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中原審議委員記者会見要旨(5月26日)

2005年5月27日
日本銀行

―平成17年5月26日(木)
徳島市における金融経済懇談会終了後
午後2時30分から約35分間

【問】

 本日の徳島県金融経済懇談会を終えられて、当地の金融経済の状況についての印象を伺いたい。

【答】

 まずこの場を借りて、日本銀行の徳島事務所が本年4月にちょうど開設60周年を迎え、この区切りの年に徳島県を訪れることができ、大変嬉しく思っていることを申し上げたい。金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員会メンバーが国内の各地域にお邪魔し、地元の方々と地域の金融経済等に関して直接意見交換をさせて頂く場である。徳島県での開催は約6年振りとなるが、ご出席の方々のご協力もあり、非常に有意義な議論ができたと感じている。

 当地に関しては、景気は今ひとつであるものの、飯泉県知事のリーダーシップの下で、徳島県、徳島市、民間企業の方々が徳島県経済の活性化に向けて一致団結して取り組んでいるという姿が非常に印象に残った。

 まず、当地経済については、総じてみれば、緩やかな持ち直しの方向にあるものの、第一次産業や中小・零細企業が比較的多いという構造的な問題もあり、全国に比べると、景況感は今ひとつ力強さに欠ける面があると感じた。出席された方々からのお話では、輸出あるいは外需に支えられた大企業と中小・零細企業との間や、ユニークな先端技術を持つ企業と伝統産業を支える企業との間などで、景況感に格差がみられ、それがなかなか埋め切れていないことや、当地経済の公共投資への依存度が比較的大きいこと、木材・木製品、仏壇・仏具といった伝統産業での海外からの低価格品流入による競合が激化していることなどから、企業規模や業種によって景況感にばらつきが出ているとのことであった。

 こうした状況は少しずつ改善されているようではあるが、今回の景気回復の好影響が当地経済の隅々にまで行き渡ったという状況ではないと感じた。もちろん、このような業種間や企業規模別の景況感の格差は当地に限らず、程度の差はあれ、他の地域でもみられるものであるが、今回の懇談の場を通じてこの点を改めて認識したところである。

 ただ、当地では、そうした状況を改善し、地域活性化に向けて各方面で様々な具体的な取り組みが行われていることも強く印象に残った。例えば、「企業再生協議会」が大変活発に活動しているとのお話をお伺いした。また、徳島県では、経済活性化に向けた3つの大きな柱である、「地場産業の振興」、「県外からの企業誘致の充実」、「新しいベンチャー企業の立ち上げ」を推進する様々な具体的な取り組みが進められていると伺った。また、「健康医療クラスター」をはじめとする産官学の協力を具体化する動きや、徳島大学との連携による「知的財産戦略」に関する検討、「LEDバレー構想」、伝統産業における「ブランド化戦略」といった新しい取り組みについてのお話も伺った。また、出席された金融機関の方からは、本年4月のペイオフ全面解禁について大きな混乱なく順調に乗り越えられたというお話も頂いた。

 徳島県には、非常にユニークな、あるいは世界的に誇れる技術を持つ企業が多数存在しており、徳島県の経営者の方のチャレンジ精神が非常に強く、苦しい中にあっても積極的・前向きに取り組まれているとの印象を受けた。従って、「現在は景気の踊り場というやや停滞的な局面にあるものの、いずれこれを脱却して安定的な成長軌道に戻る」との日本銀行の景気に対する見通しに沿った形で、当地においても、経済の活性化、あるいは景気回復が進展していくと期待している。

 本日はまた、中長期的な種々のテーマも話題となったが、その一部をご紹介すると、「少子高齢化問題への対応」、「道州制問題」、「最近の原油高が一部業種で相当のコストアップ要因になっていること」、「今後の中国との経済関係」、「日本企業としてアジア経済のプレゼンス拡大への対応」、といった点が議論された。

【問】

 量的緩和政策に関して、3点伺いたい。まず、先程の金融経済懇談会の挨拶要旨において、「当座預金残高目標を引下げるという政策変更に踏み切ることは、市場や海外の投資家から時期尚早の金融引き締めに転じたとの思惑を招きかねない」との表現がある。この「引き締めに転じたとの思惑を招きかねない」の部分の考え方について、もう少し詳しく説明して頂きたい。

 次に、当座預金残高目標を引下げる方法として、「目標のレンジを上限、下限とも引下げる」、あるいは「下限のみを引下げる」の2つが考えられると思うが、いずれの方法が市場に対してより強い影響を及ぼすとお考えか。

 最後に、2006年は消費者物価指数の基準年次改定や小泉総理の任期切れという問題、2007年度実施に向けた財務省の消費税率引上げの話も出てくること等を勘案すると、2006年度を迎える前に量的緩和政策の解除に踏み切らないと、「出口のタイミング」を逸してしまうのではないかと思うが、どうお考えか。

【答】

 当座預金残高目標の引下げが「引き締め」であるか否かについては、大いに議論があるところである。また、この点は「引き締め」という言葉をどう定義するかによっても結論が変わってくる。例えば、FRBのように、中立金利──景気を刺激せず、引き締めもしない水準の金利のことであるが——の実現に向けて金利を引上げていく場合に、これを「中立的な政策」と言うこともできるし、逆に、金融をタイトな方向に変化させるモメンタムに着目して「引き締め」と呼ぶこともできる。

 日本銀行はこれまで量的緩和政策下における当座預金残高目標の引上げを「緩和」という表現で説明してきたこととの延長線上で考えれば、個人的には、当座預金残高目標の引下げは、「引き締め」と受け止められる可能性に注意しておく必要があると思う。海外の機関投資家の中には、当座預金残高目標の水準自体が緩和度を表す指標であると理解している先も少なくない。そうした中で、景気情勢の微妙なこの時期に、当座預金残高目標を引下げることが果たして妥当かどうか、大いに疑問がある。

 「目標レンジを上限、下限とも引下げる」方法と「下限のみを引下げる」方法のどちらがより強い影響を市場に与えるか、については、その時々の市場環境によって結論が変わり得るため、何とも申し上げられない。ただ、現時点では、いずれの方法も採用すべきではないと考えている。

 消費者物価指数の基準年次改定や消費税率の引上げに関しては、現時点では未だ流動的な面が多く、お答できる段階にはないと思う。これらに関しては、今後の動向を踏まえつつ、将来の家計消費や消費者のコンフィデンス面への影響を見極めていくことが重要だと考えている。

【問】

 本日の金融経済懇談会の挨拶要旨の中で、「量的緩和政策がデフレの更なる深化を食い止めてきた」と分析しているが、量的緩和政策が物価の上昇に対して与えてきた効果についてのお考えを改めてお伺いしたい。

【答】

 金融政策は直接物価に効果を及ぼすものではなく、その波及経路を通じて間接的に物価に影響を及ぼすものである。例えば、金融政策を緩和した場合のルートには、「実体経済の回復→企業収益の増加→賃金の上昇→消費へのプラス効果→物価面での需給改善」といったものがある。また、金融政策が人々のインフレ期待を変化させ、物価に影響を与える面も全くないとは思わない。こうした点を考えれば、量的緩和政策は、企業家心理を下支えし、緩和的な企業金融環境を作ることによって、企業・家計の前向きの活動、ひいては実体経済を底支えし、デフレの深化を防ぐという効果を持つものであると評価してよいと思う。

 また、本日の金融経済懇談会でも議論された点であるが、バブル経済の崩壊以降、景気回復が始まるまでの間、量的緩和政策の本来的な効果発現を妨げてきた要因としては、不良債権問題があった。銀行が不良債権処理に全力を挙げざるを得なかったため、前向きな貸出実行に応じるインセンティブが働かなかった。もうひとつの要因は、企業側のバランスシート調整圧力が非常に強かったことである。企業は収益から得たキャッシュフローを優先的に借金返済に充当してきたため、前向きの資金需要が生まれて来なかった。こうした環境の下で、量的緩和政策が経済全体に与えるはずであった前向きのモメンタムが減殺されてしまったことも考えておく必要があると思う。

 こうした点を踏まえると、「量的緩和政策がデフレに対して効果があったのか」との論点は、「量的緩和が実体経済の下支えに効果があったのか」と言い換えられる。その意味で、量的緩和政策は、金融システム不安回避を後押しすることによって、実体経済の一段の悪化を防ぎ、物価にも影響を与えてきたとみている。徐々にではあるが物価の下落幅が縮小してきたことは、これまで根気よく量的緩和政策を続けてきた成果であると思う。また、日本銀行が量的緩和政策を維持するというスタンスが、人々の心の中に、少しずつ「景気はいずれ回復していくのではないか」とか、「そうすれば物価は上がってくるのではないか」、といった期待を醸成してきた面もあると思う。こうした点からみて、量的緩和は、デフレ克服の面で、十分効果を発揮してきたと理解している。

【問】

 中原審議委員は、「インフレ参照値」の導入に前向きであり、長期国債の買い増しには否定的と聞いている。物価をマイナス基調から脱却させていくために、何か効果的な新たな手段があるとお考えか。

【答】

 「物価は下げ止まりつつあるが、上昇には向かい難い」という状況は、日本に限らず、世界的な傾向でもある。例えば、中国では高成長を続けながらも、インフレ率は相対的に低い水準に止まっているが、これは中国であっても、経済のグローバル化が進展していく中で、常に供給圧力を受けていることが背景にある。日本では、経済のグローバル化による影響に加えて、企業経営者の慎重なスタンスから賃金が上昇していないことも、物価がなかなか上昇しない理由のひとつであると思う。

 私は、就任当初から金融政策の透明性向上を重視してきており、そのフレームワークとして、インフレ参照値——これは「望ましい物価上昇率」といったほうが正しいが——の導入を主張してきている。ただ、日本銀行が望ましい物価上昇率を具体的な数字で示すことによって、人々のインフレ期待を高める効果については「全くゼロではない」と思っている。なお、長期国債買入の増額は、様々な副作用を伴うため、現時点では実施すべきではないと考えている。

 足許の消費者物価下落の要因は、電話料金や電力料金の改定といった特殊要因によって、かなりの部分が説明できる。従って、これらの特殊要因が剥落する2006年初頭には、他の特殊要因が発生しない限り、消費者物価がほぼゼロ近傍に達するだろうとみている。その後2006年の春以降にかけて、需給ギャップが緩やかに縮小していく、賃金が少しずつでも上昇していくといった現在の経済環境が続けば、消費者物価もいずれプラスの領域に入ってくる可能性があると考えている。

【問】

 量的緩和政策の出口におけるプロセスについてお尋ねしたい。具体的に、消費者物価指数がどの水準になり、それがどの程度の期間続いて、企業物価の見通しがどの位になったら、量的緩和を止めるのか。その場合、何を目標として金融調節を行うのか。例えば、当座預金残高をみながらオペレーションで縮小させていくというようなことを、展望リポートの中に書き込むことが必要だとお考えか。

【答】

 展望リポートを方法として使うかどうかは別にして、金融政策の透明性を更に高めていくことは必要である。量的緩和政策という非伝統的な政策を採用している以上、その出口のプロセスにおいて、市場が不安定化するリスクを心配する声が少なくない状況では、具体的な説明の工夫が重要であると思う。

 これは、決して「目標をどれだけ減額するか」を明示すべきといっているのではない。量的緩和政策の出口というのは、一瞬の出来事ではなく、時間を持った一種のプロセスであり、それには「出口の入口」や「出口の出口」といった局面があると考えている。誤解を恐れずにいえば、「出口の入口」は、量的緩和政策に係るコミットメントが全て充足された状態を指すといえる。また、「出口の入口」を過ぎた後については、当座預金残高目標を最終的には準備預金制度に係る所要準備額の6兆円程度にまで落としていく局面になるだろう。ただ、そのペースは、経済環境によって大きく異なってくる。例えば、物価が実体経済の改善に反応し難い状況が続いているのであれば、当座預金残高目標の縮小も、マーケットの混乱や不安定化を防ぎつつ、FRBのいう「measured pace」で減らしていくような形で行う必要があるだろう。いずれにせよ、日本銀行はこうした量的緩和政策の出口に係る考え方などについて、市場に対して丁寧に説明するとともに、その理解を得る作業が重要であると考えている。

【問】

 現時点で予見し得る限りにおいて、「当座預金残高の引き下げが必要になるかもしれない」という状況を想定しているか。

【答】

 このところ「札割れ」が多発しているが、これは決して金融政策が順調に運営されていないことを意味するものではないと思う。「札割れ」の状態というのは、量的緩和政策の効果がその極限の域に達していることを示している訳であり、その意味で今後更に強い緩和効果が出てくることが期待できると考えている。

 日本銀行が行う資金供給オペは、銀行や証券会社等の市場参加者を相手に、経済原則に則った市場取引として実施しており、取引先に対して資金調達を強制できるようなものではない。従って、市場からの追加的な資金調達ニーズがなくなった状況では、日本銀行が如何に努力しても、資金を供給できなくなる訳である。このような局面が訪れる蓋然性が全くないと言い切ることは誰にもできないと思う。

 すなわち、今後、金融機関の信用リスクが更に下がっていくような状況になると、金融機関自身の流動性に対する予備的な需要は一段と後退する可能性がある。また、大銀行の合併がこうした資金需要を下押しすることも想定し得る。更に、税揚げなどの財政資金の動きに伴う大幅な資金不足が見込まれる局面もある。これらの要因が重なった時には、一時的にせよ、当座預金残高目標の達成が困難となる事態が発生しないとは言い切れないと思う。

 ただ、こうした事態が発生する時期については、現時点で説明できるだけの材料を持ち合わせていない。当面は、当座預金残高目標の達成に向けて最大限の努力を継続すべきだと考えている。

以上