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中原審議委員記者会見要旨(10月3日)

2005年10月4日
日本銀行

──平成17年10月3日(月)
午後4時30分から約30分
於 横浜商工会議所

【問】

 当地の経済界の方々との懇談を通じて、神奈川県の地域経済に対してどのような認識をお持ちになられたか伺いたい。

【答】

 本日は、金融経済懇談会において、神奈川県の経済界の方々からいろいろなお話を伺ったが、神奈川県経済も国内景気の底上げの中で緩やかな景気回復基調にあるとの印象を持った。

 その背景として幾つかの点が考えられるが、首都圏の一部として大きな経済力・購買力を有し、人口も増加している地域であること、産業空洞化の中で神奈川県から出て行った企業もあると思われるが、製造業はかなりバランスのとれた業種構成になっていること、などが強みになっているとみている。また、大手自動車会社の本社移転も予定されていると聞いているが、県西部にはもともと自動車・輸送用機械関連の部品メーカーが数多く集積しており、これらの企業が好調であることも県経済全体に好影響を与えているのではないかと思う。

 また、行政も、「インベスト神奈川」というプロジェクトを立ち上げ、県知事もしばしば海外にご出張されるなど、積極的に企業誘致等に取組まれており、その成果も着実に挙がっているとお伺いした。その中身も、製造業の工場というよりは、最先端の研究所を誘致されているということであった。横浜市も、こうした動きに協力されているとのお話もお伺いした。

 一方で、他の地域でも聞かれるところであるが、経済全体の底上げが進む中であっても、大企業と中小企業、都市部と地方といった二極化は、当地でもやはり少しずつ拡大しているとの印象を受けた。本日の懇談会でも、県下の中小企業には景気の回復感が拡がっておらず、例えば、仕事量はあるが、原材料・エネルギー価格が上昇する中で、なかなか収益に繋がり難いといった声などをお伺いした。一方、金融面でも、銀行は以前に比べ中小企業金融に積極的であるが、依然として担保に依存する傾向がみられるといったお話や、債務負担が多い中で実体経済が良くなったとしても金利上昇が心配だといったご発言もあった。更に、政府系金融機関の統合の議論が始まっているが、中小企業金融における政府系金融機関の役割は非常に大きく、簡単に廃止されては困るといったご意見も頂戴した。

 このほか、「リレーションシップ・バンキング」に関して、信用金庫と地方銀行は顧客層が異なり、役割や苦労も違うので、もう少しきめ細かな金融行政が望まれるとのお話や、大企業の本社機能の撤退・工場閉鎖の流れは続いているとのお話も伺った。

 また、今後の県経済における重要な課題としては、やや断片的に申し上げることになるが、高齢者の活用、企業誘致への一層の注力、産官学の共同、商店街の活性化のための横浜ブランド確立、2009年の開港150周年を契機とした活性化、国際化を進める羽田空港との連携による当地経済の活性化、といったお話も頂いた。

 なお、日銀へのご要望等については、「プルーデンス政策面で中小企業金融の重要性に配慮してほしい」とのご要望や、「原油価格の上昇によるマクロ経済面への影響は今後顕現化して来る可能性があり、現状の認識はやや楽観的に過ぎないのではないか」、「地価が上昇に転じ始めている中、局地的ながらファンド等の活発な不動産投資の動きもみられており、再びバブル発生に繋がらないか」、といったご心配・ご懸念も頂いた。また、日銀の活動に関しても、「金融政策を巡る環境が非常に微妙な時期であり、金融政策の運営そのものも重要であるが、日銀には日本経済の運営全般についても積極的な発言を期待したい」というような励ましのお言葉も頂いた。

 いろいろ申し上げたが、全体として、神奈川県経済および横浜経済のみならず、今後の日銀の政策運営に関しても大変有用なご意見をいろいろ頂戴したと受け止めている。

【問】

 講演で、来年8月のCPIの基準年改定に関して、「改定後の数字が再びマイナスに転じることがないだけの余裕を持っておきたい」と述べられているが、これは実際に来年8月の改訂後の数字をみてから判断したいということなのか。

【答】

 改訂後の数字を待たなくても判断は可能であると思う。詳細を把握している訳ではないが、内閣府でもCPIの改定に当たって事前に考え方を公表していくような動きもあると聞いており、必ずしも改訂後の数字の公表を待たなければならないと言うことではないと思う。

【問】

 量的緩和の出口のプロセスの中で、市場の期待を安定化させるために「望ましい物価上昇率」を掲げることをかねてから持論とされているが、この点について、最近、政策委員間で議論が対立していると思っている。長期金利の低位安定に繋がるのかどうかがポイントと思うが、これを掲げることで、かえって期待が不安定化するという論者に対して、どのような点が間違っているとお考えなのか、お伺いしたい。

【答】

 インフレ参照値やインフレ目標政策に関しては、いろいろなご意見があるようだが、現状、内部ではこの政策の是非などについて、こと細かく分析し、討論しているような状況にはない。従って、これが期待を不安定化するといった意見を、誰がどのような根拠でおっしゃっているのか、私自身コメントする立場にはない。

 私が「望ましい物価上昇率」を市場に示すことが必要であるというのは、デフレ時、インフレ時に拘わらず、一般論として、中央銀行が金融政策の透明性を高める上で有効であると考えるためであり、金融政策のフレームワークとして採用するということが大前提であると考えているからである。その上で、現在の状況を考えた場合、私としては、インフレよりはデフレに対するリスクを強めにみておく必要があるとみており、量的緩和政策からの脱出に当たっても、なお将来デフレに戻るリスクが気になる現状のもとでは、「望ましい物価上昇率」を示すことにより、政策にある種の時間軸効果をもたらすことができるのではないかと思っている。

 その際、市場には、日銀は「望ましい物価上昇率」をどう考えているのか、日銀はどの程度の物価上昇率になれば引き締めを始めるのか、あるいはいつまで今の緩和的な状態を続けるのか、といった疑問が生じると思う。量的緩和政策を整斉と維持できている現状では、市場の期待は収斂しているといえるが、本当の出口に差し掛かった段階では、ゼロ金利はどこまで続くのか、日銀は中立金利をどう考えているのか、「望ましい物価上昇率」はどの程度か、といった期待が不安定化するリスクがある。物価安定は金融政策の最も重要な目的であることを考えれば、日銀として、こういった「望ましい物価上昇率」が何かということを示すべきであると主張しているのである。

 もちろん、物価上昇率を表す指数としてどの指標を使用するか、仮に消費者物価指数を使うとすれば、上方バイアスがどのくらいあるのか、デフレに戻らないためにはどの程度の幅が必要か、などについては、インフレ目標政策やインフレ参照値を採用するかどうかの問題以上に、審議委員の意見が分かれてくると思う。現実に政策を採用するに当たっては、こうした点に関する分析や意見の集約が当然必要になってくる。その意味で、私は、量的緩和政策の出口がいつになるのかは予断を持って臨むべきではないと申し上げたが、残された時間において、こうした点に関する十分な分析・検討と意見集約が必要ではないかと思っている。

 なお、追加的に私の問題意識をやや詳細に申し上げれば、確かに現在のCPIは、様々な統計上のバイアスや作成方法に関する問題があり、その問題点を十分に詰める必要があると思う。例えば、上方バイアスがどの程度かという問題では、かつてのボスキン・レポートでは+1.1%程度、1998年の日銀の論文でも+0.8~+0.9%程度と1%近いバイアスがあるとされていたが、この数字は実体経済情勢の変化によって大きく変化するものであろう。具体的には、パソコン市場が成熟し消費全体に占めるウエイトがどんどん上がる状況ではなくなると、その価格下落のバイアスはむしろ小さくなる。品質調整についても、ヘドニック法が採用されているが、同方式が本当に正しく指数を修正しているのか、品質調整がやや過度に行われているのではないかといった意見もみられる。

 従って、CPIをより一層信頼に足る統計にするとの観点から、家計調査の消費品目によるウエイトについて経済実態をより反映したものにするといった改善策はあり得ると思う。その改善度合なり、バイアスなりをどの程度重視していくかによっては、CPIが「望ましい物価上昇率」として適当でないという議論もあろう。

 また、量的緩和政策というある種の緊急避難的な政策を採用しているもとでは、インフレ参照値の採用は適当ではないが、通常の金利機能が十分に働く円滑・弾力的な市場のもとで、市場のインフレ期待がイールド・カーブの形成にきちんと反映されているような状況を想定すれば、「望ましい物価上昇率」を示すことが必要かつ妥当であるとの考え方はあり得ると思う。先程の「望ましい物価上昇率」の提示がかえって期待を不安定化するとの見方は、現在の状態においてなのか、それとも普遍的にそうだというのかは分からないが、現在の統計上の問題をどうみるかによっても、その考え方は変わってくると思う。

 私はもともと実業界にいたこともあり、あまり理屈で議論するよりも現実問題としてある程度割り切って対応していくべきだとの考えが強い。そのため、インフレ参照値についてもCPIを使うことが現実的な対応であると考えており、またそもそも3条件として金融政策にCPIを持ち込んだのが日本銀行であることも考えれば、現状において、日本銀行として「CPIが当てにならないので使えない」という訳にはいかないと思う。私としては、統計の改善を進める一方で、CPIを基準にして「望ましい物価上昇率」を示すことも、政策の透明性向上に向けた考え方の一つではないかと思う。

【問】

 講演要旨では、第3の条件として「日本経済が再びデフレ経済に戻ることがないように経済・物価情勢を慎重に見極めていく必要がある」と述べているが、これは、結局のところ、第2の条件に包含されていることではないか。その場合、10月末に公表される展望レポートにおいて、審議委員が再びデフレ経済に戻るリスクが高いと考えるのであれば、CPIでマイナスの見通しを示し、また先行きデフレに戻ることはないと判断すれば、プラスの見通しを示すということになると思うが、どうか。

【答】

 量的緩和政策解除に当たり充足されるべき条件のうち、再びデフレ経済に戻るリスクを第2条件と第3条件のどちらで判断するかということについては、やや第2条件の文章表現がやや曖昧な部分もあり、見方によっては「先行きの見通しがプラスになればデフレに戻らない」とみることもできる。ただ、私としては、デフレに戻らないリスクというのは、もう少し総合的な判断が必要なものであり、第3条件でみるべきだという意見も有り得ると考えている。実は、私もデフレに戻らないリスクを第2条件で判断するのではないかと解釈していたこともあったが、よく考えてみると、第2条件は先行きがプラスになれば条件が充たされるという表現になっており、最終的にデフレに戻らないリスクについては、こうした条件を満たした上で、あくまで第3条件で判断するものと理解している。

 10月末の展望レポートで2005年度、2006年度のCPIの見通しがプラスになれば、デフレに戻らないリスクが本当になくなったと言えるのだろうか。要は、その蓋然性をどう判断するかということであって、標準シナリオはプラスという予測をしていても、一定の確率でデフレに戻るリスクも有り得るという判断があれば、その程度に応じて慎重な判断をすべきケースも想定されると思う。

【問】

 講演で、「デフレに対するリスクを強めにみていく必要がある」と述べられている。デフレに戻るリスクがどれぐらいであるかと判断する際に、単純にCPIが比較的高ければリスクが小さいという訳ではないと思うが、実際には、どのようなポイントに基づいて判断をされるのか、お伺いしたい。

【答】

 一言でいえば、経済全般の状況ということになる。CPIの糊代の数字だけがデフレに戻らないリスクを表す唯一のものだとはもちろん思っていない。CPIの糊代の幅とデフレ経済に戻る確率とに関する実証研究はいろいろあると聞いているが、私としては、CPIの上昇幅にどのくらいのセーフティー・マージンがあるかということだけではなく、需給ギャップの縮小ペース、フィリップス・カーブの傾斜の具合、輸出環境や消費、設備投資等に関する中長期的な見方、更には経済の構造的な変化なども踏まえて、総合的な判断を行う必要があると思っている。

以上