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総裁記者会見要旨(9月8日)

2005年9月9日
日本銀行

―2005年9月8日(木)
午後3時半から約50分

【問】

 本日の金融政策決定会合の結果および、金融経済月報に基づく景気認識についてご説明願いたい。

【答】

 本日の金融政策決定会合では、既に発表した通り現在の当座預金残高目標の30~35兆円程度を維持することを決定した。また、「なお書き」についても変更しないこととした。全体として現状維持ということである。日本銀行としては、消費者物価指数に基づく明確な約束に沿って、今後とも金融緩和政策をしっかりと継続していく方針である。

 背景となる情勢判断については、現在の経済・物価情勢をみると、日本の景気は回復を続けていると、あまりごたごたと形容詞をつけずシンプルに言える状況である。あえて言えば、内外需のバランスが比較的良くとれたかたちで回復を続けている。

 輸出は、IT関連分野における調整が概ね一巡したという状況下で、緩やかな増加を続けている。生産も振れを伴いつつ増加傾向にある。内需についても、設備投資が、高水準の企業収益を背景として引き続き増加している。また個人消費については、夏場の販売統計などが少し弱めであったという印象はあるが、雇用と賃金の改善を反映して雇用者所得が緩やかな増加を続けており、そのもとで底堅く推移している。

 景気の先行きについても、緩やかながら息の長い景気回復が続くという判断である。海外経済の拡大が続くもとで、輸出の伸びは次第に高まっていくとみられるほか、国内民間需要も、高水準の企業収益や雇用者所得の緩やかな増加を背景に、引き続き増加していく可能性が高いと判断している。

 物価面では、国内企業物価は原油価格上昇の影響などから上昇しており、先行きについても上昇を続けるとみている。一方、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比変化率については、足許は、電気・電話料金引き下げの影響が尾を引いており、小幅のマイナスとなっているが、先行きは、需給環境の緩やかな改善が続く中で、米価格のマイナス寄与が剥落していくことや、電気・電話料金引き下げの影響も弱まっていくことなどが見込まれており、年末頃にかけてゼロ%ないし若干のプラスに転じると予想される。こうした情勢判断を背景に、本日は現状維持という政策判断をした。

【問】

 原油についてであるが、一時70ドルを超える高値となったが、原油高が世界経済、日本経済に与える影響、特に日本の物価に与える影響について伺いたい。また、米国のハリケーンの影響についてどのようにみているのか伺いたい。

【答】

 原油価格の上昇は一時的であって欲しいという願いとは逆に、高止まりする状況になっており、その上に米国でのハリケーンの影響も加わって、最近時点で既往ピークを更新する展開すら見せる状況になっている。

 今後の影響を見通すことは難しいが、一般論として、原油価格の高騰が続くと、原油輸入国では、実質購買力の低下などを通じて成長が鈍化する可能性がある。しかし、これまでのところの世界経済の動きをみると、このような一般論とは裏腹に、世界経済は引き続き順調な拡大を続けている。

 その理由として、1つ目は、今回の原油価格の高騰は、エネルギー効率が相対的に低いエマージング諸国が高い成長を続ける中で、原油に対する需要が増加していることが基本的な背景としてあり、従来経験してきた供給面のショックの色彩が強い原油価格の値上がりとは少し事情が違っている。需要の増加に主たる原因のある原油価格の上昇、つまり原油の供給が大きく制約されているわけではないという点で、違いがある。2つ目は、もともと原油価格上昇それ自体は、原油消費国から産油国への所得移転を意味し、産油国側からみれば、購買力の増加につながる面もある。つまり、産油国において、購買力の増加が実際どのように発現されるかということとのバランスでみていく必要がある。3つ目に、今回は経済のグローバル化の進展、そして国境を超えて企業間の競争が非常に激化しているという条件と、物価安定を目指す各国の中央銀行の金融政策運営に対する信認が高まっているもとで、原油価格の上昇がインフレ心理に直ちには転化しないで、その結果として、主要国において長期金利が比較的低位で推移している。これら3つの点を指摘できると思う。

 今後原油価格の高止まりが続いた場合、こうした状況に変化が生じるかどうか、変化が生じたとして、世界経済の減速やインフレ懸念の台頭、長期金利の上昇などにどのようにつながっていくのかという点を、注意深くみていく必要がある。現時点でそれらのストーリーをすべて見通して即断することはなかなか難しいと思う。

 現在の世界経済の順調な拡大振り、そして日本経済は、決して派手ではないが着実に持続可能な回復の軌道に向かいつつある現状からすると、そこのところをしっかりと見極める時間的余裕を私どもは持っていると思う。

【問】

 物価の評価とその総合判断について伺いたい。先程から、年末頃にかけて物価がプラス方向に行く可能性が高まっている、と言われているが、原油高という背景もあるが、基本的には、物価がプラスになるということは、景気が回復していることを裏付けていると思う。現状として、日本銀行の政策は物価にコミットメントしており、先行きデフレに戻らないということを考えるうえで、物価の先行きをどうみるかも重要であるかと思うが、それはやはり景気の持続性や強さにかかっていると思う。これが、日本銀行で言われている総合判断という考え方で良いのか。景気の持続性や物価の強さを含め、考え方を伺いたい。

【答】

 年末頃にかけてゼロ%ないしプラスに転じていく可能性があると申し上げたのは、前々から皆さんと関心を共有している生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比変化率についての話である。これについても、原油高の影響がガソリン等の最終製品にどのように転嫁されるかということとある程度絡んで動いているということは、ご指摘の通りである。

 金融政策との関連では、そうしたことを含めて、少なくとも消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になるまでは、現在の量的緩和のフレームワークは続ける。これは、固い約束であるので最後まで堅持されるということである。

 先行き、このフレームワークの修正如何という判断になった場合は、単に表面的な物価指数の現れ方というだけでなく、本当に日本経済がデフレに逆戻りしないかどうかについて、より踏み込んだ判断が必要である。まず景気回復の持続性の確かさをしっかりと確認しなければならないし、物価の面でも、表面的な動きだけでなく、その時あるいはそれ以降の経済の中で、生産性の上昇がどのように展開していくか、一方でユニット・レーバー・コスト(単位当たりの労働コスト)がどのように変化していくのかというような基本的な物価形成メカニズムの部分について、踏み込んだ分析と判断をしていかなければならないと思っている。

【問】

 今の質問とも関連するが、政策判断を一旦切り離して、そもそもマクロ経済にとって望ましい物価水準というのはどの程度の水準かとみている。もちろん、ピンポイントで示すことは不可能だと思うし、数値で示すことが可能かどうかについていろいろ議論があるかと思うが、望ましい物価水準とは何なのかということについての考えがあれば伺いたい。

【答】

 現在では、その点に関する考えは持ち合わせていない。なぜならば、日本は、過去かなり長い期間いわゆるデフレの状況、あるいは経済がデフレ・スパイラルに陥りかねないという厳しい状況で推移し、最近、構造改革の進展とあいまって、そういう状況からようやく脱却しつつあるという状況にあるからだ。

 これから先、経済全体の真に均衡のとれた姿というのはいったい何か。均衡がとれた姿の重要な要素としてあるべき物価水準──おっしゃった言葉で言えば望ましい物価水準──、金融政策のほうから攻めていけば、いわゆる中立的な金利水準はどういうところにあるのか、それを現実の経済の進展の中で探り当てていかなくてはならないプロセスがいずれ来ると思う。現状ではそこのところに手を伸ばすには、まだ少しタイミングが早すぎると考えている。

【問】

 今朝発表の貸出・資金吸収動向についてお伺いしたい。銀行貸出は、特殊要因を除いた数値で前年比プラスに転じている一方で、マネーサプライは5か月連続で1%台とそれほど高い水準とはいえないと思うが、これらをどう解釈したら良いか伺いたい。

【答】

 マネーサプライは様々な要因から最終的に伸び率が決まってくるが、経済のダイナミックスとの関係で言えば、銀行貸出をコアとする信用拡張がどれくらいの勢いでこれから行われていくかが深く絡んでいるということが、お尋ねのポイントになるところだと思う。

 これまでのところ、景気回復の足取りが次第に着実になってきており、別の言い方をすれば、企業活動が徐々に活発化してきている。従来であれば、資金需要の増加というかたちで直ちに表面化しておかしくない状況であるが、今回の回復局面では、かねてから申し上げている通り、企業は財務の健全性に引き続きかなり重点を置いており、手許に生じたキャッシュ・フローを優先的に過去の債務の返済に振り向けている。従って、新規の投資は極力借入れに依存せず、残りのキャッシュ・フローの中でやっていくという慎重なスタンスを維持しているので、企業活動が少しずつ活発化してきていても、それに比例して資金需要が増え、銀行貸出が増えるという状況にはまだ至っていない。

 そうした中でも、銀行貸出が減り続けるという状態がようやく終り、これから少しずつ銀行貸出も増えていく、そういう転換点がようやく来たかどうかということを示すのが、今回の統計結果であったと思う。単月だけでは、即断できないが、貸出の減少率が次第に縮小してきて、その最終局面でプラスに転じたということから、トレンドとしてはしっかりしているので、極めてゆっくりだが銀行貸出が増える局面にようやく入ってきたという印象がある。銀行貸出の動きが強まっていけば、マネーサプライの伸び率を押上げる力も今後次第に強まっていく。それほど、目先急激な展開はないと思うが、徐々にその力は強まっていくと読み取って間違いはないと思う。

【問】

 量的緩和政策について日本銀行のホームページでは、「金融調節の主たる目標を金利から資金量に変更すること」と定義されているが、量的緩和解除という時には、これを金利目標に戻すことと理解して良いか。また、以前日本銀行が消費者物価指数の上方バイアスは0.9%程度ある、という論文を出されていたと記憶しているが、消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になるという判断をする時には、この上方バイアスを加味して判断されるのか伺いたい。

【答】

 量的緩和政策とは、金利ではなく、日銀当座預金残高という量をメルクマールとして金融調節を行うということに切替えたということはご指摘の通りである。その量的緩和の方法のフレームワークとしては、前々から申し上げている通り、量に基準を置くに際して、それを消費者物価指数が安定的にゼロ%以上となるまで続けるというコミットメントと合わせて、効果を発揮するものだということを説明させて頂いてきているが、その考え方に変化はない。

 デフレに逆戻りしないか否かを判断する時には、先程申し上げた景気回復の持続性や物価形成のメカニズムが実態的にどう変わってきているか、ということをしっかり判断するのが基本である。公表される消費者物価指数、あるいはその他の物価指数をすべて勘案しながら、もちろん判断していくのであり、そうした個々の物価指数を見る場合にそれぞれの物価指数のバイアスや癖などを、専門的な知識として補える限り補って判断していくということは確かである。しかしながら、デフレに逆戻りしないという場合の判断を特定の物価指数だけの分析で機械的に判断することは、政策運営との関係では不十分だと思う。

【問】

 景気回復についての地域的偏差について伺いたい。東北、北海道は引き続き停滞圏内にあるが、バブル崩壊後の2度の景気回復に比べても景気回復が遅い。この点について、ただ単に景気回復が遅れているだけなのか、構造的な問題で本格的な景気回復が見込めない地域が出てくるのか。

【答】

 望ましい景気回復の姿については、マクロ的にはそんなに派手ではなくても持続可能性のある着実な回復ということになると思うし、別の角度から見ると、特定業種とか特定地域に偏るということでなく、できる限り裾野が広いかたちで景気回復が展開されるほうが、より持続性を感じられやすいと思っている。そういう意味では、私どもは大企業、中小企業あるいは製造業、非製造業、どういう業種かということに加えて、中央、地方の景気回復のテンポの差も絶えず注意して見ているが、依然として、地域間のギャップは残っていることは事実である。しかし、景気回復が遅れている地域についても、時系列的な変化を仔細に見ていくと、少しずつ景気の状況は良くなってきている。中央に比べて景気回復が目立っていない地域も存在することはご指摘の通りであるが、それでもよく分析すると少しずつ良くなってきている。景気回復から全く取り残されてしまう地域が出てくるとはあまり考えられない。しかし、景気回復が十分かどうかという点は引き続き残された問題である。この点、中央のみならず地方の経済においても構造変化が必要であり、地方の企業のあり方についても、従来の姿に比べ大きな変化が求められているということである。端的に申し上げると公共事業、補助金に大きく依存しないかたちで地方の経済・社会をどのように築いていくかという点について、コミュニティーに属する人々の強い意志と企業行動がどのように結びついていくかである。大変迂遠に聞こえるかもしれないが、これは各地域の人々が日々真剣に取り組んでいる課題であって、その真剣さの度合いから見て、なんら進歩を見る可能性がないと切って捨てるようなものの考え方はできない。私は相当な期待を込めて、各地域において新しい経済・社会作りが始まりつつあると見ている。

【問】

 今、選挙戦が終わりに近づいてきている。個別のことは言えないと思うが、政策が与野党で議論されていたり、従来の選挙とはちょっと違っている面もあると思う。景気への影響等もあるのか、言いにくいとは思うが、所見があれば伺いたい。

【答】

 投票日が近づいているので、選挙に結び付けて何かものを言うことは極めて不適当なタイミングにあると思う。

 多くの国民は、選挙結果如何に強い関心を抱いている一方で、選挙結果を待たずに企業活動その他の経済活動に勤しんでいるというのが現状だろうと思う。毎回申し上げている通り、これまでも民間部門の構造改革は相当程度進展してきており、個々の経済人は、行動のウエイトを過去の問題処理から徐々に前向きに移しつつある段階である。どの政党であれ、選挙後の新しい政治体制が、こうした人々の前向きの活動に対してより勇気づけるような政策をとっていくことを国民は期待しているし、もう既にその方向で行動しているということだと思う。日本経済は、ショックに弱い経済であったのが、ショックに対する弱さを徐々に払拭して、ある程度ショックに強い経済に転じつつある状況である。政治的な混乱ということは誰しも好まないわけであるが、国民は、将来に向かってどのような政治的プロセスを経るにせよ、民間企業の前向きな努力をよりサポートし、個々人が経済生活の将来設計を築いていくことをサポートしてくれるような、新しい政策の展開が整えられる状況を期待しながら、選挙結果を待っているのではないかと、私自身は思っている。

【問】

 先日、10月にグリーンスパン議長が日本銀行の招待で来日され、総裁とも面談するという発表があったが、その際にどのような話をされる予定なのか。グリーンスパン議長は、来年1月で退任されることになっているが、かなり長い間米国の金融政策の舵取りをされてきたわけである。総裁からご覧になってグリーンスパン議長の金融政策の舵取りのスタイルとかやり方が、日本銀行や他の中央銀行の金融政策の舵取りに何らかの具体的な影響を与えたという印象を持っているか。また、日本銀行からグリーンスパン議長に対して、日本銀行自身がくぐり抜けてきた経験とかアドバイスをシェアしたという経験があるのか伺いたい。

【答】

 グリーンスパン議長には、かねてより、いつ退任されるにせよ、退任されるまでに是非もう一度日本に来られたらどうかと申し上げてきた。グリーンスパン議長は、招待はありがたいし是非行きたいとタイミングを探っておられたわけである。それがようやくスケジュールが決まったということであり、私どもも大変うれしく思っている。そういうことであり、何か特定の話題があるから、そこに引きつけて話そうということではない。

 グリーンスパン議長は就任されてまもなく、ブラックマンデー後の日本の株式市場がどのようになっているのかということに非常に関心を持たれて来日されたのが、議長としての最初の来日だったと思う。それ以降のグローバル化といった世界経済の構造変化、あるいは米国自身における大きな経済変革が進んできている。グリーンスパン議長は、グローバルな経済展開のもとで米国経済のマネージメントを18年間やってこられ、その間いつも日本経済に強い関心を持ってこられた。そうした立場であられたので、退任されるということであれば、その前にもう一度来日され、日本の国民の努力で再建してきた日本経済の新しい姿をご自身の目で直接ご覧頂けるということは非常に意義深いことである。そういう意味で私はご招待したわけである。日本経済について計数的にこうである、私どもの判断はこうであるということは、BIS等の国際会議の都度、いつもフランクに意見交換しているので十分おわかりであるが、来日され、日本の財界人、経済人とも会って頂いて、実感を持って頂きたい。

 今お尋ねのグリーンスパン議長の最終的なバランスシートのようなものについては、本当にお辞めになる時でないと語られるべきものではないと思うが、やはりグローバルな経済の変化をいつも真っ先に頭に置いておられ、市場のことをいつも頭に置いておられる。そして各国の経済の相互の連関性の変化を自らがマネージする米国経済に常に投影しながら、金融政策をやってこられたと私は理解している。常に非常にダイナミックな発想に立ってこられたと思っている。

【問】

 プラザ合意から9月22日で20年になるが、この間、日本経済に与えた影響について如何お考えか。また、今後を展望した場合、国際合意のあるべき姿について、どのようにお考えか。

【答】

 2時間程講演をしなければならない大きな質問である。ご承知の通り、プラザ合意は1980年代前半の大幅なドル高進行、世界的な対外収支不均衡の拡大に対処することを直接の目的とした先進5か国による国際的な政策協調の試みであった。

 プラザ合意については、その背景をより大きく捉えて理解しておくことが今後のためにも非常に重要なことだと思う。プラザ合意がとり決められた80年代半ばは、まさに世界経済がグローバル化に向かって加速した時代である。同時に、情報通信革命もその頃から加速してきた。

 すなわち、プラザ合意は、経済が国境を越えて次第に一体化し、金融資本取引も国境を越えて次第に密になっていくという、大きな流れの変化の中での一つの象徴的な出来事であったと思う。従って、プラザ合意を特定の国と国とのインバランスの調整であるとするのは、その一面を捉えているとは思うが、地球規模での資源の再配分機能をより有効に整えていくメカニズムを模索していく過程における、一つの重要なイベントであったと捉えるのが正しい答えではないかと思う。

 その後の各国の経済政策の展開は、経済は地球規模で動く、すなわち、それぞれの国の経済がグローバルな動きと統合される度合いを刻々と強めながら動いてきた。このため、各国、特に主要先進国の経済政策運営は、それぞれの国の中での経済構造改革を推し進めることを前提にしながら、その時々のマクロ経済政策については、まず自国の秩序をきちんと整える。つまり、物価の安定を確保しながら、可能な限り持続的に経済が拡大するメカニズムを整える。その上で、各国経済を統合してみると、グローバルにより最適な資源配分が実現するようなマクロ経済になる、という視点で行われてきたし、それが次第に強化されてきたと思う。日本の場合は、その前提となる構造改革が非常に重い課題であって、今日までかなり時間を要したというのが現実だと思う。

 それだけではなく、経済や金融のグローバル化が進展し、ある意味で一体化が進むので、各国の政策当局者がそれぞれの国で秩序ある経済運営を行うだけでは不十分であり、いわゆる国際的な危機管理や金融の基盤整備といった面で、共同作業を要する項目が非常に増えてきたということだと思う。バーゼル合意などは、そうした中に位置付けて考えればより理解しやすいのではないかと思う。それに限らず、金融資本市場の整備や銀行監督のルールといった様々なことについて、共通のインフラを整備していこうといった努力がだんだん強められていったプロセスを経て、今日に至っている。

【問】

 先程、コアの消費者物価指数の前年比変化率が年末頃にかけてプラスになる可能性が強く、景気についても持続可能性のある軌道に向かいつつあるとの判断を示された。量的緩和の解除についてもそう遠くない将来に展望できる状況になってきているのではないかと思われるが、一方で日銀が金融政策運営について、余裕を持って対応するとしていることもあって、金融市場では量的緩和の解除後も相当期間にわたって、金利がゼロ%に据え置かれるのではないかという見方が根強くある。この「余裕を持って」という言葉の解釈としてこうした見方が正しいかどうか伺いたい。

【答】

 「余裕を持って」というのは、景気が着実に回復しても物価上昇圧力が相対的にかかりにくい経済、インフレ期待が急に昂進するリスクが比較的少ない経済として進展していく限り、私どもとしては緩和政策の維持ないし緩和政策を修正する場合にも、その修正のテンポというものにゆとりを持たせながら金融政策運営をしていけるのではないかということである。少なくとも、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまでは、明確にそのことが言えそうだということで、先般からそう申し上げている。

 今後、消費者物価指数の前年比変化率がゼロ%以上に上がってきた場合に、先程も申し上げた通り、デフレに戻るリスクがないかどうかということを慎重に考えなければならないし、慎重な判断で結論を得た場合に、さらに先に延ばして、経済の持続的な回復力の強さ、外からのショックに対する経済の強靭性、物価形成のメカニズム──ユニット・レーバー・コストが上がっても、生産性の上がり方との兼ね合いで、物価上昇のスピードはどのくらいつきやすいのか、つきにくいのか、人々のインフレ期待を刺激する要素はどのように発現されていくのか──ということを考えながら、私どもは、どの程度ゆとりを持って金融政策運営をできるかを、引き続ききちんと判断していかなければならないと思う。

 今のグローバル経済、そして日本経済の姿を単純に将来に延長して考えていくことは非常に危険であると思うが、それでも昔と違う今の経済──エマージング諸国がグローバル経済の中にしっかり組み込まれてきたという意味で以前とは違う経済──を前提にすると、やはり国境を越えて企業間競争が熾烈になる一方、コストアップをなかなか最終価格に転嫁しにくい企業経営、その総合としての経済の姿、つまりなかなかインフレは従来と同じペースでは起こりにくい経済になっている。これの延長線上でどこまで考えられるかということを正確に判断することによって、これから先のlatitude(余裕)の幅が決まってくる。これがこれからの検討課題だと思っている。

【問】

 今月下旬にワシントンでIMF・世銀総会が開かれるのに合わせてG7の財務大臣・中央銀行総裁会議も開かれると思うが、このG7で今回どのような点が議論の焦点になるとお考えか。また、どのような点で議論の進展を期待しているか伺いたい。

【答】

 時期が早いので、「こう言ったではないか」と後から言われても非常に困り、答えにくい。G7の前にBISの例会もあり、中央銀行総裁レベルではG7の前に少なくとも1回はフランクに今の世界経済について議論する場があるので、そうした議論も経ないとセントラル・バンカーとしてG7に何を問題意識として持ち込むか、まだ明確には言えない。

 後から「こう言ったぞ」とは言わないという約束で、今の時点で何かということであれば、今は、先程も申し上げた通り、世界経済というのは米国をみても中国をみても、概ね潜在成長能力に沿ったかたちで着実な拡大を続けているということであると思う。しかし、人々の想定外だったのは、原油価格が非常に高騰し、高止まりを続けており、今後も早急には下落しそうにないということである。これが今後の世界経済の運営において不確実性を従来よりも少し高めていると思う。米国のハリケーンの影響も原油価格の動向と密接に絡んだ部分があるので、その点も含めてグローバル経済の今後の最大のリスクは何かということが、一つの大きな焦点になると思う。

 先程も申し上げた通り、今回の原油価格の上昇は、過去の石油ショックに比べて、供給ショックというよりは世界的な需要が強いという需要サイドの要因から起きている。しかし、ハリケーンの要因を入れた場合に原油の供給限界を少し手前に引き寄せるという要素の有無や、その場合の原油価格の上昇をそれぞれの経済主体がコスト吸収努力を行うのみで解決できるか否か、そのあたりの問題の切り分けがもう少し事態が進まないとわかりにくいと思う。

 もう一つは、原油価格の上昇、高止まりが人々の予想よりも常に上振れていった場合、世界経済を牽引する米国経済との関連で言えば、米国のガソリン価格の上昇等が米国の消費者マインドにどう響くか──米国の消費、そして住宅投資ブームとにどれくらいの影響があるのか──ということは、世界経済の不確実性の問題を明確に見ていくために、いずれきちんと判断しなければならない。そこに強い影響がある場合には、世界的にも連鎖する話になると思う。そういったことは、このままで行けばG7でも当然話題になると思うが、今の段階では、ハリケーンによってもたらされた人的あるいは物的被害が大きいことは確かであるが、経済の先行きをきちんと分析するための材料はまだ整っていない。

【問】

 先程の量的緩和解除後もゼロ金利が相当期間続くという見方について、総裁のお答えからして、そういう可能性もあると理解して良いか。

【答】

 そこのところについては全くのオープン・クエスチョンである。量的緩和解除後、ゼロ金利の状態が短期間で終わるという材料を持ち合わせていないし、それが非常に長く続くと判断する材料も今のところ存在してない。

 普通の経済──普通というのはおかしいが──、昔の経済であれば、量的緩和が終わって景気回復が着実であれば、当然中立的な金利を目指して金融をさらに正常化させていくことを一挙に視野に入れながらでなければ、正しい金融政策にならないと思うが、先程も経済の姿が変わっていることを申し上げた。つまり物価の形成のされ方が昔と違っているので、そこを当然考慮に入れながら、どの程度余裕を持つことが適当であるか、もう一枚スクリーニングをかけた判断がいるかどうか、ということを申し上げた。しかしそれが、長い期間になるかどうかの判断は、その時点においてきちんと判断しなければならないことなので、前もって予見を与える──いくら予見性のある金融政策をするといっても、根拠なく予見性を与えることは無責任である──ことを今はできないということを申し上げた。

【問】

 金融経済月報の中で、消費者物価指数に関して、「年末頃にかけてゼロ%ないし若干のプラスに転じていくと予想される」という表現があった。総裁は7月の会見において、「本年末から来年始めにかけてプラスに転じていくという可能性が少しずつ見えてきている」とおっしゃったが、今月の月報を見る限り、もう少し強気になったのか。年末頃にかけてということだが、これは米価格の影響が明確に剥落する10月以降からプラスになってもおかしくない、そういう可能性もあるかもしれないと受け取ってよいのか。あるいはそれは需給ギャップが縮小してきているからか、それとも原油価格の騰勢が凄まじいからか。どのように理解して良いのか教えて頂きたい。

【答】

 景気の着実な回復、需給ギャップの着実な縮小というのが一番の基本的要因である。米価格のマイナス寄与の剥落要因だけで単純に物価がこうなりますと決め付けるには、ご承知の通り物価指数の中身はあまりに複雑なので、そう単純なことは言えない。従って、年末頃にかけて一定の幅を持って予測している。前回多少文学的な表現で申し上げたことと今回申し上げたこととは、共にある幅を持った予測という意味で共通である。

【問】

 衆議院総選挙を前に各政党、各候補者は、いろいろな政策を訴えているが、話題は郵政民営化、年金の問題、あるいは財政再建の問題等であり、デフレ退治を一生懸命訴えている候補者、政党はあまりみられないと思う。こうした状況は、デフレ退治を最優先課題に掲げている日本銀行として不満だと思うが如何か。

【答】

 政治課題として何をとり上げるかは、まさに各政党毎のキャンペーンの問題であり、どこに強く焦点を当てて選挙民の方々にアピールするかということである。私どもが責任を負って仕事をさせて頂いている分野は厳然として存在しており、その事自身は国民の皆様も十分承知の上で、選挙に際しては各政党のアピールするところに対して判断していかれると思う。すべての問題をキャンペーンに載せるかどうかも政党の自由であり、私どもがそこにコメントを行う余地は全くない。

以上