅い。しかし、着実に処理が進んでいるということもまた事実であり、ペイオフ完全解禁の大きな障害になるような問題はもう残っていないだろうと思う。
不良債権問題の処理が大きく峠を越し、ペイオフが完全解禁となるということは、昔のように金融機関の倒産は一切ないというような完全無欠な平和な世界に戻ることではない、ということを繰り返し申し上げている。これからは、企業も金融機関も新陳代謝を繰り返しながら、より競争力の強い経済構造を作っていくという段階に入る。従って、金融機関で局所的な破綻があったとしても、システミック・リスクにつながらないという強靭な仕組みを、実体経済でも金融システムでも作っていくという、強い精神構造が求められているということだと思う。
【問】
郵政民営化の議論が政府・与党で進んでいるが、そこでは、相変わらず金融・保険に関してもユニバーサル・サービスがあるべきではないかという議論が与党のほうには根強いようだ。総裁も諮問会議でいろいろ発言されていたかと思うが、金融のユニバーサル・サービスという考え方についてどのようにお考えか。
【答】
政府・与党の中の話し合いがどうなっているかについて、私は全く承知していないので、それについてコメントを申し上げるわけにはいかない。経済財政諮問会議で打ち出した基本原則の中では、郵便以外のところについて、ユニバーサル・サービスを義務づけると、そうした業務の民営化と両立しにくいところがあるのではないかという結論になっていると思う。私自身は、この原則は守られるべきだと思っている。
【問】
将来あるかどうかわからない政策に対して「緩和か」「引き締めか」というのは、ある意味で神学論争のようであって不毛のようにも聞こえるが、ここに我々がこだわることには理由がある。先程総裁は、当座預金残高目標を増やすときに、増やしていく過程でアナウンスメント効果を重視する、それについては自信もあったし効果もあったとおっしゃった。その意味で、日本銀行がとる行為について、それが緩和であるか引き締めであるかということは、国民に働きかける意味でも、非常に重要な意味を持つと思う。しかし、量は減らすかもしれないけれど、それは引き締めではないというのは非常にわかりにくい。このわかりにくい量的緩和というものを3~4年間続けてきたが、経済情勢と比較して相対的にはもう役割を終えたのではないのか、という問題意識もある。また、須田委員は函館での講演でCPIにもいろいろな問題があると指摘している。こうした点を踏まえると、そろそろ、今とは言わないが、徐々に量的緩和の出口というのを模索していく時ではないかと思うが如何か。
【答】
全くそう思わない。私どもは、CPIの前年比変化率が安定的にゼロ%以上になる、その条件を3つにブレイクダウンしてお示ししているわけで、この条件を満たしていない限り、「そろそろ」という概念は全くあたらないと思っている。
それから、緩和か引き締めか、それに対してアナウンスメント効果を人々がどう理解するかというのは、その状況次第である。それと切り離して、単に数字だけでアナウンスメント効果を論じたり、あるいは緩和か引き締めかという説明をしたりしたことは今まで一度もないわけで、将来の架空の状況を前提に、数字だけで緩和か引き締めかを論ずることは極めて危険なことだと思っている。私どもは、その点は自ら強く戒めていることである。将来いずれかの時点で、おっしゃる通り経済の情勢が非常に好転して、そういうバックグラウンドのもとに我々が何かアクションをした時に人々はどういう理解をするか、このスクリーニングをかけなければ、緩和か引き締めかと言ってみたところで何の意味もなさないと考えている。
【問】
偽造キャッシュカード問題で、金融機関の間で従来よりも踏み込んだ対策、例えば、ICカードの導入とか生体認証の一部導入とか、あるいは被害補償についても、手口が明らかになった場合は、被害者に対する補償に応じるという姿勢などを打ち出している。こうした金融機関の対応について、総裁の考えを伺いたい。
【答】
金融機関というのは、お客様に対するファイナンスの面でのサービス業である。従って、預金貸出取引、送金サービス、その他あらゆるサービスを提供し、セキュリティを保証し、場合によっては損失が生じた場合の補償をする。これ全体がサービスの体系をなしていると思うが、金融機関としてどこまでイノベーションを施したか、どれだけコストをかけたかということ全ての計算の中で、全体として合理的なサービス体系を築いていく。従って、金融機関ごとにそのアプローチが違ってくるのは、これからの世の中としては当然だと思う。
偽造の点について言えば、先程も申し上げた通り、十分新しい技術を駆使してセキュリティを施しながら、もう一方でどこまでサービスの度合いを強めるか、それとの対比できちんと合理的な補償の体系を考えていく。片面だけで考えていくわけにはなかなかいかない問題だと思う。セキュリティが緩いままに補償すると、世の中には必ず「なりすまし」という悪い人もけっこういるので、セキュリティが高ければ補償しても十分バランスがとれるということが言えると思う。また、セキュリティの度合いだけでなくて、サービスの度合いの面で、例えばATM・キャッシュカードを使ってどこまで現金が引き出せるかという限度額が高いのに全面的に補償ができるのかどうか。逆に限度額が低ければある程度は補償できるのではないか。セキュリティの度合いと補償、サービスの度合いと補償の組み合わせにはいろいろある。いろいろな選択肢がそれぞれ違った金融機関から出てきて、いろいろなオプションがある中で、顧客は合理的に対応していけばいいということではないかと思っている。
以上