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日本経済の新たな発展に向けて
きさらぎ会における福井日本銀行総裁講演要旨
2005年11月11日
日本銀行
[目次]
はじめに
日本銀行の福井でございます。本日は、このように多くの皆様の前でお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、札幌、仙台、徳島、福岡からもご参加頂き、誠に有難うございます。
日本銀行では、4月と10月の政策委員会で、「経済・物価情勢の展望」というレポート──私どもでは「展望レポート」と呼んでいます──を決定し、公表しています。この展望レポートは、私どもが金融政策運営を行う前提となる経済・物価の先行き見通しを記述するとともに、金融政策運営に当たっての基本的な考え方をお示ししているものです。本日は、先月末に公表した「展望レポート」の内容を中心に、お話を進めたいと思います。
最近の経済情勢と景気見通し
日本経済は、昨年夏以降続いてきた景気の「踊り場」を脱却し、回復を続けています。「踊り場」入りのきっかけとなったIT関連分野の生産・在庫調整はほぼ終了したほか、設備投資や個人消費といった国内民間需要は予想以上に堅調に推移しています。内閣府の景気基準日付によると、日本経済は2002年初から景気拡大局面にあり、4年近くにわたって回復を続けていることになります。
先行きについては、「踊り場」を脱却したといってもV字型の急回復が望める訳ではありませんが、緩やかな、そして、その分息の長い、しっかりとした経済成長が展望できると考えています。より具体的には、来年度末までの1年半程度を見渡した場合、日本経済は、「潜在成長率を幾分上回るペースで、息の長い成長を続ける」とみています。展望レポートの主眼は、先行きの経済・物価動向のメカニズムに関する私どもの考え方を説明することにありますが、参考として、政策委員による見通し計数もお示ししています。これによると、2005年度は2%を若干上回る成長、2006年度は1%台後半の成長を見込んでいます。日本経済の潜在成長率について、私どもでは1%程度とみていますが、既に2003年度、2004年度は、これを上回る2%程度の成長となっていますので、展望レポートの見通しが実現すれば、潜在成長率を上回る成長がかなりの長期間にわたって続くという経済の姿となります。
こうした成長を可能とする基本的なメカニズムは、海外経済の拡大に伴って輸出が増加するもとで、企業部門の好調が続き、その好影響が着実に家計部門に波及していくというものであり、いわば内外需のバランスのとれた成長の姿を予想しています。さらに、極めて緩和的な金融環境も、民間需要を後押ししていくとみられます。
中でも、設備投資・個人消費の両面で、内需の堅調が見込まれます。その背景には、バブル崩壊以降、日本経済が持続的な成長過程に移行する上で大きな足枷となってきた企業部門や金融システムにおける調整圧力が概ね払拭されたことがあります。すなわち、企業は、過剰債務・過剰雇用・過剰設備のいわゆる「3つの過剰」の解消にほぼ目処を付けつつあります。こうした「3つの過剰」と金融システム面で表裏をなしてきたのが不良債権問題ですが、これも後ほど触れますように、全体としてみれば、概ね克服された状態にあります。
日本銀行の短観で、設備や雇用人員の水準に関する企業の判断をみると、足許では、バブル崩壊直後の92年頃のレベルにまで調整が進捗しています。特に、雇用人員については、「不足」していると回答した企業が「過剰」であると回答した企業を上回っており、人手不足感が生じつつあることが窺えます。また、企業の債務残高を総資産や売上高との対比でみると、ここ数年間は、大企業のみならず、中堅中小企業でもはっきりと減少してきており、有利子負債の圧縮がかなりの程度進んでいることが窺えます。
企業は、「3つの過剰」の調整を進めるとともに、グローバルな競争が激化するもとで、選択と集中の観点から経営面の取り組みを積極的に行い、付加価値の高い製品やサービスを生み出す力を強めてきました。こうした努力の成果として、企業の収益力は大幅に向上しています。法人企業統計によると、企業の経常利益は、2002年度から3年連続で増加しており、昨年度は、利益金額、利益率のいずれでみてもバブル期のピークを上回る水準に達しました。今年度についても、原油価格の高騰という逆風にもかかわらず、増益基調が維持されると予想されています。
このような高水準の企業収益のもとで、設備投資は広範な業種で着実に増加しており、先行きも増加を続けると予想されます。短観における2005年度の設備投資計画は、製造業大企業で2年連続の2桁増となっているほか、中堅中小企業でも着実に上方修正の動きがみられています。この結果、全産業・全企業規模でみても、3年連続の増加となる見通しです。
企業部門の好調は、家計部門にも着実に波及しています。特に明確なのは、雇用・所得の改善です。企業は、これまで人件費の抑制を最優先課題のひとつとしてきましたが、過剰雇用がほぼ解消する中で、雇用スタンスは積極化してきています。特に、バブル崩壊以降、ほぼ一環して上昇してきたパート比率が低下に転じていることは、企業の雇用スタンスの変化を示すものとして注目されます。また、賃金の面でも、夏のボーナスが比較的しっかりと増加したほか、パート比率の頭打ちなどを背景に所定内給与も小幅ながら増加に転じてきています。このような雇用と賃金の改善に支えられ、雇用者所得は、緩やかな増加を続けていくとみられます。こうした所得の増加を背景に、個人消費は着実な増加を続けると予想されます。夏場以降の個人消費は、やや弱めの動きとなっていますが、企業から家計への所得波及が着実に進んでいることを踏まえると、本年前半が非常に好調であったことの一時的な反動とみてよいと思われます。
金融システム面での改善も大幅に進んでいます。長年にわたって日本経済の重石となってきた「不良債権問題」は、全体としてみれば概ね克服された状態にあります。不良債権残高は、大手行、地域銀行ともに2001年度末をピークに減少を続けており、これに伴う信用コストの減少を主因に、2004年度は近年にない好決算となりました。すなわち、大手行は2000年度以来4年振り、地域銀行は1994年度以来10年振りに当期純利益が黒字化しました。こうした収益の向上や自己資本比率の改善を背景に、金融機関の貸出姿勢は一段と積極化しており、銀行の貸出残高は、長らく減少を続けてきましたが、貸出債権の流動化や償却を調整したベースでみると、本年8月以降は前年比でプラスに転じています。CPや社債の発行など、資本市場での調達環境も良好です。企業の資金繰り判断は、90年代初めの水準にまで改善しています。このところ、住宅投資や中小企業の設備投資の増加が明確になってきていますが、このような金融環境も少なからず影響しているものと考えられます。先行きについても、緩和的な金融環境は、民間需要の増加をしっかりと後押ししていくものと期待しています。
景気回復のペース
日本経済は、以上のような背景のもとで、成長を続けていくと考えられます。ただ、冒頭に申し上げたとおり、今後の景気回復のペースは緩やかであり、回復が加速していく状況にはありません。その最大の理由は、慎重な企業行動が続くとみられることにあります。
企業は、日本経済がバブル崩壊以降長く低成長を続けてきただけに、先行きについてなお強い自信を持つには至っていないように見受けられます。短観などでみた企業の業況感は、既往最高の収益水準との対比でみると、緩やかな改善にとどまっています。設備投資は増加を続けていますが、水準としてはキャッシュフローを大幅に下回っており、銀行借入や資本市場での資金調達を通じて積極的に設備投資を行うという状況にはありません。最近では、過剰債務の解消に概ね目処が立ちつつある中で、キャッシュフローの有効活用に取り組む企業も増えてきていますが、全体としてみれば、売上げや生産の増加に対応して在庫や設備のストックを大幅に積み上げることには、引き続き慎重であるように思われます。
慎重な企業行動の結果として、景気回復のペースは緩やかなものとなりますが、反面、手堅い経営姿勢が続く分、ストック面での過剰な積み上がりは起こりにくいと思います。今回の景気回復は、既に戦後3番目の長さとなっていますが、さらに息の長い回復が続いていくとみているのは、このような理由によるものです。
景気の上振れ・下振れ要因
以上ご説明したとおり、日本経済は、バブル崩壊に伴う調整が一巡するもとで、企業部門・家計部門双方の好調に支えられて景気回復を続ける見通しにあります。こうした状況で国内的な要因から景気が後退局面に入る蓋然性は小さいと思われます。もっとも、経済のグローバル化が進む中で、世界経済全体の減速といった大きなショックが加わった場合には、日本経済にも悪影響が及ぶことは避けられません。こうした観点から、下振れ要因としては、海外経済の動向が重要であると考えています。特に、高騰を続ける原油価格の動向や、現在、グローバルにみられている緩和的な金融環境が変化する可能性には注意しておく必要があります。
海外経済については、米国や中国を中心に拡大基調を続ける可能性が高いとみています。IMFの見通しでも、世界経済の今年および来年の実質成長率はいずれも4.3%であり、歴史的な高成長となった昨年の5.1%には及ばないものの、高めの成長が続くとしています。米国経済については、相次ぐハリケーンの影響から一時的に成長が鈍化する可能性がありますが、復興需要の増加が見込まれることなども踏まえると、基調としては潜在成長率並みの景気拡大が維持されるとみています。また、中国経済については、昨年後半以降、当局による景気過熱抑制策を受けて内需関連分野を中心に在庫調整の動きがみられていますが、高成長が続くもとで、在庫調整圧力も徐々に弱まっていくと考えられます。
このように世界経済は拡大を続けていますが、足許では、原油価格の高騰などから下振れリスクが意識されるようになってきています。もとより、これまでのところ、既往最高値圏の原油価格にもかかわらず、世界経済の拡大は維持されています。その背景としては、今回の高騰は、エマージング諸国が高い成長を続ける中で原油需要が世界的に急ピッチで増加していることが主因であり、供給面での制約の強まりによる影響は小さいこと、産油国から非産油国に所得が還流するメカニズムが作用していることなどが指摘されています。さらに、私どもとして特に重要だと考えているのは、原油高のもとでも、インフレ心理がそれほど高まっておらず、その結果、急速な金融引締めが回避されていることです。この背景としては、エマージング諸国の市場経済化に伴ってグローバルな競争環境が強まっていることや、各国の中央銀行が適切な金融政策上の対応を行っているもとで、インフレ心理が抑制されていることが指摘できます。
米国など先進主要国の長期金利は、原油高が本格化した2年前やFRBが利上げを開始した1年半ほど前と比べて、明確に上昇するには至っていません。世界経済が順調な拡大を続け、原油価格が高騰するもとで、長期金利が比較的低位で推移していることは、従来の経験則からすれば不思議な現象です。その背景としては、世界的にみて貯蓄・投資バランスが緩和しており、マクロ的な資金余剰感が強まっていることや、年金などの機関投資家による長期債投資が増加していることなど、様々な要因が指摘されています。ただ、長期金利は、基本的には先行きの経済・物価に関する見方を反映して決まるものであり、いま申し上げたようなインフレ心理の落ち着きが、長期金利の安定に大きく寄与していることは確かだと思います。
このような緩和的な金融環境が維持されていることは、世界経済拡大の重要な要因となっています。特に、米国では、長期金利の安定を背景に住宅価格の上昇が続いており、これに伴う資産効果が家計部門の堅調な支出につながり、ひいては景気の拡大を支えるという構図にあります。今後、原油価格のさらなる上昇など、何らかのきっかけでインフレ懸念が高まり、いま申し上げたような緩和的な金融環境に変調が生じる場合には、先進国経済の成長が鈍化するのみならず、国際的な資金フローの変化などを通じて、エマージング諸国を含めた世界経済全体に悪影響が及ぶリスクがあります。
以上が、景気の見通しに対する下振れ要因ですが、上振れの可能性についても頭に置いておく必要があります。日本経済の先行きに関する国内の見方は、10年以上にわたる低成長の経験もあって、どうしても悲観的になりがちですが、海外では、英国のエコノミスト誌が『日はまた昇る』と題する特集記事を掲載するなど、日本経済の先行きに対する楽観的な論調が目立ってきているように思われます。実際、夏場以降の株価の堅調は、外国人投資家による日本株投資の積極化が大きな要因となっています。私どもの見通しでは、企業行動が大枠として慎重であることを前提としていますが、既に「3つの過剰」の調整が一巡し、財務リストラもかなりの程度進捗していることを踏まえると、景気回復が続く中で、企業が先行きに対する自信を深めたとしても不思議ではありません。その場合には、緩和的な金融環境とも相俟って、企業が設備投資や雇用スタンスを積極化させていくことが考えられます。こうしたもとで、企業から家計への所得波及も強まっていけば、家計の支出行動も一段と積極化し、経済の回復テンポがより強まっていく可能性もあると思います。
経済の先行きに対する人々の見方という意味では、株価や地価など資産価格の動向が注目されます。資産価格は、その資産が将来にわたって生み出すキャッシュフローに対する予想に基づいて決まるものであり、先行きに対する見方についての重要な情報を含んでいると考えられるためです。この点、株価が堅調に推移しているほか、東京をはじめとする大都市圏の一部で地価が上昇に転じるなど、人々の見方が好転しつつあることを示唆する動きもみられます。ただ、地価は、全体としては、なお下落傾向が続いています。このように、現状では、資産価格全般が上昇しているという状況ではなく、人々の見方が引き続き慎重であることが反映されているように思われます。資産価格の動きは、経済の先行きに対する見方の変化を示すとともに、それ自体が企業や家計の投資行動にも影響を及ぼすものですので、今後とも注目していきたいと考えています。
物価見通し
このような景気見通しのもとで、物価を巡る環境も徐々に変化していくと考えられます。
経済全体としての需給バランスは、日本経済が回復を続けるもとで、緩やかな改善を続けるものとみられます。また、企業や家計の物価見通しも、企業の価格設定スタンスなどを通じて物価の形成に重要な役割を果たします。この点、各種のアンケート調査によると、「先行き物価は上がる」とみている人の割合は2001~02年をボトムに徐々に増加してきています。
消費者物価指数(除く生鮮食品)は、98年半ば以降、7年以上にわたって前年比マイナスで推移してきましたが、足許ではマイナス幅はかなり縮小してきており、9月は−0.1%となりました。当面の動きについては、年末にかけて、米価格の下落や電気・電話料金の引き下げといった特殊要因が剥落していく過程で、前年比でプラスに転じる可能性が高いと思われます。その後についても、いま申し上げたような環境変化のもとで、前年比のプラス基調が定着していくものと見込まれます。政策委員の見通しでは、2006年度の前年比は+0.4%~+0.6%と予想しています。
ただ、2003年度以降、既に2年以上の間、潜在成長率を上回る成長が続き、需給バランスが改善してきたとみられる割には、物価の反応は小幅なものにとどまっています。生産性の上昇と賃金の抑制のもとで、製品やサービスを作り出すために必要とされる単位あたりの人件費──ユニット・レーバー・コスト──が低下し、物価を上がりにくくする方向に作用してきたことが主な要因と考えられます。ユニット・レーバー・コストの先行きについては、賃金は上昇するものの、生産性の上昇による低下圧力は続くとみられるため、近い将来、明確な上昇に転じるとは考えにくい状況にあります。このため、物価の上昇ペースが加速していく可能性は低いと考えています。
このような経済活動と物価の関係の弱まりは、世界的にみられる現象です。ただ、こうした関係が将来にわたって続くという保証はありません。需給バランスの改善が長く続いていく中で、何らかのきっかけからインフレ心理が予想以上に高まる可能性はあります。その場合には、企業が仕入価格上昇などに伴うコストの増加を販売価格に転嫁する動きが強まることも考えられます。蓋然性の高い見通しとしては、物価が上がりにくい状況が続くとみていますが、こうした上振れの可能性も念頭に置いておく必要があると思います。
金融政策運営
最後に、金融政策運営についてお話したいと思います。
日本銀行が、量的緩和政策の枠組みを採用してから4年半が経過しました。この政策は、わが国はもとより、海外にも例をみない異例の政策です。2001年春には、日本経済は景気悪化と物価の下落に見舞われ、金融システム不安が強まっていました。また、金融政策面でも、既に短期金利がほぼゼロ%に達し、これ以上下げられないという状況にありました。そうしたもとで、日本銀行は、所要準備を上回る日本銀行当座預金を供給するとともに、こうした潤沢な資金供給を消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することを約束すること、を2つの柱とする量的緩和政策の枠組みを導入しました。
潤沢な資金供給は、金融システムに対する不安感が強かった時期──大手行の不良債権処理がピークを迎え、ペイオフの部分解禁を控えた2001~02年や、りそな銀行への公的資金注入が行われた2003年頃──においては、金融機関の流動性需要に応えることによって、金融市場の安定や緩和的な金融環境を維持し、経済活動の収縮を回避することに大きな効果を発揮しました。また、「約束」は、市場参加者の消費者物価の見通しと相俟って、ある程度の期間にわたってゼロ金利が継続されるとの予想を生み出し、その結果、長めの金利が低位で安定的に推移することに寄与してきました。このように、量的緩和政策は、潤沢な資金供給と「約束」の両面を通じて、日本経済の回復に大きな貢献を果たしてきました。
量的緩和政策の効果は、その後の経済・物価情勢や金融システムの状況に応じて変化してきています。「量」については、ごく短期の金利をほぼゼロにとどめるという言わば文鎮としての効果に変わりはありませんが、先ほどご説明したとおり、不良債権処理の進捗に伴い、金融システム不安は大きく後退しており、金融機関の予備的な流動性需要も大幅に減少しています。また、「約束」の効果にも変化がみられます。そもそも、「約束」に伴う量的緩和政策の継続期間は、市場参加者の物価見通しによって伸縮するという性格を有しています。最近のように消費者物価の前年比が近い将来にプラスに転じるとの見方が増加するもとでは、市場参加者が予想する量的緩和政策の継続期間は短縮しており、その結果、やや長めの金利形成において「約束」の果たす役割は徐々に後退しつつあります。このことは、「約束」の性格上、自然なことと言えます。
いま申し上げたような変化の結果として、現状、量的緩和政策の経済・物価に対する刺激効果は、次第に短期金利がゼロであることに伴う効果が中心になってきています。
今後、量的緩和政策の枠組みの変更に当っては、経済・物価情勢を点検し、「約束」で示した条件──「消費者物価指数の前年比が安定的にゼロ%以上」──が満足されたかどうかを確認していくことになります。枠組み変更の可能性は、経済・物価情勢が今回の展望レポートの見通しに沿って展開していくのであれば、2006年度にかけて高まっていくと考えられます。より具体的な時期については、今後の金融経済情勢次第であり、予断を持つことなく、適切に判断していきます。
将来、量的緩和政策の枠組みを変更する場合には、日本銀行当座預金残高を所要準備の水準に向けて削減し、金融調節の主たる操作目標を日本銀行当座預金残高から短期金利に変更することになります。現在も、量的緩和政策の効果は、次第に短期金利がゼロであることによる効果が中心になってきていますので、枠組みの変更それ自体は、政策効果について非連続的な変化を伴うものではありません。その後は、極めて低い短期金利の水準を経て、次第に経済の実勢に見合った金利水準に調整していくことになると考えられます。
以上のような枠組み変更後のプロセスを、概念的に整理すれば、「当座預金残高の削減」「極めて低い短期金利の水準」「次第に経済の実勢に見合った金利水準への調整」という順序をたどることになります。
これらのプロセスを具体的にどのように進めていくか、すなわち、当座預金残高の削減をどのように行っていくか、その後の短期金利の水準や時間的経路をどうするか、といったことは、当然のことながら、先行きの経済・物価の展開や金融情勢に大きく依存します。この点、経済がバランスのとれた持続的な成長過程をたどる中にあって物価の上昇圧力が抑制された状況が続いていくと判断されるのであれば、全体として、余裕をもって対応を進められる可能性が高いと考えています。そのうえで、2つの点について申し上げておきたいと思います。
第1に、当座預金残高の削減は、金融市場の状況を十分に点検しながら行う必要があると考えています。量的緩和政策のもとで、各金融機関は長期間にわたって多額の当座預金残高を前提とした資金繰りを行ってきています。短期金融市場の機能はいずれ回復するとしても、枠組み変更後しばらくの間は、金融市場における資金の運用・調達が円滑に行われないことも考えられます。
第2に、金融市場において経済・物価情勢に応じた価格形成が円滑に行われるよう配慮することが重要です。本来、市場には、経済・物価情勢を踏まえたうえで金融政策の先行きを予測し、金利を形成していくという機能が備わっています。ただ、枠組みの変更は先例のないものであるだけに、円滑な金利形成のためには、金融経済情勢に関する日本銀行の判断や金融政策運営に関する基本的な考え方を丁寧に説明し、期待の安定化に努めることが重要であると認識しています。日本銀行としては、物価安定のもとでの持続的な経済成長を実現していくため、こうした取り組みを行うとともに、今後の情勢変化に応じて適切かつ機動的に対応していく方針です。
おわりに
以上、展望レポートの内容を中心に、日本経済の先行き見通しと金融政策運営の基本的な考え方についてお話してきました。日本経済は、バブル崩壊以降、十年以上に及ぶ調整の過程を経て、新たな発展を展望できるようになってきています。日本銀行としては、適切な金融政策運営に努め、金融面から日本経済の新たな発展をサポートしてまいりたいと考えています。
ご静聴ありがとうございました。
以上