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富山金融経済懇談会における中原伸之審議委員挨拶要旨
平成12年11月23日開催
2002年3月15日
日本銀行
[目次]
- 1.はじめに
- 2.最近の金融政策~失敗だったゼロ金利政策の解除~
- 3.景気の現状、先行き~景気は微妙な局面に差し掛かっており、需要の弱さに由来する物価下落圧力は依然強い~
- 4.経済・物価見通しの公表等について~不十分であり、今後、改善が必要~
- 5.おわりに
1.はじめに
日本銀行審議委員の中原伸之です。
本日は、富山において金融経済懇談会を開催する機会を与えて頂いたことを、大変光栄かつありがたく思っております。また、日頃より、金沢支店長、富山事務所長を始め、日本銀行金沢支店、富山事務所の者が、経済調査、その他で皆様に大変お世話になっていることと存じますが、この場を借りてお礼申し上げるとともに、今後ともご協力を承りますようお願い申し上げます。
本日は、皆様がお集まり頂いたこの機会に、経済情勢や金融政策について、私の考え方をごく手短に説明させて頂きたいと考えております。なお、日本銀行の公式見解については皆様ご承知のことと思いますので、ごく簡単に触れるだけにとどめたいと思います。
私は実業界に長年身を置いた経験から日本経済の現状を厳しく捉えており、一部の方はご存知かもしれませんが、これまで日銀金融政策決定会合で一貫して金融緩和を主張し続けるなど、9名の日本銀行のボードメンバーの中では99年2月以来、少数派の立場にあります。
なお、本日は、時間の関係もあり、私の考え方についての体系的なお話は割愛し、(1)ゼロ金利政策の解除、(4)景気の現状と先行き、(3)日本銀行の物価・経済見通しの公表等の3点に絞って、話を進めさせて頂きたいと思います。一つでも二つでも皆様にとってヒントとなる材料が含まれているとお感じになられれば、私にとって望外の幸せです。
2.最近の金融政策~失敗だったゼロ金利政策の解除~
最初にまず、最近の金融政策を振り返ってみたいと思います。
日本銀行は、8月11日にいわゆるゼロ金利政策の解除を行いました。これは、企業部門の回復度合いが予想を上回る力強さであり、雇用・所得環境も下げ止まりから改善に向かいつつあることが確認され、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に到ったという判断に基づくものです。
この政策決定に当たり、私は時機尚早として反対し、むしろ景気回復をより確実なものにするためには量的緩和を行うことが必要であるという従来からの主張を堅持して現時点に到っております。私がゼロ金利の解除が失敗であったと判断したことは、(1)消費、GDP等から窺われるように需要が弱く、生産についていけないこと、(4)需要面の弱さ等を背景として物価の下落傾向に歯止めがかからないこと、(3)景気に対して先行的な意味合いの強い株価がその後大きく下がっていること等からみても、正しい判断であったと確信しております。
なお、私は、その後においても、ゼロ金利政策の解除について、(1)構造的なデフレ圧力よりも循環的な回復力の強さに焦点を当てたものであり、かつ、金融政策の対象がオールド・ジャパンからITに代表されるニュー・ジャパンに切り替えられたことになるので、結果的に、構造的な問題を抱えて苦しんでいるオールド・ジャパンのセクターは政策的に切り捨てられたことになる、(4)雇用・所得動向の回復に必ずしも明確な確認が得られていないもとで、設備投資の緩やかな回復だけで政策変更を行った、(3)市場心理に関する判断を明確にしないまま、見切り発車的に解除の決断を行った、という意味合いであるとして批判いたしました。
3.景気の現状、先行き~景気は微妙な局面に差し掛かっており、需要の弱さに由来する物価下落圧力は依然強い~
第二のテーマとして、景気の現状と先行きについて触れてみましょう。
日本銀行は景気の現状について「わが国の景気は、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している」と判断しており、この点については私も異論はありません。
しかし、先行きについて公式見解では「原油価格・内外資本市場動向とその影響を注視する必要があるが、今後も設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高いとみられる」としていることについては、かならずしも賛成できない面があります。
まず、景気の循環についてですが、すでに99年4月の景気の谷から1年半以上を経過していますが、極めて量感に乏しい回復であり、特に需要の弱さが非常に気にかかります。因みに直近2000年4~6月のGDPを今次景気循環の谷の時期である99年4~6月期と比べると、実質では+1.0%の伸びにとどまる一方、名目では-0.9%と逆にマイナスとなっており、名目GDPの落ち込みが非常に気になります。皆様方におかれても販売価格の低迷は一向に改善されていないのではないか、と拝察申し上げる次第です。
また、景気循環の成熟度という観点からみても、過去の4つの景気回復局面の平均的な長さは2年強ですので、その平均から考えれば、あと半年程度で景気後退局面に入る可能性が高いと申し上げられると思います。
需要項目毎にみると、ポイントの一つは、設備投資の循環です。90年代の推移を振り返ってみると、93、94年までに調整に概ね目処がついた後、95~96年にかけて回復していきました。その後の98年4月に、私は、日銀審議委員就任の記者会見で設備投資の再度の調整局面入りを指摘しましたが、実際、その後、かなり深刻な調整が行われました。現在は99年後半からの回復局面にありますが、IT投資の広がりが乏しいことなどから、私は、先行きは相当厳しくみざるを得ないと思っています。
さらに、これまで景気を支えてきた輸出を取り巻く環境をみても、米国、アジアの株価、実体経済が非常に不安定な状況になってきていることが窺われ、私は先行き世界経済が減速することは必至であると考えております。また、原油価格上昇の影響が世界経済に対してマイナスに働きつつあることも、非常に心配されます。
なお、最近話題となっている物価についても少しだけ触れておきますと、日本銀行は物価の先行きについて、7月から10月まで金融経済月報の基本的見解において「需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退している」と表現して参りましたが、私はこの「大きく後退」という表現には一貫して反対して参りました。
この理由としては、(1)GDPギャップ(デフレギャップ)は若干は減少しているものの、物価低下圧力が大きく後退するところまでは減少していないこと、(4)物価は、WPIから、CPIやGDPデフレーターへと最終需要段階に近づくほど下落幅が大きくなっていること、(3)現実の物価をみても、GDPデフレーターの前年同期比が6期連続のマイナスであるほか、東京地区の生鮮食品を除いた消費者物価指数は過去最大の下落幅になっていること、等の点を指摘できます。こうしたことから、かなり大きなデフレ圧力が依然として残っていると存じます。
こうした中で、11月の日本銀行金融経済月報の「基本的見解」においては、「需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退している」という表現は削除されております。
こうした状況を踏まえ、私は、財政政策の効果が残っているうちに金融緩和により景気を刺激し、日本の潜在成長力とみられる実質経済成長率1.5~2.0%を最低1年程度キープするように金融政策を財政政策と相互補完的に運営をすべきであると主張している次第です。
4.経済・物価見通しの公表等について~不十分であり、今後、改善が必要~
第三のテーマとして、「経済・物価見通しの公表」等について、ご説明させていただきます。
日本銀行は、「『物価の安定』についての考え方」を10月13日に、「経済・物価の将来展望とリスク評価」を10月31日に、それぞれ公表いたしました。
こうした金融政策を行ううえで前提となってくる経済・物価動向についての予測数値や考え方を公表することの必要性については、私が1年以上前から一貫して主張してきたところであります。今回その一部が実現されたことは、第一歩として前向きに評価できるものと思っております。
しかし、現状のままでは幾つか大きな問題があり、今後、速やかに改善していくことが必要であると考えています。
第一は、物価の安定が日本銀行の目的である以上、物価の予測数値だけではなく、物価安定目標それ自体を数値として設定すべきであるということです。すなわち、主要な先進国をみると、ECBが「2%を下回る」という物価安定目標をもっております。また、英国、ニュージーランド等では一歩進めて既にインフレーションターゲティングを行っており、例えば英国では、大蔵省が2年先の物価目標を2.5%と設定し、BOEはその達成にできるだけ努力することになっております。そういった中で、日本では、インフレーションターゲティングはおろか、ベンチマーク的な物価安定目標すら自己責任において設定していないというのは、甚だ不十分であると思います。さらに、日本銀行は「物価の安定」に責任を有しているので、中央銀行にとってのコーポレート・ガバナンスからの観点からも、数値をもって目標を設定し、業績の自己評価を行うべきであると思います。
この点に少し付け加えておきますと、現在のように物価が下落し、景気後退のリスクが徐々に高まっている局面において中央銀行が物価安定目標を設置することで確固たる意思を示すことは、インフレ局面と同様に重要であると思っています。
第二に、経済・物価の見通し計数については、ボードメンバーの見通しのレンジを示すよりも、予測スタッフを多数擁する日本銀行調査統計局が作成した見通しを委員会として審議・決定した上で、2年程度先まで公表する形にした方がよいと思っています。さらに、内容的には、各需要項目別の伸び率、四半期見通しを示したうえで、可能であれば、BOEのように確率分布まで示したファンチャートを公表し、先行きの経済的なパスをしっかり分かるようにするとなおよいと思っています。
5.おわりに
以上、ごく簡単に日本銀行の最近の政策等と私の考え方の一端を披瀝させていただきました。
私は、今後数年は依然として日本経済の正念場が続くと思っております。日本の産業界が苦しいこの時期を乗り越え、リストラ等の様々な努力で資本効率を改善させ、国際競争力を高めていけば、日本経済、富山経済には必ずや道が開けると信じています。
そのためには、日本銀行は物価安定目標を設定し、量的緩和に踏み切ることによって積極的に経済に貢献することが必要であると確信していることを申し上げて、私の説明を終わらせていただきます。
さて、本日は、富山財界のトップの方々にお集まりいただきましたので、地元経済の実情、経営されている実感、金融政策についての注文等についてご意見を頂戴できればと思っております。宜しくお願いいたします。
ご清聴ありがとうございました。
以上