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「最近の金融経済情勢について」
12月9日金融情報システムセンター(FISC)講演会における岩田副総裁基調講演要旨
2003年12月 9日
日本銀行
[目次]
日本銀行の岩田です。金融情報システムセンターの講演会にお招き頂き、お話する機会を得ましたことを大変光栄に思っております。
本日は、「金融経済情勢等について」という題目を頂いているのですが、特にデフレ克服という課題について取り上げたいと思います。今年の3月に内閣府から日本銀行に参りましてから9ヶ月程になりますが、この間の経験を踏まえマクロ経済の面から最大の政策課題であるデフレ克服と金融政策について所見を述べたいと思います。なお、意見にわたる部分は、私個人の見解であることを御了解いただいた上で、ご批判賜れば幸いです。
1.バブル崩壊後3回目の景気回復
2002年1月に始まる今回の景気回復は、バブル崩壊後、3回目になります。1回目は、1993年10月から97年5月、2回目は1999年1月から2000年10月にかけてでした。今回、景気が回復し始めてから、すでに1年半以上経過しましたが、この間に実質成長率は6四半期連続してプラス(前期比年率では2%台半ばの伸び)を続けています。
90年代における前2回の回復期と比べて、今回の回復期の特徴として以下の3つを指摘できます。
まず、第一に、輸出と設備投資が回復の牽引力となっていることであり、これは前2回の回復期と共通しています。今回の場合、設備投資の増加がGDP成長率に与える寄与度が純輸出の寄与度よりも大きくなっていますが、輸出の増加を中心として鉱工業生産や設備投資の回復が誘発されていると言えます。内需は、バランスシート調整や設備・雇用の調整圧力が加わっているために、全体として活力に乏しいといえます。
しかし、詳しく見ると、輸出面では、アメリカに加えて、中国向け輸出が日本の輸出に大きく寄与していることが、前2回とは異なります。2回目の回復期(99−2000年)には、中国は日本の輸入面でそのプレゼンスが明確となりましたが、今回は輸出面でアジア経済の回復過程におけるプレゼンスが目立っています。
第二に、在庫循環の面から見ると、1回目の回復期とよく似ています。1993年から97年にかけての回復期には、95年に円高が急速に進んだこともあり、在庫循環が一巡し、在庫調整局面に入りかけました。ところが、円安への転換もあり、低い在庫水準から出発してもう一度在庫投資が行われるようになったのです。今回も在庫水準は、歴史的に低い水準にあり、在庫・出荷比率の動きは、95年当時とよく似ています(図表1)。アメリカ経済においても在庫水準は低く、2004年半ばまで最終需要の伸びの鈍化を相殺するよう、在庫投資が増加するものと予想されます。日本でも在庫投資は、生産や出荷が伸びて行くにつれて増加するものと見込まれます。
第三に、設備投資循環の面から見ると、2回目の回復期と似ています。9月の短期経済観測によれば、大企業製造業の設備投資計画は、2003年度に名目で11%増加するものと見込まれています。この伸びは、2000年度の大企業製造業の設備投資にほぼ匹敵しています。設備投資財の価格下落を考慮すると、実質ではかなり高い伸びとなります。ちなみに、設備投資デフレータは、7−9月期に前年同期比で5.8%下落しています。以下に述べるように、デフレータは、価格下落を過大に評価している可能性があります。しかし、設備投資財の価格下落が6%の半分であったとしても、実質では15%近い伸びになります。今回の設備投資拡大は、前回と同様にIT関連投資を中心にしているのですが、前回と比べて裾野がより広いものになっています。IT関連投資といっても、半導体のみならず家電部門の新製品(デジタル・カメラ、薄型PDPテレビ、DVDなど)に関連した設備投資や輸送機械のみならず鉄鋼・化学など素材産業でも更新投資が計画されています。これは、中国向けの輸出が、IT関連のみならず、素材産業でも増勢を強めていることや、製造業における設備の老朽化が進み、設備を備え付けてからの経過年数が長くなっているからです。日本の設備投資額は、ほぼ固定資本減耗額に等しくなるところまで減少しているので、ヒックスの景気循環論が指摘するように、いずれ設備投資は底を打ち、拡大に転ずる時期が来ていたと見ることが出来ます。さらに中小企業も、業況感の改善に伴って、製造業、非製造業ともに設備投資を計画する先が次第に増加していることは、歓迎すべき兆しと言えます。
以上、まとめて見ると、今回の回復は、アメリカ経済や中国経済の成長など世界経済の回復に依存している面が強いという点では過去2回の回復期に似ていますが、国内の内在的な循環要因(在庫循環や設備投資)からみると景気の腰折れがおきにくい状態にあると言えます。
2.景気回復の持続性とリスク要因
民間の予測は、日本銀行が「経済・物価の将来展望とリスク評価」(展望レポート)で発表した2003年度、2004年度の2%半ばの成長率と比べて、低い成長を予想しています。2003年度については、民間予測も上方修正されつつあります。冷夏によって個人消費の伸びが弱り、7−9月期の実質成長率がほぼゼロないし微増と民間で予測されていたにもかかわらず前期比年率で1.4%増加したからです。この結果、2003年度の実質成長率は、「経済・物価の将来展望とリスク評価」(展望レポート)で示された最も高い見通し(2.7%)に近い成長を遂げる可能性もあります。
2004年度について民間予測が「経済・物価の将来展望とリスク評価」(展望レポート)よりも悲観的である一つの理由は、近いうちに国内経済において在庫調整局面に入るか、または設備投資が一度弱含みになると見ているからです。しかし、すでに述べたように在庫や設備投資といった循環要因からみると、日本経済は、腰が強い状態にあり、第3四半期における年率10%を超える輸出の強い伸びが鉱工業生産の伸びにリンクしつつあります。
民間予測が悲観的であるもう一つの理由は、アメリカ経済が2004年半ばには、減税効果の一巡もあり、急速に減速するのではないかと考えているからです。しかし、アメリカ経済の労働生産性の伸びは驚異的です。2003年第2四半期、第3四半期にそれぞれ7.0%、9.4%の伸びを示しています。もちろん、こうした伸びは永続するものではありませんが、サービス部門も含めて第4四半期以降も生産性は比較的高い伸びを維持するものと考えられます。生産性の上昇は、企業収益を改善し、設備投資の原資となるばかりではなく、賃金の増加にも寄与します。雇用・賃金の増加や株価の上昇を背景とした家計部門の総資産の増加によって、減税効果の消失を相殺し、今年第4四半期から来年末にかけて4%程度の成長を続ける可能性が高いと見てよいでしょう。
アジア経済は、中国を中心として急速な回復を示しています。ユーロ・エリアも最悪期を脱し、企業の景況感の好転に伴って2004年には1%台半ばの成長経路に乗ってゆくことが期待できます。この結果、2004年は、「世界同時景気回復」の年となる可能性があります。このシナリオを実現する上での主な障害は、急速なドル安と地政学的なリスクです。
アメリカの対外不均衡の拡大は、ドル高が要因とされることが多いのですが、対外不均衡の調整には、為替レート調整よりも、貿易相手国の成長による所得効果の方がより有効であることを忘れるべきではありません。アメリカのみが「成長のエンジン」であり続けることは、世界経済の持続的な回復にとって望ましい姿ではありません。日本、アジア、欧州の景気回復が本格化することが、まず優先すべき政策課題です。
急速なドル安は、アメリカへの資本流入を弱め、債券安〔金利高〕、株価安を通じて、国内の景気回復を腰折れさせる要因になります。日本経済は、1985年から現在にかけて、円レートは、1ドル260円から80円まで大幅に変動してきましたが、経常収支の名目GDP比率は現在も3%程度と85年の水準とほとんど変化していません。一国の中長期的な対外不均衡の大きさは、経済成長の決定要因である技術進歩率、人口増加率、国民貯蓄率の差などによって決定されるものであります。[注1]。
3.経済成長率の実力と物価指数の偏り
さて、デフレ克服という課題の観点から日本経済の先行きを見るうえでは、物価指数の偏りとそれに関連して実質成長率と潜在成長率の関係がどのように変化してゆくのかを見極めることが重要です。かりに物価指数のバイアスが存在せず、2年にわたり潜在成長率を1%程度上回る実質成長率が実現するのであるとすれば、GDPギャップの縮小速度と足元のGDPギャップの大きさの関係からデフレ脱却の可能性が生まれて来るからです[注2]。逆に、物価指数のバイアスが大きく、潜在成長率と比べて実質成長率が過大に評価されているとすると、GDPギャップは余り縮小せず、デフレ脱却は依然として困難であるということになります。
経済学では、古くから「真の生計費指数とは何か、またそれに最も近い物価指数は何か」という「指数問題」を論じてきました。残念なことに、現実の物価指数のなかに理想的な指数に相当する指数は存在しておらず、理想的な指数に比較的近い物価指数〔ほかの指数に優越する指数〕としてフィッシャー型の連鎖指数が上げられています。フィッシャー型の物価指数とは、過去のある時点のウエイトを基準として選ぶラスパイレス物価指数と、現在時点のウエイトを基準とするパーシェ物価指数の幾何平均として得られるものです。
消費者物価指数や企業物価指数は、2000年を基準としたラスパイレス物価指数です。他方、GDPデフレータは、名目GDPを実質GDPで割ることによって得られるものであり、日本の国民所得統計ではパーシェ物価指数になっています。実質GDPは1995年を基準とするラスパイレス数量指数で出来ており、その基準時点が消費者物価指数などと比べて古いことも以下でのべる物価指数のバイアスに影響を与えています。
重要な点は、ラスパイレス物価指数は、物価上昇を過大に評価する傾向があり、パーシェ指数は物価下落を過大に評価する傾向があるということです[注3]。ラスパイレス物価指数が上方バイアスをもっていることは、基準時点と現在時点の間に価格変化があり、価格が上昇した財のウエイトは小さくなっているにもかかわらず、基準時点の大きなウエイト付けをすることから発生します〔異なる時点間の代替効果の無視〕。このほか、(1)基準時点には観察されない新製品の登場、(2)割引商品・割引デーの存在、(3)ならびに技術進歩や多様化による質の変化をうまく捉えていないことから上方バイアスが発生します。逆に、パーシェ物価指数では、価格が上昇した財のウエイトが代替効果を通じて基準時点と比べて小さなものとなり、物価下落の効果を過大に評価することになります。以上の結果、パーシェ物価指数であるGDPデフレータが物価下落を過大に評価する傾向がある一方で、実質成長率が過大に評価されている可能性があるということになります。
では、このパーシェ物価指数の偏りはどの程度の大きさなのでしょうか。個人消費のデフレータは、7−9月期に1.4%低下していますが、コアの消費者物価指数は基調として0.5%程度低下しています[注4](図表2)。
両者の差は、1%程度あるわけですが、これをそのままパーシェ物価指数のバイアスとみなすことは出来ません。何故なら、ラスパイレス物価指数である消費者物価指数も上方のバイアスをもっているからです。フィッシャー物価指数が、よりバイアスの少ない指数であり、それがパーシェ指数とラスパイレス指数の幾何平均であることを考慮すれば、パーシェ物価指数である個人消費デフレータの下方バイアスの大きさは、1%の半分程度ということになります。また、設備投資のデフレータと企業物価指数の設備投資財の価格下落幅に3−4%の差があるとしても、パーシェ物価指数であることから発生するバイアスは半分程度ということになります[注5]。この結果、国民所得統計におけるGDPデフレータの下方バイアス、実質成長率の上方バイアスの大きさは0.5−1%程度であり、むしろ0.5%に近いものと個人的に考えています。
さて、潜在成長率の大きさは、国民所得統計で観察された実質GDPの数字を基礎として推計されます。おおまかにいって、過去の実質GDPのトレンドとしての成長率が潜在成長率として推計されています。この意味では、今年の経済財政白書でも1.0%程度と推計されている潜在成長率にも上方バイアスがあるということになります。
ところが、一つ問題があります。2000年以降は、従来の卸売物価指数が企業物価指数に改定され、技術進歩に伴う質の向上がより的確に捉えられるようになりました。ところが1995年から2000年にかけては、卸売物価指数が国民所得統計のデータとして用いられていますが、この時期については、技術進歩による質の向上や生産性向上の効果が2000年以降のようには的確に捉えられていません。かりにこの時期の生産性向上効果が大きかったとすると、トレンドとしての潜在成長率は、過小に評価されているということになります。両者の要因を考え合わせると、足元の潜在成長率の方は、現在の推計値をそのまま使用する方が良いように思います。他方で、構造調整が終了した時点では、ジョルゲンソン(2003)が最近主張しているように、アメリカとほぼ同じ大きさと推定されるIT革命による生産性向上効果が顕在化し、潜在成長率が1.5−2%程度に高まる可能性もあります。
以上をまとめると、私個人の見解によれば、(1)かりに構造調整期間である2年にわたって2%台半ば、あるいはそれ以上の実質成長率が実現し、(2)足元のGDPギャップが小さいもの(1%程度)であり[注6]、(3)デフレータの下方バイアスが比較的に小さく、実質成長率と潜在成長率の差がパーシェ物価指数のバイアスによって大きくは変化しない(例えば、0.5%程度)という3つの条件が満たされているとするならば、GDPギャップの縮小に伴ってデフレ脱却の展望が開けてくるということになります。以上に加えて、製造業における新製品を中心にした高付加価値化や素材産業における業界再編・統合による企業の価格支配力の回復、さらに家計部門の高付加価値商品に対する志向の高まりは、これまで「価格破壊」から新たな付加価値創造に基くビジネス・モデルへの転換が生じつつあることを示しており、デフレ脱却にはプラスの要因として働いています。
4.デフレ克服のための4つの処方箋
以上は、現実のデータからデフレ克服の可能性を論じたのですが、理論的にはどのように整理することが出来るのでしょうか。デフレを克服するための処方箋として、以下の4つを上げることが出来ます。
- (1)望ましい物価上昇率を実現するために、為替レートの水準を目標として、中央銀行が外債を大量に購入する。
- (2)望ましい物価上昇率を目標として、中央銀行が国債を大量に購入する。
- (3)望ましい物価水準を目標として、中央銀行が財政政策の支援を得て、適切にマネタリー・ベースを拡大する。
- (4)本源的赤字ゼロを目標とする財政政策の下で、中央銀行が中長期的に望ましい物価上昇率と潜在成長率を実現するようマネタリー・ベースを拡大する。
(1)の方法は、スベンソン(2001)が提唱しており、中央銀行が貨幣発行をして外債購入を続けることにより物価上昇率目標と整合的な目標為替レート水準を実現するか、または外国と自国の物価上昇率の差だけ為替レートが減価して行くクローリング・ペッグ制度を採用するというものです。ポイントは、為替レート減価による輸入物価上昇によりデフレ脱却を図るところにあります。
(2)の方法は、アウエルバック=オプストフェルト(2003)が提唱しており、目標とする物価上昇率を予めアナウンスしておき、目標とする物価上昇率が実現するまで公開市場操作で国債購入を続けるというものです。ポイントは、足元のマネタリー・ベースの拡大にあるのではなく、将来のマネタリー・ベースの拡大と正の利子率(長期金利は日本でもゼロではない)の組み合わせにあります。
(3)は、エガートソン=ウッドフォード(2003)やバーナンケ(2003)が主張しており、目標とする物価水準(例えば、消費者物価指数が下落を始める直前の物価水準)を実現するよう、財政政策の支援の下で、マネタリー・ベースを適切に拡大してゆくというものです。例えば、貨幣発行によって減税をファイナンスするというのは、一つの有力な政策手段です。望ましい物価水準が実現されない場合には、より大幅の物価上昇の実現が求められることにポイントがあります(径路依存型の政策)。
(4)の方法は、日本経済に適用可能な方法として、私が個人的な見解として推奨しているものです。日本の潜在成長率が中長期的にみて1.0−1.5%程度であり、望ましい物価上昇率がコア消費者物価指数で1−2%程度であるとしましょう。この両者を実現するように、貨幣の所得流通速度のトレンドとしての変化を考慮しながら、マネタリー・ベースを拡大することにします。他方で、財政政策の方は、2010年代初頭に本源的赤字がゼロになるように運営されています。この両者の組み合わせによってデフレ脱却が可能になると私が考えるのは、本源的赤字ゼロを目標とする財政政策の下では、将来にわたって国債名目残高が増加を続けることになり、これに加えてマネタリー・ベースも増加することになるからです。この時、民間部門は、累増すると予想される実質金融資産残高を消費に振り向けることにより、効用を高めることが可能になります。この結果、民間支出が拡大することになります。
貨幣発行でファイナンスされた減税政策は、国債償還の必要がありません。これと同様に、本源的赤字ゼロを目標とする財政政策運営においても、発行した国債を将来の税負担増加で償還する必要がなく、将来時点でも国債残高が残ることになります(「非リカード型財政政策」)。この将来も国債残高が残る「非リカード型財政政策」とマネタリー・ベース拡大を組み合わせた政策が実行されることによって、家計は将来の実質金融資産残高が大きくなり過ぎないように支出を拡大すると考えられます[注7]。現実に、日本の家計貯蓄率は、最近のマネー・フロー表ではマイナスになっています。一時的な要因もあるでしょうが、高齢者や年金生活者を中心にここで述べた支出拡大メカニズムが働きはじめている可能性もあります。
足元のマネタリー・ベースは前年比17−20%程度増加しており、中長期的に望ましい物価安定数値目標と潜在成長率を実現する上で十分な大きさになっています[注8]。中央銀行が、将来も中長期の目標を実現するのに必要なマネタリー・ベースの拡大を行う用意があることを予め明示することにより、民間部門は安心して支出を拡大することが可能になり、金融政策の効果がより強力なものになると考えられます。
日本銀行は、展望レポートにおいて透明性向上の観点から以下の条件が満たされない限り、2001年3月以来の量的緩和政策を続けることを決定しています。すなわち、
- (1)足元のコア消費者物価指数の前年比上昇率が、基調的な動きとしてゼロ、またはゼロ以上であると判断できること(具体的には数か月均してみて確認する)
- (2)政策委員の多くが見通し期間において、コア消費者物価指数前年比上昇率がゼロ%を超える見通しを有していること、
- (3)また、以上の条件は必要条件であって、これが満たされたとしても、経済・金融情勢によっては量的緩和政策を継続することが適当であると判断することも考えられること、
を明示しています。
将来もゼロ金利を継続することについて予めコミットすることにより時間軸効果を働かせ、短期金利のみならず、より長めの金利も安定化させることによってデフレ克服を目指すというのが現在の日本銀行の政策です。このコミットメントは、上に述べた量的側面〔マネタリー・ベース〕におけるコミットメントと整合的です。とりわけ、量的緩和政策を継続する上での3つの条件のうち2番目の条件を「消費者物価指数の上方バイアスと再びデフレに戻ることのないよう糊代を確保する」との観点から、私が望ましいと考えている物価安定数値目標の下限である1%の物価上昇率が確認できるまで量的緩和政策を継続するよう運用することにより、コミットメントをより強化することが出来ます。
さらに、物価安定数値目標を明示することにより、人々の将来に対する期待を安定化させることを通じて、長期金利の安定化のみならず正常な均衡に向けての調整期間を短縮する効果も生まれると考えられます。私の提案は、すでに足元では実行に移されている部分も多いのですが、将来にわたり時間軸効果と量的拡大効果の両者を組み合わせることによって、デフレ克服のシナリオ実現をより確固たるものに出来ると考えています。
脚注
- [注1] 浜田=岩田(1989)は、日本とアメリカの対外不均衡を開放経済における新古典派成長モデルで分析していますが、理論値よりも現実の不均衡は小さなものになっています。この差は、資産保有のホームバイアスや非貿易財の存在が影響している可能性が高いと考えられます。
- [注2] 物価上昇率の加速や減速が、足元のGDPギャップの大きさのみならず、現実の実質成長率と潜在成長率の差に依存していることは、フィリップス曲線と期待物価上昇率に関する期待形成から導出できます。2002年度にコアの消費者物価指数はマイナス0.8%でしたが、10月にはプラス0.1%に転じています。これは、特殊要因(タバコ税引上げ、医療費自己負担割合の引上げ、米価上昇)が0.4−0.5%物価押し上げ要因として働いているとしても、残りのデフレ幅縮小は、実質成長率が潜在成長率を上回って増加したことの効果が、GDPギャップの大きさによって物価を下落させる効果を上回ったためと考えられます。物価変化率の加速や減速が、失業率の水準のみならず失業率の変化にも依存していることを指摘下さったローレンス・マイヤー氏に謝意を表したい。
- [注3] 「指数問題」の歴史を振り返ると、「ラスパイレス物価指数は、真の生計費指数の上限値を示し、パーシェ物価指数はその下限値を示す」ことが明らかになっています。他方、生産面からみると、「ラスパイレス物価指数は、同一水準の産出量をもたらす生産可能性指数の下限値を示し、パーシェ物価指数は、その上限値を示します。」なお、指数問題における「優越した指数」については、デイーワルト(1976)、桜本(1999)を参照して下さい。
- [注4] 日本における現実のコア消費者物価指数、個人消費デフレータ、GDPデフレータの動きをみると、90年代に入ってからコアの消費者物価指数の前年同期比上昇率は、個人消費デフレータやGDPデフレータの上昇率を上回るようになりましたが、それ以前の時期には大きな乖離は見られせん。GDPデフレータでデフレが始まった90年代半ば以降、3つの物価指数には大きな乖離が生ずるようになったように見えます。正常な経済に戻った時点で、3つの物価指数の乖離がどの程度の大きさになるのか注目されます。
- [注5] ちなみに、モルガン(2003)は、設備投資デフレータと企業物価のうち設備投資財の価格下落幅の差に着目し、4−6月期の年率3.9%の実質成長率増加の半分は、物価指数の歪みによるものと論じています。
- [注6] 物価が上昇する可能性のある需給ギャップの大きさについては、図表3に示されています。
- [注7] この支出拡大効果は、「ポートフォリオ・リバランシング」とは独立の「異時点間のピグー効果」、または、政府部門の実質負債残高(これは民間部門の保有する実質金融資産残高に等しい)の割引現在価値が遠い将来でもゼロにならないことが予算制約式に与える効果に着目するので、「異時点間のワルラス法則」と呼んでもよいでしょう。いずれにしても、将来の富の増加を民間部門が予想することから発生する効果です。本論での提案に近いデフレ脱却のもう一つの方法は、ベンハビブら(2002)による「非リカード型財政政策」とマネタリー・ベースをk%ルールで増加させてゆく金融政策の組み合わせです。私の提案は、金利変動、物価変化率や不良債権処理の進展などに依存してマネタリー・ベースの所得流通速度がトレンドとして変化することに着目する点で、エガートソン=ウッドフォードやベンハビブらと異なっています。
- [注8] 最近時点では、マネタリー・ベースの所得流通速度のトレンドとしての低下率は、11%程度になっています。これに望ましい名目成長率プラス望ましい名目成長率と現実の名目成長率の差を加えたマネタリー・ベースの伸びが、本論で述べた望ましい名目成長率の実現を可能にする伸び率ということになります。
参考文献
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