ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2003年 > わが国金融サービスの高度化に向けて――2003年11月 4日・金融イノベーション会議における福井総裁講演要旨

わが国金融サービスの高度化に向けて

2003年11月 4日・金融イノベーション会議における福井総裁講演要旨

2003年11月 4日
日本銀行

[目次]

  1. はじめに
  2. 1、わが国金融システムの現状と当面の課題
  3. 2、わが国金融システムの将来課題
  4. 3、日本銀行の役割

はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、わが国の金融システムを支える多くの方々──銀行、証券のみならず、年金・信託、格付機関、監査法人などの方々を前にして、お話しする機会を与えられ、大変光栄に存じます。せっかくの機会でございますので、私からは、わが国金融システムの現状と私の考える金融サービスの将来像について、お話したいと思います。

1. わが国金融システムの現状と当面の課題

 さて、日本銀行は、これまでデフレ克服のため、思い切った量的緩和政策の下で、十二分に流動性を供給し、金融市場の安定確保と景気回復促進に努めて参りました。同時に、わが国金融システムの健全化、機能強化に向けても、様々な形で金融界の努力を支援して参りました。いわば、デフレ克服と金融システムの問題の双方を同時に解決しようという戦略です。

 経済が停滞を続けデフレ状態にあると、それだけ不良債権問題の処理が難しくなり、金融システムの健全化が遅れるという面がある一方で、金融システムが不良債権問題の重圧から機能不全の状態にあれば、経済全体としても景気回復の力が削がれる、と考えられるからです。内外の論調の中には、どちらか一方のみを強調する向きがありますが、大方の識者は、こうした日本銀行の考え方に同意して下さるものと思います。要は、景気回復をしっかりしたものとする作業と、金融システム健全化のための作業を、ともに粘り強く進めていくことが引き続き重要だ、ということではないかと思われます。

 そこで、金融システムの現状評価ですが、わが国はこの10年余の間、金融システムを巡って、幾度か大きな試練を経験しました。幾つもの大きな金融機関や証券会社の破綻があったことは、われわれの記憶に強く残っています。その上現在も、なお多くの解決すべき困難な課題を抱えています。不良債権が、バブル崩壊によるものだけでなく、日本経済の抱える構造的な問題から、今なお新たに発生し続けており、このことが問題解決を一層難しいものにしています。さらに、経済の停滞が長引く中で人々の将来に対する期待成長率が低下しているため、地価などの資産価格が持続的に下落しており、せっかくの金融界の努力を打ち消すかの如く作用しています。

 しかし、この間、金融業務や金融市場に関する様々な改革が進んできたことも事実です。破綻金融機関の処理や、問題先金融機関に対する公的資金注入の枠組が整えられたのみならず、税制や会計制度、倒産法制などの面でも必要な改正が重ねられてきました。金融機関と企業の間の取引慣行についても──持合い株式の解消に代表されるように、非効率で時代の要請にそぐわないところについて見直しが進められています。

 このため、金融機関経営面で大きな足かせとなってきた不良債権問題などについて、ここへ来て大銀行を中心に、これまでの取り組みの具体的な成果が、徐々に目に見える形で現れつつあるように窺われます。

不良債権問題

 たとえば、不良債権問題については、(A)貸出債権の経済価値を適切に把握し十分な引当を行うこと、(B)オフバランス化を進めること、そして、(C)企業の再生可能性を見極め、再生支援・事業再編など産業・金融一体となって適切な処理を迅速に行うこと、が問題克服の基本です。この点は、昨年10月に私どもが、「不良債権問題の基本的な考え方」を公表し、その具体的な方法論として提案したところでもありますが、昨年度の金融機関決算においては、DCF法に基づく引当が実施され、引当率も全般に上昇しました。また、不良債権のオフバランス化の面でも、14年度中に大銀行の破綻懸念以下の不良債権はグロスベースで11兆円以上も削減され、大銀行の開示対象不良債権残高は14年度末には21兆円と、1年間で3割方減少しました。個別行の中には、不良債権残高比率が3%台まで低下したところもみられます。さらに、企業再生面でも、外資も含む民間企業再生ファンドの活動が活発化していますし、産業再生機構においても、これまでに8社の再建策が公表されるなど、再生の取り組みが多様な形で進んでいます。

 これからは、市場の監視機能や金融機関相互の競争原理がより有効に働いて、不良債権残高削減に向けた取り組みが一層促進される、そういう好循環に入るものと期待されます。この間、「りそな銀行グループ」が、経営健全化プロセスを一気に短縮すべく、引当を大幅に増額し、世間の注目を集めました。同グループの場合、公的資本を受入れた後の対応として、新経営陣が早期に市場の信認を取り戻すことに最重点を置いた行動を選択されたということだと思われますが、私どもも、「問題克服に向けた思い切った対応」として、これを評価しております。

株価リスクの削減

 一方、わが国の金融機関経営にとって、不良債権とともに大きなリスク要因となっている株式保有の面でも進展が見られます。

 もちろん、金融機関にとって、株式保有が目的を問わずすべて好ましくないという訳ではありません。ただ、株式は価格ボラティリティーが極めて高い資産であり、とりわけ持合い株式は、もともと純投資目的のポートフォリオとして保有しているものではなく、機動的に保有リスクをコントロールできない性質のものですので、現下の限りある自己資本を前提とすると、金融機関経営に対して不測の大きな影響を及ぼす可能性がある、といわざるをえないと思います。金融機関の持合い株式削減努力は、株価変動から自らの経営を守ることに繋がります。また、それによって金融機関の限りある自己資本を株価リスクから解放して、企業のサポートのために活用できるようになることも意味します。実際、金融機関の株価リスク削減は着実に進み、例えばこの2年間で、全国銀行の株式保有額は21兆円、48%減少しました。

 日本銀行も、昨年11月から、銀行保有株式の買取りを開始し、こうした取り組みを強くサポートしてきました。これまでに1.8兆円の買取り実績を挙げましたし、この9月には、買入期間の1年延長を決定したところです。申すまでもなく、様々な株式売却を受け止めるのは、本来、株式市場の役割です。幸い株式市場においては、本年5月以降売買高も高水準となり、その機能を回復しつつあります。また、この9月に入ってからは、株式取得機構のスキームも使い勝手が良くなるように改良されました。いわば、市場、日本銀行、株式取得機構という3つの受け皿が整った状況にある訳で、私どもとしては、今後とも金融機関の保有株式削減が着実に進むことを期待しています。

ペイオフ全面解禁の意味と条件

 それでは、こうした金融システムの現状評価を踏まえて、2005年4月の「ペイオフ全面解禁」は、どのような状態を整えた上で臨むべきか、についてお話を進めたいと思います。いわば、金融機関、金融当局にとってのペイオフ全面解禁の条件です。

 こうした条件を考える上では、まずペイオフ全面解禁後に待っている金融システムの有り様を想起する必要があります。二点ほど強調したいと思います。

 第一に、わが国企業にとっては、ますます変化の激しい世界経済の中で、厳しい競争に打克ちながら生き抜いていくことが求められる、ということです。このため、業績をどんどん伸ばす企業、新たに参入してくる企業がある一方で、再生が必要な企業や、市場から退出を余儀なくされる企業がどうしても出てくるものと思われます。このことは、金融機関にとって新規の不良債権やある程度の貸し倒れ損失の発生は今後も不可避だということを意味します。

 したがって、第二に、金融機関の側においても、株主や預金者などの厳しい監視を受けながら、参入、退出、統合・再編といった新陳代謝がいわば常態化することになろう、ということです。金融機関の倒産が事実上なかった高度成長期のような状況に戻ることはない、という訳です。

 このようにみると、ペイオフ全面解禁は、金融機関が次なる競争の舞台に足を踏み入れる直前に立ちはだかる最後のハードルということになりましょう。そしてこのハードルを飛び越える段階においては、金融機関の姿がこれまでのようにどちらかといえば「官主導で動く」というよりは、次第に「自力で走る」というイメージで国民の目に映るようになっていることが望まれます。したがって、ペイオフ解禁の条件は、次のようなことになるのではないかと考えられます。

 まず、民間金融機関、とりわけわが国を代表する大銀行や地域の中核的な銀行にあっては、先に述べたような不良債権問題の早期処理の体制や株価リスクをはじめとする各種リスクの管理手法をさらに高度化させ、期間収益を安定的に確保し得ることを示すことによって、内外市場からの信認を回復することが強く求められます。幸い、銀行の株価は、このところ急速な回復を示しています。しかし、これは、過度に悲観的な見方が修正されつつある局面であり、この前向きな評価をこれから固めていかなければなりません。そのためには、収益力の強化に向けた多面的な取り組みが必要ですが、例えば、不良債権処理に関していえば、企業再生への取り組みの強化、再生見込みの乏しい事業にかかる不良債権の最終処理、といった対応を一層積極的に進めることにより、既存の不良債権のさらなる劣化による信用コスト増を回避していくことが重要です。信用コストを新規発生分程度に抑制できるようになれば、期間収益を安定的に確保し得る体制がまずは整うと言ってよいでしょう。

 また、以上のような取り組みを進める上で追加的に資本が必要となるのであれば、市場からこれを調達するのが本筋の行き方です。ただ、ペイオフ全面解禁までの限られた時間の中で、資本基盤の強化を図ろうとしても、金融機関の自助努力を超えるケースもない訳ではないと思います。その一方で、現行の預金保険法第102条による公的資金注入は、システミック・リスクの未然防止のための恒久的かつラストリゾートの枠組です。したがって、これまでの努力の総仕上げの意味で、システミック・リスクの存在を直ちには条件としない新しい公的資金注入の枠組みを今ひとつ用意しておくことが望ましいのではないか、と考えられます。

 次に、日本銀行を含む金融当局にとっての課題ですが、システミック・リスクの顕現化を防止して、金融システムの安定を確保するための危機対応体制が十分に整っているかどうか、改めて検証しておく必要があると思われます。金融機関の経営内容が大幅に悪化した場合、金融システムの安定を確保するためのセーフティ・ネットとしては、既にいくつもの手段が用意されています。預金保険制度や日本銀行の「最後の貸し手」機能──例えば特融──などがその代表例ですが、これからは、こうした手段の具体的活用方法に一層工夫を凝らしていくことがポイントとなります。

 これまでの大小様々な問題金融機関の処理を通じて、政府や日本銀行には多くの経験が蓄積されてきていますが、既に申し述べたように、ペイオフ全面解禁後においても、金融機関の破綻の可能性がなくなる訳ではありません。金融当局としては、むしろ今後一層、競争原理が働く諸条件の整備を一貫して推し進めつつ、一方、全体として金融システムの安定を保持する、そういう能力を有していることについて、市場ならびに世間一般から強い信認を克ち得ていかなければなりません。今後実際に、問題金融機関の処理が必要となるケースが生じる都度、マクロ経済に大きな悪影響を及ぼさないよう、そしてモラルハザードを呼び起こすこともないよう、適切かつ速やかに対応し、実績をもってアピールしていくことができれば、自ずとその道に通ずるものと思われます。

 先般の「りそな銀行」に対する公的資金注入は、預金保険法第102条を活用した初めての事例でありましたが、これも一つの制度として十分機能することが確認できました。今後とも、様々なケースに対し、最適の対応ができるよう、施策の実践的な運営力を磨き上げていく必要があります。

2. わが国金融システムの将来課題

 以上、ペイオフ全面解禁前の段階における当面の課題について申し上げましたが、ここで話題を転じて、わが国金融サービスの一層の高度化に向けて取り組んでいくべき将来への課題について、私自身、日頃感じているところを申し述べてみたいと思います。

 わが国の金融サービスの将来像については、預金者や投資家、あるいは企業サイドからの発想、さらには、実際に金融サービスの経営に当たっている方々の考え方、など様々な角度からの論点があろうかと思います。また、これらの論点を整理しつつ、如何にして解を見出していくか、この点については、本席に参加されている皆様方をはじめ民間の関係者による今後の創意工夫に委ねられているところが少なくないように思います。したがって、私からは、次の一点に絞ってお話したいと思います。私の問題意識は、仮に金融機関が今取組んでいる不良債権問題を克服し得たとしても、それだけで、わが国の金融仲介の仕組が、今後の日本経済を最も効率良く、強靭に支えていきうるものとなっていくかどうか、ということです。

信用供給面から見た問題点

 先ほども申し上げたように、日本銀行は、これまで量的金融緩和の枠組の下で、金融市場に大量の流動性供給を続けてきており、これが、様々な不安を抑制し、金融市場の安定確保と景気の下支えに寄与してきたことは疑いないところだと思います。しかし、日本銀行の期待するところと較べると、こうした流動性──つまりマネーの供給が、民間金融機関による効率的な信用──つまりクレジットの供給に十分結びついているとは必ずしも言い難いように思われます。不良債権問題が支障となり続けていることは確かです。しかし、それだけではなさそうで、時として金融機関が決して貸し渋っている訳でもないのに、企業側からは、信用供与を十分受けるのが難しいと感じられており、この間の不疎通が問題を複雑にしています。これは、当事者間の努力に待つ面だけではなく、金融システム全体として改善を要する構造問題があることを示唆しています。

 この点を端的に示している事例をいくつか掲げてみたいと思います。まず、信用供給に関する市場分断の存在が挙げられます。例えば、金融機関の貸出残高のうち、担保・保証のないものの比率をみると、大銀行では、大企業向けの信用貸し部分の寄与もあって4~5割程度に達していますが、地域金融機関では1~2割程度に過ぎません。これは、主に中小企業において、担保はないが将来キャッシュフローが見込めるという企業の借入ニーズが充足されていない可能性を示しています。また、貸出債権の売買市場が未発達である上、社債・CP市場の厚みが十分といえるところまで達していないため、信用リスクを取ろうとする投資家には十分な投資機会が提供されていない状況にあります。

 その一方で、信用に関する機能の未分化というべき側面も観察されます。例えば、金融機関の企業向け融資は、形式上は短期融資ですが、実質的には借り換えが繰り返され、擬似的な資本としての機能も果たしていると言われています。金融機関が背負っている複合的なリスクは、デット(債権)やエクイティー(株式)といった属性の異なるリスクが混在した状態になっているため、このままでは、それぞれに相応しいリスクの担い手に再配分されにくいという面がある訳です。

 こうしてみると、まずは金融機関の預貸金業務を中心とする信用供給の仕組を見直すことがスタートになる、と言ってよいように思います。金融機関の預貸金業務を中心とする信用供給メカニズムは、長い歴史を経たカルチャーといってよいほど強固な慣習になっており、それだけに、このシステムは、金融機関に様々なリスクが集中的に蓄積されやすいシステムとなっています。したがって、効率的な信用供給メカニズムへ移行するためには、金融機関へ信用リスク集中を生じさせている要因を的確に把握し、それぞれを粘り強く解きほぐしていくことが具体的な作業となると言えましょう。

シームレスな信用供給システム

 いずれにせよ、「金融機関に信用リスクが蓄積し易い構造」を変えるためには、「幅広い主体によって信用リスクが負担される構造」への転換が必要です。言い換えれば、相対の間接金融、市場型間接金融あるいは直接金融のいずれが優れているか、ではなく、それらを包含したシームレスな信用供給が可能なシステムを目指すべきだということではないでしょうか。その際、様々な新しい金融技法や、それを支えるファイナンス理論の展開、あるいは情報通信技術の発達などの各種の金融イノベーションが、こうしたシームレスな信用供給システムへの移行を可能にするものと思われます。そして、このようなシームレスな信用供給システムは、信用を引き受けるために必要な資本の効率的な活用を可能にするとともに、リスクに見合った金利形成も可能にし、それらを通じて、効率的な資金配分、ひいては、経済の発展に貢献するものと期待されます。

 これに関連して、公的金融機関の問題についても若干触れておきたいと思います。公的金融機関の本来の役割は、民業を補完しつつ、その時々の政策目的に照らして必要な先に限定して信用を供与したり、信用を補完したりすることです。しかし、郵貯を含む公的金融機関については、郵貯とそれを原資とした財政投融資の規模の拡大から、民業の補完としての役割を超えて活動が拡大し、結果として効率的な信用配分を歪めている可能性が強いと指摘されています。こうした課題に対処する観点から、一連の財政投融資改革と郵政事業の公社化が進められた訳ですが、現在、これを一歩進め、郵政公社の「民営化」に関する検討が始まっています。したがって、郵政公社の民営化を巡る議論に当っても、わが国全体として、より効率的な信用配分を行える金融の仕組を作り上げていくことが重要との認識に立って、検討を進めていくことが基本になると思われます。

シームレスな信用供給システムに移行するための課題

 ところで、金融機関や投資家が、信用の供給を行う際の作業としては、借り手の将来キャッシュフローなどをみながら、信用のバリュー(経済価値)およびリスク(経済価値の変動可能性)をそれぞれ評価したうえで、それを引き受けたり、移転したりすることになります。そこで、シームレスな信用供給が可能な金融システムに移行するためには、投資家は勿論、金融システムの構成員である金融機関その他金融サービス業に携わる幅広い主体が、全体として、こうした評価、引受などの機能をいかに十全に発揮していくか、ということが鍵になります。ここでは、信用のバリューとかリスクの評価などに関する作業を、便宜上「信用のリスクに関するもの」と一括して捉えることとして、「信用リスクの適切な評価」、「リスクの加工」、「リスクの再配分」という3つの機能に即してお話を進めたいと思います。

信用リスクの適切な評価

 第一に、信用リスクの適切な評価です。信用の供給機能が円滑に作用するためには、借り手の収益性や財務状況に関する情報が適切に把握され、資金供給者に正しく伝えられる必要があります。しかし、財務内容が開示され、資本市場にアクセスしている大企業はともかく、中小企業や創業期の企業の場合には、一般に入手可能な財務情報は限られています。この点、金融機関、とくにその中でも銀行は、店舗や営業スタッフから成るネットワークを有しているため、必要な企業情報を自ら入手し、吟味することで信用をオリジネート(創出)できるという優位性を有しています。

 とはいえ、既に述べたとおり、金融機関の自己資本には限りがあり、従来のように、金融機関が、信用をオリジネートしたうえで、自己勘定で信用リスクを全て引き受けていくには限度があります。したがって、これからは、金融機関の資本は、自らが引き受けるに相応しい与信に対して効率的に使い、それ以外の信用リスクは、その他幅広い主体によって負担されるよう工夫していくことが、好ましいといえるでしょう。

 そのためにも、金融機関は、与信に伴うリスクを適切に評価できる能力をさらに高め、これをプライシング(価格設定)に生かしていくことが期待されます。幸い、近年の金融技法の発達は、信用格付と倒産確率などのデータに基づく信用リスクの定量的な把握や、大数の法則に基づくポートフォリオ・アプローチなど、様々なリスク評価手法を実用化してきました。現にこうした手法を活用しながら、ノンリコースローン(元利金返済原資が特定された貸出)やスコアリングモデルを使った中小企業向け無担保ローン、あるいは簡易な審査の消費者ローンなど、商品面でも様々な工夫がなされてきています。金融機関は、このような動きを具体的な業務推進の面で、さらに広げていく余地があると思われます。

 このように、信用のオリジネート段階から、リスクを適切に評価し、それに見合う金利のプライシングを行うことが、その後のリスクの再配分にとって極めて重要になると思われます。

信用リスクの加工技術の高度化

 第二は、信用リスクの加工技術の高度化です。オリジネーターが引き受けた貸出債権は、そのまま転売することも可能ですが、様々な金融技術を活用して、当初の信用リスク属性を多様な形態に変化させることができれば、より広範な資金供給者や投資家のニーズを充足させることができます。例えば、資産担保証券などの場合、プール化した原債権が、その価値を大きく変動させる要素を含んでいる事実に着目し、シニア(元利金支払順位が優先的)、エクイティー(劣後的)、メザニン(中間的)部分などに分けて、それぞれのリスク度に適合した内外の幅広い機関投資家を取り込む工夫がなされています。

 また、先ほども触れましたように、わが国の企業向け融資は、形式的には短期貸出でも、事実上は長期間ロールオーバーされることが多く、ある意味で、資本的な機能を担っている面があります。こうしたリスクも、エクイティー部分とデット部分に分解すれば、そのリスク属性に適合する投資家に再配分する道が開けます。例えば、将来発展が期待される企業については、金融機関が、新株予約権を付けた貸出で対応することもリスク加工の一例です。これによって、貸出部分の金利水準を抑制しつつ、事業が成功した場合の企業価値の増加メリットを享受するとともに、新たな株主が経営へガバナンスを働かせることも可能となります。

 リスクの加工機能の向上に関しては、金融機関、証券会社、ノンバンク、格付機関、監査法人など、金融サービス業を担っている多くの関係者の貢献が期待される分野だと思います。

信用リスクの再配分

 第三は、信用リスクの再配分機能の強化です。これは、貸出債権の流動化市場やローン・シンジケーションの市場、さらには資産担保証券などの売買市場を整備していくことに他なりません。このような市場をクレジット関連市場と総称すれば、こうしたクレジット関連市場の機能を活用することにより、銀行などのオリジネーターが引き受けた信用リスクを、その他より広範囲の投資家に再配分し、内外の幅広い資本を有効に活用することが可能となります。また、クレジット関連市場が有する価格発見、検証機能を活用することも大変有用です。リスクに見合ったプライシングを追求していくためには、そのプライシングの適切性を常に検証する必要がありますが、こうした市場はそのための有益な情報を供給することになります。

 これらクレジット関連市場の整備のための具体的な作業としては、統一的な約定書の整備、信用状態が悪化した場合に備えたコベナンツ(通常の契約事項に追加して定める債務者の遵守条項)の整備など、民間および金融当局の双方で取り組むべきメニューが多数あるように思います。

 同時に、これらクレジット関連市場の健全な発展のためにも、国債市場のさらなる整備は引き続き重要なテーマです。国債市場は、信用リスクを含まないリスクフリー・レート(無リスク金利)を常に提示することで、クレジット関連市場等において適切な金利形成のための基準を提供する役割を担うからです。国債市場が様々な金融変動の中でも適切にリスクフリー・レートを提示できる、一段と深みのある市場となるよう、不断に改善を図る必要があります。日本銀行としても、市場関係者や財政当局とともに、今後とも、こうした市場整備の面で努力を重ねていきたいと考えております。

 なお別途、わが国の現状に照らすと、国債発行残高の累増が内包するリスクをどのようにコントロールしていくか、という非常に大きな問題があります。この点については、国家財政の基本的な構図をどのように再設計していくか、できるだけ早く国民の前に選択肢が示される必要があると考えます。

3. 日本銀行の役割

 以上述べてきましたように、日本銀行としては、当面、金融緩和政策の効果浸透を通じて、引き続き金融市場の安定を確保し、景気の回復をより確かなものとするとともに、やや長い目でみて、金融システム全体として信用配分機能を高めていくことが、新しい時代に相応しい「活力に満ちた日本経済」を築いていく上で大変重要な課題だと考えております。

 このため、まず金融政策の面では、日本銀行は、去る10月10日の金融政策決定会合において、(1)流動性の供給を従来にも増して機動的、弾力的に実行することを決定するとともに、(2)量的金融緩和政策継続のコミットメントをより明確にいたしました。

 次に、金融システム全体として信用配分機能を高めていくため、日本銀行は、昨年来、(A)DCF法の導入を含む不良債権早期処理に向けた提案、(B)銀行保有株式の買入れ、(C)ABCPの日銀適格担保化や資産担保証券の買取り、などの諸対策を講じて参りましたが、この面では、引き続き様々な角度から、金融界の努力を支援していきたいと考えております。

 現に、日本銀行では、この11月から、「証券化市場フォーラム」を開催することとしました。幅広い市場関係者の方々との間で、資産担保証券市場その他金融資本市場全般のさらなる発展に向け検討を進めることを目的としております。

 また、これと併行して、日本銀行では、個々の金融機関との間でも、考査・モニタリング機能を活用しながら、こうした市場機能向上にマッチした経営のあり方などを巡って、議論を深めていく方針です。

 最後に、日本銀行では、自らの金融調節手段について、今後とも必要な見直しを行い、金融政策の効果を高めるとともに、金融資本市場の機能向上のためにも直接、間接、貢献して参りたい、と考えております。

 このように、わが国金融サービスの高度化に向けて、関係各方面の努力がさらに結集されていけば、創造性に富んだこれからの日本経済を支えるダイナミックな金融の姿が、必ずや浮かび上がってくるものと強く確信していることを申し上げ、私のお話を終えたいと思います。

 ご清聴、誠に有難うございました。

以上