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最近の「金融市場の混乱」とそのインプリケーション
─山梨県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨─
2007年8月30日
日本銀行
目次
1.はじめに
日本銀行の水野です。本日は、山梨県の経済・金融界を代表する皆様方にご出席賜りお話する機会を頂き、大変うれしく、かつ、光栄に存じます。また、平素より、私どもの甲府支店が皆様に大変お世話になっておりますことを、この席を借りて厚くお礼申し上げます。
2.経済・物価情勢の現状と先行き
(1)経済情勢の現状と先行き
わが国経済は、「経済のグローバル化にうまく適応した企業部門を成長のエンジンに、財政再建に伴うフィスカル・ドラッグをこなしつつ、潜在成長率を幾分上回るペースで緩やかな拡大」を続けています。
(輸出動向)
2006年の実質輸出をみると、前年比+10.5%と高い伸びとなっていますが、地域的な内訳をみると、中国向けが同+20.1%、その他(中東・中南米・ロシア等)向けが同+19.5%と、どちらも米国、EUの伸びのほぼ2倍のペースとなっています。これは、世界経済が成長を続ける中で、わが国企業が需要をしっかりと確保しているとともに、輸出対象地域が従来に比べ拡大していることを意味しています。こうした傾向は2007年に入っても同じです。実質輸出は、1~3月期が前期比+3.0%、4~6月期は同−0.4%の後、7月は前月比+1.0%となりました。7月の4~6月対比は+2.3%です。米国向けの実質輸出は、昨年10~12月期から3四半期連続で前期比マイナスとなっていましたが、7月は単月とはいえ増加に転じています。米国景気の先行き不透明感は強まってきましたが、その減速が緩やかなものである限り、輸出全体の増加基調に変化はないと判断されます。
日銀短観(6月調査)をみても、海外での製商品需給判断DI(全産業・全規模)が改善し需給が均衡する中で、輸出計画も上方修正されています。
- (注)わが国の輸出入動向等の詳細については、日本銀行調査統計局が8月27日に公表した「近年のわが国の輸出入動向と企業行動」を参照して頂きたい。
(設備投資)
設備投資も、4~6月期のGDP(一次速報)をみると、一頃に比べれば減速感はあるものの6四半期連続の増加となりました。また、8月初めに公表された大企業(資本金10億円以上)を対象とした日本政策投資銀行の調査によれば、2007年度の設備投資計画(6月調査)は前年度比+11.0%となりました。前年の同時点の2006年度計画の同+12.9%(実績は同+7.7%)に比べてやや伸びは鈍化していますが、4年連続の増加となっています。
今年度の設備投資については、製造業から非製造業へのバトンタッチと中小企業の動向がポイントと考えています。この2点につき6月短観の「ソフトウェアを含み、土地投資額を除く設備投資額」でみると、前者については明確なトレンドまでは確認できませんでしたが、製造業が前年度比+7.2%、非製造業が同+5.9%と、2006年度の実績(それぞれ同+13.2%、+5.0%)に比べて、製造業と非製造業でバランスのとれた動きになってきているように窺われます。後者については、製造業で2006年度が前回調査比+12.6%ポイントも上方修正された後、2007年度も同+8.2%ポイント上方修正されており、中小企業・製造業には設備投資のモメンタムが波及してきたと思います。
なお、非製造業の設備投資が増加してきている動きは、建築着工床面積(民間非居住用)からもみてとれます。同指標は、今春まで高水準横ばい圏内の動きを続けてきましたが、本年4~6月期は前期比+24.5%、前年比+15.9%と大幅に増加しています。改正建築基準法施行を前にした駆け込み需要をある程度割り引く必要はありますが、その中身をみると、卸・小売業における店舗新設、運輸業における物流センターや駅ビル建設ラッシュなど、広範な業種で増加に寄与しています。
(個人消費)
個人消費は、4~6月期のGDPでみると、前期比+0.4%と小幅な伸びに止まりましたが、昨年10~12月期以降3四半期連続の増加となり、底堅い動きを続けています。
各種販売統計をみても、乗用車の新車登録台数は減少傾向にあるものの、家電販売は増加傾向にあり、百貨店売上高も均してみれば底堅い動きを続けています。こうした中で、サービス消費をみると、外食売上高が増加基調を続けています。旅行取扱額も、ゴールデンウィーク期間中は日並びの関係が良くなく伸び悩んだものの、夏休み旅行は、国内、海外ともに、好調に推移しています。第三次産業活動指数も6月は前月比+0.1%と、市場の予想(同−0.2%)に反して2ヶ月ぶりにプラスとなり、4~6月期は前期比+0.6%(1~3月期は同+0.2%)と3四半期連続のプラスとなっており、サービス消費が堅調であることが窺われます。
この間、家計部門では、税制改正および社会保障制度改革に伴って負担感が高まっています。2007年度については、(1)個人所得課税負担(住宅ローン減税の縮小、定率減税の廃止等)、(2)社会保障費負担(年金保険料・介護保険料の引上げ、医療費負担の増加等)が増加する見通しです。2008年度についても、(1)個人所得課税負担(定率減税廃止のうち個人住民税の増加、三位一体改革による個人住民税の増加)、(2)社会保障費負担(年金保険料・介護保険料の引上げ、医療費負担の増加)が増加する予定です。こうした中、金融市場では、定率減税廃止の影響に加え、7月から個人住民税が引上げられる影響もあり、7~9月期の個人消費が弱含みになるとの見解があります。
ただ、家計部門は、各種の負担増加を予め予想していたはずです。個人消費の先行きについては、まず雇用・所得環境がポイントになると思います。足もと、労働需給は引き締まり傾向を続けており、失業率も低下しています。こうした雇用情勢を反映し雇用者所得は増加を続けています。ただ、6月の毎月勤労統計(確報)によれば、一人当たり名目賃金が前年比−0.9%、常用労働者数が同+1.8%と、一人当たり名目賃金の減少を常用雇用者数の増加で補う傾向がさらに強まっています。一人当たり所定内賃金の弱さの主因は、企業の人件費抑制スタンスが根強いことです。
雇用者所得の増加に加え、財産所得の増加(株式の配当、外貨建資産からの配当受取の増加、利子所得の増加)もあって、好調な企業部門から家計部門への所得波及が緩やかながらも着実に拡がっています。こうした中で、個人消費は、マクロでみれば、雇用者所得の増加が税負担増を相殺し、増加基調を持続するとみています。
(生産)
6月の鉱工業生産(確報ベース)は前月比+1.3%となり、その結果、4~6月期は前期比+0.2%と、1~3月期をわずかながら上回りました。私どもの調査統計局におけるミクロ・ヒアリングによれば、生産は今後も増加基調で推移する見込みです。
特に、日本銀行が4月末に公表した「展望レポート」において、「上振れ・下振れ要因」として指摘した電子部品・デバイスの需要動向については、(1)携帯電話向け部品の生産調整が概ね終了すると見込まれること、(2)デジタル家電やゲーム機向けが好調なこと、(3)PC需要が持ち直しつつあること、(4)需要好調な品目を中心に能力増強も予定されていることから、7~9月期は生産・出荷が増加基調を辿るとみられます。したがって、IT関連の在庫調整が長期化するリスクは後退したと言えます。
(2)今次景気拡大局面の特徴
2002年初めにスタートした今回の景気拡大局面の特徴は、輸出を起点に企業部門が好調に推移する一方で、「いざなぎ景気」や「バブル景気」と異なり、家計部門の回復が企業部門の好調さに比べやや緩慢であることと言えます。その要因を私なりに整理すると、製造業を中心にわが国企業が「経済のグローバル化」に対応していることが大きいと思います。すなわち、(1)2003年以降、世界経済が地域的な拡がりを伴いつつ実質5%ペースで拡大している下で、(2)中国を始めとする東アジア諸国が世界貿易拡大の中心となっている中で、日本は、成長性の高い地域では現地生産を拡大し、国内は高付加価値製品の生産に特化することで、東アジア諸国と国際分業体制を構築できたこと、(3)「3つの過剰」を克服した後も、労働分配率の引き下げに取り組み、資本市場からの圧力に耐え得る財務体質と収益力を身につけたこと、などが指摘できます。
(3)物価情勢の現状と先行き
物価指標をみると、7月の国内企業物価(夏季電力料金調整後)は3か月前比+1.0%と4ヶ月連続で高い伸びとなっています。また、3か月前比を品目別にみると上昇傾向をみせる製品に拡がりがみえつつあります。また、7月の企業向けサービス価格も前年比+1.6%(6月は同+1.5%)と1992年6月以来、約15年ぶりに高い伸びとなりました。もっとも、上昇品目は、原油価格など燃料高を反映した運輸関連価格(不定期船、外航貨物用船料)やオフィス賃貸料など一部に止まっており、川下の最終消費財やサービスへの価格転嫁が加速している訳ではありません。
こうした中で、6月の消費者物価(除く生鮮食品)は前年比−0.1%と引き続きゼロ%近傍で推移しています。国内企業物価のうち、消費者物価(除く生鮮食品)の動きと長い目でみて方向性が一致する最終消費財価格は、7月が前年比+0.8%(6月は同+1.4%)と、5月以降プラス基調に転じています。消費者物価(除く生鮮食品)が4~6月にかけて3か月連続で−0.1%であったことを踏まえると、今後のガソリン価格動向にもよりますが、私の見方では、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比のボトムは今年3月の−0.3%であった可能性が高まってきたとも考えられます。
上記統計の動きについて別の言い方をすれば、企業間取引の段階(“B to B”)では、年度変わりの価格改定時期にコスト高を価格へ転嫁する動きが強まった後も、財(国内企業物価指数)、サービス(企業向けサービス価格指数)の値上げが続いています。一方、小売段階の価格(消費者物価指数)は、コスト高を転嫁する動きも散発的にみられるものの、引き続き、厳しい競争環境や流通合理化の動きに加え、移動電話通信料や家賃が下落を続けていることもあって、全体として上昇しにくい状況が続いていると言えます。
もっとも、卸売段階では、値上げの動きがガソリンに止まらず、その他の品目に拡がってきています。最近、身近なところでもみられる一部の財・サービスの値上げの動きによって、消費者にも値上げを受け入れる土壌ができつつあるようにも思います。労働需給はさらに引き締まってきており、資源の稼動状況も着実に高まってきていることも考え合わせると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はごく緩やかなペースながら上昇傾向に転じていくものと判断しています。
(4)消費者物価の見通し
今申し上げたとおり消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率は、足もとゼロ近傍で推移しております。では、世界的にインフレ傾向と言われる中にあって、なぜ日本の消費者物価は上昇しないのでしょうか。
先日、一橋大学の渡辺努教授が「マクロベースの物価が動きにくくなっている理由として、個別商品の価格改定はかなり頻繁な反面、改訂幅が縮小傾向にある。この背景には、(1)労働市場の硬直性、(2)インターネットなどを利用し時間とコストをかけて商品価格を比較するような消費者の増大、などの影響がある」としていました。また、経済産業研究所の小林慶一郎研究員は「デフレは需要不足の原因であり、またその結果でもあるというのが通説的な見解であった。ところが、需給ギャップはプラスに転じ、需要超過の状態になったにもかかわらず、デフレは続いている。これは、単にデフレ解消が少し遅れているだけなのかもしれない。しかし、デフレが需要不足と関連するという理解に間違いがあったことを示しているのかもしれない。デフレの害は需要ではなく、供給サイドにあったのではないか、という仮説がある。デフレ下では債務不履行の誘惑が高まり、銀行貸出のリスクが高まる。その結果、信用が適切な量だけ供与されなくなり、リスクの分散ができなくなる。これが、デフレによる供給サイドの弊害である」としていました。
日本銀行は最近、労働市場で需給がタイト化しているにもかかわらず物価上昇率が低い背景として「フィリップス・カーブのフラット化」の可能性を指摘しています。私がここで、渡辺教授や小林研究員の見解を紹介したのは、(1)需給ギャップが需要超過方向にあるにもかかわらず、物価の超安定状態が持続している現状について、オーソドックスな経済学の理論だけではなく、幅広い角度から分析する必要があるのではないか、(2)経済のグローバル化の下で、低金利政策を持続すれば、物価が自然に上昇してくるという考え方は必ずしも適切ではないのではないか、という問題意識からです。
3.「金融のグローバル統合」と中央銀行の課題
経済のグローバル化が進んでいるのと同様に、金融の世界でもグローバル化が進んでいます。米国のサブプライム住宅ローンの悪化に伴う問題(以下「サブプライム問題」といいます)に端を発した最近の「金融市場の混乱」もこの文脈の中で整理することが可能かと思います。
(1)金融のグローバル統合と投資ファンドの台頭
(金融のグローバル統合)
世界経済が地域的な拡がりを伴って成長を続ける中で、従来にも増して企業が国境を越えて生産・商業活動等を行うようになってきました。また、資金運用機関等も、世界的に低金利が続く下で、世界中により良い運用機会を求めていきました。これに伴い、金融面でもクロス・ボーダーの取引が求められ、金融機関もこれに対応しています。
その典型が、欧米の投資銀行のビジネス・モデルおよび提供商品の変化に表れていると思います。従来、先進諸国の大手金融機関は信用リスクや金利リスクを内部に抱え続ける“originate & hold型”でしたが、最近では、資金を必要とする主体(企業)と資金運用を求める主体(ファンド、機関投資家)とを世界的なネットワークの下で結び付け、これらの間でリスクとリターンの効率的な分配を実現していく“originate & distribute型”にシフトしています。すなわち、伝統的な貸出・預金業務から、ストラクチャード・プロダクトの組成・販売、M&Aファイナンスの主翼を担うレバレッジド・ローンの提供、複雑なスキームを組み込んだクレジット証券化商品やクレジット・デリバティブの取り扱い、などが収益の柱となってきました。
このように金融のグローバル化が進むことによって、債務者に関するリスクが借り手の所在する国の金融機関だけでなく、世界中に拡がり、広く薄く分散されていることにもなっています。すなわち、このように金融のグローバル化が進展する中で、市場が相互に関係を深め、より一体化してきており、「金融のグローバル統合」が進んでいます。
(投資ファンドの台頭)
経済のグローバル化、金融のグローバル統合が進展する中で、投資家の行動もより多様化し、これに対応する金融商品や新しい市場の発達がみられます。とりわけ、投資ファンドの台頭が目立っています。
欧米では最近、「ファンド資本主義」と言われるように、プライベートエクィティー(PE)ファンド、事業再生・不動産ファンドなど巨大な投資ファンドがリスクを引き受ける主流になっています。ファンドの投資活動の範囲が拡がり、また、その運用資金の規模も増えていることは、日本においてもそれを感じとれますが、企業金融との関連では、企業の非上場化にファンドが株主として関与する取引が目立ってきています。日本においても、MBO(経営陣よる買収)という言葉を目にすることが増えてきましたが、経営陣と共にファンドが資本参加し、既存株主から株式を買い取った上で非上場化し、短期的な株価変動や上場維持にかかるコスト(情報開示等)を回避しつつ、より長期の経営戦略を遂行する取引がその例です。ファンドは大株主となることで、より直接的な企業価値向上のためにガバナンスを効かせ、企業はこれを受けつつファンドの企業経営ノウハウを利用することができると言われています。この間、ファンドは、その背後に存在する投資家によるガバナンスを受けていますので、説明責任を果たすためにも、企業に対してある程度期限を区切った価値向上策の実施を求めていくことになります。
ファンドの台頭は、企業価値等においても、基本的にファンダメンタルズに沿った市場価格の形成を促進しています。もちろん、特定のファンドが独占的な規模を持ち、かつ特異な投資行動を採るといったことがあれば市場の撹乱要因となるでしょう。もっとも、金融市場のグローバル化が進む中では、一つのファンドが大きなシェアを占めることはますます難しくなっています。仮に存在しえたとしてもファンダメンタルズを無視した投資を行えば、長期的には損失が発生します。現在、市場では多様なファンドが存在しており、基本的な投資スタンスは、——リスク選好度などの違いはあるにせよ——「リスクに比してリターンが高い投資先、リスク分散に役立つ投資先を見つけて投資していく」というものです。
なお、投資ファンドが台頭するにつれ私募市場も拡大傾向にあります。とはいえ、不特定多数の主体から資金を集めることができる公募市場のメリットは厳然と存在しており、私募市場における様々な価格形成は、効率的な公募市場における価格形成と共存し、相互に働きかけあうことで、より適切な資源配分を実現しているものと思われます。
上記のほか、金融のグローバル化が進展することで、企業の合併・買収(M&A)が増加しているほか、それを資金面から支えるレバレッジド・ローン市場や、クレジット・デリバティブ市場が拡大しています。
- (注)詳細については、筆者が本年2月に宮城県で講演した「経済・金融のグローバリゼーションと中央銀行の課題」を参照して頂きたい。
(2)サブプライム問題と最近の「金融市場の混乱」
(サブプライム住宅ローンと証券化)
米国では、日本等に比べ、個人が家族構成や年収の変化に応じて一生のうち何度も住み替えることが一般的です。このために、住宅取得に関する税制優遇措置等が整っています。また、移民を多く受入れていることから、住宅需要も恒常的にみられるようです。こうしたことから、中古住宅市場の規模は新築住宅市場のそれの5倍程度にも上っています。
このように旺盛な住宅需要の下、家計には様々な予算制約等が存在するため、住宅ローンも多種多様な仕組みが提供されています。このうち、今回問題となったサブプライム住宅ローンとは、債務者を信用力に応じて整理したもので、優良(プライム)債務者としての基準を満たさない(サブ)債務者向け貸出を総称したものです。借り手は一般的に所得水準が低いため、当初2年間は金利を低く据え置くなど様々な工夫が施されているほか、ここ数年は供給サイドである金融機関(住宅ローン専業銀行<モーゲージバンク>を含む)の競争が激しかったため、より債務者に有利な条件が増えています。その中には、極めて所得・定期収入の審査が甘く、頭金ゼロの30年物ローンが登場するなど、安易な貸出が増えていました。
さて、このように住宅ローンを提供する金融機関ですが、先ほども述べたとおり、近年、金融機関は“originate & distribute”型を指向していますので、自分の資産として住宅ローンを満期まで保有するというよりむしろ、多くは証券化し、投資家に販売しています。すなわち、一定量の住宅ローンをひとまとめとし、これを裏づけとし、有価証券を発行します。その際、キャッシュフローを受け取る権利に優先順位をつけ、投資家のニーズに合った有価証券を作り出します。そして、これを世界中の投資家に販売する訳です。いまや、米国における住宅取得資金は、米国の金融機関だけではなく、米国内外の年金や生命保険会社といった機関投資家や、海外の金融機関等が提供しているという構図になっていると言えます。同時に、住宅ローンのもつリスクも世界中に分散されていると言えます。
(サブプライム問題の発生)
こうした中で、昨年の後半あたりからサブプライム住宅ローンの延滞率・差し押さえ発生率が目にみえて上昇し始めました。また、一部地域では、住宅価格も下落に転じ、住宅ローンの担保価値も下がり始めました。これを受け、金融機関のうちサブプライム専業業者の破綻が続きました。次に、サブプライム住宅ローン等を原資産とした証券化商品、そうした証券化商品を組み込んだ複雑な仕組み債の価格も下落し始めました。さらに、証券化商品のモデル価格(理論価格)や格付けに対する不信感が、証券化商品の価格下落を増幅するという悪循環に入りました。まだ記憶に新しいところですが、ある米国大手投資銀行傘下のファンドが、大きな損失を蒙りました。さらに、8月9日には、ある欧州の大手金融機関が傘下のファンドからの顧客の資金引出しを凍結することを公表したことがきっかけとなり、ユーロ圏の短期金融市場で金利が急騰したり、欧州系の金融機関がドル資金の調達が困難になる等、流動性リスクが高まったため、欧州中央銀行が緊急オペで資金供給に踏み切りました。
これらの出来事をきっかけに、サブプライム住宅ローンに関わる金融商品に対する不信感が世界中に浸透し、私の目からみると、経済合理性に基づくリプライシングの域を越えた混乱が発生しました。混乱は、CDO(社債、貸付債権等を担保とした資産担保証券)・CLO(貸付債権を担保とした資産担保証券)などの証券化市場の機能低下、レバレッジド・ローン市場における資金調達の困難化、ABCP(資産担保コマーシャル・ペーパー)市場の流動性低下など、クレジット市場全般に伝播しています。外為市場ではキャリー・トレードの解消が発生し、ボラティリティーが急上昇しています。
(サブプライム問題に対する現状認識)
過去20年の金融市場を振り返ると、ほぼ3年に一度のペースで金融市場の混乱が発生しています。具体的には、1987年はブラックマンデー、1990年はS&L危機を受けたクレジット・クランチ懸念、1994年はメキシコ危機、1998年はロシア危機とそれに続くLTCMショック、2000年のITバブル崩壊~2001年9月11日の米同時多発テロを受けた混乱、2002年~2003年にかけたデフレ懸念の台頭などです。
さて、2003年後半から世界的に株式市場とクレジット市場のブル・マーケットが続いてきました。ただ、金融市場に長く携わってきた立場で言うと、好調な相場が3年も続けば、『調整は時間の問題』というのが率直な感覚です。その意味で、昨年5月のいわゆる「グローバル・リスク・リダクション」、今年2月末の世界的な株価の調整は、足もとの「金融市場の混乱」の予兆であったと言えます。
私は、今回の「金融市場の混乱」は、疑心暗鬼となった市場参加者の不安心理の伝播とその増幅に伴う流動性確保に向けた動きが引き起こしたものと捉えています。また、証券化市場がこれまで大きな調整を受けていない、すなわち、“untested”なマーケットであったことも、市場参加者の不安心理を増幅したと思います。金融市場がいつ落ち着きを取り戻すかは、誰にも分かりません。当面は、M&Aの件数も減少すると見込まれます。ただ、現在のパニック的な市場参加者の行動が落ち着きを取り戻せば、自ずと事態は解決の方向に向かう、との見方もできます。そこで、今取り組まなければいけない課題は、金融市場におけるパニック的な行動を沈静化することと考えます。その最たるものが8月17日に行われたFRBの対応だと思います。FRBは8月17日、プライマリー・クレジット・レートを6.25%から5.75%へ引き下げました。これによって、FRBは、市場参加者のパニック的な行動を落ち着かせるべく、アナウンスメント効果を活用したほか、中央銀行として金融機関に積極的に流動性を補完しています。
さて、サブプライム問題が発生した背景を私なりに考えてみると、「世界的な過剰流動性」が存在する下で、行き過ぎた投資が行われていたことが大きいと思います。世界的な過剰流動性がもたらされた理由としては、(1)「経済のグローバル化」が進む下で世界的にインフレ率が安定していたこと、(2)主要国の年金マネーや、アジア諸国や産油国の膨張する外貨準備高などが国際分散投資を拡大していたこと、(3)世界的に緩和的な金融環境が続いたこともあって、クレジット投資に対する過度な楽観論が生じていたこと、(4)日本銀行が低金利政策を続けていたこと、などが複雑に絡み合っていたと思います。サブプライム問題やそれに端を発した円相場の乱高下の原因として、わが国の低金利政策が無縁であるとは言えません。すなわち、足もとの「金融市場の混乱」は、「ファンダメンタルズから離れた金利水準を維持し続けることは金融市場をむしろ不安定化させるリスクがあること」ということをはからずも証明したとも言えます。
したがって、長い目でみて、金融市場を再び安定させるのは、(1)世界的な過剰流動性を徐々に小さくしていくことと、(2)クレジット商品の適正なリプライシングが行われることと思っています。前者については、世界の中央銀行がそれぞれの国の経済金融のファンダメンタルズをみながら一歩一歩進めているとみています。また、後者については、今回の一件を通じ、投資家がフェアバリューを探る動きを続けていることから、ある程度の時間を要すれば実現していくのではないかと期待しています。
次に、既に行っているサブプライム住宅ローンの劣化に伴う影響について考えてみると、より本質的なことは(1)システミックリスクに発展することはないか、(2)実体経済に深刻な影響を及ぼすことはないか、ということに行き着くと思います。
この点については、(1)世界経済が極めて好調であること、(2)日米欧ともに企業部門の財務体質が極めて健全であること、(3)欧米の主要金融機関等の収益力が高く、自己資本の基盤もかつてないほど充実していること、を踏まえると、今起こっている流動性の問題さえ解決すれば、時間の経過とともに大手金融機関等が吸収するかたちで金融市場におけるリプライシングのプロセスは進んでいくと思います。すなわち、システミックリスクの顕在化に発展する可能性や、実体経済に深刻な影響を及ぼす可能性は小さいと判断されます。
なお、エマージング諸国は今や経常黒字国が少なくなく、外貨準備の運用の多様化に動いており、グローバルには潤沢な運用資金が存在します。また、年金マネーやソブリン・ウエルス・ファンド等を含めた巨大運用資金の存在は資産価格の下落余地を小さくする存在となっています。
サブプライム問題に関する私個人の評価は、現時点でのFRBの適切な政策対応を前提に考えています。つまり、FRBが流動性リスク、信用収縮のリスクを回避するための「保険的な利下げ」までの政策対応で十分な金融環境であるならば、時間の経過とともに世界的に金融市場は安定化に向かうと見込まれます。一方、想定外の景気悪化を理由にFRBが利下げに踏み切った場合、議論の前提が変わってきます。今後のFRBの動きを占ううえで、私が重要と考えるのは、米国の雇用情勢です。想定外の景気悪化が見込まれるとすれば、米国の個人消費の下振れと思いますが、それは雇用情勢を起点に影響してくる可能性が高いとみているからです。
(3)サブプライム問題とわが国への影響
FRBの「Flow of Funds」統計によれば、米国住宅ローン残高10.4兆ドル程度のうち、米金融機関が有する住宅ローン残高は3.2兆ドル程度です。その他に、民間セクターが証券化した分は2兆ドル程度、GSEが証券化した分が3.9兆ドル程度あります。一方、わが国をみると、証券化市場の規模は徐々に拡大しているとはいえ、住宅ローン等を対象にした証券化商品の発行は5兆円程度に止まっています。また、住宅ローンにせよ企業向け融資にせよ、証券化は米国におけるそれのような役割を果たしている訳ではありません。証券化という手法を利用することによってより多くの資金を容易に調達できることが、ローンそのものの契約条件を緩和させるようなことにもなっていないと思われます。
また、わが国の金融機関等は、欧米に比べクレジット商品や証券商品への取り組みが遅れています。このため、邦銀は優先劣後構造を持つストラクチャード・プロダクトのうち、最上位のトリプルAトランシェ等、格付けが相対的に高いところを中心に投資をしています。さらに、全体の債券ポートフォリオでみると、こうした商品への投資は限られています。
こうした点を踏まえると、米国のサブプライム問題がわが国の金融市場に与える影響はある程度限定されているとみられます。
もう一つは実体経済への影響が考えられます。確かに米国経済が想定よりも幾分減速することはありえるものの、先ほど指摘したとおり好調な世界経済全体で吸収することは可能であると考えられます。私個人の見解としては、現時点で把握できる情報による限り、サブプライム問題はリスク要因ではあるものの、わが国のGDP成長率やコアCPIインフレ率の見通しの中央値を下方修正する必要があるとは考えていません。
(4)サブプライム問題が中央銀行に与えた教訓
サブプライム問題は、既に金融市場参加者、監督当局、中央銀行等に幾つかのメッセージを与えたと思います。そのうち、中央銀行にとって重要なもののひとつに、(1)クレジット証券化市場の急拡大、(2)資金の調達・運用手段等の多様化、(3)クレジット・デリバティブを活用したリスクヘッジ手段の発達、(4)運用のグローバル化の下でその関係者が拡がっていく中にあっては、「広義の金融システム」に由来するリスク、具体的には経済主体が保有する金融資産・負債の毀損や資金仲介機能の低下等を通じ経済が不安定化するリスクなどをしっかりと把握していく必要があるということが挙げられます。
従来、金融システムのモニタリングに当たっては、金融仲介のプレイヤーのうち「伝統的な銀行業務を行う金融機関」に焦点を当てていました。こうした前提を踏まえ、金融システムの保持に向け、新しいモニタリング体制等を構築していくことが必要と考えています。実際、証券化市場など金融システムが「狭義の金融システム」よりもはるかに発展している英国や米国では、イングランド銀行やNY連銀を中心とするFRBは市場動向のモニタリングに多くの人材を配置しています。
次に、グローバルに投資マネーは潤沢にあることを考えると、中央銀行は、金融市場調節等によって、流動性リスクや信用不安を軽減してクレジット・クランチの発生は回避すべきですが、各資産価格のリプライシングは市場参加者の努力に委ねる姿勢が重要であることです。
さらに、投資家のクレジット・リスク回避姿勢が強まり過ぎないか、についても注意する必要があります。最終的にクレジット商品との裁定取引が発生するにしても、目先投資家のクレジット・リスク回避の姿勢が強まり過ぎ、国債バブル、主要企業の株価の急騰、円キャリー・トレードの再燃などが生じるリスクも否定できません。
それからもう一つ大事なことがあると思います。それは、「投資ファンドの存在」や「金融イノベーション」を否定してはいけないということです。今回の金融市場における混乱は、投資ファンドが台頭したことや、証券化という金融技術が普及したことが問題であった訳ではなく、そのプライシングが適切なものではなかったことに問題があるのです。市場があまりにも都合のよい相場だっただけに、投資家の行き過ぎが発生したり、その場合でもストレステストなどを行って自らの判断が自己資本との関係で適切かどうかとチェックする枠組みがしっかりと機能すれば良かったのですが、それも機能しなかった面があるということです。
結局、金融のグローバル統合が進展する中にあって、ファンドを始めとした非銀行セクターが台頭することや、それに伴って私募市場が拡大していくことは必然的に起こり得る現象だったと捉えるべきだと思います。したがって、これらを殊更に問題視するのではなく、むしろ、公募市場は十分に効率的か、規制の不均衡や特定分野への過剰規制といった問題はないか、といったことも常に念頭に置きながら、金融仲介機能のバランスの取れた発展を実現していくことを考えていくべきでしょう。
(5)足もとにおける明るい動き
サブプライム問題に端を発した「金融市場の混乱」が最終的にどの程度の規模に膨らむかについては、米国の投資銀行の6~8月期決算、そして、欧州の投資銀行の7~9月期決算、来年1月に公表される2007年決算をみる必要があります。
ただ、足もとでいくつかの明るい話題もありますので、いくつか紹介したいと思います。すなわち、(1)レピュテーション悪化に歯止めをかけたい欧米の大手投資銀行による傘下のファンドの損失を補填する動きが出てきました、(2)原資産の価値や格付けとの比較で、極端に割安化した証券化商品やファンドを底値で購入しようとする大手ヘッジファンドの動きがみえます、(3)破たん寸前の住宅専門業者に対する経営支援や株式購入の動きが出てきました、(4)証券化商品の保有状況に関する金融機関自らによる積極的な情報開示の動きが世界的に拡がってきました。上記のうち、(2)と(3)は、ボトム・フィッシングの動きと言えます。もちろん、まだ予断を許さない面が大きいと思いますが、こうした動きに拡がりが出てくるかどうか、注目していきたいと思います。
4.東京市場の国際化
- (注)詳細については、筆者が寄稿した7月31日付日本経済新聞「経済教室」を参照して頂きたい。
最近、経済財政諮問会議や金融審議会を舞台に「東京市場の国際化」に関する議論が再燃しています。
こうした議論に際しては、次のような点が重要だと思います。(1)欧米では、巨大な投資ファンドが、長期的な視点からリスクをとって高いリターンを目指すリスク・マネーの主体となっているが、わが国ではこうした主体がまだまだ十分ではなく、リスク・マネーをいかに育成するか、(2)リスク・マネーの提供者、運用手段の多様化に資する金融のプロ(運用会社・国際弁護士・コンサルタント等)を海外から受け入れる努力をいかにして増やしていくか、(3)わが国全体として「経済のグローバル化」や「金融市場のボーダーレス化」への対応の遅れに対する危機意識をどのようにして高めていくか、(4)わが国において、金融業界の発展が、資源配分の効率化、サービス業全体の生産性上昇につながるといった前向きな評価をいかにして高めていくか、(5)「東京を国際金融センターとする」という重要なイッシューについて、どのようにして国民的なコンセンサスを形成していくか、(6)金融サービス業を担う人材を育成し、国民の金融リテラシー(知識と能力)を高めるため、金融教育と英語教育をどのようにして見直していくかなど、です。
また、そもそも、歴史的・文化的・地理的な条件が異なる中で、国際金融センターとして成功している海外の成功例をそのまま持ち込むことは、非現実的です。
以上のように、金融立国に向けた課題は山積していますが、処方せんがない訳ではありません。
「アジア・ゲートウェイ構想」でも、「自国のポジションをきちっと確認し、また必要なときには、したたかに主張していくことでもある」といった適切な指摘があります。
欧米の巨大投資ファンドにとって、円安進行はわが国の都心部の不動産投資や有力企業の買収の好機と映ります。過度な投資ファンド規制策の導入は、政府が目指す「オープンな経済社会」の精神に反します。むしろ、産業構造の強みや特長を生かし、わが国独自のリスク・マネーを創出する方が健全な対応です。例えば、邦銀単独ではなく、(1)情報の比較優位性があり、具体的な投資案件を検討している事業会社、(2)安全・環境・省エネ技術で世界最高水準にある製造業、と提携して巨大ファンドを組成し、アジアに投資するビジネス・モデルは検討に値します。
香港やシンガポールはロンドンを意識してさらに金融センター機能を強化しています。東京の巻き返しには、制度・規制・税制面で相当前向きな改革姿勢を打ち出す必要があると思います。都市インフラ整備も欠かせません。耐震性能に優れ、広いスペースの都心部のオフィスの潜在的需要は大きいと思います。また、東京都心へのアクセスが良いハブ空港は必要不可欠です。羽田空港が早期に再拡張され、24時間運用の国際ハブ空港になることが理想です。
グローバルな金融取引が活発になることで、主要国の金融サービス産業は隆盛の時期を迎えています。また、各国では、金融市場振興に向けて、様々な取組みを競い合っています。個人的には、日本がその中で取り残されているのではないかとの焦燥感があります。本年6月に公表された「骨太の方針」によると、金融庁が本年内を目途に「金融・資本市場競争力強化プラン(仮称)」をとりまとめ、政府一体として推進するとされています。金融立国構想について、行政のみならず、国民レベルでも議論が活発に行われることを期待しています。
5.終わりに代えて
以上、わが国経済金融の現状と先行きについてお話して参りましたが、最後に、山梨県経済についてお話したいと思います。
当地の景気動向は、競争力のある産業用機械やIT関連といった製造業が牽引するかたちで、緩やかに回復しています。全国的にみて、IT関連の在庫調整も終了しつつありますので、足もと幾分悪化している当地製造業の業況感も次第に改善していくのではないかと思います。
一方、製造業が比較的好調な反面、非製造業は伸び悩んでいます。公共工事の減少を映じ、建設が低迷を続けているほか、小売も県外資本との競合から、また、運輸も物流需要の低調や原油高等から、それぞれ景気の回復感を感じ切れない状況にあります。
こうした中で、県や市、あるいは商工会議所を始めとした民間団体、企業は、観光資源を梃子に県内経済の活性化を進めておられます。山梨県は、首都圏に近く、魅力ある自然や文化資産を数多く有しております。近年は、県が中心となって国内外への観光PRに力を入れているほか、本年初から官民協働プロジェクトとして「甲斐の国 風林火山博」を主催するなど、様々な取り組みを行っていると伺っています。先般、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)のあきる野インターチェンジ・中央自動車道の八王子ジャンクション間が開通し、中央道と関越道がつながりました。県内各部門の皆様のご尽力やインフラ整備が実を結び、非製造業も回復傾向を辿ることを期待しています。
以上