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最近の金融経済情勢について
沖縄県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨
2006年6月1日
日本銀行
目次
1. はじめに
本日は、ご多忙の中、沖縄県の行政および経済界を代表される皆様方のご出席を賜わり、懇談の機会を得ましたことを大変、光栄に存じます。日頃は、大澤支店長をはじめ日本銀行那覇支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますようお願い申し上げます。
また、那覇支店では、2008年1月を目処として那覇市おもろまちへの営業所の移転計画を進めています。新営業所では、広報エリアの充実や外観の工夫など、県民の皆様にも親しみ易い店舗づくりを目指しています。これを機に、地元における中央銀行サービスのより一層の高度化を進めていく所存ですので、皆様のご理解ご協力を頂けましたら幸いに存じます。
さて、本日は、まず私から、この3月に行いました政策変更の内容や4月に公表しました「経済・物価情勢の展望(2006年4月)」のポイントなどについてご報告し、その後、皆様方から当地の金融経済情勢や日本銀行の金融政策に対するご意見等をお聞かせ頂ければと存じます。
2.量的緩和政策解除と新しい金融政策の枠組み
(1)量的緩和政策の解除
日本銀行は、3月9日、2001年3月以来ほぼ5年に亘って続けてきた所謂「量的緩和政策」の解除を決定し、金融市場調節の操作目標を日本銀行当座預金残高から無担保コールレート(オーバーナイト物)に変更した上で、その政策金利の目標水準を概ねゼロ%としました。
量的緩和政策とは、金融機関に所要準備額を大幅に上回る潤沢な資金を供給することと、それを消費者物価指数(全国、除く生鮮食品、以下、コアCPI)の前年比が安定的にゼロ%以上となるまで継続すると「約束する」ことから成り立っていた政策の枠組みです。
当座預金残高は段階的に増額し、2004年1月以降は30~35兆円程度と所要準備額の5倍強の金額となっていましたが、3月の解除以降、市場の状況をみながら慎重に削減しています。
この量的緩和政策は、日本経済がデフレスパイラルに陥ることを回避し、物価安定のもとでの持続的成長に向けての基盤を整える上で、一定の役割を果たしたと評価しています。具体的な効果としては、潤沢な資金供給によって、金融システム不安が強かった時期に、流動性不安を払拭して金融市場を安定化させたほか、ゼロ金利という超緩和的な金融環境を実現しました。また、「約束」によってゼロ金利の継続予想を生み出すことで、中短期金利は低位で安定的に推移しました。
その後、金融システムが安定を取り戻す中で、量の持つ意味は薄れていきました。また、物価が下落から上昇に転じるもとで、「約束」の効果も小さくなっていきました。3月には、コアCPIの前年比が安定的にゼロ%以上となるという「約束」が満たされたと判断して解除に踏み切りましたが、ゼロ金利を維持したことで、政策効果に非連続な変化が生じることはありませんでした。このことは、量的緩和政策の効果は、3月の解除時点には、ゼロ金利であることの効果が中心となっていたことを示していると考えられます。市場の動きをみても、特に解除に伴う混乱はみられず、解除は冷静に受け止められたものと評価しています。
(2)新しい金融政策の枠組み
日本銀行は、量的緩和政策の解除と同時に、「新たな金融政策運営の枠組み」を公表しました。「新たな金融政策運営の枠組み」は、(1)中長期的な物価安定の理解、(2)2本柱に基づく経済・物価情勢の点検、(3)当面の金融政策運営の考え方の整理、の3つの要素から成り立っています。
「中長期的な物価安定の理解」は、現時点において、日本銀行で金融政策の決定にあたる9名の政策委員が中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率を示したもので、おおよそのレンジが0~2%程度、大勢の中心値が概ね1%前後で分散というのが具体的な数値です。「2本柱に基づく経済・物価情勢の点検」では、先行き1~2年の経済・物価情勢の見通しが物価安定の下での持続的な成長の経路を辿っているかという点検(第1の柱)に加えて、そうした見通しの期間を超えるような長期的な視点を踏まえつつ、確率は高くなくても発生した場合に生じるコストも意識しながら、金融政策運営に当たって重視すべきリスクがないかどうかの点検(第2の柱)を行います。そうした慎重なリスク判断の上に「当面の金融政策運営の考え方」を公表していくことになります。
それまでは量的緩和政策に関する「約束」に基づく、足許のコアCPIを基本とする運営でしたが、今後は先行きの景気・物価の見通しやリスクについて可能な限り日本銀行の見方や考え方を公表したうえで、機動的に金融政策を運営する枠組みに変更しました。これによって、金利を軸とし、透明性と機動性を両立させた新しい金融政策の第一歩を踏み出したものと考えています。
なお、主要国の中央銀行の例をみると、先行きの望ましい物価上昇率について、英国のBOEのようにインフレ目標として公表している国もありますが、その実態は、足許の物価上昇率に応じて機械的に金融政策を運営するという硬直的なものではなく、先行きのリスク等について説明を行った上で、金融政策は、相当弾力的に運営されています。また、米国のFRBのように、望ましい物価上昇率を公表せず、声明文によって先行きのリスク評価等や政策運営の考え方を示している国もあります。いずれにせよ、主要国の中央銀行は、それぞれの方法で金融政策の透明性と機動性を確保しており、また、金融政策が中長期的な観点から機動的に運営されることは共通の方向性となっていると考えています。
3. 4月展望レポート
(1)景気・物価の現状と見通し
2006年度、2007年度の経済展望
日本銀行は、4月28日、「経済・物価情勢の展望(2006年4月)」、通称「展望レポート」を公表しました。その中で景気の現状については「着実に回復を続けている」とし、先行きについては、2006年度から2007年度にかけて、成長率を減速させつつも、「内需と外需、企業部門と家計部門のバランスがとれた形で息の長い拡大を続ける」と予想しました。その基本的なメカニズムとして想定しているのは、(1)海外経済が拡大基調を辿り、輸出の増加が続くこと、(2)企業収益の好調が続き、設備投資は伸び率を低下させながらも増加が続くこと、(3)企業部門の好調が、賃金・雇用の増加、配当の増加や株価上昇を通じて家計部門に波及し、個人消費・住宅投資の増加が続くこと、(4)極めて緩和的な金融環境が民間需要を後押しすることの4点です。
また、こうした経済の見通しのもとで、国内企業物価は「2007年度にかけて上昇を続ける」、コアCPIは「2007年度にかけて(前年比の)プラス幅が次第に拡大していく」と予想しました。
政策委員9人の見通しの中央値をみると、2006年度は、実質GDPが前年比+2.4%、国内企業物価指数が同+1.5%、コアCPIが同+0.6%、2007年度は、実質GDPが同+2.0%、国内企業物価指数が同+1.0%、コアCPIが同+0.8%となっています。
先日5月19日に発表された2006年1~3月の実質GDPは前期比年率+1.9%と底固く推移し、2005年度全体では前年比+3.0%と1%台後半と考えられる潜在成長率を上回る高い伸びとなりました。また、2005年度の企業物価指数は+2.1%、コアCPIは+0.1%となりました。その後、先週末5月26日には4月のコアCPIも発表されましたが、石油関連製品のほか、一般サービスの価格上昇もあって、1~3月と同じ前年比+0.5%となり、安定的にプラスの水準が続いています。いずれも、4月展望レポートの見通しを裏付ける動きと認識しています。
2002年1月に始まった今回の景気拡大期は、この5月に4年4か月となり、バブル景気を上回りました。さらに先行きも、展望レポートの見通しが実現するならば、11月に戦後最長の「いざなぎ景気」を超えることになります。
経済の持続的成長を支えるメカニズム
展望レポートでは、経済が2007年度にかけて持続的成長を続けるメカニズムとして4点指摘しましたが、私としては、とりわけ、(1)海外経済の拡大効果が国内に波及することと、(2)設備投資、個人消費、住宅投資など内需が前向きの循環を続けることの2点が重要と考えています。
まず1点目は、海外経済の拡大効果の国内への波及です。IMFの世界経済見通しをみると、世界経済の成長率は、2006年、2007年も5%弱程度の高めの伸びが続く想定となっています。わが国最大の貿易相手国である米国についてみると、1~3月の実質GDPが前期比年率+5.3%と前期の反動もあって高い伸びを記録しました。足許、住宅市場などに減速の兆候がみられますが、設備投資や個人消費は堅調に推移しています。先行きも、緩やかに減速しつつも底固い成長を続けるとの見通しが一般的です。また、ここ数年主要貿易相手国となっている中国についても、1~3月のGDPが前年比+10.3%と高い伸びとなるなど高成長が続いており、先行きも、過剰な供給力の問題や農村の構造問題などはありますが、基本的に高成長を維持していくものと思われます。
このように、海外経済の好調が続く中で、輸出は引き続き増加を続けるとみられます。また、海外経済拡大の国内への波及経路として、最近は、海外からの配当・工業権等使用料も重要度を高めつつあります。2005年のわが国の所得収支は、海外子会社からの配当金受取り増や海外金利の上昇などを背景に黒字幅を拡大し、貿易黒字を上回りました。昨年は原油高によって輸入代金が増加しましたが、所得収支の改善がその多くの部分を相殺する形となっています。また、工業権等使用料についても、このところ日本企業の海外生産拠点拡充を反映して受取りが拡大しており、今後も現地生産化の進展に伴って拡大を続けると見込まれます。
2点目は、内需における前向きの循環メカニズムです。企業は、これまで、厳しいリストラにより3つの過剰を克服する一方、不断の技術革新を通じた新商品・新サービスの開発や経済のグローバル化に応じた海外展開によって、収益を改善しています。上場企業は2006年3月期まで4期連続増益、また3期連続過去最高益を更新しており、2007年3月期もその基調は続くと想定しています。企業はこうした収益の好調を背景に、選択と集中による積極的な設備投資を続けてきました。生産技術の海外漏洩回避や開発と生産の一体化といったニーズから、設備投資の「国内回帰」が進んだことも国内景気への追い風となりました。しかし、その結果、資本ストックの伸びは高まりつつあり、先行きの設備投資は、増加は続けるものの、その伸び率は徐々に低下していくと考えられます。代わって、企業が雇用・賃金や配当を増やす中で、株価も上昇するなど、企業部門から家計部門への波及はかなり明確に現れてきています。今後、個人消費は着実に増加を続けるほか、住宅投資も緩やかな増加基調を辿るとみられます。この結果、家計支出は、国内民間需要の主たるけん引役となっていくとともに、その堅調が企業部門にフィードバックしていくことで、前向きの循環メカニズムが維持されていくものと考えています。
なお、個人消費は、2000年前後から緩やかな回復を続け、景気をそれなりに下支えする役割を果たしてきましたが、所得の増加に加えてその基調的な要因の一つとなっているのが高齢化の影響です。高齢者は相対的に消費性向が高いことに加え、最近は、企業のマーケティング努力の効果もあって、高齢層を中心に、貯蓄よりも生活を楽しみたいとする消費者意識の変化もみられています。金融資産と時間にゆとりのある高齢者は、旅行関連やデジタル家電など比較的高額の商品で重要な購買層となっているとみられ、今後も個人消費を下支えしていくものと予想されます。
(経済の上振れ・下振れリスク
展望レポートでは、経済の上振れ・下振れリスクとして、海外経済の動向、在庫調整の可能性、企業の投資行動の一段の積極化の3点を掲げていますが、私としては、1点目の海外経済、特に原油価格の高騰の影響と米国経済の先行きに注目しています。
原油価格は、3月下旬以降イランやナイジェリアでの地政学リスクの高まりをきっかけに上昇傾向を辿り、米国ニューヨーク市場のWTI先物でみて、4月下旬には1バレル75ドル台の高値を付け、その後も高止まりが続いています。足許の水準は、基本的には、豊富な原油在庫にも関らず、地政学的リスクに着目する投機資金流入に押し上げられたものとみてよいと思いますが、底流には、世界的な需要拡大と原油生産余力の縮小、石油精製など下流の設備能力の不足といった要因があります。こうした根本問題の解決に向けて産油国と消費国の対話の努力も続けられていますが、かつてオイルショック後、供給過剰によって原油価格が長らく低迷した経験があるため、適正な投資を確保することは難しいように思われます。先行き、原油価格の高止まりが続き、あるいはさらに上昇傾向を辿った場合、エネルギー利用効率の高い日本では直接悪影響を受けるリスクは相対的に小さいかもしれませんが、海外景気の減速によって間接的にその影響を受ける可能性は低くないと考えられます。
また、米国経済については、まさにこの原油高が進む中で、インフレ予想の高まりから長期金利が急上昇し、成長率が大きく減速するリスクが考えられます。また、これまで住宅価格の上昇が個人消費の基調を押し上げてきた面もあるだけに、住宅価格の調整が急激なものとなれば、やはり成長率の大きな減速につながるリスクがあると考えられます。
さらに、高止まりしている原油価格ばかりでなく、このところ一服していますが金や非鉄など商品相場も3月以降大きく上昇しました。これまでの上昇には投機資金の流入のほか、基本的に中国、インド、ロシア、ブラジルの所謂BRICs諸国などの急成長による素原材料への需要増の要因もあり、今後の推移を注意深くみていきたいと思っています。
物価の見通し
物価面について、展望レポートでは、需給ギャップやユニットレーバーコストなど物価変動に影響を与える基本的な要因の動きなどから、消費者物価は今後も緩やかなペースで上昇を続ける可能性が高いとしています。
需給ギャップとは、実際のGDPから一国の経済の供給力を表す潜在GDPを引いた差ですが、これがプラスの場合は需要超過となって物価上昇圧力が高まり、マイナスの場合はその逆という関係にあります。需給ギャップは、長らくマイナスの状態が続いていましたが、景気回復が続く中で足許ようやくゼロ近傍となり、今後は緩やかにプラス幅が拡大していくと考えられます。
また、ユニットレーバーコスト(以下、ULC)とは、生産一単位当たりに要する人件費のことで、ULCが上昇すれば物価上昇圧力が高まり、低下すればその逆という関係にあります。これまでULCは、賃金の減少と生産性の上昇から低下が続いてきましたが、賃金が上昇に転じる中で低下幅は縮小基調にあります。今後は、景気が成熟化していく中で、生産性の上昇率は鈍化していくとみられるため、ULCは、下げ止まりから若干の上昇に転じていくと考えられます。
最近の地価動向の評価
景気・物価の見通しを立てる上では、資産価格の動きにも目配りが必要と思っていますが、最近、都心の一部での地価高騰について、資産バブルの再来を懸念する向きもあるようです。この点について私としては、基本的に地価は全体として下げ止まりから上昇に転じつつあるところで、価格形成も収益還元法に基づきある程度合理的なものとなっているとみています。今後も、資産価格の動きには注意していきたいと思っています。
金融市場の動向
金融市場の動向をみると、政策金利である無担保コールレートは、量的緩和政策の解除以降、当座預金残高の削減につれて概ねゼロ%の範囲でこのところ若干上昇しており、短期金利のうちでも期間の長いターム物も若干上昇しています。また、長期金利も、景気拡大への期待や海外における長期金利の上昇などに応じて、ひと頃に比べれば若干上昇しています。こうした変化はありますが、物価変動を調整した実質金利の水準はなお低位に止まっており、経済に対する刺激効果は続いていると考えられます。貸出金利の動きをみても、民間銀行の貸出姿勢が積極化している中で、既往ボトム圏での推移を続けています。
一方、為替は、4月末以降、日米金利差についての市場の見方が変化したことや国際会議等で国際不均衡の問題が取り上げられたことなどから、円高ドル安が進行する形となっており、景気拡大や企業収益への期待感から上昇基調を辿っていた株価も、このところ調整局面にあります。為替については、先ごろ発表された内閣府の「平成18年企業行動に関するアンケート調査」における輸出企業の採算レートや、今期業績見通しにおける輸出企業の想定レートなどとの対比ではまだ若干の円安というレベルですが、企業収益や輸出への影響について、注意深くみていきたいと思います。
(2)2本の「柱」による点検
新しい金融政策の枠組みのもとでは、「2本柱の点検に基づく金融政策運営」を行っていくと申し上げましたが、今回の展望レポートでは、まず第1の柱として、上述したような経済・物価情勢の基本認識から、先行き1~2年間については、「わが国経済は、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高い」と判断しました。また、第2の柱としては、そうした見通しの期間を超える長期的な視点から、金融政策面からの刺激効果の一段の強まりによって、経済活動の振幅や物価上昇率が大きく変動するリスクがある一方、物価下落と景気悪化の悪循環が発生するリスクは小さくなっているとしています。
(3)今後の金融政策運営
新しい金融政策の枠組みのもとで、今後の金融政策運営は、2本柱による点検を踏まえた総合判断に基づいて行われます。コアCPIが安定的にプラスとなった現在、物価の安定を維持しつつ経済を持続的な成長軌道に着実に乗せていくことが最重要の課題ですが、一方で、政策の対応が遅れ、経済・物価の振幅を大きくしてしまうリスクにも目配りしていく必要があると思われます。
最近、市場やマスコミではゼロ金利解除の時期に関心が高まっているようですが、私としては、予断を持つことなく、月に1回ないし2回開催される政策決定会合の都度、経済物価情勢をつぶさにみて、適切な判断を行っていくことが大切と考えています。
ただ、いずれにせよ、今回の展望レポートで示した2本柱に基づく点検の結果によれば、政策金利を概ねゼロ%とする期間の後も、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境が当面維持される可能性が高い、というのが現在の基本的な考え方です。今後、慎重にゼロ金利解除の時期を判断し、その後も、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行っていくことになりますが、基本的には判断を急ぐことなく、全体として余裕をもって対応できる状況であると認識しています。
もちろん、今後の情勢の変化に応じて、判断が変わることはありえます。そうした判断の変化を含め、今後の金融政策運営については、適時適切に情報発信を行って、出来る限り市場にサプライズを与えないようにしていきたいと考えています。
4.金融システム面での日本銀行の取り組み
ここで、金融システム面での日本銀行の取り組みについて触れたいと思います。最近のわが国の金融システムについてみると、金融機関の長期にわたるご努力の結果、全体として不良債権問題を概ね克服し、昨年4月にはペイオフ全面解禁という健全化の大きな節目を越えました。その後、金融機関の融資姿勢は積極化し、民間資金需要の下げ止まりもあって、銀行貸出は昨年度中に下げ止まりから増加に転じました。現在、金融機関は、リスク管理や経営管理の高度化を図りつつ、多様化する顧客ニーズに的確に応えて、創造的な業務展開を図る努力を続けておられます。
こうした中、日本銀行は、昨年度から、金融システム面の対応を、危機管理重視から、金融システムの安定を確保しつつ、公正な競争を通じて金融の高度化を支援していく方向に切り替え、昨年7月には金融機構局内に「金融高度化センター」を設けて、各種セミナーの開催等の新たな取り組みを始めました。同センターでは、昨年9月以降、日本銀行の全取引先金融機関を対象とする大規模な公開セミナーを4回開催し、延べ約1,100名の方々にお集まりいただいたほか、地方銀行等を対象としたセミナーを、延べ12回実施しました。また、昨年12月以降は、日本銀行の支店においても、地方セミナーを順次開催しています。今年度も、従来からの考査やモニタリングに加え、こうした活動によって金融機関との間でリスク管理や経営管理の高度化に関する認識共有や意見交換を進めていく方針ですので、金融機関の皆様には是非ご活用いただきたいと思います。
5.沖縄県経済の現状と特徴的な動き
次に、この後皆様から当地金融経済の実情をお聞きするにあたり、私なりに理解している当地経済の現状と特徴的な動きについて述べたいと存じます。
最近の当地経済の現状をみると、建設関連は厳しい状況が続いているようですが、TV効果の追い風や官民協力しての需要創造の取り組みの奏効等もあって、観光関連は好調に推移しており、全体として、全国同様回復を続けている状況です。
当地は、県内総生産に占める製造業のウェイト(約6.0%)が全国(同約21%)に比べて低く、輸出を起点とした景気拡大サイクルの波及効果が及びにくい側面もありますが、短観の業況判断DIの推移をみると趨勢的に全国を上回っており、これはまさに観光の好調が背景にあると思われます。ただ、足許は全国を幾分下回っており、観光業界をはじめとした県外資本との競合激化の影響や公共投資減少による建設業界の厳しさ等がマインド面を慎重化させているのではないかと推察しています。
こうした中、当地経済を巡る構造変化という点では、2つの動きに注目しています。一つは観光を巡る新しい動きです。当地の観光産業は、観光収入だけで県内総生産の約1割を占めており、さらにその波及効果も含めると、当地経済にかなりのウェイトを占める主力産業となっています。こうした中、官民挙げた修学旅行生の誘客活動のほか、最近では、富裕層をターゲットにした高級ホテルや、長期滞在者を対象としたウィークリーマンション、ドミトリーなど、宿泊施設の拡充や多様化の動きが広がると共に、リゾートウェディング、リゾートショッピング、スパ、エコツーリズムといった付加価値の高い新しいタイプのサービスも展開されています。この結果、当地への観光需要はさらに拡大しており、4年連続で過去最高更新という観光客数の増加が実現されています。また、足許、観光目的からさらに一歩進んで、当地に移住しようという人も増えており、移住者の増加が住宅投資や個人消費に波及するとともに、移住者向けコンサルティングサービスや移住専門誌など新たな産業や需要の創出にも繋がっています。様々な課題もあるようですが、官民一体となって主力産業を強化しようという動きが地域経済を大いに活性化させている例として、興味深く感じました。
因みに、こうした沖縄移住の動きなどを背景に、沖縄県の人口は毎年増加をみており、2005年10月時点での国勢調査によれば、2000年~2005年の人口増加率は、沖縄県が+3.2%と、東京都(+4.2%)、神奈川県(+3.5%)に次いで3番目の高い伸び率となっています。少子化が叫ばれる中での人口増加の動きは、当地経済のポテンシャルを高めるものと期待されます。
もう一つはわが国唯一の金融特区における金融活性化の取り組みです。金融特区が置かれている名護市において2004年から毎年開催されている「沖縄金融専門家会議」では、強力な金融専門家の方々が沖縄に結集し、証券化、プライベートバンキング、電子マネーなど新しい金融サービス業務についての議論を活発に行っておられます。その議論の一部は、この3月、地域CLOの組成といったかたちで実現も図られました。今後も、こうした議論の成果が裾野を広げ、当地経済の活性化はもとより、わが国金融システム全体の発展・高度化に繋がっていって欲しいと期待しています。
最後に、当地における二千円札流通促進に向けた取り組みについて触れさせていただきたいと思います。沖縄県では、二千円札を「平和希求紙幣」と位置付け、県民挙げて利用促進にご協力頂いており、その結果、県内における発行高も着実に増加しているようです。また、こうした取り組みをさらに強力に推し進めるために、本年5月には、「二千円札流通促進委員会」が復活し、常設化されました。二千円札は、全国的にみると残念ながら減少しているのが実情ですが、皆様方のご支援を頂き、二千円札の普及促進が図られることを期待しております。
6.結び
本日はこれまで、金融政策の運営の現状と見通し、景気・物価の現状と見通し、そして当地経済の特徴的な動きについて、一部私個人の意見も交えてお話をさせていただきました。
これよりご出席の皆様から当地の経済情勢についてお話を聞かせていただき、併せて日本経済の将来展望、これを踏まえた日本銀行の金融政策へのご注文などを拝聴して参りたいと存じます。長らくのご清聴ありがとうございました。
以上