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総裁記者会見要旨(3月16日)
2005年3月17日
日本銀行
―2005年3月16日(水)
午後3時半から約40分
【問】
本日の金融政策決定会合では、全員一致で現状維持という決定がなされたが、その判断の背景、景気判断についてどのような認識なのか伺いたい。特に、本日発表された「金融経済月報・基本的見解」をみる限り、随所に明るめの表現が増えてきたと認められるが、日本経済が踊り場を脱する兆しなり、きっかけを掴みつつあるのか、そのあたりの認識も含めて伺いたい。
【答】
本日の金融政策決定会合では、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。引き続き、消費者物価指数に基づく明確な約束に沿って、金融緩和政策をしっかりと継続していく方針を確認した。
こうした判断の背景となる経済・物価情勢についての私どもの見方であるが、一言で言えば、経済情勢、物価情勢とも、基本的に判断を据え置いている。
経済情勢については、引き続き踊り場的な局面にあるが、景気回復のメカニズムはしっかりと維持されている。その点を点検すると、IT関連分野における調整が徐々に進捗するもとで、これまで弱めの動きとなっていた生産に持ち直しの兆しが窺われるなど、回復のメカニズムがしっかり維持されていることを一段と裏付けるような動きがみられる。回復のメカニズムについてもう少し敷衍すると、海外経済が拡大を続けるもとで、輸出は持ち直しつつある。設備投資は、企業収益が改善基調を維持するもとで、製造業を中心に増加傾向にある。また、雇用面での改善が続き、雇用者所得も下げ止まりが明確になる中で、個人消費は底堅く推移している。こうしたことから回復のメカニズムがしっかりと維持されていると判断している。
先行きについては、判断は特に変更していないが、春以降、IT関連分野の調整の影響が徐々に弱まるにつれて、輸出や生産は増加していくとみられる。企業の人件費抑制姿勢は引き続き根強いとみられるが、企業収益の増加や雇用過剰感の緩和が続くもとで、雇用者所得は緩やかな増加に向かう可能性が高い。こうしたもとで、全体として、景気は回復を続け、次第に持続性のある成長軌道に移行していくものと見ている。もちろん、IT関連需要の動向がリスク要因であることが消えたわけではない。引き続き、需要動向をよく見守っていきたい。また、高水準で推移している原油価格の動向とその内外経済への影響については、引き続き留意する必要があると思っている。原油価格については、一頃、ちょっと下がっていたわけだが、再びかなり高い水準まで上昇してきているし、ドバイ原油等の重質油を含めて高い水準にきているという点についても、私どもは1つのリスク要因としてカウントしている。
物価面についても、基本的に情勢判断は変更していない。国内企業物価は、足許少し弱含んでいるが、今申し上げた原油価格の動きや内外商品市況の上昇を受けて、この先再び強含んでいく可能性が高いと見ている。
消費者物価は、特に判断を変更していない。電気・電話料金引下げの影響がしばらく尾を引くということもあって、小幅のマイナスで推移するという予測から変更していない。以上が本日の政策判断の基本的な背景である。
【問】
ペイオフ全面解禁が迫っているが、現状の金融システムをどのように見ているのか伺いたい。またペイオフ時代を迎えて、金融機関ならびに預金者がこれからどのような行動なり対応を求められるのか、改めて見解を伺いたい。
【答】
もう間もなく、4月1日に、いわゆるペイオフ全面解禁の日を迎えるわけである。金融市場の動き、あるいは金融機関ごとに資金の出入りがどのようになっているかを、私どもは引き続き注意深く見守っていくが、これまでのところ、私どもが心配しなくてはならないような動きは出ていない。おそらく、4月からのペイオフ全面解禁は円滑に実施に移していくことができるのではないかと見込んでいる。今後とも、金融機関としては、引き続き健全性をより確かなものにしていって欲しいと思っているが、加えてペイオフ全面解禁後は、その経営資源の一層効果的な活用を通じて、顧客のニーズにより適合した高度なサービスを展開していくことが重要であると思っている。金融市場も大きく変容を遂げつつあるが、この中から顧客のニーズの変化をよく汲み取りながら、新しい金融商品・サービスを設計して積極的に顧客ニーズに対応していくという前向きな姿勢が、ますます重要になってくると思っている。
預金者としては、これまでのように守り一辺倒という感じではなく、自分の資金運用に関してリスクとリターンを軸に、どの金融機関、あるいはどういった商品・サービスが、これからの自らの生活設計等に則してニーズや好みに適合するかどうか、この点については視点を前向きに据えながら、しかし鋭い眼差しで見極めていって欲しい。預金者の厳しい選択が、金融機関のさらなるイノベーションにつながっていくと思う。どこの金融機関がより健全かということは1つの重要な視点であるが、それを超えて、どこの金融機関がどういう新しい金融サービスを提供してくるか、自分の生活設計により適合した商品を提供してくるのはどこかという視点を新たに加えながら預金者が行動していって欲しいと思っている。
【問】
今月20日で総裁は就任2周年を迎えられる。これまでの総括ということは難しいかもしれないが、この2年間についてどのような感想をお持ちかという点と、残り3年の任期中、何を手がけたいのか、あるいは手がけなくてはいけないのかという点をお聞かせ願いたい。
【答】
1年目にもそうしたご質問を受けたのを思い出したが、その時お答えしたのと全く同じ答えになるが、私は仕事をする場合──それ以外の場合もそうだが──、どこかで一区切り置きながら物を考える習性を持っていない。一貫した姿勢でやり遂げるべきことはやり遂げていかなくてはならないという姿勢である。亥年生まれなので猪突猛進、前向きにばかり進んでいるというわけでもないのだが、時々立ち止まって後ろを振り返るというのは私の習性に合わない。
金融政策の仕事は、決算で区切りをつけるといったものではないわけで、私としては、一層、仕事を連続線上で果たしていくというのが自分の責任だと認識している。しかも、就任して以来、日本銀行の金融政策の目標は非常にはっきりしている。経済を持続的な回復軌道にしっかりと乗せていくということと、それと表裏一体のものとしてデフレ状況から脱却させていくということ、これらの目標が非常にはっきりしているので、その方向に向かってさらに努力を積み重ねていくということに尽きると思っている。その目標はまだ未達成の状況である。ただ、方向性としては、非常に幸いなことに日本経済全体として少しずつ──ペースはあまり速くないが──着実にそうした方向に向かって進んでいるので、そのことを心の頼りにしながらさらに努力をしていきたい。先ほどご質問のあった4月1日のペイオフ全面解禁は、日本経済がそういう望ましい方向に向かっていく上での一つの大きな一里塚を通過するということだが、やはり経済の持続的な回復軌道への到達、そしてデフレ脱却ということは次のより大きな一里塚であり、目標は明確である。これを確実に通過していきたいということに尽きる。
【問】
景気の現状と金融市場について伺いたい。足許の経済指標は強く、今年の前半のどこかの時点で日本の経済が回復に向かうという見方がある。一方で、債券相場を見ていると、米国では昨年から短期金利を引き上げているにもかかわらず長期金利がなかなか上がらない。最近は、原油価格の上昇によって少しインフレの心配が出てきて、それが長期金利に影響しているかとも思うが、日米の長期金利の動きの背景、日銀の景気判断、市場の反応というか市場参加者の景況感について伺いたい。
【答】
景気判断のほうは、冒頭に説明したことに尽きるが、今のお尋ねに即してさらにもう少し付け加えて言うと、1月の景気指標については比較的好ましいものが揃って出たという感じを持っているが、これだけで踊り場脱却にストレートに結びつけて判断していいかどうか、そこのところはまだ若干留保条項というか、リザベーションをもっている。もう少し様子を見ながら、そこのところはきちんと判断したい。良い数字が出始めたという感じは持っているが、踊り場脱却という判断に即これを結びつけるというところまではまだ行っていない、というのが率直なところである。
このことも含めた昨今の経済の動きが、1月の中間評価でお示しした私どものシナリオとの対比ではどうか、ということへのお答えとしては、あの時の私どものシナリオに概ね沿った動きで経済は推移している。従って、春以降、然るべき時期に踊り場から脱却して着実な回復歩調を見せるに至るであろうという判断については、さらに自信を深めている。
金融市場の動き、特に長期金利に関するお尋ねについては、短期の金融市場も長期の金融市場も非常に落ち着いた推移を辿っているというのが基本的な判断である。長期の金利、債券市場の動きについては、世界各国の債券市場は互いに軌を一にしながら比較的安定した金利の動き、イールド・カーブの形成が見られていると思う。日本の市場についてもほぼ同様のことが言えると思う。ごく直近のところで、米国をはじめいくらか長期金利が上がっていると観察されないでもないと思うが、何か特定の要因に非常に強く反応しているということでもないようである。基本的には、比較的安定的な世界経済の回復と、インフレ・リスクが急に強まる可能性ということに対して市場があまり強く念頭に置いていないということで、そうした安定した市場地合いというものが形成されているのではないかと思う。直近の長期金利の若干の上昇、特に日本の市場について申し上げれば、先程も申し上げたように、1月の経済指標について、市場の事前予想よりも少し好ましい方向の指標が出た、しかも多少揃って出たということに、市場が好意的な反応を示しているという面が強いのではないかと思っている。
【問】
先般の講演で総裁は量的金融緩和政策の副作用について述べられ、これに対し、長期金利、債券市場が反応したように思う。あの時点あるいは今後について、どういった面での副作用を懸念されているのか、ぜひ噛み砕いたご説明を伺いたい。
また、量的緩和政策について、ある審議委員が最近の講演の中で、「金融システム不安というものが仮になかったとしたら、量的緩和をしなくてもゼロ金利政策だけで良かった」という認識を示された。これは1つの意見だと思うが、ペイオフが全面解禁されて金融システムが安定化してきたとすれば、このまま延長線上で量的緩和を進めるべきなのか、あるいは量的緩和措置に踏み切った前提となる環境が変わったということで、また違った考え方もありうるのかどうかという点も伺いたい。
【答】
量的緩和政策については効果もあれば副作用もある。これは量的緩和政策に限らず、金融政策には常にそういう効果と副作用との裏表の現象がある。そこを常に丹念に点検しながら、政策効果がより多くあるように我々はものを考えていかなければならないし、行動もしていかなければならない。これが大原則である。
特に量的緩和政策については、金利政策の場合と違って過去に経験則がない──世界的にみても経験則がない──、理論的にも十分検証されたものではない、という世界で動いているわけである。実際の量的緩和政策の遂行のもとで、市場であれ、経済であれ、金融システムであれ、それがどういうふうに反応していくかという中から──つまり新しい材料の中から──、我々は判断していかなければならないという意味で、効果と副作用の判断に対する我々の姿勢はより真剣にならざるを得ない。
実際にいろいろ副作用として予見されることは、市場機能を過度に減殺することはないか、あるいは我々は政策を消費者物価指数という1つの指標に連関させてコミットメントをしている──これは中央銀行としてはかなり異例のことである──が、その点からすると消費者物価以外の広い意味での価格指数、例えば資産価格との間で大きな乖離が生じるというようなリスクがないかどうか、といったようなことは点検すべき大きな副作用であると思う。
量的緩和政策というのも、基本的には金利政策と同じように、市場そのものが経済あるいは物価の実勢とか先行き感というものを常に正しく反映してくれていて、それが我々にとってもっとも参考になる1つの鏡であって欲しい。また、我々は日々市場で調節をしているし、また市場とのコミュニケーションという意味でいろいろボイスも発しているが、そのことを市場がどのように理解しているか、あるいは理解しようとしているかということも市場の変動の中で正しく映し出して欲しいと思っている。
市場はグローバル化しているので、世界全体の市場はかなり強い連動性をもって動く。長期金利などは特にそうである。米国のグリーンスパン議長も、しばしば米国の長期金利について、過度にリスクを低く見ていないかというような気持ちで市場を見ているということを率直に表明しているわけである。もし、米国の市場がグリーンスパン議長がおっしゃるようにリスクを過度に低く見ているとして、日本の市場もそれに連動したところがあるかないか、仮にあった場合にも、我々としては日本の市場は日本経済あるいは日本の物価に関するファンダメンタルズをやはりしっかり反映して欲しい。もちろん、市場は国際的に連動して動くわけであるが、同時に日本のファンダメンタルズに目を離さないでしっかり鏡の役割を果たして欲しいということである。長期金利に関して私が申し上げたのはそうしたごく一般論であって、今の市場の動きが具体的に何か頭にひっかかるとか、そのような感じで申し上げたわけではない。
もう1つのご質問についてであるが、私どもは経済の状況が一刻も早く良くなる、具体的には持続的な回復軌道に乗るように、物価について言えば早くデフレから脱却するようにという明確な方向性をもって政策を進めている。これまでの緩和政策というのは、そういう方向に沿って、少しずつ効果を発揮しつつあると認識している。しかし、なにぶん、デフレ・スパイラルのリスクを強く心配した時期から始まった政策なので、この政策をいつまで続けるかということについては、二度と日本経済をそのような厳しい状況に逆戻りさせないようにという閂(かんぬき)を入れながら、経済が良い方向に動いた場合にもそういう大きな閂を入れながら、慎重に見極めていこうというのが我々の基本姿勢である。しかも、そのことを「我々の頭の中の総合判断だ」ということで、ある日突然判断をお示しするというのではなく、このプロセスを透明にするという意味で、消費者物価との連関でこれをお約束しているということである。現在やっている量的緩和政策の枠組みそのもの、つまり所要準備額を大幅に上回る流動性を供給し続けることによって時間軸効果をしっかり働かせていくというフレームワークは、約束通り消費者物価の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまでは堅持する、この姿勢は揺らぎないとご理解頂いて良いと思う。
最近、政策委員会で時々議論されているが、そうは言っても経済の方向性が少しずつ良い方向に動き、そういう意味での不確実性が下がる、あるいは経済が悪くなる時に、その中に「金融システム不安」というより大きな心配の種を抱えながらの経済の悪化、先行きの不確実性というものがあったわけであるが、抱えていた一番の不安定要因であった金融システムそのものについても、ペイオフ全面解禁が今のところ無難にできそうだというところまで改善してきたわけであるので、そういう意味では量的緩和政策に対する市場の感覚というのは大きく変わっていくであろう。我々のアクションについて、いずれかの変更を求めるサインであるかどうか、そこは一切即断していない。予断を持って臨まないということである。基本のスタンスはあくまで、量的緩和政策のフレームワークは消費者物価の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまで断固堅持する点についてはいささかの揺らぎも見せない、ということである。
【問】
最近、自民党及び民主党の政務調査会長が一部メディアのインタビューに対して、量的緩和の枠組みは維持しつつもその中で当座預金残高を引き下げること自体は引き締めではないという見方を示している。こうした見方が政界の多数的な見方なのかについては依然として慎重な吟味が必要だと思うが、少なくとも与野党の第一党の政策担当者がこうした見方を示したことはそれなりの意味を持つと思う。こうした見方、即ち当座預金残高の引き下げ自体は引き締めではないという見方が政界に出始めていることについて、どのような感想をお持ちか。
【答】
私どもは、そうした政界の有力者のご意見だけでなくて、その他にも非常に多くの識者のご意見を丹念に拝聴している。そして、毎日市場の中で活動しておられるプレイヤーの皆さんの感じというものも非常に大事であるので、つぶさに情報収集している。しかし、それらは我々が基本的な判断をする場合の参考材料にはなると思うが、全体の経済指標と集めうるあらゆるその他の情報を我々なりに吟味・分析し、最終的な判断を政策委員会で議論をして下す、との基本路線には変わりはない。従って、我々にとって非常に参考になる意見は数多くあると思うが、その中の特定の意見によって政策決定プロセスに強い影響が及ぶということはないと断言できる。
【問】
前回の会見で、景気と金融政策の兼ね合いについて、一種の相対性原理であるというお話があった。一方で、足許の景気認識として言えば、日本銀行のシナリオ通りに春以降は回復していくというご発言があったが、二つ合わせて考えれば、春以降は同じ政策をとっていれば緩和の度合いが強まるということになるかと思う。さらにここに大前提として「大きな閂」としての枠組みがある。その枠組みを前提とした上で緩和度合いが強まることに関して、何か微調整をする必要があるのか、ある場合はどういう手段があるのか伺いたい。
【答】
緩和の度合いというのは、経済の状況が良くなり、企業にとって収益が上がりやすくなっているという環境のもとで、我々が提供している金融面の諸条件が一定であれば、まさに相対的に実質的な緩和の度合いが強まるということである。景気は想定通り持続的な回復軌道に向かって、さらに着実に前進していくであろう、物価の面でもコアの物価を捉えれば、実勢はデフレ率がより減衰していく方向に動いていくであろうと認識している。また確実にそうしていかなければならないという目的達成意識が非常に強い。そういう意味では、実質的な緩和の効果がより強くなったから、これを前もってカットオフしなければならないという思想は頭の中に全くない。効果が強まれば、それはそのまま頂戴して望ましい方向性をさらに促進するという方向に使いたい。
【問】
3点伺いたい。1点目は、繰り返しになり恐縮だが、2月28日の内外情勢調査会で講演された際に「長期まで含めたイールド・カーブのフラット化についても」という表現があった。あの時点として、フラット化しているないしは急激にフラット化する懸念があったという考えで言われたのかどうか。
2点目は、少し細かいことかもしれないが、3月4日に財務省で開かれた国債市場特別参加者会合で、参加者の中からクレームが出ており、日本語では「長期まで含めたイールド・カーブのフラット化」となっているのだが、英語をみると「long-term interest rates」と単なる長期金利となっている。その会合の出席者が議事録で残しているところでは、「こういう簡単な表現だから完全に長期金利だ」と名指ししていて、「外国人が反応したのも無理はない」と言っていた。そもそも英語と日本語で違いがあるわけである。その差というのは一体何か。
3点目は、イールド・カーブが景気実勢を反映せずにフラット化すると良くないとおっしゃったが、そうするとそもそも論ではあるが、2002年の10月30日に長期国債の買い切り額を1兆円から1兆2千億円に引き上げた段階でそのまま据え置いているわけであるが、この長期国債の買い切りをそのまま放置しておくこと自体が行き過ぎたフラット化の素地になっているのではないか。
【答】
再度あの時の講演の全文を良くお読み頂きたいと思う。特定の時点の相場形成について私は特別にウォーニング(警告)を発したということは痕跡としても残っていないと思う。ごく一般的なあり方として、長期まで含めたイールド・カーブのフラット化についても市場が緩和の長期継続を過度に織り込むような価格形成を行っていないかという目を常時持って見ていくということを申し上げた。その時の相場形成がおかしいというコメントは一切していないわけである。一般論として申し上げたに過ぎないということである。
長期国債の買い入れについては、私の就任以来、買い入れ額を一切修正しないまま今日まできている。銀行券の発行残高の範囲内というふうにディシプリン(規律)を効かせながらこのオペレーションを使っていこうという趣旨であるので、イールド・カーブの形成にそのこと自身が何か強い影響、つまりディストーション(歪み)をもたらすような方向で強い影響を与えているというふうには判断していない。
【問】
英語訳と日本語では何か違いがあるのか。
【答】
その日に英語で講演したわけではない。私がもし英語で講演したとしたらそういうクレームを受け付けることもできるが、日本語から英語への翻訳は常に全く差のないかたちにできるかどうかという問題ではないかと思う。
【問】
先程、企業物価の今後の見通しについてコメントがあったが、今年の初めの企業決算では、やはり原材料費の高騰が来年度にかけての収益についてかなり効いてくるといった声が企業から数多く出ていた。結局、川上、川中、川下というように価格を転嫁していけるかというと、川下のほうで非常に価格競争が激化していて、なかなか最終価格に転嫁できないという状況がある。来年度にかけての原材料費高騰のインパクトという点と、製品価格への転嫁という面での見通し、そしてひいては消費者物価についてどのような影響が出てくると見ているのか伺いたい。
【答】
非常に重要な、かつ難しい問題であると思う。これは引き続き複雑な連立方程式を解きながらでなければ答が出ないと思う。エマージング諸国の高度成長という要素を抱えながら、グローバル経済の拡大が続く中で、日本経済の健全な発展をどう位置付けていくかという基本的な問題になると思う。エマージング諸国の高成長というものを組み入れながら、グローバル経済について高い成長を求めると、結果としてある部分で先進国の経済・企業にとっては原材料高・製品安というプレッシャーを受け続けるというのは、今のグローバル経済の特徴である。
それではこの原材料高・製品安というものをどのようにこなしながらさらに前進していくのか。グローバル経済全体の成長率の高さそのものを調整するという方向でいくのか。あるいは、その状況をそのまま享受するとすれば、個々の国に持ち帰って原材料高・製品安というものをどう消化していくのか。原材料高というものを、収益を削ることによってさらに前進できるのか、あるいは物価を引き上げるという方向で前進していくのか。物価を引き上げるという方向であれば、日本はまだデフレだが、海外であれば金利上昇を招いてでもそうした方向で前進していくのか、と言うような非常に多元的な方程式を解きながらでなければ前進できない問題である。
しかし、いずれにしても、企業も政策運営の責任者も、そうした問題を克服しながらさらに前進したい、より持続可能な経済成長を成し遂げていきたいという意欲と意欲の戦いの中で経済の運営は行われているわけなので、何らかの形でこれは問題解決されていく。単純に原材料高・製品安が起こったから、即不況ということではなくて、そうした問題にならないように知恵を皆で働かせて、自分の行動にこれを織り込んでいく、そういうリズム感というか、ダイナミズムをこの新しいグローバル経済の中でそれぞれの国の企業経営者も政策運営当局者も身に付けてきているのではないかと思う。
日本経済の場合にも、原材料高・製品安という状況は既に顕著に表われている。これがデフレ脱却にどれくらいつながるのか、あるいは原材料高ということが、企業の前向きの力に多少ブレーキをかけながら進むことになるのか、その辺はこれからの経済の推移を見ながら判断しなければならない。いずれにしても、それぞれの国の中だけではまっとうできない。それゆえに、グローバル経済の運営については、常に国境を越えて意思の交流がなされ、ダイナミズムを害しないような方向性を見出していく努力が、繰り返し続けられていかなければならないと思う。
非常に良いご質問を頂いたが、今後の経済を考える上で大切なポイントであると思う。また、先程、長期金利に関して、世界経済の成長が順調であってもインフレ・リスクが出てきて長期金利が上がるのではないかというようなお話もあった。成長が早すぎるとか、最近のように石油価格や素原材料価格の急上昇、あるいは高止まりといった状況が出てくると、それが行き過ぎた場合には金利が反応してくる、あるいは政策的にも反応せざるを得ない国が出てくる可能性もあるわけだが、これを前提として経済がさらに前進できるのかどうか、それがブレーキになるのか、ここが世界経済の新しいダイナミックでチャレンジングなところであると思う。
【問】
先程の質問の繰り返しになるが、踊り場にある景気について、「足許の強い指標をもって、踊り場を脱したと認定はできない」と発言されたが、踊り場の出口に向かって、日本経済は着実に良い方向に向かっているという認識でよいか。
【答】
先程お答えした中で、1月の中間評価のシナリオに沿って動いているという部分についてはおっしゃる通りである。では、今の段階から踊り場脱却は確実とまで言えるかというと、それほど判断を急いで申し上げる必要はないのではないか、さらにゆっくり新しい指標の出方を見てから判断しても、遅くないのではないか、という意味で申し上げた。
以上