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日本銀行金融研究所主催第13回国際コンファランスにおける福井総裁開会挨拶(日本語仮訳)
2006年6月1日
日本銀行
目次
はじめに
皆さん、お早うございます。
金融研究所主催の第13回国際コンファランスでご挨拶することは、私にとって大きな喜びです。世界中からお集まり頂いた参加者の方々に対し、日本銀行の同僚を代表して、心から歓迎の気持ちをお伝えたいと思います。
本年のコンファランスのテーマ
本年のコンファランスでは、「低金利下における金融市場と実体経済」をテーマとして取り上げています。私たちが1990年代以降直面した金融・実体経済環境に鑑みると、このテーマは、すべての参加者の方々にとってタイムリーなものであると確信しております。以下では、わが国の量的緩和下における経験に焦点をあてながら、この点について詳しく述べたいと思います。
量的緩和下におけるわが国の経験
1990年代以降、わが国の企業と銀行は、それぞれ構造的な問題を抱え、調整努力を続けてきました。具体的にみると、わが国企業は、1990年代初のバブル経済の崩壊以降、過剰債務・過剰雇用・過剰設備のいわゆる「3つの過剰」に取り組んできました。また、わが国の銀行は、金融システムの安定性を脅かしてきた不良債権問題への対応に悩まされてきました。
加えて、2000年頃には、世界的なITバブルの崩壊が、わが国経済を再び景気後退局面に引き戻してしまいました。この時期、わが国経済は、デフレ・スパイラルに陥るリスクに直面したのです。経済がこうした悪循環にひとたび陥ってしまうと、デフレ継続期待は自己増幅しかねず、抜け出すのはとても困難になってしまいます。
こうした悪循環に陥るのを防ぐために、日本銀行は、量的緩和政策の導入という断固とした行動をとりました。量的緩和政策は、2つの柱から成り立っていました。第一に、日本銀行当座預金残高を金融市場調節の操作目標として採用し、潤沢な資金を供給すること、第二に、こうした潤沢な資金供給を消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続すると「約束」することです。
こうした政策パッケージである量的緩和政策は、わが国の金利環境に顕著な影響を与えました。まず、潤沢な資金供給によって、無担保コール市場におけるオーバーナイト物金利—これは、本来借り手金融機関の信用リスクを反映すべきものですが—は0.001%まで下がりました。同時に、量的緩和政策継続の「約束」は、イールド・カーブが低位で安定的に推移することに寄与しました。
量的緩和政策が金融市場にいかに大きな影響を与えたかという点は、1930年代の米国の状況と比較すると、よく分かります。1930年代、米国の財務省短期証券の金利はほぼゼロ%まで下がりましたが、フェデラル・ファンド・レート—これは金融機関が短期資金の貸借を行うときの金利ですが—は、0.25%までしか下がりませんでした。また、1990年代以降のわが国の長期国債金利は、1930年代の米国の長期国債金利よりずっと低い水準にあります。このようにしてみると、量的緩和政策が、歴史的な観点からみても、中央銀行にとっていかに断固とした政策的な対応であったか、ということがお分かりいただけると思います。
企業や銀行が大変な経営努力によって構造的な問題の調整を進めてきた結果、今から振り返ってみれば、2002年1月にはわが国経済は、回復をはじめていた、ということになります。余談になりますが、私が日本銀行総裁に就任したのは2003年3月20日でした。その時点では、わが国経済がすでに回復局面にあるとは、到底、確信できませんでした。実際、私は就任演説の際に、「わが国経済は、引き続き脆弱な基盤の上に立っている」と申し上げました。
それ以降、日本銀行は量的緩和政策継続の「約束」を守りつつ、当座預金残高目標を段階的に拡大し、金融機関が準備預金制度等により預け入れを求められている所要準備をはるかに上回る資金供給を続けてきました。また、2003年10月には、日本銀行は金融政策運営の透明性を強化する観点から、量的緩和政策継続のコミットメントをより明確化しました。この間、私たちが常に念頭に置いていたことは、景気回復という新しい芽を注意深く育てていかなければということでした。
量的緩和政策は、次の2つの点で目に見える効果を発揮しました。第一に、量的緩和政策は、特に潤沢な資金供給を通じて、金融システムへの強い懸念を払拭し、その安定化に寄与しました。日本銀行による潤沢な資金供給によって、金融機関の流動性需要は満たされ、1997、98年に観察されたような大規模なクレジット・クランチの再来を回避することに成功しました。
第二に、量的緩和政策は、ゼロ金利継続の「約束」を通じて、企業金融の面でも緩和的な環境を作り出し、わが国企業の回復をサポートしました。銀行の貸出金利や企業が発行する社債の金利は、イールド・カーブの低位安定に加えて信用スプレッドの縮小もあって、低下基調を続けました。
日本銀行が量的緩和政策を導入した当初は、量的緩和政策の波及経路を巡って、学界を中心に様々な議論が行われました。「ポートフォリオ・リバランス効果」はその一つです。これは、日本銀行当座預金のような安全資産が金融機関のポートフォリオに占める割合が大きくなると、金融機関は貸出のようなリスク資産を増やすことによってポートフォリオの調整を行うだろう、というものです。この経路が機能したのかどうかについては、量的緩和政策下の期間を振り返ってみても、まだ確たることは申し上げられません。
緩和的な金融環境は、最終的にはわが国経済をしっかりした回復経路に戻すことに貢献しました。消費者物価指数の前年比も、2005年10月以降ゼロ%以上に浮上しました。
このような状況のもと、日本銀行は、2006年3月に量的緩和政策の解除を決定しました。より具体的には、金融市場調節の操作目標を日本銀行当座預金残高から無担保コール市場のオーバーナイト物金利に変更しました。この新しい枠組みの下で、日本銀行は現在、コールレートが「概ねゼロ%で推移するよう」促しています。
調整を余儀なくされていた局面でも、わが国の企業は、競争力を強化するために、絶え間なくイノベーションに力を注いできました。また、アジア諸国との戦略的関係構築に重点を置いて、グローバルなサプライチェーン・ネットワークを拡大させてきました。一方、銀行は、不良債権問題を克服し、時代の要請に沿った金融サービスを提供し得るよう、体制を整えてきています。このような再生の動きは、市場メカニズムの効率性を高め、資源配分の一層の改善をもたらすものだと思います。
コンファランスで議論を期待する論点
以下では、私がコンファランスで議論を期待したい論点を提起したいと思います。
第一に、歴史的な低金利環境の下で、金融市場はどのように機能してきたのでしょうか。予期していなかったような効果が金融市場で観察されているのでしょうか。
第二に、低金利環境下で、金融市場と実体経済の相互関係は変化しているのでしょうか。例えば、金融市場や資産価格が、金融政策の波及経路において果たす役割は変化しているのでしょうか。
第三に、長期化した低金利環境は、どのようなことを生じさせるのでしょうか。金融市場や実体経済に対する潜在的なリスクは存在するのでしょうか。
第四に、近年の低金利政策は、歴史的ないし国際的な観点から、どのように評価すべきなのでしょうか。例えば、私たちが近年行った政策的対応に関する経験と1930年代の米国のデフレ克服策の歴史的経験を比較することによって、何らかの政策的なインプリケーションを引き出すことは可能なのでしょうか。
結び
これらの問いに答えることは容易ではありません。私は、これからの2日間を通して、学界と中央銀行から参加されたこの分野の専門家の方々から、「低金利下における金融市場と実体経済」に関する分析とご意見を拝聴するのを楽しみにしています。また、今回のコンファランスで得られた洞察が将来世代の中央銀行員にとっても、幾ばくかの手助けとなることを期待しています。そして、コンファランスに参加していただいた皆様に、ここでの議論から何らかの洞察を持ち帰っていただけたら、それは私たちにとってもなによりの大きな喜びです。
ご清聴ありがとうございました。
以上