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日本経済とアジア
アジア調査会における総裁講演要旨
2003年 9月26日
日本銀行
[目次]
はじめに
日本銀行の福井でございます。本日は、この席でお話しする機会を賜わり、誠に有難く、厚く御礼申し上げます。
当アジア調査会は、40年近くの長きにわたり、アジア・太平洋地域の政治、経済、社会等の諸問題をめぐり、調査、研究、啓蒙などの形で大変意義のある活動を展開されていると承知しております。私も、かねてより、日本経済とアジア経済の相互依存関係の強まりや、そのことが持つ意味合いについて大きな関心を抱いていましたので、本日はお招きを受けて喜んで参上しました。
本日は、最初に日本経済の現状について簡単にご説明した後に、経済のグローバル化が進む中での日本と東アジアの相互依存関係の強まりや、そのことの持つ意味合い、さらに、東アジア経済が発展していく上で重要な課題である域内金融資本市場の整備といった点について、常日頃より私が考えていることを中心に述べてみたいと思います。なお、一般にアジアと申しますと、インドなどの南アジアを含んだ広い地域を指しますが、本日は、NIEs1、ASEAN2および中国を中心とする東アジア地域に焦点を当ててお話しいたします。
- 1韓国、台湾、香港、シンガポール。
- 2タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア。
1.日本経済の現状
それでは、日本経済の現状についてのご説明から始めたいと思います。
日本銀行は年2回、先行きの経済・物価の見通しを公表していますが、本年4月末に公表した見通し—いわゆる「展望レポート」—では、海外経済の回復を前提として、輸出・生産の回復を起点に年度後半にかけて次第に前向きの循環が働き始めることを標準的なシナリオとして想定しました。ただ、当時、そうした標準的なシナリオが実現するかどうかについては、多くの不確実性が存在すると判断していました。事実、本年春以降、イラクでの戦争、新型肺炎(SARS)の感染拡大、株価や為替相場の不安定な動き、さらには金融システム不安が拭いきれないことなどを背景に、経済の先行きに対する不透明感は強まり、景気の行方に関して、かなり悲観的な見方が広がったように思います。
しかし、夏場以降、こうした悲観的な見方は後退しつつあります。国内需要に関する動きの中にも、このところやや明るい材料が目につくようになっています。企業部門では、収益の改善が続いており、今年度の売上高経常利益率は、バブル経済崩壊以降では最も高い水準に達する見通しです。設備投資も、各種アンケート調査結果や先行指標である機械受注の動き等から判断すると、先行き、製造業の大企業を中心に回復傾向がより明確化していくことが期待されます。個人消費は、販売統計に示されているように弱めの動きを続けていますが、個人消費に影響する雇用・所得の面では、パートを含めた雇用者数が下げ止まっているほか、賃金の下落に歯止めがかかってきているなど、厳しいながらも変化の兆しがみられます。
輸出環境をみても、海外経済は徐々に明るさを取り戻しているように窺えます。まず米国経済ですが、大型減税の実施などによる政策効果もあって、個人消費が引き続き堅調であるほか、企業部門でも、一部情報関連財の受注や出荷などに明るい動きがみられ始めています。これらを踏まえると、米国の成長率は先行き高まる方向にあると考えてよいと思います。一方、東アジア経済に関しては、春先以降、SARSの感染拡大の影響から、個人消費を中心に一時的な落ち込みがみられましたが、SARSの流行終息後、経済活動は全体として持ち直しに向かっています。また、米国を中心に世界の情報関連需要が復調する兆しをみせていることも、情報関連部門への依存度の高い東アジア経済に好影響を与えるものと思います。このような海外経済の動きを踏まえると、わが国の輸出は、年度後半以降、次第に増加基調に復することが期待できそうです。
株式市場においても、株価は、こうした企業収益の改善や先行きの景気回復への期待感を基本的な背景として、8月中旬以降、日経平均でみて1万円台を回復して推移しています。
このように、わが国経済は、日本銀行が4月に想定した標準的なシナリオ、すなわち、輸出の増加を起点に、生産活動の活発化、企業収益のさらなる増加といった経済活動の前向きの循環が働き始めるというシナリオの実現蓋然性が高まっていると言えます。ただ、景気回復の動きがどの程度の強さと広がりをもったものになるかについては、過剰債務や過剰雇用の調整圧力を考えますと、なお不確実と言わざるをえないと判断しています。
このような認識の下、日本銀行としては、量的金融緩和政策を堅持することによって現在の景気回復に向けた動きをより確実なものとし、デフレの克服と持続的な成長軌道への復帰に努力しています。日本銀行は、既に消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまで量的緩和を継続することを約束していますが、こうした方針をしっかりと堅持していく考えであることを改めて強調したいと思います。
これまでは、日本経済の循環的な問題、すなわち経済活動水準が潜在的な能力を下回っているという需要不足の問題を論じてきましたが、日本経済は情報通信革命や経済のグローバル化、少子高齢化の進展といった環境変化の中で、経済の活力、ないし潜在成長率自体が低下傾向を辿ってきているという中長期的な問題も抱えています。潜在成長率はどうすれば高めることができるかという問題に対し明快な答えは得られていませんが、競争、分業、自由な国際貿易、教育、資本市場といった、昔ながらの平凡な概念が経済成長を高めていく上で重要な鍵を握っているように思います。私が本日、残る時間でお話ししたいアジア経済と日本経済の相互依存関係の強まりも、そうした文脈の中で捉えていきたいと思います。
アダム・スミスは200年以上も前に、「分業の利益」を強調したことで有名ですが、その際、「分業の程度は市場の大きさに規定される」と述べています。村よりも町、町よりも国というように、経済規模、市場規模が拡大するほど分業は進み、生産力が高まっていきます。また、市場が拡大すると増加した購買力をめがけて、企業が新たに参入し、競争も激しくなる結果、効率化が進んできます。同様のことは、経済のグローバル化についても当てはまります。経済が発展するためには、国際貿易による分業や直接投資を通じる経営資源の効率的な利用は不可欠です。
そこで、ただ今申し上げた経済のグローバル化という観点を頭に置きながら、まず、日本と東アジアとのこれまでの相互依存関係を整理してみたいと思います。
2.日本と東アジアの相互依存関係
東アジア経済は、ここ10年間、平均7%強と、先進諸国をはるかに上回る高い成長率を実現し、世界の成長センターとして位置付けられています。今日に至る歴史を簡単に振り返ると、高度成長を遂げた日本に続き、韓国、台湾、香港、シンガポールといったNIEs諸国がまず先頭をきる形で、70年代後半から高成長を達成しました。80年代半ば頃からは、さらにASEAN諸国や中国も加わって、東アジア地域が全体として目覚しい経済成長を辿ることになります。
80年代半ばというと、ちょうど、日本企業がグローバル化を大きく進めた時期に重なります。当時、急速に進行する円高や、米国等との貿易摩擦の激化への対応策として、多くの日本企業は、欧米やアジア地域への工場進出や海外直接投資を通じた海外事業戦略に活路を見出そうとしました。とくに日本企業のNIEs諸国での事業展開は、加工・組立拠点として現地の低廉で豊富な労働力を活用することで、生産コストを大幅に削減して、競争力の維持・向上を図ることが狙いでした。こうした日本企業の活動は、東アジアでの雇用を創出するとともに、東アジア地域の経済成長に大きく寄与したと言えます。
90年代に入ってからは、欧米を含め世界各国が東アジアへの直接投資を増加させ、かつ海外企業の投資先もASEAN諸国、さらに中国へと裾野を広げてきました。業種的には、情報通信革命の進展とも相まって、情報関連企業の進出が目立ったのも特徴的です。その後、97、98年のアジア通貨危機に伴い、直接投資の勢いは一時鈍化しましたが、東アジア諸国の成長率が再び高まるにしたがって、足許でも高水準の直接投資が続いています。
最近の日本企業の動きをみると、メーカーのみならず小売、物流、商社、金融機関といった非製造業も含めた様々な業種において、中国関連ビジネスを中心に積極的な取り組みが目立つようになっています。その中身についても、単に労働集約的な生産部門の移管に止まらず、技術移転や現地での市場開拓・販売強化を狙ったビジネス展開がみられるなど、事業の多様化を通じた企業自身の一層のグローバル化が進んでいます。
以上申し上げたような動きは、貿易面の動きにも反映されています。まず、NIEs、ASEANのうちの4か国3、中国を合わせた東アジアの2002年の貿易額は、91年に比べて2.3倍に拡大しています。世界貿易に占める東アジアの割合をみても、91年の14%から2002年には17%にまで増加し、米国の貿易シェアを上回っています。財別に見ると、こうした東アジアの貿易拡大は、情報関連財の輸出入拡大によりもたらされている点が特徴的です。例えば、これらの国々の輸出品目の構成をみると、情報関連財のウエイトが3割程度にも達し、従来の主力輸出品である衣料品のウエイトを上回っています。また、世界の情報関連財の輸出に占める地域別シェアをみても、アジア地域が日米欧を上回り3割を超える水準に達しています。このように、東アジア地域は情報関連財の世界的な供給基地として重要な役割を果たしています。
そうした中で、日本と東アジア諸国との貿易も、拡大傾向にあります。91年と比べると、2002年の日本から東アジアへの輸出は1.6倍、日本の東アジアからの輸入は1.9倍に増加しています。とくに中国との貿易拡大は著しく、輸出入とも、同じ期間に4倍以上に膨れ上がっています。つれて、日本の貿易相手先別シェアも、東アジア地域は、輸出入とも、90年代前半の3割前後から現在では4割強にまで増加し、米国、EUのシェアを大きく上回るに至っています。
日本と東アジア間の貿易は、量の拡大とともに、その内容も変化しています。まず、日本からの輸出については、日本企業が進出した生産・加工拠点に向けた資本財や中間財が大きなウエイトを占めており、最近では、中国向けの情報関連電子部品等の輸出が大幅に増加していることが目立ちます。一方、日本の東アジアからの輸入については、従来は、労働集約的な財である衣料品や軽工業品が大きなウエイトを占めてきました。ただ、最近では、これら消費財の輸入はやや頭打ち傾向にあり、代わって加工度の比較的高い情報関連製品や資本財の輸入が増加傾向にあります。このように、輸出入両面で情報関連財の貿易のウエイトが高まっていることは、経済のグローバル化が進む中、日本と東アジア諸国が、重層的な国際分業体制を構築しつつあることを示唆していると思います。
- 3タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン。
3.東アジアとの相互依存関係が強まることの意味
このように、日本と東アジア諸国は既に相当程度の経済的な相互依存関係を築いています。ただ、先ほども申し上げた通り、グローバル化という大きな環境変化のもとで、経済の活力を高めていくためには、日本企業が世界経済の中で自らを競争に晒し、変革していくことが必要であると思います。このようにグローバルな競争の高まりの中で、日本と東アジアとの経済的相互依存関係が強まることの意味合いをもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
もとより、経済のグローバル化が進展するもとで、東アジアに限らず、世界の各国・各地域が互いに経済的繋がりを深めていくことはごく自然なことです。交通手段や情報通信技術の発展を背景に、世界各地を人、モノ、カネ、さらに情報が活発に動き、各地域がそれぞれの比較優位を活かしながら、国際的分業体制を高度化していくことによって相互依存を高めていくのは世界経済の大きな流れと言えます。そうした中で、日本が東アジアと、これまで築いてきた関係を土台に、さらに実りある相互依存関係を構築していくことは、次のような理由から大きな意味があると思います。
第1に、ごく当たり前のように聞こえますが、東アジアは日本の隣に位置しているという地理的な近さです。いくら交通手段が発達したとしても、人やモノの移動コストの観点からは、距離的に近いことや時差が小さいことは大きなメリットです。最近では、情報通信革命を背景に在庫をあまり持たない形での在庫管理技術が発達しており、需要の変化に速やかに対応するには、需要地と供給地の間でモノのデリバリーをいかに早く、タイムリーに行えるかが一段と重要性を増しています。こうした地理的近さのメリットは、欧州や南北アメリカなどをみても、まずは近隣諸国との間の相互依存関係が強まっていることから、明らかだと思います。
第2に、これまた自明のことではありますが、東アジア諸国の経済規模が巨大であるという点です。現在の為替レートで換算すると、東アジアの経済規模は日本の経済規模の約7割に達しています。ちなみに、中南米の経済規模は米国の2割弱、また、東欧の経済規模はユーロエリアの1割以下となっており、日本にとって東アジアという巨大で急速に発展しつつある市場が隣にあることの意味は非常に大きいことが分かると思います。また、先行きを展望しても、中国を中心として東アジア市場の一層の拡大が期待できる点も魅力です。現在、中国においては、所得水準の高まりから消費需要が拡大しており、加えて、生産能力増強、製品開発力強化を狙った投資需要や、北京オリンピック、上海万博開催を睨んだ建設投資も増加しています。
第3に、日本と東アジアは相互に補完的な関係を築く素地があるという点です。東アジアには、勤勉かつ国際的にみて低賃金の労働力が豊富に存在します。労働コストの高い日本企業にとって、こうした東アジアの労働力を活用することは、競争力強化を図るうえで極めて有効な戦略です。先ほども触れたように、これまで多くの製造業が生産・加工拠点の東アジア地域への移管に踏み切ってきました。東アジア諸国も、自国での雇用創出、さらには所得増加に繋がる海外企業の進出は歓迎しています。さらに、最近では、東アジアの産業高度化を図る観点から、日本でこれまで培われてきた生産・商品開発技術や経営ノウハウの移転にも期待するところが大きいのではないかと思います。
これらの点を踏まえれば、日本経済が東アジア経済と相互依存関係を築きやすい立場にあることがお分かり頂けると思います。実際、企業経営者の間で、中国をはじめ東アジア地域での事業活動をビジネス・チャンスと捉え、新たな事業に果敢に挑戦する機運が高まっている点は、大変心強く感じている次第です。
ただ、同時に、日本企業の東アジアへの進出の動きが、いわゆる日本の産業空洞化現象として、国内の生産・雇用や地域経済に悪影響を与えるかもしれないとの懸念があり、東アジア、とりわけ中国の急速な発展が日本経済にとって脅威であるとの捉え方が一部に根強く残っているのも事実です。
しかし、東アジア諸国のキャッチアップを含め、世界的に競争が激化している状況で、日本企業は、生産性を向上させ、高コスト体質を是正するとともに、付加価値創出力を高める努力を続けることが何よりも重要です。海外に進出する企業に加え、国内に残る企業や事業部門についても、イノベーションの加速と資源の再配分を通じた競争力の向上が求められています。この点、経済のグローバル化が進展する下では、人材の交流とともに、知識や知恵、ノウハウといった言わば無形の財産が極めて自由に世界を行き来するようになっており、これらを有効に活用すれば、国内においても付加価値創出の好循環を生み出すことができるのではないかと考えています。
このように、経済のグローバル化が進む中で、東アジアとの相互依存関係を深めていくことは大きな意義のあることです。そのためのひとつの推進力として、私は、東アジアにおけるFTA(自由貿易協定)締結の動きが活発化していることにも注目しております。FTAは、2国間の貿易障壁の削減等を通じて、両国間の貿易や直接投資の面で企業活動を活発化させようとするものです。ただ、協定外の地域に対して閉鎖的になる傾向がある点は留意する必要があります。わが国のFTAの推進については、6月の政府の「骨太方針」にも、WTO新ラウンドの推進とともに、盛り込まれているところです。
4.東アジアの金融資本市場の整備
以上、お話ししてまいりましたように、企業の事業活動や貿易面での繋がりを通じて日本と東アジアの相互依存関係は深まってきており、つれて、企業活動を支える金融面の環境整備も重要な課題となります。グローバル化が進む中で、人、モノと比べて、カネはより素早く有利な場所を求めて世界中を駆け巡ります。そうしたもとで、市場機能を活用しながら経済の競争力を十分高めるためには、使い勝手が良く効率的な金融資本市場を育成することが重要です。
金融面の環境整備の重要性は、97、98年のアジア通貨危機の経験から得られた貴重な教訓でもあります。通貨危機に際しては、外貨建ての短期債務に依存していた東アジアの企業は流動性調達が一気に困難化したため、金融不安が深刻な経済危機に発展し、最終的に、多くの国々でマイナス成長を余儀なくされました。こうした経験を踏まえ、東アジア諸国は、通貨危機後、銀行部門の改革に取り組んだほか、企業サイドでも、長期債務や直接投資の取り込み、あるいは自国通貨建て債務への切り替えを進めてきました。
こうした取り組みは徐々に効果を現しているとは思いますが、今後予想される東アジアでの資金需要の高まりに応え、効率的な資源配分を実現していくためには、金融資本市場の整備を図ることが重要です。
これに関連し、東アジア諸国において、債券市場の機能を強化していくことがひとつのポイントになると考えています。流動性が高く、深みのある債券市場の存在は、東アジアの多様な資金調達および運用ニーズの受け皿になることが期待されます。また、債券市場を通じて信用リスクが適正に評価されることは、資金仲介の主役である銀行システムの強化にも資するもので、極めて意義のあることだと考えています。アジア債券市場の整備については、わが国としても、様々な機会を通じて、貢献しています。この点については、日本銀行の役割とともに後ほど改めて触れたいと思います。
東アジアにおける資金フローの活発化・多様化という点では、日本の金融システムの機能強化の問題も無縁ではありません。最近では、日本の銀行のアジア諸国向け与信が縮小傾向にあるほか、サムライ債市場におけるアジア企業の資金調達も低調です。こうした状況を改善するためにも、わが国金融機関の金融仲介能力を高めるとともに日本の証券市場を活性化する必要があると思います。
なお、最近、東アジア諸国の為替制度の問題が議論されることが増えていますので、ここで一言コメントしたいと思います。東アジアで幅広く活動を展開する企業にとっては、東アジア諸国通貨の安定的な相場形成がビジネスを進めていくうえでの重要な前提となります。為替相場については、いつも申し上げているように、各国のファンダメンタルズを適正に反映し、安定的に形成されることが望ましいと考えています。ただ、ここで難しいのは、開放経済においては、為替相場を一定の水準に固定すること、自由な資本移動を確保すること、独自の金融政策を行うことの3つは同時には成立し得ないことです。例えば、日本を含め、多くの先進国は自由な資本移動と独自の金融政策を追求し、為替相場については変動相場制度を採用しています。他方、中国は自由な資本移動は犠牲にした上で、独自の金融政策を追求し、為替相場については事実上の固定相場を採用しています。中国はこのところ徐々に資本流出規制を緩和しつつありますが、国内の銀行制度の改革が進まない中で資本移動だけが自由化されると、東アジアの通貨危機の経験が示すように、混乱を招きかねません。その意味で、国内の銀行制度の改革、金融システムの強化と平仄の取れた形で資本移動の自由化を進め、為替制度も徐々に柔軟な制度に改めていくというのがオーソドックスな考え方であり、経済の持続的な発展に貢献する道筋であるように思います。
5.日本銀行の役割
最後に、これまでお話ししてきたような日本経済と東アジア経済の相互依存関係の強まりを踏まえたうえで、日本銀行の果たし得る役割に触れたいと思います。私どもの役割をひとことで言えば、経済のグローバル化が進展するもとで、企業の革新に満ちた積極的な活動をサポートすべく、安定した金融経済環境を提供することであると考えています。東アジア経済との関連で具体的に申し上げると、次のようになります。
第1に、改めて申すまでもありませんが、日本経済の健全な発展は、東アジア経済が全体として安定的な成長を実現するためのひとつの重要な前提となります。この点では、先程も述べたように、日本銀行は、現在の量的金融緩和政策を通じて、デフレの克服と持続的な成長軌道への復帰を実現するよう努力しています。
第2は、東アジア諸国の中央銀行と連携をとりつつ、地域の金融協力体制を強化しています。こうした問題意識は、とくに97、98年のアジア通貨危機以後、急速に高まってきたものであります。具体的には、国際金融システムの安定を確保するという大きな枠組みの中で、東アジア地域における集団的な金融支援体制を構築することの重要性が認識されており、日本は、すでに韓国、タイ、フィリピン、マレーシア、中国、およびインドネシアとの間で、流動性支援スキームとして、通貨スワップ取極めを締結しています。また、先ほども申し上げた東アジアにおける債券市場の整備についても、様々な国際的なフォーラムを通じて議論が進められています。これらの作業に当たり、日本銀行は、政府と協力しつつ、積極的にイニシアティブを発揮しています。最近の例を挙げると、日本銀行は、アジア・オセアニア地域における中央銀行の集まりであるEMEAP4の活動を通じ、アジア債券市場育成に向けた中央銀行間協力の一環として、「アジア・ボンド・ファンド」という東アジア諸国の米ドル建てソブリン債等に投資を行うファンドへ資金拠出を行うこととしました。アジア・ボンド・ファンドは、当初10億ドル程度の規模に過ぎませんが、その組成がひとつの契機となり、アジア債券市場が域内さらには世界各国に投資家層を拡大しつつ、ボリュームや流動性の面で発展すれば、アジアに進出している日本企業にとっても、現地での資金調達の円滑化に資するものと思います。これらの金融協力が東アジアの金融システムの強化に繋がることを強く期待したいと思います。
そして第3に、日本銀行自身、東アジアの金融経済情勢について、これまで以上に的確な情報収集と分析に努めることも重要な責務であると考えています。東アジアの中では、とりわけ中国の経済発展および日本企業の中国関連ビジネスへの取り組み強化が目立っています。そこで、日本銀行では、年内を目途として、北京事務所を開設する予定であり、現在、必要な準備を進めているところです。北京事務所における活動を通じて、東アジア経済に関して一段と充実した情報の受発信を行っていきたいと思います。
- 4Executives' Meeting of East Asia-Pacific Central Banksの略。
終わりに
以上、わが国経済が取り組むべき課題として、経済のグローバル化の下での日本と東アジア諸国との相互依存関係の意義を述べてまいりました。
私としては、本日お話ししたような意味での日本と東アジアの関係も念頭に置きながら、経済のグローバル化という広い視野の中で日本経済が抱える課題を捉え、その克服に果敢に取り組んでまいりたいと思います。
ご清聴、誠に有難うございました。
以上