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「最近の金融経済情勢と金融政策運営」
日本記者クラブにおける福井日本銀行総裁講演要旨
2006年6月20日
日本銀行
目次
はじめに
日本銀行の福井でございます。本日は、伝統ある日本記者クラブでお話する機会を賜り、厚く御礼申し上げます。
わが国経済は、現在、内需と外需、企業部門と家計部門がバランスの取れた形で、成長を続けています。先行きも、息の長い拡大を続け、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高いと考えています。
本日は、こうした見通しの背景についてご説明するとともに、これに対するリスク要因の幾つかを点検したいと思います。また、こうした点検を踏まえて、物価安定のもとでの持続的成長を実現していくために、金融政策をどのように運営していくか、その考え方も述べたいと思います。
経済・物価の見通し
はじめに経済・物価の先行きについて、ご説明します。既にご存知のことと思いますが、日本銀行が4月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)では、先行き2007年度までの2年間を展望し、わが国経済は、バランスのとれた息の長い拡大を続け、消費者物価(全国、除く生鮮食品)の前年比プラス幅は次第に拡大していくという見通しを示しました。
そして、そのような判断の背後にあるメカニズムとして、次の4点を挙げました。第1に世界経済の拡大のもとでの輸出の増加、第2に企業部門の好調さの継続、第3に家計部門への波及の強まり、第4に極めて緩和的な金融環境です。
展望レポート公表後に公表されたデータをみると、その後の経済・物価の動きは、展望レポートで示した見通しに沿って展開していると言って良いように思われます。
まず、先行きを展望するうえで前提となる2005年度のわが国経済について、民間需要を中心に内需と外需のバランスのとれた成長が続いていたことが改めて確認できました。実質成長率をみると、2006年1~3月期は年率3.1%の成長となり、2005年度全体では3.2%の成長となりました。また、企業部門の好調も続いており、例えば、企業の2005年度決算は、製造業・非製造業ともに、大幅増益となった2004年度に続いて増益となった模様です。こうした中、設備投資の面でも、1~3月期の法人企業統計の設備投資は、製造業・非製造業ともに高い伸びとなりました。
次に、先行きについてみると、まず、企業部門は好調さを持続するとみられます。今年度の主要企業の収益は、製造業では、電機、機械、自動車などの加工業種、非製造業では、小売やサービスなどの個人消費関連業種を中心に、増益を持続する見通しとなっています。設備投資計画についての各種のアンケートも、比較的強めの数値となっています。もっとも、私どもは、企業部門の好調さは持続されるものの、設備投資の伸び自体は次第に鈍化していくとみており、この点は、後ほど詳しく述べたいと思います。
また、家計部門には、企業部門の好調さの波及がより明確になってきています。雇用や賃金の状況をみると、労働市場の全般的な改善が続いています。失業率は、2003年ごろまでは5%台で推移していましたが、このところ4%近くにまで低下していますし、有効求人倍率も1992年以来初めて1倍を超える水準で推移しています。このように人手不足感が強まるもとで、最近では、パートタイム労働者に代わって、フルタイム労働者の増加が目立ってきています。また、賃金の面でも、残業代やボーナスの伸びに加え、定例給与も増加するようになっています。企業の人件費抑制スタンスもあって、伸び率は緩やかなものですが、今後も、賃金の増加基調が続くと見込まれます。これは、家計にとっては、一時的な収入ではなく、将来も続くと期待できる所得が増えていることになりますので、引き続き個人消費は堅調に推移すると期待できると思います。
物価面では、国内企業物価は、原油や非鉄金属といった国際商品市況の高騰などを背景に上昇しています。先日公表された5月の前年比は+3.3%と、4月の+2.5%から伸びを高めています。先行きも上昇を続けるとみられます。
また、4月の消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)は、前年比+0.5%の上昇となり、プラス基調が続いています。個別の品目の動きをみると、価格上昇を示す品目が徐々に広がっており、プラス方向への変化が定着してきています。まず、サービス価格について、パック旅行代、ゴルフ場料金、教育関係費などで、年度替りに伴う価格改定が確認できました。サービス価格は、賃金の影響を受けて変動する側面が大きいため、物価の基調的な動きを確認するうえで重要なものと考えています。また、それ以外の品目でも、身の回り品、被服など、価格上昇を示す品目が徐々に増えてきています。
海外経済の動向
以上申し述べたように、わが国経済は、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高いと考えられます。この点、企業部門や金融システムにおける構造的な調整圧力が払拭されてきたことを踏まえると、国内民間需要の基盤は、かなりしっかりしたものとなっているとみられます。それだけに、わが国経済の先行きを展望するうえで、重要なリスク要因の一つは、海外経済の動向です。
まず、米国は、設備投資や生産が堅調に増加している一方、住宅建設にはようやく減速傾向が出てきているほか、家計支出や雇用面で増勢が鈍化しつつあります。これは、基本的には、これまでのFRBによる金利引き上げの効果が徐々に現れ始めている結果とみてよいように思います。物価面では、原油価格の高止まりに加え、雇用や設備の稼働状況も高まっており、消費者物価指数もコア指標の伸びがやや高まってきています。こうした中、インフレを懸念する見方も強まりつつあるように見受けられます。先行きについては、今申し述べたような景気の減速傾向が、米国経済全体のソフトランディングにうまくつながり、ひいてはインフレ懸念の沈静化をもたらしていくかどうかが重要な着目点になっています。
欧州では、輸出や生産が増加しているほか、家計支出も持ち直してきており、景気回復のモメンタムが徐々に強まってきています。こうした中、ECBでは、原油高の物価面への波及を抑制しつつ、息の長い景気拡大を続けるために、昨年から慎重に金利を引き上げています。
また、中国も、極めて高い成長が続いており、最近では、マネーサプライ・貸出の高い伸びや設備投資の増加に対応するため、金融引締め策が講じられています。今後、適切な政策運営によって、経済活動の過熱リスクを抑制することができるかどうかは、中国経済だけでなく、世界経済の動向や、国際商品市況などグローバルな物価情勢をみていくでも、重要な点だと考えています。
世界経済は、2005年に5%近い成長を達成しました。こうした世界経済の拡大は、物価上昇圧力が抑制される中で、安定的な金融環境が維持されたことに支えられてきたという側面があります。今後、グローバルなインフレ懸念を抑制できるかどうかは、そうした安定的な金融環境を維持していくうえで重要な条件であると考えられます。
金融・資本市場の動向
こうした観点から、このところの世界的な金融資本市場の動きに触れたいと思います。株価は、新興市場諸国のほか、主要先進国でも下落しています。新興市場諸国では、株価のほか、債券価格や為替相場も下落し、多くの国や地域で金融市況全体が軟調に推移しています。また、非鉄などの国際商品市況の一部でも、大幅な上昇の後、足許、下落がみられています。
こうした動きの背景として、市場では、様々な要因が指摘されています。ひとつには、これまで世界的な金融緩和が長く続いた中で大幅な上昇をみせてきた一部の株価や商品市況が、緩和度合いの修正に伴って調整されているという面があるように窺われます。加えて、引き続きインフレ・リスクが適切に抑制されていくかどうか、また、インフレ・リスクが抑制されるとしても、実体経済の大きな減速をもたらすことはないか、といった点についての不確実性が改めて意識されているように見受けられます。
これまでのところ、わが国を含め、各国経済のファンダメンタルズに大きな変化は生じていないと考えられます。こうした経済情勢のもとで、市場は、新しい材料を次々と消化しながら、市場相互間で牽制を働かせつつ、新しい均衡点を求めて動いているとみています。ただ、金融・資本市場の動向は、企業や家計のマインド面などへの影響を通じて経済全体に影響を及ぼすものですので、今後とも注意してみて参りたいと思います。
在庫投資の動向
先ほど、国内民間需要の基盤はしっかりしていると申し上げましたが、ストック面での調整が生じる可能性には注意する必要があると考えています。短期的には、景気の先行きの下振れ要因として、IT関連分野などでの在庫調整の可能性がある一方、上振れ要因としては、企業の投資行動が一段と積極化することが考えられます。もっとも、現在、需給ギャップが既にゼロ近傍にあることを考えると、企業の投資行動の積極化は、単に短期的な上振れ要因として捉えることは適当でなく、その後の反動のリスクも含め、やや長い目でみて経済活動の振幅を大きくする要因として考えていく必要があります。
まず、在庫投資についてみると、現状、在庫水準は抑制された水準にあります。製造業全体でみた在庫循環は、ほぼ出荷と在庫の伸びがバランスした状態にあります。業種別にみても、鉄鋼、化学等の素材業種で、一時、汎用品を中心に在庫過剰感がみられましたが、最近では、この調整はほぼ終了しつつあります。また、IT関連分野では、在庫がやや高まっているものの、出荷の増加に見合った範囲内の動きであり、現時点では、後ろ向きの在庫が積み上がってきているという状況ではないとみられます。
もっとも、何らかのきっかけで在庫調整局面入りする可能性は考えられます。例えば、IT関連分野については、先行きも需要増加が続くとみられますが、わが国企業が得意とする高付加価値製品の分野を含めて、供給の増加ペースがかなり速いものとなっており、需要動向次第では、この面からも在庫調整が生じる可能性があります。
設備投資の動向
設備投資につきましては、先ほども申し上げましたとおり、同じストック面の調整ではありますが、短期的な上振れ要因であると同時に、やや長い目でみると、その後の反動のリスクも含め、経済活動の振幅を大きくする要因として考えておく必要があります。
わが国経済は、景気循環的には、今後、成熟段階に入っていくと考えられますので、経済成長率は潜在成長率近傍の水準に向けて徐々に減速していくとみています。企業部門の好調さは持続されるものの、これまでの設備投資によって資本ストックの水準が高まって行きますので、設備投資の伸び自体は次第に鈍化していくと考えられます。この結果、経済活動の牽引役は家計部門へ徐々に移行していきます。
こうした設備投資の減速は、資本ストックの積み上がりを防ぎ、息の長い成長の実現に寄与するものと考えられます。特に需給ギャップがゼロ近傍になっているもとでは、設備投資が行き過ぎ、経済がさらに上振れていく場合には、いずれ反動がくる可能性が高くなります。
今のところ、設備投資の行き過ぎが生じているという証左はありません。企業は、厳しいグローバルな競争環境などを意識して、必要な分野を選別しながら経営資源を投入していくといった形で、メリハリの効いた行動をとっているとみられます。
もっとも、金融環境は極めて緩和的な状態にあり、企業の投資行動が一段と積極化しやすい環境となっているのも事実です。実際、わが国の実質短期金利は、現在マイナスであり、足許3%を上回っている実質成長率や1%台後半とみられる潜在成長率と比較して極めて低い水準にあります。また、金融システム面の改善が進み、民間金融機関は積極的な貸出姿勢を維持しており、民間銀行貸出は、昨年夏以降前年比プラスになった後、プラス幅が次第に拡大しています。
低インフレ環境下の金融政策運営
ところで、少し理論的な話になりますが、低インフレ下における金融政策運営の難しさとしては、これまで主として、デフレ・スパイラルのリスクへの対応という論点が意識されてきました。
低インフレ環境においては、一般に、名目金利は低いと考えられますので、金融政策運営上も名目金利のゼロ制約の問題が生じやすいと指摘されています。仮に名目金利がゼロ%に達した場合には、名目金利をそれより低くできないため、物価下落が生じると実質金利が経済にとって最適な水準よりも高くなり、物価下落と景気悪化の悪循環が発生するリスクが高まります。わが国でも、1990年代終わり頃から、こうしたリスクが強く意識されるようになりました。現在は、金融システムの安定が回復し、企業の設備、雇用、債務の過剰が解消されていることから、このリスクは小さくなっていると考えられます。
一方、低インフレ下で厳しい経済状況に見舞われたときの対応として大幅な金融緩和を行い、経済活動が上向いてきた後には、上振れ方向へのリスクを見極めつつ、金融緩和の度合いをどう調整していくか、非常に微妙な金融政策の舵取りが要求されることになります。
例えば、インフレ率の変動には慣性が強い傾向がありますので、経済の需給バランスが逼迫してきても、実際のインフレ率やインフレ予想はさしあたり低水準のまま落ち着いている可能性が考えられます。こうしたもとで、過度の金融緩和を続けることは、経済の一時的な過熱とその反動という形で、経済の振幅を大きくしてしまうリスクを内包しています。
近年、わが国だけでなく海外を含めて、規制緩和や情報通信技術の発展、経済のグローバル化といった構造的な変化によって、需給ギャップの変化に対する物価上昇の感応度が低下傾向にあります。中央銀行としては、短期的に物価の感応度が低下している分、中長期的なリスクをしっかり見極め、的確に対処していかなければなりません。このことは、金融政策は、十分先行きを展望し、フォワード・ルッキングに対応していく必要があることを示唆しています。
安定した経済・物価環境
このように中長期的なリスクをしっかり見極めながら、的確に対処していくことで、安定した経済・物価環境を実現できれば、企業や家計の意思決定もよりスムーズに行うことができます。その結果、経済全体としても、より効率的な資源配分が実現され、短期的に経済の波が小さくなるだけでなく、中長期的な成長経路が高まっていくと考えられます。
例えば、日米両国の実質GDPの過去25年程度の動きを振り返ってみますと、振れの小さいときの方が、高成長を達成していることがわかります。わが国経済は、1980年代初めには、第二次石油危機後の経済調整をスムーズに進めることができた結果、その後1980年代を通じて、米国経済と比べ成長トレンドは高かった一方で、循環的な変動は小幅なものにとどまっていました。しかしながら、バブル崩壊後、こうした状況は逆転し、わが国経済は、成長トレンドが低下する一方で、循環的な変動が拡大しています。
わが国経済は、バブル崩壊後の長期停滞を脱し、物価安定のもとでの持続的な成長軌道へと向かっています。こうした足取りをより強固なものにしていくために、適切な金融政策の運営によって、景気の波をできるだけ小さくし、安定的な経済環境を長く維持していくことが重要であると考えています。
金融政策の運営
以上のような経済・物価についての見方を踏まえて、最後に、金融政策運営について申し上げたいと思います。
日本銀行は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、概ねゼロ%で推移するよう促す」という金融市場調節方針のもとで、短期金融市場の安定に配慮しながら、日銀当座預金残高の削減を進めてきました。この過程で、オーバーナイト金利は、一時的に僅かながら上昇する局面を挟みつつも、ゼロ%近傍で安定的に推移してきていると言えると思います。こうした中、コール市場では、金利が市場環境を反映して若干の変動を示すようになってきていますし、取引も徐々に増加してきています。日々のオーバーナイト金利をコントロールしていくうえで、支障が生じる状況ではなくなっており、その意味で、当座預金残高の削減はほぼ終息したと考えています。
この先の金融政策運営については、展望レポートで示した見通しに沿って経済・物価情勢が展開していくのであれば、金融政策運営も、展望レポートで示した考え方に沿って実施できると考えています。すなわち、無担保コールレートを概ねゼロ%とする期間の後も、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境が当面維持される可能性が高いと判断しています。そうしたプロセスを経ながら、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えています。ただ、具体的にどのタイミングで政策を変更するかは、あくまで今後の経済・物価情勢次第であり、現時点で何らの予断も持っていません。
展望レポートの見通しは、物価安定のもとでの持続的成長という望ましい姿となっていますが、これは、市場参加者や企業がある程度の政策変更を織り込んだうえで、意思決定を行っていることを前提としています。そうした意味で、見通しどおりの展開であれば、経済・物価情勢の変化に応じて政策金利を変化させていくことは、経済活動の行き過ぎを抑止し、ひいては景気の波を小さくするとともに、息の長い成長に導くことにつながると考えています。見通しに沿った動きの場合、経済は減速していくと考えられますし、物価の上昇は緩やかなものにとどまるとみています。したがって、急激な調整を行う必要はなく、先ほど申し上げたとおり、まさに「徐々に」調整を行えば良いと考えています。
無論、金融政策の効果が経済や物価面に現れるまでにはラグがありますので、経済・物価情勢については、足許の動きもさることながら、先行きも十分に見越して判断していく必要があります。また、情勢判断に当っては、量的緩和政策の時の消費者物価指数のような、特定の指標にウエイトをかけた判断を行うのではなく、様々な指標や情報を丹念に点検し、全体としての経済・物価情勢を見極めていくことが大切だと考えています。
おわりに
以上縷々申し述べましたが、わが国経済は、内需と外需、企業部門と家計部門のバランスがとれた形で成長を続けています。日本銀行としては、適切な金融政策運営を行うことを通じて、わが国経済が物価安定のもとでの持続的な成長を実現していけるよう、貢献して参りたいと考えています。
ご清聴ありがとうございました。
以上