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最近の金融経済情勢について

2002年11月27日広島県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨

2002年11月27日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.景気の現状
    1. (1)米国経済
    2. (2)国内実体経済
    3. (3)国内の金融環境
  3. 3.日本銀行の政策対応
    1. (1)量的緩和について
    2. (2)「不良債権問題の基本的な考え方」について
    3. (3)「株式買取り」について
  4. 4.企業金融に関連する諸課題
    1. (1)中小企業金融について
    2. (2)ベンチャー企業育成について
  5. 5.終わりに

1.はじめに

 日本銀行の春でございます。本日は、皆様ご多忙のところ、広島県の官界・経済界の中核の方々にお越し頂き、金融経済情勢等についてご報告させて頂く機会を得ましたことを大変ありがたく、また光栄に存じます。

 日頃は、森谷支店長をはじめ日本銀行広島支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっていることと存じます。この場を借りて厚くお礼申し上げますとともに、今後ともご指導、ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 本日は、まず私から最近の金融経済情勢や日本銀行の金融政策等についてご報告させて頂き、後ほど皆様方から、経済動向等についてお聞かせ頂ければ、有り難く存じます。

2.景気の現状

(1)米国経済

 まず、景気の現状でございますが、日本経済に触れます前に、日本経済のみならず、欧州、アジア経済に対する影響の大きい、米国経済の動向について申し上げます。

 米国経済は今年に入って堅調な消費や住宅投資、そしてIT産業等における在庫投資などにより順調な回復を示しておりましたが、このところ株価下落の影響等から家計のマインド悪化が続く中で、これまで堅調を保っていた個人消費の一部に伸び悩みが見られるなど、注意を要する状況にあります。

 米国経済の先行きについて見方が分かれているところですが、現在のところは、企業の生産性が着実に上がっていることもあって、そのスピードは落ちておりますが緩やかな回復過程にあるとの見方が多いように思います。大方のエコノミストの予想をみても、実質GDP成長率は、潜在成長率とされる3%~3.5%に対し2002年は2.3%程度、2003年は2.8%程度との予想が中心となっています。

 このような状況の中で、米国の金融当局は、11月6日にフェデラルファンドの目標レートを1.75%から1.25%へ0.5%引下げる市場の予想を上回る思い切った金融緩和を行ないました。この金融緩和の声明文の中で、金融当局は、これまでの「景気減速につながる方向に傾斜している」との見方から、今回の措置を経て、「景気減速とインフレにつながるリスクがバランスしている」との判断に変えています。

 現状、住宅価格は依然として堅調ですが、不安定な株価など資産価格の下落や、企業、家計のマインド悪化が続くことになれば、設備投資の回復や個人消費の底堅さといった想定が崩れるリスクも否定できません。その場合、内需の弱さが目立つ欧州をはじめ、対米輸出依存度の高い一部の東アジアの国々に深刻な影響が及んでいく可能性があります。

 11月5日に行なわれた米国の中間選挙の結果、共和党が上院、下院とも過半数を占めることとなりました。経済政策では、エネルギー改革法案や医療改革法案、年金制度改革法案と共に、大型減税政策の実施期待が高まりましたが、政治面では中東情勢の緊迫度が高まる方向に受け止める向きが多いようです。

(2)国内実体経済

 次に、国内の経済について申し上げます。2001年度実質GDPでマイナス1.8%のマイナス成長を記録した後、現状は、全体としては下げ止まっていますが、残念ながら回復に向けての不透明感が強まっている状況かと思います。

 具体的に申しますと、年初来、輸出が急速に回復し、これに伴い生産も順調に持ち直してきました。景気のバロメーターの一つである全国の大口産業用電力を見ますと、今年の6月まで17ヶ月連続で前年割れが続いていましたが、7月以降は10月まで4ヶ月連続でプラスになっています。中でも、鉄鋼、化学といった業種の伸びが大きく、地域別に見るとご当地の中国電力の伸びが目立っています。しかし、米国におけるIT産業等の在庫調整の一巡等からある程度想定されていたところですが、このところ輸出の勢いが落ち、生産の増加テンポは緩やかになってきました。

 外需の勢いがある間に消費や設備投資など内需の盛り返しが見られることを期待していますが、雇用・所得面では、この夏の賞与が昨年の冬以上に前年比下落幅の大きいものとなったように、厳しい状況が続いており、消費は、その収入環境の割には健闘しているとはいえ、低調に推移しています。設備投資は、輸出・生産の増加などを背景にほぼ下げ止まっていますが、9月の日銀短観を見ると、企業収益について製造業を中心に2001年度の落ち込みから2002年度、大幅な回復が見込まれている割には、設備投資について、なお慎重なところが窺われております。

 こうした中で、10月30日、政府は「改革加速のための総合対応策」を打ち出し、2002年度の補正予算編成を含め、その実現に向けた精力的な検討が進められております。

 日本銀行は、10月30日に公表しました「経済・物価の将来展望とリスク評価(2002年10月)」に、今後の景気のシナリオを示しています。その中で可能性の高い標準シナリオとしては、今年度下期中は、回復へのはっきりとした動きがみられないままで推移するものの、来年度は、海外経済が緩やかな回復を続けることを前提に、輸出と生産が再び伸びを高め、ここに漸く設備投資の回復が加わり、個人消費も徐々に底堅さを増す形で、来年度上期から景気は緩やかな回復を見せるものと想定しております。

 日本銀行のボードメンバー9人の実質GDP成長率見通しは、2002年度+0.2%~+0.5%、2003年度は+0.4%~+1.0%と想定しています。なお、物価については、消費者物価で2002年度が-0.9%~-0.7%、2003年度が-0.6%~-0.4%と、残念ながら物価は引き続きマイナスを続けるものと見通しています。

 数字の上では極く緩やかな景気回復が続くことになっていますが、5つのリスク要因を挙げております。それは、第1に米国をはじめ海外経済の動向、第2に消費、設備投資など国内民間需要の回復力、第3に不良債権処理とその影響、第4に財政改革と財政収支の影響、第5に株価等金融資本市場の動向を挙げております。

 残念ながら当面外需頼りの状況にあって、この中では米国経済の状況が最も重要な要因と思います。また、現在検討が進められている不良債権処理や財政構造改革については、短期的には景気にマイナスの影響を及ぼす可能性があり、当面のデフレを克服し、持続的かつ安定的な経済成長を実現する上で、税制の見直しをはじめ、適切な財政運営が極めて重要な役割を果すものと考えます。

(3)国内の金融環境

 このような経済情勢下、11月13日、14日と2日連続してバブル崩壊後の安値を更新した株価の動向が、最も気掛かりなところです。その国の経済活力の象徴とも言うべき株価は、基本的に市場における企業収益の予想を反映するものと言われます。現在、各企業の中間決算発表が行なわれておりますが、電機産業、自動車産業を中心にリストラ効果や外需拡大の効果が見られ、全産業2002年度の連結経常利益は、ある経済紙の集計として前年比70%程度の大幅増益と報じられています。にもかかわらず、このようなニュースに、株価は反応しておりません。これは、市場は既にそのようなニュースも織込み済みという見方もありますが、一方では、そのような収益が本当に実現できるのか、今後収益見通しが大きく下方修正されるのではないかと、市場が不安を抱いているとする見方もあるようです。

 一方で、資金の運用者は、金融機関も投資家も、そして家計も、よりリスクの少ない資金運用を選択しています。2002年6月時点で約1,400兆円の個人金融資産は、その過半が現金・預金の形で保有されており、株式に投資されているのは7.3%に過ぎません。企業はキャッシュフローを設備投資に回すことに慎重で、専ら有利子負債を返済しています。こうしたこともあって、金融機関は受け入れた預金の運用先として減少する貸出に代えて、国債など債券の保有を増加させている状況です。

 私見ですが、こうした状況を克服し、日本経済が本格回復するためには、家計における消費活動の活性化、設備投資、研究開発など企業活動の活性化、そして株式市場の活性化、この3つの活性化が欠かせないと考えております。

3.日本銀行の政策対応

 次に、これまで日本銀行が取っている政策について、ご説明させて頂きます。

(1)量的緩和について

 10月30日、政府による「総合対応策」と呼応する形で、日本銀行は一段の金融緩和策として、(a)日本銀行当座預金残高の目標引上げ(従来の10~15兆円から15~20兆円へ)や、(b)国債買切りオペの増額(従来の月1兆円から月1兆2千億円へ)、(c)手形オペの期間延長(従来の6ヶ月から1年へ)を行ないました。

 溯りますと、日本銀行では、2001年3月以降、金融調節の枠組みを、それ以前の短期の市場金利を対象とする枠組みから、金融機関が日本銀行に持つ当座預金残高の量を対象とする枠組みに変更しました。これは、その当時、それまでの引下げの結果として短期金利がほぼゼロに低下し、これ以上引下げの余地がなくなった状況にあって、一層の金融緩和状態を実現するために行なわれたものです。

 日本銀行当座預金は、金融機関が毎日の決済を行なう、言わば金融機関の手許の流動性に当たるもので、金融機関は総額約4兆円を、準備預金として日本銀行当座預金に積んでおくよう法律で義務づけられています。量的緩和の枠組みは、この当座預金残高を、準備預金やそのほか通常の流動性として必要とする額以上に積み上がるように、潤沢な資金を供給することを通じて、市場の短期金利をゼロ近辺に維持しながら、少しでもリターンの期待できる運用先があればそこに資金が流れていくことを期待するものです。

 加えて、日本銀行は、消費者物価の上昇率が安定的にゼロ以上となるまで、この枠組みを維持すると宣言していますので、市場では相当の期間、この超低金利が続くものと認識され、翌日物の金利が0.001%ないし0.002%という水準を続けているほか、10年物国債の金利が1%前後となるなど、長めの期間の金利まで極めて低くなっています。

 残念ながら、これまでのところ、こうした金融緩和による経済の総需要喚起の効果は、必ずしも明確ではありません。規制緩和や税制改革などの構造改革やデフレ対策が進み、個人消費や設備投資などの内需が盛り上がる状況を作り出すことによって、はじめて量的緩和の効果が十分に発揮されるものと考えます。ただ、この間の量的緩和によって金融機関がいつでも引き出せる余裕資金を大量に抱えていることで、株安など日本経済が直面した様々なショックによる流動性不安から引き起こされる景気の下振れリスクを回避し、金融市場の安定と景気の下支えに効果を発揮してきたものと考えます。

 なお、量的緩和をさらに進めるため、上場株式投信(ETF)や個別の株式、不動産投信(REIT)などのリスク資産を、日本銀行が買上げ、一段と資金供給を増やしてはどうか、といった議論があります。この点では、それらを手段とした場合の政策としての実効性や、円という通貨の信認にどういう影響があるかという問題があると思います。また、中央銀行がこのような資産市場に介入することは、本来市場メカニズムによって為される適正な資源配分を歪めてしまうのではないか、という問題もあります。

 さらに、外債を購入してはどうか、との議論もあります。それが量的緩和に加えて、結果としての為替の円安化を通じた景気刺激を期待してのものである場合、政府による為替管理政策との関係をどのように考えるか、という問題があります。

 量的緩和を進めるための日本銀行のオペレーションの対象としては、現在対象としている国債等のリスクフリーの資産で十分可能な状態にあります。これらの資産については、只今申し上げた問題を含め、慎重な検討が必要と考えます。

(2)「不良債権問題の基本的な考え方」について

 次に、不良債権問題について申し述べます。金融機関は過去約10年に亘り、90兆円に上る巨額の不良債権処理を実施してきておりますが、長い景気の停滞の中で不良債権の新規発生は高い水準が続いている一方、不良債権処理に必要な金融機関の経営体力や収益力は、これまで以上に厳しい状況に立ち至っています。

 10月30日、政府は「改革加速のための総合対応策」とともに「金融再生プログラム」を公表し、2004年度末までに不良債権問題を終結させるとの目標の達成に向け検討を開始しました。日本銀行は、これに先立って10月11日「不良債権問題の基本的な考え方」を発表しており、日本銀行としても、政府と連携して中央銀行として金融システムの安定および不良債権問題の処理に向けて努力していく考えです。

  1.  「不良債権問題の基本的な考え方」に示した不良債権問題への対応の基本を要約いたしますと3点になります。まず、第1に、不良債権の経済価値の適切な把握とこれに基づく適切な引当ということが挙げられます。日本銀行は考査等を通じて、より適切な引当に向けた金融機関の自主的な努力を促していきたいとしています。また、不良債権処理に当たっては、整理回収機構(RCC)の活用等を通じた貸出債権流動化市場の整備を図り、不良債権の市場価格の適切な形成とオフバランス化促進を後押しすべきとしております。

  2.  第2に、借入先企業、金融機関双方に、一段の収益力強化が望まれるとしています。例として、金融機関の収益力強化に向けた経営努力の促進や、企業の収益力強化・企業再生に向けた総合的な取組みが必要であるとしています。

  3.  第3は、金融システムの安定性確保です。この中では金融機関保有株式の削減を促進することや、「不良債権を早期処理する過程で資本が不十分となる金融機関に対しては、その自主的かつ責任ある収益力向上努力を促すかたちでの公的資本の注入がひとつの選択肢として検討されるべきであろう」としています。

(3)「株式買取り」について

 次に、10月11日に政府の認可を頂き、11月29日より実施を予定している日本銀行の「株式買取り」について、申し上げます。

 所謂、直接金融の国であります米国では、企業は市場からの資金調達が中心であり、金融機関による株式保有もそれほど大きいものではありません。一方、日本やドイツは、所謂間接金融の国でありまして、企業は資金調達の相当部分を金融機関からの借入れに依存し、また金融機関の株式保有も大きくなっており、言わば景気後退や株安のリスクが金融機関に集中する仕組みになっています。

 こうしたことを背景に、2002年1月に施行された「銀行等の株式等の保有の制限等に関する法律」により、銀行は2004年9月末までに、自己資本のうちの中核的な部分、やや専門的に申しますとTier1と呼称していますが、その部分まで保有株式を圧縮するよう義務付けられています。なお、2002年9月末現在、Tier1を超過している株式保有の合計額は5兆円強と見込まれています。

 そして、その売却の環境を整備するための受け皿として、2002年1月に銀行等保有株式取得機構が設立されておりますが、日本銀行としては、一層の売却促進に向けて、別途の選択肢を提供することが金融システムの安定を確保するために必要であると考え、中央銀行としては極めて異例なことではありますが、リスクを限定した上で銀行保有の株式を日本銀行が買い取ることによって、削減促進を図ることといたしました。具体的には、原則、2003年9月末までの間に、株式等保有額が自己資本(Tier1)を超過している銀行から、総額2兆円を上限として、格付けでBBBマイナス相当以上の上場株式を時価で購入し、原則として5年から15年の間、保有することとしております。

4.企業金融に関連する諸課題

(1)中小企業金融について

 景気の現状認識と、その中で日本銀行が進めております政策についてご報告いたしましたが、ここで、若干、企業金融、特に中小企業金融やベンチャーについて触れさせて頂きます。

 日本における中小企業は、社数ベースで日本の全企業、個人事業者を含め約490万社の99.7%、雇用者数ベースで全雇用者約4,500万人の69.5%を占めており、日本の経済を支えるまさに重要な役割を果たしています。先ほど、日本は間接金融の国であり、企業金融に占める借入金の割合が多いと申し上げましたが、2000年度において社債やコマーシャルペーパーなど直接金融による資金調達が可能な大企業(資本金1億円以上)において総資産に占める借入金の割合は29%であるのに対し、中小企業(資本金1億円未満)においては48%と借入金依存は一層顕著になっています。

 また、借入れについては土地担保や経営者の個人保証を求めるものが多く、経営者の負担となっている面があります。但し、最近では、まだ、量の面で大きなものではありませんが、無担保で審査も簡単な事業者向けクイックローンといった貸出を多くの金融機関が取扱い始めております。これは、無担保であるため、その分リスクに見合った金利設定を可能とするスキームの一つであり、成長が期待されています。

 このように借入依存の高い中小企業の資金繰りについての判断を9月の日銀短観でみると、大企業は「楽である」とする企業の方が多いのに対し、中小企業では「苦しい」とする企業の方が多く、先行きの見方については、その差はさらに拡大しています。また、調達における金融機関の貸出態度判断を見ると、大企業の場合は「緩い」とする企業の方が多いのに対し、中小企業では「厳しい」とする企業の方が多く、同様に先行きの見方については、その差はさらに拡大しています。

 今回の「金融再生プログラム」によって不良債権処理が加速される場合、中小企業に対する金融機関の貸出態度が今よりも厳しくなっていくことを懸念される方も多いようです。現在、検討が進められているセーフティネットとしての期間や役割を明確にした政策金融の活用などが、極めて重要と考えます。

 一方で中長期的な観点から、中小企業金融を円滑化するため幾つかのスキームが検討され、実施されております。

 まず、資金の供給者が負担する信用リスクを、市場を通じて他の投資家に分担してもらうスキームとして、ローン担保証券(CLO)や社債担保証券(CBO)など、銀行の中小企業向け貸出債権をプールして証券化し、投資家に販売するスキームがあります。このうちCLO方式については、東京都の構想に基づき2000年3月の第1回以来、既に3回、合計1,900億円の債券発行の実績があり、約5,200社に資金供給がされております。その後、2002年になって福岡県、大阪府で同様の構想が発表され、両府県とも既に実施しております。

 このほか、現在は大企業のビッグプロジェクトを対象に行なわれているプロジェクトファイナンスの手法を中小企業にも応用したり、さらには、コミュニティクレジットと呼ばれる、地域の企業が集まってコミュニティ(共同事業者)と呼ばれるグループを作り、このコミュニティの信用を基に資金を調達するスキームなどがあります。また、「証券化」という技術を用いて、中小企業が保有する売掛債権を裏付けに金融市場から直接資金を調達するスキームが考えられています。

 企業金融の円滑化に向けて寄与し得るこうしたスキーム開発について、日本銀行としても様々な検討を行い、関係機関の検討にも参加しています。また、こうしたスキームの一つである資産担保のコマーシャルペーパー、所謂ABCPについては、今年2月以降、日本銀行の適格担保として受入れております。

(2)ベンチャー企業育成について

 ここで、ベンチャー企業育成について触れたいと思います。ベンチャー企業は、新技術や新顧客ニーズを切り開き、経済全体を活性化させていく上で、大変重要なものと考えています。

 このベンチャーを育成する上で、世界をリードする立場にある米国のベンチャー環境について、2000年度の中小企業白書は、次のような5つの視点から日米の差違を指摘しています。

  1.  第1は、まず米国では、ベンチャー企業を早い段階から支援する個人投資家、所謂エンジェルや、ベンチャーキャピタルが、キャピタルゲインを期待して活発に投資・支援を行なっていることです。

  2.  第2は、弁護士や会計士、弁理士、コンサルティング会社、人材派遣会社など創業に向けての専門的サービス機関が互いにネットワークを形成して、リスクを分担し合いながら、企業を後押ししていることです。

  3.  第3は、経営者におけるストックオプションのほか、従業員株式所有プラン(ESOP)など、経営者における多額の成功報酬や従業員における経営への参加意識を引き上げるシステムが整っているとしています。

  4.  第4は、米国の連邦倒産法は、債権者が債権を回収する場合も債務者に最低限の資産を残すように手当てされており、事業を失敗した債務者が清算後、改めて再出発を図ることを可能にしているとしています。

  5.  最後に第5は、米国では20年程度の技術移転機関(TLO)運営の歴史を持つ大学をはじめ、大学等の研究機関が創業に大きな役割を果しているとしております。

 日本においても90年代の後半から、ベンチャーキャピタルの増加が目立っておりますほか、民間や大学の動きをはじめ、経済産業省など官庁や地方公共団体のご努力もあって、創業を総合的に支援、育成するための施策が徐々に具体化されていく途上にあるようです。

 こうした創業支援の整備は、広島においても盛んであると伺っています。「産官学マスタープラン」のもと、産官学連携共同研究の実用化件数1,000件とか大学発ベンチャー創出200社などといった具体的な目標を掲げ、この実現に向けて「中国ニュービジネス協議会」や地域の金融機関が中心となった「ベンチャー助成金制度」といった仕組みが立ち上がっているとお聞きしています。

 民間サイドの支援機関として、公認会計士や弁護士の方々が多数参加され、非営利組織(NPO)の形で「広島経済活性化推進倶楽部」を運営されており、さらに、広島大学を中心に、その豊富な研究成果を民間に提供するTLOの設立に向け、準備を進めておられるとお聞きしました。広島のような工業地域として生産技術の蓄積厚い地域でのTLOは、大きな相乗効果を期待できるのではないかと考えます。

5.終わりに

 以上、若干の私見も交えてご報告をさせて頂きましたが、日本経済は長く続くデフレの中で、今年に入って輸出、生産の回復から景気は下げ止まってはおりますものの、その後の、内需主導の持続的回復に進む道筋が、明確には見えていない状況にあります。海外経済の先行きや株価の変動など、将来への不透明感は、むしろ拡大しています。

 このような状況の下で、政府は10月30日、「改革加速のための総合対応策」を発表し、その実施に向けた様々な検討を進めております。9月末の内閣改造以降、短期間の内に、これだけ広範囲な課題と対応策を、取りまとめたことを評価すると同時に、今後、実効ある具体策が推進されることを期待しております。そして、そのなかで日本銀行も政府と連携しながら、知恵を絞って中央銀行としての役割を果して参りたいと考えております。

 日本経済の本格的回復には、まず地域が元気になるということが肝要で、そのためには地域の企業、特に中小企業やベンチャーの元気が欠かせません。皆様のご努力により、広島の経済が元気になることを祈念しております。また、その過程で、日本銀行、特に広島支店の能力を引き続きご活用頂くよう、お願いいたします。

 ご清聴、ありがとうございました。

以上