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最近の経済金融情勢と金融政策運営
函館市における金融経済懇談会での田谷審議委員挨拶要旨
2002年11月7日
日本銀行
[目次]
1.はじめに
本日は、函館を中心とした道南各界の皆様方と懇談させて頂く機会を賜り、感謝申し上げます。まず、私の方から最近の経済金融情勢と金融政策運営につきましてお話しさせて頂きました後、皆様のご意見を承りたいと存じます。経済の実態について、お教えいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。
2.最近の経済金融情勢
昨年の今ごろ、静岡で今日のようなテーマで懇談会を開かせて頂きました。米国におけるテロ事件後で、内外経済の先行き不透明感が強く漂っていました。それから一年経ったわけですが、その時不透明だったことは、依然として不透明であり、それどころか、その不透明度が増しているようにも思います。それは、特に、第一に、米国経済を中心とした海外経済の先行きであり、第二に、金融機関の不良債権処理を加速させた時、いかなる影響が出るのか、といった点です。これら二つの点について詳しくお話しする前に、政策委員会として先週公表いたしました経済見通しに触れておきたいと思います。
経済・物価の将来展望とリスク評価
景気の現状につきましては、今年前半における輸出・生産の予想以上の好調で、全体として、下げ止まり状態までこぎつけたところです。しかし、このところ、輸出・生産の増勢が落ちてきており、今年一杯は景気は底這いを続けそうです。個人消費は、所得の弱さに比べれば、そこそこ健闘しているようですが、弱めの動きを続けています。企業設備投資は、下げ止まりつつあるようですが、なかなか増えるまでに至りません。公共投資は減少傾向を続けていますし、住宅投資も低調です。こうした国内景気は、来年に入って以降は、米国を中心とした海外経済の緩やかな回復が続く限り、上期から回復に転じていくものと考えられます。輸出・生産の増加が続けば、企業収益が伸び、景気回復メカニズムが働き続けるでしょう。ただ、企業収益が伸びても、過剰債務、過剰雇用に対する調整圧力が強いため、設備投資や個人消費の回復までには時間を要し、かつ回復テンポはごく緩やかなものに止まると思われます。
こうした状況下で、政策委員の大勢経済見通しは次の通りです。今年度成長率は、0.2%~0.5%、消費者物価の変化率は、(−0.9%)~(−0.7%)、来年度成長率は、0.4%~1.0%、消費者物価変化率は、(−0.6%)~(−0.4%)です。数字の上では、ごく緩やかな景気回復が続くことになっていますが、上振れ、下振れの可能性を、従来以上に念頭に置く必要がある、としています。上振れ、下振れをもたらす要因として、五つ挙げています。第一に、米国をはじめとする海外経済の動向、第二に、国内民間需要の回復力、第三に、不良債権処理とその影響、第四に、財政改革や財政収支の影響、そして、第五に、金融資本市場の動向、です。これらのうち、ここでは、第一と第三の要因を取り上げたいと思います。
海外経済金融情勢
第一の海外経済動向から始めたいと思います。今回の国内景気の回復も、残念ながら外需に期待せざるを得ません。国内需要の中に、自律的に増加し、景気を牽引していく項目が見当たりません。政策発動余地が限られているほか、少々の刺激策では、景気を主導できるほど活発化する項目も見当たりません。海外経済動向は、国内景気にとって従来以上に重要です。
まず、米国経済ですが、今春あたりから、徐々に、先行き見通しは慎重化してきました。この間、米株価は、先月前半に一昨年春以降における最安値をつけた後、ここ一月ほどは回復してきました。しかし、この回復を実体経済の改善に結び付けて見る向きは少ないようです。企業収益に対する過度の懸念が、第三四半期の収益実績が発表されるに従い、後退したためと見る向きが多いようです。金利などの水準などからしても、売られ過ぎていた可能性があります。景気先行きに対する警戒感は、このところかえって強まっています。
実際にも、景気の軟化を示唆する経済指標の発表が相次いでいます。この夏前後から、株価の低下もあって、消費者コンフィデンス指数やビジネス・センチメント指数の低下が目立ちます。しかし、家計支出はまだ底堅さを維持しています。この背景として、株価は下がりましたが、金利が低下傾向にありますし、住宅価格が依然として強含んでいることがあります。その結果、住宅投資や、昨年末から販売促進策がとられている自動車販売といった金利敏感な家計支出部分が景気の下支えとなってきました。問題は、設備投資はいつ頃回復するのか、また、それまでの間、家計支出の堅調は続くのか、といったことです。
株価ばかりでなく、不動産価格を含めたバブルとその後の崩壊を経験した日本から見ますと、最近の米国は90年代初めの日本に似ているようにも思えます。家計支出にとって、株価動向より重要と考えられてきた住宅価格がどうなるかは、金利動向が鍵を握っていると思います。モーゲージ金利が安定ないし低下する限り、当面、住宅価格の崩れはなさそうです。株価下落の影響はどうでしょうか。NASDAQ市場とNY証券取引所に上場された株式の時価総額は、2000年3月末の18兆ドルから今年9月末の10兆ドルまで、40%以上低下しました。この間、ハイテク新興企業が多く上場されているNASDAQ市場の株式時価総額は、6.3兆ドルから1.7兆ドルまで暴落しましたが、これだけでも、90年代以降の東京株式市場の暴落にほぼ匹敵します。
米国の場合、株価下落の影響が金融機関に集中していない点が日本との最も大きな違いです。米国の銀行は株式を保有していませんし、企業の銀行借入れへの依存度は相対的に低いものです。株価の下落による損失は、市場において継続的に幅広くシェアーされることになります。そうは言っても、誰かが損失を被っているわけで、時間が経過するに従って、その影響が顕現化してきています。当然のことながら、個人投資家の一部が損失を被っていますし、機関投資家、特に、年金基金の一部の損失が表面化してきました。米国においても、その約4割は依然として確定給付型であり、日本と同様、株価下落による積み立て不足は基本的に企業負担で埋め合わせる必要があります。どの程度の期間で埋め合わせるのかによりますが、企業収益圧迫要因になることははっきりしています。また、株価の低下は、投資家のリスク回避姿勢を強め、資本市場における資金調達をより困難化させています。株式の新規公開がより難しくなっていますし、低格付け企業の社債、CP発行も難しくなり、高い利回りを要求されるようになっています。企業側も債務返済意欲を強めています。これらのことが、企業設備投資、家計支出にいかなる影響を及ぼすかには、従来以上に注意が必要でしょう。
一昨日で中間選挙も終わり、中東情勢の緊迫度がより高まると広く考えられています。これまでも、米国の多数の人が、こうした事態は避け難いと考えてきており、それが株価の重しとなってきましたし、企業のマインドにもマイナスに働いてきたと思います。決着の仕方によっては、霧が晴れ、マーケットが好感することもありうると思います。当然、この逆のケースも考えられます。この要因は、米国経済の先行きを考える上で、景気の上振れ、下振れどちらへでも働く可能性があります。昨日、米FRB(連邦準備制度理事会)は、政策金利を0.5%引下げ、フェデラルファンドレートを1.25%に、公定歩合を0.75%にしました。マーケットは、とりあえずポジティブに反応しているようですが、今後の展開を注視したいと思います。
もう一つ考えておかなければならないのは、グローバル・デフレの影響です。最近、グローバル・デフレという言葉が頻繁に目につくようになりました。世界的な供給力の増加からくる物価低下圧力といった意味で使われているようです。確かに、中国や旧ソ連圏諸国などの市場経済化が進み、世界経済に本格的に参加するようになり、世界の供給力が格段に大きくなりました。株式市場におけるITバブルは崩壊しましたが、IT革命の影響はグローバルなスケールでの経済活動の隅々にまで浸透してきており、これも、サービス分野を含めた物価低下圧力をもたらしています。先進諸国はかつてない競争圧力にさらされ、物価低下圧力、産業空洞化圧力が強まっています。これは、構造的な企業収益圧迫要因となり、国内投資や国内雇用・賃金を抑制する要因となってきています。これは、米国以上に、日本、欧州諸国、特に、ドイツあたりで、より深刻な要因となってきています。
ここで、欧州、特に、ドイツについて若干触れたいと思います。ユーロ・エリア全体としても、内需が全般的に弱く、このところ、日本と同様、輸出・生産の伸びが鈍化してきました。その中でも、ドイツの弱さが目立ちます。子細に眺めますと、日本との類似点が多く目に付きます。まず、株式時価総額が直近のピークである2000年2月末の1.55兆ドルから今年9月末の0.6兆ドルまで下がり、約6割の株式価値が失われました。銀行が株式を保有しており、保険会社とともに、株価下落で資産が毀損されました。年金の積み立て不足問題も出てきました。先進国の中では、日本とともに、産業構造上、製造業比率が高いという特徴を持っています。労働市場が硬直的です。規制が多く、緩和があまり進んでいないようです。欧州連合の一員として、財政緩和余地が限られています。金融政策は、欧州中央銀行で決定されるため、独自の緩和策がとれません。周辺の東欧・中欧諸国の経済復興が軌道に乗り始め、その影響を特に強く受けています。
東アジア諸国についても、一言述べたいと思います。ほとんどの東アジア諸国でも、最近、輸出の伸びが鈍化してきています。特に、IT関連財の輸出・生産のウエイトが大きい台湾、シンガポールの鈍化が顕著です。そうした中で、中国の輸出は好調で、前年比3割前後も伸びています。中国は、財政支出が増加していますし、高い水準での海外からの直接投資の流入が続いていることから、内需が好調です。その上、輸出の好調が続き、7~8%程度の成長が達成されています。そうした中で、注目すべきは、中国とその周辺国、香港、台湾、シンガポール、といった国で、消費者物価変化率がマイナスとなり、それが定着してきていることです。人民元の対ドル・レートは事実上固定されており、中国国内の過剰供給力が外の世界に染み出していると見ることもできるかもしれません。
不良債権処理とその影響
ここで、国内に目を転じて、不良債権処理とその影響を考えてみたいと思います。約1か月前、10月11日に、日本銀行として、「不良債権問題の基本的な考え方」という文章を公表いたしました。簡単に、内容をご紹介します。まず、我が国の不良債権問題の性格が変わってきたのではないかということです。一部には、依然として、バブルの負の遺産処理が遅れているだけで、それを思い切って一掃すれば、この問題はきれいになくなる、といった見方があります。しかし、これは、実態に合わないようです。
金融機関による不良債権処理額は、90年代に入ってから累計で90兆円に達しています。これは、80年代後半のバブル期における貸出増加額の約8割に匹敵します。現在では、金融機関貸出の名目GDP比率はバブル期以前の水準に戻っています。それにもかかわらず、不良債権の新規発生が高い水準で続いており、この問題は引き続き金融システムの最大の不安定要因となっています。
日本経済は、世界的な競争激化などの環境変化に直面して、企業の生成・淘汰など構造調整圧力が強まっています。このため、景気低迷や輸入品との競合激化に伴う売り上げ減少など、バブル崩壊に起因する以外の要因が、経営悪化の背景となることが増えてきました。つまり、我が国の不良債権問題は、バブルの負の遺産の処理だけでなく、産業構造や企業経営の転換・調整圧力を背景に新たに発生する不良債権への対応といった性格が加わってきたということです。
今後とも、経済の構造調整に伴って、不良債権の新規発生が高い水準で続くとみられる一方で、金融機関の貸出利鞘がきわめて薄い状況が続いていること、経営のバッファーとして機能してきた株式などの含み益がなくなったことなどを考えると、不良債権問題は、これまで以上に厳しい状況に直面していると考えられます。不良債権問題の克服には、不良債権の経済価値の適切な把握とそれに基づく適切な引き当てが不可欠です。RCC(整理回収機構)の活用などを通して貸出債権の流動化市場を拡充し、不良債権の市場価格の適正化を図り、そうした債権を金融機関のバランスシートから切り離すことを促すことが重要です。
結論としては、まず、「金融危機のおそれがある場合には、預金保険法102条の発動による政府の措置と併せて日本銀行による最後の貸し手機能の発揮により、適切かつ機動的に対応する必要がある」ということを確認しています。そして、「そうした金融システムの危機を未然に防ぐとともに、金融機関が不良債権問題の克服に着実に取り組める環境や仕組みを整備することが必要である。そのためには、金融機関保有株式の削減を促進するほか、不良債権を早期に処理する過程で資本が不十分となる金融機関に対しては、その自主的かつ責任ある収益向上努力を促すかたちでの公的資本の注入が、ひとつの選択肢として検討されるべきであろう」としています。
こうした「基本的考え方」を検討していた段階では、不良債権処理の加速に関する議論がこれほど短期間で進展するとは予想していませんでした。今から読み返してみますと、しごくあたりまえの事が書かれている印象があります。それだけ、この間の展開が急激だったということです。先週、政府の「金融再生プログラム」(以下、「プログラム」)が公表されました。全体としての印象は、我々の「基本的考え方」とかなり共通するところがあるとともに、より具体的な施策を示していると思います。
まず、認識が共通している、あるいは、近い点は、資産査定の厳格化に関するところで、引き当てに関するDCF的手法の採用、引当金算定における期間の見直し、といった点です。また、必要な場合には、現行の預金保険法に基づき、速やかな所要の公的資金投入、とあるところも共通です。
このほか、「プログラム」は、繰延税金資産に関する自己資本算入の適正化の検討に触れていることに加え、引当金に関する新たな無税償却制度の導入、繰戻還付金制度の凍結措置解除、欠損金の繰越控除期間の延長、といったことも関係省庁に要望することになりました。また、公的資本を受け入れ、特別支援の対象となった金融機関においては、「新勘定」と「再生勘定」に管理会計上分離する、となっています。さらに、特別検査を再実施し、自己査定と金融庁検査の格差を公表することになりますし、これまで優先株として注入されている公的資本を場合によっては、普通株に転換する方針を打ち出しています。
「プログラム」とともに発表されました政府の「総合デフレ対策」の要旨の中で、「産業再生機構(仮称)」の創設が打ち出されました。この機構は、預金保険機構の下にRCCと並んで創られることになっています。要管理先などに分類される企業のうち、機構が再生可能と判断する企業の債権を、企業の再生を念頭に置いた適正な価格で、非メーンバンクから買い取り、メーンバンクとともに企業再生を目指すことになります。一定の役割は期待できると思います。ただ、この新機構の具体的な姿がどうなるのか、新勘定・再生勘定の分離が実際どんなかたちになるのか、税効果会計に関連した議論がどう展開していくのか、現時点では、不透明です。
しかし、大手行における資産査定の厳格化と適正な引き当てがさらに促進されれば、相当なインパクトもありうると思います。ただ、そのインパクトが具体的にどのくらいになるのかは、勝れて、「プログラム」に表明された諸施策がいかに実施されるのか、また、どれくらいRCCと産業再生機構へ債権が売却され、それらの資産がいかなる期間で処理されるのか、などにもよります。さらに、減税、雇用セイフティーネットの拡充、中小企業支援などにもよります。マクロ・インパクトを何らかの数字で想定することは、現時点では、難しいと思います。金融システムの安定が損なわれることがないかどうか、緊張感を持って今後の展開を注視したいと思います。
不良債権処理に関連して、日本銀行は、銀行保有の株式を2兆円、原則として来年の9月までに時価で買い取ることを公表いたしました。これは、銀行保有株式の価格変動リスクが銀行経営の大きな不安定要因になっており、このリスクを軽減することは、金融システムの安定を確保するとともに、銀行が不良債権問題の克服に着実に取り組める環境を整備する上で望ましいと考えて、決定したものです。買入対象金融機関は、株式保有額が自己資本(Tier1)を超過している銀行であり、実際の買い入れは、信託銀行が行うことになります。受託者は、先週、一般競争入札で、日本マスタートラスト信託銀行に決まりました。今年中に、実際の買い入れは始められるものと考えております。買い入れ対象銘柄は、BBBマイナス以上の上場株式を一定のルールの下で機械的に買うことにしており、何を買うかについて、日本銀行の恣意性が入り込む余地をなくしていますし、議決権行使につきましても、予め指針を明らかにした下で、信託銀行に善管注意義務に従って行使してもらうことにしております。買い取った株式は5年間は原則として処分は行わず、その後、10年かけて売却して行こうと考えております。
銀行は、含み損を抱えた株式の売却を手控える傾向があります。売却すれば、含み損が実現損となって、それが損益計算書にも反映されることになります。しかし、銀行は2004年9月までにTier1を上回る株式は売却しなければなりません。最近、株価の動きが不安定化してきており、過剰な株式保有は、銀行にとってより大きなリスク要因になってきているように思います。いったん売却を決断した場合、市場への売却に比べて、日銀に売った方がマーケット・インパクトは小さいでしょうし、銀行が売却しようとしている株式の発行会社の中には、市場で売却されることに比べて、長期安定的に日銀に保有される方が望ましいと考えるところもあるかもしれません。ひとつのオプションとして、日銀の株式買い取りスキームには意義があると思います。
これは、株価支持政策、いわゆる、PKOではありませんし、金融政策の一環として行うものでもありません。金融政策を運営する上で、日銀信用を供給する手段に困っているわけではありません。結果として、株式市場の需給悪化懸念を若干緩和したかもしれませんが、そこに政策の狙いがあるわけではありません。どうせなら、もっと買ったらどうか、といったご意見もありますが、銀行としてはその他の売却手段もありますし、日銀の財務の健全性も考えなければなりません。
3.金融政策運営について
ここで、金融政策運営についてお話しさせていただきたいと思います。まず、先週、金融緩和策を実施いたしましたが、その背景と考え方を私なりの視点からご説明したいと思います。その後で、今後の政策運営についても触れてみたいと思います。
最近の金融政策
先週、金融市場調節方針を変更するとともに、資金供給力を一段と強化することを決めました。第一に、日本銀行当座預金残高の目標を、それまでの「10~15兆円程度」から「15~20兆円程度」に引き上げました。第二に、これまで月1兆円ペースで行なってきた長期国債の買い入れを、月1兆2千億円に増額します。第三に、これまで「6か月以内」としてきた手形買入の期間を「1年以内」に延長します。決定事項は以上ですが、フットノートとして、企業金融の円滑確保のため、一段の工夫を講じる余地がないかどうかを検討することを表明しました。
こうした措置をとることになった背景としては、以下のことが考えられます。現在、景気は足踏み状態となっていますし、先行き、生産は減速しそうです。来年以降のメインシナリオとしては、ごく緩やかな回復の動きが続くことになっていますが、リスク要因に対しては従来以上に注意が必要な情勢になってきました。株価は、不良債権処理の加速によるマイナス・インパクトを懸念して軟調となっていました。それが、短期金融市場を不安定化させる兆しがありました。一部の金融機関が市場での運用に慎重となり、資金の巡りが悪くなり、一部の金利が若干上昇し始めていました。ただ、この要因だけであれば、直ぐにも日銀としてどうしても資金供給を増やさなければならなかったかというと、判断は分かれたかもしれません。一方、「なお書き」による追加資金供給を頻繁に行うのも望ましいものではない、といった点もあったと思います。また、政府のデフレ対策や企業再生策を含めた不良債権処理策の全貌がよりはっきりするまで待つというのも、ひとつの考え方だったかもしれません。しかし、銀行保有株の買い取りを決め、「不良債権問題の基本的な考え方」を公表したこともひとつの契機となって、不良債権問題についての新たな展開が出てきたというのも、事実だと思います。政府がデフレ対策を公表するということもあって、時間を置いて対応策を出すよりできる緩和策があれば直ぐにも出すことが適当との判断になったと思います。
今回の日銀の行動を、「政府と協調した」とか、「政府と一体となった」対応であると解釈する向きがあります。政府と日銀の関係は、日銀法によって明確な枠組みが定められています。金融政策の運営につきましては、日銀法の規定に従って、政府との間で十分な意志疎通を図りつつ、金融政策決定会合において、その時々の金融経済情勢に基づいて決めて行くということです。現在、金融経済情勢についての基本認識、また、デフレ克服に向けた決意につきましては、政府と日銀で共有されていると考えています。そうした共通の基盤の上で、結果として、今回は政府の動きと一致したということだと思います。
今回も、これまでと同様、日銀当預残高目標にレンジを設けています。これまでは、10~15兆円程度のレンジのできるだけ高いところを狙うことが委員会で合意され、その旨執行部に指示されていました。当面、新しいレンジの真ん中辺りを目指すことにして、市場の状態、その他を見ながら、その後、レンジの高いところを狙うことが適当かどうかを検討することになると思います。長期国債買い切り額は、日銀当座預金を円滑に供給するうえで必要な場合に増額することとしており、その時々の目標額と市場における資金需要の動向、想定される市場の反応等を勘案のうえ、総合的に判断して決定するものと思います。長期国債買い切りの増額は、時間が経てば経つほど、その他のオペ手段の負担を軽減します。しかし、マーケットの状況によっては、増額が金利上昇のエクスキューズに使われてしまうような場合もあります。マーケットの状況と相談しながら増額幅は決める必要があります。
手形買入期間の延長は、その時々のオペ対象先の資金ニーズに対応できるようにするため、長めの資金供給手段を拡充することにより、金融市場調節の一層の円滑化を図ることを目的としたものです。また、手形オペは、オペ対象先が日本銀行に差し入れている共通担保を根担保として振り出す為替手形を買い入れる方式を採っています。従って、オペ対象先が担保を随時差し替えることができ、長めの資金供給に適しています。
企業金融の円滑化に関する検討を行うということは表明しましたが、まだ、内容が固まっているわけではありませんので、現時点で、お話しすることはありません。ただ、問題意識としては、日本銀行の資金供給は、金融市場の安定化には効果を発揮していますが、金融システムの外側にいる企業などには波及しにくい状況が続いています。また、不良債権処理が加速される過程では、短期的に企業金融が一層厳しさを強める可能性があります。そうした状況下で、日本銀行として、一段の工夫を講じる余地がないかどうかを検討したいと考えております。
今後の金融政策について
このところ、再び、インフレ・ターゲット政策についての議論が再燃しています。これについての私の考え方に変化はありません。物価の変動は貨幣的現象とよく言われます。貨幣の供給を増やし続けられれば、一般物価水準は上昇することになるでしょう。たとえば、政府が大規模減税を行い、その財源として国債を増発し、その国債を日銀が買うということを繰り返せば、マネーサプライは増え、インフレになることは考えられます。それは、財政のマネタイゼイションです。日銀単独でできることではありません。日銀が金融政策として行えるのは、財政政策が所与の下で、金融資産と引き換えに流動性を供給し、金利を動かし、様々な資産価格に影響を及ぼし、経済活動を活発化させることによって、貨幣に対する需要を喚起し、その需要に応えることで、貨幣の総量を増やすことです。
ここまでは、教科書に書いてあることです。しかし、短期金利に下げ余地が極めて限定的になった後、仮により直接的に長期金利、株価、地価といった資産価格をコントロールしようとしても、その効果は確定的なものではあり得ません。そうした手段しか持たない状況下で、期限を切って、ある一定の物価変化率を実現するということは約束できませんし、仮に約束したとしても、それは信用されないでしょう。インフレ・ターゲット論者の一部は、期待の役割を協調しますが、すでに現状で約束できる形でインフレ・ターゲットのアイデアは利用しています。すなわち、思い切った金融緩和を、消費者物価指数が安定的に前年比ゼロ%以上になるまで続ける、ことをコミットしています。これが、中長期金利の安定に大きく貢献していると考えています。
将来において、非伝統的オペ手段を絶対使わないというつもりはありませんし、これまでも、どのような手段であっても、頭から否定はしてきませんでした。非伝統的手段ということでは、日銀による様々な資産価格への働きかけが、マーケットなどで議論されてきましたし、それらに対する私の考えも説明してまいりました。そうした手段は、ほとんど例外なく、効果が不確実であったり、副作用が大き過ぎて、容易に使うことができないものばかりです。たとえば、金融政策として株式を買うということは、その価格の引き上げを狙うことに他なりませんが、よほどの異常事態でもない限り、市場経済の心臓部に介入することは避けなければならないと思います。少なくとも、現在、私の視野の中に現実問題として入ってはいません。
ご清聴ありがとうございました。
以上