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香川県における藤原副総裁講演要旨
最近の金融経済情勢について
2002年11月13日
日本銀行
[目次]
1.はじめに
日本銀行の藤原です。本日は皆様ご多忙の中、日本銀行の講演会にお集まり頂きまして誠に有難うございます。最初に、この講演会について一言ご説明申し上げます。皆様ご承知のとおり、平成10年4月1日に新しい日本銀行法が施行されました。それを契機に、日本銀行では、ボードメンバーである正副総裁、政策委員会審議委員ができる限り頻繁に全国各地を訪問し、各界有識者の皆様に日本銀行の諸施策の内容や趣旨をご説明申し上げてきております。
本日は、私自身にとりまして、地方でお話しをさせて頂くのは、7回目となります。香川県を訪問するのは初めてのことですが、弘法大師を輩出し、その足跡とされる四国八十八ヵ所霊場を営々と守り続ける優れた歴史・文化を有する地としても著名であり、予ねてより訪問することを楽しみにしておりました。
2.最近の金融政策運営
10月30日に決定した金融緩和措置の内容と背景
それでは、金融政策運営に関するご説明から始めさせて頂きたいと思います。最初に、先般、10月30日に決定しました金融緩和措置の内容と、そうした決定の背景にある日本銀行の日本経済についての見方について、ご説明したいと思います。
先般の金融政策決定会合においては、それまでの金融市場調節方針を変更し、日本銀行が市場に資金を供給する際の目標としている当座預金残高——これは金融機関が日本銀行に預けている当座預金の総額ですが——これを、それまでの「10~15兆円程度」から「15~20兆円程度」に引き上げました。それと同時に、そうした目標を円滑に達成するために、長期国債の買入れ額を月1兆円ペースから1兆2千億円ペースに増額するほか、手形買入れの期間を6ヶ月以内から1年以内に延長することにより、日本銀行の資金供給力を一段と強化する措置も併せて決定致しました。
今回、私どもがこうした緩和措置を講じた背景には、景気や金融情勢の現状と先行きに関する次のような判断があります。足許の日本経済の状況をみると、景気は全体として下げ止まっていますが、なお、回復へのはっきりとした動きはみられていません。こうしたなかで、世界経済を巡る不透明感や不良債権処理加速の影響など、景気の先行きを巡る不確実性は強まっており、内外の株価も不安定な地合いを続けています。
また、金融情勢をみますと、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、金融機関の流動性調達を巡る懸念はほぼ払拭された状況が続いています。しかしながら、最近の株価の動向や不良債権処理を巡る不透明感などを背景に、短期金融市場では、ターム物金利の一部が強含むといった、やや不安定な動きもみられたほか、金融機関の貸出態度も、厳しさを増すことが予想されます。
今回の措置は、今申し上げたような現在および今後予想される金融経済情勢を踏まえて、金融市場が今後も円滑に機能し、安定的に推移するように万全を期すことによって、金融面から景気回復を支援する効果を確実なものとするとの観点から行ったものです。日本銀行による潤沢な資金供給が経済の活性化に繋がるためには、銀行の機能強化と並んで、資本市場における資金配分機能の向上等が重要です。そうした観点から、今後政府による不良債権処理の加速策が企業金融に及ぼす影響について注意深く見守っていくとともに、企業金融が今後も円滑に機能していくように、一段の工夫を講じる余地がないか検討していく方針であることも、併せて明らかにしたところです。
日本経済の先行きに関する日本銀行の見方—展望レポート—
次に、日本経済の先行きに関する日本銀行の見方について、より詳しくご理解いただくために、同じく10月30日の会合で決定し、公表した、いわゆる「展望レポート」のエッセンスをご紹介したいと思います。
この「展望レポート」は、正式には、「経済・物価の将来展望とリスク評価」といいまして、日本経済の先行きに関する日本銀行の考え方を少し長めのスパンでご説明しようとする趣旨で、半期毎に政策委員会で議論し、決定・公表しているものです。今回のレポートでは、今年度下期から来年度にかけての日本経済の姿について、最も実現可能性の高い標準シナリオと、それを上振れまたは下振れさせ得るリスク要因の整理という形で示しています。
「標準シナリオ」は、本年度下期の景気は、全体として回復へのはっきりとした動きがみられないまま推移する可能性が高いが、来年度は、海外経済が緩やかに回復することを前提とすれば、輸出と生産の回復が次第に設備投資や個人消費に波及して、景気は上期から回復に転じるという姿を示しています。ただ、その場合でも、過剰債務や過剰雇用といった構造調整の影響から、景気回復テンポはごく緩やかなものにとどまる可能性が高いとみています。こうしたもとでは、物価については、なお緩やかな下落傾向が続くとみています。
こうした標準シナリオは、蓋然性が高い将来展望としてお示ししているものですが、日本経済を取り巻く様々なリスクや不確実性を考えると、以下で申し上げるような下振れないし上振れの可能性−リスク要因−を従来にも増して念頭に置いておく必要があるというのが政策委員会のメンバーの共通の認識であります。「展望レポート」では、こうしたリスク要因を5つに整理していますので、この点について簡単にご説明したいと思います。
第1のリスクは、米国をはじめとする海外経済の動向です。標準シナリオが描く日本経済回復のシナリオは、海外経済の緩やかな回復が継続し、輸出の増加を起点とする力が生産と企業収益を通じて、設備投資や個人消費に徐々に伝わっていくことを想定しています。しかし、こうしたメカニズムの出発点となる海外経済の動向については、その牽引役となる米国経済を中心に高い不確実性が存在します。米国経済は現在までのところ基本的に緩やかな回復基調を維持しているとみられますが、資産価格の下落や企業、家計のマインド悪化の影響などにより、設備投資の回復や個人消費の底固さといった前提が崩れるリスクがあることには注意が必要です。
第2のリスクは、輸出を起点として生産や企業収益が回復していった場合に、それが、どれだけ設備投資や個人消費といった国内民間需要の回復に繋がっていくかという点です。これは、日本経済が抱える過剰債務と過剰雇用という構造問題が、今後どの程度企業や家計の支出行動に重石として作用し続けるかという問題と言い換えることもできます。個人消費については、企業が雇用や賃金の調整努力を予想以上に継続する可能性がありますし、消費者マインドは振れ易いことも念頭に置く必要があります。また、設備投資については、企業収益の回復にもかかわらず債務返済が優先されるなど、控え目な投資計画が目立ちます。ただ、企業の投資判断が、将来の需要回復の展望や海外投資との採算比較など様々な要因に影響されることを踏まえると、その回復力は幅をもってみておく必要があると思います。
「展望レポート」が挙げている第3のリスクは、不良債権処理とその影響です。不良債権処理について、取り敢えず議論の余地がないと思われる点は、長期的に日本経済が持続的かつ安定的な成長軌道に戻っていくためには、不良債権問題の克服と金融システムの安定・強化が不可欠であることです。
一方、不良債権処理を加速させていった場合の短期的な影響の評価については、問題はより複雑です。一般に、不良債権処理については、例えば対象となる債務者の範囲、金融機関の取引や付利の方針、企業再生努力の成果如何などによって経済への影響は変わり得ますが、短期的には、企業倒産や失業の増加をもたらすリスクがあります。また、そうしたマイナスの影響は、企業金融面や雇用面などで、どのようなセーフティ・ネットが整備され、それがどのように機能するかによっても左右されます。他方、不良債権処理を加速させていった場合、そうした取り組みが、金融システムの安定や機能強化に資するものとして、金融資本市場で次第に前向きに評価され始めれば、様々なルートを通じて、経済にプラスの効果が働く可能性が高いのも事実です。このように、不良債権処理の加速が、全体としてどのようなタイミングで、どの程度経済に影響を及ぼすかは、現時点で、なかなか見通し難い面があり、大きな不確実性となっています。
第4のリスクは、財政改革や財政収支の動向です。わが国の政府債務残高は、先進国中最高水準に達しており、財政改革は重要な課題になっています。ただ一方で、財政政策は、総需要に大きな影響を与える要因であることも事実です。そういう意味で、今後、政府支出の内容や税制が民間支出の創出に資するように見直されるか否か、仮に景気が下振れし税収が減少する場合に、財政政策が景気の自動安定化機能を発揮するかたちで運営されるか否かといった点は、大きなポイントです。
最後になりましたが、「展望レポート」で整理した第5のリスクは、株価、長期金利、為替レートといった資産価格の変動がもたらす影響です。金融資本市場は、まさに経済動向を映す鏡であり、これまで述べてきた様々なリスク要因と密接に関係しています。また、資産価格の変動は、こうした様々なリスク要因が経済に及ぼす影響を、プラスの方向であれ、マイナスの方向であれ、増幅させる可能性がある点には注意が必要です。さらに、資産価格の変動は、金融機関のバランスシートを通じて、金融システムの安定に影響を及ぼす点も重要です。
持続的経済成長に向けて何が必要か
以上、来年度までの日本経済の姿について、日本銀行が現状どのように考えているかを少し細かくご説明しましたが、日本経済が早急に回復に向かい、物価の継続的な下落が収まっていく姿を展望することは難しいというのが実情です。
これは、金融政策の効果波及の出発点である短期金利がほぼゼロにまで下がってしまっているうえに、日本経済に様々な構造問題が残っているために、金融緩和効果が企業や家計に十分波及しにくい状況にあることが影響しています。実際、これまでの日本銀行による潤沢な資金供給は、やや長めの短期金利も含めて金利をほぼゼロに低下させ、金融市場の安定を確保するとともに景気の下支えに大きく貢献してきていますが、一方で、銀行貸出は減少を続けるなど、信用仲介活動を活発化させるには至っていません。
日本銀行の金融緩和がこれまで以上に効果を発揮し、経済の持続的な成長を実現していくためには、経済主体が各々構造改革に積極的に取り組むとともに、税制改革を含めた財政の適切な運営や、規制の緩和・撤廃などについて、具体的な取り組みを進め、企業や家計の活発な支出活動を引き出していくことが不可欠です。また、そのためにも、金融システムの安定を図るとともに、金融資本市場の活性化を図り、金融仲介機能を強化することが大前提となります。次に、この点について申し上げたいと思います。
3.金融システム関連
金融システムの現状
我が国の金融機関は、過去約10年の間、約90兆円にのぼる不良債権を処理してきました。しかし、新規発生もあって、不良債権残高は減少をみていません。一方で、金融機関の体力は、これまでの不良債権処理や株価の低迷から大幅な低下を余儀なくされています。また、フローの収益力についても、貸出利鞘は極めて薄い状況にあります。
以上のように、ストックとフローのいずれの面からみても、わが国の不良債権問題は、これまで以上に厳しい状況に直面していると言わざるを得ません。
こうした認識に立って、日本銀行は、先月、不良債権問題の捉え方や対応のあり方について改めて整理した「不良債権問題の基本的な考え方」というレポートを発表しました。
その後、先月末に金融庁は、資産査定の厳格化、企業再生、公的資本注入の活用などを含む包括的な「金融再生プログラム」を公表しました。現在、政府内部において「工程表」の策定など、その具体化へ向けた作業が行われていると承知しています。私どもとしては、不良債権問題の解決に向けた大きな方向感については、政府と日本銀行は概ね一致しているとみています。
そこで、これから、「不良債権問題の基本的な考え方」や「金融再生プログラム」に即して、どういうスタンスで不良債権問題に臨む必要があるかについて私どもの認識をお話しし、次いで、その一環として私どもが実施しようとしている金融機関保有株式の買入れについて簡単に触れたいと思います。
「不良債権問題の基本的な考え方」の内容
「不良債権問題の基本的な考え方」は、大きく分けて、次の三つのことを述べています。
まず、第一は、不良債権の経済価値の適切な把握と早期処理の促進が問題解決のための出発点であるということです。第二は、こうした認識の下で、不良債権問題克服のためには、ひとり金融機関のみならず、背後にある産業自体の収益力強化を図る必要があるということです。そして、第三には、そうした過程においても、金融システムの安定は常に確保されなければならないということです。
不良債権の経済価値の適切な把握
まず、不良債権の経済価値の適切な把握と早期処理の促進について、お話しします。不良債権問題の克服には、経済価値の的確な認識と、それに対する適切な備え、つまり十分な引当を行うことが重要です。この点、現在の金融機関の引当手法につき更なる改善の余地がないか、検討を深める必要があると考えます。
こうした対応を行えば、不良債権の最終処理やオフバランス化を行う際に、追加的な損失は発生しなくなり、不良債権の早期処理が進め易くなるといった効果が期待されます。
更に、不良債権の経済価値を的確に認識することは、金融機関にとってリスクとリターンの関係をより明確に意識する大きな契機になり、その意味で収益力強化にも資するはずです。
この点、金融庁の金融再生プログラムでは、資産査定の厳格化のためのいくつかの具体的な検討項目がリストアップされたほか、引当について将来のキャッシュフローを重視した、いわゆる割引現在価値的な手法を活用していく方向性が盛り込まれています。今後は、これらの一つ一つについて、実務レベルでの検討を速やかに行い、できるものから着実に実施していくことが重要と考えています。
金融機関の収益力強化
次に、これは不良債権問題を克服していくための最も重要なポイントですが、金融機関の収益力を強化していくことが極めて重要です。
わが国の不良債権問題の中身を点検していきますと、バブル崩壊による負の遺産の処理という面だけでなく、産業構造や企業経営の転換・調整再編のプロセスといった側面を加えつつあることが、大きな特徴です。その意味で不良債権問題を、金融と産業双方にわたる日本経済の構造調整と密接不可分な問題として捉える必要がある。換言すれば、今後とも相当程度の信用コストの発生が見込まれる中で、そのコストを補うだけの十分な収益力を確保していくためには、企業・金融機関双方の収益力強化や企業再生をいかにして実現していくかということがポイントになると思います。
この点、まず金融機関や企業の収益力強化のためには、経営の再編を含めた業務の見直しなど、金融機関や企業自身の経営努力が必要なことは言うまでもありません。この点は、多くの皆様方が日々心をくだいておられるところと拝察します。
制度面の見直しの必要性
その上で、こうした経営努力を促がしていくためにも、金融制度や税制など制度面のあり方を見直していくことが必要です。
また、企業再生という観点からは、産業政策や地域政策の観点を含め、総合的な政策が模索されています。この点については、産業再生法の見直しや経済特区などが、既に打出されています。また、現在政府においては、企業再建の実際の担い手となる「産業再生機構」の設立に向けて、準備作業が始まっていると聞いています。私どもとしては、これらの施策が効果を挙げていくことを強く期待しています。
この間、公的金融機関についても、民間金融機関が対応できる分野については、業務の廃止・縮小を通じて、民間金融機関のビジネス・チャンスを拡大することを原則とすべきと思います。しかし、先程述べた産業政策や地域政策の観点から、民間金融機関が対応できない分野において、保証・利子補給等のかたちなどで機能を十分発揮していくことは排除すべきではないと考えられます。
いずれにせよ、産業構造や企業経営の転換や調整再編の過程は、少なくとも短期的には痛みを伴う可能性があります。しかしながら、先程も申し上げたように日本経済を成長軌道に復帰させるためには、不良債権問題や、それと表裏の関係にある経済の構造問題を解決し、金融機関や企業が前向きの活動を行えるようにしていくことが不可欠であり、その過程を避けて通ることはできないと思います。
金融システムの安定性確保
最後に、金融システムの安定性確保についてお話しします。今後、政府の方針に沿って不良債権処理を加速させていくと、その過程で、資本が毀損され、場合によっては資本不足となる金融機関が生じ得ます。そうした金融機関についても、積極的な、不良債権処理や収益力強化につき市場の信認が得られれば自力で市場調達することが可能となる筈です。しかし、様々な事情により、自力調達が難しい場合には、金融システムの安定を確保する観点から、公的資本注入も1つの選択肢であると考えます。
誤解のないように申し上げると、私どもは、「まず資本注入ありき」といった考え方に立っている訳ではありません。また、仮に公的資本を投入する場合でも、金融機関の自主的な収益力向上努力を促すような形で投入することが重要と考えています。そうでなければ、資本注入を行っても不良債権問題の克服に必ずしも有効ではないと考えます。
日本銀行による金融機関保有株式の買取り
ところで、政府や私どもが不良債権問題について様々な議論を行っている間においても、株式相場は下落を続けました。
わが国の金融機関は、様々な歴史的経緯もあって、多額の株式を保有しています。このため、株価下落が金融機関経営に及ぼす影響は、他の主要国と比較しても格段に大きいという事情があります。
金融機関保有株式の買取りは、こうした株価変動リスクを少しでも早く軽減し、金融機関が不良債権問題の克服という最も重要な課題に着実に取り組める環境を整備する観点から、中央銀行としては極めて異例の措置を決断したものです。
その後、事務を取扱う信託銀行も決まり、現在、事務の細目について最終的な検討を急いでいます。遅くとも年内には、実際の買取りを開始したいと考えており、私どもとしては、今回買入れの対象となる金融機関が、日本銀行の株式買入スキームも活用して、保有株式の価格変動リスクの削減に早期に取組むことを期待しています。
先程も申し上げたように、わが国経済にとって10年来の課題である不良債権問題の克服について、新たな具体的な動きが始まっています。この問題は、金融機関、企業、当局といった関係者が総力を結集して対処しなければ、克服の難しい、大きく根深い問題です。日本銀行としても金融システム問題に対して、中央銀行としてなし得る最大限の努力を行っていきたいと考えています。
4.おわりに
以上で私からの説明を終わらせて頂きますが、ご当地は先人たちの長年にわたる不断の努力と英知により、また、四国と本州を繋ぐ玄関口に位置する地理的優位性を活かしながら行政・経済・交通の拠点を形成し、四国の中枢都市としての役割を担ってきました。今後は、整備が進められているサンポート高松に代表される社会基盤や、こんぴらさんに代表される歴史・文化基盤を最大限に活用し、ご当地が一層の発展を遂げられることを心から祈念しております。
今後とも、私どもの高松支店が窓口となって皆様方のご意見を拝聴させて頂くとともに、地域経済発展のために十分なコミュニケーションをとらせて頂きたいと考えておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
ご清聴ありがとうございました。
以上