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「量的緩和」政策の暫定的評価と今後の論点1

名古屋大学における須田審議委員特別講義

  1. 審議委員・須田美矢子は、今年11月11日に名古屋大学経済学部で特別講義を行いました。本稿は、その内容を加筆修正したものです。

2002年11月29日
日本銀行

 以下には、冒頭の挨拶部分および目次を掲載しています。

はじめに

 日本銀行政策委員会審議委員の須田美矢子です。皆様とは本日が初対面ですが、私自身としては、今年6月の京都大学、7月の琉球大学に続く、"出前講義"の第3弾ということになります。皆様は、大学でマクロ経済学を学び、「金融を緩和すると、利子率が低下し、投資が増加し、総需要が増大する」と理解しているだろうと思います。そして、短期金利がゼロ近傍まで低下している現状下で、「金融政策は何をやっているのか」、「新聞紙面などで『追加緩和』という見出しを見掛けるが、金融政策にできることは残っているのか」などという疑問を持っているのではないかと思います。そこで、本日は、「量的緩和」と呼ばれている現在の金融政策運営の基本的な考え方とその効果などについてできるだけ丁寧にご説明します。

 日本銀行は、日本銀行券を発行し、また、日銀当座預金を金融機関などに提供しています。日銀当座預金は、日本銀行と当座取引契約を結んでいる金融機関などが日本銀行に保有する当座預金です。政府債務である流通貨幣(硬貨)も日本銀行の窓口を通じて供給されます。これらを合わせたものが「日本銀行が供給する通貨」であり、マネタリーベース、ベースマネー、あるいはハイパワードマネーと呼ばれています。では、マネタリーベースの供給はどのような性格を持っているのでしょうか。

 一つの考え方は、マネタリーベースの供給は金融市場に対する「流動性の供給」であるというものです。中央銀行は、相対的に流動性の低い金融資産と等価交換することによりマネタリーベースを供給している、という考え方です。こうした見方は、中央銀行のみならず、広く一般にも受け入れられています。これに対して、「マネタリーベースの供給」は、「流動性の供給」に止まらず、「所得の移転」さえも排除しないという考え方もみられます。中央銀行から民間部門への所得の移転という、財政政策の範疇に近い機能を伴う場合であっても、「中央銀行が行う限り、それは金融政策である」という考え方です。

 日本銀行は、2001年3月、景気回復テンポが鈍化し、一段の景気下押し要因があることを考慮して、「通常では行われないような、思いきった金融緩和」に踏み切りました。私は、昨年3月以降の政策運営について、「マネタリーベースの供給が『流動性の供給』であるという認識に基づいて考えられる範囲の中で、できることを徹底的に追及してきた」と認識しています。

 前置きは以上に止めて、早速、講義に入ります。講義の構成は以下のとおりです。最初に、昨年3月以降の金融政策運営の内容を整理します。一般に、金融政策の効果を議論する場合には、金融政策の効果が実体経済に波及する経路——金融政策のトランスミッション・メカニズムと呼ばれています——を具体的に想定し、それを明らかにすることが不可欠です。そこで、次に、このような金融政策運営の効果に関する概念整理を行います。そして、こうした概念整理を踏まえたうえで、昨年3月以降の量的緩和の効果を暫定的に評価することに致します。最後に、経済学者の間で古くからある一つの思考実験を取り上げることに致します。それは、「ヘリコプターから、ただで銀行券をばら撒く」というヘリコプターマネー政策です。これは、「流動性の供給」という範囲を越えて「所得の移転」の域にまで踏み込む金融政策の、一つの究極のアイディアです。私も、文字どおり「ヘリコプターから、ただで銀行券をばら撒く」ことが現実的な選択肢であると考えている訳ではありません。しかし、その論点整理を通じて、金融政策運営を巡る今後の議論を皆様ご自身で評価するための1つの視点を提供できるのではないかと思います。

目次

  1. 1.はじめに(上記のとおり)
  2. 2.現在の金融政策運営の基本的な考え方
    1. 2.1金融調節の操作目標は量的金融指標(日銀当座預金残高)
    2. 2.2「なお書き」の効果
    3. 2.3時間軸効果
    4. 2.4補完貸付制度
    5. 2.5長期国債買い切り
  3. 3.政策効果の概念整理
    1. 3.1資産価格への影響
      1. 3.1.1予想オーバーナイト金利の平均値および金利変動リスク・プレミアム
      2. 3.1.2流動性リスク・プレミアム
    2. 3.2資産価格の変動から実体経済へ
  4. 4.量的緩和の効果に関する暫定的な評価
    1. 4.1金利の低下
    2. 4.2流動性リスク・プレミアムの抑制による経済下支え効果
    3. 4.3他の資産価格への影響
    4. 4.4緩和効果を制約している要因
      1. 4.4.1低い期待収益率
        • 名目金利のゼロ制約
        • 金融機関や機関投資家などのリスク許容度の低下
      2. 4.4.2高い不確実性
  5. 5.今後の金融政策運営を巡る論点
    1. 5.1マクロ経済政策のあり方:総合性と整合性の重要性
      1. 5.1.1総合性
      2. 5.1.2長期と短期の整合性
    2. 5.2ヘリコプターマネー政策
      1. 5.2.1ヘリコプターマネー政策とは何か
      2. 5.2.2ヘリコプターマネー政策に関する論点整理
    3. 5.3「所得の移転」機能の見極め
  6. 6.おわりに