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最近の経済金融情勢と金融政策運営
高知県金融経済懇談会における田谷審議委員挨拶要旨
2003年5月29日
日本銀行
目次
1.はじめに
本日は、高知県における各界の皆様方と懇談させていただく機会を賜り、感謝申し上げます。お蔭様にて、高知支店は、昭和18年に開設以来、本年11月には60周年を迎えます。これも、ひとえに皆様方のご支援、ご協力の賜物と、この場を借りて厚く御礼申し上げます。本日は、まず、私の方から、簡単に内外の景気認識をお話させていただきました後、金融政策をめぐるさまざまな論点を説明させていただこうと思っております。その後、懇談のセッションを設けさせていただきます。こうして、我々、審議委員が各地を訪問させていただき、現場の生の声を拝聴し、政策を考える上で参考にさせていただいております。忌憚のないご意見をお聞かせいただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。
2.最近の経済金融情勢
海外経済金融情勢
まず、米国経済についてですが、足許、生産、雇用関連の統計に弱さが目立ちます。家計支出はそこそこ堅調を維持しているようですが、企業設備投資は底打ちはしたものの、回復には至っていません。ただ、経済の先行きに影響すると考えられる指標には改善が見られます。イラク戦後は、原油価格の落ち着き、金利の低下、株価の戻りなどとともに、消費者センチメントの改善が見られます。ドルの為替市場における下落傾向も米国にとってはプラスでしょう。短期的にはまだ厳しい情勢が続きそうですが、先行き改善の期待は持てそうです。ただ、米国においても、このところ、ディスインフレの動きが注目され、物価の先行きについての懸念が一部で強まっています。これは、今のところ、主としてエネルギー価格の低下を反映したもののようです。足許の需要が比較的低調であり、財の価格が傾向的に下がってきていることも事実でしょうが、先行き、景気が回復するとすれば、ディスインフレ懸念は、米国にとって、今すぐの問題というより、中長期的な問題だろうと思います。
米国経済に関連した日本経済にとっての当面のリスク要因は、米国経済の回復後ずれよりもドル安だろうと思います。長期金利が下がってきており、米国にとって、ドル安に伴って起きると考えられる主要なデメリットがあまりなくなっています。連銀による行き過ぎたインフレ率の低下に対する懸念の表明や、一部の金融当局者によるイールド・カーブのフラット化を示唆する発言なども、長めの金利の低下に結びついている可能性があります。また、日本の金融機関などによるドル債投資も、米国金利の低下に一役買っているかもしれません。米国長期金利がさらに下がるようであれば、日本の長期金利に低下余地が乏しい状況下では、日米金利差の縮小がさらなる円高要因になりかねません。注視が必要のように思います。
東アジア経済につきましては、新型肺炎SARSの影響が統計上まだほとんど確認できません。中国経済につきましても、4月までの生産関連統計には、その影響があまり出ていないようです。需要サイドへの影響、そして、その供給サイドへの影響が確認できるまでは、まだ時間がかかると考えられます。日本の輸出、生産への波及効果の全体像を把握できるようになるまでには、もう少々時間がかかりそうです。しかし、これがマイナス・インパクトを持つことははっきりしています。そうしたこともあって、民間エコノミストによる今年の成長率見通しは、米国、欧州とともに、東アジアでも下方修正されています。日本にとっての輸出環境は若干悪化したと考えられます。
国内経済金融情勢
国内経済につきましては、輸出、生産の回復時期が後ずれしそうですが、依然として、年末に向けて、輸出主導の景気回復シナリオが維持できると思います。足許では、輸出が若干弱含みとなってきており、輸入が増え気味であることもあって、輸出と輸入の差である純輸出は成長への寄与が薄れています。しかし、米国景気の回復や、東アジアにおけるSARS被害の拡大の一服とともに、輸出は回復してくるものと思われます。一方、国内の主要需要項目の動きを見ますと、設備投資は、先行指数に弱めとなっているものもありますが、緩やかに持ち直してきています。個人消費は、所得対比では健闘しているものの、所得そのものが低下気味となっているため、弱めの動きを続けています。その他では、住宅投資は低調に推移していますし、公共投資も減少しています。今月半ばに発表された今年第1四半期の国民所得統計によりますと、実質経済成長率は前期比横ばいでした。成長率に対する寄与では、純輸出が若干のマイナス、内需は若干のプラスでした。
国民所得統計の発表後に出てきたデータ、特に、3月の全産業活動指数などを見ますと、第1四半期の成長率は若干上方修正される可能性もあると思います。もっとも、第2四半期の成長率は若干マイナスになるかもしれません。今年に入ってからの景気状況は、概ね横ばいの動きを続けているということだと思います。ただ、海外経済、国内の金融システム、株価を含めた金融市場の動向など先行きの不透明感は、ここに来て、強まっている気配があります。これらのリスク要因とともに、予想される企業業績の回復傾向が、設備投資に、また、雇用・所得を通して個人消費にいかなる影響を及ぼして行くかに注目して行こうと思っております。
3.金融政策運営について
量的金融緩和の進展
先週の金融政策決定会合で、一段と日銀当座預金残高目標を引き上げました。先月(4月30日)に続いて、2回連続の引き上げとなります。先月の場合は、郵政公社の預け金の残高がなかなか下がらないことで、「なお書き」対応が長期化していましたし、銀行株価が下がっていたこともあって、大手行を中心として日銀当座預金に対する需要が強まる兆候がありました。郵政公社の預け金残高は、当初の想定よりは緩やかかもしれませんが、徐々に低下してきていましたし、将来とも、一時的な振れはあるかもしれませんが、トレンドとしては低下してくるものと想定されました。郵政公社の預け金残高が低下する分、実質的な量的緩和度合いは拡大することになるとの理解は共有されていたと思います。大手行の流動性需要の増加と言っても、引き上げ決定の直前には、マネー・マーケットの金利はそれ以前より若干高めながら落ち着いてきていました。そもそも量的緩和レジームは少々の金利の振れは容認するはずです。このような状況下での4月30日の引き上げも私にとっては難しい決定でしたが、今月の場合はさらに難しいものでした。りそな銀行に対する公的資金の注入が議論されていましたが、銀行株の下落もとりあえずはごく短期的なものでしたし、短期金融市場は落ち着いていました。金融市場が不安定化するおそれがある場合には、「なお書き」対応で一層潤沢な資金供給を行うことは当然ですが、予防的に当座預金残高目標を引き上げるといったことを繰り返すと、マーケット参加者は何を尺度に日銀の行動を予想したらいいか分かり難くなる可能性があるように思います。こうした点も考慮しながら、今後の当座預金残高目標の決定に臨みたいと考えております。
量的緩和と為替市場介入
量的緩和と為替市場における介入との関係が話題となることがあります。為替市場における円売り・ドル買い介入は、外為特会がFBを発行して円資金を調達するまでの間、財政資金が払超となることで、円資金の余剰要因となります。その結果、日銀当座預金残高目標が変わらない限り、その分、通常のオペによる資金供給が減ることになります。金融機関の間での資金のやり取りがスムーズにいっている限り、為替介入に伴う資金供給が増え、日銀の資金供給オペが減っても、市場全体の資金需給に影響はないはずです。つまり、為替介入に伴って供給された日銀当座預金が、通常の日銀の資金供給オペで資金調達をしようとしていた金融機関に回れば、問題はありません。ただ、それが、そうならない場合、短期金融市場で需給が逼迫し、金利に上昇圧力がかかるかもしれません。それが、最近の当座預金残高目標引上げの要因の一つではないかとの解釈もあります。
個人的には、その解釈は妥当ではないと思います。ネットの資金供給オペは、為替市場介入に伴って、一時的に減ることはありますが、一方で、資金吸収オペをしつつ、その分、資金供給オペを増やすことができると思います。もっとも、通常、吸収オペでは短めの資金を吸収し、供給オペでは比較的長めの資金を出していますので、吸収オペと供給オペを両建てでやれば、完全に流動性需給のミスマッチがなくなる訳ではありませんが、かなりの程度、需給逼迫懸念は小さくなるのではないかと思います。もっとも、こうした事例は、日銀が短期金融市場におけるブローカー機能を強めていることの反映です。こうしたことを考えるにつけても、資金供給オペに対する応札倍率が高いからといって、どんどん供給目標額を引き上げれば良いということにはならないのではないかと思います。資金吸収オペに対する応札倍率も同時に高くなっている事実があるからです。
量的緩和の効果
量的金融緩和の効果につきましては、これまでも繰り返し触れてまいりました。効果としては、金利が広範に下がりましたし、十分過ぎるほどの資金供給をすることによって、金融市場の安定を確保し、それを通して経済の安定化に貢献してきました。量的緩和を進める過程で、オペ金利の刻みを細かくしたり、買い入れ手形の期間を1年まで延長したりしたことも、イールド・カーブの低い水準でのフラット化に貢献してきたと思います。長期国債の買い入れを増やしてきたことも、長期金利の低下に影響したであろうことは否定し難いと思います。ただ、今のマーケット状況では、手形オペなどで十分に資金供給ができており、ここ2回の当座預金残高目標引上げの際には長期国債の買い入れを増額することは必要ありませんでした。また、最近のように、長期金利がここまで下がってきますと、長期国債の買い入れ額の引き上げには慎重になります。買い入れ額の引き上げが、さらなる金利の低下を短期的に加速させ、金利の反転タイミングを早めたりするリスクもありますし、あるいは、財政規律に対する疑念を生じさせることで、金利の反転をもたらすリスクも考えられます。こうしたリスクを念頭に置いて、今後とも、長期国債の買い入れ増額の是非については考えて行きたいと思います。
量的緩和は、金融市場の安定を確保することで、景気の底割れを防ぐことには貢献してきましたが、より前向きに景気を刺激し、経済をデフレから脱却させるには力不足であったことは事実です。期待されたポートフォリオ・リバランス効果、つまり、金利の低下を起点としない、金融機関によるさまざまなリスク資産に対する需要拡大効果は限定的なものでした。金融機関としては、貸出を減らし、株式保有も削減し続けている下では、社債やCP、あるいは、外債を購入することが考えられます。この関連では、比較的高い格付けの社債、CPのクレジット・リスクに対するプレミアム削減効果は若干見られたように思います。ただ、米国など、直接金融市場が十分に発達した国と異なり、社債、CP市場は貸出市場に比べれば規模も小さいものですし、金利がもともと低いため、これまでのところ、クレジット・スプレッドの低下を通して、需要を喚起し、物価に影響を及ぼしたようにも見受けられません。量的緩和効果を高めるためには、金融機関の資本制約が緩和されて金融機関がもっとリスク・テイクできるようになること、また、社債、CP市場など直接金融市場の育成・強化が必要でしょう。一方、日銀当座預金を保有する金融機関の場合、外債投資は為替リスクを取らないヘッジ・ベースによるものがほとんどでしょう。こうした取引は為替レートに対する影響はニュートラルと考えられます。こうした点から考えますと、円高や、クレジット・スプレッドがかなり縮小してきているような状況下での景気下振れリスクなどに対して、日銀当座預金の引き上げで対応するのは、現在のところ、論理的に弱いように思います。
金融仲介機能の強化
そこで、金融機関の信用仲介機能を強化することと、社債・CP市場の育成強化が必要になります。この関連で、まず、りそな銀行に対する公的資金注入の事例を取り上げながら、金融機関の信用仲介機能の強化に関連したいくつかの論点について触れてみたいと思います。りそな銀行は、資産査定の厳格化による貸倒引当金の積み増し、保有株式の含み損処理、繰り延べ税金資産の取り崩しその他により、3月末時点で、国内基準行の最低自己資本比率4%を下回り、2%台前半になることが明らかになり、早期是正措置が発動されました。増資も実施したばかりであり、リスク資産の圧縮も短期的には困難という状況下で、公的資金の申請意向を表明しました。こうした状況下、金融危機対応会議が開かれ、預金保険法102条による公的資金の注入方針が出されました。102条の中でも、債務超過には陥っていない資本不足行に対する公的資金注入措置である1号措置が採られることになりました。政府から日銀に対して特別融資の要請が行われ、政策委員会においてその必要性が議論され、必要に応じて特別融資を実施することを決定しました。この間、臨時株主総会において経営陣が交代し、明日、新しい経営陣によって正式な公的資金の申請が行われるとともに、経営健全化計画が提出されることになっています。その後、株主総会を経て、公的資金を自己資本比率が10%を十分上回る規模になるよう注入することになります。
りそな銀行が過小資本に陥ったひとつの大きな要因が、繰延税金資産の取り崩しであったことから、多額の繰延税金資産を抱える他の大手行の株価も、一時的に売られました。今回は、各行とも、税効果会計の厳格化についてはそれなりに対応していたこともあって、大事には至りませんでした。こうした点を含め、多くの銀行がさまざまな共通の課題を抱えており、金融システムが安定化したとは言えない状態が続いています。公的資金を危機に陥る手前でも注入することができる枠組みを早急に用意することが望ましいと思います。その際、各金融機関それぞれが目指すビジネスモデルに適した健全化計画を、制約が出来るだけ少ないかたちで作成することが重要であるように思います。さまざまな制約があった場合、経営責任をとるといっても難しいでしょう。適切な経営計画を持って初めて、収益があげられ、将来、資本注入行の株式の売却がうまく行き、公的資金の回収もうまく行くはずです。りそな銀行の場合、仮に、今後似たようなケースが出てきた場合、ひとつのモデル・ケースとなるだけに、今後とられる一つ一つのステップが大事になると思います。
資産担保証券買い取り構想
現在、資産担保証券、その内でも、中小企業向け貸し出し債権を主たる裏付け資産とした債券、また、中小企業の売り掛け債権を裏付け資産としたコマーシャル・ペーパーなどを日銀が買うことで、そうした証券の発行を促進できないかを検討しているところです。まだ、具体的には何も言えませんが、抽象的には、どんな証券化商品のどのような部分を、どういった価格で買うのか、といったことを検討しています。その際、大事なことは、中小企業にも役立つ証券化市場をいかに育成、発展させていくかという視点です。対象とする市場が小さいというだけで、軽視することは適当ではないと思います。資金供給のオペ手段の拡充を求めているということではありません。マクロの観点からは、確かに、現在の金融緩和効果を有効にすることに資するアクションが期待される訳ですが、それと同時に、何とか、日銀の行動が触媒となって、中小企業にとっての資本市場へのアクセスが改善させられないかといった視点も重要のように思います。できるだけ早い時期に、具体策を公表できればと考えております。
このように、日本銀行は、量的緩和を継続することで金融市場の安定を確保し、景気・物価の下支えを行なう一方、金融緩和の波及メカニズム強化という観点から資産担保証券の購入について検討を重ねています。他方、それ以外にも、日本銀行にはまだ出来ることがあるという主張が多々聞かれます。以下では、そうした主張の中で、長期国債買切り増額による金利の引下げとインフレ参照値の公表問題に加え、株価対策の一環としての株式買い取りについて、若干お話したいと思います。
長期国債の買い切り増額と金利の引下げ
長期国債の買い切りを増額すべしとの意見には根強いものがあります。積極的な長期国債買い入れを主張する一部の人々は、さらなる長期金利の低下によるメリットを強調します。しかし、先ほど「量的緩和の効果」についてお話したところでも触れましたが、長期国債の買い切り増額が、常に、その時の市場の状態にかかわらず、金利の低下をもたらすとは限らないと思います。金利が実際に低下するかどうかは、その時のマーケット次第だと思います。長期金利はすでに大幅に下がっており、歴史的にも前例のない水準に達しています。また、金融機関が利子収入をあげるためには、ある程度の金利水準は必要でしょう。こうした点も考慮に入れながら、長期国債の買い切り増額問題は考えて行こうと思っております。
長期国債の買い切り増額論には、別の視点もあります。それは、増額の目的が名目金利の引き下げではなく、実質金利の引き下げにあるとの考え方です。日銀による積極的な長期国債の買い切りが財政規律の喪失に関する思惑を強めることで、期待インフレ率を高め、長期金利は上昇するかもしれません。その際、名目金利は期待インフレ率の上昇ほどには上がらず、実質金利が下がるはずであるとの主張です。実質金利の低下は、さまざまな経済主体のバランス・シート調整を進めやすくすることで、経済を活性化させることにつながります。名目金利が期待インフレ率ほどには上がらない理由として二つの点が挙げられます。その第一は、名目金利がゼロに近づいて下がらなくなっていた分、上がる時も限定的なものにとどまる、との見方です。第二に、潜在GDPと現実のGDPの差であるGDPギャップが大きい現在のような日本経済では、名目金利の上昇には限界があるという考え方です。
しかし、長期国債利回り、消費者物価指数あるいはGDPデフレーターといったデータを使って計算された実質長期金利は、日本や米国を含む主要先進国の間で、収斂する傾向があります。実際にも、主要先進国の実質長期金利は1980年代以降低下傾向を辿る中で、収斂する関係を維持しているように見えます。つまり、日本の実質長期金利は、歴史的にも、国際的にも、特に高いということはないように思います。1980年代、1990年代に見られたそうした関係は、2000年以降についても基本的には維持されているように思います。
インフレ参照値について
期限を区切って一定のインフレ率を達成する、いわゆるインフレ目標値を掲げることが難しいのであれば、インフレ参照値を採用してはどうかといった考えがあります。参照値の場合、実現の時期やその実現そのものに対するコミットメントが必要ないと解釈されています。しかし、インフレ参照値を公表することは、緩やかなインフレ目標を持つことと誤解されるリスクを否定できませんし、実現のための手段や環境面での改善なしに、一歩、インフレ目標に近づく印象を与えかねないと思います。中長期的な物価安定を数字で示すだけに過ぎないという見方もありますが、現状では、そうして公表した数字をなにがなんでも一定期間内に実現せよとの圧力が高まりかねないと思います。それが、持続的な物価の安定や健全な経済発展には必ずしもつながらないことをねばり強く説明しなければならないと考えます。
現在、日本銀行が約束していますのは、超金融緩和を消費者物価の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまで続けることです。こうした金融緩和状態の継続に対するコミットメントが、イメージとして、誤って、ゼロから1%あたりの消費者物価変化率を目指していると解釈されている可能性はあると思います。しかし、コミットメントが、予想物価変化率ではなく、実際の物価変化率であるということは、そうした解釈よりも実はかなり強いコミットメントである可能性があります。実際の物価変化率が安定的にゼロを上回るようになるということは、その時までには、経済活動が活発化し、需給ギャップも解消するような状況になっている可能性が高いと考えられます。ということは、金融が引き締められ、その効果がタイムラグを持って効き始めるまでには、物価変化率がかなりの大きさになっている可能性があります。
もっとも、そうは言っても、最近のように、グローバル・デフレが話題になるような状況下では、物価変化率がゼロ%を安定的に上回るようになっても、1%弱といった水準で安定的に推移する可能性も考えられます。そうした状況下では、望ましい物価変化率を、物価指数の上方バイアスなども考慮して、明示的に数字で表すことが必要になるかもしれません。ただ、現時点で、それを公表することが、日銀のデフレ・ファイターとしての姿勢の強化といった何らかのプラスをもたらすようにも思えません。今後とも、日銀がデフレからの脱却を真剣に考えていることを、より鮮明にするにはどうしたらよいか検討を続けようと思います。
株価対策の一環としての株式買い取り
株価が低迷しており、株価を買い支えるといった観点から、日銀にもさまざまな要望が向けられています。日銀の銀行保有株式の買い取りは、あくまでも銀行経営が株価の変動から過度に影響される状態から早期に脱却するためのチャネルを用意することでした。日銀による市場外での買い入れが、結果として、株式市場の需給に、間接的にも改善効果を持ったかもしれません。しかし、それはこの政策の本来の目的ではありません。株価支持の観点からの要請に応えるかのような対応は、誤解を生む可能性があります。また、そうした誤解が、さらなる要求、要望を生むことになりかねません。すでに、日銀に対し、銀行保有株の買い入れ枠のさらなる拡大、銀行株そのものの買い入れ、あるいは、ETFの買い入れなどを要望する向きがあります。しかし、こうした要望に応えることは非常に難しいと思います。一端、価格支持のために市場に入っていった場合、出るに出られなくなる可能性があります。株価が下がるたびに、買い入れ額を増やすことになり、大量の株式を日銀が保有することになりかねません。利潤動機を持たない日本銀行のような機関が市場で大きな存在となった場合、市場は正常には機能しなくなる可能性があります。市場の価格発見機能の働く余地が狭まってしまう可能性です。これに加えて、資産市場への介入は、資産価格が下げ過ぎた時に正当化されると考えられますが、この判断は極めて難しいものです。実際に、たとえば、トピックスが800でもすでに下げ過ぎなのか、700になったらどうか、600になったらどうか、その時点、時点で判断ができるのかという問題があります。判断できるようであれば、そもそもそこまで下がらないでしょう。株価が上昇するケースを考えても、同様なことが言えます。株価がバブルであるかどうかは、事後的にしか分からないものだと思います。
仮に、何らかの理由で、株価支持を目的とした公的資金による株式の買い取りが望ましいとしても、現在、検討が進められている銀行等保有株式取得機構の改善によって対応することを優先すべきでしょう。あるいは、厚生年金基金の代行返上に伴う売り圧力が株価を低迷させているひとつの要因と考えられるなら、それに対する何らかの適切な対応は、市場の価格形成を必ずしも歪めることなく、株式需給を改善するかもしれません。今年に入ってからの日本株のパフォーマンスが欧米に比べても低調であるひとつの要因として、代行返上に関連した需給悪化が関係しているとの見方があるようです。また、代行返上の影響を受け難いと考えられる小型株のパフォーマンスが相対的に良いというのも、そうした見方を支持するものかもしれません。
4.おわりに
当面、厳しい経済・物価情勢が続きそうです。日本銀行としましては、金融市場の安定を維持する下で、金融システムの正常化や資本市場の育成強化に努めることで、金融緩和の波及メカニズムを強め、金融緩和の有効性を高めることに注力しようと思います。さまざまな要望、忠告、提案は、偏見を持つことなく検討したいと思います。ある時期、一定の数の有力な経済学者によって共有された見方、考え方には、何らか学ぶべき点がある、といったことをどこかで読んだ覚えがあります。虚心に検討したいと思います。
以上