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国際金融市場の新潮流と金融政策
(パリ・ユーロプラス主催第10回ファイナンシャル・フォーラムにおける福井総裁講演要旨)
2006年11月29日
日本銀行
目次
はじめに
日本銀行の福井でございます。ユーロプラスのファイナンシャル・フォーラムの記念すべき第10回会合にお招き頂き、光栄に存じます。また、ノワイエ総裁とご一緒できることを大変うれしく思います。10年前を思い起こすと、欧州では、統一通貨ユーロの導入に向けた準備が着々と進められていた頃でした。日本では、企業も金融機関もバブル崩壊の後遺症に苦しんでいた時期でした。その後の10年間で、日本の企業や金融機関はバランスシート問題や不良債権問題を克服し、現在では、景気が緩やかに拡大を続ける状況に至っています。一方、欧州でも、この10年間には、統一通貨ユーロの導入とその信認の確立という前例のないチャレンジに成功し、的確な金融政策運営のもとで、安定した経済・物価情勢が実現しています。この背後には、欧州金融市場のインフラ整備に尽力されて来た市場関係者の貢献も大きいと考えています。
グローバル化の潮流
このように、日本でも欧州でも、この10年間は、経済・金融の分野で、未踏の領域へのチャレンジが行われた時期でした。この先は、経済環境の変化を踏まえながら、新たな発展に向けて努力をしていく時期ではないかと考えます。経済環境の変化の鍵の一つは、グローバル化の潮流です。世界経済の連関が強まる傾向は、最近になって始まったわけではありませんが、近年の特徴としては、新興国を含めて、実体経済活動のグローバル化と金融市場のグローバル化が両輪となって、世界経済に影響を与えるという性格が強まっているように思います。本日は、こうしたグローバル化の含意を整理したうえで、中央銀行と金融市場のコミュニケーションについて私の考えを申し述べたいと思います。
実体経済活動のグローバル化
まず、実体経済活動のグローバル化についてですが、この背景には、世界市場における新興国のプレゼンスの高まりがあります。すなわち、新興国から先進国向けの輸出が増加しているのはもちろん、新興国での生産拠点の増加や消費市場の拡大に伴って、先進国から新興国に向けた中間財や最終消費財の輸出も増加傾向にあります。この結果、例えば、世界経済のGDPに占める輸出の割合は、1990年代半ばに約2割であったのが、最近では約3割にまで上昇しています。このような実体経済活動のグローバル化は、労働などの生産要素の価格が相対的に低い新興国からの輸入の増加によって、先進国の財価格を押し下げる効果があります。また、先進国の内部でも、製造業を中心に競争が激化し、好況時にも企業が価格を上げにくくなるという可能性も指摘されています。先進国では、ディスインフレの傾向が1980年代後半から観察されますが、1990年代後半以降には、新興国を含め世界的な規模でのディスインフレの進行がみられます。一方、より最近では、新興国の台頭に伴って、原油など一次産品の価格が高騰する動きもみられており、実体経済活動のグローバル化が、今後とも物価の抑制要因として働き続けるかどうかは、明白ではないように思います。金融政策の観点からは、こうした点を含めて、グローバル化が物価の決定メカニズムにどのような影響を及ぼすか、引き続き研究を重ねていく必要があると思います。
金融市場のグローバル化
次に、金融市場のグローバル化についてですが、世界の投資資金が、パフォーマンスの良い投資対象を求め、国境を越えて機動的に動き回るという性質が一段と強くなっています。このような国際的な裁定取引は、今ほどお話した実体経済活動のグローバル化と相まって、各国の長期金利や株価など、金融資産価格間のリンクを強めているようです。金融市場のグローバル化は、市場規律を高め、市場機能を向上させるという意味で、基本的に、歓迎すべきことです。市場機能の向上は、限られた資源が収益性の高い領域に円滑に配分されるような、変化への対応力の高い経済システムの実現に貢献します。日本をはじめ先進国では、将来の労働人口の減少が経済成長の制約要因として認識されることが多くなっていますが、そうした制約の中で生産性を最大限に引き上げるにはどうすべきかが、重要な論点です。教育や研究開発分野に対する投資を着実に続けることで、時間をかけて、有形・無形の資本の質を高めていくのはもちろんですが、その際、グローバルな金融資本市場の効率的な資源配分機能をどう活かすかが大事なポイントとなります。
この点、ユーロ通貨は、金融市場のグローバル化の進展の中で、プレゼンスを高めてきていることが特徴的です。例えば、国際証券市場における他国通貨建て証券の残高に着目すると、ユーロ建てのシェアは、ユーロ導入直後の1999年初に20%弱でしたが、2005年には30%を上回っています。世界各国の外貨準備に占めるユーロの割合をみても、1999年には約18%でしたが、2004年には約25%にまで拡大しました。また、ユーロ地域では、域外との輸出入の決済がユーロ建てで行われる比率が総じて増加傾向にあります。このように、ユーロの利用が国際的に増加傾向にある背景には、欧州金融市場の効率性と安定性の向上に向けた努力が続けられてきていることがあると思います。例えば、欧州中央銀行のイニシャティブのもとで、次世代の大口資金決済システムであるTARGET2の一年後のカット・オーバーに向けた準備が進められていますが、これにより、ユーロ通貨の決済手段としての信認が一段と高まると信じています。
中央銀行と金融市場のコミュニケーション
実体経済活動と金融取引のグローバル化の進展についてお話しましたが、こうした動きの金融政策運営に対するインプリケーションは、多岐にわたります。先ほど述べた物価決定メカニズムへの影響もその一つです。また、各国の金融市場を通じてショックが世界的に伝播する可能性にどう対処するか、ということも、中央銀行として重要な関心事項です。このように様々な課題が挙げられますが、本日は、特に、中央銀行と金融市場のコミュニケーションという点について、お話したいと思います。
金融政策は、金融市場や金融機関行動を通じて効果を発揮するものです。したがって、金融政策の有効性を高めるうえでは、市場参加者に対して政策の考え方をしっかりと説明すること、換言すれば、透明性を確保していくことが極めて重要です。経済学の分野をみても、以前は、金融政策が効果を持つにはサプライズが必要だという考え方もありましたが、現在では、逆に、政策効果の向上には、金融政策の運営方針が民間部門の期待形成に円滑に反映されることが大切だという考え方が主流になっています。具体的にどのような枠組みを利用すべきかは、取り巻く環境によって異なりうるものですが、それぞれの中央銀行が工夫を重ねています。
日本銀行は、本年3月、5年間に及んだ量的緩和政策を解除した際に、「新たな金融政策運営の枠組み」を導入しました。この枠組みは、3つの構成要素から成り立っています。第1に、「中長期的な物価安定の理解」の公表、第2に、2つの「柱」による経済物価情勢の点検、第3に、当面の金融政策運営方針の整理とその定期的な公表です。これは、現在の日本において、金融政策運営の考え方を的確に市場に伝えていくうえで効果的だと考えられる枠組みであり、グローバルな市場参加者の方々にも、日本の金融政策運営について理解を深めて頂けるものと考えています。
この枠組みを作るうえでは、各国の中央銀行が採用している枠組みも参考にしました。例えば、欧州中央銀行では、物価安定の定義を明らかにしたうえで、経済分析とマネー分析という2つの「柱」によって経済物価情勢を点検しています。英国では、インフレーション・ターゲティングのもとで、フレクシブルな政策対応を行い、「インフレーション・レポート」を通じてコミュニケーションを充実させています。米国では、FOMC後の公表文や議事要旨など様々なツールを利用して、経済物価情勢の判断と先行きの金融政策運営の考え方を丁寧に説明しています。こうした各国の事例をみると、「市場とのコミュニケーションを緊密にしつつ、政策運営に必要な柔軟性を確保する」という考え方は共通になってきており、そのもとで、具体的にどのような枠組みを採用するかは各国ごとに工夫がなされていることが分かります。
日本銀行は、「新たな金融政策運営の枠組み」を導入した後、本年7月には、5年以上の長きに及んだゼロ金利を解除しましたが、その際にも、金融市場は安定的に推移しました。それは、市場と日本銀行の対話が円滑に行われたことの証左だと考えています。日本銀行としましては、この枠組みにさらに磨きをかけながら、物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現に向けて、努力していきたいと考えています。
ご清聴ありがとうございました。
以上