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中原審議委員記者会見(3月23日)要旨

2006年3月24日
日本銀行

日時:2006年3月23日(木)
富山市における金融経済懇談会終了後
午後3時から約40分間

【問】

本日の金融経済懇談会において、各界代表の方々からどのような意見が寄せられたのかお伺いしたい。また、それらに対する中原審議委員のお考えもお聞かせ頂きたい。

【答】

先程、金融経済懇談会を終えたが、ご出席の方々からは、活発なご意見・ご要望、当地事情のご説明等を頂き大変参考になった。今後の政策運営に活かしていきたいと思っている。

まず、当地の金融経済情勢等について申し上げると、釈迦に説法ではあるが、富山県経済が様々な強みを持っていることを改めて感じた。第1に、県内総生産に占める製造業の比率が全国に比べて高いことがある。現在の景気回復を製造業が牽引していることを踏まえると、こうした産業構造は当地経済の強みであるといえる。特に、製造業の中でも、電気機械や一般機械といった、現在、相対的に好調な分野の企業のウェイトが高いことや、世界的にみても他に例のない特殊な技術を持つ企業を有することは強みである。

このほか、家計の可処分所得額が全国1位の水準にあることも、消費の観点からみた強みといえる。もちろん、個々にみると、大手ショッピングセンターの進出などもあって卸・小売業界の中には厳しい状況に曝されている企業もあるが、全体としてみれば、消費環境そのものは全国と比べて決して悪くはない。「緩やかな消費の回復」という基調判断の範疇には当然入っており、消費は引き続き回復局面にあるとの印象を持っている。さらに、豊富な観光資源や、教育熱心で勤勉な風土を有しているという点も、大きな強みの一つではないかと思う。

景気回復は既に50か月になろうとしている。この間、全国的にみると、様々な二極化現象が進行していると言われるが、一方で、そうした中にあっても、少しずつ景気の底上げや裾野の拡がりも進んでいる。当地経済も、こうした強みを活かしていけば、今後も順調な回復を持続することが可能ではないかというのが私の印象であり、また、ご出席頂いた方々のご意見でもあった。ただ、当地においても二極化が進行しているのは厳然とした事実であり、この点について、金融政策のみならず社会政策にわたるものについてもご意見やご要望を伺った。例えば、「業況の良い中小企業は増えてきているが、より零細な企業では、仕事量は多くても儲けに繋がらないといった先が多く、今後金利が上昇した場合には、そうした零細な企業により大きな影響が生じる可能性があるのではないか」とのご意見があった。

また、県・市における行政の状況も勉強させて頂いた。県においては、「活力、未来、安心」というキーワードのもとで、「元気とやま創造計画」という壮大な構想を進められていると伺った。また、市でも、市街地の居住人口を増やすために様々な政策を打っておられるなど、官民挙げて地域活性化と地域経済の持続的な拡大・成長に努力されているとの印象を持った。また、少し先になるが、2014年度末までに新幹線が金沢まで延伸されるほか、来年度には東海北陸自動車道が全線開通するなど、インフラ整備も着々と進んでいると聞いている。

日銀金沢支店が発表している短観をみても、直近では、北陸3県の業況判断DIの中で、富山県は非常に高い水準にある。これは、先程来申し上げている富山県経済の様々な強みを映じたものと認識している。いずれにしても、富山県経済を巡る環境は暗いものではなく、むしろ、経済の活性化と持続的な成長に向けた可能性が益々高まっているとの印象を受けた。

【問】

量的緩和政策の解除が県内企業に与える影響についてお伺いしたい。

【答】

県内企業の中には、借入比率が高い企業もあれば、殆ど借入のない先もある。いずれにしても、量的緩和政策の解除が、当地において何か特有の影響を与えることはないと思っている。従って、県内企業に対する影響というよりは、日本経済全体にどういう影響を与えるかという点で申し上げる。

量的緩和政策の解除については、これを金融引締め政策への転換と捉える向きもある。確かに、量的緩和政策からゼロ金利政策に移行することで、金融政策のモメンタム、アクションの方向性は、よりタイトな方向に変化するのは事実であるが、現在の実体経済の状況から判断すると、金融はなお極めて緩和的な状態が続いているとみて差し支えないと思う。量的緩和政策の効果を改めて申し上げれば、まず潤沢な「量」の効果により金融システム不安の拡大を抑えることを通じて実体経済を下支えした点が挙げられる。また、「時間軸」の効果による金利の低位安定についての安心感や──この点については「量」の効果もあると信じているが──ゼロ金利による「リバランス効果」があったからこそ、実体経済がここまで回復したわけである。「リバランス効果」については、これまであまり明確ではなかったが、ここに来て明らかに現れ始めたといえるのではないかと思っている。すなわち、個々の経済主体が、前向きな投資・消費を行う中で、よりリスク度の高い資産に資金を振り向けたり、事業ポートフォリオの見直しや強化を進め始めたりしていることや、銀行の貸出が少しずつ増え始めていることは、こうした効果の現れといえよう。

こうした中で、量的緩和政策からゼロ金利政策への移行は、「白」から「黒」への変化といった断絶したものではなく、「連続した」政策上の変化である。今後も金融緩和的な状態が続くわけであり、すぐさま景気や市場に大きな影響を与えるものではないと考えている。もちろん、これまでに比べよりタイトな金融環境の方向にアクションがとられたという意味で、人々の期待に働きかける面があると思われるほか、イールド・カーブの形状にも多少の変化が生じているなど、全く影響がないとはいえないが、今回の政策変更は、日本経済の構造や企業の財務体質が、それだけの変化にも耐えられる状況になったとの判断が背景にあったということである。

【問】

当地には、地域銀行や信用金庫の数が多いが、メガバンクと同様、不良債権処理の峠は越えたといわれている。こうした中、当地の金融機関に期待することや求められていることは何か。

【答】

個別行庫による濃淡の差はあるが、メガバンク、地域銀行も含め、全体としてみれば、不良債権問題からは卒業できたと思うし、金融システムも安定したと認識している。

当地には、地域銀行3行、信用金庫8金庫が存在するなど、全国からみて相対的に金融機関の数は多いように思うが、総じてみると、不良債権問題から卒業し、地域経済の活性化とさらなる経営の健全化に向けて全力で取り組んでいるとの印象を持っている。

当地の金融機関に限ったことではないが、これからの金融機関の課題としては、新しいビジネス・モデルの構築と、その裏腹となる総合的なリスク管理体制の構築が挙げられる。当地最大手の北陸銀行は、新しい持株会社の下で、業績のさらなる改善に注力しているほか、その他の地銀も、他行との提携に積極的に取り組むなど、新しいビジネス・モデルの構築に向けて動いている。信金についても、地域の実情や顧客のニーズに合った新しい業務展開を真剣に考えていると聞いている。

各金融機関とも、バーゼルIIという新たな国際基準に向けて金融庁の方針に基づき着実に準備を進めているようだが、最近では、住宅ローンや企業向けローンにおいても多様なリスクを内包する様々な商品が生まれており、こうしたもとで金融機関が如何に金利リスク、信用リスクを管理していくかが課題となってきている。この点、日本銀行も、金融高度化センターを中心に、リスク管理のノウハウの提供や議論を通じて、お手伝いすることが出来るのではないかと考えている。

【問】

挨拶要旨には、「1月単月の(コア消費者物価指数の)上昇率をもってプラス基調が完全に定着したと判断するには、もう少し時間をかけて分析することが必要ではなかったかと思う」とある。これをみる限りでは、中原審議委員は、この段階での量的緩和政策の解除は時期尚早であったとのご意見と理解できるが、どうか。

【答】

4月14日に公表予定の議事要旨を読んで頂ければと思う。質問への回答は、現時点で申し上げることは出来ない。

ただ、量的緩和政策解除に当たっての3つの条件に関する私の考え方を改めて申し上げれば、第1条件や第2条件を重視し、第3条件はそれほど大きな問題ではないと考えていた方もおられるかもしれないが、私としては、最終的には第3の条件、すなわち総合判断が一番大事であったと思っている。第1条件、第2条件は、数字だけの問題であり、どの位の幅があれば「安定的」とみるかという点については意見が分かれるとは思うが、ある程度客観的に判断されるわけである。従って、私としては、第1条件、第2条件の判断に加えて、第3条件においてきちんと総合判断をしていくべきである、と以前より申し上げてきた次第である。

【問】

中原審議委員は、挨拶要旨で、「当面、潜在成長率を上回るテンポで景気回復が続く」との見解を示している。専門家の間でも見解が異なる難しい問題であるが、中原審議委員としては、潜在成長率はどの程度の水準とみておられるのか。

【答】

潜在成長率は幅のある概念であり、中立金利が前提の置き方次第で変わるのと同様、潜在成長率についても、時々の経済情勢や景気循環の局面、さらには経済構造などによって水準自体も変わるものだろうと思っている。日本銀行の公式見解としては、以前の1%強との判断がそのまま生きているわけだが、私自身は、設備投資が進んでいるし、経営革新や財務体力の強化、サプライチェーン・マネージメント等による効率化も進んでいることから、幾分高くなっている可能性があると思っている。いずれにしても、潜在成長率がどの程度であるかという点については、4月末に公表する展望レポートに向け、これから議論することになるだろうと思っている。

【問】

任期は残り3か月間であるが、審議委員としてどのように貢献していかれるつもりなのか、その意気込みをお聞かせ頂きたい。

【答】

私の任期も残すところ3か月となった。私は、5年前に量的緩和政策がスタートした3か月後に着任し、量的緩和政策を解除した3か月後に退任するかたちとなるわけであり、前後3か月を除いて、どっぷりと量的緩和政策に付き合ってきたこととなる。今後、退任する6月まで、実体経済がどのように展開するのかは分からないし、それに基づいて政策がどう変化するかも分からないが、一つの時代が終わった、という印象は持っている。これからの3か月間においては、「道しるべ」として示した内容や「物価の安定」についての考え方を、市場にしっかりと信認して頂くことが大事な仕事になると思っている。

また、挨拶の中で、幾つかのリスク要因を申し上げたが、これらのリスク要因そのものが顕現化する蓋然性は、以前心配していたよりは少しずつ低くなってきているとの印象を持っている。ただ、金融政策については、最近、リスク・マネージメント的な考え方のもとでの運営の必要性が認識されている。すなわち、こうしたリスクの蓋然性やリスクが顕現化した時の影響の大きさを総合的に判断した上で、そのリスクを早目に政策判断の中に織り込んでいき、それを基に市場との対話を進めていくという、プリエンプティブかつリスク・マネージメント的な考えのもとでの政策判断が必要であると思う。現在は、「道しるべ」を定着させるとともに、2006年度、2007年度の経済状態を展望した上で、リスク・マネージメント的な考え方で、リスクの蓋然性を十分に判断しながら、慎重に政策運営を進めていく時期だろうと考えている。残り3か月しかないが、今後とも貢献できるよう頑張りたいと思っている。

【問】

挨拶要旨には「金融政策としては、いわゆるビハインド・ザ・カーブとなることを意味する」とあるが、別の審議委員の中には、量的緩和政策解除後はフォワード・ルッキングな金融政策を行うと言っている方もいる。また、「物価の上昇圧力が抑制された状態が続いていくと判断されるのであれば、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境が引き続き維持される」とあるが、なぜ今後の金融政策がビハインド・ザ・カーブになるのかが分からない。ビハインド・ザ・カーブの意味するところをご説明願いたい。また、今後の金融政策がビハインド・ザ・カーブになるということが、政策委員会の中でコンセンサスになっているかどうかも教えて頂きたい。

【答】

ビハインド・ザ・カーブの定義の問題かもしれないが、フォワード・ルッキングであるということと、ビハインド・ザ・カーブであるということは必ずしも両立しないわけではなく、次元の異なる問題だと思う。フォワード・ルッキングな政策──インフレ・ターゲットなどはフォワード・ルッキングな政策だと言われているが──とは、将来の一定期間後の一定の指標そのものをある程度参考にしながら、現在の政策を調整していくとの考え方であり、国際的にも一つの大きな流れになっており、私もフォワード・ルッキングな政策が必要であると思っている。

ビハインド・ザ・カーブをどう解釈するかということだが、もともと量的緩和政策に3つの条件を付けたのは、ビハインド・ザ・カーブによる金融緩和期待がより強まることを期待したものである。少なくとも量的緩和政策時には、早すぎるリスクは避けて、どちらかといえば遅すぎるリスクを取るという意味において、ビハインド・ザ・カーブとなっていたと思う。今後の政策運営についても、ある時点での実体経済の潜在成長率や期待インフレ率の大きさが仮に分かるとすれば、その時点での適正金利は計算上直ちに得られるとの考え方もあるが、物価の上昇圧力が抑制的な状況であれば、実体経済の成長スピードがある程度早くても、その間の金融政策のアクションは、これまでも展望レポートで既に述べているように、「余裕を持って」対応できると考えられる。このことは、ある種のビハインド・ザ・カーブのリスクを取っていくことが出来るという意味であると理解している。このため、本日も、ビハインド・ザ・カーブになることをある程度想定しながら、今後の政策運営を続けることができるということを申し上げたわけである。

今後の金融政策がビハインド・ザ・カーブになっていくことが、政策委員会のコンセンサスになっているかという質問については、この点についてストレートに全員で議論したことはなく、コメントする立場にはないし、コメントできない。

【問】

中原審議委員は、「物価の安定」について、「中心値を示したことは画期的である」とされている。一方、市場では、「物価上昇率が1%になるまでゼロ金利は動かせないのではないか」などいろいろな解釈があり、中心値にどのような意味があるのか図りかねている部分がある。よく分からないものに対して、なぜ「画期的」と評価しているかご説明頂きたい。

【答】

過去の日本銀行の政策運営と比較して、「画期的」な第一歩であると申し上げている。この数字が理解しにくいとの市場の声があるのかもしれないが、はっきりしておきたいのは、0~2%あるいは中心値1%というのは、中長期的に「物価の安定」として各政策委員が理解している数字である。従って、足許の実績値で1%にならないと次のアクションを起こさないといった、実績値としての消費者物価指数についてコミットしたものでは全くないということである。量的緩和政策のもとでは、第1条件において足許の物価にコミットしていたが、これはいわば、バックワード・ルッキングな政策であったと言える。今回の新しい枠組みは、フォワード・ルッキングな立場から、消費者物価指数を金融政策運営の「道しるべ」あるいは目安としていくための第一歩であって、実績値が1%ないし2%にならないと次のアクションを起こさないということでは全くなく、あくまで一つの目安として明示したわけである。従って、何度も申し上げるが、実際の足許の物価が1%や2%にならないと次のアクションを起こさないということでは全くない。

一般論として物価上昇率について考えると、消費者物価指数の持つ上方バイアスは大分小さくなったほか、労働コストの下方硬直性もなくなったのだから、「物価ののりしろ」は必要ないとの議論もあるが、私としては、まだこの「のりしろ」が日本には必要だと思っており、その意味で言えば、望ましい物価上昇率の下限は1%程度と考えている。ただ、量的緩和政策という異例の政策から出て行く段階において、先行きの消費者物価指数が1%まで上昇することを展望できるまでにはまだ時間がかかるかもしれないと思っており、そういう中では、もう少し早い段階で量的緩和から出ていくことになるのではないかとも考えていた。従って、望ましい物価上昇率の1~2%の中心値と言えば1.5%ではないかと言われるかもしれないが、私としては1%程度がひとつの目安であると考えており、そういうものとして1%という数字が持つ意味はそれなりにあると考えている。

「画期的」との評価にこだわっておられるようであるが、こうした消費者物価指数の数値を明示することに対して非常に慎重であった日本銀行が、ここまで歩みを進めたことについて、私は「画期的」であると申し上げたわけである。

【問】

挨拶要旨において、「中立金利の問題について、議論する条件は未だ整っていない」とあるが、条件の内容、あるいは条件が整うというのはどのような状況だとお考えなのか。

【答】

挨拶要旨で述べているように、中立金利というのは様々な前提の置き方などによって相当幅があるものであり、今、仮に中立金利の議論をするとすれば、それら前提の置き方をどうするのかといったことも含めて、幾つかの条件の一つ一つを確定していく必要がある。今後、日本経済が持続的な成長過程に完全に戻ったと判断され、中立金利に戻っていく場合においても、その時の経済環境や物価の反応の仕方によっては様々なパスの選択はあるだろうと思っている。また、その段階で、構造的な様々な課題についても、こうした問題を短期間で解決できるわけではないとはいえ、少なくとも解決の為の道筋がどの程度明確になっているかということも考えなくてはならないと思う。このように、中立金利というものを議論し、それを市場と共有していくまでには、幾つか踏むべきステップが存在していると考えており、これが「条件は整っていない」ということを申し上げた趣旨である。

では、その条件は何かという質問に対してであるが、ここでは個別の条件の内容を1つ1つ答えることが出来るほど厳格な意味で申し上げているわけではなく、こうしたステップを踏まえて中立金利の議論を市場と共有していくことは必要だという意味で申し上げている。現段階では、市場と認識を共有する、あるいは市場に対して説明するだけの蓄積もコンセンサスも無いと個人的には思っている。

なお、米国の場合でも、中立金利という言葉をイージーに使うことは中央銀行として避けるべきだという流れにあると思う。これは、その時々の環境や経済構造によって、数字が大きく異なってくるためであると思っている。過去には、FRBのボードメンバーが中立金利という言葉をストレートに使ったケースがみられたが、最近ではあまり中立金利という言葉を明示的に使って説明するという手法は採られていないと思うし、仮にその水準にコメントしたとしても、「非常に幅がある」と言ったり、1~2%くらいのレンジを持たせて言う方が多い。

潜在成長率や期待インフレ率がこれくらいだから、中立金利はこうなる、といった単純な議論は非常にミスリーディングであろうというのが私の意見である。

【問】

先程、中原委員は、「足許の消費者物価指数の前年比上昇率が1%にならないと次のアクションを起こさないというものでは全くない」と述べられたが、これは言い方を変えれば、足許1%になる前に日銀は次のポリシー・アクションをとる可能性があるということか。

【答】

そもそも、「0~2%」、「中心値は概ね1%程度」というのは、政策委員それぞれが考えている「物価の安定」の水準を範囲あるいは中心値で示しただけであって、その数字になったらどのような政策アクションをとるかという事について、政策委員会でコンセンサスがあるわけではないし、そこまで議論は進められていない。従って、1%になったらどのようなアクションをとるかといった質問自体は今の段階では意味がないと思われる。

今回、数値を示した趣旨は、市場の期待を安定化させるために、これを一つの「道しるべ」、一つの目安として機能させようという点にある。しかしながら、これは、政策の自由度と期待を安定させる効果とのバランスをどこに置くかという微妙な判断の上で出てきたものである。このため、1%になったらどうする、2%であればどうする、といった政策アクションと直接結びつけたものとはなっていないことは強調しておきたい。この議論は堂々巡りであって、「そんな意味のない数値を出してどうするのか」という質問は当然あると思うが、政策の自由度を確保しつつ、数値を示すことにより、ある種の規範性を持たせ市場の期待の安定化に繋げるという、相矛盾する目的──ある意味では無いものねだりということになるが──を如何にバランスさせるかという趣旨に立脚していることは理解して頂きたい。

【問】

一部の審議委員の方は、景気が下振れした場合に備えた「政策金利ののりしろ」の必要性を主張されている。この点も含めて、中原審議委員は、今後のゼロ金利解除のペースをどの様に見極めていかれるのか、改めてお伺いしたい。

【答】

まず、「政策金利ののりしろ」についてだが、現実的な発想としては分からないこともないが、私としては、やはり基本的には発想が少し本末転倒ではないかと思う。この「のりしろ」を作るために政策金利を上げていくという発想はあり得ない話だと思っている。従って、政策担当者の現場感覚としてそういう発想が出てくるのは分からなくはないが、今の段階で「のりしろ」論を持ち出すのは必ずしも適当とは思わない。

ゼロ金利解除に至るパスについてであるが、基本的には、当座預金残高の縮小に数か月をかけ、その後の金利のパスについては、当然ながら、その時々の実体経済に基づく判断になる。現在の日本経済の構造や世界的な経済環境といった中で考えれば、実体経済は着実な回復を続ける一方、物価の反応はゆっくりとしたものになると考えている。すなわち、物価の上昇基調は続くとしても、政策面からの対応をすぐさま必要とするような早いピッチでの上昇の可能性は極めて低いと思っている。これだけ長い間続けてきた量的緩和政策およびその延長としてのゼロ金利政策から、通常考えられる金利水準に至るまでの変化というのは、極めてゆっくりとしたものであるべきであり、かつ、そのような対応は、今の状況としては可能であると考えている。

メディアやエコノミストの方は、「ゼロ金利解除後の中立金利の水準をどのように考えればよいのか」、「米国が段階的に金利を引き上げたように日銀も政策運営するのか」といった質問を胸中に持っていると思うが、私としては、物価はなかなか反応し難い状況がまだ続くと考えられる中で、決して慌てることなく、ゆっくりと進めたい、というのが現在の判断であり、「いつから」、「どのくらいの時間をかけて」といった質問については、今のところ答えるだけの材料を持ち合わせているわけではない。

以上