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最近の金融経済情勢と金融政策運営
福島県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨
2005年6月2日
日本銀行
[目次]
- 1.はじめに
- 2.最近の金融経済情勢の現状と見通し
- 3.ペイオフ全面解禁と金融政策
- 4.金融政策の「正常化(ノーマライゼーション)」
- 5.「真の説明責任」
- 6.金融政策の自由度がない状況は国益に反する
- 7.結びにかえて
1.はじめに
本日は、ご多忙の中、福島県の行政および経済界を代表される皆様のご出席を賜り、懇談の機会を得ましたことを大変ありがたく、また光栄に存じます。日頃は、鉢村支店長をはじめ日本銀行福島支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。
さて、私が日本銀行に入ってから早いもので、ちょうど6ヶ月が経過しました。民間サイドから日本銀行をみていただけでは分からなかった様々な「発見」がありました。もちろん、まだ戸惑いの方が多いのが現状ですが。
また、今年の金融市場をみると、事前の市場のコンセンサスが外れることが多いように思います。金融市場のボラティリティーは低い状況にありますが、ヘッジファンドに巨額な資金が流入していることもあって、なぜか居心地の悪さを感じます。日本銀行は金融市場の動向を常にウォッチしていますが、今年は株価・長期金利が実体経済を正確に反映していないような気がします。日本銀行からの情報発信の不備によって金融市場が混乱しないように気をつけたいと思います。
2.最近の金融経済情勢の現状と見通し
日本銀行は、4月末にわが国経済の情勢について、「経済・物価情勢の展望(2005年4月)」、いわゆる「展望リポート」を公表しました。この「展望リポート」は、私どもが金融政策運営を行っていく前提となる経済と物価について、本年度と来年度の見通しを示したものです。
「展望リポート」では、2005年度、2006年度の政策委員の大勢見通しとして、実質GDPはそれぞれ前年度比+1.2%~+1.6%(中央値+1.3%)、+1.3%~+1.7%(同+1.6%)、国内企業物価指数はそれぞれ+0.8%~+1.0%(同+0.8%)、+0.2%~+0.5%(同+0.3%)、消費者物価(除く生鮮食品)はそれぞれ-0.1%~+0.1%(同-0.1%)、+0.2%~+0.4%(同+0.3%)となっています。金融政策運営については、「今回の展望リポートが対象とする期間において、量的緩和政策の枠組みを変更する時期を迎えるか否かは明らかではないが、今回の経済・物価見通しが実現することを前提とすると、2006年度にかけてその可能性は徐々に高まっていくとみられる。」としました。
金融市場の評価は、「大勢見通しの数字には概ねサプライズはない。」「日銀の景気判断は慎重なものであり、量的緩和の枠組みが変更される時期は2007年度以降にずれ込むのではないか。」というものでした。日本銀行は、こうした市場の反応にコメントするつもりはありません。私も、「展望リポート」はその性格上、今後数ヶ月の経済指標や金融政策運営をみながら、金融市場には徐々に日銀のメッセージを受け止めてもらえば良いと考えています。
経済情勢及び金融政策運営に関する日本銀行の基本的見解は4月の「展望リポート」、5月の金融経済月報を参照していていただくとして、本日は基本的に、私の個人的見解をお話させていただきたいと思います。
日本経済の現状と先行きについては、ここ1年を振り返ると、IT関連分野の調整を受けて、景気は「踊り場」の状態にありました。当地でも、製造業に占めるウエイトが大きい電子部品・デバイス関連の企業では景気の先行きに一抹の不安を感じていらっしゃったと思います。ただし、全国的には、基調としては、景気回復が続いており、個人消費や輸出が景気を支えてきました。先月公表された1~3月期の実質GDPは前期比年率+5.3%と市場予想を大幅に上回りました。特殊要因が多少伸び率を押し上げている面があるとしても、踊り場脱却への動きを感じ取ることができる指標であったと評価できます。鉱工業生産も1~3月期の前期比+1.7%に続き、今週公表された4月分は前月比+2.2%、4月の1~3月期対比は+1.3%と底堅い数字となりました。まず、私が想定するメインシナリオを述べさせていただきたいと思います。
メインシナリオ
わが国景気は「踊り場」脱却に向けた動きが着実に進んでいますが、現時点においては、明確に脱却したとする判断には至っていません。こうした判断の背景には(1)IT関連分野の在庫調整の進展は確認されたが、輸出の明確な改善には至っていないこと、(2)GDP統計、生産統計をはじめとする1~3月期のマクロ統計の改善には、昨年10~12月期における台風や暖冬などによる個人消費の一時的な弱い動きの反動などが影響していること、(3)複数の先行指標が景気後退局面に入る可能性を示唆していること、があります。
先行きについては、遠からず輸出が回復し、景気全体としても回復の動きが明確になっていき、景気は「踊り場」を脱却できると思います。このように考える理由は、(1)輸出回復を受けて生産は増加していくと期待されること、(2)企業の過剰設備・過剰債務などの構造的な調整圧力もやわらいでいくとみられること、(3)企業収益の増加に加え、雇用過剰感が概ね払拭されていくもとで、雇用者所得は緩やかに増加していく可能性が高いこと、などです。
わが国経済は輸出依存度が低下してきたとはいえ、東アジア域内での国際分業が深化しています。米国経済への依存度が高い中国を含む東アジア経済が減速度合いを強めた場合、「踊り場」局面からの脱却が遅れる可能性が出てきます。4月末の「展望リポート」では、「2006年度は、現時点においてはかなり幅をもってみる必要がある」という表現を盛り込みました。私は景気の先行きに総じて楽観的ですが、2006年度については、(1)景気回復のメカニズムが持続し、「いざなぎ景気」を超える息の長い景気回復局面になる可能性、(2)景気回復のメカニズムが途絶える可能性、のどちらも想定しておく必要があると思っています。
米国と中国は、前回(昨年10月)の「展望リポート」で想定した景気拡大パスに概ね沿って推移しています。海外経済が拡大基調を続け、好調な企業収益の恩恵を家計部門が受けることができるという前提ならば、緩やかながら持続性のある成長軌道を辿ると予想されます。ただ、企業は中期的な期待成長率が低下してきたことから、財務体質の改善を最優先しています。日銀が公表している資金循環統計によると、国内の資金余剰部門は主として企業部門になっています。雇用・設備投資に慎重な姿勢をなかなか崩さないと見込まれます。企業行動が慎重であるため、資本ストック、在庫、人員等が過剰に蓄積される可能性は低いと思います。今のところ、2002年1月を「景気の底」とする今回の景気回復局面は2006年度末まで持続する、すなわち、緩やかながらも息の長いものとなるでしょう。2006年度は潜在成長率を幾分上回る程度の比較的緩やかなものにとどまる蓋然性が高いと考えられます。私は、これをメインシナリオと考えています。
リスクシナリオ
一方、実質の潜在成長率が+1.0%程度まで低下したと見込まれる中、外的ショックに対する抵抗力は引き続き弱いと思っています。エネルギー・素材価格がさらに上昇して米国と中国経済の失速など外的ショックが発生すれば、(1)2006年度は景気回復の5年目に入ること、(2)米国経済については、2005年は潜在成長率程度の成長をみせるものの、2006年は金融引締めの影響などから家計部門が予想以上に減速する可能性があること等から、2006年度に緩やかな景気後退局面に入る可能性も否定できません。例えば、日銀短観(3月調査)では、事業計画の内容は底堅い一方、業況判断DIは大方の予想よりも悪化幅が大きくなりました。この背景には、素材業種から加工業種への価格引上げ要請、限定的な雇用コストの削減余地などが収益を圧迫する可能性、海外景気が先行き減速する可能性、などを危惧していることがあると見込まれます。2006年度は潜在成長率を下回る低成長にとどまる可能性があります。これが、私が想定しているリスクシナリオです。
次に物価情勢について簡単にお話したいと思います。(1)賃金デフレの一巡、(2)素材インフレなど川上段階のインフレ圧力の根強さ、(3)原油価格の高止まりなどは、物価が緩やかながら上昇する可能性を示唆しています。2004年度の国内企業物価は前年度比+1.5%でした。4月の国内企業物価は前年同月比+1.8%、3ヶ月前比+1.0%となっています。
一方、日本経済新聞社が5月17日にまとめた2005年賃金動向調査によると、主要企業の夏ボーナスの一人当たり支給額は昨年夏実績比+2.21%と、3年連続で前年を上回りました。日本経団連が5月25日発表した夏のボーナスの妥結状況の第1回集計によると、大手企業87社の平均妥結額は前年同期比+4.49%と、やはり3年連続で過去最高を更新しました。新卒採用者数も今年度に続き、来年度も大幅に増加することが見込まれています。雇用者所得の緩やかな上昇はサービス価格の上昇を通じて緩やかに消費者物価を押し上げる効果があります。
4月の全国消費者物価(除く生鮮食品)は前年同月比-0.2%でした。個人的には、石油・素材価格の上昇と雇用者所得の明確な下げ止りを受けて、消費者物価(除く生鮮食品)の前年度比上昇率、すなわち、コアCPIインフレ率は、早ければ10月以降、遅くとも来年1月以降、小幅なプラスに転じると思っています。特殊要因や消費者物価の基準年次改定を考慮せず、かつ、景気回復のメカニズムが途絶えないならば、2006年度を通してコアCPIインフレ率はゼロを超えて推移する公算が高いと思います。もっとも、家計部門の支出を一層刺激するためには、雇用・所得環境の改善だけでなく、配当所得の増加、株価・地価(不動産価格)の上昇など一定の資産効果が必要であることに留意すべきとも考えています。
3.ペイオフ全面解禁と金融政策
金融システム面をみますと、全般に状況は改善しており、4月からのペイオフ全面解禁も円滑に実施できました。この10年余の間、わが国金融システムは不良債権問題に苦しんできましたが、そうした状況も大きく変化し、新たな時代を迎えつつあります。今後は、各金融機関が顧客ニーズに応えて創造的な業務展開を図るとともに、リスク管理や経営管理の高度化など、金融の高度化に向けた取組みを強化していくことにより、金融システム全体の機能度や頑健性が向上することを期待します。
ペイオフ全面解禁は、陸上のトラック競技に喩えれば、ゴールではなく、スタート地点です。日本の経済と金融が安定に向かう中、マクロ経済政策の正常化(ノーマライゼーション)も徐々に進められていくことになります。財政規律と同様、金融市場にも一定の規律が必要です。金融政策運営においては、市場機能を封殺した状況をいつまでも放置するわけにはいきません。市場機能が回復すれば、信用力に応じて資金調達コストは変化するはずで、クレジット・スプレッドも本来あるべき姿に戻るはずです。
ペイオフ全面解禁後の課題として、(1)銀行の収益力向上に資するガバナンスと統合リスク管理の強化、(2)市場型間接金融へのシフト、(3)企業金融、個人金融における高度な金融サービスの提供、(4)資本市場のインフラ整備、(5)決済システムの安定、が指摘できます。
日本銀行は4月4日に公表した「2005年度の考査方針」において、金融システムの安定性確保に最重点を置いた「危機管理体制」から「平時体制」へ移行した考査の進め方を示しました。地域金融機関では、全般に貸出が伸びない中で、収益を確保するために有価証券投資に傾斜しつつあるようです。その際、(1)経営体力に見合った投資額、リスク量を設定していない、(2)仕組み債や不動産投信等での運用を積極化しているにもかかわらずリスクの認識や管理が十分でない、といった問題を抱えないように、適切に運用やリスク管理を行うためのノウハウ蓄積や担当者の増員が必要だと思います。
金融システム不安によって経済全体としてデフレ・スパイラルに陥るリスクが強く意識されていた際、量的緩和政策は絶大な効果があったと思います。この時期は、恐らく、「約束」の効果(いわゆる「時間軸」効果)よりも、流動性不安を鎮めることを通じる「量」の効果の方が大きかったといえます。しかし、景気が回復に向かい、金融システムが安定する中、「量」の効果との比較では、「約束」の効果の方に徐々にウエイトが移ってきています。
金融システム不安が後退し、金融機関の流動性需要が減少すると同時に、収益力回復を目指す前向きな資金運用を行い始めたことはポジティブに評価すべきものです。個人的には、金融市場調節も、「危機管理モード」から「平時モード」に変化することが望ましいと考えています。
4.金融政策の「正常化(ノーマライゼーション)」
資産バブル崩壊後、わが国の経済・金融システムを健全化するまで非常に長い時間がかかりました。その間、マクロ経済政策は財政政策、税制、金融政策のいずれも、経済・金融システムを健全化するためとはいえ、長期間続けると様々な弊害が出るような不健全な状況になっています。政府が財政再建のために定率減税の縮小・廃止、消費税率の引上げを含めた財政再建が不可欠であると考える気持ちは良く理解できます。年金改革も重要です。
マクロ経済政策のうち金融政策は、金融経済情勢の環境の変化に応じて機動的(臨機応変に?)に対応できる政策ですが、金利の非負制約化の中、追加の金融緩和余地は極めて限られています。また、超低金利政策の長期化を前提とした企業金融、産業金融、銀行の融資姿勢、資産価格の形成には居心地の悪さを感じます。言い換えると、資産バブル崩壊後の混乱を乗り切った現在、マクロ経済政策運営に共通する課題のキーワードは、「正常化(ノーマライゼーション)」だと思います。財政再建や年金改革は「財政政策の正常化(ノーマライゼーション)」、量的緩和政策の枠組みの変更は「金融政策の正常化(ノーマライゼーション)」と言えます。家計、金融機関、非金融企業は、マクロ政策運営が中長期的に「正常化」に向かうことを念頭に、経済活動を行うと同時に、中長期の計画をたてていただく必要があるのではないでしょうか。
私は、かねがね「環境が変われば、金融政策も変わることが自然である。」と言っています。一部に、人が変わると金融政策が変わることは危険であるという考え方もあるようですが、任期5年の政策委員会のメンバーが複数入れ替わる頃には、経済・金融システムなど金融政策を取り巻く環境は変化していると考えるのが自然です。また、政策委員会のメンバーは、金融政策運営についての考え方、哲学が異なります。金融市場では、どのメンバーはインフレ・タカ派、あるいは、インフレ・ハト派であると言った議論をしますが、その背景には金融政策に関する政策委員会のメンバーの考え方が異なるとの判断があるはずです。米国では、FRBの理事の任期が終了すると、新政権の考え方に近いメンバーがFRBの理事に任命されます。ですから、まさに「人が変われば、金融政策が変わる」と言えるかもしれません。もっとも、私は量的緩和政策の導入、及び、当座預金残高目標の引上げに立ち会っていないメンバーであるとはいえ、量的緩和解除の3条件を軽視することはありません。ただ、金融政策を取り巻く環境が変化しているにもかかわらず、日本銀行が過去に明確化した量的緩和政策のコミットメントに必要以上に縛られて建設的な提案ができないようなことはないように心がけています。
量的緩和政策について言えば、金融システム不安を起点としたデフレ・スパイラルに陥るリスクがあった局面と、最近のように金融システムの安定感が出てきた局面では、政策効果の第一義的な目的、効果の発現(効き方)が異なることは自然だと思います。
個人的には、量的緩和継続のコミットメントによる長期金利安定の効果はあるものの、30~35兆円程度という大量の当座預金残高目標を維持することから期待できる景気押し上げ効果はほとんどないと思っています。また、金融市場が必要とする以上に流動性を供給し続けた場合、将来的に様々な副作用が出てくる可能性もあります。
わが国景気が先ほどお話した私の「メインシナリオ」に沿って動くならば、量的緩和政策の枠組みから金利を中心とする枠組みに変更できると思います。一方、景気がリスクシナリオに沿った展開をみせた場合、デフレ克服を目指すため量的緩和政策の枠組みに変わる新しい金融政策の枠組みを求める声が強まってくる可能性があると考えています。現時点で、量的緩和政策よりも景気刺激効果が大きい具体的な枠組みが念頭にあるわけではありませんが、景気回復が途切れた場合の金融政策運営面での対応についても考えておく必要があると思っています。
量的緩和政策は、所要準備額を超えて市場に対して思い切った流動性を供給する枠組みです。量的緩和政策は、大きく言えば、「量」の効果と「時間軸」の効果、という2つの要素から成り立っています。もちろん、量的緩和政策の効果について、「量」と「時間軸」の2つの効果に明確に因数分解できるものではありませんが、議論を整理するため敢えて2つに分けて議論することをお許し下さい。
すなわち、
- 1)金融市場に極めて潤沢に流動性を供給することで、無担保コール市場でゼロ金利が実現する状況を続けること。「量」の効果。
- 2)量的緩和政策を消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで継続するという(中央銀行としては異例の)「約束」をすることで、市場参加者がゼロ金利の継続を予想することを通じて、やや長めの金利を引き下げていること。「時間軸効果」。
量的緩和政策の「出口」は「あるひとつの時点」ではなく、「数ヶ月という期間」にわたるものになると思います。つまり、現行の量的緩和政策の枠組みは、通常の金利を中心とする金融政策の枠組みと異なり、(1)当座預金残高目標の引き下げ、(2)短期金融市場の機能回復というプロセスを経るため、「金融政策のノーマライゼーション」を達成するまで時間を要します。
個人的には、「金利を中心とする枠組み」への移行、すなわち、金融市場調節の誘導目標(ターゲット)を「量(当座預金残高)」から「金利(無担保コール翌日物金利)」へ移行する場合、(1)当座預金残高目標を引き下げるプロセス、(2)無担保コール翌日物金利をゼロ近傍に維持して短期金融市場の機能回復を待つプロセス、(3)無担保コール翌日物金利をゼロ近傍から中立的な水準に近づけるプロセス、という3つのプロセスを念頭においています。もちろん、当座預金残高目標を引き下げるプロセスをスタートさせる前に、日本銀行が「量的緩和政策の枠組み」から「金利を中心とする枠組み」へのシフトを宣言する可能性はあります。しかし、その場合でも、無担保コール翌日物金利をゼロ近傍からプラスの水準に誘導するには、当座預金残高目標をいわゆる所要残高近辺まで引き下げる必要があります。
中長期的にみて経済に中立的な実質金利の水準は、概ね経済の潜在成長率に見合うものです。ただ、1990年度以降のわが国経済を振り返ってみても、資産バブル崩壊による不良債権問題の発生に伴う企業や金融機関のリスクテイク能力の低下、経済のグローバル化や情報通信技術の発展をはじめ、経済の様々な変化に対する経済各部門の適合の遅れもあって、潜在成長率は徐々に低下しました。潜在成長率は技術革新や人口動態などの影響によっても変化します。
現時点で量的緩和政策の枠組み変更やその後の金融政策運営について明確なことは何も決まっていません。ただ、金融市場が不安定化することを回避するため、枠組み変更の予見性がある方が望ましいと思います。また、日本銀行と金融市場が「量的緩和政策の出口プロセス」について認識を共有できれば、余裕をもった金融政策運営を行うことができると考えています。
量的緩和政策の枠組みを長続きさせるためにも、当座預金残高目標の維持が「自己目的化」しないように、資金需要の減退に伴う受身的な対応として、当座預金残高目標を段階的に引き下げた方が良いと思います。その際、過去の資金供給オペをロールオーバーしない形で当座預金残高を自然体で引き下げることが現実的なように思います。
一方、仮に日本銀行が当座預金残高目標を引き下げるタイミングが遅れた場合、金融市場が量的緩和政策の「出口」を強く意識すると思います。そのような場合、当座預金残高目標は引き下げるスピードが速くなる、あるいは、無担保コール翌日物金利をゼロ近辺に誘導する期間が短くなる、ことが予想されます。
当座預金残高目標の引き下げは、結果的に、量的緩和政策の方向転換の第一歩と解釈される可能性があるため、慎重な議論が必要であることは理解しています。ただ、当座預金残高目標を数兆円程度引き下げても引き続き潤沢な流動性を供給していることに変わりはありません。個人的には、金融市場に悪影響を及ぼさない幅で、当座預金残高目標を引き下げに踏み切っても良いと考えています。短期金融市場を正常化させるためには、当座預金残高目標を段階的に引き下げて、無担保コール翌日物金利はゼロ近辺で安定させる一方、短期のイールドカーブは将来の金融引き締めを多少意識して緩やかにスティープ化している状況が望ましいと思います。
公表されている議事要旨からもおわかりの通り、ここ数ヶ月の金融政策決定会合では「当座預金残高目標の引き下げを巡る議論」について活発な議論が行われました。ただ、これはあくまでも、金融機関の流動性需要や金融市場の状況が変化している実情に即して、量的緩和の枠組みを堅持して行くためにはどのような対応が適当なのか、という観点に立って行われている議論です。消費者物価指数に基づく明確な「コミットメント」に沿って、所要準備を大きく上回る潤沢な資金供給を続けることでしっかりと金融緩和を継続する、という基本スタンスに揺るぎはありません。
当座預金残高目標を引き下げることは、「量」の効果の部分について調整を加える措置であって、時間軸に影響を与えることを狙った措置ではありません。また、当座預金残高目標の引き下げ、あるいは、一時的な目標割れ容認のどちらについても、「技術的な対応」と言うよりも、「金利の正常化」、あるいは、「金融政策のノーマライゼーション」に向けた一歩という意識で政策対応をすべきであると考えています。
個人的には、量的緩和政策の枠組みを変更するプロセスにおいて、当座預金残高目標を数回にわたって引き下げる必要があると思っています。当座預金残高目標の引き下げを開始するタイミングとして、以下の3つの考え方がありえると思います。すなわち、(1)資金需要の減退に伴う受身的な対応、(2)景気が踊り場を脱却できるメドがたったことを受けた対応、(3)消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率がプラスに転じて量的緩和解除の3条件が満足できるメドがたったことに伴う対応、という3つです。
当座預金残高目標の引き下げと景気動向をどこまで関連づけて考えるか、にも皆様の関心が高まっているようです。4月5日・6日開催の金融政策決定会合議事要旨でも、「大方の委員は、当面は現行の当座預金残高目標を維持しつつ、金融システムの安定度合いや、これを受けた流動性需要の動向について、景気・物価情勢ともあわせてしっかりと点検していくことが必要であるとの認識で一致した。」とあります。個人的には、当座預金残高目標の引き下げについては、景気動向と直接リンクさせない形で段階的に行う方が良いと考えています。その理由は、量的緩和政策を解除するプロセスとして先行き数回にわたって当座預金残高目標を減額していく際、その必要条件として常に景気の上振れを課すことは量的緩和政策の「量」の効果を過大評価しているという印象が強いためです。
また、量的緩和政策の解除を議論する際、米国と中国の景気・金融情勢の見通しも念頭におく必要があります。すなわち、当座預金残高目標を引き下げる場合、ボードメンバーの間で、ある程度のスケジュール感を持って臨む必要があると思います。
総裁をはじめボードメンバーがこれまで対外説明に時間をかけてきたので、「当座預金残高目標は資金需要の減退に対応した受身的な対応であって、金融引き締めではない。」という我々の考え方は、金融市場では相当程度受け入れられていると理解しています。
量的緩和政策の成果として自信をもっていえることは、金融システムの安定です。長期金利の低位安定は、量的緩和政策の効果というよりも、ゼロ金利政策の効果であると判断しています。当座預金残高の誘導目標を引上げれば、量的緩和政策の効果が大きくなるという仮説は説得力がないと思います。また、量的緩和政策がデフレ克服に向けてどの程度寄与したのかという質問に対して自信をもって応えることができません。ゼロ・ベースで金融政策のあるべき枠組みを考えることは意味があると思います。仮に私が「現在のわが国の経済金融情勢に最も適当と思われる金融政策の枠組みは何か?」と聞かれたならば、ゼロ金利政策であると答えると思います。
量的緩和政策を取り巻く金融市場の状況は、金融システムに対する不安感が後退する中で、最近とみに変化して来ています。金融機関においては、市場からの資金調達に対する安心感が定着してきました。金融機関は、格付けや株価への意識から収益力を重視する姿勢を強めており、これが、利息収入をうまない日銀当座預金という形での資産保有に対するインセンティブを殺いでいる可能性もあります。このように金融機関の流動性需要が減少していることから、日本銀行の資金供給オペレーションに対するニーズが低下し、最近では、資金供給オペでいわゆる「札割れ」現象がしばしば発生しています。「札割れ」現象が頻発しているのは、それだけ金融システムを巡る状況が改善していることの表れであり、その背景については、前向きに受け止めています。しかし、同時に、日本銀行の資金供給が難しくなっています。
資金供給オペの期間については、長めの期間の方が、流動性に関する不確実性や金利が相対的に高いため、金融機関の応札インセンティブは高くなる傾向があります。短期資金供給オペの平均期間は、量的緩和政策を導入した当初の2ヶ月程度から徐々に長期化し、2004年度の後半には5ヶ月を超えました。このうち本店手形買入オペの期間は、3月初めのオファーでは10~11ヶ月となり、金融政策決定会合で決められている上限である1年近くまで達しています。なお、量的緩和政策のもとで、日本銀行のオペの期間は他の主要国(1~2週間)に比べて著しく長くなっています。
量的緩和政策は、日銀のバランスシートの規模に影響します。すなわち、当座預金残高目標を拡大する際、日銀は市中から購入した短期国債や長期国債は資産として日銀のバランスシートに計上されます。量的緩和政策が導入されて以降、高水準の当座預金残高目標を実現するために、段階的に長期国債の買入額を増やしてきたことに加え、短期資金供給オペの期間を長期化させてきました。量的緩和政策の導入時である2000年度末と2004年度末を比較すると、日本銀行資産は約115兆円から約150兆円へと約35兆円増加していますが、保有長期国債の増加はその半分以上を占めています。また、短期資金供給オペについては、2000年度末時点のオペ残高は、3ヶ月以内に満期を迎えるものが全てであったのに対し、2004年度末でのオペ残高の残存期間の半分近くが3ヶ月以上、2割程度が半年以上となるなど、相当長期化しています。
いずれ、「量的緩和政策の枠組み」を変更し、「金利を中心とする枠組み」にシフトする時期が到来します。その点を踏まえると、期間の長い資金供給オペの増加は、日本銀行の保有資産の固定化につながり、将来の金融調節の機動性を低下させます。
将来当座預金残高目標を引き下げる場合、日銀のバランスシートに計上される保有資産は減少することになります。量的緩和解除の3条件を満たす段階まで当座預金残高目標を引き下げるべきでないという見解がありますが、これは言い換えると、日銀のバランスシートを短期間に縮小させることを意味します。保有資産を大量に売却する無理な資金吸収オペを実施せざるをえなくなるリスクが高まってきますので、債券相場に悪影響を及ぼすリスクは否定できないと思います。私は、量的緩和政策の解除プロセスにおいて金融市場に一定の配慮をすべきであると考えています。先ほど申し上げましたように、量的緩和政策の解除プロセスは相当時間をかけるべきだと思います。つまり、数回にわたるスムージング・オペレーションとして当座預金残高目標を引き下げることが適切であると思います。
日本銀行は1999年以降、2000年8月~2001年2月の期間を除き、無担保コール翌日物金利をゼロ近辺に誘導する超低金利政策を継続しています。ゼロ金利政策は、市場の価格発見機能を低下させ、資本市場の活力をそぐリスクがあります。超低金利政策が持続するという期待が強すぎる結果、モラル・ハザードが発生するリスクもあります。「金融政策の正常化」が構造改革を促進する面もあると思います。一方、巨額な公的債務は深刻な問題です。国債管理政策の観点からは金融政策が引き続き重要なカギを握るため、金融政策の変更には多くの制約があることも理解しています。しかし、中央銀行としては、持続的な景気回復が展望できる状況になれば、市場規律、富の配分機能、を復活させることも考える必要があると思います。
量的緩和政策については、(1)家計等の利子収入の減少(預金者に対する負担)、(2)年金、生保などの機関投資家の運用難、(3)市場機能の封殺、(4)日本銀行のバランスシートの肥大化、といった副作用が指摘されています。日本銀行は、そのことは十分認識しています。(3)は、短期金融市場での取引減少や機能低下を意味します。本来は、資金の効率的な配分は、金融市場で形成される金利に流動性プレミアムと信用プレミアムが反映されるべきですが、量的緩和政策の副作用として市場本来の機能が低下していることは否めません。
最近、コール市場での取引が少しずつではありますが、増えてきています。日本銀行が短期金融市場でブローカー業務を行なっているような状況は不健全です。コール市場での取引がさらに活発化すれば、量的緩和政策の枠組みを変更しやすくなる面があります。
5.「真の説明責任」
「量的緩和政策の枠組みを長続きさせるためには、資金需要の減退に伴う受身的な対応として、当座預金残高目標を段階的に引き下げた方が良い。」という考え方に対して、しばしば、「日銀はデフレ克服のために当座預金残高目標を引き上げてきた。まだデフレが克服できていない段階で、当座預金残高目標を引き下げるようでは、説明責任を果たしていない」という批判を受けます。
しかし、一部の市場参加者、メディアは「真の説明責任」と「表面上の説明責任」を混同しているのではないでしょうか。私は、「真の説明責任」、「透明性の高い政策運営」とは、ある政策についてその目的を適切に説明できると同時に、その結果について責任を持てる政策運営である、と理解しています。これを当座預金残高目標の引き下げ問題に絡めて言えば、「30~35兆円程度という当座預金残高目標をあくまでも維持することが説明責任を果たしていることにはならない。物価と金融システムの安定、持続的な景気拡大、想定される副作用の最小化をできる限り全て満たすことができる適切な当座預金残高目標をボードメンバーが責任をもって決定する」ことであると思います。
日本銀行の金融政策の歴史をみると、循環的要因、財政引締め、海外要因で景気後退局面に入っても、なぜか金融政策が批判されることが少なくありませんでした。金融政策は本来、機動力がある点で比較優位のあるマクロ経済政策ですが、日本銀行はその機動力を十分発揮できなかったケースもあるように思います。例えば、資産バブル発生を意識していながら、消費者物価の前年比上昇率は安定しているのであるから、早期に金融引き締めに動く必要はないのではないかという政府サイドの発言を受け入れたために、金融引締めに転じるタイミングが遅れたと言われる事例が指摘できます。また、その際に金融引き締めの遅れを取り戻すために大幅な金融引き締めに動いたことが資産バブル崩壊後の景気後退を深刻なものにしたと批判されています。
米国の最近の事例で同じことを説明したいと思います。FRBは2002年~2003年にかけてデフレを克服するため、政策金利を1%という異例の水準まで引き下げました。その翌年の2004年、FRBはインフレが懸念されるという理由から、金融政策の正常化に踏み切り、2005年に入ってからも緩やかなテンポで利上げを実施しています。FRBは思い切った金融緩和の後、今度は金融引き締めに転じているわけですが、市場参加者はこの金融政策運営について「巧みである」、「機動力のある政策運営である」と評価しています。個人的には、「説明責任」を十分果たしていると思います。実際、FRBが金融引締めに転じた後、米国経済は潜在成長率を若干上回るテンポで拡大していると同時に、米国の長期金利は極めて安定している」ため、「結果責任」も十二分に果たしていると思います。
新日銀法によって日本銀行は独立性が認められる一方、金融政策運営の透明性と説明責任(アカウンタビリティー)を向上させることを要求されています。しかし、「表面上の説明責任」を果たしたからといって、持続的な景気回復、物価の安定、金融システムの安定等を実現できなかった場合、ある政策転換は事後的に批判されます。すなわち、「結果責任」を強く求められるということに変わりはありません。また、「表面上の説明責任」を重視するあまり、金融政策の機動力が低下し、金融政策を変更するタイミングが遅れ、持続的な景気回復を実現するという「結果責任」を果たせなくなる可能性があります。
金融政策の効果を説明する際に、金融緩和局面と金融引き締め局面では、「非対称的」にならざるをえないことがあります。量的緩和政策における当座預金残高の引上げ・引き下げの背景説明については、なおさら非対称的なものにならざるをえません。仮に金融政策を説明する際、「対称的なもの」であるとする説明ぶりにこだわり過ぎると、最悪の場合、量的緩和政策の枠組みを変更するまで、私が本来行なうべきと考える当座預金残高目標を全く引き下げることができなくなります。
個人的には、当座預金残高目標を引き下げるかどうかは景気動向に余りリンクさせない方が良いと考えていますが、量的緩和政策の枠組みを変更するかどうかの大前提は、持続的な景気回復が展望できる状況になることである、と考えています。そのため、市場参加者とは、景気の現状認識と先行き見通しについて議論を深めていきたいと思っています。量的緩和解除の3条件については、現時点で解除条件を見直すと、「市場との対話」で不都合が生じます。しかし、量的緩和解除の3条件は、様々な問題を内包していることも事実です。例えば、金融政策は本来、「フォワード・ルッキング」であるべきです。その観点からは、足許のインフレ率よりも、将来のインフレ率とも言える「インフレ期待」をにらみながら金融政策運営を行う方が良いと思っています。
金融政策の最終目標は、物価の安定・金融システム安定・持続的な景気拡大の実現です。量的緩和解除の3条件は強い「コミットメント」ですが、割り切った言い方をすれば、金融政策運営における中間目標という位置付けに過ぎません。持続的な景気回復が展望できる状況となった場合は3条件を柔軟に解釈しても日銀の信認は低下しないと思います。
一部の市場参加者から、量的緩和解除の3条件が満たさないうちに当座預金残高目標を引き下げることは約束違反である、と批判を受けることがあります。個人的には、この見解は金融のプロらしからぬ見解だと思います。ここでは、2つのことを指摘したいと思います。第一に、日本銀行は、量的緩和解除の3条件が満たされるまで、量的緩和政策の「枠組み」を変更しないとコミットしているのであって、当座預金残高目標を30~35兆円程度に維持することをコミットしているわけではありません。第二に、仮に日本銀行が量的緩和政策の枠組みの「量」の部分について当初期待していたほど効果がないと判断したならば、30~35兆円程度という巨額な当座預金残高目標を維持することは、「真の説明責任」を果たしているとは言えないと思います。むしろ、量的緩和政策の副作用を少しでも和らげることが国益に合致していると思います。
当面の金融市場調節のあり方の議論に直結するわけではありませんが、(1)いわゆる「物価の安定」とは何か、(2)量的緩和政策をさらに続けていった場合、潜在的にどのような副作用が顕在化する可能性があるか、について日銀内で議論を深めていくべきだと思います。
6.金融政策の自由度がない状況は国益に反する
5月19日・20日の金融政策決定会合に関する先週末の新聞報道には、財務省と日銀の間で神経戦が繰り広げられたというような記事が複数みられましたが、事実と異なる部分が多いように思います。こうしたマスコミ報道の過熱ぶりによって、冒頭でも述べましたが、一般国民の方々も量的緩和政策が微妙な時期に差し掛かかっていると感じるのではないかと思います。
新しい「なお書き」の採用、そして、仮に将来当座預金残高目標を引き下げたとしても、日本銀行はデフレから脱却するための金融政策運営を続ける姿勢を変えるわけではありません。バブル崩壊後、日本経済をサポートするため財政政策は大きな役割を果たしましたが、その結果、公的債務残高の名目GDP比は未曾有の水準まで膨らみました。人口が減少に向かう中、社会保障制度改革、年金改革の見直しは非常に重要となってきました。日本銀行も財政再建が非常に重要であることは理解しています。ただ、量的緩和政策を継続しているだけでは、財政再建が実現できるわけではないと思います。
適切なマクロ経済政策運営は、それぞれの当局者が適切な判断に基づき、早すぎず、かつ、遅すぎないタイミングで政策対応を行うことにつきるのではないでしょうか。日本銀行は、金融市場と金融システムが適切に機能しないと、金融政策は有効に機能しません。また、資産価格は中長期的に経済や物価に大きな影響を与えるため、中央銀行は一般物価のみならず、資産価格の安定にも目配りする必要があります。
私は、今後の金融政策決定会合において、(1)量的緩和解除に向けた具体的なステップ、(2)「金融政策のノーマライゼーション」に関するスケジュール観、(3)想定される外的ショック、(4)量的緩和政策の枠組みを変更した後の金融政策運営、についてある程度ボードメンバーの間でコンセンサスをとりながら議論を進めていった方が良いと考えています。それが成功した場合、「市場との対話」はもっとすっきりとしたものになると思います。最後に、日本銀行の金融政策運営は独立性が担保されています。「財務大臣から容認されないから当座預金残高目標を引き下げることはできない」ということはありません。
日本銀行は1999年以降、2000年8月~2001年2月の期間を除き、無担保コール翌日物金利をゼロ近辺に誘導する超低金利政策を継続しています。ゼロ金利政策は、市場の価格発見機能を低下させ、資本市場の活力をそぐリスクがあります。超低金利政策が持続するという期待が強すぎる結果、モラル・ハザードが発生するリスクもあります。「金融政策の正常化」が構造改革を促進する面もあると思います。一方、巨額な公的債務は深刻な問題です。国債管理政策の観点からは金融政策が引き続き重要なカギを握るため、金融政策の変更には多くの制約があることも理解しています。しかし、中央銀行としては、持続的な景気回復が展望できる状況になれば、市場規律、富の配分機能、を復活させることも考える必要があると思います。
日本銀行は、政府と一体となってデフレ克服に向けて取り組む姿勢を示すために、「消費者物価の前年比上昇率が安定的にプラスになるまで量的緩和政策を持続する」という「コミットメント」をしてきました。しかし、市場参加者の「期待」に働きかける金融政策を4年以上も続けていると、その効果は弱まってくると考えることが自然です。いわゆる「時間軸効果」とは、将来の金融緩和の効果を前借りすることであるため、長期間にわたって超低金利政策を継続する結果、将来政策転換する際、長期金利が急騰するリスクを高めている面があります。金融政策に機動力がない状況が長期化した場合、安定的なマクロ経済運営を行うために、「金融政策は期待される役割」を果たせないことになります。
7.結びにかえて
最後に、大変僭越とは存じますが、折角の機会ですので、福島県の印象等を若干申し上げたいと思います。日本銀行と福島県の縁といえば、最近では、銀行券の改刷にあたって、新千円券の図柄に野口英世博士が用いられていることが挙げられます。福島県では、野口英世博士の像をシンボルマークに用いた観光キャンペーン等を進められており、交通の利便性が高く、会津、郡山、福島、いわき等主要なエリアに有名な観光資源を備えている「強み」を活かす戦略に力点を置かれていると聞いています。一方、他の都道府県や都市でも、観光を中心とした地域振興策が進められており、従来は「強み」であった地元観光資源も十分な競争力があるとはいえなくなっているのではないかと思います。したがって、今後は、地元の様々な資源を利用するアイデアも然ることながら、地元資源自体を変革していくパワーが求められ、そのパワーの源泉となる個々のエネルギーがますます必要になっていくのではないかと感じています。
私どもは、先般、中期経営戦略を発表し、高度化された中央銀行サービスを提供していくこと等を課題として掲げ、具体的な戦略の一つとして「地域に根ざした中央銀行サービスの充実」を設定しております。中央銀行サービスは、地域振興策に直接の効果を有するものではありませんが、私どもも、絶え間ない変革によって提供するサービスの価値を高めることを通じて、皆様の色々な取組みに貢献していきたいと考えております。
私からの話はこのくらいにさせて頂き、皆様からのご意見を賜りたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
以上