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総裁記者会見(12月8日)要旨
2005年12月9日
日本銀行
─平成17年12月8日(木)
午後1時45分から約35分
於 名古屋市
【問】
2点質問させて頂く。1点目は、中部経済の現状に関しては、トヨタ自動車の驚異的な成長や2大プロジェクトの成功、堅調な米国経済、更に円安と大変恵まれた環境にあると思うが、改めて総裁から中部経済の景気の現状に関する見解を伺いたい。2点目は、先程の講演にもあったが、中部経済の成長を阻害する要因、リスクとして最も注意すべき点は何かということについて、総裁の考えをお伺いしたい。
【答】
今回の景気回復は、地域間格差を伴いながらの景気回復であると、当初から認識していた。地域間の景況感の格差がどのように変化するかをいつも注意しながら、日本経済全体の回復振りを診断し続けている。東海・中部地方の経済については、景況感格差という点で、いつも日本経済の回復をリードしている地域と認識している。日本銀行では地域の経済状況に関する調査に力を入れ、「さくらレポート」というかたちで最近公表するようにしているが、景気のレベルでみても同様の認識で本日まで来ている。本日、実際当地を訪問させて頂き、経済界、金融界を代表される方々から経済の現状等について非常に詳しい話を伺い、貴重な話を多く頂けたと思っている。その意味で私にとっては極めて有意義な訪問であったと思っている。
この地域は、優れた技術に裏打ちされた製造業を牽引役として回復を続けていると言える。主力の自動車関連を中心に輸出が海外経済の成長を背景に増加しており、生産も全般的に増加傾向に転じている状況である。企業収益面からみても、原材料高というコストアップにもかかわらず増益基調の企業が多く、短観におけるこの地域の業況判断DIは全国平均を上回っている。企業マインド面からみても、非常に好調に推移している地域である。従って、設備投資も着実に増加している。
企業部門の好調が家計部門にどのように及ぶかという点は全国的にも非常に重要なポイントであるが、当地では、雇用面で有効求人倍率が全国を大きく上回っており、家計部門への還元という点でも一番順調な地域である。非常に早い段階から人手不足という言葉が聞かれ始めたのもこの地域であり、現在では非常に幅広い業種で人手不足感がみられている状況である。従って、当地では雇用者所得が改善を続け個人消費は緩やかに回復しつつあり、他の地域に比べても順調という感じである。
こうしたことは金融面にも多少反映しており、当地企業が業況を改善させる中で、不良債権処理に目処をつけた金融機関が融資姿勢を積極化させており、貸出は緩やかに増加していることが認められる。
本日の懇談では、「この好調な当地経済にあっても、企業規模によって業況感には多少格差がある。特に、原材料価格の高騰が企業経営に重くのしかかっており、一部の中小企業にとっては大変厳しい状況になっている」という話を商工会議所会頭をはじめ何人かの方々から頂いた。また、「家計部門では定率減税廃止の影響等が懸念されているが、経済が持続的・安定的に成長していくためには、設備投資だけでなく個人消費も重要な役割を果たす。そのために必要な環境を整えることが大事だ」という話を中経連会長をはじめ何人かの方々から頂いた。金融政策面では、「経済・物価情勢を踏まえた適切な運営をお願いしたい。日本銀行の今後の金融政策の運営を注目している」という話もあった。そのほか、「郵政民営化や政府系金融機関改革を進めるにあたっては、民間とのイコール・フッティングを確保しながら、マーケットに悪い影響が及ばないように慎重にやってもらいたい」というような声があったほか、「これまで商工中金、中小公庫、国民公庫が中小企業に果たしてきた機能があまり損なわれないような配慮も必要ではないか」とのご指摘があった。
そうした話をすべて総合して、当地においても懸念材料はあるが、輸出や設備投資を中心とした需要・生産の増加、さらなる生産性の改善等によって企業活動が好調を保っており、雇用や所得にも波及してきている、ということであったと思う。
当地において本年は、万博の開催、中部国際空港の開港等、記念すべきイベントが成功を収めた年であったと思うが、万博終了後もその反動から大きく落ち込むことなく、全体としてみれば当地の景気回復のモメンタムはしっかりと持続しているという印象を持った次第である。
そういう意味では、お尋ねの当地の景気回復にとっての大きなリスクが、当地に存在しているという印象はあまりなかった。日本経済全体としては、先程の講演で申し上げたとおり、国内よりは海外──原油高、海外経済動向──から来る不測のリスクは当然あり得るわけであり、全国共通のリスクが当地の経済にとってのリスク要因であるとカウントしておいてよいのではないかと思う。
重ねて申し上げるが、日本銀行としては、真摯な企業努力を金融政策面から今後とも精一杯サポートして参りたいと思っている。
【問】
先程の話にもあった量的緩和政策のこの地方への影響に関連して、この地方は手持ち資金の豊富な企業も多く、銀行も金利を引き下げているが、量的緩和政策が来春にも解除された場合のこの地方における影響をどのようにお考えか、総裁のご意見を伺いたい。
【答】
量的緩和政策の枠組み修正の時期はまだ明確ではない。今後の状況を正確に判断して決めなければならないと思っているが、今のところは前回の展望レポートに示したとおり、2006年度にかけてそういう時期が訪れる公算が強いということである。
量的緩和政策の枠組み修正自体は、先程の講演でも申し上げたが、金融システム不安が鎮まって金融機関の流動性に対する予備的需要が大きく後退している中、生鮮食品を除く消費者物価指数が既に前年比ゼロ%になり、今後ゼロ%以上が安定的に定着していく可能性が高まっているということが多くの方の目からみても共通項になってきている。こうした状況では、量的緩和政策の枠組みの中身としてはゼロ金利そのものに次第に収斂しつつあるので、量的緩和政策の枠組み修正がいずれの時点に来ようとも、金融環境——企業、その他経済主体に対する金融環境——という意味では、そこで大きな段差が生ずるわけではなく、連続線上の変化しか生じない。従って、当地企業の活動について、それによって直ちに何らかの強いインパクトが及ぶということはないと思っている。
量的緩和政策の枠組みの修正以降は、金利機能が次第により強く働いていく。そういう意味では政策的に封殺していた本来働くべき金利機能が徐々に回復していくということなので、それは資源の再配分機能を一層有効に促していくメカニズムが必ず働くということである。これは、当地経済が持っている潜在的な経済発展能力と対比してみると、当地経済をよりダイナミックにしていく1つの大きな側面が開いてくると前向きに捉えて良いことではないかと思っている。
【問】
2点お聞きしたい。1点目は、先程の質疑の中で、「金利政策に戻すことと量的緩和政策解除後の金利水準の話は別物と理解してほしい」旨を述べられていたが、これは量的緩和政策解除とゼロ金利政策を切り離すという意味なのか、それとも解除後もゼロ金利政策は維持するということを念頭に置いた発言なのか。
2点目は、先程の懇談会でも、デフレに逆戻りしないかという不安が産業界からも出ていたが、これは政府との話でもそうだと思うが、デフレ脱却の展望についての認識に若干のズレがあるのではないか。解除に関し、消費者物価指数上昇率にある程度の「のりしろ」をみるべきだという議論も今後出てくると思うが、この点はどのようにお考えか。
【答】
最初のお尋ねは、もしかしたら、私の話の受け取られ方が必ずしも正確でなかったのか、もしくは私の話し方が悪かったのかもしれない。私が申し上げたのは、一番大事な金利機能を封殺し続けてきた量的緩和政策が終わるということは、金融政策、あるいは経済全体にとって活き活きとした経済メカニズムの進展のために必要な市場原理による資源再配分機能が再び動き始めるということである。量的緩和政策解除の本質はそこにあるということを申し上げた。
そういう金利メカニズムがどういう金利水準で運営されていくかということは別の話であり、それはその時点以降の経済・物価情勢によって、最も適切な水準に決めていかなければならないので、この点は今のところ全くオープンであり、今後適切に判断していく。ただ、但し書きが1つあって、今から多少予見されているように、持続的な景気回復が続いても物価上昇圧力が抑制され続けていくという経済状況であれば、急いで引き締め方向に金利を調整する必要はなく、余裕をもってやっていけるのでないかという話をした。つまり、金利機能が死んでいる状態から生きるという普通の状態に戻ることであり、それをどんな金利水準で運営していくかとは別の話だということである。
「のりしろ」ということを言われたが、「のりしろ」とは、経済が一旦デフレに陥ると、この2、3年前まで私どもが最も心配したような経済がデフレ・スパイラルに陥るリスクが存在し、それを防ぐためにはゼロ%よりも若干高目の物価上昇率を目指して金融政策を運営していく方が安全ではないか、あるいはそれが必要ではないか、という考え方である。ただ、この「のりしろ」の大きさは、仮に消費者物価指数を基準に考えるにしても、その大きさは前もってきちんと計測できるものではない。人によって計算の仕方が違うであろうし、絶対これが確実という計測方法はないと思っている。なぜならば、「のりしろ」の大きさは、経済に内在する名目賃金の伸縮性、その時点における潜在成長率の水準などによって、かなり幅が出てくるものである。従って、その時々の金融政策を巡る制約の度合いによって影響を受けるため、前もって何%の「のりしろ」を持つべきだということを数値的に明確に言うことは非常に難しいと思っている。ただ、金融政策の運営上、デフレ・スパイラルに陥るリスクを防ぐためにある程度の安全弁を認識しながら金融政策の運営をした方が良いということは言えるわけで、これまでの経験に鑑みても、今後の私どもの金融政策運営については「のりしろ」を意識していく。但し、何%なら安全というように、必ずしも根拠が十分でない数字をもって動くことは、適切ではないかもしれない。
【問】
2点伺いたい。本日、自民党の金融調査会の政策小委員会が初会合を開いたと思うが、政府、とりわけ自民党は量的緩和政策解除への批判を強めていると思う。日銀として本日初会合が開かれた委員会の議論にどのようなスタンスで臨むのか。もう1点は、党の方で望ましい成長率の提示とか、これまでも議論のあった物価上昇率目標を掲げるというかたちでインフレ・ターゲティングのような議論もある。総裁も期待の安定化についてこれまで発言してきたが、そういったことについての検討の可否についてのご意見を伺いたい。
【答】
最初に申し上げなければならないのは、繰り返し申し上げているが、政府と日本銀行との間で基本的な認識に相違はないということである。金融政策としては物価安定の下で持続的成長を実現していくこと以外の狙い目はなく、これ以上の近道もないしバイパスもない。金融政策は堂々と正道を歩んでいく。それをもって政府の望ましい経済政策に貢献していくという組み合わせ以外にないということは、政府でも異論は全くないと思う。自民党で金融の問題について様々な角度から勉強されることは大変望ましいことだと私どもも思っており、どのような勉強を進められるか関心をもって拝聴したい。必要があれば私どもも勉強のご協力をしたいという姿勢である。
望ましい成長率云々という議論は、まだ全く聞いていないのでコメントできない。
【問】
万博について1点だけお聞きしたい。愛知万博は国のプロジェクトであったが、中部地方にはかなり経済的にも刺激を与えたものの、国全体にはさほど影響を与えたわけではないのではないかという見方もあると思う。経済効果からみた万博の評価など、万博についてどのような捉え方をされているか教えて頂きたい。
【答】
私も愛知万博を少し見させて頂いたし、以前に行われた大阪の万博とか海外の万博も少し見たことがあるが、それぞれ万博といっても同じでなくて、その時のテーマの取り上げ方とか、その万博についてどういう方々が特に関心をお持ちになったか、毎回非常に違っていると思う。
今回の万博は、残念ながら1回しか訪問できなかった。しかし、その1回の経験と万博を訪問された海外を含めた多くの方々──海外の方で、万博に来られた帰り道に日本銀行に来られて色々感想を述べて帰られた方も非常に多かった──から得た私の理解では、イベントとして1回限りの花火が上がって終わってしまい、後にはあまり余韻が残らない、というようなものではなかったのではないかという感じを抱いている。これはお世辞ではなく、環境というこれから人類にとって一番大きなテーマを、単にキャッチ・フレーズ的に取り上げたのではなく、真剣なテーマとして取り上げ、その趣旨をよく汲んで各国のパビリオンが出されていたと多くの人が非常に強い印象を受けていた。
そういう意味では、余韻という言葉では足りないくらいに今後に良い影響を長く持ち続ける万博ではなかったかという感じを抱いている。そのため先程の講演の時もご質問にお答えしたように、今回の万博は、環境を真剣なテーマととらえ、参加者がそれを色々な側面から表現したために、おそらく今後イノベーションの口火となるようなきっかけをたくさん与えてくれる万博だったのではないか。さらに、企業が経済社会あるいは国際的に展開を遂げていく時──CSR(Corporate Social Responsibility)や企業の社会的責任というと、非常に狭い概念で捉える人もいるが──、常に企業活動が広く社会にそして世界全体にどういう形でベネフィットをお返ししながら活動するかという意味でのより広い責任意識が、企業に自然にビルトインされ、それが繰り返して続けられていくというように、今後うまくこの火種を受け継いでいけば、その出発点となった万博と評価されるのではないか。東海地方に止まらず、日本全体の企業活動に知らず知らずそういう良い影響が伝播されていけば、それは素晴らしいことだと思っている。
【問】
先程の講演で、物価情勢についてまもなくプラスに変わっていくだろう、来年1~3月にかけては比較的はっきりとしたプラスになっていくだろうと、これまでよりもかなり時期を特定されてプラスに転換する見通しを示された。来年1~3月にかけてということは、この時期に量的緩和政策解除の条件が整ってくる可能性が高まっているという理解でよいか。もう1点、4月以降さまざまな物価下落要因が取りざたされているが、そういうものを含めて考えると若干不透明要因が増えているという認識をお持ちか。
【答】
本日は、記者の皆さんというよりは、主として私の話を初めて聞いてくださる中部地方の経済人の方々にお話しした。従って、私が今までどういう言葉で説明したかという連続線上でとらえておられる記者の皆さんと違って、今の時点で一番分かりやすい言葉で話させて頂いたということをよくご理解して頂きたい。今の時点で東海地方の財界の方々が一番分かりやすい言葉は、既に消費者物価指数が10月に前年比ゼロ%になった以降の話であり、記者の皆さんのようにずっと昔からその話をしているのとは非常に違う。既にゼロ%になっているということであれば、この後プラスになり、プラスになった状況がどうかということが話の中心になる。すなわち、年末にかけて(消費者物価指数の前年比は)大体プラスの数字となるだろうし、年明けには次第に同じプラスの数字であっても根っこのところがよりしっかりしてくるだろうし、場合によってはプラス幅も少し増えるかもしれないという意味を述べているのであって、(財界の方々も)多分そのように額面どおり受け取って頂いたのではないかと思う。
しかし、私どもは、そうした数字のみで本当に消費者物価指数の前年比が安定的にプラスになったか、ゼロ%以上になったかどうかについて判断しないということも同時に申し上げた。需給のバランスがさらに如何に改善しているか、ユニット・レーバー・コストの動きがこれからどのようになっていくかという、深い背景ないし根の底まで掘り下げて分析して答えを出すと申し上げたわけであり、来年1~3月中に量的緩和政策の解除の時期が来ると言う趣旨でお話を申し上げたつもりはない。本日何人かの方と昼食会をもったが、そのように受け取られた方は一人もいなかった。記者の皆さんのように、毎回記者会見で前回の言葉とほんの一部違うではないか、変化があるのではないか、というような受け止め方をされていない。本日は、記者の皆さんの言葉でお話をしなかった。
それから、その先々にいわゆる特殊要因の中には物価を下げる方向に寄与するものもあるのではないかという点については、あるいはそうかもしれない。しかし、私どもは物価を上げる方向に寄与する特殊要因も把握しており、それらを勘案すると、物価の基調判断をみていく限り、消費者物価指数の今後の軌道が大きく上下に振れるリスクはあまり大きくないと思っている。
【問】
昨日昼頃、小泉首相や谷垣大臣等政府と日銀の首脳が意見交換をし、その後総裁はその模様について少しお話されたが、改めてどのようなお話があったのか伺いたい。また、小泉首相が足許の物価情勢──デフレが続いているのかどうか──や日銀の金融政策についてどのような考えをお持ちであると総裁ご自身が理解されたかを伺いたい。
【答】
日本銀行のメンバーと総理、官房長官、財務大臣、経済財政担当大臣で、時々官邸で昼食をしながら気楽に話をしましょうという会をもっているが、その場においては金融政策に凝り固まって議論しようということではない。ご承知のとおり、官邸に入るに際して、会議等によって訪れる者に渡されるバッジが異なるが、昨日は全く気楽なプライベートな訪問であったので、単なる「ビジター」というカードだった。そういう気楽な会議において、何も金融政策に凝り固まって、それについてのみ色々な議論をしたわけではない。世界の様々な現象や国内で起こっている金融以外の色々な現象についてお話をした。
さはさりながら、せっかくの機会なので、金融政策について私から一通りの話を申し上げ、総理もそれを聞きたいという雰囲気であった。展望レポートは私どもの経済認識および金融政策運営の方向性を包括的に示したものであり、仮に10月末に展望レポートを出した以降に情勢の変化があれば、レポートに示した通りの理解ではいけないものの、10月末に展望レポートを出してから本日までその標準シナリオどおり経済・物価が動いているという認識に私どもは立っている。そこで、展望レポートに示されている通りのことをきちんと私からご説明申し上げることは、総理の認識をより確かにして頂くためにも有益かと思い、その中身に沿って私なりの言葉で申し上げ、総理に関心を持って聞いて頂けたと思っている。一部の報道にもあったように、総理は日本の物価情勢に関し、引き続き他の国に比べて物価上昇率が低く、まだわずかにマイナスの水準で推移しているがその違いは何か、というところまで関心をお持ちであるぐらい、理解を非常に深めておられると私は認識した。
以上