ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 1998年 > 千葉県金融経済懇談会における後藤審議委員挨拶(6月9日)要旨「新日銀法と金融政策の当面する課題」:日本銀行 Bank of Japan

新日銀法と金融政策の当面する課題

平成10年6月9日・千葉県金融経済懇談会における後藤審議委員挨拶要旨

1998年 6月11日
日本銀行

1.はじめに

 平成7年10月に農林漁業金融公庫総裁から、日本銀行政策委員となってはや2年半余りが経ちました。この間、本年4月には新たな日銀法が施行され、その附則の規定により、残りの任期1年半の間、審議委員として引き続き政策委員会に参加しています。新旧双方の日銀法の下での政策委員会に出席するという経験に恵まれた訳です。新日銀法の下で日銀がどのように変わったか、という点は、後ほど簡単にご紹介したいと思いますが、新旧双方の政策委員会に参加して、新たな政策委員会では、議決事項も拡充され、従来にも増して活発で多様な議論がなされ、名実ともに日本銀行の最高意思決定機関となったことを実感しています。メンバーは私のような留任組2名に加え、新たに多様なバックグラウンドを持つ4名の審議委員を迎えました。また執行部からも総裁に加え、新たに副総裁2名も加わり、総勢9名の委員が、さまざまな角度から日本銀行の政策や業務運営について審議しております。総裁や副総裁のみならず、こうした審議に携わっている審議委員も、できるだけ外に対して日銀の考え方や行動についてお話するとともに、世の中の生の声を承り、政策に活かしていけるようにとの観点から、各地の金融経済界の方々と懇談の機会を持つことになりました。

2.新日銀法のポイント

 さて、ここで新日銀法のポイントについて、簡単にご紹介しておきたいと思います。新日銀法制定の一連の作業の中で一貫して貫かれていた理念は、金融政策決定における日銀の「独立性強化」と、これに伴う政策決定過程の「透明性向上」であるといえます。独立性強化とは、文字どおり日本銀行政策委員会がいかなる者からも独立して金融政策を決定する、ということであります。旧日銀法は昭和17年に制定され、平成に入ってからも食管法と共にカタカナで書かれた限られた法律でしたが、その後食管法は改正され、日銀法だけが残された唯一のカタカナ法となっていました。このたびの改正により、大蔵大臣による広範な業務命令権や役員解任権は姿を消しました。旧法下では、政治家や政府高官の金利に関する発言をもって、金融市場が政策変更を織り込むといった事態も多々ありました。現行法では原則として月2回、予め定められた日に開かれる、金融政策決定会合において、参加メンバーの投票によってのみ、政策が決定されることが明確化されました。

 透明性という理念は、独立性を高める一方で、日銀が「唯我独尊」とならないよう、また市場の信認を得られるように、金融政策決定のプロセスにおいてどのような議論がなされ、どのような判断からそうした政策が決定されたのかについて、世の中に明らかにしよう、との考え方から生まれたものです。公的政策を実行していく上での説明責任(アカウンタビリティ)を負っている、と言ってもよいと思います。金融政策決定会合は長時間に亘ることもままありますが、そこで決定された結果は、会議終了後、当日中に程なく公表されます(政策変更がある場合には、その際、総裁が記者会見を行ないます)。また、その会議で前提となった金融経済に関する現状認識は、「金融経済月報」という形で、月1回公表され、政策変更がない場合でも、その日には総裁の記者会見が行なわれます。また、会議での議論の概要をまとめた議事要旨を約1ヶ月少々のタイミングをおいて、公表することにしました。議事要旨をじっくりお読みいただくと、「現状維持」(政策変更なし)との結論に至るまでにも、さまざまな角度から多様な議論をしておりますことがお分かりいただけるかと思います。この間、総裁をはじめ執行部の役員などが国会の場に頻繁に呼ばれ、所見を求められることが極めて多くなりました。私どもとしては、その時々に可能な情報を冷静に分析して、中長期的観点から正しい政策判断を行い、それを世の中にも理解していただくことを積み重ねることによって初めて、真の意味での独立性・自立性を強固なものとしていくことができると思っています。われわれのパワーの源泉は、何といっても国民からの支持、信頼にほかならないからです。

3.最近の金融経済情勢

 さて、わが国経済の現状についてでありますが、先の月報の「基本的見解」にも述べられておりますように、「景気は停滞を続けており、引き続き経済活動全般に対する下押し圧力が強い状況にある」というのが日本銀行政策委員会の判断であります。とくに、最近では、最終需要の弱さの影響が、生産面だけでなく、企業収益や雇用・所得面にも及んできております。また、物価は軟調に推移しています。問題は、こうした生産・所得・支出を巡る循環的な弱まりが、先行き日本経済をデフレ・スパイラル(物価全般が下落し、これが企業収益の圧迫などを通じて実体経済にマイナスのインパクトを及ぼす状況)に追い込んでいくことになるかどうか、という点です。先の月報の後に公表された経済指標も実体経済の厳しさを示すものがほとんどです。また、在庫水準の高さからみて、夏場にかけて、比較的大がかりな生産調整が続けられることは避けられないように思います。また、企業収益の悪化を踏まえると、設備投資も今しばらくの間は調整局面が続くと見込まれます。

 しかし、幸いその一方で、政府からはこの4月に緊急の総合経済対策が打ち出され、現在補正予算案と関係法案が国会で審議されております。今回の対策は、総事業規模でみて16兆円、「真水」でみても12兆円を超える大規模なものであり、その需要創出効果はかなり大きなものになるものと予想されます。また、現在の景気停滞の特徴は、金融システム不安、不良債権問題と実体経済の不振とが因となり果となって、絡み合っているところにあると思われますが、この点で、財政支出を伴うものに加えて、今次対策の中に含まれている土地・債権の流動化促進策などは、企業や金融機関の不良資産処理の促進に寄与するものであり、企業や家計のコンフィデンスの改善につながることが期待されます。

 ここで私が何よりも重要だと思うことは、政府がこれだけ思い切った経済対策を打ち出されたからには、その効果が呼び水となって、わが国経済をしっかりと自立的回復の軌道にのせることが何よりも大事である、ということです。そのためには、第1に財政による需要創出効果が働いているうちに、不良債権という重石の処理を急ぐことが必要です。目下、政府・与党が強い意気込みで取り組んでおられる「金融再生トータルプラン」の検討結果と金融システム安定化のための30兆円のスキームを活用しながら、不良債権の適正な引当・償却をさらに進めるのみならず、自己査定結果の情報開示を進め、金融機関のバランスシートから不良資産そのものを切り離して処理することを通じて、金融システムをより強固なものに再編していかなければなりません。わが国の金融機関はこの3月期に思い切った引当・償却を実施し、会計上の不良資産処理はかなり進みました。しかし、バランスシートに引き続きこうした不良資産が残存していること自体が、キャッシュフローの効率性を弱め、海外などからみたわが国金融機関の信用力を低める原因ともなっています。こうしたことが、バンカーとして新たなリスクテイクに対して及び腰にしている点も否めないと思います。実体経済がどんなに上向いてきても、それをサポートする金融が疲弊していては、十分な資金供給がなされず、本格的な回復は望み薄です。金利の誘導、金融調節などと同時に、金融システムの強化と機能向上について、信用機構室や考査局の仕事にもかかわる問題として、しかるべき役割を果たすことも、日本銀行の重要な責務であろうと考えています。日本版ビッグバンが実施されつつあることを考えると、ことは急を要すると思います。

 第2に、情報サービス局が行っている生活意識調査の結果などからも窺われるところでありますが、足元の家計、企業のマインドの弱さそのものが景気回復の足かせとなっている点を踏まえますと、将来に向けての構造改革をしっかり行っていく、その際に税制や社会保障などの将来像をできるだけ早く国民に示していく、といったことも必要ではないか、と思われます。国と地方の累積財政赤字が500兆円を超え、次世代に対し負の遺産を残すと言われており、この面では確かに厳しい状況ではありますが、一方で立派な資産も残っている訳です。現在および将来に対する不安が消費を冷え込ませているだけに、個人金融資産1,200兆円、わが国全体の対外的なネット資産も124兆円にも上るなかで、ストックとしての資産を活用した、消費と貯蓄のバランスの取れた生活を中心とした生き方を描き、消費者に先行きの見通しを示していくことはできないでしょうか。

4.貸し渋り問題

 ここでいわゆる貸し渋り問題について触れたいと思います。この問題については、昨年来様々な議論がなされ、各種対策も打たれております。もっとも、この3月、4月と民間銀行貸出の前年比マイナス幅が拡大傾向にあり、低迷基調が続いております。この間、社債、CPといった資本市場や政府系金融機関、地域協同金融機関の貸出などの代替的な資金調達ルートは引続き拡大しており、銀行貸出の減少分のかなりの部分を補っていますが、銀行貸出を含めた、民間企業の資金調達全体をみると、増加テンポはかなり鈍化してきているように窺われます。

 そもそも典型的な貸し渋りとは、旺盛な資金需要があるにもかかわらず、資金が十分に供給されないことから、金利がじわじわと上がっていく、こういった状態を指すものと思われます。これに対して、最近の実体経済の停滞や市場金利の低下からみると、このところの企業資金調達の伸び悩みには資金需要そのものの低迷が影響していると考えられます。一方で、資金供給面からは「貸出の慎重化」あるいは「貸出資産の圧縮」という現象がみられます。現在起こっていることは、従来の取引慣行では特段支障なく銀行から資金を借り受けていた企業が、最近に至って借りられなくなってきた、一方で信用力のある企業は社債やCPといった直接金融により資金調達できているが、信用力の乏しい企業においては厳しい資金調達環境が続いている、といった状況ではないか、と思われます。

 こうした問題の背景には2つの流れがあると思います。1つは、銀行が個々の貸出先に対してこれまで以上に信用リスクを重視して、経営効率を高めていこうとの流れがあります。従来土地神話に支えられ、極端に言えば土地担保さえあればあまり厳格な審査なしに貸出がなされており、ここへきて慎重な審査が行われるようになってきたとすれば、今の流れは貸出慣行正常化の流れともいえます。2つ目には、この4月から導入された早期是正措置に現れているように、自己資本に応じた資産の圧縮ないし抑制という流れです。自己資本比率に関するバーゼル合意は10年も前に導入されたものですが、バブル崩壊後、制約として強く意識されるようになりました。もっとも、この自己資本面からの制約は、公的資本の投入や会計処理上の土地再評価などによって、一頃に比べて緩和されてきております。

 金融機関の信用リスク重視の流れは、その他のリスク管理と共に、日本の金融システムを強化していく上で、必要不可欠のものであります。その意味でこうした流れをとどめることはできないし、すべきでもないと思います。しかし、マクロ経済の観点からみると、問題は複雑であります。すなわち、金融が全体として実体経済を後押ししていく力が弱まっているともいえます。いわば、個々の金融機関にとって正しいことが、マクロ的には必ずしも望ましくない、といった状況になっています。私どもとしては、市場への潤沢な資金供給を行いながら、代替的なルートや手段を含めて、健全な企業には資金がきちんと流れていくように、できるだけ配慮していきたいと考えています。少し長い目でみると、基本的には現在過渡期にある金融システムが、全体として実体経済を十分にサポートすることができるような機能を強めていくために、(1)金融機関の自由な経営努力や創意工夫を活かす制度設計、(2)直接金融と間接金融の望ましい役割分担のあり方、(3)信用リスクを踏まえた新たな金融慣行を貸し手・借り手双方が作り上げていくこと、等に関し、関係者がそれぞれ努力していく必要があると思います。加えて、金融業に携わっておられる方々に対しては、担保一辺倒ではなく、将来性のある起業家を見出し、育てていく力を回復してほしいと願っています。

5.当面の金融政策運営

 さて、以上のような金融経済情勢を踏まえて、私どもの政策運営について最後にお話したいと思います。直近の金融政策決定会合は5月19日に開かれましたが、その結論は全会一致で「当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した」ということであります。「現状維持」の内容は「次回の金融政策決定会合までの金融調節方針を、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す」ということであります。その際の議論の概要はまだ公にされておりませんが、毎回の政策決定会合において、我々としては予断を持つことなく、常に新たな視点から政策の点検を行い、真摯な議論の末政策を決定している、と申し上げることができます。そうした雰囲気の一端は4月9日分の金融政策決定会合議事要旨にも表われていると思います。

 さて、そうした観点から次に利上げ、利下げそれぞれのメリット、デメリットを検討してみたいと思います。

 まず、利上げについてでありますが、景気が厳しい状況にある一方で、超低金利が長く続いていることから、消費を刺激するために利上げをしてはどうか、と国会などの場で総裁が問われることがよくあります。確かに、現在の金利水準は家計や年金・財団法人などの資産運用を行う立場からは、非常に低く、特に年金生活者等が不安定な状態におかれているという現実があります。しかし家計といえども、所得の源泉は自ら事業主になるか、雇用者として企業に雇われるしかない訳で、結局現下の不況下では企業部門を中心に経済活動の強化を促すような金融政策運営をマクロ的な視点から続けざるをえない、と考えられます。したがって、物価が軟化し、在庫も積み上がり、生産調整の局面に立ち至っている現在の経済情勢の下では、金利引上げは採り難い選択だろう、と考えられます。

 次に、(1)経済活動全般に対する下押し圧力が強い状況にあること、(2)物価の軟調推移によって実質金利が上昇し始めていること、(3)総合経済対策が財政支出を通じて効いてくるのは秋口に入ってからとみられること、などに鑑みれば、本来は追加的な金利引き下げが整合的な選択になりうる、と思われますが、次に申し上げるような理由から、現状一段の金利引き下げを行うかどうか、またそのタイミングをどうするか、については慎重な見極めが必要だ、と思われます。まず第1に考慮すべきは、現状のように個人消費が弱い状況の下では、利下げが家計の消費行動を一層防衛的にするおそれはないか、また需給ギャップや在庫調整の現状からみて設備投資への刺激効果はどの程度期待できるか、という点です。第2には、昨日、円は遂に対ドル140円台まで下がりましたが、一段の利下げは、円相場を一層軟化させ、アジア通貨が円に対して相対的に割高となる可能性があります。こうした国際的な影響をどう判断するか、という点です。すなわち、わが国の金融緩和が中国元を含めたアジア通貨の切り下げ圧力とはならないか、ということです。第3には、次なる利下げは、金融緩和策として事実上最後の一手となる可能性が高い点です。すなわち、これをやれば企業にも家計にも、更なる利下げはない、と認識される訳ですが、それだけにタイミングについては極めて慎重に見極める必要がある、と考えている次第です。金融緩和の関係で、金利水準は変更せずに潤沢な資金供給を行ってはどうか、との議論がなされることがありますが、資金需要を一定とすれば、量だけ増やして金利に影響を及ぼさないということはありえないと思います。このようなことをいろいろ考えながら、12日に予定されている次回の政策決定会合に臨もうと思っています。

 思えば、私が着任する前月、平成7年9月に公定歩合を0.5%という歴史的な低水準に引き下げてから3年弱の間、日銀は政策変更を行っておりません。この間、わが国経済は一旦回復軌道に乗ったかにみえましたが、再び下押し圧力の強い展開となっております。率直に言って、私ども──私個人といった方がよいかもしれませんが──としての悩みは、金融政策の自由度が狭められていることです。少しでも早く経済が立ち直り、金融政策の自由度が回復される日の到来を願っているところです。

以上


第1回千葉県金融経済懇談会出席者

(参考)

(五十音順)

青柳 文二
京葉瓦斯株式会社社長
石井 健太郎
石井食品株式会社社長
磯村 貞雄
千葉県商工会連合会会長
板倉 敬一
浦安商工会議所会頭
大西 明
マブチモーター株式会社副社長(代理出席)
加賀見 俊夫
千葉県経済同友会副代表幹事
勝又 基夫
千葉県経済同友会副代表幹事
金綱 一男
新日本建設株式会社社長
川口 幸雄
千葉県経済同友会副代表幹事
志村 征一
習志野商工会議所会頭
白石 英夫
木更津信用金庫理事長
菅井 康祐
佐原商工会議所会頭
鈴木 政夫
株式会社鴨川グランドホテル相談役
鈴木 康夫
千葉県経営者協会副会長
玉置 孝
千葉県商工会議所連合会会長
早川 恒雄
株式会社千葉銀行頭取
平島 昭久
株式会社京葉銀行常務(代理出席)
藤野 武美
扇屋ジャスコ株式会社社長
儘田 公明
株式会社ケーヨー専務(代理出席)
免出 都司夫
株式会社千葉興業銀行頭取
吉原 三郎
千葉県経営者協会会長

(以上21名)